問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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七章 暗雲立ち込める闇夜

 

十六夜、飛鳥、耀、ジンは本拠へ戻ってすぐにカグヤの容体を確認しにいく。

先に戻った帝の姿を探し、彼女が既に自室で養生中だという事を聞かされた時、飛鳥と耀の瞳に涙すら浮かびそうになった。

 

 

「随分と早い治療だな。流石は神様の箱庭ってことか」

 

「YES!……と、言いたい所なのですが、元よりカグヤ様の自己治癒力が高かった事が幸いしました」

 

「俺とカグヤの一族は、それなりに身体能力、自己治癒力が高いんだ。普通の人間種よりは能力値も高い」

 

「そうなの?」

 

「YES!もし、飛鳥さんや耀さんが同じ傷を受けたなら、きっと二、三日は絶対安静だったと思います」

 

 

そう聞かされてしまえば、彼女の治癒力は異常の部類なのだろう。

これも恩恵なのか、と問えば、帝は首を横に振る。

 

 

「元より、そういう作りになってるらしい。詳しく説明出来たらいいんだが……俺達の一族……いや、コミュニティは数千年前に消失してるんだ。生き残ってるのは、俺とカグヤのみでな」

 

 

特に興味がないのか、軽い調子でそう告げると、帝が振り返る。

 

 

「カグヤに会っていくか?多分、もう目を覚ましてもいい頃合いだしな」

 

「でも、迷惑じゃない?」

 

「いや……友人がお見舞いに来てくれるなんて、彼奴が泣きながら喜びそうだが?」

 

 

クスクスと笑う帝の表情は、本当に嬉しそうだ。

彼にしてみても、妹を大事に思ってくれる見た目同年代の友人がいる事は、嬉しいモノなのだ。

十六夜と黒ウサギがそれを辞退し、飛鳥と耀を連れてカグヤの部屋へと向かった。

 

 

「カグヤ、入るぞ」

 

 

前足を器用に使い、帝が扉を開ける。

横になっていたらしいカグヤは、ゆっくりと体を起こすと驚いた様に目を丸くした。

 

 

《飛鳥様……それに耀様も》

 

「あら、そのままでいいのよ?」

 

「具合、どう?お腹すいてない?」

 

 

心配そうに近寄る彼女達に、カグヤは俯く。

一向に顔を上げないカグヤの様子に、何事かと慌てる二人を余所に、帝がニヤリと笑った。

 

 

「照れるな照れるな。……顔、真っ赤だぜ?カグヤ」

 

《み、帝は意地悪です!!》

 

 

狼狽える様な声と共に、上げられた表情はこれでもか、という程に真っ赤に染まっていた。

その様子が可愛くて、キュン、となってしまったのは内緒である。

 

 

《御心配をおかけしました。私は大丈夫です。明日一日休めば、すぐにでも完治するだろう、と黒ウサギにも言われましたので》

 

「そうなの……」

 

「でも、無理しないでね?」

 

《はい、ありがとうございます》

 

 

ふわりと微笑むカグヤ。

 

 

「ほら。立ち話は疲れるだろ?」

 

 

トコトコと頭で椅子を二つ押してきた帝の勧めにより、二人はベット横へと座る。

その間に、カグヤは近くに置いてあった袿を羽織った。

 

 

「……カグヤの私服って、袴よね?」

 

《はい。幼い時からずっと……一応、振袖も持ってはいますが、舞を披露しない時は動きやすい袴姿の方が、何かと楽なので》

 

「振袖?カグヤも沢山持ってるの?」

 

《はい。……そこの衣装箱の中に》

 

 

彼女が指差す先には、大きな葛籠を思わせる竹の箱。

どうやら、それが彼女の衣装箱の様だ。

と、不思議そうに耀が首を傾げた。

 

 

「そういえば、どうしてカグヤの怪我は治せないの?」

 

《?》

 

「だって、カグヤ。私の怪我、治してくれたよね?」

 

 

それはゲーム中の事だろう。

その質問の意味を理解したカグヤは、自分の袂より一枚のカードを取り出す。

ムーンシルバーのそれは、彼女自身のギフトカードだ。

 

 

《私が所有するギフトの一つです。“大天使(ラファエル)の祝福”と言います》

 

 

大天使(ラファエル)の祝福”は、治癒系の恩恵の中では最高位の威力を持つ、数少ないギフトの一つ。

その力は、どんな傷でも病でも治せる反面、自分には使えないという欠点がある。

 

 

「……それは、凄いわね」

 

《いいえ。傷と病は治せても、与えるギフトによって与えられた病や呪いは治せません。症状を軽くする程度は出来るのですが……それも、気休め程度でしょう》

 

「でも、そのおかげで私達は勝てたんだよ。ありがとう、カグヤ」

 

「そうね。あの時逃がしてくれた事にも、感謝しているわ」

 

「ああ、芭蕉扇な」

 

 

カグヤ、と帝が呼ぶと、カグヤはギフトカードより鉄扇を出す。

 

 

「これが、芭蕉扇。西遊記位は知ってるだろ?」

 

「……まさか、その西遊記に出てくる“芭蕉扇”なの?」

 

《はい》

 

 

どうぞ、と差し出すと、飛鳥が恐る恐る受け取る。

持った感触は、普通より重い鉄の扇子といった所だろう。

だが、これを一振りするだけでこの部屋をボロボロにするだけの威力があるのだから、見た目で騙されてはいけない。

 

 

「これ、どんなギフトゲームで貰ったの?」

 

「いや、ゲームじゃねぇぞ?」

 

《その芭蕉扇は、昔、牛魔王様方の館で舞を披露した際に、親愛の証として羅刹女様より頂いた品なんです》

 

「こ、これを貰ったの!?」

 

 

目を丸くし、驚きの声を上げる飛鳥。

芭蕉扇と言えば、羅刹女が所有する扇。

その一振りで、火の海を吹き飛ばすだけの威力があると綴られている。

その為、西遊記では孫悟空一行が彼女より借受ようとして、戦った話があるのだ。

それ程有名な武具を、無償で渡したくなる程に、彼女の舞とは魅力的なのだろうか。

興味をそそられる。

 

 

「ねぇ、カグヤさん。体の調子が戻ったら、私達にも一曲舞って下さらない?」

 

「私も見たい」

 

 

目を輝かせる飛鳥と耀。

それに、目を丸くしたが、すぐさま嬉しげに笑うとしっかりと頷く。

 

 

《喜んで。お二人と十六夜様の歓迎の意を称して、一曲と言わず、何曲でも舞わせて頂きます》

 

「そりゃ、豪勢だな。“箱庭の歌姫”と噂されるカグヤの舞と歌声は、どれだけの宝石や金品を次ぎ込んででも、一見する価値があるって言わせる位だからな」

 

《帝。何度も言いますが、大げさです………それより、です》

 

 

先程まで笑っていたカグヤの瞳が、すぅ…と細くなる。

その目には、怒りの色が濃く見えた。

 

 

《この勝負、私が勝ちました。……それでは、帝兄さん。約束は覚えておりますか?》

 

「……あ」

 

 

ふふふ、と口元に笑みを浮かべるカグヤ。

普段の可憐な笑みには程遠い程に、冷たい色を灯し、ゾクリと帝の背筋を凍らせる。

自然と後ずさる後ろ足。

と、それを不自然な形で止めるモノがあった。

 

帝が振り返った先には、満面の笑みを浮かべる飛鳥と、どこから出したのかロープを握ってウキウキしている耀。

 

 

「そうだったわね。帝君には、今日の夜中簀巻きで吊り下げの刑だったのよね?」

 

「……覚悟」

 

「ちょっ!!早まるな!!」

 

 

慌てて逃げようとする帝。

だが、それを許す程彼女達は甘くはない。

 

 

()()()()()()!」

 

「っ!!?」

 

 

飛鳥の言葉によって、四肢を拘束される。

無理矢理動こうとするその体を、素早く耀がロープで締め上げた。

なんという連携プレイ。

芋虫状態となった帝を眼下に、彼女達はハイタッチを交わす。

 

 

《帝、簀巻きで吊り下げです。大丈夫ですよ、明日、気が向いたら降ろして差し上げますから》

 

「ちょっ!!お前、完全に恨んでるだろ!!?」

 

《兄さんが、部の悪い賭けをするからそうなるんです。昔から言っているでしょう?運を司るゲームならば、私の方が強いですよ、と》

 

 

晴れ晴れと笑う妹の姿に、もう観念したのか、帝は陰鬱な表情で溜息を零す。

確かに、今まで賭け事で彼女の勝った試しがない。

それは、彼女の運がいいのか、それとも自分の運が悪いのか……

帝は絶対に後者だと自覚した。

 

 

《では、耀様。よぉ~く!!吊るしてあげて下さいね》

 

「うん。任せて」

 

 

何が任せてなのだろう。

帝は耀に担がれながら、諦めた様な状態でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

「あ~~~~~…………暇だ」

 

 

自分の下に広がる夜空を眺めつつ、帝はぼんやりと呟いた。

どうして、眼下に夜空なのかと言えば……彼が逆さ吊りの状態で放置されているから、というのが正しいだろう。

長時間この状態で放置されれば、頭に血が上り、生命的にも危険なのだろうが、そこはうまく体を弾ませて事なきを得ている。

 

……本当に器用な狼だ。

 

 

「ん~~……ん?」

 

 

スンッと鼻を鳴らす。

この姿になって以来、一番得したと思う事は嗅覚の発達だ。

少しの匂いだけでも、帝の鼻は敏感に感じ取る事が出来る。

微かに感じる血と甘い香り。

これは、今だからこそ分かる嘗ての仲間の匂い。

 

 

「……レティシア?」

 

 

呟いて、帝は顔を顰める。

彼女は、別のコミュニティに所有される身だ。

そして、その彼女を巡ってギフトゲームが開催されるとジンから聞かされている。

それには、十六夜が出場するという約束になっているそうだが、その景品たる彼女がここを訪れる事は、少々腑に落ちない。

 

それに、彼女は“フォレス・ガロ”を鬼化させた張本人である可能性が高い。

妹や客人を試す様な言動をした手前、あまり言えた立場ではないが、それでも鬼化したせいでゲームの危険度も増し、現在カグヤは自室で養生する事となった。

 

申し訳ないが、レティシアへの怒りがない訳ではないのだ。

どうするべきか……

 

ぼんやりと考えていると、物凄い爆音と共に館が揺れた。

 

 

「おぉっとぉぉぉ!!?」

 

 

ビョンビョン、と哀れな芋虫が如く、バンジージャンプ宜しく跳ねた帝の身体は、ブチッ、と簡素な音と共に地面へと叩き付けられる。

 

 

「ぐへ……」

 

 

まるで、押しつぶされたカエルが如き呻き声。

何とか受け身を取ったからいいものの、もし取れなければ今頃彼の頭部は潰れたトマトの様な惨状となっていた頃だろう。

 

(……仕方ない)

 

帝は内心で妹へ詫び、爪でロープを引き裂く。

逃げる事はいつでも出来たが、妹と賭けをした手前、こういった反則はしたくなかったのだ。

取り敢えず、一大事やもしれないと音の出所へと走る。

 

そこにいたのは、ハラハラと状況を見守る黒ウサギと楽しげに笑う十六夜。

 

そして……自分と同じ大きさと言っても過言ではないランスを持つ元仲間にして、元魔王―――レティシアがいた。

 

 

 

「ふっ―――!」

 

 

レティシアは呼吸を整え、翼を大きく広げる。

全身を撓らせた反動で打ち出すと、その衝撃で空気中に視認できる程巨大な波紋が広がった。

 

 

「ハァア!!!」

 

 

怒号と共に放たれた槍は、瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜に落下していく。

流星の如く待機を揺らして舞い落ちる槍。

その情景に、帝は嫌な予感に襲われた。

それは迎え撃つ十六夜に、ではなく、()()()()()()()()()だ。

 

その予感は、見事に的中する。

 

 

「カッ――――しゃらくせえ!!」

 

 

()()()()()

 

 

「「―――は………!??」」

 

 

素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。

しかし、これはまた比喩ではない。

彼は、平然とした態度で隕石級の速度をした槍を、たった一撃で只の鉄塊にし、さながら散弾銃の様に無数の凶器となって、レティシアにむけられたのだ。

 

(ま、まずい……!)

 

ありえない現状。

なんと馬鹿馬鹿しい破壊力。

これを受ければ、レティシアは肉塊と化す危険性すらあるだろう。

慌てて回避行動に移ろうとするが、身体が追いついてこない。

 

(こ……これほどか……!)

 

着弾する間際、彼女の口元に苦笑が浮かぶ。

尋常外の才能を目の当たりにしたレティシアは、自分の目測の甘さを恥じ入る。

しかし、それ以上に安堵した。これ程の才能ならばあるいは……と、血みどろになって落ちる覚悟を決めた時、

 

 

「馬鹿かっ!!!?」

 

「っ!!!?」

 

 

聞き慣れた声に、ハッとする。

鼻先まで迫った鉄塊に構う事なく、誰かがレティシアの襟首を掴み、地上へと舞い降りる。

声には聴き覚えがある。

だが、その存在を見た瞬間にレティシアは混乱した。

 

 

「お、狼!?」

 

「悪かったな、この若作りヴァンパイア」

 

 

けっ、と彼は憎まれ口を叩きながらも、ゆっくりとレティシアを降ろす。

乱暴な癖に、他人への配慮に気を配る……その姿は、嘗ての仲間に良く似ていた。

いや、そうではない。

この狼こそが、彼なのだ。

 

 

「……帝、なのか」

 

「久しぶりだな、レティシア」

 

「お前……その姿は……」

 

 

言葉を失うレティシアに、帝はどういえばいいのか分からずに、小さく尻尾を振るう。

慌てて近寄ってきた黒ウサギは、落ちたカードを広い絶句する。

 

 

「ギフトネーム“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

 

「っ……!」

 

 

さっと目を背けるレティシア。

黒ウサギの言葉に、帝は思考し……最悪の考えに行きついた。

蒼白になった顔色で、レティシアを見る。

 

 

「お前……まさか、自分のギフトで交渉したのか?」

 

 

呟くような声に、答える者はいない。

歩み寄った十六夜は、白けた様な呆れた表情で肩を竦ませた。

 

 

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」

 

「……はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る恩恵(ギフト)は……」

 

 

十六夜は隠す素振りもなく、盛大に舌打ちした。

そんな弱り切った状況で、相手にされた事が不満だったのだろう。

 

 

「ハッ!どうりで歯ごたえが無い訳だ。他人に所有されたら、ギフトまで奪われるのかよ」

 

「いいえ……魔王がコミュニティから奪ったのは人材が主です。私やジン坊ちゃん、そして子供達が所持しているギフトは帝様がその身を差し出す事で回避して下さいました。それに、武具等の顕現しているギフトと違い、“恩恵”とは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、云わば魂の一部。隷属させた相手から同意なしにギフトを奪う事は出来ません」

 

「レティシア、沈黙は是とみなすぞ。全部洗いざらい吐け」

 

 

帝の厳しい声音に、レティシアは苦虫を噛み潰した様な顔で、目を逸らす。

そのまま沈黙を保つ彼女へ、十六夜は頭を掻きながら鬱陶しそうに言う。

 

 

「まあ、なんだ。話なら取り敢えず館に戻ろうぜ」

 

「……確かに、ここで話していても埒が明かないな」

 

 

十六夜の言葉に、帝は溜息混じりに同意すると、玄関へと向かう。

異変が起きたのはその時だった。

顔を上げると同時に遠方から褐色の光が差し込み、レティシアはハッとして叫ぶ。

 

 

「あの光……ゴーゴンの威光!?まずい、見つかった!」

 

 

焦燥の混じった声と共に、レティシアが前へと出る。

どうやら、十六夜と黒ウサギを庇おうとしているのだろう。

チッと帝が舌打ちする。

 

 

「十六夜!!黒ウサギは後方へ跳べ!!」

 

 

彼の怒号に従い、二人が其々別方向へと飛ぶ。

帝は疾走すると、その勢いを殺さずにレティシアを跳ね飛ばす。

光は誰にも当たる事はなく、近くにあった木々を石化させるだけに留まった。

 

 

「っ!?帝!!何を……!!」

 

「うるせぇ!!テメェは黙ってろ!!」

 

 

低い唸りをあげ、上空を睨む。

そこには、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達が大挙して押し寄せてきた。

 

 

「なっ!!?外れただと!!?」

 

「例の“ノーネーム”もいるようだが、奴等の仕業か!?」

 

「邪魔する様なら構わん、斬り捨てろ!」

 

「ふざけんな!!()()()()()()()!!!」

 

「っ!!?」

 

 

帝の怒号が、ここにいる全員の四肢を硬直させる。

誰一人として、その場から動けずにいる中、十六夜が不機嫌そうに、尚且つ獰猛に笑って、()()()()()()()()

 

 

「まいったな、生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、怒りに任せて叩き潰せばいいのか、帝はどっちだと思う?」

 

「……俺としては、お前が動ける方がよっぽど驚きなんだがな」

 

 

霊格が落ちているとはいえ、相手が神仏相応の霊格を所持していない限りは、今の帝でも縛る事が出来る筈なのだ。

だが、十六夜は全く意を返す事無く、平然と動いている。

本当に、バケモノ並のギフト保持者だ、と帝は内心で毒づく。

 

 

「それで?……これが、あんたのギフトって訳か?」

 

「……かなり霊格は落ちてるがな。それでも、()()()()()()()()は出来る」

 

「へぇ………つまり、帝のギフトってのはお嬢様とは似ている様で、全く別種のギフトって事か」

 

 

楽しげに笑う十六夜。

その様子に、帝は苦笑しつつ空に浮かぶ騎士風の男達へと言葉を投げる。

 

 

「ここから去れ。レティシアに関しては、今から“サウザンドアイズ”へ送り届けてやる」

 

「な、何を言うか!!名無し風情の分際で!!!」

 

「……聞こえなかったのか?」

 

 

辛うじて動く舌で暴言を吐く男に、帝の視線が突き刺さる。

氷をも凌ぐ絶対零度の瞳に、誰かがヒッと短い悲鳴を上げた。

 

 

「レティシア、文句はないな?」

 

「み、帝様!!!」

 

「…いや、いいんだ黒ウサギ」

 

 

非難の様な声を上げる黒ウサギへ、レティシアがやんわりと制止を掛ける。

こうなる事は百も承知だったのだろう。

彼女は、少し寂しげに笑った。

 

 

「帝の言う通りだ。私は、他人に所有される身なのだから、これ以上ここに留まる訳にはいかない」

 

「で、ですが……」

 

「聞き分けろよ、黒ウサギ。今回は、帝とレティシアが正論だ」

 

 

尚も喰らいつこうとする黒ウサギを、十六夜が呆れた声で諭す。

確かに、レティシアは今や別のコミュニティが所有している。

その彼女が主の命に背いて、ここへ着ている以上、彼女を庇う事は出来ない。

辛そうに唇を咬み、俯く黒ウサギ。

その姿を帝は横目に、パシンッと尻尾を振る。

 

 

「そうだな……お前らは()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

ビクッと男達の四肢が痙攣する。

これで、彼らは夜明けまではここで立ち往生だろう。

フンッと鼻を鳴らす帝と、新しい玩具を見つけた子供の様に目を輝かせる十六夜。

……ここだけの話だが、黒ウサギにはこのタッグが一番危険な気がした。

 

 

「おい、帝。お前としては、どうするつもりなんだ?」

 

「ん?……おいおい、それを俺に聞くのか?そうだな……俺としては、コミュニティの敷地を穢された事に、かなり腹を立ててる。十六夜、お前は?」

 

「俺としては、一回くらい伝説に名高い“ペルセウス”ってのと、戦ってみたいな。だが、コミュニティとしては白夜叉と問題は起こしたくない……そうだな?」

 

「ああ。だが話を聞きに行く位は……してもいいよなぁ?」

 

 

 

ニタリ、と帝が笑う。

それにつられ、ニコォリと十六夜も笑う。

ゾワゾワ、と毛を逆立てる黒ウサギ。

嫌な予感がヒシヒシと感じる。

その横にいるレティシアも、表情を引き攣らせて状況を見守っている。

 

 

「黒ウサギ、他の連中も呼んで来い」

 

「え、えっと……十六夜さん?帝様?何をなさるんでしょうかぁ?黒ウサギめには、さっぱり分からないのですが?」

 

 

冷や汗を流し、引き攣った笑みで尋ねる。

二人はニッコリと笑い、声を揃えてこう言った。

 

 

「「決まってるだろ?“サウザンドアイズ”へカチコミに行くぞ!!」」

 

 

楽しげに笑う問題児二人に、黒ウサギはシクシクと涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

夜も更け、夜空には星が加賀谷していた。

 

流石に屋敷に誰も残さないのはマズイ、という事でジン、カグヤ、耀の三人が残る事となり、現在は十六夜、帝、飛鳥、黒ウサギ……そして、事の発端であるレティシアの五名が“サウザンドアイズ”二一○五三八○外門支店を目指す。

案の定、というべきか、“サウザンドアイズ”の門前に着いた一同を迎えたのは、無愛想な女性店員だった。

 

 

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

 

「黒ウサギ達が来る事は承知の上、ということですか?あれだけの無礼を働いておきながら、よくも」

 

「はい、ストップ」

 

 

怒った口調で捲し立てそうな黒ウサギを、帝が遮る。

何をする、と言わんばかりに憤慨しそうな黒ウサギへ、帝は溜息を零す。

 

 

「店員に当たってどうすんだ。その怒りは、中にいる馬鹿へ怒鳴る為に残しとけ。悪いな、ちょっとウサギがお怒りなんだ。定例文は必要ないから、大至急案内してくれ」

 

「……では、こちらへ」

 

 

店員は一度だけ会釈すると、店の中へと消える。

それに従い、一同は中へと入った。

中庭を抜け、離れの家屋に向かう。

 

中で迎えたルイオスは、黒ウサギを見て盛大に歓声を上げた。

 

 

「うわお、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった!つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

「あ~~……はいはい。三下は黙ってましょうねぇ。つぅか、俺は白夜叉と話に来たんだから、部外者が出てくるな」

 

「なっ……!!!?」

 

 

舐める様に黒ウサギを見るルイオスの視線を遮り、帝は平然と口にする。

それに便乗する様に、飛鳥が黒ウサギの盾となる様に前へ出る。

 

 

「これはまた……分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私達のものよ」

 

「そうですそうです!黒ウサギの足は、って違いますよ飛鳥さん!」

 

 

突然の所有宣言に、慌ててツッコミを入れる黒ウサギ。

そんな二人を見ながら、十六夜と帝が呆れながらも溜息をつく。

 

 

「そうだぜ、お嬢様。この美脚は既に俺のものだ」

 

「そうですそうです、この足はもう黙らっしゃいッ!!!」

 

「馬鹿いうな。この美脚を育てたのは俺だぜ?所有権は俺にある」

 

「誰が育てたですか!!?誰が!!?」

 

「よかろう、ならば黒ウサギの足を言い値で」

 

「売・り・ま・せ・ん!あーもう、真面目なお話をしに来たのですから、いい加減にして下さい!黒ウサギも本気で怒りますよ!!」

 

「馬鹿だな。怒らせてんだよ」

 

 

スパァーン!!とハリセン一閃。

今日の黒ウサギは短気だった。

ククッと喉の奥で帝が笑うと、白夜叉へと視線を向ける。

 

 

「さて、と……白夜叉、そちらさんが迷子にしていたヴァンパイアを届けにきた」

 

「ん……ご苦労じゃったな。レティシア、もうよいのか?」

 

「……ご迷惑をかけた」

 

 

深々と頭を下げるレティシア。

これで、普通なら終了となるのだろうが、それで終わる程甘くはない。

 

 

「で、ここからは俺達コミュニティが襲われた話をしたいんだが……」

 

 

チラッと後ろへ目配せする。

それに気づいた黒ウサギは、シャキッと自慢のウサ耳を立てる。

 

 

「はい!!そうですとも!!ぜひとも白夜叉様に聞いてほしいお話があります!!」

 

 

意気込む黒ウサギは、事の顛末を話し出す。

 

 

「――――以上が、私達に対する無礼を振るった内容です。ご理解頂けたでしょうか?」

 

「う、うむ。“ペルセウス”の所有物・ヴァンパイアが身勝手に“ノーネーム”の敷地に踏み込んで荒らした事。それらを捕獲」

 

「いや、違うぜ。白夜叉」

 

 

彼女の声を遮る様に、帝が笑う。

 

 

「捕獲じゃねぇよ。()()盗んだモノを取りにきいたんだ。その賊は俺達がきっちり捕まえてある」

 

「……なんだと、貴様」

 

 

ルイオスの目に、怒りが灯る。

だが、帝はそれに取り合う事無く、()()()()()()()()()話を続ける。

 

 

「そこのヴァンパイアと、俺達は昔馴染みだ。だから、彼女は“ペルセウス”から盗まれ、賊の隙をついて逃げたはいいが、帰り方が分からなくなり、自暴自棄に暴れた場所が偶々俺達のコミュニティだった……そうだろ?レティシア」

 

「……その通りだ」

 

 

帝が何をしようとしているのか、それを察したレティシアが頷く。

白夜叉も何となく、彼が言わんとしている事を分かっているのだろう。

パンッと扇を広げ、その影でニタリと笑う。

 

 

「成程。つまり、おんしはこう言いたいのじゃな?賊によって、レティシアを連れ去らわれた。そして、おんしらはそれを救って、ここへ連れてきた、と」

 

「ああ。因みに、その賊は今コミュニティにふんじばってあるぜ。処分は、東の“階級支配者(フロアマスター)”に任せる」

 

「ちょっと待て!!!」

 

 

あまりにも自分を置いて、話が進む為、ルイオスが怒鳴る様に叫ぶ。

 

 

「それは、こいつ等が言ってる事だ。それに、この吸血鬼が逃げ出したんじゃないのか?それか、盗んだんだ!!こいつ等が」

 

「おやおやぁ?言い掛かりも甚だしいな。その証拠がどこにある?」

 

「口裏を合わせているんだ!!その可能性は高いだろ!!?」

 

「そうか。それはあり得るな」

 

「ちょっ!!?帝様!!?」

 

 

平然と納得する帝へ、黒ウサギが非難の声を上げた。

飛鳥も視線が鋭くなり、十六夜は成行きを見守る様に笑う。

 

 

「なら、言わせてもらうが……名無し風情に商品を盗まれるなんて、どんだけ“ペルセウス”は地に落ちたんだ?」

 

「なっ……それは、白夜叉がお前らに手を」

 

「その証拠を、今この場に出せるのか?」

 

 

ゆったりと笑みを浮かべる口元。

ルイオスが持つのは状況証拠であって、それをしたという決定的証拠ではない。

それを知っているが故の切り口なのだろう。

チッとルイオスが舌打ちする。

 

 

「まあ、いい。俺はさっさと帰って、この吸血鬼を外に打ち払う手続きでもするかな」

 

「箱庭の中でしか太陽の下を歩けないレティシア様を、箱庭の外へ!!?その意味が分かっているのですか!!?」

 

「こっちの商売に、口出す権利がそっちにあるわけ?愛想のない女って嫌いなんだよね、僕。それに、身体も殆ど餓鬼だしねえ――――だけどほら、見た目は可愛いからそういった愛好家には堪らないだろ?気の強いおんなを裸体のまま鎖で繋いで組み伏せ啼かす、ってのが好きな奴もいるし?太陽の光っている天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる美女ってのもエロくない?」

 

 

ルイオスは挑発半分で商談相手の人物像を口にする。

案の定、黒ウサギはウサ耳を逆立てて叫んだ。

 

 

「あ、貴方という人は……!」

 

「……黒ウサギ、話が進まないだろうが。少し深呼吸して落ち着け」

 

 

怒りは勢いを増長させる反面、冷静さを失う欠点がある。

怒りに燃える黒ウサギを軽く宥め、帝はレティシアを見る。

彼女は、自分の運命に薄々感づいてはいたのだろうが、流石にこうも露骨に言われてしまえば、どうする事も出来ずにただ暗い表情のまま俯くしかない様だ。

だが、その瞳は饒舌に悲しみを映す。

 

はぁ…と帝は長く息を吐く。

 

 

「で?その手札(カード)を出してきたって事は、どう交渉しようとしてんだ?」

 

「……へぇ~、よく頭の回る狗だな」

 

「ネコ目イヌ科イヌ属に属した哺乳類の狼だ。お坊ちゃまってのは、随分と目が腐ってるんだな。俺もこうはなりたくない」

 

「……人を舐めるのも、いい加減にしろよ」

 

 

激昂した様に立ち上がるルイオス。

だが、帝は全く取り合う事なく、視線を白夜叉へと戻す。

 

 

「今回の件、謝礼を求めるつもりはない」

 

「……おんし、この状況で私に話を振るのか?」

 

 

帝の態度に、白夜叉が苦笑する。

とはいえ、彼女も帝の性格は百も承知なので、特にそれ以上は言わなかった。

否、言っては面白くない。

 

 

「それで?おんしは……いや、“ノーネーム”は何を望んでおる?」

 

「そんなもん、決まってるだろ?今、この場でレティシアを侮辱したこのボンボンの謝罪だ」

 

「ふざけんな!!!そもそも、煽ってきたのは、てめえだろうが!!!」

 

「レティシアの方を向いて、『ごめんなさい。出来心だったんです。許して下さい。踏んで下さい』と10回言えたら、俺達は黙って退散してやるよ」

 

 

平然と言う帝へ、ルイオスは怒りが頂点を振り切ったのだろう。

パクパクと酸欠金魚の様に、口を開閉している。

十六夜と飛鳥は必死に噴出さない様、俯いて口を押える。

ここで笑っては、色々と台無しだ。

 

 

「それが、嫌なら……そうだな。“決闘”でも申し込もうか」

 

「こ、このクソ犬……!!!どこまで、僕を侮辱すれば気が済む!!?」

 

「侮辱?冗談はよせ。俺は正当な事しか言ってないぜ?それに、この決闘は俺達よりも“ペルセウス”側の取り分が多い様に感じるけどな」

 

「……なに?」

 

 

怪訝そうにルイオスが表情を歪ませる。

 

 

「“ノーネーム”でゲームに参加できるのは5人。更に戦力にもならない餓鬼が1人。だというのに、こちらには“箱庭の貴族”と言われる貴種のウサギに、“箱庭の歌姫”である月宮カグヤがいる。チップとして、これ以上の価値はないと思うがな」

 

 

帝の何気なく言われた事に、ルイオスは思考する。

確かに、彼らは名も旗印も奪われて最底辺。

だが、そこにいるのはこの黒ウサギと“歌姫”だ。

こちらの戦力を考えてみても、簡単に蹴散らして、双方を自分の物に出来るだろう。

今回の件で、“サウザンドアイズ”にはもういられない。

だが、貴種と“歌姫”が手に入れば、それだけでもコミュニティに箔が付き、稼ぎは良くなる。

ルイオスに厭らしい笑みが浮かぶ。

 

だが、この話には黙っていられないのか、飛鳥が力一杯畳を叩き、怒鳴り声を上げた。

 

 

「勝手な事言わないでくれる!!?それを、黒ウサギとカグヤが納得するとは、思えないわ!!もう行きましょう、黒ウサギ!こんな奴等の話を聞く義理は無いわ!」

 

「ま、待って下さい飛鳥さん!」

 

 

黒ウサギの手を握って、出ようとする飛鳥。

だが、黒ウサギは座敷を出ない。

黒ウサギの瞳は困惑している。

それに畳みかける様に、帝が言う。

 

 

「“月の兎”であるお前が、仲間を見捨てるなんて行動は出来ないよな?お前らウサギにとって、自己犠牲ってのは本能に近いものだ」

 

「……っ」

 

「くく……お前さ、それでいい訳?どう聞いても、僕の総取りだよね?この話は」

 

「さあ?」

 

「あ、そ。ウサギは義理とか人情とか、そういうのが好きなんだろ?安っぽい命を安っぽい自己犠牲ヨロシクで、帝釈天に売り込んだんだろ!?箱庭に招かれた理由が献身なら、種の本能に従って、安っぽい喧嘩を安く買っちまうのが筋だよな!?」

 

「っ……()()()

()

 

「飛鳥!!!」

 

 

ピタッと飛鳥の声が止まる。

普段よりも鋭い怒声に、怯んでしまったのだ。

帝は、小さく溜息を零すとルイオスを見る。

 

 

「一週間……その間にコイツ等全員説得する。どうだ?」

 

「オッケーオッケー。それなら、取引ギリギリ日程だ」

 

 

にこやかに笑うルイオス。

その返事に気をよくしたのか、ルイオスはレティシアを乱暴に掴むと、そのまま帰っていった。

その姿に、ククッと帝が笑う。

 

 

「ちょっと帝君!!黒ウサギを材料にするなんて、酷過ぎるんじゃなくって!!?」

 

 

憤慨する飛鳥は、黒ウサギの手を再度掴むと、足早に座敷から出ていく。

残ったのは、白夜叉と十六夜、そして帝のみ。

 

 

「お嬢様が怒るのも、無理ないと思うぜ?」

 

「俺も、口から反吐が出ない様に取り繕うので、精一杯だった。正直、次の交渉テーブルには黒ウサギに頼むとする」

 

 

うげぇ、と呻く帝。

その様子に、白夜叉は溜息を零した。

 

 

「おんし、本当に道化を演じるのが上手いな」

 

「あの程度のゲス男、躍らせる位楽だって。と……一週間しか時間がないんだった。十六夜、ちょっと手伝ってくれるか?」

 

「ああ?それは、面白いことか?」

 

「面白いかどうかは、お前次第だと思うが………あのゲス男をぶっ殺す準備にちょいと肩慣らしをしないか、って言いたいんだ」

 

 

どうだ?と獰猛に笑う帝に、十六夜もニヤリと笑う。

 

(……ルイオスの阿呆め。おんし、とんでもない奴等を敵に回しおった事を後悔しろよ?)

 

笑い合う二人に、白夜叉は人知れず溜息を漏らし―――彼女自身も楽しげに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もう、後半から滅茶苦茶となりました(汗)

うん、帝って十六夜に良く似ている気がします。
ただ、彼は快楽主義者ではなく、戦闘狂(バトルジャンキー)って違いがあるだけなんですよ。
結構戦うの大好きっ子です。

……てか、帝がゲスっぽく見えてしまう今回の話。
いや、彼は一応紳士ですよ?女の子殴ったりしないし、本当は賭けの商品にもしたくないんですよ。

でも、口はかなり立ちます。まだ、出してはいませんが彼が受け継いだギフトは言葉に関係するギフトですので。



次は、決戦前のお話。
その次はいよいよ、ペルセウスとのゲームとなります!!


後三話くらいで一巻完結。



では、また

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