記憶は遡る
※既存のメイドに名前が付いています。純白。
◆
「えっ」
「いやっ、その……すみません、わがままを言ってしまいました。ヘロヘロさん、どうかゆっくり休んでくださいね。」
まさにヘロヘロがログアウトのボタンに触れようとしたとき、モモンガからその言葉が投げかけられた。
瞬間、ヘロヘロはなんとも言えない気持ちに襲われた。まるで夕方の公園で一人項垂れている子供を見つけてしまったような、雨に打たれる子犬を見つけてしまったような――悪く言えば面倒ごとを押し付けられたような状況。きっと見過ごせば後味が悪いことになるな、とは思う。
呼び止めた当のモモンガは笑顔のエモーションマークを出し、取り繕うように手を振っている。画面の向こうでは一体どんな顔をしているのか。
「……いいですけど、おれ多分寝落ちしちゃいますよー?」
「あはは、はい、おやすみなさい……って、え?」
コンソールを閉じてモモンガを見つめる。ぽかんとこちらを見返す骸骨が可笑しくて、思わず微笑んでしまう。
「途中で返事しなくなったら、寝てるって思ってくださいねー」
結局、面倒事の方を選んでしまった。ここのところ残業ばかりで、自宅に帰って眠るのも久しぶりだ。貴重な布団での睡眠を逃してしまうことになるだろう。それでも、モモンガのアバター越しでも分かる喜びようにそれも許してしまえる。
「本当ですか!よかった……!はは、俺一人で過ごすのも、ちょっと寂しくて。」
「ああ、そうですよね……今日は他に、誰かログインされましたか?」
「っ……あ、あんまり、皆都合が合わなくて」
モモンガの返答が詰まったのを聞いて、ヘロヘロは思わず顔を顰めてしまう。アバターに表情が現れないのが救いだろう。あまり良くない話題に触れてしまったようだ。
自分も多忙で、なかなかユグドラシルで遊ぶ時間がなく、ここのところは疎遠になっていた。ギルドに在籍はしていたものの、最後にログインしたのは随分と前だ。そう、少なくとも1年以上は経過しているかもしれない。その間ギルドで何があったか、ヘロヘロには知る由もない。
ヘロヘロはモモンガに悟られないよう、他プレイヤーからは不可視のコンソールを開いてギルドメンバーの一覧を開く。最後にログインしたメンバーから上から順に表示される仕様だ。
「……あ」
だが、そのリストを覗いて思わず絶句する。
「4人……」
41人。それだけの人数を揃え、異業種のみの稀有な集団でありながら強豪ギルドの名を馳せた時代の面影もない。自分とモモンガ以外の二人も、最終ログインはかなり昔のことだ。
空っぽのギルドメンバー一覧の上にあるのは『29位』の表示。かつての栄光から比べれば凋落と言えるかもしれない。しかし実質一人ぼっちのギルドが最終日とはいえ、この順位にいることの意味をヘロヘロは理解している。
いや、意味は分かれど、モモンガにここまでギルドを維持させてきた物は理解できない。一体何に突き動かされて、ここまで続けることが出来たのか。ヘロヘロは静かにコンソールを閉じた。
「……ギルド長」
「どうしました、ヘロヘロさん?」
「せっかくの最終日ですし、ナザリックの中でも見ていきましょうか。時間は限られてますから、9階層から10階層までですけど。」
「!……そう、ですね。うん、そうしましょう!」
名残惜しそうに立ち上がったモモンガはヘロヘロの方へ向き直る。先程の言葉通り、まだ他のギルドメンバーを待つつもりだったのだろうか。この残り30分の間に、もう何週間もログインしていないメンバーが来るとでも思っているのか。
急に広々とした円卓が、更に大きく空虚なものに感じられた。
「じゃ、いきましょうかー」
「はい、それでは……」
しかし立ち上がったモモンガが歩き出さずに、すぐに立ち止まる。
「モモンガさん?」
「ああ、いえ。これももう、懐かしいなぁって」
モモンガの目の前にあるのは、黄金に輝く物々しい錫杖。ギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。
「あー、なんだかこれもこうして見るのは久しぶりな気がします。」
「武器として使う機会はあまりなかったですからね。懐かしいなぁ……たっち・みーさんとか、奥さんと喧嘩してまでログインしてくれたっけ。」
「そうなんですか。ぷにっと萌えさんのおかげで、かなり効率よく集めらめた気がします。」
「そうそう、それでせっかく集めた資材を誰かが…るし★ふぁーさんだったかな、勝手に変な装備作るのに使って大ゲンカになったって…あれもあの時は怒ったけど、今じゃ懐かしいな。」
懐かしそうに呟くモモンガを見て、ヘロヘロもしばし憧憬にひたる。仲間たちと共通の目的に向かって未知の世界を駆け抜けたのは、今思えばとても充実した日々だった。きっと、ナザリック地下大墳墓を制圧した後より駆け出しの頃が一番楽しかったかもしれない。
しかし、スタッフがギルドの要でありながら、すっかり思い出の品となっていたことに驚かされる。
「そういえばモモンガさんって、これ、装備したことほとんどないんじゃないですか?」
ユグドラシルにおいてギルド武器はギルドの命そのものと言える。絶大な力を得る代わりに、破壊されればギルドが崩壊することとなるため、不用意に持ち出されることはまずない。
「そうですね、完成時にみんなで記念写真を撮った時以来ですかね。」
「……せっかくモモンガさんに合わせて作ってあるんですし、装備していきませんか?」
「えっ?……いえ、やっぱり皆さんで作ったものですから!オレが勝手に持っていくわけにはいきません。」
モモンガは大慌てで首を振る。嘘だ、と思う。きっとモモンガ自身、身につけてみたくて仕方なかったのかもしれない。
誰もがキャラメイクに気合を入れた、一癖も二癖もあるメンバーばかりだった――そうでもなければ、異業種など選ばないのだから。
そんなメンバーが自分の為に作った武器を装備したいと思わなかったはずがない。この拒否は、最後まで多数決によるギルドの意思を重んじたモモンガの誠実さ故だろう。
「こんなときまで遠慮しなくてもいいじゃないですか。みんなで作ったからこそ、最後くらい使った方がいいですよ。おれもちゃんと装備されてるところ見てみたいですし。」
ヘロヘロの言葉に促され、モモンガはじっとスタッフを見つめている。
「……メンバーみんなでモモンガさんに似合うように作ったんです。みんなもきっと、モモンガさんが装備した方が嬉しいですよー」
本当のところはどうかは分からない。けれど、アインズ・ウール・ゴウンをたった一人で、ここまで守り続けた男にはその権利があるのではないか。例え残された時間がわずか半刻の間だとしても。
「はは……実はオレも、折角最後なんだし、装備してもいいかなって。」
振り返り照れ臭そうに笑うモモンガを見てヘロヘロもまた微笑む。
「いいんですよー。さ、ここでそうびしていくかい?」
「一体いつの時代のネタですか。」
モモンガはゆっくりと手をスタッフへと差し伸べる。すると、ふわりと浮き上がったスタッフは吸い込まれるようにモモンガの右手に収まる。
突如、杖から禍々しい苦悶の顔を浮かべたオーラが浮かびあがる。赤いオーラはしばらくスタッフに纏わりつくと、まるで煙のように崩れて掻き消える。スタッフに付与された外装データのエフェクトのうちの一つだ。
「……作り込み、こだわりすぎ。」
二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが漏れ出す。こうして誰かと冗談を言って笑いあったのは一体いつぶりだろうか。
「折角だし、装備も最高装備に変えようかな。」
「おー、いいですねー。モモンガさんの魔王感がますます高まりますね。」
「ヘロヘロさんも装備、変えられたらよかったですね。」
「いーえー、スライム種はこのままが勝負服ですから。」
冗談を言い合いながらも、モモンガは次々と装備を変えていく。ローブから指輪まで、一つ一つが豪華な作りであり、そしてステータスも秀逸なものばかりだ。装備を終えると、そこには禍々しいオーラを纏った"死の支配者"がいた。
「どうでしょうか?似合います?」
モモンガが右掌をかざし何かを掴むように指を曲げると、その掌に不気味な紫の炎が燃え上がる。まるで火の玉を捕まえているようにも見え、その姿は人の魂を掴む死神そのものだ。
「うお……」
「?」
「かっこいいですよ、モモンガさん!すごく様になってますよ!本当に悪の大魔王って感じで!」
「本当ですか!ふふふ、こんなのとかどうでしょう!」
モモンガは次々とエフェクトが派手なスキルを使用してみせる。実際ステータスも上がっているのだが、何せ作り込んだ外装だ。強さよりもアバターの格好良さに「男心」が大はしゃぎしている。
「それじゃあ、準備は出来ましたね。どこにいきましょうか?9階のロイヤルスイートもいいですし、いっそ地上でモンスター狩りして、試し打ちでもします?」
「いえ、その時間はないかもですね……あ、それだったら、最後に行きたい場所があるんですけど、どうですか?」
◆
第9階層に広がるのは白く美しい、幻想的でさえある巨大な城だ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えばあっという間に着くはずの道をわざわざ歩いているのは、ただの通路ですら今の二人には一つの思い出の品に感じられたからだ。
建築物を作るのにこだわっていたギルドメンバーたちが懐かしい。シャンデリアの落とす煌めく光と、それを反射する大理石の輝きの中を歩いているうちに、次第に二人の口数は少なくなっていく。代わりに思考が過去へと逆行する。
ヘロヘロにとってこの第9階層はもっとも馴染み深い場所でもある。ヘロヘロはユグドラシルで戦闘や探索以外の時間のほとんどをこの第9階層で、他のメンバーと過ごすことが多かった。
広い通路をいくつか曲がると、その理由が姿を現した。美しく長い金髪に、緻密な刺繍が施された白いエプロン、とても従者の品とは思えない上質な黒のメイド服。ナザリック地下大墳墓に存在する四十一人いるメイドにうちの一人、名前は確か、リュスィオールだったか。
こちらに向かっていたリュスィオールは、二人の姿を見ると静かに通路の端に身を引き、深く一礼する。
「……そっか、まだちゃんとここにいたんだ。」
まるで昔遊んでいたぬいぐるみがひょっこり顔を出したような、懐かしくもどこか胸が締め付けられるような気持ちに襲われる――とても大切にしてきたはずなのに、いつの間にか頭から抜け落としてしまっていたものを見つけた気分だ。
立ち止まったヘロヘロの隣に並び立ったモモンガもじっとメイドを見つめる。
「確かナザリックにいるメイドたちはヘロヘロさんとホワイトブリムさんとク・ドゥ・グラースさんが作ったんですよね。」
「そうですねー、俺だけじゃ41人分のプログラムはちょっと大変で、結局他の同業者さんにも手伝ってもらいましたけど。」
転職する前、まだユグドラシルで遊ぶだけの時間があったころ。『せっかくNPCを配置できるようになったのだから、ギルドメンバー全員分のメイドを作ろう』と無茶苦茶を言ってきたのは、重度のメイド愛好家、ホワイトブリムだった。
ホワイトブリムのメイドに対しての思い入れが尋常ではなく、ちょうどその頃人工AIを勉強していて興味があるという、軽い気持ちで計画に乗ったヘロヘロはその後随分と振り回されることとなる。
『だめです!全然なってませんよヘロヘロさん!そんな媚び媚びした動きはメイドとしてあってはならないんです!』
『お辞儀が浅いです!かといって卑屈になりすぎたらだめですよ!愛のある慎ましやかな感じで!』
『恥じらいは大切ですよ!!もっとこう!!ご主人様に迫られて戸惑いつつも、少し嬉しそうな!!』
『あー、わかるわー、禁断の主従関係に戸惑うメイドさん、いいわー』
『ペロロンチーノさん!分かりますか!!そうです!ヘロヘロさんも分かりますね!!』
「……う、なんだか昔の記憶がよみがったようなー……」
「は、ははは……まあ、メイド好きが高じてほんとに漫画家になっちゃうような人でしたからね……」
頭を抱えるヘロヘロの横で、モモンガが若干引いた笑い声をあげる。
「でも、彼本当に好きだったんですよね。メイドさんのこと。」
ホワイトブリムの熱い情熱により、AI担当のヘロヘロと外装担当のク・ドゥ・グラースは何度もダメ出しをくらい、夜遅くまでこの第9階層にて、メイドの極意について叩き込まれたものだ。
その時間はメイドたちの動作確認と作業の進捗の報告会というだけでなく、リアルでの愚痴をこぼす場にもなっていた。 一人の思いに引っ張られる形とはいえ、同じ目的のために励まし、成果を喜び合い、認め合うのはかけがえのない時間だったのかもしれない。
ヘロヘロにとってホワイトブリムとク・ドゥ・グラースは、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの中でも特に親密な関係にあるメンバーだったと言える。
「メイドたちは誠心誠意で主人に仕えるもの、だからこそ主人もこれに誠心誠意応えろって、作り直しのたびに言われましたっけ。」
目の前で会話をしていると、メイドはこくり首を傾げる。まるで『何かごようですか?』と尋ねているようだ。一定の時間見つめながらもコマンドを出さなかった時に作動するよう組んである。この待機後のアクションは41人一人ひとり違うマクロになっている。
美しくも可愛らしい、かといって媚びすぎたところのないデザイン。緻密な服飾やフリル、表情といった、細かい設定画を見事に表現した外装。そして、多くの隠し要素を盛り込んだ細かい人工AI。
こうして時間がたってから見ると、今の自分にはとてもできないようなことをやっている過去のの自分に押し負けそうになりそうな気迫と、どこかそんな過去の自分を誇らしいく思うような気持ちがむくむくと湧き上がる。
またしばらく見つめていると、メイドは恥じらうように目をそらし、頬を赤らめた。これもまたヘロヘロの組んだ動作のうちの一つだ。
「ほんとに、彼には随分振り回されましたよ。」
ヘロヘロは粘液で包まれた腕を伸ばすと、俯くメイドの頭をそっと撫でる。メイドは驚いたように目を見開くが、微笑むと軽くスカートを裾をつまんで膝を折りお辞儀して見せる。
「……モモンガさん、せっかくだし、この子も連れて行っていいですか?」
「かまいませんよ、ヘロヘロさん。」
「あー、モモンガさん、笑ってませんか?」
「そんな、笑うわけないですって。ほら、もう時間がありませんから早く行きましょう!」
骸骨の顔からは何の表情も読み取れないが、どうにも生暖かく見守られているような、いや、にやにやされている気がする。そんなモモンガの視線を無視し、ヘロヘロはメイドに付き従うようにコマンドを発した。
◆
ここまでの部屋がおとぎ話のお城ならば、ここはまさに魔王の部屋。ナザリック地下大墳墓の最終地点、第10階層玉座の間。
深い地下の奥底なので自然光は入り込まないはずだが、そこはゲームの世界で自由な設定が可能なところであり、高い天井のステンドグラスからは月明りの光が差し込み、辺りを優しく照らしている。
赤い絨毯の先には、来るものを圧倒する巨大な玉座があり、その隣にはまるで聖母のように微笑む守護者統括、最高位NPCアルベドが寄り添っている。
ヘロヘロとモモンガは長く伸びた赤い絨毯を進んでいく。後ろには先ほど階段の付近で遭遇した戦闘メイドプレアデスと執事のセバスに、第9階層から連れてきた一般メイド・リュスィオールを加えたNPCたちが静かについてくる。
第9階層で過ごすことが多かったヘロヘロにとってこの部屋はあまり馴染みがない。思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。そういえば扉をデザインしていたウルベルトさんがここのことを自慢していたなぁとか、タブラさんから大した設定じゃないしまだまだ甘いから練り直したいと見せられたアルベドの設定文が長すぎて、途中で読むのをやめたとか、そんな他愛もない思い出が出てくる。
やがて玉座の前に着くと、モモンガは背後を振り向く。
「待機しろ。」
モモンガが命じると、配下たちは深く一礼し、その場に姿勢を正す。
ヘロヘロは辺りを見渡す。荘厳な玉座の間にいるのは、数人のNPCたちと二人のプレイヤーだけで、改めてその広さを感じる。
「ここ、ですか?」
「はは……恥ずかしいけど、ロールプレイにのり気になってもいいんじゃないかって思いまして。」
モモンガはゆっくりと階段を上り、玉座の前に立つ。なるほど、このナザリック地下大墳墓に居を構えるギルド長、死の支配者《オーバーロード》の最後なら、とてもふさわしい場所ではなか。
「そうですね。時間まで、のんびりしていましょうか。」
ふと、隣に立つ配下の者たち姿が目に入る。そういえば、彼らはどんな設定だっただろうか。
ユグドラシルが人気となった一因にNPCキャラメイクもある。日本人なら誰しも患ったことのある若気の至りが爆発し、そのキャラクター設定には邪気眼からギャルゲ設定、最強系、はたまたBLまで、あらゆる設定が盛り込まれたものだ。アインズ・ウール・ゴウンでもそれは例外ではなく、どのキャラクターたちも濃い設定を盛り込まれていたはずだ。
コンソールで配下たちの設定を開いてみると、その設定は面白いほど個人差が出ている。たっち・みーさんの作ったセバス・チャンの設定と、プレアデスたちの設定の文字数では倍くらい違うのではないか。唯一、やまいこさんの作ったユリ・アルファの設定が他のプレアデスより控えめなくらいか。他のプレアデスたちはといえば、どれもこれもめちゃくちゃな設定ばかりだ。
『朗らかで誰にでも優しく振る舞えるが、実際は人が苦しむのを見るのが大好きなサディスト』
『人間を体内でじっくり溶かし、その断末魔を聴くことが悦び』
『おやつはゴキブリ』
「うはー……皆随分盛りましたねぇ……これ、みなさん今も覚えてるんですかね?」
もし覚えていなかったらどうだろうか。設定を見せたら、やめてくれとのたうち回って恥ずかしがるのだろうか。それとも、逆に誇らしげな顔をするのだろうか。
「ペロロンチーノさんとか、絶対やばい設定つけてますよねー。あの人エロ鳥人でしたから。」
最後にリュスィオールのページを開く。そこにはやや控えめな文章が書き込まれている。
『ナザリックのメイド。彼女たちは誠心誠意ナザリックの支配者たちに仕え、その帰りを暖かく出迎えるだろう。』
「……」
その先にはまた文が続いているが、確かどのメイドもこの定文がついていたことを思い出す。その先はメイドたちに個性を出すため簡単な設定を付けた覚えがある。
何しろ41人もいるのだ。中には「読書家」「快活」くらいのざっくりした設定だけの者や、何も書かれなかった者、逆に最初のうちのは細かく設定を盛り込まれた者まで様々だ。
「……色々作ったのに、忘れちゃってたな。」
再びメイドが、どうしましたか?と首を傾げる。
「なんでもない。なーんでもないよ。」
ぽんぽんと頭を撫でると、嬉しそうにお辞儀をしてくるメイドを見ていると、なんだか娘を見ているような気持ちになる。
「あー、そういえばモモンガさんも何かキャラクター作ってましたよね」
「えっ?あ、はい!」
振り向くと、玉座に腰掛けたモモンガがバタバタと挙動不審な動きをしている。
「……何してるんです?」
「っぅえええ、なんでも!なんでもないですよー!ははははは!!あー、ほら、ヘロヘロさん!あと少しですよ!!ほら、隣となり!」
声が明らかに動揺している。自分が見てない間に何かあったのだろうか。
「なんです?隠し事はよくないですよ。」
「いやいやいや!なんでもないですって!もーほら、早くこっち来てくださいって!」
本当に嘘がつけない人というか、アバター越しでこれはどうなんだと思うが、あまり追求はしないでおこう。残された時間はほんの僅かなのだから。
ヘロヘロは玉座の横に立つ。一段高い場所からは、玉座の間がまるでステージからのように見渡せる。
時計を見れば、残りは5分足らずといったところか。もう日付を超える。そう思った途端、忘れていた睡魔がどっと襲うのを感じる。体が重く、視界が狭くなる。
「モモンガさん……俺ほんとに、寝落ちするかもでーす……はは……」
「えっ、じゃあ、ログアウトしてもらってもいいですよ。ほんとにたくさん話ができましたし。」
「いえ……あとほんの少しですし、サービス終了までうとうとしてまーす。」
「そう……ですか。」
心なしか、モモンガの声が嬉しそうに聞こえる。ヘロヘロ自身も、何かに区切りをつけられそうな穏やかな心持ちであった。
「モモンガさんって、ユグドラシル何年くらい遊んでたんですかー?」
「んー、10年以上は。」
「うわー、それじゃあほんとに、人生の半分近く遊んでたんじゃないですか?」
「……そうですね。ああ、なんだか10年ってあっという間でした。」
「おじいちゃんみたいですよ。」
ふふっと笑うと、モモンガはゆっくりと、柱に下がる旗をゆび指す。41枚の旗。かつて仲間たち一人一人に与えられた紋章である。
「俺」
細い骨の指が少しずつ動きながらその名を呼んでいく。
「たっち・みー」
ある時まで、ヘロヘロにとってユグドラシルはあまり楽しいゲームとは言えなかった。執拗に続いたPKは、ある時期にプレイしていた異業種プレイヤーには誰しも経験があることだ。
それでもヘロヘロがユグドラシルを続けた理由は、きっと『彼』にあるのかもしれない。
同じ思いを胸にしたメンバーは彼の元に集い、少しずつ仲間を増やし、大きな力になった。
「死獣天朱雀、餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷、ばりあぶる・たりすまん、源次郎……」
ただ、PKに負けず純粋にゲームをしたかった。ただそれだけのために集った仲間たちだったが、なにもかもに全力で挑んだ。未知のステージの踏破、敵対するギルドとの対決、ナザリック地下大墳墓の制圧、そして改装。
41人もメイドたちを作ったのだって、今思えばかけがえのない時間だった。もっと早く来ていれば、彼女たち一人一人の顔を見る時間くらいあったかもしれないと少し後悔する。
読み上げられる名前を聞いているうちに、眠気は増し、だんだん視界にノイズが混じりだす。おそらく眠気のせいでユグドラシルとの接続が途切れそうになっているのだ。
(もう、だめだ。寝落ちしそう……)
「ヘロヘロさん」
突然かけられる声に意識が引き戻される。モモンガがこちらを見ると、ぴょこっと笑顔のエモーションマークを出す。
「今日は来てくれてありがとうございました。……俺、本当にユグドラシルが楽しかったです。」
モモンガの一言に、ヘロヘロもエモーションマークで答える。
辛かったこともあったし、楽しかったこともあった。どうして今まで、忘れていたのだろうか。今はじめて、この世界が終わることを実感する。
(ああ、本当に)
「そうだ、楽しかったんだ。」
モモンガの呟きが、じんわりと頭に広がる。
そう、楽しかったんだ。現実ではとても出会えないような仲間たちとの夢の時間は終わり、すべては現実にかえるのだ。
時計の表示は23:59:30。 31、32……
睡魔の波に飲まれ、ヘロヘロはゆっくりと目を閉じ、頭の中でカウントを続ける。
48、49、50、51……
「また……どこかで、お会いしましょう……」
サーバーが落ちる直前に呟いた一言はモモンガに届いただろうか。
世界がブラックアウトし、同時にヘロヘロは深い眠りの世界に落ちていく――
ヘロヘロが目覚めるのは、それから数週間先のこととなる。
.
少なくともカルネ村編は飛ばします。