※小説家になろうにも掲載しています。
小学生の頃よく一緒に遊んでいたイギリス人の女の子がいた。
親の仕事の都合でこっちに引っ越してきた彼女の名前はデネブ・ウエストウッド。
俺の趣味は読書で彼女の趣味も読書で、俺たちは気が合いすぐに仲良くなった。
しかし、彼女は同級生たちからいじめられていた。
俺の住んでいた町は町とは名ばかりのど田舎で金髪碧眼の外国人は珍しく、デネブは日本人の中で目立ち、浮いてしまっていた。
俺の住んでいた町は田舎独特の閉鎖的で排他的な風習が根強く残っており、大人は外国人のデネブたち家族を疎外した。
子どもはそんな大人を見て同じようにデネブをいじめても良い対象と認識した。
そして何よりも……いじめやすい特徴がデネブにはあった。
とても太っていたのだ。
名前のこともあり、デネブはデブとからかわれることがしょっちゅうだった。
同級生よりも身長が高く、そして同級生の三倍はあろうかという体重。
同級生から見たデネブはモンスターに見えたことだろう。
デネブはこっちに引っ越してきてから、俺以外に親しい友達が出来ずにいた。
そして、今日もデネブは俺と放課後の教室で本の話をして楽しんでいた。
「あ、デブだ! デブがうつるぞ逃げろー!」
「おい、雲井。デブと遊んでんじゃねーよ。ドッジボールにいれてやんねーからな」
俺の名前は雲井始。同級生の一人が俺をドッジボールに誘った。
参加条件は俺がデネブと遊ばないこと。
クラスのいじめの対象であるデネブが、俺と何やら内容の理解出来ない話をして楽しそうにしているのが気に食わないらしい。
「始君、わたしはいいからドッジボールに行って来なよ……」
デネブは俺もデネブと同じように仲間外れにされるのを恐れて、俺に自分のことはいいのでドッジボールに行くように言った。
しかし、その目には涙がたまっており、泣くのを必死に耐えていた。
俺はデネブの唯一の友達で、俺がデネブを見捨ててしまえばデネブはぼっちになってしまう。
デネブは自分がぼっちになることよりも、俺がぼっちになることを心配した。
「俺は友達を裏切らない」
漫画で覚えた台詞を言ってみたが俺の本心でもあった。
デネブは自分のことよりも他人の心配をするすごくいい奴で、俺はこいつとの友情を裏切れないと思った。
俺が誰と遊ぼうと自由だ。
こいつらは俺の読んでる本を一冊だって知らないだろう。
ドッジボールをするよりも、デネブと好きな本について話しているほうが有意義で楽しい。
「うっせー。俺が誰と遊ぼうが自由だろ。あとデブじゃねー、デネブだ」
「何? お前もしかしてこのブサイクデブのこと好きなの?」
「お似合いだー。結婚おめでとう」
同級生の男子は俺とデネブを見てゲラゲラ笑っている。
俺は頭にきて気づいたら同級生に殴りかかっていた。
多勢に無勢……かなう訳がなく、俺は同級生たちにボコボコにされた。
俺は気を失い、目を覚ますとデネブの太ももの上に頭を乗せて床に転がっていた。
デネブの泣きそうな顔が俺の瞳に映る。
「始君っ! 始君っ! 大丈夫!?」
「大丈夫な訳がないだろ。あいつらは?」
「男子は始君が気絶したのを見て、死んだと思って驚いて逃げて行ったよ」
「そうか……俺は負けたのか……かっこ悪いところを見せちまったな……」
友達とはいえ女子の前でボコボコにされるのを見られるとは情けない。
「そんなことない。始君かっこ良かった。わたしのためにごめんなさい。ありがとう……」
「友達が馬鹿にされたら自分が馬鹿にされたのと同じだ。謝罪も感謝も必要ない」
俺はボコボコにされたのにかっこ良かったと言われて恥ずかしくなり、そっぽ向きながら言った。
「わたしたち友達?」
「当たり前だろ?」
もしかして自分だけ友達だと思っていたのだろうか?
だとしたら少し悲しい。
いつまでもデネブの太ももを枕にして寝ているわけにはいかない。
俺は起き上がろうとして、そして身体に激痛が走った。
「痛っ……」
「だ、大丈夫?」
殴られ、蹴られ過ぎたせいで身体のあちこちが痛んで起き上がれない。
「始君……今からわたしがすること……驚かないでね」
「は?」
デネブはそう言うと何やらブツブツと呪文のようなものを呟き、俺の身体に手のひらを当てた。
手のひらがほのかに光ったかと思うと俺の身体から痛みがすーっと消えていった。
「こ、これは?」
「魔法……本当は人間に魔法を見せてはいけないって言われてるんだけど……友達だから見せた。わたしと始君だけの秘密ね?」
デネブははにかみ、人差し指を口の前に立てて内緒のポーズをした。
「あ、ああ」
俺はデネブが魔法を使ったことに驚き、コクコクと頷くことしか出来なかった。
デネブから話を聞くとデネブの母方の祖母が魔女で、簡単な魔法なら使えるらしい。
魔女というのは空想の世界にしか存在しないと思っていたので実際に目の当たりにして興奮した。
俺とデネブの関係だが……デネブが魔法を使えると知ってもその関係は変わらなかった。
いや、違うな。むしろ秘密を共有することで前よりも仲良くなり、俺たちは親友となった。
この友情がいつまでも続けばいい、そう思っていたのだが……
別れは突然やって来た。
家庭の都合でデネブは祖母のいるイギリスに帰ることになったのだ。
俺は残念に思ったが家庭の都合なら仕方がない。
デネブを見送りに俺は駅のホームに来ていた。
「デネブ、向こうに行っても元気でな。手紙送るから」
「うん。わたしも絶対に返事書くから。始君、今までありがとう。あと……」
「あと?」
何だろう。デネブは深呼吸してスーハー、スーハーしている。
落ち着け。過呼吸になりそうになっていたので、俺はデネブの背中を撫でてやった。
デネブは呼吸を整え、覚悟を決めた表情をして話し始める。
「ずっと……ずっと好きでした。痩せたら……痩せたら彼女にしてください!」
「えっ!?」
驚いた。
デネブは俺のことが好きだったのか?
全然気づかなかった。
それにしても告白に自分から「痩せたら」と条件を出すのはどういうことだろう?
俺は少し考えて、おそらくデネブは今の状態だと100%振られると思ったのだと推測した。
それで、少しでも可能性のある「痩せたら」という条件を自分から出したのだ。
馬鹿な奴だ。俺は痩せてるとか太ってるとか容姿は気にしないというのに……
「だ、駄目かな……?」
俺が黙って考えていたら、デネブはそれを拒否と受け取ってしまったようだ。
デネブの白い顔から血の気が引き、絶望の表情に変わる。
正直なところ、デネブのことを異性として好きかどうかは良く分からない。
しかし、なけなしの勇気を振り絞ってデネブは俺に告白したのだ。
俺は大切な親友の気持ちに答えたいと思った。
「いいぞ。痩せたら俺の彼女な」
「ほ、ほんと?」
俺の返事を聞いて、デネブの顔が絶望から一転してパッと明るくなった。
「ああ、ほんとだ」
「わたしダイエット頑張るね!」
「頑張れよ」
もし俺がデネブを振ってしまえば友情はここで終わってしまう。それは嫌だ。
デネブがイギリスに行ってしまえばもう会えるかどうかも分からないし、今すぐに彼氏彼女の関係になる訳でもない
俺は軽い気持ちで告白にOKの返事を出した。
「始君、わたし変わるから。だからそれまで待っててね」
「ああ、期待して待ってる」
デネブの目に強い決意の炎がメラメラと灯っているのが分かった。
理由はどうあれ、デネブは変わろうとしている。
俺はデネブを応援した。
デネブは笑顔で日本を離れ、イギリスの祖母の下へと旅立っていった。
時が流れ――
俺は小学校を卒業し、中学校を卒業し――
高校に入学して高校一年生になった。
俺とデネブの文通は未だに続いていた。
デネブの住んでいる場所にはインターネットがなく、携帯の電波も通じないところのため、文通という時代遅れの連絡手段しかなかった。
学校の授業が終わり、自宅の郵便ポストを見るとデネブからのエアメールが届いていた。
簡単な季節の挨拶から始まり、最近の学校での様子などが書かれていた。
日本では友達が俺しか出来なかったが、向こうではたくさん友達が出来たようで楽しそうで何よりだ。
「ん?」
手紙を読み進めると最後に気になる文が書いてあった。
『追伸、近々日本に行くことになりそうです。久しぶりに始君に会えるのを楽しみにしています』
俺も楽しみだ。久しぶりに会えるのかと思うとワクワクした。
しかし、どこにもいつ来日するのか書いていない。
おそらく、次のエアメールに書いてあるだろう。
俺はエアメールを引き出しにしまった。
そういえば、最後にデネブにあったのはあの駅のホームの見送り以来だな。
「痩せたら彼女にしてください。か……」
エアメールは月に数通届いていたが、自分の姿が映っている写真が送られてくることはなかった。
メールにはダイエットがなかなか上手くいかないというようなことがたまに書かれていた。
おそらく、ダイエットに失敗して痩せられず、写真を送れなかったのだろう。
俺は小学生の時の巨体のデネブをそのまま成長させた姿を想像した。
身長二メートル近い三百キロの巨体。
うーん、凄まじいな。
デネブは昔から自分の容姿に自信がなかった。
会ったらまず人間は見た目ではないと励ましてやるとしよう。
次の日――
学校に登校し、ホームルームが始まると担任の教師から留学生を紹介すると言われた。
まさか……デネブか?
昨日のエアメールのことがあり、そんな風に思ったのだが……
「教室に入ってくれ」
担任の教師に言われて入ってきたのは金髪碧眼の身長160センチほどの美少女だった。
端正な顔立ちをしており天使だと言われれば信じてしまいそうで、足はすらりと長くモデルのようなスタイルだ。
「す、すげー美少女!」
「可愛い!」
「イギリス人美少女のクオリティ高けぇ!」
「ハリウッドの子役女優みたい!」
「足長っ! そして細っ!」
男子、女子双方から歓声が上がった。
デネブじゃなかったか……
まぁ、そうだよな。そんな漫画みたいな展開ある訳ないよな。
俺は美少女の留学生が来たというのにがっかりしていた。
「じゃあ、自己紹介よろしく」
担任の教師は留学生の美少女に黒板の前に来るように言った。
あれ、よく見るとこの留学生どこかで見たことがあるような人物の面影が……
黒板の前に立った留学生は教室を見回し誰かを探すようなそぶりを見せる。
そして、俺と目が合い満面の笑みを浮かべた。
「イギリスから来たデネブ・ウエストウッドです」
同級生は流暢な日本語に驚き、俺も驚いた。
しかしそれは同級生と同じ部分ではなく名前にであった。
デネブ?
でもあれ? その姿は?
俺は動揺した。
「そこにいる雲井始君の彼女です。よろしくお願いします!」
デネブは顔を真っ赤にしながら言った。
クラスの同級生、担任は驚き俺を見た。
今まで空気のような存在だった俺に注目が集まる。
「よ、よぉ」
俺はデネブに小さく手を振った。
見た目変わりすぎだろう。
まさかこんな美少女になって戻ってくるとは……
「雲井の彼女? どういうこと!?」
「一体どこで知り合ったんだ!?」
「ありえねぇ!!」
「雲井殺す! 殺す! 殺す!」
同級生の男子から嫉妬と殺意が向けられ、教室は騒然とするのであった。
デネブは日本を旅立ったあと、祖母の下でダイエットを成功させていた。
その後、魔法学校に入学して主席で卒業したそうだ。
今は、存在しない架空のイギリスのハイスクールに籍だけ置いてある状態らしい。
デネブは俺に会うために留学生という形で日本にやって来た。
それも美少女に変身を遂げて。
「ただいま、始君」
「おかえり、デネブ」
俺とデネブは小学生の頃にした「痩せたら彼女にしてください」という約束を守り付き合うこととなった。
デネブは俺の家でホームステイすることになり、魔法のせいで様々なトラブルが起こったりするのだが、それはまた別の話だ。