問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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十四章 蠢く影と見えない敵

 

―――境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。

 

カグヤは一定の距離を保ちつつ、飛鳥の後を追っていた。

流石に、あんな事をした後でどう話しかければ分からないし、何より彼女と会話しては、また勢い任せで何か言ってしまう様な気がしたのだ。

とはいえ、こうして彼女の後を追っているというのは、聊かストーカーの様な事をしている気がして、気分的にはあまり宜しくない。

 

取り敢えず、気分だけでも回復させようと、飛鳥の姿を視界の端に捉えつつ、カグヤは適当に観光する事にした。

 

洞穴の中にある展示場は、沢山のペンダントランプのおかげで、それ程暗い印象はない。

出展物には、流石に巨大なペンダントランプがシンボルなだけあり、沢山の趣向を凝らしたキャンドルグラスやランタン、大小様々なステンドグラス等が飾られている。

淡い炎の光を受け、キラキラと輝くそれらに、ほぅ、と感嘆の溜息がこぼれる。

 

 

(……でも)

 

 

それと比べてしまうのは、元仲間達の事。

仲間の中には、そういった創作系が得意な人物がいたのだ。

よく、彼の工房に足を運び、その作業を見学させてもらっていた。

あの頃は、沢山のギフトが出来上がる様をドキドキしながら、眺めていた気がする。

そして、その横にはいつでも帝がいた。

 

 

(帝がいるのは、当然ですよね。だって……)

 

 

そう。あのギフト達は―――

 

 

――――――異変に気が付いたのは、この瞬間だった。

ヒュゥ、と。

大空洞に一陣の風が吹く。

その風は、あまたの灯火を一吹きで消し去ってしまう。

その瞬間、カグヤは今までになく戦慄した。

風を操るギフトを持つ、彼女だから感じる違和感。

なにより……この大空洞は()()()()()()だった筈だ。

そんな状態の大空洞で、これだけ強い風が吹く事は、先ずありえない。

それは、どうしても風の流れが淀み、その威力は半減するのだ。

 

 

「どうした!?急に灯りが消えたぞ!」

 

「気を付けろ、悪鬼の類かもしれない!」

 

「身近にある灯りを点けるんだ!」

 

 

灯りが消えた大空洞は、夜よりも深い闇に閉ざされてしまった。

そんな中、内部の人間の叫び声だけが、不気味に反響した。

カグヤはすぐさま近くにあったランタンへ、備え付けられたマッチを使って火を灯す。

少しでも灯りが取り戻せたなら、それは現状の混乱を抑えられる筈。

だが、その瞬間――――

 

 

『ミツケタ………ヨウヤクミツケタ…………!』

 

 

怨嗟と妄執を交えた怪異的な声が、大空洞で反響する。

反響の位置から推測して、もっと奥に主犯がいるのだろう。

そして、その奥にいるのは……

 

 

《っ…飛鳥様!》

 

 

慌てて、人影を押しのけカグヤが走る。

もみくしゃになりつつ、奥へと進むにつれ、不思議な笛の音が彼女の鼓膜を揺らす。

 

 

『―――嗚呼、見ツケタ………!“ラッテンフィンガー”ノ名ヲ騙ル不埒者ッ!!』

 

 

大一喝が大空洞を震撼させた瞬間、カグヤの耳に別の物音が届く。

初めは微かだったその音は、次第に大きく変わっていき、その数の多さに客が慄く。

 

 

「ね、ねず……ネズミだ!?一面全てが、ネズミの群れだ!!」

 

 

逃げ惑う衆人の中で、カグヤの眼にも現状が映る。

それは地面を埋め尽くす程に大量のネズミの一軍が、一斉に襲いかかってきているのだ。

こんな細い洞穴を埋め尽くす群れに、誰が冷静でいられよう。

一瞬にして、大パニックへと陥り、我先にと逃げ惑う。

そんな中、必死に彼らとは逆方向へ進むカグヤは、状況の不利を悟る。

だが、ここで諦める程にカグヤは自分が諦めの良い性質ではないと知っている。

 

 

《……やるしか》

 

 

ない!!

そう自身に気合いを入れ、壁に足を掛けるとそのまま走り出す。

半円状に掘られたそれを、最小限の風を利用した走る。

丁度、壁を走る格好となるが、今はどうでもいい。

 

パニックを起こした最後尾に、自分が目的としている人物が見える。

飛鳥は必死に、“フォレス・ガロ”とのゲームで手に入れた白銀の十字剣でネズミに応戦していた。

だが、元より武人ではない彼女では、数匹に傷をつける程度。

その間にも、彼女の身体にはネズミ達からの引っ掻き傷や噛み傷で細かい傷がついてしまっている。

 

 

「っ……()()()()()()()()()()()!!」

 

 

力を込めた飛鳥の声が響く。

本来であるならば、彼女が持つ“威光”のギフトによって、彼らは操られた様に巣へと戻っていくのだろう。

だが、ネズミ達のその様子は一切なく、一心不乱に飛鳥へと爪を立てる。

 

 

《っ!?……飛鳥様から、離れなさい!!このネズミめ!!》

 

 

素早く芭蕉扇を広げ、カグヤが煽ぐ。

突如走った突風により、飛鳥の近くまで迫っていたネズミは、また洞穴の奥へと逆戻りになった。

だが、如何せん数が多すぎる。

この狭い洞穴では芭蕉扇をどれだけ振るおうとも、起こせる風に制限がかかってしまう。

 

それに、カグヤにはもう一つ不利な事がある。

 

風を使うという事は空気を動かすという事。

普段通りに疾風を巻き起こせば、真空が出来る恐れがある。

酸素は生き物が生きる為には必要なモノ。

それを失えば、自分とて唯では済まない。

 

 

「か、カグヤさん!?どうして……」

 

《お話は後です!!走って!!》

 

 

再度芭蕉扇を振るい、先頭を走るネズミを吹き飛ばす。

突然の登場に、飛鳥は面食らったがそれどころではない、と判断したのか、カグヤに言われるがままに走る。

カグヤは走り出した飛鳥をフォローしつつ、迫りくるネズミを芭蕉扇の突風で吹き飛ばし、状況を分析する。

 

 

先ず、相手が狙っているのは“ラッテンフィンガー”という人物、もしくはコミュニティだろう。

それは、先程の怨嗟の声から察する事が出来る。

ならば、何故ネズミ達が執拗に飛鳥を狙うのか。

その理由として考えられるのは、敵が飛鳥を“ラッテンフィンガー”と勘違いしているか、飛鳥が誰かを庇っているかの二択。

 

カグヤは、後者の方が確率としては高い、と睨んだ。

 

 

《飛鳥様!!“ラッテンフィンガー”に由来する何かをお持ちですか!?》

 

「え!?ラッテンフィンガー!!?」

 

 

カグヤの問いに、ハッとして飛鳥が肩を見る。

そこには、小さなとんがり帽子の精霊が、必死の形相でしがみついていた。

どうやら、その精霊が“ラッテンフィンガー”なのだろう。

それならば、その精霊を振り落とせば、もう飛鳥が狙われる事はない。

 

だが、カグヤが口にしたのは別の言葉だった。

 

 

《飛鳥様、絶対にその子を振り落としてはなりませんよ!?》

 

「ええ!!当たり前でしょ!!」

 

 

怯え震えるその幼い精霊を振り落とす等、カグヤには出来ない。

それは、飛鳥も同じだったのだろう。

彼女は、服の胸元を大胆に開いて、精霊を中へと押し込む。

 

 

「むぎゅっ!?」

 

「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ!」

 

 

兎に角、今は出口を目指す事が優先だ。

カグヤのフォローを受けつつ、飛鳥も出口へと続く一本道をひた走る。

だが、もう既に足元はネズミによって占拠されている状態。

幾ら、カグヤが芭蕉扇で吹っ飛ばそうとも、彼らは果敢に襲いかかってくる。

 

彼女達が纏う服には、防御のギフトが付与されている為、彼女達の身体を守ってはくれるが、剥き出しの肌はそうもいかない。

 

 

「っ……」

 

《飛鳥様!?》

 

「だ、大丈夫よ」

 

 

強がってみせてはいるが、その腕からは血が滴る。

彼女が纏う真紅のドレススカートは、腕の大半が露出している為に、格好の餌食とされてしまっている。

カグヤはその状況に表情を歪めると、すぐさま自身が纏う小袖を脱ぎ、彼女へと頭から被せる。

 

 

「ちょっ!?カグヤさん!!?これじゃ、貴女が………」

 

《主の肌に傷をつけたままにするなど、使用人の恥。大丈夫です。私、生傷には慣れていますので》

 

 

上半身をサラシ一枚となった状態で、カグヤが笑って見せる。

小袖は剥き出しだった飛鳥の素肌を完全に覆い、彼女を怪我から守る。

だが、その分カグヤの肌には無数の傷をつけていく。

どれだけ痛かろうとも、足を止めればネズミの餌食。

 

 

(このままでは……)

 

 

自分には、この状況を打開するだけのギフトも経験もない。

飛鳥と共に走りつつ、どうすればいいかを必死に考えていた刹那。

影が這い寄り、無尽の刃が迸る。

 

 

「―――――鼠風情が、我が同胞に牙を突き立てるとは何事だ!?分際を痴れこの畜生共ッ!!」

 

 

奔った影は、宛ら刃を持つ竜巻だった。

細い洞穴をミキサーの様に駆け巡り、鋭利な刃を思わせる先端は、魔性の群れを悉く肉の塵と化して呑み込んでいく。

瞬きの間もないこの一撃に、カグヤは表情を緩ませる。

間違いない、この一撃を自分は知っている。

安堵するカグヤとは対照的に、飛鳥は驚嘆の声を漏らす。

 

 

「か、影が……あの数を一瞬で………!?」

 

 

二人で振り返る。

カグヤとしては見慣れた姿だったが、飛鳥には見た事のない姿に絶句する。

声から、彼女もレティシアが駆けつけてくれたのだと思っていたのだろう。

だが、あの愛らしい少女のメイドは、大人の女性へと変貌していた。

普段から綺麗だ綺麗だと賛美していた美麗な金髪も、愛用のリボンを解かれて煌々とした輝きを放っている。

真紅のレザージャケットと、拘束具を彷彿させる奇形のスカートを纏った彼女は、間違いなく―――()()()()()()レティシア=ドラクレアその人。

 

レティシアは美麗な顔を怒りで歪ませ、吸血鬼の証である牙を獰猛に剥いて叫ぶ。

 

 

「術者は何処にいるッ!?姿を見せろッ!!この様な住来の場で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!?ならば我らが御旗の威光、私の牙と爪で刻んでやる!コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」

 

 

激昂したレティシアの一喝が響く。

しかし、返事もなければ気配もない。

あれ程の数がいたネズミは、影が奔ると同時に退散したのだ。

カグヤが気配を探っても、全く何も感じない。

つまり、術者はもう逃げてしまったのだろう。

 

 

「貴女……レティシアなの?」

 

 

状況についていけないのか、飛鳥が震える声でその背に問う。

問われたレティシアは、特に気にする事なく平然と頷いて見せた。

 

 

「ああ。それより飛鳥。何があったんだ?多少数がいたとはいえ、鼠如きに後れを取るとはらしくないぞ?カグヤも、なんだその恰好は。傷だらけじゃないか。小袖は……ああ、飛鳥に貸してしまったのか。使用人の鏡だとは思うが、もっと酷い怪我をしていたかもしれないぞ?」

 

 

淡く苦笑し、レティシアが二人へ近寄る。

普段と変わらぬ口調、普段から見慣れた温和な表情だが、それでも先程の力を目の当たりにしてしまえば、感じ方は変わってくる。

未だ衝撃の抜けない飛鳥は、ポツリと呟く。

 

 

「………。貴女、こんなに凄かったのね」

 

「は?」

 

 

小首を傾げるレティシア。

だが、それが賛辞だと理解すると、やや不機嫌そうに顔を顰める。

 

 

「あ、あのな主殿。褒められるのは嬉しいが、その反応は流石に失礼だぞっ。私はコレでも元・魔王にして吸血鬼の純血!誇り高き“箱庭の騎士”!神格を失ったとはいえ、畜生を散らすのは造作もない事。あの程度なら幾千万相手しても問題ないっ」

 

 

拗ねた様に口を尖らせるレティシア。

それに、カグヤが苦笑しつつ宥める様に彼女の背を撫でる。

その間、飛鳥は俯いたまま、表情を歪める。

 

 

「けど、私は……」

 

 

先程の醜態が、彼女にとって耐えがたいものだったのだろう。

辛そうに唇を咬む彼女に、カグヤはどう声を掛けるべきか、と言いあぐねていると、キュポンッ!と飛鳥の胸元からとんがり帽子の精霊が飛び出る。

 

 

「あすかっ!あすかぁっ……!!」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 

首筋に抱きつき、半泣きになりながら歓喜の声を上げる精霊に、飛鳥が躊躇う。

 

 

《……感謝、しているんだと思いますよ?》

 

「え…」

 

《飛鳥様にとって、今の出来事は耐えがたい醜態だったと思います。でも……その精霊さんを守ったのは、飛鳥様なんです。私でも、レティシアでもなく……》

 

 

この言葉が励みになるとは思えない。

自分には、ギフトについての知識は多い方ではない。

それでも、彼女がこの程度で終わる様な存在ではない筈だ。

何より……ジンが、黒ウサギが、そして兄である帝が認めたプレイヤーなのだから。

 

 

「それにしても、すっかり懐かれたな。日も暮れて危ないし、今日の所は連れて帰ろう」

 

「そ、そうね」

 

 

飛鳥は躊躇いながら頷く。

これ以上の襲撃が無いとも言い切れない。

三人と一匹の精霊は朱色のランプが照らす街を進み、“サウザンドアイズ”の店舗に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

――――境界壁の展望台・サウザンドアイズ旧支店。

店先で飛鳥を迎えた女性店員が、飛鳥を湯船へと追い立てている頃。

何事か、と顔を出した帝に軽く断り、先に支度された部屋へとカグヤは下がっていった。

着物の下からでも見えた細かな傷を考えて、彼女達が襲撃されたのだろう。

 

 

 

「………馬鹿な事を考えないといいがな」

 

「……?何か言いましたか?帝様」

 

 

不思議そうに問うジンへ、帝はいいや、と短く答える。

現在、男性陣、女性陣に分かれ、入浴の真っ最中。

隣からは、何やら物騒な音が響いてきたが、今は気にする気にはなれない。

 

 

「それにしても……これじゃ、全身タワシみたいな感じだよな」

 

 

モクモクと立ち込める泡を感じつつ、帝は深々と溜息を零した。

狼となってしまって以来、入浴はカグヤの補助がなければほぼ無理に近い。

その理由は……全身が毛で覆われている事に由来する。

 

 

「ほ、本当に毛深いですね……帝様」

 

「おいおい、御チビ様。それなら、いっそ丸刈りにしちまえば、いいだけの話だろ?」

 

「おい、十六夜。お前後で覚えとけよ」

 

 

ヤハハ、と楽しげに笑う十六夜へ、帝が悔しげに呟く。

ネコ目イヌ属イヌ科の哺乳類、狼。

四足歩行を原則としたこの生き物では、どう足掻いても一人で全身を洗う事は困難。

そして、夏場には恐ろしい勢いで毛が抜けおち、冬場になればこれでもか!!という程毛が増える。

それに、ノミやダニといった害虫も住み着く始末。

そんな状態で、風呂に入らない等元人間である帝には、言語道断。

その為、こうして共に入ってくれる人間が必要となるのだ。

 

泡塗れとなった白狼、というヘンテコな絵面には、本人的にもあまり笑えないらしいが。

 

 

「それで?お嬢様がどうしたって?」

 

「……本当に、お前って感がいいと言うか、回転が速いと言うか」

 

「おう。俺の頭はノーベル賞も狙えるレベルだからな」

 

「あ、さいで」

 

 

得意げな十六夜へ、帝は気の乗らない返事で流す。

暫く過ごす内に、それなりに聞き流し方が上手くなってきた様に感じるのは、気のせいだろうか。

 

 

 

「チラッとだが、カグヤの傷が見えた。どうみても、相手に言い様に遊ばれてたか、小型の獣に襲われたかの様な怪我だったんだよ」

 

「レティシアの話では、鼠の大群だったそうです」

 

「鼠……?お嬢様のギフトが通じない相手が、鼠ってのも変な話だな、おい」

 

「………いや、あながち間違いではないぞ?」

 

 

訝しげに言う十六夜へ、帝は暫し考えた後、話し出す。

 

 

「“霊格”ってのは、十六夜も黒ウサギからレクチャーされてんだろ?」

 

「あぁ。聞いてる」

 

「一応、確認の為に話すが、“霊格”ってのは、世界に与えられた“恩恵(ギフト)”。生命の階位だと言われている。これを得た者には、大体の共通点ってのがある。

 

一つ、“世界に与えた影響・功績・代償・対価によって得る”

二つ、“誕生に奇跡を伴う遍歴がある”

 

俺やカグヤの場合は、前者となる。その理由は分かるか?」

 

「“竹取物語”は日本最古の物語。それが数千、数百と語り継がれてきたから、てとこか?」

 

「半分は正解。十六夜が説明したのは、影響の一点だ。もう一つ………“竹取物語”には、神話が組み込まれている、てのも霊格を得た理由としてあげられる」

 

 

二人が生まれた一族のルーツ―――“竹取物語”は作者不明であり、その物語には様々な逸話がある。

沢山の憶測、沢山の推論が存在するからこそ、その物語が与えた影響が、現在の箱庭において帝とカグヤの霊格を維持しているのだ。

 

 

「ふぅん……それで、一度聞いてみたかったんだが、お前とカグヤはどれだけの霊格を持ってんだ?」

 

「俺も妹も神格持ち。まぁ、カグヤは見ての通りの性格だから、プレイヤー連中から見れば宝の持ち腐れ、俺もこの“呪い(ギフト)”のおかげで飛鳥以下ってとこだな」

 

 

基本の法則として“伝承がある”という事は、“功績がある”という事。

因みに、前者は悪魔等の超常存在が多く、後者は人間が多い。

見た目こそ、十六夜達と大差ないが、帝もカグヤも歴とした()()()()に分類されるのだ。

 

 

「まぁ、俺とカグヤの話は後々にするとして、飛鳥の霊格が鼠に劣るかって話だったな。結論から言って、それは有り得る事だと判断出来る」

 

「それは、どうしてですか?飛鳥さんの霊格は、普通の人間に比べれば遥かに高い部類だと思います。神格こそありませんが、それでも潜在能力に関しては、十六夜さんや耀さんを凌ぐかもしれない、と仰っていたじゃないですか」

 

「確かに、飛鳥の素質には俺も思う所がある。だが、飛鳥の神格が通じない可能性が二つ挙げられる。

 

一つは鼠の中でも特異に霊格の高い存在だったというケース。“鼠”……正確には“(ネズミ)”は干支にも数えられる神獣。鼠を象った神だって存在するだろ?古くから子沢山の願掛けには、鼠が用いられる。

 

もう一つは、鼠が操られているケース。極端に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()場合だな。

 

俺としては、後者だと思う。多分、レティシアも飛鳥自身も、カグヤもそうだと思っているとは思う」

 

 

飛鳥は帝から見ても、そこそこの霊格の持ち主だ。

だが、それは()()()()()()の話だ。

自分達の様な超常存在から見れば、まだまだ子供程度。

それでも、帝は飛鳥を評価していた。

そして、同時に残念にも思えてならない。

 

 

「……ジン、コミュニティの蓄えはやっぱり厳しいのか?」

 

「はい。正直、レティシアや黒ウサギとも話していますが、やはり非生産者を抱えた状態では、かなり………」

 

「そうか………もう、宝物庫のギフトを全部売ってでも、資金を調達すべきなんじゃないのか?」

 

「おいおい……その必要はねえだろ。俺達で稼げばいいだけの話だしな」

 

 

ニッと笑う十六夜。

だが、帝はそれでは無理だと首を横に振る。

 

 

「十六夜も、飛鳥も、耀も十分すぎる働きをしてくれている。それなのに、あまりにも蓄えが少なすぎるのは俺達がお前達の戦果に甘えている事に他ならない。コミュニティを支え、プレイヤーを支える事が義務である筈なのに、足を引っ張る現状。どうにかしないといけない。………それに、今後大金が必要になる」

 

「?………それは、何かを買うという事ですか?」

 

「それに近いが……いや、今は各個人が自分のギフトを伸ばす事に専念すべきだろうな。特に飛鳥と耀は、まだ発展途上。十六夜は………その破壊行動さえ押さえてくれれば、申し分ないんだけどなぁ」

 

「おう!アリの一歩程度には譲歩してやるよ」

 

 

ヤハハ、と哄笑を上げる十六夜へ、帝は溜息を吐く。

とはいえ、口ではこう言っているが、きちんと守ってくれるだろう事は、よく分かっているので、それ以上の注意は無用。

寧ろ、これ以上口酸っぱく言えば、逆効果だろう。

何はともあれ、話はここで中断となり一同はのんびりと温泉を楽しむ事に専念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっやぁ、申し訳ない。ほら、狼ってドライヤー使えないし?」

 

 

ご満悦で女性店員に毛並を整えてもらっている帝。

これも、普段はカグヤがしてくれている事だ。

こうして考えると、彼は妹がいなければ生活すらままならない、超ダメ兄としか思えないのは、黙っておこうと海苔煎餅を齧りつつ、ジンは内心で思う。

そんな中、十六夜は嬉々としてこの店がどうやって移転してきたのかを質問。

流石に、相手が客人となってしまった以上は、店員として邪険には出来ないのだろう。

嫌々な雰囲気を最大限に醸し出しつつ、店員は眉を顰めながらも応対する。

 

 

「ああ、この店ですか?別に移動してきた訳ではありません。“境界門(アストラルゲート)”と似通ったシステムと言って分かります?」

 

「いや全然」

 

 

即答する十六夜。

 

 

「そうだな……沢山の入口が全て一つの内装に繋がるになっている、と言えば分かりやすいか?例えば蜂の巣……ハニカム型を思い浮かべれば、いいかもしれないな。イメージとしては、それに近い」

 

 

補足する様に、帝が言う。

“サウザンドアイズ”の店内が外観よりも、大きな内装となっている理由がそれだ。

店は初めから、あの場所に存在していないのだ。

 

 

「へえ?つまり、本店も支店も全部兼ね備えている、という事か?」

 

「違います。境界門との違う点が、そこです。境界門は全ての外門と繋がっているのに対し、“サウザンドアイズ”の出入り口は各階層に一つずつハニカム型の店舗が存在しているの」

 

「ふぅん?つまり“七桁のハニカム型支店”、“六桁のハニカム型支店”ってことか?」

 

「そうだな。ただし、本店への入口ってのは一つしか存在しないらしい。因みに、ここは立地条件が悪くて、閉店した店で、今日は店主である白夜叉が共同祭典に参加しないといけないから、一時的に出入り口を繋げたらしい。ただし、店とは切り離してあるから、東には戻れないからな」

 

「そうかい」

 

「あら、そんなところで歓談中?」

 

 

話が一区切りつくと、湯殿から飛鳥達が来た。

 

飛鳥達は備えの薄い布の浴衣を着ており、首筋から上気した桃色の肌を見せている。

十六夜は椅子からそっくり返って、湯上りの女性陣を眺めた。

 

 

「………おお?コレは中々いい眺めだ。そうは思わないか御チビ様?」

 

「はい?」

 

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでも分かる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが、相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様に視線を自然と慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的に

 

 

「黙らんか、エロ餓鬼ぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

スコォーーーン!!!

黒ウサギと飛鳥が桶を手に、強襲するよりも早く帝が狼とは思えない程の美しいフォームで決めたシャイニングウィザードが十六夜を強襲。

そのまま、またもや狼とは思えない関節技が決まる。

 

 

「お兄さんは!!お兄さんはそんな子に育てた覚えはありません!!!」

 

「奇遇だな!俺もお前に育ててもらった覚えがねぇぜ!!」

 

 

そのまま取っ組み合いを始める帝と十六夜へ、意味が分からないとでも言いたげに桶を下ろす飛鳥と黒ウサギ。

彼らの様子を見ていたレティシアが、苦笑気味に笑う。

 

 

「帝はふざける事はあっても、こういった話題には厳しくてな。昔から、仲間達がセクハラめいた事を口にしては、ああして怒っていたんだ」

 

「それって、どうして?」

 

「妹の教育に悪い!!だそうだ」

 

 

不思議そうに首を傾げる耀へ、レティシアは平然と答える。

 

 

「流石、シスコン狼ね。その名に恥じないシスコンぶりだわ」

 

「帝様は普段こそ苛めっ子様ですが、変態ではないんですね!黒ウサギはほっとしました」

 

 

感心はしているが、あまりにも恰好が悪い二つ名だ。

取っ組み合う二人を尻目に、痛そうに頭を両手で抱えているジンの肩に、同情的な手を置く女性店員。

 

 

「………君も大変ですね」

 

「………はい」

 

 

一方は、組織主力に問題児が多い。

一方は、組織のトップが最大の問題児。

そんな虚しい哀愁を分かち合っている二人は、ほぼ同時に溜息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

その後、レティシアと女性店員を除く全員が、来賓室に集まっていた。

未だに部屋から出てこないカグヤは、当然の事ながら欠席。

それに代わる様にとんがり帽子の精霊がこの場にいる。

 

白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに載せ、この上なく真剣な声音で、

 

 

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めませんっ!」

 

「いいぞぉ、もっとやれぇ」

 

「否定的だったのではないんですか!?帝様!!?」

 

 

白夜叉の提案に悪乗りする十六夜と、棒読みで煽る帝。

速攻で断じる黒ウサギ。

毎度毎度のやり取りではあるが、流石に呆れてしまった飛鳥だったが、例の真紅のドレススカートについて思い出した。

 

 

「そういえば、黒ウサギの衣装は白夜叉がコーディネートしているのよね?じゃあ、私が着ているあの紅いドレスも?」

 

「おお、やはり私が贈った衣装だったか!あの衣装は黒ウサギからも評判が良かったのだが、如何せん黒ウサギには似合わんでな。何より折角の美脚が」

 

「いや、それ以前にコイツに紅は似合わないだろ?イメージ的にも」

 

「白夜叉様の異常趣向で却下されたのです。とはいえ、以前にも紅は似合わないと帝様に散々言われていたのもあり、現在は箪笥の肥やしとなってしまってたんですよ。黒ウサギはあのドレスはとても可愛いと思っていたのですが……飛鳥さんはとても赤色が似合うので、良かったのですよ」

 

「ふふ、ありがとう。黒ウサギの普段着ている服もとても似合っているわ」

 

 

飛鳥が御礼を言うと、むぅっと複雑そうな表情を浮かべる黒ウサギ。

それより、と帝が白夜叉の方を向く。

 

 

「黒ウサギの衣装云々ってことは、こいつに審判の依頼が来た、と解釈していいんだな?」

 

「あやや、そうなのでございますか?白夜叉様」

 

「帝は目ざとい。おんしらが起こした騒ぎで“月の兎”が来ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームで見られるのではないか、と期待が高まっているらしい。“箱庭の貴族”が来臨したとの噂が広がってしまえば、出さぬ訳にもいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」

 

 

成程、と納得する一同。

だが、帝は乗り気ではないらしい。

 

 

「黒ウサギが審判になれば、ゲーム参加は絶望的と思っていいんだな?」

 

「え?……あ」

 

 

“箱庭の貴族”と呼ばれるウサギ達には、“審判権限”が与えられている。

だが、その代わりにゲームへの参加が著しく制限されるのだ。

魔王襲来の話がある以上、戦力を減らされる事は正直痛い部分だと思っての言葉。

目を丸くする黒ウサギとは、対照的にニヤリと笑う白夜叉。

 

 

「うむ。そう思ってもらって構わん。……それとも、黒ウサギが戦闘出来ぬ事で何か困った事でもあるのか?」

 

「……いいや。相手のやり口がまだはっきりしてない状況なら、黒ウサギの“審判権限”が最後の命綱だと思っていいだろう。ま、大事には至らないと思ってる。白夜叉もいるし、俺も……奥の手は持ってる」

 

「ふふ……おんしも血の気の多い所は三年前と全く変わらんな」

 

 

ククッと喉の奥で笑う白夜叉。

何はともあれ、黒ウサギが明日以降のゲーム審判・進行役を務める事が決まった。

後決めねばならないのは、

 

 

「それで、審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

 

「着ません」

 

「着ます」

 

「断固着ませんっ!!あーもう、いい加減にして下さい十六夜さん!」

 

「いいぞぉ、もっとやれぇ」

 

「またそのネタですか!!?帝様っ!!?」

 

 

茶々を入れる十六夜と、またもや棒読みで煽る帝。

ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

一方で、全く無関心だった耀が思い出した様に白夜叉に訊ねる。

 

 

「白夜叉。私が明日戦う相手って、帝の他にどんなコミュニティ?」

 

「すまんが、それは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろう?教えてやれるのは、コミュニティの名前までだ」

 

 

パチン、と白夜叉が指を鳴らす。

すると昼間のゲーム会場に現れた羊皮紙が現れ、同じ文章を浮かび上がらせる。

そこに書かれているコミュニティの名前を見て、飛鳥は驚いた様に眼を丸くした。

 

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に――――“ラッテンフィンガー”ですって?」

 

「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門、一つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

「へぇ……六桁、ねぇ」

 

 

ククッと獰猛に笑う帝。

だが、それ以上に気になる名前に前足を乗せ、十六夜を見る。

 

 

「この“ラッテンフィンガー”、お前ならどう解釈する?十六夜」

 

「解釈って……どうもこうもないだろう?“ネズミ捕り道化(ラッテンフィンガー)”のコミュニティだろ?なら、明日の敵はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化って所じゃないのか?」

 

 

え?と飛鳥が声を上げる。

しかし、その隣に座る黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声に、飛鳥の声がかき消された。

 

 

「は、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

 

「まて、どういう事だ小僧。詳しく話を聞かせろ」

 

「落ち着け、二人揃って見っとも無いぞ。まずは、十六夜達に説明が先だ」

 

 

二人の驚愕っぷりに、思わず瞬きする十六夜。

その間に帝が入り、二人を宥めた後に情報を提示する。

 

 

 

「唐突な話で悪いんだが――“ハーメルンの笛吹き”は、ある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

 

「何?」

 

「魔王のコミュニティ名は“幻想魔道書群(グリムグリモワール)”。全二○○篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べるコミュニティでさ。しかも、一篇から召喚された悪魔は複数。書物一つ一つに、同時のゲーム盤を持ち、確立されたルールに基づいてゲームを行う。…………ハーメルンかぁ。あの阿呆、俺とのゲームでは出した事なかったなぁ」

 

「ちょっ!!?帝様はお知り合いだったのですか!!?」

 

「うん?言ってなかったか?俺、結構暇になってはギフトゲームに参加してたんだぜ?」

 

「――――へえ?」

 

 

鼻歌でも歌いそうな程上機嫌に答える帝に、黒ウサギが絶句。

十六夜の瞳に鋭い光が宿る。

だが、事の顛末は簡単なモノ。

 

 

「とはいえ、かなり前に俺とは関係ないコミュニティに殺されたらしくてさ………ほんと、残念だと思うよ。絶対全二○○以上もの魔書、全部のゲームをクリアして、隷属させてやろうと思ってたのにさ」

 

 

つまらなそうに話を締めくくる。

彼にしてみれば、遊び相手を失い、落ち込んでいる部類なのだろう。

それ以前に、魔王とお友達……という時点で、既に箱庭の常識から螺子が数本すっ飛ばしている気がするのは、黒ウサギの勘違いではない。

 

コホンっ、と気を取り直す黒ウサギ。

 

 

「し、しかし十六夜さんは“ラッテンフィンガー”が“ハーメルンの笛吹き”だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくありませんし、万が一に備え、ご教授して欲しいのです」

 

 

緊張した面持ちは、もしも魔王が現れた時の事を警戒してのものだろう。

十六夜は暫し考えた後、悪戯を思いついた様にジンの頭をガシッと掴んだ。

 

 

「成程、状況は把握した。そういう事なら、ここは我らが御チビ様にご説明願おうか」

 

「え?あ、はい」

 

 

一同の視線がジンに集まる。

ジンは十六夜にくっついて、共に書庫に籠っていた。

ならば、相当の知識を必死に詰め込んだ事だろう。

今現在、戦力としては最底辺である彼が活躍できる場は、帝が考えても“知恵”を競うゲーム位だろう。

それなら、これはいい傾向だな、と内心で帝は感心した。

 

 

コホン、と一度咳払いするジン。

 

 

「“ラッテンフィンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語です。

 

大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているモノが複数存在します。“ハーメルンの笛吹き”とは、舞台になった都市の名前の事です」

 

 

――――一二八四年 ヨハネとパウロの日 六月二六日

 

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した―――――

 

グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”の原型となった碑文の冒頭。

これは、この話が実際にハーメルンで起こった事件である事を物語っている。

 

 

「グリム童話において、ハーメルンの笛吹き道化は、ネズミを操る道化師だったとされている。それに、防波堤に引っかからない工夫もしてくる可能性がある……そうだろ?白夜叉」

 

「うむ。参加者が“主催者権限(ホストマスター)”を持ち込めない状態にしてある以上、おんしが考えている事でまず間違いないのう」

 

「うん?なんだそれ、初耳だぞ」

 

 

不思議そうに首を傾げる十六夜へ、帝は淡く苦笑して、ルールの書かれていた羊皮紙を叩く。

すると、羊皮紙が光り輝き、別の文字が浮かんできた。

内容は誕生祭の諸事項らしい。

 

 

『§火龍誕生祭§

 

・参加に際する諸事項欄

 

 一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲームの開催を禁ず。

 

 二、“主催者権限”を所持する参加者は、祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。

 

 三、祭典区画内で参加者の“主催者権限”の使用を禁ず。

 

 四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下に、ギフトゲームを開催します。

           “サウザンドアイズ”印

             “サラマンドラ”印』

 

 

十六夜は見せられた羊皮紙に眼を通し、小さく頷く。

 

 

「確かに、このルールなら魔王が襲って来ても、“主催者権限”を使うのは不可能だな」

 

「うむ。まあ、押さえる所は押さえたつもりだ」

 

 

そっか、と十六夜が納得した様に頷く。

それにしても、と帝がジンの頭を乱暴に前足で撫でる。

 

 

「ジン!少しはリーダーっぽくなってきたじゃん!!」

 

「ちょっ!!?帝様!!お、重いです!」

 

「ん?……お、すまんすまん」

 

 

どうにも、人間だった時の感覚が抜けていない為、普通に撫でているつもりが、完全に襲っている様にしか見えない。

取り敢えず、重いと訴えられた為、ジンから離れた。

 

 

「情報は貴重な財産。もしかしたら、ジンは策士向きなのかもしれないな」

 

「策士、ですか?」

 

「そっ。俺は知識的にはあるんだが……どうにも、そういったチマチマした事は苦手だな」

 

「さて、なんにせよ、だ」

 

 

パンパンッ、と響く柏手。

それだけで、場の空気が一瞬にして引き締まる。

 

 

「サンドラの顔に泥を塗らぬ様、監視を付けておくが―――万一の際はおんしらの出番だ。頼むぞ」

 

 

真剣な表情で言う白夜叉へ、“ノーネーム”一同は頷いて返す。

その後、各自明日に備えて解散という事になり、全員が席を立つ。

そんな中、飛鳥だけが未だにボンヤリと座っていた。

膝の上には、すやすやと寝息を立てるとんがり帽子の幼い精霊。

彼女は自身を“ラッテンフィンガー”だと語っていた。

それが、意味する事は一体なんなのか、今の飛鳥では全く分からない。

それでも、この精霊が悪い者には見えない、という事だけははっきりと思えた。

だが、皆に相談すべきだろうその事実を、飛鳥は言えずにいる。

 

 

「―――飛鳥?」

 

 

ビクッと彼女の肩が跳ねる。

慌てて顔を上げると、そこには心配そうに覗き込む耀がいた。

その後ろには、不思議そうにこちらを見る十六夜と帝もいる。

 

 

「え?な、何かしら?」

 

「えっと、ね。十六夜とも話したんだけど、やっぱりカグヤの様子を見に行かないか、って。でも、帝が止めとけって言うんだけど、どうしようかな?って話で」

 

 

要約すれば、十六夜と耀はカグヤに謝りにいくべきだと言い、帝は今はそっとしておけ、と言っていて、どうすべきかを話し合っている、という事だろう。

成程、と飛鳥が苦笑する。

 

 

「そうね……私もカグヤさんには、まだお礼もごめんなさいも言ってないわ。だから、春日部さんと十六夜君に賛成したいのだけど……」

 

「まぁ、お前らの言いたい事は最もだと思うがなぁ………機嫌損ねたカグヤってのは、お前らが思うより頑固だぞ?取り敢えず、耀は明日のゲームが控えてる訳で……十六夜と飛鳥だって、明日の不祥事に備えるべきだ」

 

「確かにそうだけど……」

 

 

不満げに唇を尖らせる耀。

仕草はないが、それでも飛鳥と十六夜からも不満そうな雰囲気が伝わってくる。

 

(本当に……カグヤは良く好かれたもんだ)

 

妹を気遣ってくれる彼らに、内心で感謝しつつ、帝は降参した様に笑う。

 

 

「分かった。なら、こうしよう。今日の所はこのまま解散」

 

「おい、それじゃ変わってねぇだろ」

 

「その代わり、だ。俺が仲介してくる。俺に対しても怒っているだろうが……なに、問題ない。一応は兄だから、な。それで、明日絶対にカグヤを出させてくるから、その時にでも話をしてやってくれ。その方がカグヤも落ち着いて話せると思う」

 

 

だから、今日は大人しく部屋に戻れ。

そう笑う帝に、三人は暫し顔を見合わせた後、まだ納得できていない様子で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

「全く……本当に愛されてるな、お前は。黒ウサギ同様に」

 

 

少しだけ呆れを含んだ声で、帝が笑う。

目の前には、布団がこんもりと盛り上がったモノ。

中には、言わずと知れた不貞腐れている妹。

 

部屋に入ると、彼女はダンゴ虫の様に丸くなり、亀の様に引き籠っていた。

どうにも、話したくないという拒絶反応の様だが、帝は構う事無く入室し、今日話し合った事を全てカグヤへと話した。

 

話し終えた後、モゾモゾと布団が動く。

 

 

《……魔王、ですか?》

 

 

微かに聞こえる『声』は、少しだけ掠れて聞こえた。

 

 

「ああ。どうにも、襲来は確定らしい」

 

《また……皆様が苦しむのですか?》

 

 

不安に揺れる声。

彼女は、コミュニティが事実上崩壊した事の顛末を知っている。

いや、傍観者として見せられていた、が正しいのかもしれない。

勿論、当事者であった帝とて、あの惨劇を忘れた訳ではない。

 

 

「大変な事になる事は間違いないだろうな。それでも………勝つぞ」

 

 

自分に言い聞かせる様に、そして妹を励ます様に。

覚悟の籠った言葉に、またモゾモゾと布団が蠢き、ヒョコッとカグヤが顔をのぞかせる。

彼女の目元は泣き腫らした様に赤くなっており、未だに空色の瞳が潤んでいる。

帝は苦笑すると、ペロリと彼女の目元を舐め、

 

 

「……しょっぱい。泣きすぎだ、馬鹿」

 

《煩いです、兄さん》

 

 

カグヤが拗ねた様に唇を尖らせる。

少しだけ元気が出たのか、カグヤは寝ていた体を起こす。

 

 

《……皆様のご様子は?》

 

「お前を酷く心配していたぞ?確かにやり過ぎたとは思うが、それでも許してやれ。俺も、お前が働いてでも必死に俺達の路銀を貯めてた事、知らなかったよ。悪かったな、カグヤ」

 

《いえ……言わなかった、私にも非があります。その……驚かせようと思いまして》

 

 

少しだけ頬が赤くなったのは、恥ずかしいからだろう。

精一杯御持て成ししようとも、所詮はギリ貧コミュニティ。

だからこそ、カグヤなりに考えて三人を喜ばせようと努力したのだろう。

パタリ、と帝の尻尾が揺れる。

 

 

「そっか……でも、無理はするなよ?お前だって、今ではコミュニティの主力メンバーなんだからな?」

 

《はい。心得ていますよ、兄さん》

 

「よし!……それで、カグヤに相談があるんだ」

 

《相談、ですか…?》

 

 

不思議そうに首を傾げるカグヤ。

兄が相談を持ちかけてくる、とは珍しい事。

それだけ、煮詰まっている様には見えないし、自分に出来る事は大抵帝も出来る事なのだ。

それなのに、自分に相談するメリットが見つからない。

 

帝は悪戯を思いついた子供の様な笑みで、持ってきていた“契約書類”を出す。

 

 

《造物主の決闘……ですか?》

 

「そっ!俺と耀が出場してるギフトゲームなんだが……勝てば、“サラマンドラ”から直々に報酬を貰えるらしい。北と言えば、創作系ギフトの多い地方。今後も魔王関係の事件に首を突っ込むなら、ギフトは多いに越した事はない。それに……俺は飛鳥に自信をつけさせてやりたい」

 

 

肉体的にハンデのある飛鳥は、十六夜や耀の様に前線での接近戦には向かない。

それに、彼女は武道の嗜みは皆無。

そうなれば、彼女のギフトを生かす方法は………彼女が操れるギリギリの霊格を持つギフトを集める事。

 

 

「そうだな……狙い目は自動人形(オートマター)か自然現象系だな。燃焼とか氷結とか……突風ってのもいいかもしれない」

 

《つまり、兄さんはこのゲームに優勝して、飛鳥様のギフトを手に入れたい、という事ですか?》

 

「それもある。もう一つは………これを機会に、すこぉし耀と飛鳥を凹まそうと思ってな」

 

《凹ませる……ですか?》

 

「そっ。耀と飛鳥が現状の力で満足している、とは俺も見ていない。それに……彼奴ら個人プレイが多すぎる。この先、チーム戦やタッグ戦、軍勢戦(レイド)があった場合、真っ先に死ぬのは……あの二人だ」

 

《あの……十六夜様は?》

 

「彼奴は、ふざけている様に見えて堅実だ。突拍子もない事を平然とやっているが、適材適所を弁えてる。多分、彼奴はもう誰かから指南を受けてるんじゃないか?」

 

《あ、あれ程のギフトを持つ十六夜様を指南、ですか!?》

 

 

ギョッとカグヤが目を見開く。

確かに、十六夜の知識量、才能は箱庭出身で、悪鬼羅刹を見慣れている筈のカグヤですら、驚愕させるほどのもの。

そんな彼を指南した人物……

全く考えられない。

 

 

「ま、とにかく、だ。カグヤには、俺のサポーターとして、ゲームに参加してほしい」

 

《で、でも、堅実に優勝を狙うなら、十六夜様にサポーターをお願いした方が……》

 

「いや、彼奴は無理」

 

 

きっぱりと否定する帝。

 

 

「考えてもみろよ。俺と十六夜が組んだら………ゲームそのものが混沌とするぞ?」

 

 

少しだけ明後日の方を向く兄に、カグヤは二人が参加する様を思い浮かべる。

優勝する姿は容易に想像がつくのだが………如何せん、その途中経過が悲惨な有様しか思い浮かばず、失礼とは思ったがカグヤはブルリと体を震わせた。

 

 

《……本当に私で良いんですね?兄さん》

 

「勿論。それに……カグヤにはやってもらいたい事もあるしな」

 

《?………はぁ?》

 

 

ニタニタと笑う帝へ、カグヤはよく分からないままに頷く。

そのまま、二人は明日に向けての作戦会議を夜通し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まさかの男性陣風呂事情(笑)
ここは、やはり女性陣の入浴シーンに重点を置くべきだったのでしょうけど……前回女性陣の入浴シーン書いたんだし、今度は男性陣でいくか!!な軽いノリで出来ました。

そして……帝がかっこいい系からシスコン残念系に進化。
いや、そもそもコイツってかっこいいに分類されるのか?


さて、今回初めて明かされたカグヤの下着事情。
うん、彼女はサラシ派です。
因みに、このサラシは『胸の形を崩さない』恩恵の付いた優れもの。
取得してきたのは、言わずと知れたシスコン狼です←


着物は体のラインがない方が美しいですからね!!



さて次回……帝がついに暴走!??魔王襲来まであと………


―――どうでも良い事なんですが、後書きのネタが尽きてきた今日この頃。
え?後書きって必要なんですか?なツッコミはこの際忘れて下さいませ。
うん、だって折角の後書きなんですよ?筆者の中には後書きに命を懸けるぜ!!!なお方もいる位、大事な文章なのです。

……えぇい!!頑張ってネタを探してやるぜぇい!!




では、また

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