13話 魔王と老医
天竜の太閤就任から2年の時。未だ建築中の大坂城のとある茶室にある男は呼び出されていた。
「むぅ.....」
男の名は 曲直瀬ベンジョール。医者だ。
だが仕事に来たわけではない。
太閤天竜に医者など不要だからだ。
彼は吸血鬼ドラキュラ。その血に含まれる不死の力。それがあり続ける限り、彼はどんな致命的ダメージを受けても復活する。彼が倒れるとすれば、その不死力を直接削るような攻撃。つまりは銀製品による攻撃をされた時ぐらいであろう。
そんな天竜が何故ベンジョールを呼んだのか、それは茶を啜りながらただ世間話でもするためか?
否、天竜はとある目的の為に彼を呼んだのだ。
「待たせたな」
「こっ、これは太閤殿下!
おひさしぶりでございます。
ご機嫌麗しゅう!」
「余計な気遣いなど無用だ。
そう怖がるな。取って喰いわせん。
どちらの意味でもな」
「はぁ.....」
ベンジョールが天竜と関わりを持ったのはたった2回のみ。左馬助事件の被害者であった、十兵衛と小次郎の治療を担当した時の事だ。
十兵衛殿は浅い傷だった為に命を取り留めたが、小次郎殿は腹を抉られていた為に死亡してしまった。ほぼ致命傷であったが故に、匙を投げてしまったのだ。太閤様が短気な人物であったのなら、私は斬り捨てられていたであろう。案の定、彼は実行犯であった左馬助を全軍にて追い詰め、死体も残らぬ程に滅殺したとか。
そしてその左馬助の亡霊が、この件に関わった人物を殺しにかかっているとか。先日、宮本武蔵殿と今川氏真殿がそれの犠牲となり、亡くなられたとか。2人共まだ若かったというのに.....
「貴様を呼んだのは他でもない。貴様がこの国で最も確かな腕を持った医者であると確信したからだ」
「それは光栄の限りで」
「であるからこそ、これを進呈しよう。
俺の時代からの贈り物さ」
そう言って、天竜は懐より分厚い本を取り出す。それは医学書のようだった。
「これは?」
「未来の.....400年後の医学書だ」
「400年後の!?」
それは、医者であるなら喉から手が出る程欲しいものだろう。この時代では治療不可能な病や怪我でも、未来であるなら高確率で治療できるかもしれない。そんな希望が詰まった書物なのだ。
「これ1冊で終わりではない。医学は幅広いからな。他にも数冊ある」
「.....それをどうされるのですか?」
「先程言ったように貴様に進呈しよう」
「条件は?」
「ん?」
「お惚けにならないで戴きたい!
それだけの物を私にくれるという事はしたそれなりの対価を求めているという事!お教え戴きたい!その医学書の対価とは如何に!?」
「何もねぇよ?」
「.....はぁ!?」
「強いて言えば、その医学書を活用する事でこの時代の医術を大きく発達させ、それを国民に提供して貰う事かな?
それが対価だよ」
「..........」
何を考えている!?そんな事、この男に言われるまでも無くするつもりだ。というより、それ以外に活用のしようがない。
いや、待てよ?
きっと別の方法があるのではなかろうか?
彼は『裏切り魔将軍』
味方を装って朗らかな表情で対象者に近付き、裏切って一気に地獄に叩き落とす卑怯なやり方で、この男は数々の人物を不幸にしてきた。
暗殺された宇喜多直家や、権力と領土を全て奪われた武田信玄がいい例ではないか。私は騙されんぞ!
「本当にそれだけですか?
他意はございませんか?」
「無いよ。俺はこの未来の医術を国民全員に提供し、皆々の幸福を作ろうと考えている」
この男は息をするように嘘を吐く。
お前の二枚舌はお見通しだ!
「俺は今まで多くの不幸な者を見てきた。
戦で大怪我をするも、医術が未発達な為に助けられない者達。
不治の病にかかるも、医術が未発達な為に助けられない者達。
疫病が蔓延するも、医術が未発達な為に没落してしまう村々。
見るに耐えなかった。
俺が良かれと思って行った政策によって不幸を招いた事もあった。世界を幸福のみで満たす事や、世界から不幸を取り除く事は不可能だ。
だから俺は、俺が作れる限りの幸福を立場の弱き者らに与えてやりたいと思っている」
これは嘘.....のはず。
「俺は国の王となった。だが、国に本当に必要なものは王ではなく、広大な土地でも、圧倒的な兵器でもない。
国民だよ。国に必要なものはね。
国民の支持も得られないような者に国を治める資格はない。国民を1人でも救えないような王に、国を治める資格はない。
俺は王だ。この国の王だ。
その責務は全力で果たしたい」
嘘.....のはずだ。
「貴方は自らを王だと言う。
王という名称がこの日の本の代表を務める者であるのなら、王は姫巫女様.....いや、正親町天皇陛下であられるのではなかろうか?」
「違うな。陛下は王ではない。
陛下は皇帝に属するのだ」
「皇帝?」
「人間が成り得る最上位の役職だ。
俺が国民の代表であるのに対して、
陛下は人類そのものの代表。
最上位の人間。
それは最早神に等しい。
肉体を持ち、現世に実在する生き神。
俺はその代行人に過ぎない」
「..........」
訳がわからない。何処までが嘘だ?何処までが本当だ?彼のこの言葉はそのままの意味なのか?それとも別の意味が隠されているのか?
「なら.....何故貴方は織田を裏切った!!」
「それが貴様の.....俺への恨みか」
曲名瀬ベンジョールは元織田付きの医者だ。織田信奈を敬愛し、彼女に付き従い、彼女の天下統一を願い、見守ろうとしていた。
そんな中に現れたのが勘解由小路天竜。
彼は極々短期間で織田に溶け込み、
織田の中で血を啜り続けた。
次は武田の中で、伊達の中で、
蝦夷地にて.....
最後は関白前久を下して、
現在は朝廷で血を啜り続けている。
彼はヴァンパイア。彼はドラキュラ。
彼は裏切り魔将軍。
主君や同志を裏切り、破滅させる。
信奈までもがその毒牙にかかった。
各地の大名や良晴を卑怯にも人質に取り、あろう事か自身の愛するものにまで刃を向けた。そんなやり方をされれば、内心は優しい信奈は降伏しざるを得なくなった。
ベンジョールはそんな天竜を死ぬ程恨んだ。信奈は亡き友であった斎藤道三や松永久秀の希望も背負っていたのだ。それだけではない。織田家臣団を含め、数多くの者の希望を背負っていたのだ。
それを奪った天竜.....
彼を恨んでいたはずなのに.....
「俺は王として、その責務を果たさなければならない。それが俺の義務なのだ。
俺は平和を実現しなければならない、一早く平和を実現しなければならない。
だが、それには犠牲が出るだろう。
だからこそ、俺がその罪全てを背負うつもりだ。俺の命令で人殺しを行った皆々には、絶対に負担を与えるつもりはない。
俺はこの全人生と全生命を用いて、
俺は平和な世界を作り上げる。
それには未来の医術とお前の腕が必要だ。
もう一度言う。お前に協力してもらうぞ曲名瀬ベンジョール!」
「..........」
この男は.....ズルい。
「お断りいたします」
ベンジョールははっきりとそう言った。
「残念だ。非常に残念だ。所詮、耶蘇とアンチは相容れないという事か」
「違いますよ。ご協力はさせて頂きます。
ただ、その医学書は我が娘、
"曲名瀬玄朔"にお渡し下さい」
「曲名瀬玄朔?」
「姪です。妹の子を養子にしました。
我が医術の全てを詰め込ませた愛娘です。
まだ未熟ですが、成長次第で私以上の名医となるでしょう。きっと殿下のお役に立てるでしょう」
「何を言っている!
俺は貴様の力を必要としているのだぞ?
この際、玄朔と共にでいい。
俺の元に来い!」
「ふふっ.....私の様な老獪など長持ちはしませんよ」
「?................まさか!?」
天竜は気付いた。その事態に。
ベンジョールの顔色は死人のように白く、その頬は干物のように干乾びている。
「永くないのか?」
「自身の体調は自身が1番理解しておりまする。なんせ名医だからね」
「なら尚更だ!未来の医術を使えば貴様を救えるかもしれないだろう!俺は技術を持たないが知識はある!必要な薬品や器具は何でも用意する!だから.....」
「嬉しいです。そこまで案じてくれて。
それが例え私個人ではなく、私の腕を案じているのだとしてもね。
それでも駄目です。
その未来の医術を使うのは、貴方や玄朔ら若い世代。年寄りがいつまでも生き残るわけにはいけませぬ。
私はこの身体のせいでもう、まともな診療もできなくなっている。病が治った所で、この歳ではあまり変化はないでしょう。そんな生き恥を晒すぐらいなら、さっさと逝って、黄泉にてマムシや弾正と酒を酌み交わしたいと考えております。
私はこの時代の医術で治せない最後の人間でありたい。そうやって、未来の医術とやらにほんの少し対抗してみたいのです」
「何を言っている!
何故貴様は長生きしようと考えない!?
人間とはそういうものではないのか!?」
「それが誇りですから」
「貴様らは馬鹿だ!!何故何より誇りを重視できる!?何故誇りなんぞを理由に、命を軽視できる!?
人間の癖に.....人間の癖に.....」
「申し訳ありません」
「永く生き続ける事を嫌うのは化物だけじゃないのか?」
「それが人間です。私も貴方もね」
「ふっ.....俺も人間扱いか」
天竜は身なりを整え、
ベンジョールに向かって頭を下げた。
「感謝する。医聖ベンジョール」
「それ程でも。吸血鬼ドラキュラ。
往生際で面白い者に会えました」
ベンジョールは1ヶ月後、静かに息を引き取った。天竜は彼の死後、最も偉大な医者として、正二位法印を与えた。
曲名瀬ベンジョール道三の墓前。
そこに2人は眠っていた。
「ゆっくり眠って下さいねお義父様」
花を手向ける玄朔。彼女はベンジョールの歳の離れた妹の子で、15歳の少女だった。
「約束通り玄朔は貰ったぞ」
「はい。玄朔は殿下のものです」
玄朔の瞳は紅に輝いていた。
「俺は貴様に嘘をついた。未来の医術は国民を救う為だけに使うと言ったが、あれは嘘だ」
「..........」
「俺は他人の為だけに動ける程、人は良くない。これだって自分の為さ。
未来の医術を使えば、
"吸血鬼の謎も解明できるかもしれない"
俺は自分がドラキュラであると知った。
敵を知らない事は愚かだが、
己を知らない事はより愚かだ。
吸血鬼を知りたかった。
ヴァンパイアを知りたかった。
ドラキュラを知りたかった。
そして、弱点強点を把握したかった。
いや、これは自分だけじゃないな。眷属達の事もある。
俺が死ねば眷属は共に消滅するか、吸血鬼のまま生き残るか、人間に戻るか.....
可能性が高いのは前者2つ。
場合によっては、俺が死ぬ前に彼女らを元の人間に戻す必要もある。
俺のエゴで変えてしまったんだ。
その後の人生まで奪う権利は俺にはない。
眷属を元に戻せれば.....」
「御自身が戻ろうとは思われないのですか?」
玄朔が尋ねる。
「戻るも何も、俺はこの世に誕生した時点で既に化物だ。今も昔も変わらないよ。これからもな」
そう言って、天竜は墓を後にする。
「にしても、俺に自ら眷属になる事を志願してきた奴なんて、お前が初めてだぞ玄朔」
「私はこれより吸血鬼についての研究をも任されるのでしょう?ならば、自分自身で先になってしまった方が、理解も深まるというものです」
「ふっ.....」
天竜は最後にもう一度墓に向かって呟く。
「俺は貴様に嫉妬していたのかもしれない。
簡単に死ねる身体で、
人生に何の悔いも残さず死ねる貴様が.....」
「..........」
14話 少女医と妖狼
吸血鬼の眷属はドラキュラ程ではないが、何かしらの能力を持っており、それには優劣がある。
ある者はより優れた怪力を持ち、
ある者は誰よりも速く移動し、
ある者は特殊な技で他者を圧倒する。
ここにもう1人、
特殊な能力を開花させた人物がいる。
曲名瀬玄朔。
彼女は吸血鬼の眷属になった後も、特に他者を圧倒させるような能力は持たず、戦力的には低いステータスであった。
そう、戦力的には.....
「やぁ、玄朔」
天竜は播磨に建てられた玄朔の研究所を訪れていた。彼女の本職は医者だが、吸血鬼の研究もまた任されている。
「くぅヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!
順調順調!デラ順調ですよ!
続続々と吸血鬼の謎が明かされています!」
「そうか、程々にな。俺じゃあるまいし、女の子がそんな笑い方するもんじゃない」
そう言って、天竜は玄朔の頭に手を乗せた。
「ひうっ!?」
「どうした?」
「なっ.....何でもありです!!!」
「?」
玄朔はマットサイエンティストと化していた。普段はこんなのではないのだが、最早趣味にまでなっている吸血鬼研究になると、こうも豹変するらしい。
吸血鬼の血は玄朔の脳に作用していた。
吸血鬼の脳は基本人間と同じだが、
玄朔は脳が進化したような状態になっている。モーターが1個から10個になったと言えば分かり易いか。彼女の頭脳は天竜ですら計り知れない。頭脳勝負だけなら、天竜は確実に負ける。
将棋、囲碁、チェス、麻雀、ポーカー。
色々試したが、全部負けた。
だが、これは計算力だけだ。
駒にそれぞれ意識がある戦争では、人間観察に長けた天竜に武がある。
だから、彼女は科学者として強いのだ。
だがたまに、患者を科学者目線で見る節があるから注意せねばなるまい。
「具体的に何が分かった?」
「主に吸血鬼の特性ですね。吸血鬼の吸血鬼たる由縁。何故血を啜る必要があるかの理由です」
「ほう」
「理由は主に2つ。
1つは、ヘモグロビンの摂取です。吸血鬼の赤血球は人間のものと根本的に違います。酸素を通常の十倍以上の速度で循環させます。その効果によって、吸血鬼は人間とは桁違いの怪力や俊足が生み出せるのです。
ただ、その分大量の酸素を取り入れる為に大量のヘモグロビンが必要となります。だからそれを外部から取り入れる必要があるのです」
「なら、それだけならわざわざ人間から吸血する必要はないんじゃないか?しかし以前、牛や豚の血で代用しようとしたが、上手くいかなかったぞ?美味くなかったし」
「それがもう一つの理由です。
もう一つは霊力の回収。それこそが吸血鬼の吸血鬼たる由縁そのものでもあります。
人間を好んで食す妖怪は数あれど、人間から効率よく霊力を吸収できるのは吸血鬼だけです。和製鬼ですら龍穴よりい出る霊力に頼らねば生きてはゆけませんが、吸血鬼は龍穴など無くとも、自力で自給自足できるので、生存率が他の妖怪と比べて高いんですよ。
だから吸血鬼は何より人間を尊重しています。吸血鬼は人間と共存する事で、その命を繋いでいるのですから。餌が無ければ生きてはいけませんからね。
くぅヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
また興奮してしまっている。
「それからヘモグロビンの問題でもう一つ。
人間と同じで一酸化炭素を吸えば中毒を起こしてしまいますので、煙草はお控えになった方がよろしいかと?人間時の十倍の速さで肺癌になりますよ?」
「うえぇっ!?」
「あれでしたら、一酸化炭素ではなく酸素を吸える煙草を作りましょうか?」
「マジか!?」
「理論上なら容易に作れますよ。少々特殊な薬物を必要としますので、それさえ用意して下さればね」
「お前がドラ●もんに見えてきたよ。いや、発明家という点で考えれば、キテ●ツか」
「?」
「つまり、吸血鬼は血を吸わない酸欠状態になるに等しいというわけな。そう考えると、吸血鬼はとても繊細なのだな。弱点も多いし」
「そうです。吸血鬼が最強というのはマヤカシです。戦闘面において吸血鬼はどんな生物よりも勝るかもしれませんが、生物としては最弱の部類に属します。ですから、力に頼って傲らないように!」
「へいへい」
まるで叱られる子供の気分だ。
「さぁ!!そんな事はさておきです!
殿下を呼んだのは他でもありません!
私の実験に是非立ち会っていただきたいのです!」
またマッドサイエンティストに戻る玄朔。1番傲ってるのはコイツなんじゃないのか?
「ご存知の通り、吸血鬼の血は万能です!
少量であれば、どんな怪我も治しますし、最高の解毒剤にもなります。ですが、この血そのものが凶悪な猛毒である事も事実です」
「まぁな」
「そして、吸血鬼から派生して生まれた種も多く存在します。その1つとして人狼」
「ウェアウルフか?
ってか、本当にいるんだ」
「ドラキュラのくせに.....」
「俺は目で見たものしか信じないんだよ。悪魔は信じるが、神を信じないのはその為だ」
「.....話を戻します。人狼は妖狼と吸血鬼の中間に生まれた種族です」
「そうなんだ。てっきり人間と狼が獣姦して生まれた妖怪かと思ってた」
「.....エイズはそれが原因で発生したらしいですが違います。しかもあれは猿とです」
「へぇ〜」
「話を脱線させないで下さい。
そこで私は通常の狼に吸血鬼の血を注入して眷属状態にすれば、その狼は人狼になるかの実験をしようと考えています」
狼を眷属にするのか。その血は玄朔のものを使うのだろうか?
「眷属が眷属を作る事はできるのか?」
「は?」
「お前は俺の眷属だろ?」
「違いますよ?」
「へ?」
「とっくに眷属は卒業して、れっきとした吸血鬼になっています。気づきませんでした?」
「全く.....」
だから妙に偉そうだったのか。
「それはさておきです!さっそく狼に吸血鬼の血を注入しましょう!」
玄朔は薬で眠らされ、診療台に括り付けられた狼を持ってくる。
「ニホンオオカミじゃねぇか!」
ニホンオオカミは未来じゃ絶滅種。
剥製以外で初めて見た。
狂犬病問題のせいで人間に意図的に駆除されて絶滅したらしいが、そんな将来の天然記念物をモルモットにするのか.....
「それでは注入しますね」
玄朔は注射器で狼に吸血鬼の血液を注入した。
次の瞬間だ。
「ガアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」
狼が突如目を覚まし、呻き声をあげる。
「おい、苦しがってるぞ!
これであってるのか!?」
「理論上は成功のはず!
しかし.....これは?」
「ウガガガガガガガガァァァァァ!!!」
犬程度の大きさだったは3倍、5倍とその身体を巨大化させていく。そして全体的に骨格も、四足歩行から二足歩行のものへと変化していく。
そして.....
「ガアアアアァァァ!!!」
「「!?」」
狼はその怪力で拘束具を引き千切った。
「..........」
静かになる狼。二本足で診療台に立ち、こちらを見つめてくる。
『お前らは何だ.....人間?』
驚く事に狼は知能を持ち、口を聞いたのだ。
「わっ.....私達は人間ではありません。
ヴァンパイア。吸血鬼です。
私は貴方の生みの母親。
そんでもってこっちが父親です」
「おい」
『父さん.....母さん.....」
狼は呟く。
『違う』
「「!?」」
次の瞬間だ。目にも止まらぬ速さで、狼は2人の首を切断した。
『父さん母さん、人間が殺した。
おで、人間憎い。殺す。食べる」
狼はそのまま研究所から逃げ出してしまった。
「痛ったたたたた.....」
首だけの天竜が言う。
天竜の身体はフラフラとよろめきながら自身の首を掴み取り、首の断面図に装着した。すると、溶接されたかの様に、傷は塞がってしまう。
「玄朔..........玄朔!?」
「ここで〜す」
玄朔の首はかなり遠くに飛ばされていた。身体は首を見つけられずに右往左往としている。
「手伝ってくれません?」
「あっ.....あぁ」
眷属のままでは無事では済まなかったかもしれない。だが、この回復力。戦闘型ではないにしろ、恐るべきものだな。
天竜の手伝いによって玄朔も首が元に戻る。
「申し訳ございません。感情制御にあそこまで難があったとは、予想もしませんでした。やはり始めは"通常の吸血鬼"の血を使えばよかったかもしれません」
「は?どういう事だ?
一体何の血を使ったんだ!?」
「天竜様のものです。ネズミでの実験にて、眷属等の下級吸血鬼の血では効力が薄く、不向きである分かり、血の濃い天竜様のものを使用したのです。
ドラキュラの血はまだまだ未知数。
きちんと調査してからすればよかった.....」
「何てことだ!話と違うじゃないか!?」
いや、俺がただただ勘違いしていただけか。彼女は自分の血を使うなんて一言も言っていない。
「本当に申し訳ございません!!」
「いや、気にするな。これは事前確認を怠った俺の責任でもある。俺の血が原因でもあるからな。今は被害を抑えるのが優先だ。奴がどこに向かったか分かるか?」
「妖気の感じからして.....西方面に高速で移動しています」
「中国の方か。よし、隆景に事前に連絡しよう」
天竜は携帯電話を取り出し、電話をかける。
『もしもし?』
隆景が出る。電話は事前に渡しており、容量がいいためか、元春と違って短時間で使い方をマスターしていた。
「隆景!俺だ。天竜だ!」
『太閤様?』
「いいか、手短に言う。よく聞け!
そっちの方にデカい狼の妖怪が向かった!」
『なっ!?』
「そいつは危険な奴だ!俺が向かうまでに市民に外に出ないように伝えておいてくれ!いいか!奴を見つけても、絶対に近づくんじゃないぞ!!」
『わっ.....分かった!..........あっ、姉者!?
駄目だ............そんな!?』
「何だ?元春がどうしたんだ!?」
「すまない!!今のを聞いて、姉者が狼の退治に向かってしまった!」
「なにっ!?くっ..........仕方あるまい。隆景は市民の方を頼む。元春は俺が止める」
『すまない。痛みいる』
そこで電話は切れる。
「行くぞ玄朔。狼退治だ!」
「はっ!」
天竜は中国方面に向かった。
その先に何が待っているとも知らずに......
曲名瀬家2代との掛け合いでした。
さて次回は、本編に戻る前に、番外編の続きを少しだけ挟んどきます。
次回予告
天竜と朧
〜お前が私で、私がお前なのだ〜