天翔ける龍の伝記   作:瀧龍騎

119 / 124
前回からのカンフー少女の話が長引いたので後編にしちゃいました。インドのわがまま娘の話はまた次回に引き伸ばしです。


第九十八話 功夫少女(後編)

『戚継光』明帝国武将。16世紀、中国沿岸で密貿易を行っていた倭寇によって明軍が総崩れになっていた所、戚家軍と呼ばれる水軍を指揮し、倭寇の討伐を行っていた。大規模な万里の長城の補強工事の際にも、彼の名前はあがっている。

しかし、彼が水軍として活躍したのは16世紀中期のこと。(恐らく)16世紀後期である現在は、北方指揮官として陸にいるはずだ。彼もまた、歪んだ歴史が産んだ結果なのだろうか。

 

 

 

 

「へ〜〜」

 

 

 

 

百科事典を読みながら、良晴は余裕な態度を見せる。

 

 

「もう良いかね」

 

「あぁOKOK!いやぁ、日本史の戦国時代じゃ、中国関係の話はほとんど触れられてないから、全然分からんかったのよう。でも、これでスッキリした!」

 

「ふん。余裕といった表情であるな」

 

「あぁ、俺はあんたより強いよ」

 

「慢心もいいところだな。それこそが命取りとなろうぞ?」

 

「慢心じゃねぇよ。俺はあんた程度に負けてやる余裕がねぇのさ」

 

「なに?」

 

「俺の宿敵はただ1人。その宣言をさっき奴にしちまってな。俺は奴を倒さなけれならない。それまでは絶対に負けてられねぇ!奴より下の連中には特にな!!」

 

「奴とは.....先程貴君といた男のことかね」

 

「あぁ」

 

「.....ぷっ」

 

 

継光は吹き出す。

 

 

「あっはっはっはっはははははははは!!!

貴君の目は節穴なのかね!彼は貴君の目の前で死んだではないか!スーに頭を碎かれ、無様に脳髄の肉片をバラ撒きながら!貴君の目標はあの死骸のことかね!そうか!そうか!あっはっはっはっはははははははは!!!!」

 

「精々笑ってろよ」

 

「はははは.....あぁ?」

 

「奴が頭を碎かれくらいで死ぬかよ。気を付けろよ戚継光。早く対処しないと、砕き殺した化物が蘇るぞ?」

 

「なにを言って.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くひゃっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっ.....!!!!????」

 

 

首の後ろに気配を感じ、慌てて継光が振り返る。だがそこには誰もいない。ただ振り返った方向から、スーがいた方向からとてつもなく膨大かつ、邪悪な気が痛い程伝わってくる。

 

 

「いっ、一体.....」

 

「うわぁ、でたよあいつのデビルオーラ。霊力駄々漏れじゃん。ここまでビリビリ伝わってくるな。こりゃ、わざとやってんな?」

 

「まっ、まさか本当に.....」

 

 

砕き殺した化物が蘇る。

 

 

「良かろう」

 

 

継光は持っていた銛のような形の槍をその場に捨てる。そして、腰に差していた日本刀によく似た細い刀を抜く。

 

 

「日本刀?」

 

「これは『倭刀』だよ。先代宋の時代にこの日ノ本より伝わった刀を我らなりに量産してみせたものよう。如何せん、貴君の国の刀にはよく劣るが、それでもこれは、"剣より長く、槍は柄ごと斬り裂く"。

貴君の話が真であるならば、スーでは敵うまい。早くに某が救援行ってやらねば彼女が死ぬ。だが、その前に貴君を早急に討たねばならぬ。なれば、某の『竜行剣』を喰らうが良い!!」

 

「へっ、それは楽しみだぜ!」

 

 

良晴もまた刀を構え、向かい打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!!はぁ!!はぁ!!はぁ!.....」

 

 

武闘家スー・チュンツァイは激しい息切れをしていた。明らかに彼女の方が推しているというのに。

 

 

「どうしたチャイナガール。それで終わりか?」

 

「省省吧(黙れ)!!」

 

 

スーの上段回し蹴りが天龍の顎部を貫く。

 

 

「発勁!!」

 

 

その瞬間、天龍の顎部が爆発したように破裂し、肉片を飛び散らせる。

 

 

「くひゃっびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!」

 

 

下顎のない状態でゲラゲラと高笑う。

 

 

「おのれぇ!!」

 

「ぐびゃっ!」

 

 

天龍が拳を突く。

 

 

「発勁!」

 

 

天龍の右腕を捻るように押し出し、そのまま橈骨、尺骨、上腕骨を砕き、筋肉から飛び出させる

 

 

「ぐびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!」

 

 

痛みを感じていないのか天龍は笑い続ける。

 

 

「くっ.....!」

 

 

スーは焦っていた。彼女は天才格闘家だ。特に勁の武術については、様々なもの種類の勁をマスターしている程の強豪。

 

翻浪勁、螺旋勁、纏絲勁、轆轤勁、沈墜勁、十字勁、掤勁、整勁、内勁、外勁、翻浪勁、螺旋勁、纏絲勁、抽絲勁、寸勁、分勁、零勁、暗勁、分勁、.....浸透勁。

 

覚えている全ての勁を天龍に叩き込んだ。だが、この男が倒れる様子は全くない。

 

 

 

「もう終わりか?」

 

 

気付けば、天龍は元の姿に戻っていた。これだ。まるで蜥蜴の尻尾が生え変わる様子を高速で見たかのような。どれだけ、肉体を抉ろうと、次々に再生する不死身の肉体。全くもって弱点が読めない化物。

 

 

「しっ、心臓なら.....」

 

 

掌で打つ勁では、与えられる衝撃は分散する。相手の再生回数に限界があるのであれば、破壊すればする程敵が弱体化するのであれば、それでも良いだろう。だが、相手は無限の肉体を持つ、不死の大妖。脳で駄目であったのなら心臓を破壊する。それで駄目なのなら、もうこの男の討伐は不可能なのだろう。

 

 

「次で決めよう.....」

 

 

スー・チュンツァイは構える。自身の最も得意とする、浸透勁の構えにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「某と来るか?」

 

 

10年前、泥だらけの少女スーは戚継光に拾われた。

 

 

 

 

 

明国。もとい中国は昔から栄えるのは都心部のみであり、地方は貧しい寂れた村が多かった。スーはその中でも特に貧困層の生まれであり、わずか4歳で親に奴隷として売られた経歴を持つ。富裕層の男に性処理道具として、玩具として、遊ばれ続けていた。

8歳の冬、寝ている奴隷主を殺害。

路頭に迷っていた所、とある暗殺教団に拾われる。そこでの7年間、様々な暗殺術を手に入れ、勁の術をマスターした。

15歳、暗殺者として政府に忍び込む。反政府側の依頼にて、とある人物を暗殺する為に。

 

 

標的は、戚継光。

 

 

 

 

結果は失敗。女の武器を使い、ベットの上で暗殺する。暗殺道具は必要ない。拳さえあれば、誰でも殺せた。

だが失敗した。武人継光の超人的直感の前に、暗殺前に正体を見破られる。衛兵に追われ、命からがら逃げ出し、暗殺教団まで戻る。しかし、待っていたのは教団からの刺客。暗殺に失敗した彼女は、もう教団からも用済みとされていた。

刺客からも逃げ延び、撃退し、泥を被り、全身傷だらけで、山中で遭難。

 

死を待つだけだった。

このまま失血死するか、餓死するか、それとも野犬やら猛獣やらに喰われるか、スーは諦めかけていた。元々呪われた人生だった。どうせならさっさと終わってほしい。痛みはできるだけ少ない方が助かる。このまま眠れば、安らかに死ねるかな.....

 

 

 

 

 

「某と来るか?」

 

 

 

 

 

掠れゆく意識の中で言われた。これが仏とやらか?儒教も仏教も信じていないが、暗殺者である私でも極楽に連れて行ってくれるのなら、何処へでも.....

 

 

「つれ..........連れて.....行って」

 

「うむ」

 

 

 

 

気付けば保護され、養われていた。

戚継光に。

不思議な関係だった。いや、自分で連れて行ってくれと頼んだものの、まさか暗殺対象に助けられるなんて。

 

 

「私はお前を殺そうとしたんだ。その私を助けようだなんて、何を考えている?馬鹿なのか?」

 

「そうだろうなぁ。馬鹿なのかもなぁ」

 

「む?」

 

「某は思うのだ。貴君のような幼子が、暗殺などに携わるなど。某には見過ごせぬのだ」

 

「幼子.....私は15だぞ」

 

「某には幼子だ」

 

「それに、私は殺ししかない。8で初めて殺して、今まで何人も殺してきた。教団で友達になった子達もみんな殺した!殺さないと私が生きていけないから!お世話役になってくれたオジさんも殺した!みんな殺した!」

 

「ふむ。それが貴君であるのなら、しょうがあるまい。貴君はずっとそのままでいるがいい。それが貴君の生き様というのならな!」

 

「は?」

 

「なれば、今度は某の為に殺してくれ!」

 

「お前の依頼を受ければいいのか?」

 

「違う。某のものになってくれ!某の剣に!盾に!暗器になってほしいのだ!」

 

「............」

 

 

 

 

 

 

 

返事はしなかった。だが、そのまま継光のものになっていた。今度は政府の暗殺者として、反政府側の要人を暗殺した。立場が逆になっただけで、やってる事は昔と変わらなかったが、不思議なものか、以前とは違う感じだった。生きる為、殺されない為の暗殺じゃなくて.....

 

あの人の為にやれるのが嬉しかった。

やり遂げて帰って、褒められるのが嬉しかった。

 

 

 

 

「ひのもと?.....島国の倭人の国の事か?」

 

「そのような言い方をするでない!

上の連中も皆、あの国を弱小国家と過小評価しているが、そうは思わん。西洋の技術を文化を積極的に取り入れ、それまでとは比べならぬ程の成長を遂げている。

特にトヨトミとかいう男が凄い。極々短時間にてあの国家を纏め上げ、琉球までもぎ取りおった。感服感服」

 

「はいはい、親日親日.....でもそんな大好きな国を攻めても大丈夫なのか?」

 

「構わん!憧れているからこそ、死闘を繰り広げられるのが楽しみで仕方が無い」

 

「ふ〜ん。でも、日ノ本というのも無能なのだな。本土と目と鼻の先の対馬の警備を薄くするなんてな」

 

「いや、恐らく罠だろ」

 

「えっ!?」

 

「かなり自然な形ではあるが、あれは罠だ。我ら戚家軍を囲い込み、殲滅する魂胆であろうな」

 

「はぁ!?それに気付いてるなら、さっさと上層部に掛け合ってこの侵略作戦をやめさせないと!」

 

「言ったさ。だが無理だった。仮に罠だった所で弱小の倭人に勝つのは楽だとさ」

 

 

私は知っている。強過ぎる継光は上層部から嫌われている。北京の連中からはさっさと戦死してほしいとか言われてる。多分、罠って知っていてわざと出撃させたのだ。厄介払いにする為に。

 

 

「それでもだ。かのトヨトミと争う機会あるのならば、罠と知っていても突撃したいものだ!」

 

 

呆れた。

 

 

「じゃあ、私が殺すよ」

 

「む?」

 

「奴の前に立つ兵は皆、殺してやる。トヨトミまでの道を作ってやる。だからトヨトミはお前が殺せ」

 

 

スーはわりと野蛮な台詞を笑顔で宣言する。

 

 

「ふふっ、有難うなスー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくぞっニッポンジン!」

 

「くひゃひゃっ!!」

 

 

面ではない。面ではなく、点。点で撃つ!

 

 

「烈!!」

 

 

右手を剣のように鋭く伸ばし、一直線に刺す。

 

 

「ふふっ」

 

 

天龍もまた、左掌を出すが。

 

 

「鋼!!」

 

 

スーの手は天龍の掌を貫く。砕くわけでも、壊すわけでも、破るわけでもない。貫く。針のように貫く。鋭く。尖く。美しく貫く。

 

 

「なっ!?」

 

 

スーの手はただただ一直線に跳ぶ。狙うは左胸。心臓。

 

 

「弾!!」

 

 

発勁。

 

 

「うぐっ!!?」

 

 

衝撃は点から線となって貫かれる。ただ一つ。ただ一つの心臓を貫く為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ない。

 

 

 

心臓がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「琉....」

 

 

天龍の右足から衝撃波が周囲に伝わり、地面が割れる。

 

 

「勁.....」

 

「あっ」

 

 

天龍の右掌はスーの腹部に添えられていて。

 

 

 

 

「梵!」

 

 

 

 

ズドンッ。

文字で表すならこんな衝撃。

弾丸。ショットガン。徹甲弾。

 

 

 

 

「ぐっ............げぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

あまりの威力に身体が麻痺したのか、そこまでの痛みは感じなかった。だが嘔吐した。胃の中の内容物が全部出た。少しだが、吐血もする。

 

スーの浸透勁を利用したカウンターの勁。全力でやれば、きっと殺していた。だが、直前に足へと勁を半分以上流した為に、そこまでの殺傷力はなかった。

 

 

「なっ.....何故だ..........何故足に.....勁を流した」

 

「言ったはずだ。俺はお前を殺すのではない。お前は俺のものにするからな」

 

 

似たような台詞を、昔言われたな。

 

 

「くそっ..........くそっ!.....くそっ!」

 

 

もう、嫌になる。"心臓が存在しない"奴なんて、どう倒す?そもそも倒すというような概念がそもそも奴にはあるのか?

 

 

「あ.....悪魔か」

 

 

悪魔ならしょうがないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では次は俺の番だ」

 

「何っ!?」

 

 

地面に吸い込まれる。いや、地面じゃない。影に吸い込まれる。奴の影に。影に喰われる。

 

 

「くそっ!!」

 

 

影が形になる。どう言葉にすればいいか分からない。影から出てきた"腕"がスーの両腕を掴み、拘束する。四肢が全て不自由になる。

 

 

「どうな気持ちだスー・チュンツァイ」

 

「つっ!?」

 

 

気付けば、真後ろの影の中から天龍が出現する。そして、胸と股間を鷲掴みにされる。

 

 

「うぅっ.....」

 

「どう思うのだスー・チュンツァイ。これから喰われる側の気持ちは?」

 

「おのれっ!!」

 

「くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

 

もう、抵抗すらできない。

 

 

 

「這是怎麼回事了!! 謙虛的人!!!

(クタバレ下衆野郎)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばかな..........莫迦な!!!」

 

 

半分折れ、ボロボロに刃こぼれした倭刀を構え、それ以上に全身が傷付いている継光がいた。

 

 

「貴君.....ひょっとしてトヨトミか?」

 

「んまぁ、一応豊臣秀吉って名乗ってた事はあるな」

 

「やはり貴君が!」

 

「でもあんたの言うトヨトミって多分あいつの事だろうな」

 

「あいつ!?」

 

 

先程スーに殺された(?)男の事か。

いや、それよりもこっちの男が先決だ。

こいつは.....

 

 

「もういっちょ行くよ?」

 

 

すぐ真横で声がする。振り向く前にその斬撃は来た。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

刃に峰があり、峰に刃のある特殊な刀を使っているので、斬られたというよりも打たれたという方が近いだろう。

 

 

「ひゃ〜。オッサンタフだな。大抵の奴なら一発でノビちまうのにさ。やっぱり人外の類いだったりすんの?」

 

「貴君の問いに答える義務はない!」

 

「そっか。じゃあ、俺もそろそろ終わらせるか。あっちは終わったようだしな」

 

「.....何!?」

 

「があああああああァァァァァ!!!」

 

「つっ.....!?」

 

 

良晴が正体を現す。

 

 

「狼の.....化物」

 

『あの世の入り口を見せてやろう人間』

 

「くっ!!」

 

 

実力が大きく開いた瞬間でもあった。元々不思議な力により、常人ならざる能力を得ていた継光であったが、大妖ウェアウルフにとってはそんなもの、毛が生えた程度の力の上昇。本物の進化には到底及ばない。

 

 

「あ~あ。ええかっこしいねぇ」

 

「つっ!?」

 

 

気配の全くしなかった方向から声がする。そこには一仕事終えて一服する日本人がいた。

 

 

「はじめまして戚継光。俺の名前は勘解由小路天龍。お前さんが探していたトヨトミだよ」

 

「きっ.....貴君が」

 

 

天龍は仄かに笑みを浮かべる。その視線は余裕に満ち満ちていた。

 

 

『おい天龍!これは俺様の獲物だ!!』

 

「変身すれば理性が吹っ飛ぶのは相変わらずだな。駄目だよ。今のお前では、勢いで殺しかねん。この男にはまだまだ利用価値があるんでな。こちらで始末をつける」

 

『巫山戯んな!今すぐ貴様から喰い殺してくれる!!』

 

 

雄叫びをあげながら良晴狼が超スピードで突っ込む。しかし。

 

 

 

 

『なっ.....!?』

 

 

ひらりと躱され、延髄への裏拳。相手が一般人なら、その一撃で首が千切れるだろう。

 

 

「いくら俺以上の超スピードを持っていようとも、工夫も応用もなしに突っ込んでは、避けられん方がおかしいというものだ」

 

「く.....そぉ.....」

 

 

良晴の変身が解ける。

 

 

「まだまだ改善点大ありですね。まっ、精々修行を"頑張れよ"(笑)」

 

「くっ.....超ムカつくなその言い方」

 

「ふんっ」

 

 

弟とのじゃれ合いを終え、継光へと向き直る。

 

 

「貴君が.....トヨトミ」

 

「降れ」

 

「な.....に?」

 

「貴様らとの勝負は決した。これ以上の戦闘は無意味であろう。投降しろ戚継光」

 

「ふっ、莫迦な事を.....」

 

「む?」

 

「それを決めるのは我々ではなく、上の人間。軍人に過ぎぬ我々は上の人間の剣として死ぬまで戦わねばならぬのだ。某はここで死ぬが、それは貴君らも同じこと」

 

「なんだと?」

 

 

その時だ。海岸線より巨大な砲筒の弾丸が陸地へと発射される。それは天龍らを狙ったものではあるが、同時に戚家軍の兵達も同じ様に巻き込む。

 

 

「どうやら上に見捨てられたようだ。船には監視役として上官様も乗船されていてな。その御方の命により陸への艦砲射撃がなされたのだろう。もう貴君も某もここで終わりであろう」

 

「艦砲射撃.....」

 

 

天龍は海岸線に佇む数隻の軍船に視野を移す。

 

 

「残念だ。貴君との一騎打ちを望んでいたのだが、叶わず終いに至ってしまった。残念だ。非常に残念だ」

 

「ふん」

 

 

天龍は背に巨大な翼を広げ、空へ飛び上がる。

 

 

「邪魔をするな俗物」

 

 

掌を軍船に向ける。直後、掌より魔力の籠った波動がミサイルの如く発射され、軍船を真っ直ぐに捉える。それが直撃した瞬間、軍船は爆弾でも爆発したかのように炎上。そのまま沈没してしまう。その技は、良晴ら人狼も扱う『妖力波』によくよく似ていた。

 

 

「貴様らもだ。この俺を不快に思わせ、生きて出られると思うなよ?」

 

 

他の軍船も同じ様に波動を撃たれ、炎上。明の水軍はたった一人の宰相閣下によってほぼ壊滅状態となる。

そして、ある程度の軍船を破壊し終わった天龍は地面の方へと戻ってくる。

 

 

「一隻逃したが無駄だ。既に対馬近海は我が国の海軍で包囲している。最早駕籠の鳥だよ」

 

「...........」

 

「勧誘の続きだ。投降しろ戚継光。降参して俺のものとなれ」

 

「断る。恐らく今の一連で上官様は亡くなられただろう。なれば某も、それに殉じらねばならん。生きて本国へ戻った所で、某に生き場所は用意されておらぬだろう。ならば死ぬまで戦うのみ、折角邪魔が消えたのだ。それこそ一騎打ちにて死合ってみたいものよう」

 

「むぅ。ではこれでどうだ?」

 

 

天龍が右手で念力のようなものを発動させ、生き残った戚家軍の兵達を空中に浮かべた。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「兪大猷!劉 顕!」

 

 

『兪大猷』も『劉 顕』も継光の部下。歴戦を共に勝ち抜いてきた友だった。

 

 

「戦って下さい戚将軍!」

 

「我らのことなど気になさらず、倭人どもを倒して下され!!」

 

「ピーピーと五月蝿い連中だ」

 

 

天龍が掌に力を入れた所、数人の兵が爆発し、血肉をバラ撒く。

 

 

「なんということを!!.....おのれトヨトミめ!貴君だけは許しておけるものか!某が打倒してくれる!」

 

「やべ、かえって火付けちゃった。もう面倒臭いなぁ。軍人魂は俺にはさっぱり分からんよ」

 

 

天龍は困った表情で呆れる。

 

 

 

 

 

 

『それは駄目だ。私も許さない』

 

 

 

 

 

「.....何!?」

 

 

 

 

聞き覚えのある声がした。恐妻家であるがゆえに、他の女子との交流の一切を断たれた継光が娘の様に育て、実の子のように愛した少女の声。この場所に天龍が来た時点でその安否を諦めていた人物。

その少女は天龍の影より背後霊の如く参上する。

 

 

「すっ、スー!?」

 

 

スー・チュンツァイは確かにそこにいた。

 

 

「投降して継光。もう明の水軍は負けた。もう上の連中に媚びを売る必要はないんだよ」

 

「お前.....トヨトミに寝返ったのか」

 

「違う。新たな主人を見つけただけ」

 

「同じ事だ。呆れたよスー。お前も、所詮は強い者に惹かれるだけの哀れな存在だったのか」

 

「呆れてもいい。見下されても結構。でも継光は生きてほしい」

 

「終わりだよ。某とはお別れさ」

 

「なら私も終わる」

 

 

するとスーは懐から短剣を取り出し、胸に突き立てる。

 

 

「継光が死ぬなら私も死ぬ」

 

「何っ!?」

 

 

それは以前の彼女であるなら、想像もつかない行為であった。

 

 

「トヨトミ!スーに何をした!!」

 

「スー・チュンツァイは俺の眷属となった。俺の一部として従事し、俺の命令で死んでいく存在に」

 

「ではお前が!」

 

「俺が与えた命令は『戚継光を説得しろ』というもの。俺は眷属の感情までは操れぬからな。これはスーの意志によるものさ。随分と愛されているな。妬けてくるものよ」

 

「なんだと!?」

 

 

スーを拾い、助けたのは確かに某だった。だが彼女はそれに対して、何の恩も感じていなかったはず。某が一方的に娘のように愛しただけ。なのに何故.....

 

 

「そんなことはない継光。恩を感じなかったなんてあるはずがない」

 

「スー」

 

「私も、継光を父のように思っていた。親に捨てられた、愛されなかった私を唯一愛してくれた相手。それが貴方。私も継光を愛してる。だから死なないで継光。私をまた1人のしないでよ.....」

 

 

スーは涙ながらに訴える。こんな顔、今までに見たことがあっただろうか。ただの仕事のパートナーではない。二人の絆がここにはあった。

 

 

「.....分かった」

 

「ん?」

 

「投降する。だから兵達を解放してやってくれ」

 

 

その解答に天龍はニヤリと笑みを浮かべ、念力を使っていた掌を緩めると、兵達は途端に地面に降ろされ解放される。

 

 

「すまないスー。某のわがままでお前に辛い思いをさせた。許してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっくくくく.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

「あっはっはっはっはははははははははははは!!!!!本当に滑稽ね貴方は!!」

 

「スー.....なにを言って.....」

 

「よくやったぞスー」

 

「えぇ、新しき我が主様」

 

 

スーは天龍に頭を下げる。

 

 

「命令通りだ」

 

「昔から男を騙すのは得意なの。以前の失敗の汚名を返上できて気分がいいですよ」

 

「素晴らしい演技力だ。これは今後も使えるな」

 

「えぇ!正直、騙せるか不安でしたが、なんとかなりました!戚家軍の鬼将軍と言えども、衰えればただの雄。騙すのは容易です!」

 

 

天龍とスーはイエーイとハイタッチをする。

 

 

「スー.....嘘だろ?嘘だと言っておくれ。某を父のように思っているのでは.....」

 

「私の両親は私が13の時に殺したわ。殺されて当然よ。"私を捨てたんだから"。家族なんていらないわ。父なんて特にね。私に必要なのは私自身。私は主様で、主様は私。それ以外は何もいらない」

 

 

紅の瞳でスー・チュンツァイは言った。同じ色の瞳を持つ勘解由小路天龍に抱かれながら。

 

 

「そうか.....某が勝てぬわけだ」

 

 

トヨトミよ。貴君の強さはコレか。貴君に対峙した者は皆絶望を味わう。それに耐えられた者こそ、対等な立場で立ち向かえる。だが某は.....

 

 

「逆効果じゃないのか?」

 

 

良晴がそっと天龍に耳打ちする。

 

 

「投降させたいなら、騙したままの方が良かっただろ。なんでバラしたんだよ」

 

「甘いな。俺は別に同志を作りたいわけではない。欲しいのは従僕のみ。力の差を魅せる為にも、『上げて落として、そこから更に谷底に突き落とす』。それが効果的麺なのだよ。このような男の場合は特にな」

 

「う〜わ。下衆ぅい」

 

 

良晴は特に批判もなかった。そういうものなのだと、強引に思うようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の事、戚家軍は全員武装解除。捕虜として本土に連行すると思いきや、継光は明に返す事となった。いずれ明に攻め込む際のスパイとして.....

 

その際の人質として彼の息子を日本側が預かる事となった。この息子は妾の子供らしく、戚一族の中でも疎まれた存在の子だったが、今の消沈した継光には充分だろう。真逆に、継光の監視役としては蒲生氏郷が任命され、一緒に明へと渡って行った。氏郷なら、例えスパイとバレても敵を皆殺しにしながら堂々と帰国しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのか?」

 

「何が?」

 

 

残った軍船で明へと帰っていく戚家軍を、海岸より天龍とスーが見送っている。

 

 

「演技ってのは嘘で、ほとんどあれが本心なんだろ?一応俺もそれに合わせたが」

 

「いい。あぁでもしないと彼は、いつまでも軍人のままだから。人を全く疑わない優しい性格だからこそ、彼はそこが弱点。上官なんかの裏切りで死んでほしくない」

 

「そうか。全部終わったら、養子縁組でもするといい。血のつながりなど無くとも、絆だけでその者らは家族となれる。我々の国ではそれが強く保証されてるよ」

 

「...........検討してみる」

 

 

スーは軍船が見えなくなるまで地平線を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、天龍の懐にあった携帯電話が鳴る。

 

 

「はいはいもしもしもし♪

こちら対馬戦にて大戦果をあげた陸軍大将閣下天龍様の携帯電話でございますよ?」

 

【ハローマスター。ベルフェゴールです】

 

 

インド在住の大友宗麟からだ。

 

 

「おぉベルちゃんじゃねぇか。久しいな!」

 

【ついother day(先日)の事なのですが、ついに Heart's desire(念願)の大陸制覇がCompletion(完了)致しました】

 

 

インド帝国もとい、元ムガル帝国の新皇帝ジャハーンギールに、インド大陸の完全統一を命じていたのだ。それに伴い、日本からも支援や援軍を送り、その進軍を早めていたのだが、それがやっとの事で完了したのだ。

 

 

「そうかそうか!それは良かった!お前の説明下手も相変わらずで何より!」

 

【それでなのですが..... Imperial Majesty(皇帝陛下)様が.....】

 

「サリームがどうした?」

 

【マスターにmeet(会う)しに行くとsay(言う)して、ジャパン行きのship(船)に.....】

 

「は?」

 

【ストップしたのですが.....】

 

「ちょっと待て。それいつの話だ?」

 

【mobile phone(携帯電話)が通じず、contact(連絡)がlate(遅れる)ましたが、7日前です】

 

 

連絡できなかったのは、宗麟の電話を国際仕様に替え忘れていたからだ。特殊な個人サーバーを利用している為に、他国まで離れると電波が届かないのだ。

いや、待て。その電波が通じたという事は?

 

 

【もう長崎です】

 

「............やべ」

 

 

 

 

 

 

 

問題児来る。

 




対馬編終了です。
あまりに胸糞すぎる終わり方だと、また反感を買いそうなので、微妙に補完しました。でも、批判は覚悟しとります。
次回予告
天竺の問題児
〜天龍焦る〜

いつになったら予告通りになるのやら

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。