想いを量れたのなら、どれだけ重いのか   作:千玖里しあ

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IF√ END 彼女の愛が病んでいるのは正しいのだろうか

その日の朝もいつもと同じだった。

春先にはまだ少しばかり遠く、肌寒さから掛け布団だけでなく毛布も手放せない。

 

つまりは毛布のぬくぬくが最高。

 

 

「起きなさい比企谷君。起きなさい」

 

 

いつもと同じように。

 

雪ノ下の声が聞こえてきても、毛布から出たいという魅力はさほど感じられない。出れば暖房が効いてない部屋の寒さで凍える。

いや、もしかしたら雪ノ下がいるということは暖房もつけてくれてるかもしれない。

 

 

「そう。あくまで起きないというなら、私にも考えはあるわ。

 あなたの耳元でどんないやらしいことを囁いてあげようかしら。

 それなら、さすがの比企谷君も起きてしまうものね。ご褒美ほしい?」

 

 

とはいえ、いつまでも毛布にこもってるのはよくないようだ。

男の朝の生理現象に重なって、雪ノ下の声で耳元でそんなことやあんなことを囁かれてしまってはさすがに俺でも勘違いしてしまう。

朝から発情期だ。それは困る。

 

 

「わかった、わかったから起きるって。

 ついでに着替えるから先に行っててくれ」

 

 

毛布と掛け布団をのかして起き上がり、

するとベッドに腰かけてた雪ノ下と目線が近づいて朝からどきどきする。

今日も雪ノ下は綺麗だ。

 

 

「おはようございます、比企谷君。

 二度寝してはだめよ。

 朝食も用意してあるのだから、小町さんも待っているのだし」

 

 

あくまで慣れたように俺の頬を一撫ですると、雪ノ下はそう言い残して俺の部屋を出ていく。

 

寝間着にしてるスウェットから制服に着替え直して、ネクタイはまだしてないでおく。

今日授業のある教科書と、三年にもなって自習時間も増えたので参考書を入れた鞄も持っておく。

 

 

一階ではすでにダイニングで朝食の用意はすんでいるようで、

俺も空いている席に着くと、雪ノ下はご飯とお茶の入った湯呑を置いてくれる。

 

 

「それではいただきましょうか。

 比企谷君、目玉焼きに醤油がいるようだったら先に言ってね」

 

「小町もいっただきまーす。

 いやいやお兄ちゃんも、朝からこんな美人のお姉さんの朝食を食べれるなんて、ごみいちゃんとして小町が面倒見てきた甲斐があったよ」

 

「いただきます。醤油はくれ。それと小町ちゃん、ごみいちゃんはやめろ」

 

 

いつからか、なにをきっかけにしたのかは忘れてしまったが、

雪ノ下は学校のある日もたまに休日も、こうして朝食を作りに来てくれるようになった。

おかげで小町の負担が減ったのはいいのだが、代わりに雪ノ下の負担が増したのではとガラにもなく心配してので聞いてみたところ。

 

 

体力をつける意味でも車通学はやめて、登校は徒歩ですることにしたの。

それで、比企谷君の家に寄るのも、ご飯を作ってあげるのも私がしたいと思ってしてることだから、気にしないでもいいわ。

 

 

とのことだ。

実際いつも雪ノ下の朝食と、ついでに昼飯も弁当で食べさせられてるからか、最近ではサイゼやコンビニ弁当では味が物足りない。

俺の舌好みに味付けしてくれてる食事だから、それもまた仕方ないだろう。

 

食事をすませれば、朝食を作ってくれた雪ノ下の分も小町が片づけをしてるが、

俺はというとなぜか雪ノ下に身嗜みをチェックされてる。

 

歯磨きから洗顔を済ませると、髪型を整えて伊達眼鏡をかけさせられ、

しまいにはネクタイを新妻がするがごとく丁寧にしめられる。

これがほぼ平日では毎日の作業になってしまってるので、いまさら不満を言えるわけでもない。実際のとこ伊達眼鏡をかけるのは疑問だが、それ以外には不満なんてものはないのだ。

 

 

自転車で通うようになった小町よりも、徒歩で登校するようになった俺と雪ノ下は家を先に出る。

雪ノ下の鞄も俺が持ってだ。弁当が二つも入ってるので、俺の分よりも重い。

 

実際に車通学をやめて徒歩で登校するようになって、雪ノ下は多少は体力もついたようだ。俺がわざわざ歩く速度を落とさなくても、普通に歩く速度に合わせてきて息切れもしていない。

 

徒歩通学で俺の家に寄るのは、

毎朝はじめに家の飼い猫カマクラにも朝から会ってスキンシップしてからの方が、

その日一日が気分よくはじめられるらしい。

俺にはよくわからん心境だが。日曜朝にプリキュアを見ないと日曜って気がしない、ってのに似てる気持ちか……?

 

 

徒歩通学をはじめたばかりでは雪ノ下が途中で疲れることもあり、

俺も自転車を押して歩いてたので、彼女がぐったりしてきたら荷台に乗せて座らせてたのだが。

二人乗りで走らせることもせず、横座りの雪ノ下を乗せて押して運んでいたわけだ。

 

それもしなくなってからはけっこう懐かしい。季節的には二つ前か。

 

雪ノ下と登校してるとやはりというべきか、かなりの視線を集めるのだが、

それも俺が伊達眼鏡をかけたり、雪ノ下が外見チェックをするようになってからは雪ノ下が視線を集めることもまた多くなった。

 

俺には相変わらず嫉妬ばかりだが、最近は侮蔑とかは減ったような。

 

 

 

登校してすぐや休憩時間には、誰かに話しかけられるのを防ぐ意味合いでもmp3をスマホからイヤホンで聴こうとしてると、またどっかから視線を感じる。

嫌な、不安感を覚えさせるのではなく、興味や好奇心を含んだような視線。

 

それもまたどうでもいい。

 

スマホを操作して曲を流し、机に着いた腕を支えにして肘杖をつく。

 

顔の間近で、じっと逸らすことなくまっすぐに凝視してくる視線も、どうでもいい。

クラスの誰かしらはグループを作って談笑し、誰かが見てるってことがあってもこちらから視線を向けなければ合うこともない。

 

 

由比ヶ浜は三年にもなると、進路の都合でクラスはさすがに別れた。

せいぜいが廊下ですれ違い目が合うと、テレくさそうに手を小振りにしてくるくらいで、あとは奉仕部の活動ぐらいだ。

 

 

 

 

 

いつもの場所でパンでも買って一人飯、っていうのもなくなった。

 

昼休み。

 

 

授業が終わってすぐに、雪ノ下がクラスまで現れて俺のところまで来る。

周囲もそれに慣れたのか、今ではそれにさして反応もない。

 

 

「比企谷君、またあなた勝手にどこかに行こうとしたんじゃないでしょうね。

 私がこうして来ないと、あなたはどうともしてくれないから。

 あなたを探してからではゆっくりと一緒に食べる時間もそれないじゃない」

 

 

急ぐ彼女に連れられて来るのは奉仕部の部室。

鍵を開けて、中に入れば誰もいるはずもなく、静かな部屋だ。

 

約束はしてないが、またいつものように八幡の分も弁当を作ってきた彼女と、

前の机を借りて、向かい合わせで一緒に食べる。

流れてる噂で不愉快とか不快な感情を抱かせてるだろうから、それも指摘しつつ、

 

 

「こうして一緒に飯食ってると、余計に噂酷くなるんじゃないか。

 俺が酷評されるのなんか慣れてるし、これまでの行いからも予想できなくもなかったが、

 雪ノ下まで、俺に絡んだ悪評を向けられるのはなんか違うだろ」

 

「そんなもの、どうでもいいわ。

 私は他人でしかない誰かに評価や期待を向けられる、それに応えるなんてことよりも、

 比企谷君が私を見ていてくれて、目を逸らさないでいてくれるなんてことの方が嬉しい」

 

 

 

※※※

 

 

雪乃の朝は早い。

身支度にしろ、やることは多いのだから早くに起きて済ませてしまわないといけない。

 

八幡の家に行くときにだけは、時間の短縮で家の車に乗せてもらう。

八幡の家からは徒歩で歩いているのだから、嘘はついてない。

 

 

小町さんへの挨拶を済ませると、八幡の味の好みに合わせた朝食を作り終える。

昼に食べる弁当は自宅で既に作り終えている。

 

時間は少ないのだから急がないといけない。

 

八幡の部屋に足音を消して入り、まずは起こさずに、起こさないよう慎重に、

ゴミ箱とパソコンのネット履歴から彼が昨夜にナニをおかずにしてたかをチェック。

 

八幡にとっては幸いだが、昨夜はそういった行いはしていなかった。

 

そのあとは、彼女がお気に入りに溜まるまで何枚もデジカメで八幡の寝顔や寝姿を盗撮。

 

 

そうしてから八幡を起こして朝食を済ませる。

登校もはじめは体力が足りず八幡を煩わしてしまったが、それはそれで身体的接触が増えて雪乃としては幸福だった。

 

 

雪乃としてはもう既に当たり前の行動となってしまっているが、

彼女が比企谷八幡にし続けている行動を詳細にしてみると。

 

 

まずは所持品や彼の部屋、部室に盗聴器をしかけ、

部室では由比ヶ浜が映りこまないよう角度を調節して隠しカメラで盗撮。

 

盗撮もまた、カメラで録画しまくるだけでなく、

八幡のスマホのカメラをジャックしいつでも雪乃のスマホで見れるアプリを仕込んでいる。

常に雪乃は八幡を監視している。

 

八幡を見ているだけでも幸せで仕方なく、

スマホのICレコーダーで録音し編集した彼の声や言葉をmp3にして、一人のときはいつでもイヤホンで彼の声を聴いている。

 

 

盗聴盗撮、監視や会話した内容はすべて観察日記として記録済み。

 

 

五感がやけに敏感に発達するようにもなったが、特に嗅覚と味覚に秀でて、

八幡の声や匂いに姿、とか特に温もりや声を感じていないと、精神的にフラットな心の平穏を保てない。

 

登下校や休日の外出にはパターンを変えつつ、いつも共に出歩けるようスタンバイ。

八幡が一人でいたい、ような素振りを見せた時には一見では一人にしてるが、彼からはわからないよう隠れてついてまわる。

 

常にレイプ目、瞳にハイライトなく瞳孔開きっぱなし。

 

八幡だけに食べさせる手作りには体液、唾液や血液に愛液を味でわからない隠し味程度に混ぜて食べさせたり。

 

周囲から見られてる雪ノ下雪乃像で、小町だけでなく彼の両親を懐柔したり、自身のクラスや他学年の生徒にまで結ばれていちゃらぶだと噂されるよう外堀埋めてる。

 

外面と内面、思考を二つに分割し、片方では暇や時間の余裕さえあれば常に妄想してる。

 

スイッチ入ると発狂、さらに愛で身体能力がブーストされ、貧弱な体力って欠点も一時的に改善。

 

 

こうして書き出してみただけでも雪乃の異常化はどれだけ酷いかはよくわかり、

それさえも、これらを日常では八幡に隠してみせてるのも雪乃の凄いところだ。

 

 

雪乃にとっては八幡だけがもうすべてで、彼以外の何者も何物もどうとでもよくどうでもいいものでしかない。

 

 

※※※

 

 

奉仕部で二人、今日は由比ヶ浜は一色に連れられてどこかに行った。

 

なにげない会話の応酬で、ふとした拍子に、言葉の流れで雪ノ下への恋慕をぽろっとこぼしてしまった。

聞き逃さなかった雪ノ下がそれを理解すると赤面し、部室内の空気が重くそわそわした雰囲気に陥るも、

 

 

「続き、聞きたいか」

 

 

俺は覚悟を決める。と同時に、雪ノ下にも覚悟を問う。

 

頷く雪ノ下の真正面に座り直して、向かい合いまっすぐに。

 

 

噂とかレッテルを張られることにも、よくあることだから慣れてる。

どうでもいい他人に何を言われても、されてもここまで響くことはない。

傷ついたりも、痛みを感じることもないと、そう思ってたはずなんだけどな。

雪ノ下が俺が陰口叩かれてると傷ついた表情をして、

隠しきれてなくて少しだけ表情に示してるのを、見れて嬉しかったんだ。

俺のことを雪ノ下は見てくれてる、って思えばな。

だけど、それよりも雪ノ下が傷つくことが、痛いのに痛いって言われないことのが胸が苦しかった。

だから、俺は雪ノ下が好きなんだと思う。

 

 

「姉さんのようにならなくてもいい。

 嬉しくて、あなたをもっと知っていきたいから、「今はあなたを知っている」って言ったんですもの。

 あのときよりも、私は比企谷君を知ってると思えるわ」

 

「迂遠で、あなたらしい遠回りした告白の仕方ね。

 でも、あなたはそれでいいわ。

 私が私らしく、あなたを引っ張っていってあげるから、私を(はな)さないでね」

 

 

愛してるわ、誰よりもよ比企谷君。

ああ、俺も好きだ、雪ノ下。

 

 

 

そう、もうようやくずっとずっと欲しかった者が手に入ったんですもの。

 

私とあなたが壊れるまで、溺れそうなほど愛し合いましょう(かわいがってあげる)

 

我慢するのももうやめようかしら?

由比ヶ浜さん、一色さん、小町さん、川崎さん、戸塚くん、ざ、材啄木くん、

そして私の親と、なによりも姉さん。

 

この日々を作り上げて維持するのに苦労したのに、壊されてたまるものですか。

邪魔する者、私と比企谷君との繋がりを危うくするものは()らない。


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