問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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六章 ゲームは森の中

箱庭二一○五三八○外門。

機能のカフェテラスにいた猫耳の少女からのエールを受け、“ノーネーム”の面々居住区画を目指す。

と、ピョコンッ、と興奮した様に黒ウサギのウサ耳が跳ねる。

 

 

「あ、皆さん!見えてきました……けど、」

 

 

あまりの変わり様に、目を疑う。

人々が住まう区画は、今や密林へと変貌していた。

鬱蒼と生い茂る木々を見上げ、耀が呟く。

 

 

「……。ジャングル?」

 

「虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ」

 

「いや、これは異常だろ」

 

「はい。“フォレス・ガロ”のコミュニティの本拠は普通の居住区だった筈……それに、この木々はまさか」

 

 

ジンは、そっと木々に手を伸ばす。

その樹枝はまるで生き物の様に脈打ち、肌を通して胎動の様なものを感じさせた。

 

 

《……完全に“鬼化”してます。こんな事が出来るのは》

 

「ジン君、カグヤさん。ここに“契約書類(ギアスロール)”が貼ってあるわよ」

 

 

飛鳥が声を上げる。

門柱に張られた羊皮紙には、今回のゲームの内容が記されていた。

 

 

『ギフトゲーム名“ハンティング”

 

 

・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

       春日部耀

       ジン=ラッセル

       月宮カグヤ

       月影帝

 

・クリア条件 ホスト本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐

 

・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約(ギアス)”によってガルド=ガスパーを傷付ける事は不可能。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 

       “フォレス・ガロ”印』

 

 

「ガルドの身をクリア条件に……指定武具で打倒!?」

 

「こ、これはマズイです!」

 

 

ジンと黒ウサギが悲鳴の様な声を上げる。

声には出していないが、それを見ていたカグヤと帝も苦しい表情をしていた。

 

飛鳥は心配そうに問う。

 

 

「このゲームは、そんなに危険なの?」

 

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。このルールでは飛鳥さんのギフトで彼を操る事も、耀さんやカグヤ様のギフトで傷付ける事も出来ない事になります………!」

 

 

飛鳥が険しい表情で問う。

 

 

「………どういうこと?」

 

「つまり、あの虎野郎は“恩恵(ギフト)”では勝てないと踏んで、“契約(ギアス)”で身を守る事にしたんだ。自分の命をクリア条件にする事で、あの虎野郎はお前らのギフトを無効化したって事だ」

 

「すいません、僕の落ち度でした。初めに“契約書類”を作った時にルールもその場で決めておけばよかったのに……!」

 

《……厳しい条件になりましたね》

 

 

ルールを決めるのが“主催者(ホスト)”である以上、白紙のゲームを承諾するというのは、自殺行為に等しい。

ギフトゲームに参加した事がないジンや、ゲームから遠ざかった生活をしていたカグヤは、ルールが白紙のギフトゲームに参加する事が如何に愚かな事かを理解していなかった。

 

 

《……こうなる事を分かっていましたよね?帝》

 

 

厳しい声で帝を睨む。

彼はこの中で誰よりもギフトゲームの経験が豊富なのだ。

ならば、あの場でサインをしているジンを止める事だって出来ただろうし、ルールを決める大事さも分かっていた筈だ。

帝は軽く尻尾を振って、獰猛に笑う。

 

 

()()()()()()()()?」

 

《っ!?》

 

「魔王打倒を掲げた以上、これ位の事で恐れをなしてどうする?いいか、魔王とのギフトゲームってのは、一方的なモノだ。こんな、ルールを話し合う暇も与えられず、いきなり拒否権なくゲームへ参加させられる。条件が五分五分にされた位で、怖気づいたのなら………プレイヤーなんて止めちまえ」

 

 

冷たい刃の様な言葉が、胸へ突き刺さる。

彼の言葉に、脅しも文句もない。

それは、絶対的な事実なのだ。

カグヤは、グッと唇を咬み、彼を睨むしかなかった。

 

 

「敵は命懸けって事か。観客にしてみれば、面白くていいけどな」

 

「気軽に言ってくれるわね……条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何かも書かれていないし、このまま戦えば厳しいかもしれない」

 

 

そう呟く飛鳥は、厳しい表情で“契約書類”を覗き込む。

彼女が挑んだゲームに責任を感じているのだろう。

それに気づいたカグヤは、飛鳥の手を優しく握り微笑んだ。

 

 

《大丈夫です。“契約書類”に書かれている以上、必ずヒントは存在致します。そうでなければ、黒ウサギがルール違反だと審判して下さいますよ。そうですね?》

 

「YES!この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも!」

 

 

力強く頷く黒ウサギに続き、耀も飛鳥の手をギュッと握る。

 

 

「大丈夫。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る」

 

《御二人には、このカグヤが絶対に傷一つ付けさせません。絶対に、です》

 

「………ええ、そうね。寧ろあの外道のプライドを粉砕する為に、コレくらいのハンデが必要かもしれないわ」

 

 

三人の励ましにより、飛鳥も奮起する。

これは売った喧嘩で買われた喧嘩、勝機があるなら諦めてはいけない。

その陰で、十六夜はジンに昨夜の事を話していた。

 

 

「この勝負に勝てないと俺の作戦は成り立たない。だから、負ければ俺はコミュニティを去る。予定の変更はないぞ。いいな御チビ」

 

「………分かってます。絶対に負けません」

 

 

ここで躓く訳にはいかない。

そう心に誓い、顔を上げるジンを横目に、帝が前へと出る。

 

 

「カグヤ」

 

《………?》

 

 

女性陣で励まし合いながら、笑っている時に呼びかけられ、カグヤは首を傾げる。

帝はどこから出したのか、ムーンシルバーのギフトカードを取り出すと、彼女へと差し出す。

それを受け取り、カグヤは信じられないとでも言いたげな表情で、彼を見る。

 

 

《私の……ギフトカード!?帝、これは》

 

「白夜叉に預けていたモノだ。彼奴らの指示で、俺達の主要なギフトは全部彼女に預けてあった」

 

 

その言葉に、カグヤのみならずジンや黒ウサギも息を呑む。

それは、つまりコミュニティの主となる戦力(プレイヤー)が負ける事を覚悟していたという事だ。

そして、未来を自分達に託したという意味でもある。

受け取ったカードを握る手に、自然と力が籠る。

 

 

「カグヤ……お前はこのゲームで負けた場合、“ノーネーム”から出ていけ」

 

《っ!!?》

 

「み、帝様!!いくらなんでも、カグヤ様への意地悪が過ぎるのではありませんか!!?」

 

「てめぇは黙ってろ!!」

 

 

牙を剥き出しにして怒鳴る帝に、黒ウサギは身を竦ませる。

彼はからかいや意地悪程度で、コミュニティから出ていけ等言わない。

それは、妹であるカグヤが一番よく理解してた。

 

 

「白夜叉には、俺から話をつけてある。お前は、このゲームで負けた場合、それから()()()()()()()()()()()()()はコミュニティから抜けて、“サウザンドアイズ”の庇護下に置かれる」

 

《……どうして、勝手にそう決めたのですか?》

 

「俺は、お前が戦えないと思っているからだ。このコミュニティに()()()()()()()()

 

「なっ……帝様!!それは言い過ぎだと思います!!」

 

 

流石の言い様に、ジンが非難の声を上げる。

しかし、カグヤは暫し瞑想し、次に瞳を開いた時にははっきりと闘志をみなぎらせた瞳で帝を見据える。

 

 

《本気、なんですね?》

 

「ああ」

 

《そっか……なら、帝。一つ条件をつけます》

 

「……言ってみろ」

 

《もしも、私が戦えると判断出来たなら………今日の夜は大人しく簀巻きになって、本拠の玄関に吊り下げます》

 

 

それでいいですね?と問う彼女は、拗ねた様に口を尖らせる。

それは想定してなかったのか、帝は面食らった様に目を見開き、愉しげに笑う。

 

 

「良いぜ。今日の夜だけだからな?」

 

《十分です。それだけでも、帝の傲慢なプライドはズタズタでしょうから》

 

 

キッと睨む視線が、互いに火花を散らす。

それを最後に、参加する四人は門を開け、突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

門の開閉がゲームの合図だったのか、生い茂る森が門を絡める様に退路を塞ぐ。

光を遮る程に密集した木々は、どうみても人が住める場所とは思えない。

 

街路と思われる煉瓦の並びは、下からせり上がる巨大な根によって、本来の美しさは見る影もなく破壊されていて、どうにも歩き辛い。

緊張した面持ちで慎重に進もうとする三人へ、耀が助言する。

 

 

「大丈夫。近くには誰もいない。匂いで分かる」

 

「あら、犬にもお友達が?」

 

「うん。二十匹くらい」

 

 

耀のギフトは、獣の友人を作れば作る程強くなる。

身体能力がずば抜けて高いのもそのためだ。

嗅覚や聴覚などの五感は十六夜や、獣の帝よりも優れているだろう。

 

 

「詳しい位置は分かりますか?」

 

「それは分からない。でも風下にいるのに匂いがないのだから、何処かの家に潜んでる可能性が高いと思う」

 

「では、まず外から探しましょう」

 

 

四人は森を散策し始める。

出来るだけ、些細な情報も漏らさぬように注意深く。

ギフトゲームにおいて、小さな情報こそが大事だと、カグヤは帝より教わった。

 

 

普段なら、あんなことを言わない兄の言葉。

ふと、カグヤは木へと手を置くと、沈んだ面持ちで空を仰ぐ。

 

彼は、自分を戦わせたくない事はずっと知っていた。

そして、あれだけの戦果を上げる為に、毎日毎日血が滲む様な……文字通り、血を吐くような思いで訓練し、自分を守ってくれていた事も。

そんな彼が、自分に戦えないなら出ていけ、と言った。

 

それだけ……一人戦っていた兄は追い詰められてしまったのだろう。

そう思うだけで、カグヤの胸は悲鳴を上げる。

 

甘えていた……そう思わない日等なかった。

コミュニティの為に、給仕しか出来ない自分へ苛立ちを感じ、泣いた日だってあった。

それでも、今日まで幸せに生きてこれたのは、自分を犠牲にして守ってくれた帝がいたから。

 

 

「カグヤ、大丈夫?」

 

 

足を止めてしまったカグヤを労わり、先頭を歩いていた耀が駆け寄る。

彼女は、瞳に滲んだ涙を払い、笑って見せた。

 

 

《大丈夫です!絶対に負けたりしませんし、帝に負けたと認めさせてみせます!!》

 

「……すいません。僕がしっかりしていないばかりに」

 

《ジンのせいじゃないんです。それに……私もずっと兄の後ろに隠れるだけの存在に、甘んじていた部分がありました。何があっても、帝なら助けてくれる……そんな甘えが、彼を追いつめてしまったんです》

 

「……そう。大変なのね、貴方達って」

 

 

まさか、こんな事になるとは思っていなかった飛鳥が、沈痛な面持ちで告げる。

彼女にしてみれば、このゲームでまさか兄妹の間に亀裂が生まれるとは思ってもみなかったのだろう。

その責任で、顔色が優れない飛鳥へ、カグヤは小さく首を横に振る。

 

 

《私を思っていただけるのでしたら、このゲームに勝ちましょう?私だって、戦えるんです。それを帝に……兄に認めさせたいんです》

 

「ええ、分かっているわ!あの外道のみならず、帝君もギャフンと言わせてやりましょう!!」

 

強く頷く飛鳥へ、カグヤも嬉しそうに笑って頷く。

だが、こうしていても特に収穫はない。

カグヤは暫し考え、一旦止まる事を告げた。

 

 

《このままでは、多分勝てません。ジン、今までの情報を整理しませんか?》

 

「整理、ですか?」

 

《はい。耀様、辺りにガルドの気配はありますか?》

 

「……ううん。でも、少し高い位置からなら、もっと分かるかもしれない」

 

《では、警戒をお願いします》

 

 

カグヤの言葉に、耀はコクリと頷くと軽い調子で高い樹へと飛び乗る。

その間に、カグヤは二人へと向き直る。

 

 

《この木々は、通常のモノとは異なる気がします。多分、鬼化していると推測していますが……どう思いますか?》

 

「僕もそれと同意見です。このフィールド全体が鬼化した植物で覆われている、と言っても過言ではないかと」

 

「……ねえ、その“鬼化”っていうのは、どういう事かしら?」

 

《そうですね……分かりやすく言いますと、吸血鬼になっている、でしょうか》

 

 

だが、これだけの広い土地を丸ごと鬼化してしまう吸血鬼等、カグヤとジンの記憶の中では一人しか思い浮かばない。

もしくは、その人物からギフトを奪った第三者と考えるべきだろう。

そして、これは二人とも同意見なのだが、これをガルドが作った訳ではないという事。

 

それは、彼が自分の命を使ってまでゲームに挑むとは思えなかったのだ。

 

 

《このフィールドが鬼化した状態から推測して……ガルドは、面倒な事になっていると思います》

 

「面倒、ね。でも、この状況の方が余程面倒だと思うわよ?」

 

《それもそうですね。耀様!!ガルドを見つける事は可能ですか?》

 

「もう見つけてる」

 

 

彼女の言葉に、全員が樹の上を仰ぎ見る。

彼女は、静かに残骸でしかない街路を指し、

 

 

「本拠の中にいる。影が見えただけだけど、目で確認した」

 

 

彼女の瞳は、普段の耀とは違い、猛禽類を彷彿とさせるような金の瞳で本拠を見詰めている。

鳥の視力を以てすれば、この程度の距離など問題ではないらしい。

 

 

「そういえば、鷹の友達もいるのね。けど、春日部さんが突然異世界に呼び出されて、友達は皆悲しんでるんじゃない?」

 

「そ、それを言われると………少し辛い」

 

 

しゅん、と元気をなくす耀。

飛鳥は苦笑してパンパンと肩を叩き、四人は警戒しつつ、本拠の館へと向かった。

道中をその侵入を防ぐかの様に張り巡らされた木々が、彼らの行く手を困難なものへと変えている。

それでも、慎重に進んでいくとそこに聳えたつ不気味な館が眼下へと入った。

 

 

「見て。館まで呑み込まれてるわよ」

 

 

“フォレス・ガロ”の本拠は、見る影もない程に破壊されていた。

虎の紋様を施された扉は無残に取り払われ、窓ガラスは砕かれている。

豪奢な外観は、塗装もろとも蔦に蝕まれ、剥ぎ取られていた。

 

 

《これは……いよいよもって、キナ臭くなりましたね》

 

 

緊張した面持ちで、カグヤは館の塗装を撫でる。

これならば、内装は考える必要もない程に酷い有様になっているに違いない。

 

 

「ガルドは二階に居た。入っても大丈夫」

 

 

耀の言葉により、慎重に館の中へと入る。

案の定、内装は酷い有様となっていた。

こうなっては、流石にこの舞台の異常さを感じざるを得ない。

 

 

「この奇妙な森の舞台は………本当に彼が作ったものなの?」

 

「……分かりません」

 

《“主催者(ホスト)”側はガルドのみが縛られますが、舞台は代理を立てても構わないんです》

 

「代理を頼むにしても、罠一つもなかったわよ?」

 

 

その疑問に耀が応える。

 

 

「森は虎のテリトリー。有利な舞台を用意したのは奇襲の為……でもなかった。それが理由なら本拠に隠れる意味がない。ううん、そもそも本拠を破壊する必要なんてない」

 

《……多分、彼にとってあの場所が誇りなのでしょう》

 

 

あの場所、とカグヤが示したのは、二階。

そこは、耀が遠目からガルドが潜伏していると推測した場所。

 

 

《彼にとって、この屋敷も豪華な調度品も、見事な居住区も、意味のないモノ。あの部屋こそが、ガルドの誇りであり、縋るべき場所なのだと思います》

 

「……どうしてそう思うの?」

 

《私も、同じだからです。私にとって、“ノーネーム”で自分に与えられた部屋は……誇りと自慢、そして大事な思い出の詰まった、私だけのテリトリーです。たとえ、帝であろうとも黒ウサギであろうとも譲渡したくはありません》

 

 

二階へと向ける視線には、哀愁と強い愛着の意思が滲む。

それだけ、彼女にとってコミュニティは大事な場所なのだろう。

 

 

四人で一階を散策してみたが、武具らしきものは見つからなかった。

もうこうなってしまえば、二階に陣取っていると思われるガルドが所持している、と思う方が自然な流れだと言ってもいいだろう。

四人は、緊張した面持ちで二階を見上げる。

 

 

「二階に上がるけど、ジン君。貴方は此処で待ってなさい」

 

「ど、どうしてですか?僕だってギフトを持ってます。足手まといには」

 

《ジン、貴方には退路を守る役目をお願いします。それに、いざ逃げるとなった時……一番逃げる事が難しいのは貴方でしょう?》

 

 

カグヤの言葉は、見事に的を射ている。

確かに、襲われる場合その中で最も弱い者から狙われる事は極々当たり前だ。

この中で言うならば、一番幼いジンだろう。

それに、退路を守らねばならない、というのも確かに重要な事だ。

だが、ジンは不満だった。

 

これでは、自分が足手まといの様だ。

だが、彼女達の考えの方が正しいと理解し、ジンは渋々階下で待つ事にした。

 

飛鳥と耀、そしてカグヤは根によって変形させられた階段を、ゆっくりと登っていく。

互いに辺りを警戒し、出来るだけ物音を殺しながら。

 

階段を上った先にあった最後の扉の両脇に立って、三人は機会を窺う。

意を決した二人が勢いよく飛び込むと中から、

 

 

「ギ………」

 

 

「―――――……GEEEEEYAAAAAaaaa!!!」

 

 

言葉を失った虎の怪物が、白銀の十字剣を背に守って立ち塞がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

門前で待っていた三人の元に、獣の咆哮が届く。

森に忍び込んだ野鳥は一斉に飛び立ち、一目散に逃げていく。

 

 

「い、今の凶暴な叫びは……?」

 

「「ああ、間違いない。虎のギフトを使った春日部(耀)だ」」

 

「あ、なるほど。って、声を揃えてそんな訳ないでしょう!?幾ら何でも今のは失礼でございますよ!」

 

 

ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

十六夜も帝も本気で言った訳ではなく、互いに肩を竦ませて訂正した。

 

 

「じゃあ、ジン坊ちゃんだな」

 

「いやいや、飛鳥かもしれねぇぞ?」

 

「ボケ倒すのも大概になさい!!」

 

 

専用のハリセンで、ツッコミを入れる。

よっぽど暇を持て余していたのだろう。

十六夜は門からはみ出した、奇妙な樹の枝をへし折って笑う。

 

 

「今の咆哮といい、舞台といい、前評判より面白いゲームになってるじゃねえか。見に行ったらマズイのか?」

 

「お金をとって観客を招くギフトゲームも存在しておりますが、最初の取り決めにない限りは駄目です」

 

「何だよつまんねぇな。“審判権限(ジャッジマスター)”と、との御付きって事にすればいいじゃねぇか」

 

「だから、駄目なんですよ。ウサギの素敵耳は、此処からでも大まかな状況が分かってしまいます。状況が把握できないような隔絶空間でもない限り、侵入は禁止です」

 

 

チッ、と舌打ちした十六夜は、手の中で蠢く樹を縦に引き裂きながら呟く。

 

 

「………貴種のウサギさん、マジ使えね」

 

「せめて聞こえない様に言って下さい!本気でへこみますから!!」

 

 

ペシペシペシと叩く黒ウサギ。

それを見て、愉しげに笑っていた帝は自身のギフトカードを取り出すと、そこから硝子玉を取り出す。

十六夜が不思議そうにそれを摘まんだ。

 

 

「……?なんだ、これ」

 

 

覗き込んだ瞬間、煌々と光り出した硝子玉は壁に現状を映し出す。

それは、ゲーム内の映像だ。

 

 

「見たい場所を映し出す千里眼だ。これで俺達でもゲーム内がよく分かる」

 

「へえ……随分と便利なモノを持ってんな」

 

「部屋に埋もれてるのを見つけた。俺もカグヤの様子が気になるしな」

 

 

ククッと笑って、帝は壁に映る現状を見守る。

この鬼化した植物は、正直尋常ではない。

多分、このゲーム自体が仕組まれたモノ。

 

ガルドを利用して、ここを作った第三者は何かをさせたいのだろう。

 

(これだけの植物を鬼化させるだけの生き物は、彼奴しか考えられねぇ。なら、ゲーム自体には不備はない筈だ。こっちには、黒ウサギもいるんだからな。………だが、安全が確保されているかは別だろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

目にも留まらぬ突進を仕掛ける虎を受け止めたのは、飛鳥を庇った耀だった。

辛うじてガルドの突進を避けた耀は、階段に突き飛ばした飛鳥に向かって叫ぶ。

 

 

「逃げて!」

 

 

互いに後の言葉は続かない。

ガルドの姿は先日のワータイガーではなく、紅い瞳を光らせる虎の怪物そのものとなって、四人を待ち構えていたのだ。

階段を守っていたジンは、ガルドの姿を見るや否や、彼の身に何が起こったのかを理解する。

 

 

「鬼、しかも吸血種!やっぱり彼女が」

 

「つべこべ言わずに逃げるわよ!」

 

 

飛鳥はジンの襟を掴んで、階段から飛び降りる。

標的を飛鳥とジンに定めたガルドも、階段から飛び降りて立ち塞がる。

 

 

「GEEEEYAAAAaaa!!」

 

 

走る二人の背に、ガルドの爪が襲いかかる。

その瞬間、強い突風が彼の攻撃を阻む。

 

 

《今の内に早くお逃げください!!》

 

 

視線を上げた先に、鉄扇を構えて下の様子を窺うカグヤの姿があった。

どうやら、今の風は彼女のギフトらしい。

 

 

「ま、待って下さい!まだ耀さんとカグヤ様が上に!!」

 

()()()()()()()()()!」

 

 

飛鳥の命令に、ジンの意識は津波に巻き込まれた様に途切れた。

意識は逃げ出す事だけに集中し、飛鳥の手を掴んで一言

 

 

「一気に逃げます」

 

「え?」

 

飛鳥を腰から抱きかかえ、壁を蹴り壊す暴挙に出ながら、ジンが逃げる。

微かではあるが、飛鳥の悲鳴が耳に届いた。

ガルドはあの館から出るつもりはないらしく、狙いはあの二人から、館に残った二人へと戻った。

 

 

「GEEEEYAAAaaaaaaa!!」

 

 

理性を失った獣の咆哮。

その凄まじさに、カグヤの足が竦む。

肌で感じる強い殺意と敵意。

初めて感じるそれは、恐怖となってカグヤの精神を蝕んでいく。

 

――――怖い。

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわい怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイ………

 

 

「このっ!!!」

 

 

襲い来るガルドと全く動けないカグヤとの間に入ったのは、白銀の十字剣を持った耀だった。

突進する形で腕を上げたガルドの足裏に、剣の切っ先が浅い傷をつける。

 

 

「っ!!?GEEEEeeeeeYAAAAaaaaaa!!!?」

 

「がっ!!」

 

 

痛みで暴れるガルドの爪が、耀の右を捕える。

成すすべなく壁へと叩き付けられた耀に、カグヤが悲鳴を上げた。

 

 

《耀様!!!》

 

 

慌てて駆け寄り、彼女を抱きかかえる。

触診でも分かる程に右腕は裂け、多分肋骨にも罅が入っていると思ってもいいだろう。

脂汗を浮かべ、まだ使える左手でカグヤの袖を掴み、耀が呻く。

 

 

「カグヤ、逃げて」

 

《っ!!!!?》

 

 

その言葉に、カグヤの瞳に涙が浮かんだ。

耀は恐怖で動けないでいたカグヤを庇って、こんな傷を負ったのだ。

全ては、自分が弱いせい。

 

(何が絶対に傷付けない、だ。私はこんなにも、臆病者で弱いというのに……っ!!)

 

口先だけの自分に、嫌気と苛立ちが募る。

 

 

「GEEEEEEYAAAAaaaaa!!!」

 

《っ!!!》

 

 

間近で聞こえた咆哮。

カグヤはすぐさま反応し、耀を抱えてその場から飛び退く。

次の瞬間、ガルドが頭から壁へと激突する。

 

 

《うぐ…》

 

 

逃げが甘かったのだろう。

カグヤの背に相手の爪が傷を残す。

背に感じる痛みと熱に、カグヤは顔を顰めた。

このままでは、二人揃って餌になるだろう。

 

 

《耀様、その剣をしっかりと握って下さい》

 

「カグ、ヤ……?」

 

 

訳が分からない、とでも言いたげに聞き返す様へ、カグヤは精一杯の笑顔を向ける。

そして、片手で耀を抱え直すと、鉄扇を構えた。

 

 

《一旦引きます。舞なさい芭蕉扇!!!》

 

 

ブンッ、と勢いよく鉄扇を振るう。

次の瞬間、部屋一杯に疾風が駆け抜け、窓も天井も破壊していく。

墜ちる瓦礫を回避し、遠ざかっていくガルドを尻目に、カグヤはすぐさま破壊された窓より飛び降り、逃走を始めた。

 

 

「誰?」

 

「……私達」

 

 

暫く走っていると、丁度何やら話し合っていた飛鳥とジンに出くわした。

二人の顔を見た瞬間、ほぅとカグヤは息を吐き、その場で膝を折る。

二人の散々たる姿に、ジンと飛鳥は悲鳴の様な声を上げた。

 

 

「か、春日部さん!カグヤさんも!!大丈夫なの!?」

 

「大丈夫じゃ……ない。凄く痛い。ちょっと、本気で泣きそうかも」

 

 

脂汗が浮かぶ状況で、耀が呻く。

カグヤの方は、息も絶え絶えでとても話せる状況には見えない。

彼女は、手傷を負った状況でも耀を担いで、ここまで運んできたのだ。

粗、体力気力共に限界が近いと考えていいだろう。

薄れだした意識を無理矢理叩き起こし、カグヤは耀の傷へと触れる。

すると、ぽぅ…と彼女の手に淡い緑色の光が宿り、みるみる内に耀の傷を跡形もなく消し去った。

ありえない光景に、三人が目を丸くする。

 

 

「……治ってる」

 

 

先程まで痛んでいた腕をブンブン回し、耀が呟く。

どうやら、完全に回復しきった様だ。

 

 

「カグヤ、ありが」

 

 

とう……

 

そう続く事はなかった。

カグヤの身体はゆっくりと、その場に崩れ落ちる。

倒れる彼女を、飛鳥と耀が慌てて抱き起す。

 

 

「カグヤさん!!しっかりして!!」

 

「カグヤ!!」

 

 

抱いた手を、カグヤの血が汚す。

このままでは、出血多量で彼女の命が危ない。

本来なら、すぐさま止血をして応急処置をするべきなのだろうが、今はそんな道具はない。

飛鳥は悔しげに彼女を見る。

 

 

「時間がないわ。今からあの虎を退治してくるわ。ジン君はここで待ってなさい」

 

「あ、飛鳥さん!?駄目です、一人じゃ無理です!」

 

「大丈夫。私も一緒に行く」

 

 

耀はジャケットを脱ぐと、地面へ敷き、そこへカグヤを横たえる。

ちょっとの刺激にも呻く彼女に、辛そうに表情を歪めた後、十字剣を手に立ち上がった。

 

 

「行こう、飛鳥」

 

「ええ」

 

 

力強く頷き合う二人。

これは、大事な試合なのだ。

彼女をコミュニティに残す為の、大事な……

 

 

《飛鳥様……耀様……》

 

 

微かに聞こえた声。

二人が視線を向けると、苦痛に喘ぎながらも真っ直ぐに自分達を見るカグヤがいた。

 

 

「カグヤ、待ってて」

 

「一○分で決着をつけるわ。少しだけ我慢して」

 

《はい。私は……信じております。……飛鳥様と耀様なら……絶対に勝利して下さる、と……》

 

 

“いってらっしゃい”

そう送り出す様に、手を小さく振る彼女へ二人は微笑むと、森の中へと疾走していった。

その姿を最後に、カグヤの意識は闇の奥へと落ちて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

ゲーム終了を告げる様に、木々が一斉に霧散した。

それを合図に、帝が走り出す。

その後を、黒ウサギと十六夜が追う。

 

 

「おい、黒ウサギ!治療器ってのは、コミュニティにあるのか!?」

 

「YES!コミュニティの工房なら、どんな大怪我を追っても治せるだけのギフトが揃っております!!」

 

「黒ウサギ!早くこっちに!カグヤ様が危険だ!」

 

 

風より早く走る三人は、瞬く間にジン達の元に駆け付けた。

廃屋に隠れていたジンは、三人を呼び止める為に叫ぶ。

カグヤの容体に、帝と黒ウサギが言葉を失う。

 

 

「カグヤ!!」

 

「すぐ、コミュニティの工房に――」

 

《み、かど……》

 

 

微かに漏れる声。

視線を向けると、ボロボロの身体をしたカグヤが必死に手を伸ばし、帝の前足を掴む。

その瞳は、既に正気を失っているのかぼんやりと暗い。

多分、彼女は意識が回復しない状況で動いているのだろう。

ただ、己の信念の為に……

 

 

《私……戦えた、でしょ?》

 

「カグヤ……もういい。このゲームはお前達の勝ちだ。早く治療を――」

 

《奪わ、ないで……》

 

「カグヤ様…?」

 

《私から……居場所を……大事な思い出を………奪わないで……奪っちゃ、嫌だよ…お兄ちゃん………》

 

 

泣き出しそうな程悲しみに満ちた呟きを最後に、カグヤはその場で力尽きる。

眠る様に気を失った彼女へ、帝は頬へ伝う涙を舐めとると、黒ウサギの方を向く。

 

 

「カグヤを頼む」

 

「お、お任せください!!」

 

 

カグヤを抱えると、黒ウサギは全速力で工房へ向かった。

黒ウサギが踏み込んだ地面にはクレーターの様な亀裂が走り、通った後には土埃が渦を巻いて立ち上る。

その姿を見送り、帝は辛い気持ちを噛み殺す。

 

(…本当に、これが正しい事なのか?)

 

自分に問うが、その答えは依然として闇の中。

ただ、妹が無事である様に、今は祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




様々な方々がこのシーンで、白夜叉に挑戦し見事打ち勝つ!!……なお話を書く中で、水無瀬はあえてこのシーンを書く事を選びました。

チートであって、チートではない……そういったお話を書きたいと思い、こんな感じとなりました。
魔王にすら単身で勝ててしまう帝とは違い、カグヤは普通の女の子です。

どう考えたって、いきなり虎に襲われて怖くない…って方が異常だと思います。
箱庭で育った彼女でも、恐怖感はちゃんとあるし、痛ければ泣いてしまう……

そんな丁度いい感じの女の子を目指しております。



さて、少しだけカグヤのギフトが出てきたのですが、その説明は次のお話で。
次回は、帝が簀巻きになって玄関先に吊るされる予定です!!


けしからん、もっとやれ!!!やっはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!←


では、また

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