天翔ける龍の伝記   作:瀧龍騎

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最近、過疎化してきましたかね?


第三十話 佐々木小次郎

ある少女が目を覚ます。

ここは何処だと辺りを探る。

最後に見た記憶は、

信頼していた従姉妹に斬られ、無心で逃げ出して来た所。

あれからどれくらいの時間が経ったのだろう?

 

 

「っ....!?」

 

 

ハッと思い返し、己の胸部を見る。

 

 

「傷が.....ない?」

 

 

あの出来事が嘘だったかのように、傷は何処にも無かった。

 

 

「まさか.....いったい.............!?」

 

 

ふと横に目を向けると、自分が負っていたはずの傷を付け、そこから血を流して倒れていた男性が.....

 

 

「天竜!!?」

 

 

十兵衛は慌てて彼に駆け寄る。

すると彼は、胸だけではなく、

背中や、左腕にも傷を負っており、虫の息だ。

 

 

「そんな.....

誰か!!

誰か天竜を助けて下さい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで寝込んでいた十兵衛に代わり、今度は天竜が床につく事に.....

 

 

「傷を移した?」

 

「そうみたいや.....」

 

 

斬られたというのに、何故かピンピンして、自力で丹波まで来た孫市と嘉隆。

 

 

「これは自分の責任だとか言って、よう分からん術でうちと九鬼はんの傷を自分に移してもうたんよ。

しかも、その傷のまま丹波まで出発してもうて.....

うちの左腕は兎も角、九鬼はんの背中の傷は相当なものだったはずや.....」

 

「ぐすっ.....天竜様.....」

 

 

おまけに十兵衛の胸の傷まで引き受けてしまった。今の天竜は文字通りのズタボロ雑巾のような状態だ。

 

 

「そんな.....天竜!天竜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の笑顔が見たくて頑張ったのに.....

泣かれては拍子抜けするではないか」

 

「!?」

 

 

天竜がふと目を覚ます。

瀕死と言っても過言でないのに、

なんとゆう精神力の強さだ。

 

 

「天竜!!」

 

「大声出さんでくれ。傷に響く。

痛っ...........」

 

「でも!.....でも!」

 

「死なないから、結婚してくれ」

 

「します!

だから死なないで下さい!!」

 

 

ここまで前向きに言われると、こっちが恥ずかしくなる。

 

 

「ふん。俺は月読命が子孫。

朧命にして、賀茂家の正統後継者だぞ?

この程度で死ぬものか!」

 

 

天竜が懐から指輪をゆっくりと取り出すと、胸の中心に置いて、呪文を唱える。

 

 

 

 

「羯諦羯諦.....波羅羯諦.....波羅僧

.....羯諦.....菩提.........薩婆訶」

 

 

 

 

すると、白い光に天竜が包まれる。

思わず目を覆いたくなる程の輝きの中で、天竜の傷がゆっくりと消えているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い.....」

 

 

これまた何もなかったかのように、傷は消えてしまった。

 

 

「これでもう安心だ。

反動でまた動けなくなるがな。

ツクヨミ化の反動がようやく治まったってぇのに、また車椅子生活だ」

 

「天竜.....」

 

 

見るたびに弱々しくなる彼を見ると、愛しさと哀しさが入り交ざっておかしな感覚になる。

 

 

「本当に.....

己の命は二の次なのは、

兄弟でそっくりですね.....」

 

「ふん。

それでも俺は自分が助かる予定も組み込んだ上で行動してる。

考えなしの特攻バカと一緒にすんな」

 

「いばんなです」

 

 

やはり天竜だ。

若返ろうが、危機的状況に陥ろうが彼は彼。何も変わらない。

 

だからこそ、十兵衛はその話を切り出す。

 

 

「左馬助は.....」

 

 

十兵衛は目覚めてから大体の事情は聞いていた。

左馬助は十兵衛を襲った後、孫市・嘉隆を短期間にて襲った。

その後、眠っている十兵衛の寝首をかこうとした所を天竜に止められたのだとか。

話では、近畿で人斬りを行っていたのも彼女だったのだとか。

 

 

「あいつの罪は思っている以上に重い。

多分、どいつに聞いても処刑を命じるだろうな」

 

「..........」

 

「だからこそ『破門』という命を下した。俺も現代.....未来人なせいか、家臣への処罰に疎くてな。外に厳しいのに内に優しいから『外弁慶』なんて言われるんだよ」

 

「それでこそ貴方です.....

もし貴方が左馬助を殺せば、

私も貴方を殺していたかもしれないです.....」

 

「それは怖い怖い。

君のお人好しも大概だね。

俺より連続殺人鬼を優先するとは.....」

 

「私は血族の者を信じているだけです。左馬助にも同じ土岐源氏の血が流れているのなら、その信念もまた同じはず!

私は左馬助を説得してみせます!

その為.....貴方も協力して頂きますか?多分、私の言葉より貴方の言葉の方が左馬助には伝わり易いでしょう.....」

 

「それでこそ君だ。

今回ばかりは君の家臣に今一度に戻るとしよう」

 

「貴方が副将軍になろうと関白になろうと、例え帝の位を得ようと、私はずっと貴方の主君です!」

 

「またもや逃げるか。

まぁ、いいや。

男はいつだって追い求める者。誘ってくるなら、いつまでも追っていくさ」

 

「!?...........私はそんな事!!」

 

 

 

天竜は十兵衛を引き寄せ、キスをした。

 

 

 

「!!!?」

 

「いいな〜.....」

 

「正室には勝てへんわ」

 

 

2人の側室に反論しようと口を開こうとしたが、天竜が中々唇を離してくれない。

 

 

「んーーっ!んーーっ!

もう許し.....」

 

「あぁ、愛しい.....

ここ1月禁欲してたから......

もう我慢できない.....

欲しい.....君が欲しい.....

君を食べてしまいたい.....」

 

「内の貴方も大概ですよ!?」

 

 

内でも外でも女好き。

それが天竜節。

 

 

「よし!4人でやろか!」

 

「えっ!?

私はまだ経験が.....

孫市殿はまさか!?」

 

「いや.....まぁ.....初夜に.....」

 

「天竜様〜!!

考えてみれば私、結婚式もまだです!

日本式でも南蛮式でも.....

簡易なものでいいのでやりたいです!

それと、初夜も.....」

 

 

嘉隆が言う。この中で一番年上にも関わらず大胆な発言だ。

 

 

「お前らエロ過ぎ。

ちょっと前まで殺されかけてた事忘れてるだろ!」

 

「肢露って何ですか!?

意味は分からないけど、

何となく卑猥な感じがしますです!」

 

 

流石だ鋭い。

 

 

「私だって経験ないんですよ!?

結局先輩は意気地無し.....

だっ.....だから!

初めては天竜で我慢してやるです!」

 

「君は何を言っているのだ?」

 

 

十兵衛のパニックモードは異常だ。

 

 

「兎に角!

今はハルの問題だ」

 

「そうですね.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天竜!!!」

 

 

その部屋に、とある少女が飛び込む。

 

 

「武蔵!?」

 

 

彼女は青白い顔で、何か異様なものを見てきたような表情だった。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「.....ろうが..........小次郎が!!」

 

「小次郎がどうした!?」

 

 

 

「ハルに斬られて.....死にかけてる!」

 

 

 

「........................は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慌てて天竜はその場所に訪れた。孫市に車椅子を押され、その部屋に入る。

 

 

「小次郎!!」

 

 

見ただけで分かった。小次郎の状態は以前の十兵衛よりも酷かった。

小次郎は斬られたのではなく、刺されたのだ。腹部から刺され、切っ先が背中まで貫かれていたのだ。

担当したベンジョールさえお手上げの状態であった。

 

 

「天竜.....様.....」

 

 

小次郎がふと寝言を言う。

彼女は意識の無い中で、全身から汗をダラダラを流し、苦痛に必死で耐えていた。

 

 

「俺が.....俺がまた、傷を自分に移せば.....」

 

「ダメです!!そんな事したら、今度こそ貴方が死んでしまいます!」

 

「だが、このままでは小次郎が.....」

 

 

そんな時、ベンジョールが口を開く。

 

 

「それと.....小次郎殿ですが.....」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小次郎殿は妊娠しております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「........................なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐々木小次郎。

弱冠17歳にして剣豪の位を得、

日本の最強剣士の5本の指に入った程の実力を持っていた。

彼女の好敵手は宮本武蔵。

相手の感情を手に取るような彼女の戦い方により、いつも小次郎はその実力を発揮しきれずに、負けていたのだ。

そんな彼女には憧れの人物がいた。

それが、勘解由小路天竜。

今の羽柴天竜秀長である。

本職が陰陽師であるにも関わらず、彼の剣士としての実力は逸脱していた。

前線指揮官として、大将あるにも関わらず、いつも先頭に立って兵を従えた、無敗の最強剣豪。

走る速さや腕相撲などの強さ比べでは、多くの剣士が彼に勝てただろう。だが、剣だけは無理だ。

どうゆう訳か剣だけでは絶対に勝てない。それが彼の強みだった。

 

そして小次郎はいつしか、

憧れが恋心に変わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心当たりは....................ある」

 

「「「..........」」」

 

 

この前代未聞の事態。

小次郎の妊娠.....

相手はどう考えても天竜しかいなかった。案の定、彼もそれを認めている。

眠る小次郎を囲むようにして、

頭を抱える天竜を、

側室の孫市、嘉隆。

正室候補の十兵衛。

彼女らに問い詰められていた。

 

その威圧にビビり、ベンジョールは部屋の角に追いやられている。

 

 

「副将軍になってすぐぐらいだから、多分3ヶ月前.....あれ1回きりだから、妊娠もたぶん3ヶ月だと思う。

やっぱ避妊って大事だな」

 

「そんな事聞いてるんじゃねぇです!!」

 

「!?............ごめん」

 

「何でそないな事になったんや?」

 

「私もして貰ってないのに、愛人に先を越されるなんて.....天竜様酷い」

 

 

完全に質問攻めだ。

 

 

「あれは.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天竜が副将軍の位を得て間も無く、天竜は弟子らを温泉に誘っていた。

あの日は信奈一行も来て、騒動になったのを覚えている。

信奈一行はプンスカして翌日には帰ってしまったが、天竜一行はもう一泊していたのだ。

その夜は、ほどんど酒会になってしまい、天竜以外の一行は完全に酔い潰れてしまった。

少量しか飲んでなかった順慶や三成や吉継も、陽気になった武蔵に無理矢理飲まされたらしい。

幸いそこまで飲んでいなかった天竜は夜中にこっそり出てきて、温泉に入り直していたのだ。

そこで.....

 

 

「ひゃっ!?.....天竜様!?」

 

「小次郎!?」

 

 

彼女も同じ考えだったらしい。

 

 

「悪い!入り直す!」

 

「いえ!.....その.....いいです.....」

 

 

結局、混浴する事に.....

 

 

「気持ちがいいな。

普段入るなんて事ないからな。

あと3回は入りたい」

 

「ですね.....」

 

 

小次郎はじっと天竜を見つめていた。

 

 

「なんだ?」

 

「いっ.....いえ。

女性であった時も美しかったですが、今もとても美しいです」

 

「せめて恰好いいって言ってくれないかい?」

 

 

天竜は己の女顔にコンプレックスを持っている。

 

 

「すみません!!」

 

「いいよ。悪気ないんだし」

 

 

それ以降も小次郎は彼を見つめる。

 

 

「天竜様は...........明智殿を好いておられるのですよね?」

 

「どうした突然?」

 

「いっ.....いえ.....」

 

「あぁ。好きだ」

 

「...........」

 

 

すると、小次郎は何かを決心して、天竜の正面に移動する。

そして、

 

 

「わ.....私は.....天竜様が好きです!」

 

「!?」

 

 

彼女の告白以降、沈黙が続いた。

天竜も鈍感では無い。多くの者の自分に対する好意は感じ取っているつもりだった。

当然左馬助の好意も.....

しかし、その中でも小次郎はこのように大胆に前に出てくるような娘では無いと思っていた為か、天竜も面を食らってしまった。

 

 

「お前の気持ちは嬉しい」

 

 

その言葉を聞いて小次郎はパァーッと明るくなったが.....

 

 

「だが、だめだ。

お前は俺の弟子。

主君と家臣と変わらん。

今ようやく十兵衛と一緒になれそうなんだ。ここで弟子とできてるなんて噂が出ればそれも水の泡だ。

すまない。分かってくれ」

 

「..........」

 

 

しばらく考えていた小次郎だったが、彼女は急に笑顔になったかと思うと.....

 

 

「やっぱりフラれちゃいましたね。

結果は分かってました」

 

「小次郎.....」

 

「これからも弟子と師匠として、

よろしく.....よろしく..........あれ?」

 

 

小次郎は瞳から大粒の涙を流していた。

 

 

「おかしいですね.....泣くつもりなんて.....ぐすっ.....」

 

 

小次郎は泣き虫だ。

だが、このような泣き方は見た事が無い。からかわれた事に対し、涙目で反論する事はよくあるが、心の底から泣いている様子は新鮮であった。

 

天竜はいつの間にか、小次郎を抱き寄せていた。

師匠と弟子.....

彼にとっては生徒のようなもの。

分別はつけるはずだったのに.....

 

 

「天竜.....様ぁ」

 

「ごめん.....ごめん小次郎.....」

 

「今宵だけ.....

今宵だけ.....そうすれば明日からは元に戻ります.....だから.....」

 

「分かった。もう何も言うな」

 

「ぐすっ...........はい」

 

 

そうして2人は唇を合わせた。

17歳の少女と、

17歳の身体を持つ少年。

2人の房事は明け方まで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでやったんやな。

朝までズッコンバッコン」

 

「その言い方のせいで、いい話もおじゃんじゃないか!どうしてくれる?」

 

「そこまでいい話でもないですけどね」

 

 

だが、問題は何も解決していない。

現に小次郎は死へ一歩一歩近づいており、医者のベンジョールはお手上げ状態なのだ。

 

 

「腹の傷だけなら俺に移せば事足りた。だが、妊娠してるとなるとそうもいかない」

 

「どうしてですか?」

 

「この術は

『他人の身体の異常を己に移転する』

慈悲の術。

そうなると、腹の傷は移せるが、

子宮の方にも術の効果が現れてしまう。

俺は男だから妊娠は移らん。

だが、小次郎の方は妊娠の機能を失う事となる。胎児そのものは身体の異常とは別なので小次郎の中に残ってしまう。つまり、

『妊娠していないのに胎児がいる』

という矛盾が、術の反動として小次郎を襲うだろう。そうなれば多分、小次郎は今より危険な状態になる」

 

 

この天竜は説明を理解できた者は1人もいなかったが、絶体絶命な状況である事は皆分かっていた。

 

 

「ほな、赤ん坊を先に堕ろしてまえば.....」

 

「小次郎にはその体力すら残っていない」

 

「ほうか.....

その移す術を腹限定にできひんの?

もしくは、移さずに前みたく治す術とか?」

 

 

孫市にしては機転のきいた質問だったが.....

 

 

「無理だ。あくまで慈悲の術だから、そうそうと操れるもんじゃない。それと生憎、自治回復の術しか知らない。

すまない.....役立たずで.....」

 

「いや!天竜はんは悪かへんて!」

 

 

 

 

だが、その後も案が中々出ずに、時間だけが過ぎていった。

その時、

 

 

「あ!

あったぞ!小次郎を救う方法が!

...................ただ、生贄が必要になる」

 

「「「生贄!?」」」

 

「赤ん坊だ。

赤ん坊の.....特に胎児の

生命霊力は通常の1000倍ある!

胎児の霊力を小次郎に流し込めば、小次郎を助けられるかもしれない!」

 

「「「おおぉ!!」」」

 

「だが、赤ん坊は殺す事となるだろう.....」

 

「でも、この際は仕方がないですね.....」

 

 

十兵衛が納得し、他の者も賛成していた。

その時、異議を唱える者が現れた。

 

 

 

 

「それは嫌です.....我が子を犠牲に生き残るなんて.....」

 

 

 

 

小次郎本人であった。

 

 

「小次郎!気がついたか!!」

 

「天竜様.....今の話は.....本当ですか?」

 

「..........それしか方法がない」

 

「我が子を犠牲に生き残るなど.....

できるわけがない!」

 

「まだ三ヶ月だ!

人の形すらしてないんだ!」

 

「例え未熟であれど、

我が子は我が子です」

 

 

 

しくじった。

小次郎はあれでいて、誇りの高い剣士だ。一度した決意は二度と曲げぬであろう。

この話は別室で行うべきだった。

そうすれば、小次郎の知らぬ間に彼女を助けられたかもしれないのに.....

だが、勘のいい娘だ。いずれにしても気づいたかもしれない。

 

 

「何故その胎児の固執する?

お前さえ生き残れば、また赤ん坊は作れるだろう?」

 

「だって.....この子は天竜様との子だから.....」

 

「!?」

 

「私は弱い女でした。

自称2番弟子でしたが、その実力は最下位。いつも泣き目を見ていました.....

でも.....あの日は.....あの夜だけは天竜様は私だけを見てくれた.....

あの時だけは私だけを愛してくれた。

同情だったかもしれない.....

使命感だったかもしれない.....

でも!私には最高の夜でした!」

 

 

小次郎が大声を出すと、包帯に血が滲み出した。

 

 

「やめろ!それ以上は.....」

 

「.....逆はできますか?」

 

「は?」

 

「三月では赤ん坊は未熟で、

まともに産まれる事は出来ないでしょう。

だから残りの七月分を私の霊力で成長させる事は出来ますか?」

 

「.....それは..........その.....」

 

「できるのですね?」

 

「あぁ.....」

 

 

もう嘘をついても意味が無いだろう。

 

 

「理論上は可能だ。

お前の霊力で足りなければ俺の霊力も足して補う事も出来る。

母体に負担をかけないよう、保護結界を利用して体外成長させるのも可能だ」

 

 

それを聞いた小次郎は安心したように微笑んだ。

 

 

「だが許さん!

例えお前に軽蔑されようと知らぬ!

何が何でも生きて貰うぞ佐々木小次郎!」

 

 

絶対に嫌だ。小次郎死ぬなど.....

 

 

「お断りします」

 

「小次郎!!」

 

「無理矢理生かそうなんてしたら.....

私は切腹しますよ」

 

「何っ!?」

 

 

すると小次郎は急に起き上がり、枕元にあった小太刀を手に取ると、天竜らの前で切腹の体制を取る。

 

 

「そうまでして私の命が欲しいならば、どうぞ赤子を殺すがよい!

ならば、赤子ごと腹を掻っ捌いてこの場で絶命してくれる!」

 

「よせ小次郎!」

 

 

ただでさえ、今尚小次郎の腹部からは血が滲み出ている。

 

 

「ふざけんな!!!」

 

 

部屋の外から怒号が響き、これまで盗み聞きしていた少女が飛び込む。

武蔵だ。

 

 

「死ぬなんて許さねぇぞ!

あたしとの決闘だってまだだろうが!」

 

「ごめん武蔵.....

その約束は守れない。

代わりに産まれゆく我が子にその任を与えようと思う」

 

「認めねぇ!認めねぇ!

絶対に認めねぇ!!」

 

「宮本武蔵!!!

そうまでして我が決意を邪魔だてしたいというのなら、今ここで我が首を取るがいい!!」

 

 

すると小次郎は持っていた小太刀を彼女の前に放り投げる。

 

 

「さぁやれ!!

私は今何もできぬ身!

ズルはお前の専売特許だろう!!」

 

 

その言葉に圧倒され、武蔵は腰を抜かす。

 

 

「なんだよぅ.....ふざけんなよぅ.....」

 

 

涙を堪えながら、武蔵は本心を呟く。

そして、

 

 

「もういい!!その代わり約束しろ!

あたしもあっと驚くような強い剣士を産め!あたしを倒せるくらい逞しい剣士を!!」

 

「相分かった。任せてくれ」

 

 

その返事を聞き届けると、武蔵は振り返り背を向ける。

そして去り際に、

 

 

 

「天下の剣豪はあたしとお前だけだ」

 

 

 

その言葉が突き刺さったのか、

小次郎もまた涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天竜様.....」

 

「分かったよ.....

今のを見てまだ反対する程往生際は悪くない。お前の決意.....受けてやる」

 

「天竜.....」

 

「すまない十兵衛。

それから皆も部屋を出てくれないか?

最期は2人でいさせたい」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、この部屋には天竜と小次郎だけが残った。小次郎はもう一度横にされ、その脇に天竜が座る。

 

 

「それから天竜様.....

ハルの事なんですが.....」

 

「うん.....」

 

「許してやっては貰えませんか?」

 

「何っ!?」

 

「あいつも私と同じなんです。

愛が深すぎた為に過ちを犯してしまった悲劇の魔物。

状況次第で私もあいつと同じ事をしたかもしれない.....

あいつは今孤独なんです。

どうにか、あいつを許してはくれませんか?それだけが最期の心残りです.....」

 

 

お前は何を言っている!?

この後に及んで自分を殺した者に情を向けるというのか!?

なんて奴なんだ.....

俺はこれからこんな奴の命を奪おうとしてるのか?

 

そう思った途端に涙が零れ落ちた。

 

 

「泣いてくれてるのですか?

私なんかの為に.....」

 

「なんかなんて言うな!

お前は今まで会った中で最高の女だ!」

 

「ぐすっ.....ありがとうございます.....」

 

 

小次郎もまたもらい泣きをする。

 

 

「.....やっぱり死ぬのって怖いですね。二度と会えないんですよね.....天竜様にも.....武蔵にも、ヒコにも、ハルにも、我が子にも.....」

 

 

天竜は、小次郎がただ一言『生きたい』と言えば、それをくんでやるつもりだった。だが、彼女がそれを言うはずがない事は分かっていた。

 

 

「あっ.....大事な事を忘れてました」

 

「なんだ?」

 

「この子の名前です。

さっきいい名前を思いついたんですよ?」

 

「あぁ.....言ってみろ」

 

 

天竜が穏やかな表情で聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....拾」

 

 

 

ひろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拾?」

 

「はい。

私は天竜様に拾われて、本来は体験するはずの無かったであろう事を色々してきました。

そしてこの子も本当は産まれるはずが無かったのに、天竜様によってその命を拾われます。

だから拾です」

 

「............分かった。

この子の名前は拾だ」

 

 

すると小次郎は穏やかなに微笑んだ。

天竜は彼女の腹部に手を置く。

 

 

「天竜.....様.....」

 

 

そうして、彼女と最期のキスをする。

 

 

「お願いします.....」

 

「分かった」

 

 

天竜は呪文を唱える。

 

 

「仙貘・強羅位・覇幻翔!」

 

 

天竜の左手が仄かに光ったかと思うと、光は小次郎の腹部に移る。

 

 

「今までありがとうございました天竜様」

 

「今までありがとう小次郎」

 

 

小次郎の腹部から、極々小さな胚がすり抜けてくる。

 

 

「さようなら」「さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「おう、よちよち。

お前は母と同じで泣き虫だな」

 

 

天竜に抱えられるは赤子。

その傍らには生気を失った母親が.....

 

 

「あぅ.................おの.....こ?」

 

「おう小次郎!

立派な男の子だ!」

 

 

すると小次郎は仄かに頬を緩めた。

もう笑顔を作る力も無い。

 

 

「拾はどんな子に育つかなぁ。

お前や武蔵の言うように立派な剣士になるか、はたまた、俺の英才教育で立派な軍略家になるか.....

まぁ、それだと悪い方向に進んじゃいそうだな。ははは.....」

 

 

無理矢理作った笑顔で場を和ます。

天竜は拾を小次郎の横に抱かせてやる。

その時、拾は泣きながら小次郎の指を掴んだ。

 

 

「凄い...........指が.....折れそ.....

強い............生きる力.....」

 

「お前が元気になったら、

どこへ行こうか!

有馬温泉にでも行くか?

琵琶湖でも見に行くか?

富士山にでも行くか?

ただし見るだけな。登るのは辛い」

 

 

天竜は出来るはずのない、これからの予定を話す。

 

 

「多分、拾は取り合いになると思うぜぇ?

何しろお母さんがお前以外に3人もいるんだからな。皆に可愛がられて、愛されて.....すくすく大きくなって.....

いずれ、俺やお前よりも立派な存在になって、この日本を支えていく。

そんな大きな存在になって欲しい」

 

「.............」

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「全く.....拾は元気だな。

でも、もうちょっと静かにしろよ?

母ちゃん寝てんだから.....」

 

「...........」

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「お前からも何か言ってやれよ。

子育てはお前の方が上手そうだろ?

だから.....言ってくれよ.....」

 

 

天竜から大粒の涙がボロボロと落ちる。

小次郎の返事はない。

 

 

「こんな手間のかかるもん押し付けやがって.....子育てなんてした事ねぇよ.....俺だけ残して勝手に逝くんじゃねぇよ」

 

 

天竜はふと、小次郎に反魂の術をかけてみる。

 

だが、何も起こらない。

 

 

「ったく、木の板やら毛皮だとかは生き返らせられるのに、

『人間だけは生き返らせれない』

んだもんな.....なんて未熟なんだ俺は.....」

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

 

天竜は小次郎と拾を交互に見て、ある覚悟を決めた。

そして、

 

 

 

 

 

 

「天竜!?」

 

 

天竜が部屋から出てくる。

十兵衛らはずっと廊下にいたのだ。

 

 

「十兵衛.....この子を頼む」

 

「はっ............はい」

 

 

十兵衛に拾を手渡す。

 

 

「.....天竜?」

 

「武蔵!四国の部隊を全員引き上げろ!四国制圧は後回しだ!」

 

「えっ!?」

 

 

彼女は目が真っ赤になっていた。

 

 

「それから全軍を集結させろ!

直ちにだ!

孫市と嘉隆も来てもらう!」

 

「天竜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日して、

彼の前に全軍が集結し、先頭に家臣団らが並んだ。そこには、備前・美作の宇喜多秀家。備中の清水宗治らもいた。

 

 

「既に知っている者いるだろう!

我が忠実な家臣にして、

友であり、家族であった、

仲間の不運を!!」

 

 

天竜が大声で叫ぶ。

 

 

「佐々木小次郎は死んだ!!

なら何故そうなったか?

...........卑怯にも、裏切り者の手に掛かった為だ!!」

 

 

すまないが小次郎。

俺もまた君を裏切る。

 

 

「裏切り者は明智左馬助光春!!

奴もまた、

俺の家族.....そう思い込んでた奴だ!

奴は小次郎以外に、

従姉妹にして主君の明智光秀。

我が妻の雑賀孫市、九鬼嘉隆

をも襲った!

さらには、人斬りとして非戦闘員である女、子供を次々に殺して回った!

残虐非道にして下劣な行為である!!

俺達は奴を許してはならない!

奴を許せば、小次郎が.....

奴に無残に殺された者たちの魂が報われない!!奴を許す事こそが罪なのだ!!」

 

 

そうして、ここに魔王が降臨する。

 

 

「副将軍、羽柴天竜秀長が命じる!

裏切り者の明智左馬助を何としてでも見つけ出せ!!

その為には、どのような行為も許す!全て俺が責任を持とう!!

任務を遂行した者は特別昇格だってさせてやる!金だろうが土地だろうが、望むものをくれてやる!!」

 

 

小次郎から蔑まれるだろう。

十兵衛から愛さる事も二度と無いだろう。

だが、ここでやらなければ今度は

俺が壊れてしまう。

そこまで俺は人間ができていない。

 

だから俺は呪いの言葉を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけ出して..........殺せ!!」

 




原作では絶対にないであろう、姫武将の死。
最早オリジナルストーリーと化した
この物語。貴方は信じられますか?
次回予告
鬼武者
〜全ては小次郎の仇〜

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