天翔ける龍の伝記   作:瀧龍騎

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ここで緊急速報!
前回、前々回で出てきた「傀儡の術」は「恍惚の術」に変更しました。
私の無知識が原因です。すみません。
お詫びとして(?)今回は長めの話です。


第八話 天竜包囲網

親戚がお見合い相手を紹介してきた。もうこりごりだった。家に己を支配されるのは.....

相手は名家のお嬢様だった。可愛らしいが、この娘と結婚する気などさらさらなかった。とりあえず表向きだけいい顔して、彼女の方からフルように、少し意地悪をしてみる。

ある日、デートで映画を見る事になった。自由に決めていいようなので、血しぶきドクドクのスプラッター映画を選択する。これで嫌われると思ったが、彼女は大ファンのようで食い入るように見ていた。

どんな女だ.....

次は食事だ。市でも有名な不味いラーメン屋に連れて行く。しかし、彼女は美味しい美味しいと完食してしまう。

どんな味覚してんだよ.....

次はボロいゲームセンター。その次は怪しげな骨董屋。しかし、彼女は全て楽しみ、俺ばかりが疲れてた。そんな事をしていると、

「やっと笑いましたね」

そう言われた。今までが作り笑いだった事を見抜かれていたのだ。それより、俺は今笑っていたのか?

「親同士が決めたお見合いなんて私だって嫌ですよ。でも、今日は貴方と遊べてとても楽しかったです」

途端に涙が出てしまった。この娘も同じだったのだ。20年間ずっと空白に生きてきたが、今日初めて感情を得た気がする。彼女への印象も大きく変わる。

「また遊びに行きませんか?」

「いいですよ!」

心臓の鼓動が早くなっていた気がする。

俺はこの日こそが初恋の始まりだった。

 

 

 

 

第八話

次の日の朝、顕如は目を覚ます。

猫耳も尻尾も無くなり、キャラの立たなくなった顕如に対し、良晴は憐れみの目を向ける。

 

 

「要するに、耳と尻尾が取れちゃったせいで妹の教如に本猫寺を追い出されたんだな?」

 

 

「そうなんだよ!南蛮蹴鞠も漫才も中止すると言われて.....教如が本猫寺でも特に過激派だったことを忘れていたよ」

 

 

話し方まで普通になってしまい、ますますキャラがない。まるで、内藤昌豊のようだ.....まぁ、彼女には「キャラが薄いというキャラ」があるのだが.....

 

 

「そもそもの発端は耳と尻尾が取れたことなんだよな.....何で取れたんだ?」

 

 

「それが分からないんだよ。教如は顕如の血が、猫様より人間の方が濃いからだって.....歴代の頭首にも何人か同じ症状が出た.....って言われたけど、父様も母様もそんな事は言ってなかったよ」

 

 

「でも、その教如ちゃんってのはかなりの読書家だったんだろ?その子が言うからには本当なんじゃないのか?」

 

 

良晴と顕如が少ない知識を絞り出している最中、ずっと思案していた天竜が口を開く。

 

 

「顕如.....お前.....ちょっと臭わないか?」

 

「..........は?」

 

 

良晴も顕如も唖然とする。

 

 

「あの.....天竜さん?.....女の子にそんな事言うのは、ちょっと.....」

 

 

同席していたフロイスが言う。

 

 

「いや.....3日前に川に入ったっきり、ずっと歩きづくしだったから.....臭うかもしれないけど.....そんなに率直に言われると.....悲しい.....」

 

「ん?本猫寺からこの堺までそんな遠くないだろ?」

 

「馬鹿だな相良良晴。だいぶ前に堺に行った時にいなかったんだよ。だから摂津中を歩き回ったんだよ!」

 

「あぁ~.....多分、俺その時播磨にいたわ」

 

 

話が逸れてきたので、天竜が本筋に戻す。

 

 

「いや.....そうじゃなくて、お前からアレの臭いが..........コレか?」

 

 

天竜は顕如の首に掛かっている、お護りのような物を示す。

 

 

「コレは確か前に教如に貰った.....ずっと掛けっぱなしだったよ」

 

「ちょっと借りていいか?」

 

 

天竜は顕如の許可を貰い、その謎のお護りを調べることにする。袋を開け、中から折り畳まれた紙を取り出す。どうやら薬包紙のようだ。包みを開け、中から粉が零れ落ちるのを確認する。すると、それを見て顕如がギョッとした。

 

 

 

 

「これは..........マタタビだな」

 

 

 

 

粉状にすり潰したマタタビであったのだ。顕如はそれを気づかずに、ずっと首に下げていたのだ。そこで良晴はある事を思い出す。

 

 

「マタタビは猫の霊力を奪うんじゃなかったっけ?耳と尻尾が取れた理由ってコレじゃないのか?」

 

 

 

「..........」

 

 

 

 

顕如はワナワナと震えだした。全部教如によって仕組まれていたにだ。よもや、信じていた妹からの裏切りは顕如の理性を掻き消した。

 

 

「うぉぉぉのれぇぇぇぃぃぃ!!!教如めぃ!!よくもこの顕如を騙したなぁぁぁ!!!実妹とはいえ、こればかりは許さん!!!今すぐ本猫寺に戻り、奴こそマタタビの風呂に漬け込んでくれるぅぅ!!!」

 

 

完全にブチ切れていた。

 

 

「落ち着け顕如。今行った所で、猫神の象徴を失ったお前を擁護する者など一人もおらん。勢いだけ任せても解決はしない」

 

 

天竜が冷静に顕如を抑える。

 

 

「じゃあ!!どうすれば!!?」

 

「俺に任せろ」

 

 

天竜は顕如の尻と頭に呪文をかけ始めた。

 

 

 

 

1時間後。

 

 

「何も変わってないよ?」

 

「よく確認してみろ。お前の血液内の遺伝子を無理矢理活性させて生やしたんだからな」

 

 

顕如は己の尾骨の部分を手で触って確かめる。

 

 

「あっ!.....生えてる!!小っちゃいけどちゃんと生えてる!!」

 

「.....しかし、陰陽術ってなんでもありだな」

 

「顕如は猫の遺伝子が強かったからな。普通の人間だって猿の子孫だからできない事はないぞ?やってみるか良晴?」

 

「遠慮する!」

 

 

 

実はこっそり生やしてしまっているのだが(笑).....

 

 

 

「見ろ、相良良晴!顕如からまた神聖な尻尾が生えたよ!」

 

 

っと、良晴の目の前で袴をペロンッと脱ぐ。

 

 

「のわっ!分かったから、脱がんでいい!脱がんでいい!」

 

 

だが、指の隙間から見た顕如のお尻には親指くらいの大きさの尻尾がキチンと生えていた。

 

 

「顕如ちゃん.....良晴さんが鼻を伸ばしてるから、早くしまいましょうね」

 

「いやっ!?伸びてねぇよ、フロイスちゃん!?」

 

フロイスが察して、顕如に袴を履かせる。顕如の頭には、髪を掻き分けないとわかりずらいが、耳たぶサイズの猫耳がピョコンッとついている。これじゃあ、スコティッシュフォールドだ。

 

「では、作戦はこうだ。恐らく、教如は顕如を戻らせないように門前払いにするだろう。だから、顕如は猫の力を失ったのではなく、成長したために、子供のの猫耳と尻尾から大人の猫耳と尻尾に生え変わった事にして、戻ればいい。教如一派が黙殺しても、信者がただではすまい。本来の頭首は長女なのだからな」

 

「乳歯かよ.....」

 

「Q●郎だよ」

 

「それはいい考えだよ.....いや、いい考えだにょ!折角阻止した争いはもう起こしてはいけないにょ!」

 

 

耳と尻尾を取り戻して自信が戻ったのか、語尾も戻り、本来の顕如が復活する。

 

 

「そして、もう一度漫才と南蛮蹴鞠を再開させるにょ!」

 

「それ1番かよ!!」

 

 

 

「念のために俺の軍2500をつけてやる。向こうが武力で無理矢理もみ消そうとするかもしれないからな」

 

「何か悪いな、天竜さん」

 

「弟の友達なら力ぐらい貸すさ。俺は今、丹波攻めの分で留守番役だからな。それにこれは織田家の存亡もかかってる」

 

「.....本当に助かるよ」

 

 

良晴が改めて天竜を感心していたその時だった。

 

 

「相良.....じゃない、羽柴氏!」

 

「「天竜様!」」

 

「五右衛門!?」

 

「阿、吽か!どうした!?」

 

 

2つの家の忍が同時に寺子屋の門を叩く。3人共息切れをし、相当焦っている。

 

 

「毛利が進軍してきたでござる!副ちょうのしかのちゅけとあけちぇどのが戦っているでごじゃる!」

 

 

カミカミだったが、状況は理解できた。

 

 

「坂本城が包囲されてるよ!」「よ!」

 

「何っ!?まさか若狭か?」

 

 

実はこっそりと阿斗と吽斗に若狭の調査を頼んでいたのである。荒木村重の情報は、天竜や良晴にも伝わっている。当然、彼女が起こすであろう未来も.....

 

 

「違うよ。あっちも怪しいけど、敵の正体は.....」

 

 

 

 

 

「「斎藤龍興」」

 

 

 

「何っ!?なんだって今さら出てきた!?」

 

 

斎藤龍興。

あの斎藤道三の孫にして、義龍の息子の男武将。稲葉山城戦では不参戦であったため、存在すら忘れ去られそうであったが、ちゃんと存在しており、義龍と共に放逐する。義龍自身は道三と和解したが、彼個人としては故郷奪った信奈を恨んでるとの事。

 

 

「龍興さんでしたら、私も会ったことがあります。キリスト教にも興味を示され、博識なのでいい方だと思ったのですが.....」

 

 

フロイスが言う。

 

 

「どうやらお互いやることがあるらしい。顕如、俺は行けなくなった。代わりに武蔵とヒコをつけるよ」

 

「分かったにょ!」

 

「阿、吽、お前らは安土城へ行け。信奈に今回の事を伝え、援軍を頼んでくれ!」

 

「「わかったよ」」

 

「良晴。その毛利との戦は恐らく『木津川口の戦い』か『上月城の戦い』だろう。木津川口では九鬼水軍は敗退する。お前の未来知識でなんとかその未来を変えてやってほしい」

 

「まかせろ!.....まぁ、天竜さんについてきてもらうのが心強かったんだけどな.....」

 

「俺も龍興を撃退すれば、すぐに合流するさ」

 

 

龍興軍は三好衆の残党を加えた6000の軍。たった1000の天竜軍なのに、勝つ気でいるから驚きだ。

 

 

「あぁ。この勇士達へ神のご加護があらんことを」

 

 

フロイスの祈りは果たして届くのだろうか。

 

 

 

 

天竜軍の主な主力は、前線指揮官の天竜、親衛隊長の左馬助、戦闘隊長の小次郎である。当然、小次郎以外はウィンチェスター装備の騎馬鉄砲隊である。

 

 

「天竜様.....雨隠千重洲陀を新しくしたのですか?あまり無理をなされると、前のように.....」

 

「大丈夫だ。日にちを開けてゆっくり召喚したからな。前の時は、一度に出したから身体に負担がかかっちまったんだ」

 

「身体に異常がないのであればいいのですが.....」

 

 

今回使用するのはウィンチェスター「M1894」前回の「M1887」以上の性能であり、拳銃弾以外に散弾の撃ち方も教えているので、丹波攻め以上の効果となるだろう。

案の定、勝敗は明らかであった。龍興軍は雑賀衆も何人か雇っており、向こうも鉄砲隊を構えていたのだが、「種子島」と「雨隠千重洲陀」の射程距離には大きな差があった。種子島では届かない位置からの遠距離射撃により、鉄砲隊を撃破。それ以外の敵兵はほとんどが従来の刀、槍の歩兵や騎馬兵であったため、楽に撃破。信奈の援軍の来る前に龍興軍を完全に壊滅させてしまったのである。捕らえられた龍興は宣教師が着ていそうな南蛮式の格好であった。

 

 

「僕は悪くない!悪いのは織田信奈だ!じいちゃんだ!父さんだ!」

 

「餓鬼が。己の力量も測れずに暴れやがって」

 

 

天竜はソードオフしたウィンチェスターに散弾を込めて龍興に向ける。

 

 

「ひぃっ!!?」

 

 

「散弾銃は銃身を切り詰めた状態で発砲すれば、豆粒状の弾丸が近距離でばら撒かれるように出るんだ」

 

 

天竜は顔をグイッと龍興に近づけ、彼を脅す。

 

 

「顔に撃てば、まるで耕したかのように貴様の顔面をグチャグチャに崩してくれるぞ?あぁ.....その時のお前の崩れた顔が見てみたい」

 

 

龍興は天竜の後ろの「顔を耕された死体」が引き摺られてゆくのを見る。そうして急にぶるぶると震え、恐怖を感じる。

 

 

「うっ.....嘘だろ?.....まさか本当に撃たないよね.....?」

 

「もう貴様に存在価値なんてないからな~。撃っちゃおうかな~。よし、撃とう!」

 

「やめて!止めて!やめて!止めて!やめて!止めて!やめて!止めて!やめて!止めて!やめて!止めて!やめてぇ~!!」

 

「ばいば~い♫」

 

 

ドォォォォンッッ!!!!!

 

 

「止めったぁ!!!」

 

 

凄まじい発砲音だったが、龍興はまだ耕されていなかった。というか生きていた。天竜が発砲したのは空砲である。

 

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!

見ろハルゥ!こいつションベンちびって気絶したぞ!しかも髪が全部白髪になってやがる!」

 

「天竜様.....悪趣味は程々にして下さいね」

 

 

その後、ひょろひょろになった龍興は兵も財も丸々取り上げられ、「尻の毛も抜かれた状態」にされ、再び放逐される事になる。まるでヤクザの手口だ。

 

 

「あ~あ。なんか呆気なかったな」

 

「こちらの損害は零です。すぐに姉上の軍と合流しましょう」

 

「まぁ、待て。もうすぐ信奈様の援軍が来る。動くのはその後だ..........言ってるうちに来たぞ」

 

 

天竜軍に別の軍が近づく。天竜はすっかり信奈が来たものだと思った。だが、様子がおかしい。いつまで経っても近づいて来ないし、これは.....囲まれてる?

天竜は急いで望遠鏡を取り出し、向こうの旗を確かめる。

 

 

「織田軍ですか?」

 

「..........荒木軍だ」

 

「よかった。味方ですね!」

 

 

左馬助はそう言ったが、天竜は悪い予感しかなかった。相手は大量の種子島を用意しており、なにしろこの位置関係は種子島の射程距離内なのだ。

 

 

「皆、伏せろぉ!!」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

天竜が言ったことを理解できたのは半分もいなかった。味方の軍の前で何故伏せる必要があるのだと.....咄嗟に判断出来たのは左馬助、小次郎と近辺の兵のみであった。

 

 

ドドドドドォォォォォォン!!!!!

 

 

まるで豪雨のごとき銃声が鳴り響く。円のように天竜軍を囲んだ荒木軍は天竜軍の外側の兵を次々に射殺する。

 

 

「マズイマズイマズイマズイマズイィ!!.....全軍!坂本城前の敵兵を打ち倒し、城に逃げ込め!このままでは総崩れだ!!」

 

 

天竜の判断は正しかった。ここで天竜軍が倒されれば、次に狙われるのは坂本城だ。ここはむしろ、城で籠城戦をして、援軍を待つべきなのだ。味方に奇襲をかけられ、戦闘どころではない。そもそもだ。龍興の動きもおかしかったのだ。彼自身が囮だったのだろう。

 

 

「天竜様!城側に敵の猛将がいるらしく、撤退を妨げているようです!」

 

 

小次郎からの報告が来る。

 

 

「くそっ!なら俺がそいつの相手をする!小次郎とハルは軍を従えて坂本城へ行け!」

 

「はっ!」

 

「ダメです!天竜様を孤立させるのは危険です!」

 

 

左馬助が否定する。

 

 

「誘導は小次郎だけが行なって下さい。私は天竜様の護衛に入ります!」

 

「ハル!俺だけで充分だ!お前は.....」

 

「天竜様には前例があります。もし、敵陣のど真ん中で倒れたりしたらどうするんですか!そのための親衛隊長です!」

 

「............わかった。ハルに護衛を頼む。小次郎、お前も頼む」

 

「はっ!.....ハル、天竜様をちゃんと守れよ?」

 

「うん!」

 

 

こうして天竜軍は二手に分かれる事となる。

 

 

 

 

「あいつか!」

 

 

そこに大柄な男がいた。銃を撃とうとしてもその前に近づき、兵をなぎ倒している。天竜は薙刀を持って、そいつに掛かっていく。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

バキンッ!!という轟音が響く。天竜は脳内でその男を真っ二つにする光景を予想した。だが、現実は違った。偃月刀がへし折れたのである。

 

 

「ありっ?」

 

 

別に偃月刀が折れかけていたわけではない。偃月刀の刃を上段で受け、その勢いで粉砕したのだ。天竜は咄嗟にウィンチェスターを取り出す。ソードオフの散弾を男の目の前で発砲する。無数の小弾が男の上半身を抉るようにめり込む。これで助かる人間などいないだろう。人間なら.....

 

 

「..........」

 

 

天竜は言葉を発する事も忘れる程、呆気にとられる。抉ったのは男の上皮のみで、身体への大きな損傷は皆無だったからだ。それ程の攻撃を与えて初めて男が正体を晒す。

上皮はまるで血管のように紅く変色し、筋肉が膨れ上がる。そうして衣服が破ける。歯は牙に変化し、顔面がごつくなる。そして、象徴とも言える角が2本。

 

 

「鬼.....鬼人の術!?」

 

 

そう思ったもつかの間、鬼が攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「天竜様、危ない!!」

 

「馬鹿っ!!出てくるな!!」

 

 

ジャリッ!っという嫌な音がした。目の前にいる左馬助に怪我がないことを確認してホッと息をつく。左馬助は信じられないというような顔をしていた。天竜自身、見たくなかった。己の左腕がなくなっているところなど.....

 

 

「天竜様ぁ !!!!!」

 

「大丈夫だ。動くな」

 

 

それ以降も鬼からの攻撃は続いた。とても表現できない嫌な音が辺りに響く。だが、彼は避けない。避ければこの子が傷ついてしまうから.....

 

 

「あぐっ!!!!?」

 

 

今のは響いた。骨まで抉れたのではないだろうか?後で回復呪文唱えないと.....あぁ、左手ないから印組めないや。召喚術で救急箱でもだそうか?.....ハハッ、ばかばかしい。

 

いつしか鬼の攻撃が止んでいた。辺りを見回せば自分の兵は1人もいない。

そうか、逃げ切れたんだな。

代わりに敵の総大将と思わしき人物2人が近づいてくる。1人は良晴と同年代と見られる少女。もう1人は左馬助と同年代ぐらいだ。

 

「女の方が荒木村重。で.....その餓鬼は術師ってとこか?」

 

「ご名答!よく分かったね?」

 

「なんとなくな.....村重にも術を?」

 

「うん!そうだけど?」

 

「たち悪いな.....」

 

「ところで君が勘解由小路君かい?」

 

「..........土御門か」

 

「当たり~!僕が土御門家31代目頭首、土御門久脩だよ!」

 

「..........28代目頭首、勘解由小路天竜だ」

 

 

そこで久脩は首を傾げる。

 

「数多くない?5代目が最後の頭首。6代目は出奔したと思うけど?」

 

「それだけ勘解由小路家は奥が深いのさ」

 

 

天竜はニヤリと微笑み、久脩をからかう。

 

 

「どうでもいいや。誰か、その餓鬼を引き離して」

 

 

そうして左馬助は天竜から無理矢理引き剥がされる。左馬助は抵抗したが、左馬助の身を案じた天竜が彼女に離れるよう伝えたので、泣く泣くいう事を聞く。

そうして久脩は次に天竜の右手に付けている指輪を見つける。

 

 

「それが勘解由小路家がずっと隠し持ってたっていう秘宝だね?6代目の『在昌』をいくら拷問しても、死ぬ最期までありかを言わなかった.....」

 

 

久脩の言った事実に天竜は歯ぎしりをして怒る。勘解由小路家はここまで土御門家にいいようにされてきたにだ。そしてこの天竜も.....

 

 

「コレ.....貰うね」

 

 

そう言って久脩は短刀を取り出し、天竜の右中指を抑え込む。何をされるかは分かっていた。

 

 

「やめてぇ~!!!」

 

 

左馬助が叫ぶ。だが、それはかえって久脩を興奮させるだけだった。

 

 

「ぐっ.....」

 

 

すでに身体中がズタズタとはいえ、指を斬られる痛みは尋常じゃない。だが、彼は決して悲鳴をあげなかった。声を殺す事が唯一の反抗なのだ。

 

 

「やせ我慢しちゃって、つまんないの.....やることやったし、もう死んでいいよ!」

 

 

左馬助は絶望しかなかった。この世で最も信頼する人が自分を守るためにズタボロになり、このままでは殺されてしまうのだ。

 

 

「死ぬ前に2つだけ聞きたい。その鬼は何者だ?並の恨み辛みではそこまで強くはなるまい」

 

「くくく。越前の光源氏さ」

 

「越前...........朝倉義景か!?」

 

 

これで納得いった。黄金の髑髏事件の真相が。鬼人術で有名なのは立川流。その方法で作られ、残された骸は金製になる。そして、その『金』こそが鬼の最大の弱点となるのだ。

なんということだろう。鬼の1匹ぐらいなら、術を駆使すれば容易に倒せただろう。左馬助を助けたばかりに敗北してしまった。

格好つけすぎたかな。後悔はしていない。

 

 

「もう一つ聞きたい。それは恍惚の術だな?お前がかけたのか?背水の呪いも.....」

 

「かけたのは僕だけど、教えてくれたのは知り合いの術師だよ」

 

 

術師だと?

 

 

「もう面倒臭いや。さっさと斬っちゃってよ!」

 

 

久脩は近くの兵に斬首を命じる。

 

 

『ハル!』

 

「えっ!?」

 

 

左馬助は呼ばれた気がしたが、天竜が口を開いた様子はないし、他の人にも聞こえないらしい。

 

 

『緊急だ。お前の心に話してる。声には出さず、そっちも思念で返してくれ』

 

『天竜様.....』

 

『このままじゃどちらも犬死だ。俺の次はお前が処刑されるだろう』

 

『..........』

 

『今の内に言っておく。.....俺を諦めろ!もう助からん!」

 

『えっ.....!!?』

 

『俺の首が落ちた瞬間にそれを持って、一目散に坂本城へ走れ!後ろは見るな。何があろうとも全力で、死ぬ気で走り抜け!!』

 

『.....................嫌です』

 

『ハル!』

 

『そうまでして生きるつもりはありません!潔く、天竜様と共に立派に死にます!』

 

『左馬助ェ!!!!!』

 

『ひっ.....!!?』

 

 

彼からその名で呼ばれたのは本当に久しぶりかもしれない。

 

 

『死に立派もクソもあるか!生きてこそ挽回の機会が回ってくるのだろう!俺の死を無駄にするな!!」

 

『..........はい.....わかりました』

 

 

左馬助は泣きそうだった。泣けば天竜も悲しんでしまうから。彼女は我慢する。

 

 

『それから十兵衛に伝言を頼む。内容は.....』

 

『..........え」

 

 

その内容を聞き、不意に涙を落としてしまった。

 

その後、坂本城下にて一振りの斬撃が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「小次郎様!左馬助様が戻られました!」

 

「よし!すぐに入れてやれ!」

 

 

小次郎はすんなり返答してしまったが、少し疑問が残った「普通は天竜様が戻った」じゃないのか?

小次郎はすぐに左馬助に会いに行く。彼女は走ってきたらしく、息切れしていた。

 

 

「おぉ、戻ったかハル!天竜様はどうした?」

 

 

小次郎は辺りを見回す。だが、彼の姿はない。

 

 

「いったいどこに..........!?」

 

 

ある事に気づく。赤く目を腫らした左馬助は片手で風呂敷を持っていた。それは落ちていた天竜軍の旗布を袋代わりにしたものだが、それはちょうどアレが入るぐらいに膨らんでいて.....

 

 

「お前.....まさか.....」

 

 

小次郎はゾクリと嫌な予感がした。そんなはずはないと打ち消そうとしたのだが、袋から染み出している鮮血を見て予想は確信に変わる。

 

 

「光春ぅぅぅぅ!!!!!!!!!」

 

 

小次郎は左馬助の胸ぐらを掴み上げた。

 

 

「ちゃんと頼んだではないか『守れ』と.....何故お前だけのこのこ戻って来たんだ!!!!」

 

 

のこのこというわけでもない。左馬助は肩に矢を受け、身体中にも刀傷がある。敵陣を戦いながら駆けてきた証拠だ。だが、そんな努力など小次郎には通じない。

 

 

「なんで.....なんで.....なんでだよ.....ぐすっ」

 

 

そのうち掴む力もなくなり、小次郎はその場で泣き出してしまった。彼女にとっても天竜は掛け替えのない存在だったのだ。

 

 

「泣いてる場合じゃない。早く信奈様を呼んで」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

信奈の援軍が到着したのはそれから2時間後だった。越後の上杉が不穏な動きを見せたため、中々移動出来なかったのである。

 

 

「ごめんなさいシロ。今来たわ!」

 

 

何も知らない信奈は坂本城にズカズカと入ってくる。長秀も一緒だ。

 

 

「斎藤龍興だって?双子から聞いたわよ!.....シロ?」

 

 

いつまでたっても彼は現れない。不思議に思い、辺りを見回す。皆落ち込んでたり、泣きじゃくっていたりする。

 

 

「何があったの?」

 

 

この様子は尋常じゃない。その時、小次郎が信奈に近づいていく。

 

 

「佐々木小次郎だっけ?状況を説明して!」

 

 

彼女の目もまた赤く腫れている。

 

 

「はい。坂本城を包囲した斎藤龍興の軍は極めて短時間で壊滅させる事ができました。..........ただ」

 

「ただ?」

 

「..........若狭が蜂起しました」

 

「....................は?」

 

 

え?何を言って?若狭?弥助が?ありえないわ!シロはどこにいるの!?

と、信奈は大混乱である。

 

 

「龍興軍に夢中になっている間に包囲されました。そのままでの戦闘は危険と判断した天竜様が軍を坂本城に引き上げる事にしたのです。.....が、途中で問題が発生し、天竜様は私達を逃がすために1人犠牲に.....」

 

 

は?犠牲?あのシロが?白夜叉が?冗談でしょ?

小次郎の後ろに左馬助を見つける信奈。

 

「左馬助!シロはどこ?ふざけてるならすぐに出てきなさい!今なら許すわ!」

 

 

だが、誰も返事はしない。左馬助は己の足元を見ている。そこには.....

 

 

「何この袋?悪趣味にも程があるわよ?」

 

 

信奈はもう気づいていたかもしれない。だが、ほんのわずかな希望を持って、彼女は袋を開けようとする。止める者は誰もいなかった。

 

 

「どうせ生きてるオチでしょ。そんなことで私が騙されるわけが....................」

 

 

それ以降、信奈は言葉を出すことはなかった。いや、出せなかった。袋から出てきたのは生首。最初は人形かと思ったが、そうではなかった。

 

正真正銘、天竜の生首だった。

 

 

「そんな..........天竜殿.....」

 

 

後ろで見ていた長秀が腰を抜かしてその場にヘタレこむ。

『じゃあな万千代ちゃん!』

そんな事を言っていた彼は今目の前で変わり果てた姿でいるのだ。

 

『私に天下を見せて下さい。いえ、一緒に見ましょう!』

初めて会った時、信奈にそう言った彼が真っ先に死んでしまった。

 

 

「そんな..........なんでよ弥助」

 

 

彼を殺したのは荒木軍。弥助にほのかな怒りを向ける。

 

 

「村重ではありません。彼女は操られています」

 

「えっ?」

 

 

左馬助が口を開く。

 

 

「彼女だけではありません。恐らく若狭の兵全体が..........犯人は土御門久脩です」

 

 

その名を聞き、信奈は比叡山の事を思い出す。それだけでなく、金ヶ崎で良晴を追い込んだのもあの陰陽師じゃないか.....

 

 

「信奈様、兵をお貸し下さい。私が率いて若狭を攻めます」

 

「.....いいわ!貸してあげる!」

 

「姫さま!」

 

 

信奈もまた、怒っていた。良晴を殺しかけた奴が

新星の天竜を殺したのだ。普通でいられるはずがない。

 

 

「土御門久脩は私自らが倒します。

 

見つけだして..........殺す!」

 

 

少女はすでに復讐の鬼と変わり果てていた。

 




前回の予告通り、主人公が本当に死んでしまいました。
南無阿弥陀仏。
ですが、当然最終回じゃありませんし、話もまだまだ続きます。
ただ、先の展開を知っていても、お気に入りのキャラの死って書いてて鬱になってきますね。
次回予告
安土城の危機
~せめて悲しみとともに~

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