想いを量れたのなら、どれだけ重いのか   作:千玖里しあ

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4 愛おしい、と言葉にせず彼女は叫んでいる

寝室のベッドに寝転んで、雪ノ下雪乃はスマホの液晶を眺める。

 

 

高校への入学を控えた前に、はじめたばかりの一人暮らしの自室。

誰に邪魔されることもなく、自分の時間を楽しむ。

 

 

「比企谷君」

 

 

スマホに映る彼の写真は、何も言わない。

 

眠っているだけ、の穏やかな寝顔。

いつもの捻くった態度も、ねじくれて本音をさらさないようにしてる言動もそこにはない。

 

 

タップしてスライド。

 

 

映るのは寝顔ばかりだが、昨日と今日とでは違うものがあると雪乃は思う。

写真はどれも八幡が寝てる隙を、

彼女が意識を絞め落としたあとに撮ったものばかりだ。

 

ブラックアウトして気絶した八幡。

 

それならば、何をしてもそうすぐには起きないと思えたので、

実際にそうだったのだが、

雪乃は写真に撮るだけでは満たされるでなく足りなかった。

 

 

「ふふ、比企谷くん」

 

 

うなされて苦しげな顔。

 

雪乃の手が映り込み、彼女に髪を撫でられてる顔。

 

指の痕がうっすらと残る首元。

 

髪をのけて、頬や瞼、唇を撫でる指先。

 

目を閉じてれば、起きてるときほどは印象は悪くなく、意外と整ってる顔で、

薄く開いた唇から寝息を漏らしている。

 

 

何十枚と撮って、スマホにSDカードを入れてなかったことを悔やむほど、

容量のいっぱいにまで写真を撮り、その連射音でも八幡は意識を戻さない。

帰宅する前に、コンビニに寄り店売りではそこそこの容量の記憶媒体は買っておいた。

 

 

あれから病室には、邪魔者は一人しか来訪することはなく、

雪乃が言葉と態度でもって追い返してからは、雪乃だけが八幡を堪能した。

 

二人だけでしかいない病室で、雪乃が帰らないといけない頃合いまで。

 

 

帰宅してからは家事を済ますのも早々に、

一日の汚れをおとして、バスタブでぼうと八幡のことを考えていた。

 

 

気づけば長湯をしていた。

 

 

身も心も熱をもっていたが、湯冷めする前に拭いて、ドライヤーと櫛で髪も乾かす。

 

勉強までは、いまは手がつきそうにないので、

髪を首元で一束にまとめ、冒頭にあったようにベッドで寝転んでいる。

 

 

「ひきがやくん」

 

 

自分がつぶやく言葉に、熱がこもっていることに雪乃は気づかない。

 

そんなことよりも、

一枚一枚と自分好みの映りを厳選してフォルダに移して、

残りは破棄した写真を眺めることに時間を費やす。

 

 

ここ数日は八幡に関することだけで、時間が過ぎ去ってしまう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

知識を蓄え、その扱い方を知るという意味でも、

高校生という義務ではない教育機関に通わせてもらっている立場でしかない雪乃だ。

 

授業そのものが無駄だとも雪乃は思わないが、

していたいことがある以上は面倒だと思えてしまうのは仕方のないことだ。

それに、授業中に済ませてしまえばいいだけの話でもある。

 

入院中の八幡が退院したときに、学校の授業についていけないなんてことは、

八幡を轢かせてしまった当事者としても、彼の友人としてでも許せることではない。

 

八幡に勉強を教えるということも、見舞いに次ぐ彼に会いに行く口実になってるし、

教えを乞う八幡もまた素直で可愛いのだから。

 

授業内容をノートに書きつらねると同時に、

自分が彼に教えるならどうわかりやすくするかもノートにメモを取っていく。

 

授業の間だけでそれを行えてしまう雪乃は、自他ともに認める優秀さだろう。

ただまぁ、ある意味内職をしているようなものでもあり、

授業に集中しきれていないので、担当に気づかれてしまえば評価は低くなる。

 

 

そんなことはどうでもいいとばかりに、続けていると授業が終わる。

 

 

ノート内を見直し、彼がわかり難そうな不備があったらそれもすぐさま修正して、勉強道具を鞄にしまう。

代わりに、そのまま鞄から取り出すのは、

パンさんのケースに入れられたスマホ。

 

電源を入れればすぐに映し出されるのは、昨夜厳選してお気に入りの八幡の写真。

 

マナーモードに設定はしてあったが、当然に誰からもメールや電話の通知はなく、

送られてもかけられても、雪乃が今は学内にいる現状をりかいしているのだろう。

両親と使用人ぐらいしかかける相手もいなく、アドレス帳に登録したいと思えるのはひとりだけだ。

 

説明書を読んでまでして、スマホの待ち受け画面に設定しておいた、

薄く唇を開いて寝息をこぼす、八幡の穏やかな寝顔。

起きてる間中は決してその警戒心の高さから、見せることはないであろう無防備な姿を、

このスマホを見るだけでいつでも見られる、優越感と幸福感に雪乃は陶酔する。

 

また、思考が一つのことで定まってしまう。

 

 

比企谷君、比企谷君、比企谷君、比企谷君比企谷君比企谷君……ふふふ、比企谷くん

 

 

今、彼は何をしているのだろうか。

 

雪乃が言いつけておいた通りに勉強か、それとも折ってしまった片足のリハビリに勤しんでるのだろうか。

 

もしくは、彼女が彼にしたことを、

首を絞め動けないよう拘束し、耳元で思ったままに囁いたことに思い悩んでくれてるのだろうか。

雪乃がこうも思い悩まされてるのだから、八幡もまた彼女のことを考えていてほしい。

 

 

八幡の写真をスライドショーに設定したスマホを眺めだす、と。

 

 

そういえばこれからは昼休憩だった。

 

机の脇にかけた鞄から小造りの弁当箱を取り出し、見やすい位置に置いたスマホの横に置く。

 

小さくいただきます、と手を合わせて小声でこぼしたところに、

 

 

「あ、あの、雪ノ下さん。わ、わたしも、ご飯いっしょに、させてもらっても、いいですか」

 

 

見覚えがある。

 

自身と同じ制服。胸元のリビンタイと胸元のブラウスを持ち上げる、豊かな母性。

前髪は表情が見える程度に整えられているが、横と後ろ髪は長く背に流されている。

 

自信なさげで内気に、雪乃を見上げている俯きがちな表情

 

どこかでと思い返してみれば、そんことさえも最近の出来事からしてみれば、

どうとでもなればいいので気にもしてはいなかったが、同じクラスの女子生徒だった。

 

 

名前、名前は……、八幡のことばかりしか考えていなかったので、

クラスを把握することも、クラスカーストに居場所を必要とすることさえもしようとしなかった。

それに誰に何をされようとも対処はどうとでもできたのですし。

 

 

「こんにちは。

 私にしてることに邪魔しないのでしたら、一緒にしてもかまわないわ」

 

 

八幡の写真を見ながらお昼を食べるのを邪魔されるなら、それは不快だ。

 

昼休憩のながい時間に八幡を見ていられる、だからこそ、

放課後になるまで彼に会いたい欲求を我慢できるのであって、

ここ数日は学校に登校するよりも、病室で八幡を見て会話していられる時間の方が貴重だ。

 

 

「あ、じゃ、邪魔は、しないです、けど、

 雪ノ下さん、と、お話しして、みたいです……」

 

 

雪乃の席の前の、今は誰も使ってない机と椅子を二人で向き直させる。

対面するように、雪乃と彼女が席に座る。

と、彼女も持参した弁当箱を机に広げる。

 

 

「私のことは知っているみたいですけれど、あなたはどちらさまなの」

 

「ご、ごめんなさい。雪ノ下、雪乃さん、ですよね。

 わたしは、同じクラスで、琴乃宮、言葉……です」

 

「そう。琴乃宮さんね。

 よろしくしたいのなら、よろしくお願いします」

 

 

琴乃宮言葉と名乗る少女に一瞥をやり、またスマホのスライドショーに視線を戻して弁当をつまむ。

 

 

雪乃は気づいていないようだが。

 

授業の合間の休憩時間や、昼休憩、登下校や廊下を移動する際にも頻繁によく見られる光景。

 

自他ともに認める美少女が、背をのばして座り姿勢よく、

手に持ったり机に置いたスマホを眺めて、にっこりと満面に花開いた笑みをたたえる姿は特に目立つ。

 

クラスメートには見る機会も多いからよく見惚れるのだが、

そればかりか学級外の男子生徒までクラスにまでは入ってはこないが、見ようとして廊下にまで来ることも多い。

 

何を見てるのか気になってる生徒は多く、言葉もまた同様だ。

 

 

「あの……、雪ノ下さん、気になってるのですが、

 いつも見ていられる、その、スマートフォンで、何を見ているんですか……?」

 

 

クラスどころか学年でも誰も、特に男子が気になっていたことをたずねる。

 

机に置いたスマホを覗き込もうとしない彼女に、失礼な行いをしない分だけ少し気をよくし、

雪乃はスライドショーを止めると、待ち受けの画面にタップして戻して言葉に差し出す。

 

 

「これよ。見てはいいですけど、あまりいじらないでね」

 

 

渡されたスマホに言葉は少しわたわたとすると、ゆっくりと画面に映る穏やかな寝顔の八幡を見る。

そこにいるのは実在の場景を切り取った、アイドルとかではなく実在の現実だ。

 

 

「え、えっと、……彼氏さん、ですか?

 雪ノ下さんは綺麗で、この人も恰好よくて、美男美女の恋人なんて、いるんですね」

 

 

たしかに写真の八幡を見るだけならイケメンだ。

クールにもとれる整った顔で静かに寝てる姿は、雪乃もお気に入りの光景だ。

 

だが、言葉の言ったことは雪乃と彼の関係性を正確にしたものではなく、

八幡という人間性を正しくとらえたものでもないので、雪乃は内心ではおかしくて笑ってしまう。

 

八幡は外見では整ってても腐って淀んだ目が台無しにしていて、

彼の魅力が表れるとするなら、自分に素直でわかり難くも気づかいや優しさを示してくれる捻デレな個性だろう。

だがそれを言葉で示したとしても、この場の誰かに理解されたのなら雪乃はきっとこれから苦労することになるのもたしかだ。

 

 

恋敵を作るのは得策ではない。

 

 

「そうね、そう言ってもらえるのは嬉しいわ。

 でも、まだ恋人という関係にはなれてはいないの。彼は鈍感だから。

 私にはもったいないぐらい素敵な人なのはたしかよ。

 優しくて、私を気づかってくれて、誰かの為になら自分でどうにかしてしまう……そんな人。

 だから、自分が誰かに好かれるなんてない、と私の想いにも気づいてくれない」

 

 

言葉を選んで、彼を想いが伝わらない切なさを表情にして見せて、

今後にできてしまうだろう恋敵への牽制にする。

八幡に目をつけ、先に唾をつけておいたのは雪乃だと。

 

まだ雪乃は恋をしたのかは自分でもわからない。だけれど、八幡を誰かに奪られるのも許せない。

 

 

「雪ノ下さん。恋を、してるんですね。

 片想いみたい、ですけど、……通じ合ってるみたいで羨ましいです」

 

 

琴乃宮言葉が雪乃が恋をしてると、片想いを抱く相手がいると見て信じたように、

クラスメートもまたそれを確かだとしたようで、遠巻きに聞き耳をたてていた周囲が騒めいている。

 

中には校内でも有数の美少女に、恋人がいるのだと事実を知って落ち込む男子生徒たちもいる。

 

昼休憩の時間があればそれこそ、学級どころか学年、校内の生徒にまでこの情報はいちはやく伝達されるだろう。

噂とはそういうものだ。

 

雪乃は意図せずにだが、これからされるだろう男子からの告白にも告白されないと対処をしていた。

 

 

 ※※※

 

 

 

「それで、あの、雪ノ下さんが好きになられた方、ってどんな人、なんですか……?」

 

 

言葉がそう口にした途端、雪乃が問いかけにどう返すかを期待して、ざわついていた教室内が静まる。

女子もそうだが、男子は気になりすぎるのか静かなのが顕著だ。

 

 

「どんな人。そうね。

 私が想っているように、彼も私のことを気にかけてくれてるか、気になる人ね」

 

 

頬を薄く赤らめて、物憂げにそう答えてみせると、雪乃はにっこりと笑みをつくる。

 

 

「どういう人かで言えば、優しい人よ。

 身内と他人の境界線がはっきりしていて、線の内側に入れた人にはとても優しいの。

 だけれど、他人にはどうでもいいと評価を気にしない面もあるから、

 捻くれてると言えるのかしら?

 自分の価値をわかってないともとれるわ。

 入学式から一度も登校していない生徒がいるでしょう? まだ学期が始まったばかりだから、噂にはなってないものね。

 彼がその生徒よ。

 車に轢かれそうになった犬を庇って、咄嗟にかわりで轢かれてしまってる、馬鹿な人よ」

 

 

本当に馬鹿な人、とこぼす言葉には蔑みはなく、聞いてとれるほどに情感がこもっている。

 

 

「心配も、不安を抱かせてるとも知らないで、反省もしないの。

 放課後に空き時間を見つけてまで、私が毎日言い聞かせてあげないと、目を離したらなにをするのかわからないわ。

 ごめんなさい。

 クラスでの交遊もしてる余裕はなかったから、こうして琴乃宮さんに話しかけられたことにも驚いたの。

 でも、嫌だというわけでもないから、気にしないでね」

 

 

雪乃が口にする言葉は彼のことを思えばあふれてしまう愚痴だったが、

言葉が嫌な顔もせずに聞いてくれるので、ついつい漏らしてしまう。

 

言葉も、聞き耳を立ててた周囲の女子生徒は、聞いてしまったのろけ話が予想外に甘かったことを話題に、

次第に室外へと出て行く。

男子生徒もまた、出ていく気力があるものはマシだが、その気力も起きないほど落ち込んだ生徒らは机にうなだれてしまう。

 

放課後を待たずして、雪乃の美貌の効果もあり噂は伝播されることは間違いなく。

 

 

「彼もまた、私を想ってくれてるのなら、嬉しいのだけれど……。

 恥ずかしくて聞いてみたことは、まだないわ。

 彼がどういう人なのかは、これで少しは伝わったかしらね」

 

 

校内でも一二を争えるだけの美少女には片想い、もしくは恋人関係な男子生徒がいると噂はまわるだろう。

少なくとも雪乃がベタ惚れなのは確かで、仮に八幡以外の異性に告白されてもフラれるとわかりきったぐらいには、

雪乃を気にしてる、容姿に惹かれた男にはダメージは与えていた。

 

 

「こうして琴乃宮さんとお昼をご一緒させてもらったのも、比企谷君のおかげね。

 社交的とは言えなかった私が、これだけ普通に誰かと会話できているんですもの。

 変なことばかり話してしまって、つまらなかったでしょう。ごめんなさい」

 

 

微笑みを浮かべて、雪乃はなぜか挙動不審に陥っている言葉へと謝罪する。

 

だが、雪乃の内心は計算高く意図して、のろけ話を謝罪するだけでなく、

クラスないどころか、学内の女子間でのネットワークを利用して、

八幡に良い意味でのレッテルをはり、雪乃に優しい彼氏だと情報操作して事前では悪印象抱かれないようにしてしまう。

 

八幡の実物を目にしてしまえば、影の薄さと目の腐りで評価が下がるのは明らかで、

だからこそこうして事前に、寝顔の写メとツンデレっぽい人だと印象づけてしまえばいい。

 

 

それさえ済ませてしまえば、あとは事前にやるべきことは、学内での外堀を埋めてしまう。

 

八幡が退院していまう前に、彼の線の内側に入り込んで一緒にいることに違和感を抱かせず、

どれだけ校内で一緒にいようとしても、八幡が人目で逃げ出さないよう絡め捕る方法だ。

 

そうして雪乃に捻デレで、

素直に優しさを示せない八幡との絡みを見せつけてしまえば、

あとは学内外のどこででも八幡をじっくり攻略することができる。

 

 

だから、その一歩として話しかけてきてくれた琴乃宮言葉さん、利用させてもらったことごめんなさいね。

それと、ありがとう。

 

 

 


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