翌日。急遽坊主らが呼ばれ、直家の葬式が開かれる事になった。
昨日は秀家があまりに哀れだった。もう動かない父親の亡骸を前にして、必死に泣くのを堪えていた。
天竜は別室に彼女を連れて行き、人払いをさせると、急に彼にしがみ付き、ワンワンと大泣きするのであった。殺した張本人の天竜は、彼女の思いをただ、受け入れてやるしかなかったのだった。
「お父さまっ!!」
葬式の最中、坊主のお経を止めて直家の骸の前に立ちはだかる秀家。天竜は後ろから見守っている。
「秀家は.....秀家は.....」
泣き出しそうになるのを堪えて、彼女は言い放つ。
「秀家は自立します!!」
葬式の出席者は皆唖然とする。
「もうお父さまには甘えません!
もうお父さまに迷惑はかけません!
もうお父さまでなしで生きていけます!
もうお父さまには.....」
耐えきれず、涙や鼻水で秀家の顔がクシャクシャになる。
「だからお父さまはゆっくりと眠って下さい!先に逝かれた忠家伯父様の為にも!」
「..........」
宇喜多忠家。直家の弟。本来なら彼が天竜の役を担うはずだったが、すでに死んでいる。実は何者かに毒殺されたとか.....
「秀家の勇士を.....黄泉から応援していて下さい.....」
そうしてフラフラになった彼女を天竜が支え、そのまま抱きかかえる。
「直家。秀家は俺が支えてやる。だからもう休め!.....俺が逝くまでに酒盛りの準備ぐらいはしとけよ!」
そうして天竜はまた、秀家を別室に連れていった。
『宇喜多秀家、調略完了』
その時の天竜は複雑な表情だったという。
数日後、備中。
「あの.....天竜様?」
「どうした三成」
「ここは完全に敵国ですよね?」
「ん?そうだけど?」
「何でそんな平気なんですか!!」
「ここらで落ち合う筈なんだ」
「.....?誰と?」
「さて問題です!誰でしょう?」
「からかわないで下さい!!」
「三成はからかい易くて面白いんだ」
珍しく笑顔の天竜。
「もう.....家臣に隠し事が多いと不信がられますよ?」
「ふ~ん」
「例えば、森水青蘭とか.....会った事はありませんが」
「ふ..........あれ?」
「どうしました?」
「今何て言った?」
「...........森水青蘭?」
「..........」
天竜は今まで陽気だったのが嘘のように大量の汗を垂れ流す。
「式神召喚!出でよ翼閣竜!!」
「!!!?」
2人の前に突然、プテラノドンが出現する。天竜は素早くそれの背中に乗り込んだ。
「ちょっと大和まで戻るから!待ってろ!」
「嫌ですよ!?敵国に一人にする気ですか!!」
「あ~.....翼閣竜。拾ってやれ」
「クウァァーーー!」
「きゃっ!?」
足で掴まれる三成。しかもそのまま翼閣竜は飛び立ってしまった。
「やだぁ~!!!
放してぇ~!!!」
「すまん.....大和まで我慢してくれ」
1時間で辿り着いた御一行。
その時には、三成は生気の無い顔をしていた。
「二度とやらないで下さい!!」
涙目で訴える三成。それを適当に対応して、急いで信貴山城地下の牢に訪れる。三成は順慶に用があるらしく、そこで別れた。
信貴山城地下。
「ふん。生きてたか」
「天.....竜.....」
こちらもまた、先日前の怒号が嘘のように意気消沈している。
「禄にマンマを食わして貰えなかったようだな。捕虜への扱いは丁重にというのが定石なのに、俺が悪いみたくなるじゃねぇか」
「天.....竜.....」
「ちっ.....釈放だ!
誰か食物でも飲物でも用意してやれ!」
そこからさらに1時間。
「ぷふぁ~!!
空腹で死ぬかと思ったぞ!」
「ふん。いっそ死んでてくれれば良かったのにな!」
「貴様.....本当に悪魔だな」
「何とでも言え。今の貧相なお前など、
恐るるに足らん」
「ほう?ならやってみるかい?」
「.....遠慮するよ」
ここで天竜は切り出す。
「ブタ箱を経験して頭が冷えただろう。今度こそ真面に話させて貰おうか」
「ちっ.....!天竜のくせに」
そんな時だった。
「なぁ、天竜さん!」
「うわっ!?良晴!?
何でここに!?」
「それは十兵衛ちゃんが.....」
「天竜!!誰ですかその女!!
また新しい女ですか!!」
「落ち着け。前に会っただろう」
「ふぇっ!?...........あぁ!?
有岡城の時の不審者!!」
鈍くね?
「不審者だって!?
この人、蹴鞠大会の時の写真の人じゃないか!!」
騒がしいな.....
「お前の顔よく見れば.....
何故生きているんだ明智光!!」
「ふぇっ!?」
「青蘭。そいつは瓜二つだが、光じゃない。そいつは明智光秀だ」
「何だと!?」
「主君をそいつ呼ばわりすんなです!!」
その後、天竜は森水青蘭に粗方の事柄を話す。ここは戦国時代である事、微妙に史実とは違う事、今天竜は大和や紀伊の大名である事だ。
「まさか.....行方不明扱いされてた少年までここにいるとは.....」
「え!?俺って未来じゃそうなってるの!?」
自分がいなくなったその後の未来を知らない良晴はそれを聞いて驚く。
「同時期に、『逃走中の殺人犯』とされてた天竜までいなくなったから、誘拐されたのではと目されてたからな」
それを聞いて良晴が驚愕する。
「てっ.....天竜さんが殺人犯!?」
「そうだぞ?なにしろヤクザ組織『朧組』の若組長だからな」
「....................は!?」
驚くべき事柄が多すぎてついていけない良晴。「朧組」はニュースにもよく出るような危険組織と知らされていた有名な団体だったからだ。十兵衛に至ってはずっと(?~?;)な表情をしている。
「父親が小遣い稼ぎに始めたヤクザ稼業をこいつが一気に大きくした。お陰で小さい暴力団は皆、朧組に潰されて、警察も迂闊に手を出せない大組織になってしまった.....」
青蘭は話を続ける。
「組長を逮捕しようにも、正体は不明。1度も外に顔を出した事のない奴なものだから警察もお手上げ。それもそのはず.....表では教師をやってる奴なんて誰もヤクザの組長だなんて気づかないはずさ」
モノホンのご●せんである。
「おい!余計な事まで言うな!」
「そして、明智家と繋がった事.....
戦後のゴタゴタを利用して一気に成り上がった『明智コンチェルン』との同盟。令嬢であった明智光との政略結婚でな!」
孫市との政略結婚に抵抗が無かったのはこのためである。
「明智コンチェルンは政界とも繋がっていたために、朧組が政界にまで出てきた。そこから発生した政治家連続殺人事件!」
「「「...........」」」
3人は黙って彼女の話に耳を傾ける。
「反日思想を持っていたとする政党の代表や権力者が次々に殺害された。その結果、廃された政党も出る始末。その容疑をかけられていたのが朧組」
「そんな事が.....」
まるで映画の脚本のような話を聞かされ、気持ちの整理がつかない良晴。
「その事件を期に、組長が明らかになった。それこそが、勘解由小路天竜!」
「..........」
「そうして警察は世間には公表せずに貴様を逮捕しようと追っていたのだ」
「............ふん」
「だが、それも隠蔽された虚説だ」
青蘭がそう言った瞬間。天竜の表情が変わる。
「犯人は朧組じゃなかったんだ」
「やめろっ!!」
天竜が突然焦ったように大声を出す。
「私が怒っているのは、人を殺したからじゃない!人殺しを庇ったからだ!」
「言うな!それ以上言うな!!」
「朧組は元々、明智コンチェルンが警察に対するべく雇った番犬に過ぎない。人殺しの罪を朧組に被せるために.....」
「よせ!!やめろ!!!」
ついに天竜が抜刀する。それを良晴と十兵衛が慌てて抑えた。
「殺人鬼の正体は明智光。
天竜はあいつの罪を被せられただけなんだ」
その後、天竜が大暴れしたため、青蘭ではなく代わりに天竜を拘束する羽目に.....
「自主してくれ。そうしてくれればお前は捜査撹乱の罪しかないようにしてやる。共犯にはさせない!」
「うるせぇ!!殺したのは俺だ!!
光は関係ねぇ!!」
「困ったな.....」
「ちょっといいですか?」
十兵衛が話かける。
「私の祖先がした事って.....」
十兵衛は元気が無かった。それもそうだろう。自分の子孫が連続殺人犯だと聞かされれば誰でもブルーになる。
「貴方には悪いが事実だ。恐らく二重人格だったのだろう」
「二重人格?」
「はっ!お前は俺さえ逮捕すればいいんだろ?真相の究明など必要ない!お前にそんな権限などあるのか?」
「あるさ!
私はお前の姉だからな!」
「「は!?」」
「ちっ.....都合よく家族面しやがって」
衝撃の事実なのに受け流された。
「それだけじゃねぇだろ!!
手前ぇら政府の犬が隠してるのは!!」
「何が言いたい?」
「光だ。光を殺した事だ!!」
「...........」
「光さんって.....病死なのでは?
.....確か子宮頸癌」
十兵衛が前に天竜から聞かされた事を口ばむ。
「それは、医者が言ったまで。本当は暗殺されたんだ!政府にな!」
「それは貴様の空論だ」
「あの医者が吐いたんだ。
『自分は悪くない!命令されただけ』
ってな」
「..........つっ!?」
「この手で殺してやろうかと思ったが、勝手に死んだよ。恐らく口封じに消されたんだろう。お陰で俺が殺した事になったが.....」
「くっ.....」
「話は終わりだ。中国に戻るぞ!
手前ぇはこの戦国時代をさまよいやがれ!」
「............貴様、私に楯突いてタダで済むと思ってるのか?」
「はっ!お前お得意の刀はねぇ!
.....そっか拳銃持ってるのか!
でも無駄だ。俺はこの時代で陰陽師及び幻術師として覚醒した!目をつむってでも避けてやるさ!」
拘束されているのも忘れさせる程の態度だ。
「ほほう?では私はこの時代に来て1ヶ月。拘束されて2週間。突然覚えたこの技を使ってやる!これが陰陽術ならそうなんだろう!」
「何っ!?」
「私の術は相手が1番苦手とするモノを召喚する技だ!」
流石は姉。彼女も召喚術。
「はっ.....はんっ!この俺に苦手なモノなどあるものか!俺が怖いのは俺自身だ!」
「ならいい....................召喚!!」
そこに現れたのは!!
「きゃっ!?」
「うわぁっ!?」
十兵衛と良晴がそれぞれ驚く。
そして肝心の天竜は.....
「ひあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今まで聞いた事のない叫び声を出す天竜。
「よよよよよよ良晴!!この縄さっさとほどけぇ!!!」
「えっ?」
「この役立たず!ハゲネズミ!
.....自然発火!!」
天竜の表面が仄かに燃え上がり、縄が溶ける。
「式神召喚!出でよ翼閣竜!!」
それに乗って一目散に城を抜け出す。
「三成拾っていけ翼閣竜!
備中まで逃げるんだ!!」
「クワァーーーー!!」
「本当に苦手なんだなぁ............ゴキブリ」
「なんか天竜が可愛く見えてきたですぅ」
「原因は糞親父だ。修行の一貫だかなんだかで虫を色々と食わせてたらしい。クモやらムカデやらイモムシやら.....中でも食用じゃないゴキブリを無理矢理食わされたらしく、それ以来トラウマになってるらしい」
「おえっ!」
「虎馬?」
「精神的外傷の事だ」
「あぁ、なるほど...........よし」
今度天竜が迫って来たらゴキブリを出してやろうと決めた十兵衛だった。
「その.....森水さんは本当に天竜さんのお姉さんなの?」
「青蘭でいい。結婚して苗字は変わったが、実の姉だ。まぁ、夫はすぐ死んでしまって今は未亡人だがな」
「はぁ.....」
勘解由小路家のあまりのドロドロさについていけない良晴。
「青蘭さんは天竜さんと仲悪いんですか?」
「うむ。私が警察になったのを裏切ったと感じているらしい。私は裏から動かして警察の目を朧組に向けないようにしていたのだが.....」
「はぁ.....」
「だが、殺人事件が起きてそうも言ってられなくなった。可愛い弟が小動物の皮を被った野獣に騙されてるなんて耐えられなかったんだ!」
「可愛い!?」
「可愛いさ!!本当に小さい頃はいつも『お姉ちゃん!お姉ちゃん!』って頼ってくれたのに!!」
「あの.....青蘭さん?」
「でも、姉の威厳を守る為にいつも厳しくしてしまう.....それでいつも口論になってしまう。私はそれを克服したい!そしてあいつと愛を語り合いたい!!」
「...........」
「死にかけの森水警視総監との政略結婚で実家の家計を助けるにあたったが、本当は天竜と結婚したかった!!」
ブラコンかよ!!しかも隠れブラコン。
というかこの姉弟似てるな.....
備中に戻ってきた天竜と三成。
「まさかまた足で掴まれるとは.....」
「すまん。強敵が現れてどうしようも無かった」
「はぁ.....」
あきれ返ったのも束の間、三成は唖然とする。
「よう武吉!」
「羽柴天竜.....来たか」
敵軍であるはずの村上水軍の長、村上武吉が堂々と現れたのだ。
三成は慌てて刀を構える。
「よせ。今日はただの話し合いだ」
「話し合い!?」
「俺が宇喜多家の客将してたのは知ってるだろう?その時知り合ったんだ」
「はぁ.....」
「それで武吉。確かに毛利と織田の和睦を受け持ってくれるのだな?」
「むぅ.....」
「今回の宇喜多直家の死と宇喜多家の織田従軍は知っているだろう。これは毛利にとって最大の痛点だ。上田城に軍員が集中している今、吉川元春も小早川隆景も籠の鳥だ」
「むぅ.....」
「織田もとい俺はここで毛利と和平を結びたい。毛利はここで滅ぶには惜しい」
「天竜様.....そこまでのお考えで」
三成が憧れの表情で天竜を見つめる。
これは織田の為でもあった。毛利攻めの全権を持っているのは良晴である。だが、彼は史実でやったような「三木城の干殺し」や「高松城の水攻め」などの野蛮なやり方を避け、何とも甘っちょろい攻め方をしている。これでは10年経とうとも毛利を倒すなど不可能だろう。だからこそここで強行手段に出たのだ。
「ふむぅ。確かに一理あるな」
「そうだ。総大将の毛利輝元は幼少。指揮官はあくまで吉川元春、小早川隆景姉妹だ。隆景との繋がりが深いお前に彼女を説得してほしい」
「.....................」
切り出しが早すぎたか?
「いいだろう。今夜あたりで話し合ってみる」
よしきた!
「いい返答を待ってるよ」
これが成功すれば歴史が変わる!
「とりあえず備中に待機しててくれ。
宿屋は用意した」
「あぁ。ありがたい」
そうして宿屋。
「この部屋ですね」
そこは中々いい部屋であった。
「2部屋は取れませんかね?」
「へぇ。今日はどこも満杯で.....」
宿屋の主人が答える。
「しょうがない。三成、同室いいか?」
「いいです!全然いいです!めちゃくちゃいいです!!」
真っ赤な顔で大声で答える三成。
「ん?いいなら別にいいか」
「では夫婦でごゆるりとお過ごし下さい」
「いや、俺らは夫婦じゃ.....」
そんな天竜をよそに三成はおかしな事になっていた。
「わっわわわわ私がががが天竜様と
ふふふふふふ夫婦???????
...............ブッーーーーー!!!!」
鼻血を噴き出して倒れた。
その後。
「夕食をお持ちしました」
可愛いらしい少女が料理を運んできた。三成と同年代くらいだろうか。
「おっ、美味そうだな」
ありきたりの料理ではあったが、このあたりの郷土料理は初めてだったので新鮮に感じる。
「君はここの子かい?」
「いえ、雇われている者です」
「ふ~ん。名前は?」
「紀之介です」
「紀之介ちゃんね」
「天竜様!」
いつのまにか三成にジト目で見られている。
「別にいいだろう。ただの暇つぶしだ。
..........私は羽柴天竜という」
「天竜様!!」
「名を聞いたら、自らも名乗るのが通説だ。俺らは別に不法入国してるわけじゃないし、ただの市民だ。別に構わんだろう」
「うぅ..........石田三成です」
「よろしく.....すると大和国の?」
「おっ?もの知りだな」
「最近、大和と紀伊が合併したと、民衆でも噂になっておりますから」
それを聞いて三成がしょぼんとする。
「どうした?」
「いいえ!天竜様が孫市殿と結婚した事なんて気にしてないですよ~だ!」
「何度も言ってるだろうあれは政略結婚だと。お前が気にする事じゃないよ」
「気にしてるのは私だけじゃないんですよ!左馬助殿なんてそろそろ対処してあげないと大変な事に.....」
「ん?ハルがどうかしたのか?」
「あの.....」
「あぁ、すまん。とりあえず今日と明日よろしくな」
「はい.....」
それは夜中の事。
「天竜様は可愛い子は皆食べてしまうという性豪との噂!もしかして今夜は私も食べられちゃうかもキャ〜!」
天竜の隣の布団で勝手に盛り上がる三成。
だが.....
「く~..........く~..........」
「は?」
「く~...........く~.........」
天竜熟睡。
「ふんだ!別に食べられたかったわけじゃないんだからね!」
1人ツンデレの後、三成もまた眠りについた。
それは、そこから1時間後の事。
「う~.....やっぱり夢の中でも興奮して途中で起きちゃいましたね」
彼女はそう言った。そう言ったはずだった。彼女はそう言ったつもりだった。しかしそれは「う~」だとか「あ~」だとかの音が漏れただけで、正確な言語は出なかった。
「うっ!?.....あぁうぅ!?.....」
口を布で縛られていた。それだけではない。三成は全身をがんじがらめに縛られていたのだ。
「う~!!う~!!!」
彼女は焦って声を出そうとした。だが、それは自分が縛られていたからではない。
彼女の目の前。隣りに寝ていた天竜は今も寝息を立てている。そのすぐ横に奴はいた。感情のない瞳で、手には小太刀が。
「う~!!!う~!!!!」
「貴方には恨みはありませんが、命令です。
死んで下さい」
そうして一気に小太刀が振り下ろされた。
「う~~~~!!!!!」
「この俺様の寝首を取れると本気で思っているのかい?」
「!!!?」
確実に刺し殺したはずだった。だが、小太刀を振り下ろした次の瞬間。彼は消え、私の真後ろに立ち、私の肩に刀の刃を当てていた。
「一体誰の差金だい?紀之介ちゃん」
「ちっ.....!」
それは、さっき夕食を運んできた紀之介という名の宿屋の娘だったのだ。
「俺の食べ物に睡眠薬を仕込み熟睡させ、三成を拘束する。完璧な作戦だが、完璧じゃない」
「何っ!?」
「俺は体内に侵入した毒物、薬物等を完全に消化させる妙技を持っている」
「くっ.....!」
「答えて貰うぞ。お前の真の雇い主を!」
「言う気はない。殺せ」
「ふん..........待ってろ三成。
今ほどいてやる」
「う~!う~!!」
その時。
ドカーーーーーーーンッ!!!!
「なっ!?」
「う~!!?」
「..........!?」
3人が同時に驚く。
宿屋の真下から爆発音がした。同時に火の手が宿屋を覆い、天竜達の部屋にも次第に火が廻り、明るくなる。
「おい!何をした!?」
天竜は紀之介を問い詰める。だが、彼女も困惑した表情で.....
こいつじゃないのか!?
「くそっ..........三成逃げるぞ!今ほどいてやる!」
「う~!!」
天竜が三成に忍び寄る。
紀之介は思った。彼は今、自分に背を向けている。今なら殺れるかもしれない!
そう思ってふと天井を見つめる。火が天井に廻り、梁をメラメラと燃やしている。彼はそれに気付いていない。
ガシャッ!!という音と共に、燃え上がった梁が落ちてくる。
そして.....
「危ないっ!!」
「「つっ.....!?」」
天竜と三成は唖然としていた。てっきり自分達を殺しに来た刺客と思われた彼女に命を救われたのだから.....
「おい!大丈夫か!?..........うっ!?」
彼女を抱き上げた。すると、梁が直撃したのか、彼女の顔の半分が、見るも無残に焼け爛れていたのだ。
「は..........放せ.....私に.....構うな.....」
天竜から無理矢理離れた彼女はヨロヨロと距離を離して行く。
「何故助けた?」
「....................分からない」
「何っ?」
「そのまま死んでくれればよかったのに..........気付いてたら動いてた.....」
「..........」
彼女はヨロヨロと歩きながら部屋を退室していった。
「ここはもう危ない!俺らも逃げるぞ!」
「はい!」
「あぁ、お客さん!無事でしたか!」
外に出ると、先程の宿屋の主人がいた。
「.....主人!紀之介という少女は出てきませんでした?顔に火傷を負った.....」
天竜は辺りを見回しながら問い詰める。
「あれ?.....そういえば見てませんな」
「ちっくしょう!!」
すると彼はまた、燃え盛る宿屋の中に引き返してしまった。
「そんな.....ダメです天竜様!!」
その時、紀之介は宿屋内のとある一室に横たわっていた。そこも既に火の海となっている。
「これで..........いいよね。お父様」
『困った人を助けてあげられる優しい武士になりなさい』
それがお父様の最期の言葉だった。そんな事も忘れて、一時的に刺客なんかもやっていたけど.....
「ちゃんと守ったよ。お父様」
仰向けになっていた彼女はずっと、燃え盛る天井を見ていた。あと一息もしない間にそれは落ちてくるだろう。そしてそれは自分の身体をぺしゃんこに潰すだろう。
できれば即死がいいな。痛みも感じる間もなく一瞬で逝ける.....
そうして天井が崩れ去り、落ちてくる。
「お父様。今逝きます」
そうして彼女は目を閉じた。
「俺様の許可なく勝手に死ぬんじゃねぇよ」
「!!?」
まただ。またこの男は突然現れ、私に話しかける。
彼は全身で紀之介の盾となり、落ちてくる天井から彼女を守ったのだ。
「どう.....して?」
「お前と同じだ。お前が死のうが知ったこちゃねぇが。身体が勝手に動いてた」
天竜は紀之介を抱きかかえる。
「痛って!!..........左腕骨折したかも.....」
「放せ!これは多分私の雇い主の仕業だ!貴方と私、両方を燃やして証拠を消す魂胆なんだ!暗殺に失敗した今、私には死ぬ運命しか残されてない!」
「それだけ大声出せれば充分だ。俺、腕折れてるみたいだから、自力で歩いてくんないかな?」
「だから私は.....!」
「他人が一方的に押し付けた運命なんか従うんじゃねぇ!!」
「.....つっ!?」
「ここで.....こんなちんけな場所で相打ちするのがお前の最後の仕事か?こんな所で死ぬために今まで一生懸命生きてきたのか!!」
「.....私は」
「いいか?『死』というものは人間が与えられた平等の権利なんだ。お前が全てをやりきり、何処で死のうが俺は何も言わねぇ!!
しかし、何一つ遂げちゃいねぇのに死を選ぶというのなら、俺はそれを全力で止めてやる!!」
「..........うっ」
「だから今は.....生きろ!!」
「天竜様!!」
三成の前に倒れこむ2人。即座に応急処置がなされた。
「生きろったって..........何処でどう生きるの..........主人を.....目的失い、私の居場所は何処にあるの.....」
「居場所ぐらい俺が作ってやるよ」
「え?」
「人間は皆、泣いて産まれてくるだろ?それは決められた義務。でも死ぬ時は誰でも自由だ。戦死でも心中でも爺婆になって家族に看取られるのでもさ。悲しく死ぬのも、幸せに死んでいくのも自由なんだ。
産まれる時、赤ん坊の時に充分泣いてんだからさ。死ぬ時まで泣くこたぁねぇだろ。死ぬ時くらい笑って死ねよ!」
「でも、私は.....」
「人生ってのは1度きりだ。何処でどう転ぶかわかんねぇ。いつ死ぬかわかんねぇ。だからそん時まで笑って生きてく事が1番大事なんじゃねぇか?」
「..........私はもう、笑う事なんてない。こんな化け物みたいな顔で.....どう生きていけばいい!」
紀之介は水溜りに写った己の醜く焼け爛れた顔を見ながら言う。
それに対し、天竜が何か言おうとしたが、その前に三成が動いた。
己の着物を脱いで千切り、布を紀之介の顔に被せてやったのだ。まるで頭巾のようになっている。
「見せたくないなら隠しちゃえばいいんです。貫禄があってその方が恰好いいですよ」
「石田.....三成?」
「嫌な感情はその頭巾で皆隠しちゃえばいいんです。ただ、私達にだけは本当の感情を見せて下さいね」
「そんな.....この火傷.....気持ち悪くないのか!?」
「ぜんぜん?」
「え?」
「天竜様を守ろうとしてできた傷なんて私が欲しいくらいですよ。貴方は私と天竜様を守ってくれた.....とても感謝してます」
『困った人を守ってあげられる優しい武士になりなさい』
お父様の声がまた心の中に響いた。その途端、本当は止まっていたかもしれない心臓が激しく動き出した気がする。
「三成はいいこと言った!褒めてやるぅ」
そうして天竜が三成の頭をガシガシと撫でてやった。
「やっ.....止めて下さい!
恥ずかしいです!」
紀之介がぽ~っと見ていると、次は紀之介の頭に天竜の手が添えられた。
「俺はお前が誰に雇われてたなんて気にしない。俺たちがお前を求めてるんだ。お前も俺たちを求めていい」
急に目頭が熱くなった。
そして気付いていた時には、天竜にしがみついて大泣きしていた。
「おいおい。笑えって言った途端に泣き出すのかよ」
天竜はそんな冗談を言ったが、紀之介の嗚咽は止まる所を知らなかった。
「うぅ.....天竜様に抱きつく事を許すのは今日だけですからね!明日からはこの三成の胸で泣きなさい!」
そう言われ、紀之介は三成にも抱きついて泣いていた。
メラメラと燃え盛る宿屋の前の少女の涙が蒸発する間もなく流れ落ちたという。
ここに、紀之介という名の哀れな少女は死んだ。
翌日、備前。
「天竜さん!?大丈夫か!?」
大和から戻ってきた良晴達が、左腕を吊っている天竜を見て驚く。
「一体何処いたですか天竜!」
「備中だ」
「備中!?」
敵国に滞在していた事に驚く十兵衛。
「ところでその頭巾の子誰?」
天竜の右には三成が、左には.....
「昨日から俺に仕える事になった.....」
そうして頭巾の少女は名乗る。
「大谷吉継です。以後お見知り置きを」
ここに、新たな志を持った
姫武将、大谷吉継が誕生した。
大谷吉継の出生は謎が多く。秀吉との出会いも三成と違って謎です。だからこそ、このようにオリジナル展開での登場になりました。
大谷吉継といえば、晩年のハンセン病による爛れた顔と頭巾が1番印象的です。ですが、若い娘さんなのにハンセン病はちょっと.....という事で火傷でアレンジ。義理堅い大谷吉継が天竜や三成とどのように関わってくるのか見所ですね。
次回予告
もう一つの始まり
~ここで全てが終わり、全てが始まる~