天翔ける龍の伝記   作:瀧龍騎

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唐突に入れた過去編という名の外伝話です。過去編系のものは今までにも何度か入れていたのですが、戦国時代以前の出来事にしぼったものも製作したかったので、ここで入れました。不定期になりますが、本編に合わせて投稿していきます。


天翔ける龍の伝記外伝 伏せる龍 1話

伏せる龍 第一話

 

私の名前は龍宮聖華【りゅうぐうせいか】。仙石高校3年の女子高校生だ。昔からお嬢様のような名前であると言われるが、私自身は言ってしまえば不良。女ヤンキーというやつだ。とはいったものの、私は分かりやすい犯罪行為に手に染める事もなく、誰ともつるまない。1人を好む性格。誰に迷惑をかけるわけでもなく、かと言って大人の言う事を何でも聞くような良い子ちゃんでもない。只々、自由に生きて自由に行動するクールガール。聞こえは良いが、それでも大人達からすれば、そこらの不良共と変わらない、社会からの鼻つまみ者なのだろう。

だがそんな事などどうでもいい。私は自由でいたいだけ。誰に何と言われようとも、そのポリシーは変わらない。どんな奴にだって私の人生を左右させたりなんかさせない。少なくとも家の外では...

そう思ってた。

 

 

 

 

そう、それは”奴”に会うまでの生き方だったのだ。

 

 

 

 

 

その日も私は授業をバックレて屋上に来ていた。

 

中途半端に要領が良かったのが悪かったのだ。なんとなく受験して、なんとなく受かってしまった高校がそれなりの進学校。教師は優等生を名大学に行かせてポイントを稼ぐ事だけを目標にするような奴ばかりで、名大学には到底行けないような劣等生は基本的に放置される...

なら良かったのだが、自分の経歴に『汚点』を残したくないのか、その教師達はより一層劣等生の指導に力を入れる。でも古き良き熱血指導なんかじゃない、単なる間引き作業だ。

腐ったミカンの方程式。某学園ドラマでも取り上げられていたように、劣等生は常に邪魔者扱い。昔の荒れていた時代だけの話ではない。今でもその実態は何も変わらないのだ。個性なんてものは必要ない。大人達に都合の良い、良い子ロボットを作るだけの場所。本当に腐ってるのはどちらなのか。なら、この高校の劣等生はどのように行われる?簡単な話だ。「放置される」のだ。

さっき、放置されるわけではないと言った?その通り。ただの放置じゃない。これは意図的に”いないもの”とされるのだ。クラスにいないものとされる。いらないものとされる。存在を消される。生き甲斐を消される。劣等生である限り、彼らには学校内での生存権を奪われるのだ。傍から見れば、体罰を受けてるわけでも、言葉の暴力を受けているわけでもないから気が付かれない。だが、この仕打ちを受けた生徒はノイローゼになり、劣等生を抜け出そうと無理矢理に努力する。それがどんなに辛かろうとも、心身を壊そうとも、居場所を得られるのならと。それができない者は自分から出ていく。努力しなかった者、普通じゃない可哀想な人、という不名誉のレッテルを貼られて。私は後者の側。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話が長くなってしまった。だが、これからの話に上記の状況は全く関係がない。何故なら私も”奴も”、そんな腐りきった教育環境を全く無視して、ひたすら自由に生きようとし、選択していった物語を執筆してきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”奴”の名前は勘解由小路天竜。

優等生でありながらわざと劣等生に落ち、この学校の教育者共に中指を立てた変人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”奴”を何故奴と呼ぶのか。彼でも彼女でもない以上、奴と呼ぶしかないだろう。奴には性別なんて無い。状況に応じて立場をころころ変えてしまう。奴に初めて会ったとき、私は奴を天使か悪魔か。そんな異形な存在を意識してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は戻る。ここは屋上。本来なら生徒は立入禁止の場所。しかし、”誰かが”ここを自由に開けているらしく、入り口はいつも開いていた。教師もそれに関わりたくないのか、放置している。

だがその真相を知る由もなく、私は気分気ままに屋上に上がり、涼しくも暖かい環境で昼寝をする。自販機で買った微糖の缶コーヒーと、歳を誤魔化して購入した軽めの煙草とライターだけを持って、屋上に上がり、そこから更に梯子で登れる校舎で最も高い台に寝転がり、たった1人一服しながらコーヒーを飲む。これが私の日課。

でも、その日だけが違った。

 

 

「ん?」

 

 

その日も、誰が開けたとも知らない屋上で、いつもの場所で一服していた私の視界に写った、梯子を登ってきた生徒。男子生徒なのか男子生徒服を着ている女子生徒なのか。中性的すぎてよく分からない、髪型までポニーテールなのかサムライヘアーなのか。とにかく中途半端なオトコオンナがこの場所に登ってきたのだ。

1人でいたかった私は渾身の睨みをそいつにぶつける。ここには不良がいるぞ。変に絡まれたくなかったら、さっさと帰れ。と、無言で語りかける。

 

にも関わらず、そいつは普通に登ってきて、あろう事か私の横に寝転がりやがった。そして、私がしようとしていたように日向ぼっこをしながら眠りに付く。

何だコイツ!?

 

3分ほど寝ていたかと思った奴はふと内ポケットに片腕を挿入し、そこから煙草を取り出し咥える。そして、ライターも取り出そうとゴソゴソとそこを探るが、急に焦ったように起き上がり、左右の内ポケット、胸、腰、ズボンの横や後ろのポケットを弄るが着火道具を探るが、出てこない。

 

 

「やべ」

 

 

そう呟いたと思うと、急にこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「火ぃ貸して」

 

 

当然無視する。

 

 

「ライター忘れちゃった。火貸して。って、貸してってのもおかしいか。火ぃ頂戴?」

 

 

私は関わりたくなかったので、またもや無視する。するとだ。

 

 

「んー」

 

「っ...!?」

 

 

あろうことかこいつは、私の咥えていた煙草の先端に己の煙草の先端にくっつけようとしてきやがった。私は慌ててそいつを払い除け、距離を取る。

 

 

「何考えてやがる!?」

 

「だって貸してくんないから、勝手に貰おうかと...」

 

「ふざけんな変態!」

 

 

本当に何を考えてやがるんだコイツは。ただの馬鹿なのか?

 

 

「ちっ...」

 

 

やや距離を取った位置でそっぽを向く。このまま帰れという意思表示。また近付いてきたら蹴っ飛ばしてやる。

その時だ後ろでライターを絞る音が聞こえる。

軽く振り向くと、奴はライターで煙草に火を付けていた。なんだ、自分のライター持ってるじゃないか。改めて探したら出てきたのか。はた迷惑な奴だ。ならその1本を吸い終わったら、さっさと帰ってくれ。そう思った矢先だ。

奴の持っているライターに見覚えがある。つい最近まで目にしていたような形のソレ。と思っていると、奴がまた近付いてきた。

 

 

「はい。返す」

 

 

何事かと思ったが、返されたライターはまさしく私のライターそのものではないか。

 

 

「えっ!?」

 

 

慌ててライターを入れていたと思われる内ポケットを探る。無い。

なんでコイツが持っている?

スられた!?いつ?

 

 

「いいライターだね。ジッポとはいい趣味だ」

 

「このっ!!」

 

 

無理矢理奪い取る。あまりの出来事で顔を真っ赤にして興奮してしまう。

 

 

「なんなんだよお前!私になんの用なんだよ!」

 

「いや...別に...」

 

「くそっ!」

 

 

私は我慢出来ずにその場を後にしようとする。しかし、唯一の帰り道である梯子の前をコイツが占領してしまっているので帰るに帰れない。

 

 

「邪魔...」

 

「ん〜。どうぞ〜」

 

 

奴はその場に寝転がる。跨がれってのか?

しかし、それに抗議するのも面倒だったので、無理矢理跨がろうとする。

 

 

「...水色」

 

「っ...!?」

 

 

だがその一言に激昂してしまい、跨がるついでに踏み付けてやろうとする。しかし、予感していたかのようにするりと避けられてしまう。そして転がるように高台から飛び降り、奴の方が先に立ち去ろうとする。

 

 

「ご馳走さん」

 

 

その一言を捨て台詞に、彼は姿を消した。

 

 

「死ね!!」

 

 

姿の見えなくなったその変態野郎に大声で罵倒する。だが、それをしている自分に虚しくなり、次の授業時間もその屋上で暇を潰す事にした。

 

 

「誰だよアイツ...」

 

 

今の出来事が私の人生を大きく左右するような事になろうなど、この時点では全く想像できなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。頬に絆創膏を貼った私はまた屋上に登る。いつもの高台に例の変態がいない事を確認すると、気分よく梯子を登って高台に寝転がる。今日もまた有意義な時間が過ごせる。

そう思ったのはほんの3分間。

奴は普通にまた登ってきたのだ。

 

その翌々日も、翌々々日も。

彼は私の3分後に必ず出没するようになった。どの時間帯であろうとも必ずだ。まるで始めから自分がいては、私が嫌がって高台に登らないことを読んでいるように。そして必ず梯子前を占領し、簡単には帰れないようにする。

 

ハッキリ言って、ただのストーカーの変態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「名前は?」

 

「ん?」

 

 

しかしふと何を思ったのか、私は奴の素性が気になり、質問。

 

 

「名前だよ名前。あとクラス」

 

「今迄ずっと無視してたのに、急に気になったんだぁ。もしかして惚れた?」

 

 

うぜぇ。

 

 

「勘解由小路天竜。3年生。クラス3組だよ」

 

「んん?」

 

 

何やら落語家のような苗字だったが、よく聞き取れなかった。聞き取れたのは下の名前のみ。聞き直すのも癪なので、下の名前だけ覚えておく事に。てか、

 

 

「同い年かよ!」

 

 

幼い見た目なので、年下かと思った。

 

 

「そうっすよ〜龍宮さん♪」

 

「!」

 

 

こいつとの面識は無かったが、奴は私を知っているらしい。流石はストーカーというわけか。

 

 

「いつだよ。いつ私を知ったんだ?」

 

「今」

 

「は?」

 

「龍宮聖華、18歳。3年1組。19●●年3月3日生まれ。住所は...」

 

 

天竜は何やら手帳のようなものを見ながら読み上げるが。

 

 

「ちょっ...それ私のじゃんか!!」

 

 

天竜の持っていたのは私の生徒手帳だった。出席確認等に必要不可欠な為に私のような不良ですら常時携帯していたもの。煙草入れていた左の内ポケットとは逆の右の内ポケットに入れていた手帳。

またスられた!こいつはいつ、私の制服の懐に手を突っ込んだんだ?

 

 

「この変態!!」

 

「すみません。龍宮さん」

 

「!?」

 

 

急なマジトーン。それに合わせて表情も真面目なものとなる。

 

 

「ブラのサイズが合ってないですよ。1カップ落として、ちゃんとCカップ用のものを付けなければ型崩れしてしまいますよ?」

 

「死ね!!」

 

 

右のストレートをぶつけようとするも、又もや彼に避けられる。

 

 

「一発ぐらい殴らせろ!」

 

「嫌っすよ〜。龍宮さんのパンチ痛そうだし〜パンツは水色だし〜」

 

 

今度は回し蹴り。しかしまた避けられる。

こいつはぬらりひょんか!

しかもその際に舞い上がったスカートの中身を間近に覗き込まれ。ニヤリと笑う奴の表情が余計に癇に障った。

 

 

本当に気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の放課後。額に絆創膏を貼った私は部活場所である剣道場に来ていた。

この学校の、「帰宅部0」とかいう方針により、全生徒は何かしらの部活動に所属しなければならないというおかしな制度があった。不良生徒すら入部を強制されるわけだが、活動意欲の無い生徒は最低月3回の出席のみで構わないという、これまた謎制度があるのだ。戦前じゃあるまいし、だいぶ狂っていた学校だったと思う。とはいえそういう事もあって、私もその3回のノルマのみで済ます状況に甘んじていた。

入部先は女子剣道部。

別に剣道に興味があったわけではない。むしろ嫌いだ。中学2年生の頃からずっと。

 

体力にはわりと自身があったものの、「チームの力を合わせてガンバル」とかいうおチャラけた環境が合わず、他のスポーツには昔から馴染まなかったのだ。その点剣道は個人競技。適当に棒振って勝ったり負けたりしとけばいい、非常に楽な競技だ。

団体戦があると聞かされた時は絶望したものだが...

 

 

「今日は男子剣道部のエースが視察も兼ねて合同練習に来る!お前ぇら、男子が来るからって浮かれるんじゃねぇぞ!!」

 

 

ゴリラのような体格をした顧問の剣道部教師、大村大三郎【おおむらだいさぶろう】からそう告げられる。男子剣道部。弱い女子剣道部とは違い、一昨年から急に強豪校となり、大会にて連覇を続けているのだとか。噂によれば、1人の天才剣士の入部がキッカケなんて言われているが、定かではない。とはいえ、そんな強豪男子剣道部エースともなれば、どんなゴリラが出て来ることやら...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、男子剣道部で大将を任させてもらってる、3年の勘解由小路でーす」

 

 

一般的に武道系の部活といえば、ハキハキした挨拶が特徴のようなものだが、やって来たこいつは嫌にヘラヘラしたヒョロヒョロの子男だった。

 

てか、コイツかよ!!?

 

 

「まぁ、部の方針で仕方なく来たんすけど、来たからには女子剣道部をじっくりと見せて頂くんで、本日はどうもよろしくお願いしま〜す」

 

 

軽い挨拶を済ます。

ここで初めて気付いたが、一応”男子”剣道部なんだな。中性的すぎて性別なんて無いかと思っていた。

 

 

「やだ、どんなゴリラが来ると思ったら、超イケメン!超タイプ!」

 

「あれはイケメンというより美少年って感じね!」

 

「キャッ!目が合っちゃった!」

 

「落ち着いてて格好いい!まさに平成の侍ね!」

 

「後で電話番号聞かなきゃ!」

 

 

普段道場に籠って異性との交流が少なく、耐性のない女子部員達が黄色い声で騒ぎ出す。私からしたら、女々しいだけだし、弱そうだし、あまり好みの異性とは言えない。それに、あの屋上でのこいつの気持ちの悪い態様を知らないから、こう騒げるのだ。

 

 

「うっ...」

 

 

私が野獣の眼光で睨み付けているのに気付き、気不味くなったのか目を晒す天竜。それは女子達は「照れちゃってる可愛い〜!」などと騒ぎ立てる。

おいおい、完全に年下扱いだが、コイツはお前らの同年代か年上ぐらいなんだぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで奇妙な合同練習がスタート。道具の手入れ、準備運動、筋トレ、素振りの練習などが行われ、普段の女子の練習に天竜が混ざる形になっている。隣り合った女子、準備運動でペアを組んだ女子などが、皆、恥ずかしそうに顔を紅潮させながらそれを行っている。おいおい、普段の男勝りのだらしない感じは何処へ消えた乙女モード共。

 

そんな私は出席日数の為だけに来ていたので、道着だけ着て壁際でサボタージュに勤しんでいる。正直帰りたかったが、天竜が何を仕出かすかも分からなかったので、結局気になって帰れずにいる。

 

 

「本日は一本試合を行う。誰でも好きな奴から、この勘解にょきょうじに向かって一本を取れ!」

 

 

名前を噛んだのか、純粋に間違えたのか、きちんと紹介されない天竜。

 

 

「え、僕の交代って無いんすか?」

 

「相手は女子だろ!30人くらいちゃちゃっとやれ!」

 

「うへー」

 

 

ざまぁみろ!うちの女子部員は本番に弱くて大会を勝ち残れないだけで中々の強者揃い。今日はボロボロになって死ぬまで残されるといい。クククククククク...

 

 

壁際で邪悪に笑う不良部員に女子部員がどよめき始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「め〜ん!」

 

「はい、小手」

 

「やん♡やられちゃった♡」

 

 

私の予想は大いに外れた。女子部員の大半がお遊びで試合を受けており、天竜とのイチャイチャ試合の方を楽しんでしまっている。顧問の教師大三郎も、女子部員の練度の向上を目的とすると言いつつ、単なる女子部員への息抜きの為のご褒美としてイケメンを連れて来ただけならしく、全く注意する様子もない。

てか、普通にいい先生だなこの人!?

 

 

そんな中

 

 

「うちはお前みたいな女々しい男嫌いや。虫みたく潰したるわ!」

 

 

女子剣道部副将、山大大海【やまだいおおみ】が出てきた。名が体を表したような体格の彼女。山や海のように巨大な彼女は、女子剣道界でも怪物として知られている。去年の大会で、ちょちょいと一本を取ってきた試合相手にブチ切れ、片手で投げ飛ばして重傷を負わせ失格になった事件はあまりにも有名だ。

 

 

「ぶお"お"お"お"お"お"お"お"ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

とても女子とは思えない咆哮。

 

 

「め"え"え"え"ぇぇぇぇぇんんん!!!」

 

 

隕石のような上段面打ち。これは常人では到底受け切れない威力。さぁ、初めての敗北を味わえ、なんとか天竜!

 

 

「ひょい」

 

「何っ!?」

 

 

アッサリと避けられた。いや、避けたというよりはさばいたように自然な流れだった。

 

 

「こなくそ!!」

 

「ひょい」

 

「ぶるあああああ!!」

 

「ひょひょい」

 

「死ね”!!」

 

「さら〜ん」

 

 

攻撃が一つも当たらない。流石の大海もスタミナ切れで限界近い。

 

 

「ちょろちょろと!!!」

 

 

足を真一文字に斬ろうとする。もうほとんど反則だが、天竜は問題なく飛び上がり、

 

 

「広東麺!!」

 

 

謎の必殺技でとどめを刺した。面打ちを食らった大海はあまりの衝撃にクラクラと揺れた後、象のようにその場に倒れる。

と思いきや。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

倒れる直前に天竜が彼女を支えたので、彼女は倒れて頭を打たずに済んだのだ。

てか、あの巨体をどうやって支えてるんだ?

 

 

「キュン!」

 

 

大海まで乙女モードになりやがった。

相手が強けりゃ誰でもいいんかアンタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう見てらんない。私が出る」

 

 

壁際でサボっていた私が我慢出来ずに出てきた。すると女子部員らが急に驚愕し、近寄ってくる。

 

 

「駄目ですよ"大将"!怪我しちゃいます!」

 

「大将?」

 

 

天竜の問いかけに私は防具を装着しながら答える。

 

 

「ストーカーのお前でも知らなかったか。そうだよ。この女子剣道部の大将は私さ。サボり魔だから、部長とかの面倒な業務こそ他の子に任せてるけどね」

 

 

一通りの防具を付け終わり、最後に面をかぶる。

 

 

「うちの剣道部は弱小さ。ろくに試合にも勝てない他部員に、強いけどキレたら何も判断ができなくなる馬鹿な副将が1人。そして、活動に不真面目な大将の私。上位になんか到底上がれないから、私達は常に無名さ」

 

 

そして、かの自称天才剣士の前に私は立つ。

 

 

「始め!!」

 

 

大三郎の号令によって試合が開始される。

 

 

 

 

 

それと同時に私は動く。狙うは中段からの面。大方の予想通り、天竜は私の動きを見てから行動を起こす。私の面打ちを流れるように竹刀で受け流し、開いた胴に叩き込む動き。寸分の無駄のない風のような流し。だが、それも予想通りだ。

 

 

「!?」

 

 

天竜は予想していなかった。簡単に流せると思われていた龍宮の面打ちは想像以上に重く、鋭い剛の剣。流すどころか受けるのだけで精一杯の状況。

 

 

「そら、空いたぞ」

 

 

逆に胴がガラ空きになったのは天竜。私は竹刀を持つ腕を捻り、瞬時に面から胴へ攻撃の対象を変える。横の一閃。

天竜は崩れた体勢を直ぐ様切り替え、続いて中段を守ろうとするも、来るのはまた剛の剣。急場しのぎで受けた竹刀は天竜にそれごと衝撃を与え、一本にこそならずとも、胴への重い一撃を加える。

 

 

「ぐっ...!?」

 

 

流石にまずいと思ったか、彼は一旦距離を置いた。

 

 

「...ふぅー、予想の何倍も強いね。流石は大将だけある。怪我するのって僕の方なわけね。さっきの副将さん並の剣の重さに加えて速さまで兼ね備えてる。男子にもこんな選手は多くないよ。何でそれで試合に勝てないの?」

 

 

もっともらしいことを言う。だが、誰もが疑問に思うことだろう。

 

 

「簡単な話さ。基本的に剣道の試合は団体戦。先に3点先取した方が勝ち。うちの剣道部は弱いから、前哨戦だけで負けちゃうのさ。たまに捨て大将作戦で私が中堅を務めることもあったけど、主力が私と山大さんだけじゃちょっとね」

 

「でも、君だけは一度も勝負で負けた事が無い。そんな感じかな?」

 

 

見透かしたように言う。だから私はお前のそんな所が気に食わない。

 

 

「あんたの基本は返し技。相手の動きを見て、後から行動し、相手の力を利用してカウンターを決める。正直、なんであんたが大将か疑問に思うよ。男子は皆そんなつまんない絡繰に引っ掛かっちゃうのかね」

 

「そりゃどうも、とはいえあんたも大分いい加減な実力だ。技なんてものはない。ただ、

『極限まで重く』

『極限まで速い』

それだけ。でもシンプルだからこそ、誰も対応できない。ある意味、僕にとっては”理想の剣士”さ」

 

 

天竜がまた別の構えを見せる。上段でも中段でも下段でもない。...これは「突き」か?

まるで時代劇の真似事のようだ。新撰組関連の作品で似た構えを見た気がする。あれは確か「天然理心流」だったか。

 

 

「僕はむしろ弱いからさ」

 

「?」

 

「特別強く竹刀を打てる筋力もなければ、速く避けられる俊敏さもない。実力で劣っているからこその返し技。この突きだって覚えたけど、学生剣道じゃ禁則事項で縛られ過ぎてて、公式戦でもたまにしか使わないんだけど...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで奴の雰囲気が変わる。今迄のチャラけたものとは大きく違う。生気が、熱が一切伝わって来ない。極限まで冷え切った覇気。面の中の表情すら読み取れない。深くまで覗き込むと、そのまま食い殺されてしまうような。そんなイメージが浮かぶ。

一見すると、お遊びのような構えが、様になり過ぎている。隙が全く存在しない。本物の剣士の、侍のような構え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

創作における「殺気」を実際に体現するならば、このようなものの事を言うのか。もう、奴をそれまでの実力と変わらないと判断するのは危険。そう、心の中で誰かが言っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ぼろ...こうりゅう.....文月!」

 

「っ...!?」

 

 

ボソリと呟いた奴がついに動いた。返し技を主体とする奴が自ら攻撃に出たのだ。

 

 

「くっ!!」

 

 

すかさず私も動く。相手の狙いは胴か喉への打突。攻撃の中で最も速く遠距離から発せられる技。

 

 

しかし奴の突きの技は予想の何倍も遅かった、出遅れたと思われたが、私には充分対象できる余裕があった。簡単だ。突いてくる竹刀を払い除け、思い切り面打ちを食らわせてやればいい。

まずは奴の竹刀を払い除け...

 

 

 

 

 

除け...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ...一本!!」

 

 

勝負は決まった。

 

 

「大丈夫っ!?頭打ったみたいだったけど!?」

 

「っ...」

 

 

私は壁際に凭れ掛かるように倒れていた。一瞬だけだが脳震盪を起こしていたらしい。喉元に激痛が走る。私は結局、喉への打突で負けたのか。

 

 

「ごめん!加減知らずに思いっきりやっちゃって!...龍宮さん強いから、きっと大丈夫だと思っちゃって...」

 

「今のは...」

 

 

ふと、ビリビリと痺れるように握ったまま、離せずにいる自分の竹刀を見てみる。そこで私は驚愕したのだ。竹刀の中央からやや下。中結と鍔の中間。丁度奴の突きを弾こうとした際に接触した点だ。

そこがひび割れているのだ。

ただ、割れているのではない。例えるならそう、途轍もなく太いドリルで抉られたような。...そう、ドリルだ。

 

 

奴の突きはただの真っ直ぐに見えて、微量に回転が加えられていた。まるで、始めから私の竹刀の破壊を目的としていたように。

 

 

いや、違う。奴は返し技の剣士。始めから私があれを弾きに来る事は分かっていたのだ。あの位置に竹刀が来る事も。だから壊しに来た。竹刀を抉り、敵の得物を無力化し、そのまま一直線に喉を狙って来た。本気で仕留めに...殺しに来るかのように。

 

 

 

 

 

 

身震いする。

山大や私のようにただ強いだとかとはわけが違う。殺しの剣だ。こんな高校生のお遊びの剣道で本気で私を殺しに来た。私が生きてるのは防具のお陰?運が良かったから?それとも手加減されていた?そんなものは分からない。考えれば考える程、闇に呑み込まれてしまうような、そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「いい勝負をありがとう。龍宮聖華さん」

 

「...」

 

 

差し伸べられた手を私は無言で受け取った。天使のような悪魔のような。とても普通の人間の雰囲気は感じられない存在。

勘解由小路天竜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男が今後、私の人生を大きく変える存在になる事を、今の私はまだ知らない。

 

 

 




天竜の元同級生、龍宮聖華の話でした。
彼女と天竜の秘密については2話で分かります。

※以前書いた過去編について、大分昔に書いたので、変わってしまっている設定もあったりするので、近々軽く訂正しようと思ってます。矛盾点も多いですしね。

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