天翔ける龍の伝記   作:瀧龍騎

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仮免試験に落ちてしまった。
明日再試験だ。


第六十一話 天竜一門の惨劇

近畿上空。

時速150kmで滑空する天竜がいた。

 

 

「くっ.....!」

 

「..........」

 

 

時速300kmに耐え切れず、阿斗は気絶してしまっていた。その為、その負荷も考えて、減速してしまっている。

このままでは間に合わないかもしれない。

 

 

「まだ近江か..........くそっ!」

 

 

阿斗をおぶったままでは、最高でも時速300kmしか出せない。かといい、阿斗を地上に降ろすとなると、今後の計画に支障が出る。1人じゃ、奴らの闘争は止められそうにないからだ。

 

 

「まだ死ぬんじゃねぇぞ馬鹿共!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今更ながらに思ったが、

飛行機を召喚して操縦すれば、

もっと速く飛行できるのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

播磨。

 

 

「があああああぁ!!!」

 

 

武蔵が二刀を持ち、舞う。

 

 

「ふっ!!」

 

 

氏真が特殊鞠を打ち込む。

 

 

「ほっ!ほっ!ほいさっ!」

 

 

吽斗が針のようなものを投げる。

 

 

「あはははははっ♡!!!」

 

 

だが左馬助はその全てを避け、弾き返してみせる。3人対1人だというのに、異様な実力差だ。以前と同じく、白い着物1枚の左馬助は、その般若のような威圧にさらに磨きがかかっていた。

 

 

「くっ.....!!」

 

 

武蔵は焦っていた。左馬助の速く重い剣撃は、以前のものよりも数段に強くなっていたからだ。まるで別人。400年間も地獄のような場所で暮らしていたというのは本当であったか。

 

 

「軽いっ!遅いっ!弱いっ!手の内は後にとっておく程命取りになりますよぉ♡!!」

 

「「「くっ.....!!」」」

 

 

天竜の弟子の4人。

明智左馬助光春。宮本弁之助武蔵。

佐々木小次郎巌流。今川彦五郎氏真。

彼女らを評価する上で、

大きく分けても3つの属性がある。

それは、強さ・速さ・技能である。

 

強さ部門においての1番は、

佐々木小次郎であろう。

彼女の剣撃は誰の剣よりも重い。

一度刃を交えれば、押し負ける程に。

弱点は長刀ゆえにが遅いという点だろう。

彼女はそれをカバーする為に、

必殺技の『燕返し』を編み出した。

 

速さ部門なら宮本武蔵。

身体の小柄さと軽さを利用し、

やや短い刀を使って、迅速に敵を斬り伏せる。

ただ弱点があるとすれば、その剣に重みがない事。刃を合わせれば押し負けてしまうのだ。

それをカバーする為に、

彼女は二刀流を極めた。

 

技能で言えば、今川氏真。

彼女は扱うのが複雑な武器も軽々と使い熟してみせる。忍が使うような武器も使える剣士は氏真ぐらいであろう。

弱点は、スキが多い事。

複雑な武器ともなれば確実に相手を捉えられたとしても、状況に応じてその効果が出てしまうがゆえに、常時同じ強さを発揮できないのだ。

それをカバーする為に、

彼女は遠近両用の戦闘術を身に付けた。

それが刀と特殊鞠。

仕込み刀が入った鞠を自由自在に操り、

近付いてきた相手には、

卜伝仕込みの剣技を食らわせる。

 

 

なら、明智左馬助は?

 

 

ハッキリ言おう。

彼女に、突出したような属性はない。

強さも速さも技能も平等の性能なのだ。

逆に言えば、弱点がないという事。

さらに平等というのは、平均並という事ではなく、平等に高い性能を誇っているのだ。

それ故に、彼女は強い。

それ故の、1番弟子。

その剣は重く、その剣は速く、

どのよな武器も使える。

剣士の才能で言えば、

左馬助がダントツに高いのだ。

さらに左馬助にはとある性質がある。

それは、感情の起伏が激しいという所だ。

ほぼ二重人格とも言っていいほどの、

変化である。

彼女は闘争の際、強い興奮状態になる。

一流の剣士に言わせれば、興奮時よりも冷静時の方が、周りに目を向け的確な判断ができるとの事だが、彼女の場合は真逆だ。

むしろ脳が蕩けている状態は、

脳によるリミッターが外れる為、

全ての能力が格段に跳ね上がる。

壊れた彼女こそ、最強の状態。

そして最悪な状態なのだ。

 

 

左馬助と同じ力を持つのは師匠の天竜。

2人には経験の度合いやその血筋によって、

その実力差が分かれているが、

全てを平等にした時、

勝つのはどちらであるか.....

 

 

 

 

 

 

 

ハッキリ言おう。左馬助である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、武蔵らは諦めなどしない。

後悔だってしない。

そんなものはとうに置いてきた。

これは小次郎の復讐かもしれない。

偽善者野郎は、

『復讐からは何も生まれない』

『死んだ者は喜ばない』

なんぞとほざきやがるが、

糞食らえ!知ったことか!

その通り、

この復讐劇から学ぶ事も、

小次郎が生き返るわけでもない。

だが、けじめはつけるべきなのだ。

左馬助という憎むべき存在が残っている限り、武蔵も氏真も、死ぬまで小次郎の事を重荷に考えて生きていかねばならない。

後ろばかり見てはいけない。

昨日に未練を残してはいけない。

過去に囚われてはいけない。

大事なのは今日。今日より明日。

現在より未来なのだ。

左馬助という障壁を取り払い、

小次郎への想いを振り切らねばならない。

それが.....それこそが、

武蔵らができるたった一つの選択。

希望なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい残念〜♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左馬助の巨大包丁が武蔵の刀を二刀ごと叩き割る。

 

 

「武蔵っ!!!」

 

 

氏真が血相を変えて叫ぶが、

鬼包丁は武蔵のすぐ頭上に振り上げられる。

 

 

「あなたはここで終わり。

GAME OVER。じゃあね♡」

 

「くっ.....!!」

 

 

鬼包丁が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

「「!?」」

 

 

武蔵も氏真も左馬助も唖然とする。

左馬助が右手に持っていた鬼包丁はその手からすっぽ抜け、武蔵の後方に突き刺さっていた。

そして、左馬助が左手に持っていた手持ち包丁らもボロボロとこぼれ落ちる。

 

 

「手の感覚が.....」

 

 

左馬助がそう呟く。

だがすでに手どころか、ほぼ全身の感覚が麻痺していたのだった。

 

 

「これは.....まさか!?」

 

 

左馬助が慌てて、己の腕を見る。なんと、戦闘中には死角だった位置に針が刺さっているのだ。全身が血液とはいえ、全身に目があるわけではない。完全に影からの攻撃。

両腕合わせて7本も.....

 

 

「ようやく効いたんだ。

お姉さんタフ過ぎるよ」

 

「っ.....!?」

 

 

左馬助が麻痺した状態の首を無理矢理そちらへ向ける。

 

 

左馬助に針を投げたのは吽斗だった。

 

 

「う.....ん...........と」

 

 

舌まで麻痺している。

 

 

「それはトリカブトの毒を塗った針だよ」

 

「!?」

 

「1本で熊だって倒れるのに、

何本打っても動き回るんだもん。

ビックリしたよ。

でもまぁ、7本も打てば流石に効くか。

致死量にまではいかなかったみたいだけどね」

 

「がぐぐぐぐ.....」

 

「今が好機だよ。武蔵お姉さん」

 

「分かってる!」

 

 

武蔵が腰から予備の刀を抜く。

 

 

「僕は天竜と同じ女好きだよ。

特に、左馬助お姉さんみたいな魔性の女は大好きだ。

でもね.....」

 

 

それまで朗らかだった吽斗の表情が険しくなる。

 

 

「母のように慕っていた小次郎お姉さんを殺し、父のように憧れていた天竜を苦しめたお前は.....

何があっても許すわけないだろう」

 

 

吽斗は左馬助の額に毒針を打ち込む。

 

 

「毒は忍の必需品さ。

薬品の毒も、心の毒もね」

 

「うらあああぁぁぁ!!!」

 

 

武蔵が左馬助の左手首を切断する。

 

 

「くっ.....!?」

 

「再生すんなよ?

そういう約束だからなぁ!!」

 

 

更に正面から斬り伏せる。

 

 

「ちっ!浅い!」

 

「おのれ.....!」

 

 

おぼつかない足取りで、左馬助が間合いを取る。しかし、その直後に後方からも斬られる。

 

 

「!!?」

 

 

それは氏真の特殊鞠だった。

 

 

「くそぉっ!」

 

「念仏は数えたかぁ?」

 

 

武蔵が斬りかかる。

 

 

「勝てる!.....勝てる!」

 

「いや、無理でしょ?」

 

「!?」

 

 

左馬助の演技にまんまと引っかかった武蔵。左馬助は器用に足下の手持ち包丁を蹴り、武蔵の大腿部に突き刺す。

 

 

「あぐぅあっ!!?」

 

「「なっ!?」」

 

 

これには氏真も吽斗も驚愕する。

 

 

「馬鹿なっ!?

毒で動けないはずじゃあ!?」

 

「そんなもの.....10秒で治りましたわ」

 

「なっ!?」

 

 

立っているのも奇跡であったはずの毒量であったのに、何だこの治癒能力は.....

彼女に対して、人間の常識で挑んだのがそもそもの間違いであったか!?

恐らくもう毒針は効かない。

刺すのが不可能というわけではなく、

毒に抗体ができてるはずなのだ。

あれ程の治癒力ならあり得る。

 

 

「汚ないよ!再生は使わない約束だよ!」

 

「これはこれは.....無意識のうちになってしまったようです。再生だけでなく、自然治癒力の速度も人間並に設定し直さないと.....」

 

「くっ.....!」

 

 

すると左馬助は右手で鬼包丁を持ち、自身の周囲を直径1m程の円を描く。

 

 

「しょうがないのでハンデをあげます。

私はこの円の外には出ません」

 

 

そんなハンデ貰った所で、3人に勝機が上がったとはとても思えなかった。左馬助はこの闘争が始まってから、数歩程度しか移動していないのだ。ほとんど開戦時の位置である。今更範囲を制限した所で、何も変わらない。

 

 

「さぁ、続きをしましょう!」

 

「「「...........」」」

 

 

改めて死を予感する3人である。

 

 

「おいっ!

お前らもうちょっと近くで戦え!

お前らが後方支援しかしないから、近くで戦ってるあたしばっか被害受けてるぞ!」

 

「そんな事言ったって、

僕は忍だから、近接戦闘はちょっと.....」

 

「被害を多く受けるのは、

武蔵の不注意のせいだと思う」

 

「ぶっ飛ばすぞお前ら!!」

 

「くすくすくす.....

相変わらず武蔵は喧嘩好きだこと」

 

「好きでやってんじゃねぇ!!」

 

 

敵味方双方からなめられている。

 

 

「しょうがないなぁ」

 

 

すると吽斗は懐に手を入れる。

 

 

「よし」

 

 

急に手を出したかと思うと、そこには拳銃が握られており、いきなり発砲する。

 

 

「!?」

 

 

左馬助は慌てて鬼包丁で防いだ。

 

 

「あぁ.....惜しい!」

 

「惜しいじゃねぇ!

チャカ出すなら先に予告しろ!」

 

 

ヤクザみたいな言い方だ。

弾道は武蔵のすぐ横で、

一歩間違えれば武蔵に当たっていた。

 

 

「予告したら不意打ちにならないじゃん」

 

「あたしが死んだらどうすんだ!!」

 

 

左馬助に敗北して戦死するならまだしも、味方の誤射で死亡するなど、格好悪いったらありゃしない。

 

 

「くひひひひひひひ.....

あっはっはっはっはっは♡!!」

 

 

左馬助に爆笑される。

 

 

「くひひ.....相変わらず.....

相変わらず愉快な人達ですね」

 

「笑うな!!」

 

「武蔵お姉さんも離れなよ。

円から出ないって言うなら、

ずっと遠距離から攻撃すれば.....」

 

 

その直後吽斗の方へ、

手持ち包丁が飛んでくる。

 

 

「円の外へものを投げるのは反則かしら?」

 

「危っ...........なぁ」

 

「安心はまだダーメ♡」

 

 

さらにその直後、吽斗の後方へ飛んで行った包丁がそのまま戻ってきて、吽斗の右肩を斬り裂いた。

 

 

「あぐっ!?」

 

「ほらね♡」

 

 

武蔵らは左馬助が何かしらの術を使ったかと思ったが、それは間違い。

 

 

「包丁に...........糸を!?」

 

 

武蔵が言う。

 

 

「アッタリ〜♡」

 

 

左馬助は糸に繋がった包丁をブンブン振り回して言う。やはり技能面でも、彼女は強い。

 

 

「そ〜れと」

 

 

左馬助は右手と口を利用して、手持ち包丁の内の1本の柄を外す。そしてその刀身の部分を左手の切り口に突き刺した。

 

 

「「「!!?」」」

 

「これは規則違反かしら?」

 

「くっ.....!!」

 

 

恐らく痛みも感じていないだろう。

だからこそあんな芸当ができる。

 

 

「なら.....」

 

 

氏真が鞠と刀を置き、

背中に刺していた別の得物を用意する。

それは彼女の身の丈程はある両刃の剣。

日本刀が主流となったこの時代において、両刃剣はむしろ珍しくもある。

 

 

「そんな骨董品出して、

何をされるおつもりですかぁ?」

 

「一応新品。世界で一つの傑作」

 

 

氏真がその大剣を構える。

やはり大きい分重いらしく、

ややヨタヨタしている。

 

 

「斬り裂け」

 

 

氏真が剣で突いた。方向こそ合ってるものの、全く距離の足りていない位置で.....

だが、異変は起こった。

 

 

「なっ!?」

 

 

油断していた左馬助はそれへの対応が遅れてしまい、そのまま腹部を抉り取られる。

 

 

「あぐっ!?」

 

「痛みは無いんでしょ?運良かったね。

この剣は、相手を殺すまでに無駄に傷つけて、痛まさせるのが特徴だから」

 

「くっ.....!!」

 

 

それは、左馬助が使った糸付き包丁の原理にもよく似ている。だが、違いがあるとすれば、ブレードの数と言える。

伸びる剣。しなる剣。踊る剣。

様々な言い方で揶揄されるそれは、

可変式の特殊剣。

扱い方も複雑で、素人が使えば自身が斬り裂かれてしまう。危険武器。

剣形態と鞭形態に使い分けできるそれは.....

 

 

「じゃ...........蛇腹剣!?」

 

「知ってるんだ.....極秘で製作されたものなのに。未来じゃ有名なのかな?」

 

「くっ.....」

 

「この剣には名前がある。

天竜が付けてくれた名前。

かまいたちの如く、血しぶきをあげさせならが、吹き続ける邪まな風。

その名も『風邪(ふうじゃ)』」

 

「「「...........」」」

 

 

それって、風邪(かぜ)じゃね?

 

3人が3人とも呆れ顔となる。

名付け親が天竜ともなると、

恐らく冗談半分で付けたのに対して、

氏真が真に受けてしまったのだろう。

 

 

「斬る。縛って、斬る」

 

 

氏真が再び蛇腹剣を伸ばす。

 

 

「くっ.....!?」

 

 

蛇腹剣は左馬助の両足に巻き付き、

その肉に食い込む。

 

 

「くそっ!!」

 

「弾けろ」

 

 

氏真が蛇腹剣を引き上げる。その瞬間、左馬助の脚部がバラバラに裂かれた。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

ダルマ落としの要領で、左馬助は真下に自由落下。だが、足の付け根の切り口部分で体制を立て直し、再び立ってみせる。

 

 

「武蔵、今っ!!」

 

「よしきたっ!!」

 

「何っ!?」

 

 

左馬助の背後をとった武蔵。そしてそのまま、二刀にて左馬助の両腕を肩から斬り落とした。

鬼包丁は、右手が柄を握っている状態で地面に突き刺さる。

 

 

「がっ!?」

 

「四肢を落としたぞっ!!

あとは首と心臓だ!!」

 

「やって!武蔵!!」

 

「武蔵お姉さん!!」

 

「おのれぇ.....」

 

 

再生能力及び、その他の異能の力を禁じられている今、左馬助には何をすることもできない。手足のない、芋虫状態の彼女には.....

 

 

「死ね左馬助ぇ!!死んであの世で小次郎にもう一回殺されろ!!」

 

 

武蔵が二刀を振り上げる。

その勝利を確信して.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なめるなよ青二才が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、何故そうなったかも分からない程に、刹那であった。

 

 

「がひゅっ!?」

 

 

大量の鮮血が宙を舞う。

それは、武蔵が左馬助を斬り伏せた際に飛び散った血であると確信していた傍観者達であったが、それは間違い。

 

 

 

真逆に斬り返され、

胴から2つに割れた.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武蔵の血肉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左馬助が使った武器。

それは紛れもなく鬼包丁。

だが、手足のない左馬助には使えない。

 

否、左馬助は使ったのだ。

己の右手を.....

 

 

武蔵が二刀を振り上げた瞬間、

左馬助は地面に突き刺さった鬼包丁を握ったままの自身の右手に噛み付き、歯を肉に食い込ませ、己の一部とした。そしてそのまま、鬼包丁を顎の力だけで振ったのだ。

それは返し技。カウンター。

 

鬼包丁の強力な斬撃をもろに食らった武蔵は、胴から真っ二つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「武蔵ぃぃぃ!!!」

 

 

氏真が今まで見せたことないであろう表情で叫んだ。

 

 

「五月蝿いな」

 

 

左馬助は咥えていた鬼包丁をさらに振り、氏真の方向へ飛ばす。

 

 

「ぐはっ!!?」

 

 

それはそのまま氏真の腹部に刺さる。

 

 

「氏真お姉さん!!」

 

「貴方はコレ♡」

 

 

左馬助が口に含んでいた何かを吹き出した。それは吽斗の首筋に刺さる。

 

 

「うっ.....!?」

 

 

それが刺さった瞬間、

吽斗は仰向けに倒れる。

 

 

「こ...........れは.....」

 

「貴方の毒針♡

多少効力は弱まってるかもね」

 

 

投系の武器の弱点は、その武器を敵に奪われる可能性がある事。それを知っていたにもかかわらず、吽斗はミスを犯してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

30分間に及ぶ闘争。だが、決着が着くまでに要した時間はほんの十数秒程。追い込まれた左馬助にはその程度の時間しか必要なかったのである。

 

 

「決着は着いたようですね」

 

 

左馬助の肉片が意思があるかのように本体に移動し、元の身体に戻る。

 

 

「ふぅ.....」

 

 

元の姿に戻った美しい鬼は円から出て、

真っ二つの武蔵の前まで歩を進める。

 

 

「げっ.....げふっ!!がはっ!!」

 

 

吐血する武蔵。この状態でまだ意識を保っているなど、奇跡だ。

 

 

「愚かな人。こうなる事なんて理解していたはずなのに」

 

「げふっ...........愚かで結構.....

敵討ちだとか誇りだとかじゃなくて.....

純粋に.....悔しかったんだな」

 

「悔しい?」

 

「前回は.....お前が幻術を使ったせいで、半分も実力を発揮できなかった...........それはいきなり斬られた小次郎も同じ...........

剣士としてのお前と戦いたかった.....

ありがとな.....」

 

「自分を殺した相手に御礼とは、

貴方方はとことん愉快だ」

 

「いくら後で生き返れるからっても.....

お前は四肢が無くなった以降も術等は全く使わなかった.....信用はしてなかったがな.....」

 

「私も大人ですからね。子供に対してそこまでムキになる程、野暮じゃないですよ」

 

「ふっ..........ほざけ」

 

 

斬り口より大量の血が流れ出る。

明らかに致死量だ。

 

 

「なんて顔してんだ?」

 

「?」

 

「もっと勝者の顔しろよ。

なんでそんな哀しそうな.....」

 

「はぁ?」

 

「それがお前の本質かよ.....

意外というか.....何というか」

 

「だから何を言って.....」

 

 

その時、一滴の雫が左馬助の目から落ちる。

 

 

「えっ?」

 

「くく...........お前もそんなもんだ。

どれだけ堕ちようが、変わろうが、

お前は『人間』だ」

 

「.....貴様!!」

 

「怒るな怒るな。

かはははははは.....

最期に面白いもんが見れた.....満足だ.....」

 

 

左馬助は武蔵の上半身を掴んで引き上げた。

 

 

「調子に乗るなよ貴様!

貴様に何が分かる!!

貴様に......................!?」

 

 

左馬助は異変に気づく。

武蔵は全く動かなくなっており、

開いたままの瞳は、瞳孔が開いていた。

武蔵はこと切れていたのだ。

 

 

「死んだ...........のか?」

 

 

冷や汗が流れる。

最後の最後まで、自分は武蔵に振り回された。

『これがお前の本質』だと?馬鹿馬鹿しい。

 

 

「...........」

 

 

だが左馬助は笑顔のままでこと切れた武蔵の亡骸を見て、また哀しげな表情を見せた。

 

 

「ありがと...........か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左馬助は武蔵の亡骸に食らいついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光ぃ!!!!!!」

 

「?」

 

 

はるか上空からその男が降ってきたのは、それから約1分後の出来事。

 

 

「貴様ぁ!!貴様ぁ!!!」

 

 

瞳は紅蓮の色に変わり、

見るからに激怒していた。

 

 

「天竜!!」

 

 

背中から降りた阿斗に叫ばれ、

天竜は周囲を見回す。

倒れていたのは2人。氏真と吽斗。

氏真は腹部に鬼包丁が刺さっており、

吽斗は首筋に毒針が刺さっている。

だが、辛うじてまだ息がある。

 

...........1人足りない。

 

 

「武蔵...........は?」

 

 

奴の方を見る。明らかに奴のものではない血に囲まれ、奴はつい先程まで何か(誰か)の血肉を食していたようだった。

 

 

「武蔵は何処だ?」

 

「ん〜?」

 

「武蔵は何処だぁ!!!」

 

「ここ」

 

 

奴は自身の腹部を指した。

 

 

「食べちゃいました」

 

「...........」

 

 

天竜は黙った。黙ったまま、瞬間移動の如く奴に接近する。だが、それを予期していた奴は頭から天竜を地面に押さえつける。

 

 

「がああああああああああぁぁぁ!!!

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!!!!!」

 

「そう、早くにそう決心していれば、こんな事にはならなかった」

 

「貴様ぁ!!」

 

 

天竜は起き上がろうとするが、

怪力で押さえつけられてできない。

 

 

「私は失望した。

貴方は何年経とうとも意気地なし。

結婚する前から、した後も、今も。

貴方の弱さが不幸を生む。

貴方が非情にならない限り、

犠牲はいくらでも増える。

皆は貴方の為に死のうとする。

それは貴方が殺しているのと変わらない。

武蔵を殺したのも貴方」

 

「おのれぇぇぇ!!!!!」

 

 

その時、奴は.....

光は.....左馬助は.....

天竜の耳元に顔を近づけてそっと囁いた。

 

 

「私の血を吸いなさい。天竜」

 

「!?」

 

「今、結界を張った。小声であれば外に会話が聞こえる事はない。特にあの.....アマテラスには.....」

 

「何っ!?」

 

「アマテラスの望みは貴方に私を殺させて、人間としての情を捨てさせようとしている。そして、ただの機械同然となった貴方を人形のように操ろうと企んでいる。

私はそれが許せない。

だから、話に乗ったフリをした」

 

「まさか.....」

 

 

アマテラスがそんな事を!?

 

 

「『輪廻の術』あれをもう一度かけられると、私は不死の呪いから解放される。私は不死者ではなくなる。

それがたった一つの殺害方法。

だけれど、もう一つ。

吸血という方法がある。

私は九割が血液。吸血すれば何も残らない。

私は死なないまでも、貴方に吸収されて、貴方の一部になる。不死の呪いも貴方に移るでしょうね。そうやってアマテラスを出し抜く」

 

「何で俺がそれに従う必要がある!!

アマテラスなど関係ない!

俺は決めたぞ!お前を殺してやる!」

 

「......アマテラスは貴方の実母を殺した奴よ。そんな神の為に、律儀に働く気?」

 

「なっ!?」

 

 

それは初耳だった。

 

 

「よく考える事ね。

そして情を捨てるがいいわ。

今回がいい勉強になったでしょう?」

 

「左馬助ぇ!!」

 

「あら、貴方からそう呼ばれるのは懐かしい。何百年ぶりかしら?」

 

 

左馬助は離れる。

 

 

「出直すわ。貴方の頭が冷めるまでまた隠れる事にする。それまでに決めなさい。神の玩具になるか、1人で生きていくか.....」

 

 

左馬助は霧のように消えてしまった。

 

 

「俺は.....」

 

 

怒りが徐々に薄れる。

あたりに散らばった武蔵の血液を見て、別の感情が湧き出てきてしまった。

 

 

「武蔵ぃ...........」

 

 

眼からボロボロと涙が出る。

最後に彼女と会話を交わしたのは電話の時のみ、今は影も形もない哀れな姿。

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

嗚咽が止まらなかった。

 

武蔵を殺したのは左馬助ではない。

俺なのだ。

俺のせいなのだ。

俺がこの事態を招かなければ.....

俺が彼女達と出会わなければ.....

俺なんて奴が生きていなければ.....

武蔵が死ぬなんて未来は回避できた。

 

 

『仇討ちだとか、他人の為に刀を振るいたいなんて思えるようになったのはお前のお陰だ。ありがとう』

 

 

武蔵と最後に交わした言葉が頭を過った。

 

 

「武蔵...........ごめん.....ごめんなさい.....」

 

 

謝罪をする。何が変わるというわけでもないというのに.....

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい.....」

 

 

ただただ謝り続ける。そして泣く。

 

 

 

 

 

泣きたくないから鬼になったというのに.....

今の天竜は紛れもない人間だった。

人間として.....後悔していた。

 

 

 

自身の存在と、愚かさを.....

 




またもや鬱な展開になりました。
序盤からのキャラであった宮本武蔵。
結構なお気に入りキャラでもあったのに.....
この事件に犯人などいない。
これはただの惨劇にして、悲劇だから。
次回予告
また1人.....
〜彼と関われば不幸になる〜

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