問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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二章 穏やかな世界の裏

場所は箱庭二一○五三八○外門。ペリベッド通り・噴水広場前。

箱庭の外壁と内側を繋ぐ階段の前で戯れる子供達がいた。

 

 

「ジン~ジン~ジン!黒ウサ姉ちゃん、まだ箱庭に戻ってこねぇの~」

 

「もう二時間近く待ちぼうけで、わたし疲れたー」

 

 

口々に不満を吐き出す彼ら。

その様子にジンが苦笑していると、彼の傍にいた者から、叱る様な厳しい声が上がる。

 

 

「我儘も大概にしろ!それでも、コミュニティの世話を任された者の態度か!!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「も、もう我儘言いません……」

 

 

牙をむき出しにして唸る彼に、傍らにいた少女が諌める様に、ポンポン、とその背を擦る。

すると、先程まで苦笑していたジンが一歩前へと出た。

 

 

「皆は先に帰っていいよ。僕達は新しい仲間をここで待っているから」

 

 

柔らかい声でそう促すと、全員が少しだけ落ち込んだ様子でトボトボと帰路を歩いていく。

その様子に、カグヤは少しだけ悲しそうな表情で見送る。

 

 

「……カグヤ、あんまり悲惨な顔してると、新しい同士が気にするぞ?」

 

「…………」

 

「……はぁ~~。後で謝っておく。確かに、言い過ぎたかもしれない」

 

 

懺悔する様に告げる彼に、カグヤは表情を綻ばせ、頷く。

それがいい……とでも言いたげに。

と、彼はスンッ、と鼻を鳴らし、入口へと視線を向ける。

そして、小さく笑みを浮かべた。

 

 

「…どうやら、きたみたいだな」

 

「ジン坊ちゃーん!新しい方を連れてきましたよー!!」

 

 

彼の言う通り、外門前の街道から黒ウサギと、見知らぬ女性二人が歩いてきた。

と、黒ウサギはかぐやの姿を見つけると、涙ぐまん勢いで駆け寄ってくる。

 

 

「カグヤ様!!」

 

 

感極まるとでも言いたげの黒ウサギへ、カグヤは淡く苦笑する。

その様子に、傍らにいた銀狼がはぁ、と大げさに溜息を漏らした。

 

 

「黒ウサギ、お客様をほったらかしとは、良いご身分だな」

 

「そ、そのお声は!!」

 

 

どこだどこだ、と辺りを見渡す黒ウサギに、ショートヘアの少女がチョンチョンと銀狼を指差す。

 

 

「今の声、この子の」

 

「な、なんですと!!?み、(みかど)様が狼に……!!?」

 

 

なんて事だ!!と嘆く黒ウサギに、後ろにいる女性二人は困惑気味。

これでは、話が進まな過ぎる。

はぁ、と再度溜息を零す銀狼。

 

 

「あ~……とにかく、召喚されたのはお二人なんだな?」

 

「はいな、こちらの御三人様が―――」

 

 

クルリ、と振り返る黒ウサギ。

カリン、と固まる黒ウサギ。

 

 

「……え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」

 

「ああ、十六夜君のこと?彼なら“ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」

 

 

あっちの方に。と指差すのは上空4000mから見えた断崖絶壁。

街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて二人に問い質す。

 

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「“止めてくれるなよ”と言われたもの」

 

「なら、どうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「“黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」

 

「「うん」」

 

 

ガクリ、と前のめりに倒れる。

どうやら、想像以上の問題児集団を召喚してしまった様だ。

流石に、彼もこればっかりは溜息も出てこない様で、もう知らん、とでも言いたげに体を丸めて寝る体制になっている。

と、ジンが蒼白になって叫んだ。

 

 

「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームの為、野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」

 

「……結構薄情なお嬢様方だな」

 

 

身も蓋もない言い様に、寝る体制のまま銀狼が呟く。

とはいえ、ついさっき呼び出された仲でいきなり仲間意識が出来るとは思ってはいない。

黒ウサギは溜息を吐きつつ立ち上がった。

 

 

「はあ……ジン坊ちゃん、カグヤ様、そして帝様。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

 

ジンの声に合わせて、コクリ、と頷くカグヤ。

相変わらずの寝る体制な銀狼は、パタリ、と尻尾を一回だけ振る事で応える。

 

 

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに――――“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

 

悲しみから立ち直った黒ウサギは、怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒髪を淡い緋色に染めていく。

外門めがけて空中高く跳び上がった黒ウサギは、外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、

 

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと、箱庭ライフを御堪能ございませ!」

 

 

黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ、踏みしめた門柱に亀裂を入れる。

全力で跳躍した黒ウサギは弾丸の様に飛び去り、あっという間に全員の視線から消え去っていった。

 

その様子に、カグヤは淡い笑みを浮かべると、ヒラヒラと手を振って見送る。

 

巻き上がる風から髪を庇う様に押さえていた女性が、ポツリ、と呟く。

 

 

「……。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギってのは、この箱庭を作った奴らの眷属。ちょっと特殊な一族なんだよ」

 

「力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」

 

「寧ろ、俺は彼奴が負ける姿を見たくないけどな」

 

 

少し不安そうに黒ウサギがいた場所を見るジンとは違い、相槌を打つ銀狼は寝る体制を崩していない。

と、呆れた様な表情でカグヤが銀狼の背を叩く。

面倒そうに体を伸ばし、起き上がる銀狼。

 

 

「黒ウサギも堪能下さいと言っていたし、御言葉に甘えて、先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方達がしてくださるのかしら?」

 

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですが、宜しくお願いします。二人の名前は?」

 

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

 

「春日部耀」

 

「それで、さっきから無言の彼女と喋る狼さんは?」

 

「俺は帝。月影(つきかげ)帝。訳あって狼の姿をしているが……これでも人間だ。それでこっちが、カグヤ。月宮(つきみや)カグヤ。こいつは好きで無言なんじゃなくて………話せないんだ」

 

「話せない?」

 

「……声を奪われちまってな。でも」

 

 

カグヤの傍らで足を折る帝。

と、それに促される様にカグヤはその背へとゆっくり座る。

それを確認し、帝は立ち上がると二人へ近寄る。

 

そして、カグヤは二人の手を握るとふわり、と花が綻ぶ様に笑った。

 

 

《初めまして、飛鳥様、耀様。月宮カグヤ、と申します》

 

「え…?」

 

「……?頭に直接響く様な…」

 

《はい。私が所有しているギフトの一つでございます。言葉を発する事は出来ませんが、こうして意思疎通をする事位は出来るのです。本日より、皆様の身の回りのお世話やゲーム時のサポートを帝共々させて頂きますので、よろしくお願いします》

 

 

頭に響く、鈴を転がした様な美しい声。

それを発しているのは、目の前の少女だと告げられ、二人は目を丸くする。

その様子に、クスクスと帝が笑う。

 

 

「今は必要がないから、こうして必要最低限に使わせてる」

 

《ですので、私が触らない限りお二人には、私の『声』が聞こえなかったのです。ご無礼をお許し下さい》

 

「そ、そんな……気にしてないわ」

 

「うん。私も気にしない」

 

 

申し訳なさそうに頭を下げるカグヤに、二人は軽く手を振って、諌める。

すると、カグヤも頭を上げ柔らかな微笑を浮かべた。

 

 

《箱庭に召喚され、さぞお疲れでしょう。宜しければ、軽い食事でもしながら、お話をさせて頂けないでしょうか?》

 

「何時までも、こんな場所に突っ立ってたら通行人にも怪しまれるしな。それでいいか?ジン」

 

「そ、そうですね。では行きましょうか」

 

帝に促されるままに、ジンは慌てて導く様に手を伸ばす。

それに気分を良くしたのか、飛鳥は胸を躍らせる様な笑顔で箱庭の外門をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

箱庭二一○五三八○外門・内壁。

帝に乗ったカグヤの先導で、全員は石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。

すると、ぱっと全員の頭上に眩しい光が降り注ぐ。

遠くに聳える巨大な建造物と空を覆う天幕を眺め、

 

 

『お、お嬢!外から天幕の中に入った筈なのに、御天道様が見えとるで!』

 

「……本当だ。外から見た時は箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 

三毛猫の指摘を受け、耀が空を見上げ首を傾げる。

確かに、天幕を上空から見た時、箱庭の街並み等見えなかった。

すると、クスリ、とカグヤが笑う。

 

 

《箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ》

 

「あれには、太陽の光を弱める効果があるらしくてな。本来、太陽の光を浴びる事が出来ない種族なんかも、普通に生活できるって優れものだ。それにしても、外部の猫ってのは視力がメガネ君並だって聞いてたが、その三毛猫はかなり良いのか?」

 

「!?……三毛猫の言葉、分かるの?」

 

「俺もこの通り、狼なんでな。カグヤも聞こえてるだろ?」

 

《はい。言語に関しては、知能が単細胞でない限りは認識できますよ》

 

 

驚きましたか、と笑う彼女に、耀は素直にコクリ、と頷く。

その様子に、全く話が分からないらしいジンと飛鳥が揃って首を傾げた。

が、気を取り直したらしい飛鳥は、青い空を見上げ、皮肉そうに言う。

 

 

「太陽の光が苦手って……この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

 

「え、居ますけど」

 

「普通にいるだろ」

 

《はい。いらっしゃいますよ?》

 

「………。そう」

 

 

平然と二人と一匹に肯定され、何とも複雑そうな顔をする飛鳥。

どうやら、同じ町に住む事が出来る種とは思えない様だ。

暫く街並みを眺める様に歩くと、帝が足を止めた。

 

 

「店はここでいいだろ」

 

「あ、はい。そうですね」

 

 

クルリと振り返り、尻尾で店を示すとジンが慌てて同意する。

元より、彼は全てを黒ウサギ任せにしていた為、ほぼノープラン。

帝もカグヤもそれを察しているらしく、周囲で旗を確認しつつ、彼女達の雑談相手をしていたのだ。

 

全員で、“六本傷”の旗を掲げるカフェテラスに座る。

すると、注文を取る為に店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出してきた。

 

 

「いらっしゃいませー。ご注文はどうしますか?」

 

「お薦めって何なのかしら?」

 

「取り敢えず、人数分の紅茶と……軽食でいいだろ」

 

《帝、これがいいと思いますよ?》

 

「……だな。ジン、後は頼んだ」

 

「あ、はい!紅茶を四つ」

 

「おーい。お前は俺を動物扱いしたいのか?」

 

《……帝、その姿で紅茶を飲めるんですか?》

 

「……ぐすん」

 

 

溜息混じりのカグヤの指摘に、ふてくされた様に帝はクルン、と体を丸めてしまった。

本人としては、人間として扱ってほしいらしいが、姿故に出来ない事は多い。

パタパタと不機嫌に尻尾を床に叩き付ける彼に、カグヤは淡く苦笑すると、その背を優しく撫でた。

 

 

《ジン、お願いします》

 

「あはは………。すみません、紅茶を四つと軽食にコレとコレと」

 

『ネコマンマを!』

 

「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね。それから……そちらの狼さんは?」

 

 

困った様に苦笑する店員に、カグヤはメニューを眺めるとアイスティーを皿で、とジェスチャーで伝える。

その仕草に、はーい、と彼女は快く伝票へと書き込んでいく。

店内へと帰っていく彼女を見送り、ふとカグヤは目を丸くしたままの三人に気づき、小さく首を傾げた。

 

 

 

《どうかしましたか?》

 

「…今の人?も、三毛猫の言葉が分かってた。箱庭って凄いね」

 

「今のは、猫族だからだよ。猫同士で言葉が通じない方がおかしいだろ?」

 

「でも、帝もカグヤも分かるよね?」

 

「俺もカグヤも、そういったギフトを所持してるからな」

 

「ちょ、ちょっと待って。貴女達もしかして、猫と会話が出来るの?」

 

 

和やか(?)に会話している二人へ、珍しく動揺した声で飛鳥が問う。

それに対し、耀と帝、カグヤがコクリ、と頷いて返す。

ジンも興味深く質問を続けた。

 

 

「もしかして、二人の様に猫以外にも意思疎通は可能ですか?」

 

「うん。生きているなら、誰とでも話は出来る」

 

「それは素敵ね。じゃあ、そこに飛び交う野鳥とも会話が?」

 

「うん。きっと出来……る?ええと、鳥で話した事があるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど……ペンギンがいけたからきっとだいじょ」

 

「ペンギン!?」

 

「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」

 

 

耀の声を遮る様に飛鳥とジンの二人が声を上げる。

飛鳥が驚く事は至極当たり前だとは思うが、流石のジンも先程召喚されたばかりの彼女がそういった力がある事に驚いているのだろう。

 

 

《耀様は、沢山のお友達がいらっしゃるのですね》

 

「うん……でも、人間のお友達はいない」

 

 

褒めたつもりだったのだが、どうやら彼女の痛い所だったらしい。

シュン、と頭を垂れる彼女に、カグヤはあわあわしてしまう。

その姿に、フン、と帝が鼻を鳴らす。

 

 

「なら、この箱庭で作れよ。ここは耀以上に異様な奴等の宝庫だからな。人型の友人なら五万と出来るぜ?」

 

「…本当?」

 

「ああ」

 

「それにしても……全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭でも幻獣との言語の壁はとても大きいですから」

 

「そうなんだ」

 

「はい。一部の猫族やウサギの様に神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達は難しいというのが一般です。箱庭創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションを取る事は出来ない筈ですし」

 

「…カグヤと帝も?」

 

「理解不明な言語飛ばしてくる幻獣もいるからな」

 

《私も同じくです》

 

 

聞いてきた耀へ、二人は苦笑気味に答える。

 

 

「そう……春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 

笑いかけられると、困った様に頭を掻く耀。

対照的に飛鳥は憂鬱そうな声と表情で呟く。

あまりにも彼女らしくない態度に、耀が心配そうに見つめた。

 

 

「久遠さんは」

 

「飛鳥でいいわ。宜しくね、春日部さん」

 

「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」

 

「私?私の力は……まあ、酷いものよ。だって」

 

「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 

 

品の無い上品ぶった声がジンを呼ぶ。

その声に、かぐやは視線を鋭くし、帝が唸り声を上げる。

そこにいたのは、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男がいた。

ジンは顔を顰めて、男に返事をする。

 

 

「僕らのコミュニティは“ノーネーム”です。“フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー」

 

「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われて、よくも未練がましくコミュニティを存続させる等できたもの」

 

《―――黙りなさい》

 

 

厳しい一括に、ガルドと呼ばれたピチピチタキシードは、驚いた様に辺りを見渡し、カグヤへと視線を向けると、驚いた様に目を見開く。

 

 

「まさか……目覚められているとは………もしや、貴女は『歌姫』ではありませんか?」

 

 

興奮した様な口調で問う彼に、カグヤは侮蔑にも近い視線だけを投げる。

彼女に寄り添う様にしていた帝は、今にも襲いかからんと毛を逆立て、臨戦態勢。

それを是としたのだろう、ガルドは四人が座るテーブルへ、手短にあった椅子を取ると、無理矢理割り込ませる様にして座る。

相手の失礼な態度に、初対面である二人は冷ややかな態度で見る。

 

 

「三年前より昏睡状態だったと、風の噂で聞き及んではいましたが、まさかこの様な場所でお会いできるとは、夢にも思いませんでしたよ!」

 

「口を慎め、獣風情が。それ以上、カグヤに近づくなら首を噛み千切る」

 

 

底冷えする程の低い唸り声に、ガルドは口を閉ざす。

宝石の様だった瞳には暗い殺気が宿り、不気味な色合いでヌラヌラと光る彼に、先程の穏やかさはない。

 

 

「失礼ですけど、同席を求めるなら、まず氏名を名乗った後に、一言添えるのが礼儀ではないかしら?」

 

 

緊張状態とも思える中、飛鳥の苛立った声にガルドはハッとし、慌てて愛想笑いを取り繕う。

 

 

「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ“六百六十六の獣”の傘下である」

 

「烏合の衆の」

 

「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」

 

 

ジンに横槍を入れられ、ガルドは怒鳴り声を上げた。

その顔は先程の人間に近いモノではなく、肉食獣の様な牙とギロリと血走った眼が激しい怒りを象徴するかの様。

小さな子供なら、泣いてしまいそうだがジンは毅然とし、彼の横槍がお気に召したのか帝はニタニタと馬鹿にした様に笑う。

 

 

「口を慎めや小僧ォ……紳士で通っている俺にも聞き逃せねぇ言葉はあるんだぜ………?」

 

「森の守護者だった頃の貴方なら、相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一○五三八○外門付近を荒らす獣にしか見えません」

 

「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」

 

「ハイ、ちょっとストップ」

 

 

険悪な二人を遮る様に、飛鳥が声を上げる。

 

 

「事情はよく分からないけど、貴方達二人の仲が悪い事は承知したわ。それを踏まえた上で質問したいのだけど―――」

 

 

飛鳥が鋭く睨む。

しかし、その相手はガルドではなく、

 

 

「ねぇ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私達のコミュニティが置かれている状況……というモノを説明していただける?」

 

「そ、それは」

 

「俺達のコミュニティは、ほぼ子供しか残ってない存続も危うい弱小コミュニティなんだよ」

 

「帝様!!?」

 

 

サラッ、と言う帝へ、ジンは声を荒げる。

それは、黒ウサギと口裏を合わせて隠していた事だ。

それを、彼は特に興味もなさそうに簡単に口にしてしまった。

動揺するジンへ、帝は苛立ちを込めた鋭い視線を向ける。

 

 

「ジン。お前は自身をリーダーと名乗った。その事に俺もカグヤも反対はしないし、お前に協力だってする。三年も眠り続けた罪滅ぼしの意味を込めて、俺達にはそれをする責務があるからな。だが、この二人はお前の都合で呼び出された客人だ。これ以上、お前や黒ウサギが彼らを騙してでもコミュニティへ連れ込むっていうなら、俺もカグヤもお前達に義理立てする気はない」

 

《ジン、貴方はあのコミュニティを復興させようって思っているのでしょう?それなのに、プレイヤーを騙して、コミュニティへ連れ込もうだなんて……私達には容認できません。お二人には、きちんと説明した上で、本人の意思でコミュニティを選んで頂きましょう?》

 

 

厳しい言葉に、ジンは俯く。

これを見ていたガルドは獣の顔を人に戻し、含みのある笑顔と上品ぶった声音で、

 

 

「レディ、貴女の言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし、彼はそれをしたがらないでしょう。例え、このお二方が幾ら言おうとも。宜しければ“フォレス・ガロ”のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧―――ではなく、ジン=ラッセル率いる“ノーネーム”のコミュニティを客観的に」

 

《その必要はございません》

 

 

ガルドの言葉を遮り、カグヤは涼やかな『声』で告げる。

その表情は、真剣そのもので、凛とした美しさを纏う。

 

 

《私より、ご説明させて頂きます。この箱庭と呼ばれる世界を……そして、“ノーネーム”と呼ばれる私達のコミュニティについて、を。もし、私が誤魔化す様な事がありましたら、そこのガルドが指摘するでしょうから、ご安心下さい》

 

「……そうね。お願いするわ」

 

 

飛鳥は一度だけジンを見、そしてかぐやへ頷く。

ジンは、未だに俯いたまま口を堅く閉ざしたままだ。

 

 

 

《はい。まず、コミュニティですが、これは読んで字の如く、と言いましょうか。複数名で作られる組織の総称です》

 

「受け取り方は人其々。コミュニティを家族とも組織とも国とも言う。まぁ、幻獣達は“群れ”って言った方がしっくりくるらしい」

 

「それぐらいは分かるわ」

 

《そうですか。ですが、これがこの箱庭では重要な意味を持ちますので、少しだけ詳しく言わせて頂きました。そしてコミュニティは、活動する上で箱庭に“名”と“旗印”を申告しなければなりません。特に“旗印”はコミュニティの縄張りを主張する大事な物です。……そうですね。このお店に掲げられている旗がありますよね?あれがそうです》

 

 

カグヤは少しだけ辺りを見渡し、店頭に掲げられた“六本傷”が描かれた旗を指す。

 

 

《六本の傷が入ったあの旗は、このお店を経営するコミュニティの象徴です。その為、このお店は南側に本拠を構える“六本傷”が運営している、と一目で分かる様になっています》

 

「だが、コミュニティが複数あるなら争いだって起こるだろ?自分の領土を広げたいってのは、誰にだってある野望だ。だから……コミュニティにとって大事な“旗印”と“名”をかけて、両者同意の末に『ギフトゲーム』を行い、負けた方は勝った方の傘下へと下る。この場合、負けた方は“名”も“旗印”も奪われ、勝った方の“名”や“旗印”を提示する義務があるんだ。そうだな……例えば、俺達のコミュニティがこの店を欲したとする。その場合、相手側が同意するならこの店をかけて『ギフトゲーム』をする。勝てばこの店には俺達の“旗印”が掲げられ、負ければ相応のモノが奪われる」

 

「紋様が縄張りを示すというのなら……この近辺はほぼガルドさんのコミュニティが支配していると考えていいのかしら?」

 

 

飛鳥がガルドの胸に刺繍された虎の紋様をモチーフとしたそれを指差し、首を傾げる。

確かに、見渡す限りの商店や建造物には同じ紋様が飾られていた。

 

 

《はい。そう思っていただいて構いません。………次に、私達のコミュニティについてです。私達のコミュニティは、数年前までこの東地区の大半を領土と置く、最大手のコミュニティでした》

 

「あら、意外ね」

 

「因みに、リーダーはジンじゃねぇぞ?ちゃんとした大人の男だ。ギフトゲームは全戦全勝。正直、本当に人間なんだろうかって疑った事すらあったよ。彼奴らが持ってるギフトゲームの戦績は人類最高の記録で、未だに破られてない」

 

《東西南北に分かれたこの箱庭で、南北のコミュニティとも親交が深かったです。これは、極めて珍しい事なんですよ?本来、それ程深く関わらない他地区のコミュニティが認める事は、まずありませんので。……今でもあの方々は尊敬しております》

 

「……だが、それも長くは続かなかった」

 

 

冷めた様な声に、ビクッ、とジンの肩が跳ねる。

 

 

「俺達のコミュニティは、厄介な相手に目をつけられた。そして、ギフトゲームを仕掛けられ……一夜にして滅ぼされた。この箱庭における最悪の天災によって、な」

 

「天災?」

 

 

飛鳥と耀は同時に聞き返した。

彼らが語る通りの巨大な組織が、一夜にして滅んだ理由が天災、というのはあまりにも不自然に感じたのだろう。

 

 

《そのままの意味、です。私達はこの箱庭で唯一最大にして最悪、最凶の天災―――俗に“魔王”と呼ばれる者が作ったコミュニティによって、全てを奪い尽くされたのです》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応、初めて読む方でも分かりやすい様、原作の解説を出来るだけ詳しく書いていく予定で頑張っています。

が……ゴメン、そろそろくじけそう(泣)


さて………書いていて、何となく思ったのですが、私ってばカグヤや帝の容姿を一切記入してませんね(苦笑)
帝は兎に角として……カグヤだけでもきちんとしておこうと思いますので、ちょこっとだけプロフィール





名前*月宮カグヤ

年齢*見た目18歳(これで1000年は続いてます(笑))

容姿*誰もが見とれる程に美しい。淡い蒼色の髪を太腿まで伸ばし、肩の辺りで緩くおさげ風に結んでいる。(結び紐は紺が多い)瞳は空色。

服装*小袖に袴姿が主。寝る時は浴衣姿



………とまぁ、こんな感じな我がヒロイン。
話せない事等を含め、ギフトも後々登場していきます。


それでは

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