問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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十三章 売り言葉に買い言葉

 

カグヤは一時、芭蕉扇での飛行をやめ、街中へと降り立つ。

どうにも、彼らを見失ったらしい。

 

煉瓦状の石造りで出来た建物を見渡しつつ、カグヤは耳を澄ませながら、残り二人の問題児を探す。

 

 

………この街並みに、カグヤは見覚えがあった。

それは、まだコミュニティが大きく拡大中だった頃。

先代を筆頭としたプレイヤー達と共に、カグヤは帝に手を引かれてここへ来たのだ。

普段とは違う風景、見慣れない人々。

その全てが、幼いカグヤには新鮮に写り、夢中で帝に質問した事を今でも覚えている。

 

その度に、顔を顰めて「あれは……」と言葉を詰まらせる兄を、コミュニティの同士達がからかっていた。

そして、兄は顔を真っ赤にしながら怒って、そのまま鬼ごっこの様に町中を駆けまわったのだ。

 

あの頃は、わくわくしながら帝と一緒に鬼ごっこの様な追いかけっこに参加していたが、今は全く楽しくない。

寧ろ、カグヤの心には暗い影が彩り、気分を陰鬱とさせる。

 

あれ程光り輝いて見えた景色が、今ではただの石ころ程度。

 

はぁ、とカグヤの口から溜息がこぼれた。

 

 

「私……箱庭に来て良かったわ」

 

 

ピタッ、とカグヤの足が止まる。

声は聞き覚えのある少女のモノ。

カグヤは周りの人々の間を縫う様にして、声の主を探す。

そこにいたのは、真っ赤なドレスワンピースが印象的な少女と、学ランを纏う少年……飛鳥と十六夜がいた。

 

カグヤの中で、黒い何かが疼く。

 

 

 

「なあ、お嬢様」

 

「何?」

 

「ハロウィンが、元々は収穫祭だって事は知ってるか?」

 

 

え?っと、飛鳥が首を傾げる。

 

 

「ついでに言うとだ。“ノーネーム”の裏手には莫大な農園跡地があってだな。あの土地を復活させれば、コミュニティも大助かりだと思うんだが………如何なものだろう?」

 

 

ふと、カグヤの頭にあの砂利しかない白地の土地が浮かぶ。

あの農園跡地が沢山の緑で埋まるのなら、それは素晴らしい眺めとなるだろう。

十六夜が笑う。

 

 

「農園を復活させて――――いつか俺達で、()()()()()()()()()()()()――――という提案なんだが、お嬢様はどう思う?」

 

 

楽しげに笑う十六夜。

その言葉の裏にあるものは、一つだけだろう。

 

 

「私達のコミュニティで……ハロウィンのギフトゲームを主催する、という事?」

 

「ああ。箱庭で過ごす以上、やっぱり“主催者(ホスト)”は経験しないとな」

 

 

十六夜の言葉に、パァと瞳を輝かせた飛鳥は、感嘆の声を上げた。

 

 

「素晴らしい提案だわ!それならコミュニティも助かるし、とても楽しそうだもの!」

 

「ハハ、流石に話が分かるなお嬢様!じゃあ、俺達が最初に“主催者”をするギフトゲームはハロウィンで予約しておこうぜ。あと、どんなアレンジをするかも考えておかないとな」

 

「そうね、そうね。私達が主催するハロウィン……ふふ。じゃあ、収穫祭を行う為にも、まず」

 

《農地の復活が先かと思います》

 

「そうよね。農地が元に戻らないと、話にならないわね。それから……」

 

《でも、悩む必要なないと思いますよ?だって………()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()?》

 

 

え?、と飛鳥と十六夜が振り返る。

そこには、まるで亡霊の様に立つカグヤの姿があった。

ビクッと二人の肩が跳ねる。

 

 

「か、カグヤさん?手紙にも書いてあったでしょう?私達を捕まえれば、私達はコミュニティにずっといるのよ?」

 

《そうですか。お二人にとって、コミュニティとはその程度の価値しかない、ただの烏合の衆ですか》

 

「……おい、カグヤ?」

 

 

流石に様子がおかしい。

取り付く島がなさすぎるカグヤの反応に、逃げる事も忘れて困惑する二人。

何より、カグヤは飛鳥と十六夜を見つけたにも拘わらず、()()()()()()()素振りすら見せない。

 

カグヤの濁った瞳が、二人を移す。

 

 

《……私は、ずっと役立たずでした》

 

「ちょっと、カグヤさん?本当にどうしたの?貴女、具合でも……」

 

《私は兄の様に戦えません。ずっと、隠れて震える事しか出来ない愚か者です。それでも……それでも!!皆様のお役に立ちたくて!!でも、私程度ではゲームに勝つ事すら困難で!!だから、せめて……せめて皆様の行動だけでも支えられるようにと………》

 

「おい。落ち着けよ、カグヤ」

 

 

訳が分からないとでも言いたげに、十六夜がカグヤの肩に触れようとする。

だが、その手をパンッとカグヤの手が叩き、そのまま

 

 

パシンッ、パシンッ、と乾いた音。

 

 

「痛……え?」

 

 

飛鳥は叩かれた頬を押さえ、茫然とする。

こればっかりは、十六夜も同じだった様で、彼も赤くなった頬を押さえ、驚いた様にカグヤを見る。

 

彼女が覇裏戦(ハリセン)で殴る事はあったが、こうして直接手を上げてくる事は今までになかった。

あの覇裏戦は音はかなり大きいが、痛みは対してないのだ。

だが、今叩かれた頬は真っ赤になり、ジンジンと痛んでいる。

 

だが、それ以上に………カグヤは泣いていた。

綺麗な空色の瞳は涙でキラキラと光り、頬を濡らす。

 

 

《十六夜様も、飛鳥様も大馬鹿者です!!!大嫌いです!!!御二人がお戯けで脱退すると言っているのであれば、カグヤはもう知りません!!!私の方が、コミュニティを脱退させて頂きます!!!!!》

 

 

馬鹿っ!!と暴言を吐くと、カグヤは人混みの中へと身を躍らせていった。

いきなりの事でポカン、としてしまった二人ではあるが、ただ一つだけマズイと思う事がある。

 

――彼女がコミュニティを脱退すると言ったのだ。

 

あの真面目な彼女であれば、きっと本気で脱退するだろう。

サァ…と飛鳥の顔から血の気が下がる。

 

このまま放っておく訳にはいかない。

 

 

「と、兎に角、カグヤさんを追いかけるべきね」

 

 

暫し混乱したが、それが大事だろう。

飛鳥はスカートを翻して彼女を追おうとする。

その時、

 

 

「お二人様!!逃がさないのですよぉぉぉ!!!」

 

 

タイミングが悪い事に、黒ウサギに発見されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

場所は移り、“サウザンドアイズ”支店。

早々に捕まってしまった耀と帝は、お茶を啜りつつ、事の顛末を白夜叉へと話していた。

 

白夜叉は話を聞くと、呆れた様に扇子で肩の辺りをポンポンと一定のリズムで叩いた。

 

 

「……成程のう。おんし達らしい悪戯だ。だが、それではカグヤが烈火の如く怒るのも頷ける………いや、あれは悲しんでいた、の方が正しいかもしれんな」

 

「確かに、俺もやり過ぎだとは思ったよ。“脱退”だなんて、悪戯けにも程がある。でも、あそこまで反応するとは、流石に思わなかった」

 

 

はぁ、と帝が溜息を漏らす。

普段から、ちょっとした悪戯程度なら彼女は怒りながらも、最終的には罰を与えて、困った様に笑っていた。

それが、まさか“大嫌いだ”と叫ばれた挙句、叩かれるとは思ってもみなかったのだ。

耀が少しだけ拗ねた様に口を尖らせる。

 

 

「少しだけ、私もやり過ぎかな?って思った。だ、だけど、黒ウサギやカグヤだって悪い。お金がないことを説明してくれれば、私達だって、こんな強硬手段に出たりしないもの」

 

「………なんじゃ?おんしら、あの子が路銀を支度していた事をしらんのか?」

 

 

耀の言い分に、白夜叉が首を傾げる。

カグヤが路銀を準備していた……。

その言葉に、耀と帝が目を丸くする。

 

 

 

「……白夜叉、詳しく教えてくれ」

 

「ん?構わんが………そうだなぁ、あの子が私の元を訪れたのは、おんし達が“ペルセウス”とのギフトゲームを終えてから、数日経った頃だったか。突然、何か祭りはないか、と尋ねてきたのだ。それで、近々北で祭りが催される、と教えてあげてな?」

 

 

白夜叉は困った様な笑みで、その日の事を語る。

まだ、火龍誕生祭が開催される、と確実に決まった訳ではなかった時だったが、カグヤはそれを大いに喜んだ。

そして、白夜叉に働き先の斡旋を頼んだのだ。

勿論、彼女には“ノーネーム”の使用人としての仕事もある。

その為、働ける時間は夜のみ。

そこで、白夜叉は“サウザンドアイズ”でも取引のある、それなりに儲かっているバーでの仕事を彼女に薦める事にしたのだ。

 

 

「あのような場所であれば、あの子の舞もいかせると思ってな」

 

 

そして、それ以来カグヤは日中は“ノーネーム”の使用人としての家事業務と、新たに仲間入りしたレティシアの指導、夜は遅くまでバーでの仕事に精を出していたらしい。

その甲斐もあって、彼女は無事に路銀を全員分稼いだのだとか。

 

 

「……成程な。だから、最近日中に眠そうに目を擦ってた訳だな」

 

 

話を聞くと、帝は苦笑した。

確かに、あの妹がしそうな事だ。

多分、自分達に過度の期待を持たせぬ様、路銀が溜まってから打ち明けようと思っていたのだろう。

シュン、と耀が悲しげに顔を顰める。

 

 

「……知らなかった。カグヤ、私達の為に働いてくれてたの?」

 

「箱庭では、ゲームに参加出来ない者がプレイヤーを支える事が義務。一応、ゲームデビューしたっていうのに、彼奴は本当に律儀というか、なんというか」

 

「ふふ。あの子らしいと思わんか?それに……帝。おんしの言葉もきっかけみたいだぞ?」

 

「……俺の言葉?」

 

「『あいつらに、もっと経験を積ませてやりたい』………カグヤはそれを実現しようと、陰ながら支える努力をしていたんだろう」

 

 

柔らかく笑む白夜叉へ、帝は暫し茫然とした。

確かに、前にカグヤと今後を話し合った時、自分が言った事だ。

正直、新たに迎えた同士の実力は最下層では、可哀想なくらい能力を発揮できない様に見えた。

仮にも“打倒魔王”を掲げるコミュニティとして、経験は大事な財産。

彼らには、もっと質のある経験をさせてやりたい……

 

そう、確かに自分は言った。

だが、まさかカグヤがそれを気にして、白夜叉に相談していたとは思ってもみなかった。

黙り込む二人に、白夜叉は苦笑する。

 

 

「話は変わるのだが……おんしらに出場して欲しいゲームがある」

 

「私と…」

 

「…俺に?」

 

キョトン、と首を傾げる耀と帝。

白夜叉は先程のチラシを、着物の袖から取り出して見せた。

 

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”

 

 

・参加資格、及び概要

     ・参加者は創作系ギフトを所持。

     ・サポートとして、一名までの同伴を許可。

     ・決闘内容はその都度変化。

     ・ギフト保持者は創作系のギフト以外の使用を一部禁ず。

 

 

・授与される恩恵に関して

     ・“階級支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

 

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。

            “サウザンドアイズ”印

              “サラマンドラ”印』

 

 

 

「……?創作系のギフト?」

 

「人造・霊造・神造・星造を問わず、製作者が存在するギフトの事だ。北はその過酷な環境故に、魂と癒着しているギフトではなく、恒久的に使える創作系ギフトが重宝される傾向にあるんだ。だから、東と違ってその技術や美術的価値を競うゲームが結構行われてる」

 

「うむ。おんしが父から譲り受けたギフト―――“生命の目録(ゲノム・ツリー)”は技術・美術共に優れておる。人造とは思えん程な。展示会に出しても良かったのだが、そちらは出場期限がきれておるしの。帝がもつ“神を喰らう大狼(フェンリル・ラグナロク)”も、見た目こそシンプルだが、それに宿る恩恵は強力無比。無効化系の恩恵の中では、かなり強力な部類だろう。おんしらの恩恵であれば、力試しのゲームも勝ち抜けると思うのだが……」

 

「そうかな?」

 

「二チーム参加してれば、必ずどちらかが生き残るだろ。ま、俺は余裕で勝ち上がれる自信があるが?」

 

 

ニタリと自信満々に笑う帝に、ムッと耀が顔を顰める。

彼は、耀が負けると暗に言いたいらしい。

 

 

「私だって余裕。帝こそ、途中でバナナにでも足を取られて、負けちゃうんじゃない?」

 

「お、言ってくれるねぇ。新人」

 

 

バチバチと見えない火花が互いに散る。

先程とは打って変わっての姿に、白夜叉は楽しげに笑う。

 

 

「うむ。その意気や良し」

 

「それで……参加に当たり、幾つか質問してもいいか?」

 

「うむ。ルールについてかの?」

 

「そ。このサポートについてだが……事前登録制か?」

 

「いいや。同じコミュニティの者であれば、変更は自由だが」

 

「ふぅん。後、この『ギフト保持者は~』の文。これは、サポーターも適応か?一部禁ずってのは、どの程度まで禁止になる?」

 

「まてまて。質問を一気に並べるでない。まず、サポーターに関してじゃが、それはノーだな。創作系ギフトを推奨するが、サポーターに強制はせぬ。次に、一部禁ずじゃが……それは、ある程度という事。創作系ギフトを持っていながら、自身に宿る恩恵ばかりを使う事を禁ず、程度に考えておればよい」

 

 

他に質問は?と問う白夜叉へ、耀が控えめに手を上げた。

 

 

「ね、白夜叉」

 

「なにかな?」

 

「その恩恵で……黒ウサギと仲直りできるかな?カグヤも、また笑ってくれるかな?」

 

 

幼くも端正な顔を、小動物の様に小首を傾げる耀。

それを見て、やや驚いた様な顔の白夜叉と帝。

しかし、次の瞬間に温かく優しい笑みで、彼女が頷く。

 

 

「出来るとも。おんしがそのつもりがあるのならの」

 

「……そっか。それなら、頑張らなきゃ」

 

 

コクリ、と頷く耀へ、帝は笑みを噛み殺す。

彼女達に好いてもらえている事を、妹はどれだけ自覚しているのだろう。

そんな事を思いながら、ゆっくりと尻尾を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

カグヤはボンヤリとしながら、喧騒の中をトボトボと歩いていた。

今回の事で、あの三人や兄が全面的に悪いとは思わない。

隠していた黒ウサギやジン、そして黙って路銀を集めていた自分にも非はあっただろう。

 

それでも……カグヤの心中は穏やかにはなれなかった。

 

プレイヤーとしては役に立てたと思った事はなかった。

だから、せめて彼らの為になる事を、と思って初めた路銀も今は意味のない鉄くずにすら思えてしまう。

 

ちゃんと、理解しているのだ。

これが……八つ当たりの様なものだと。

 

別に、彼らが行きたいと駄々を捏ねた訳ではない。

自分に路銀を稼げと言った訳ではない。

 

これは、自分で判断し、自分でしたいからしたのだ。

それなのに、彼らが勝手に出発し、“脱退”という彼らにとっての悪戯けで激怒して……

 

はぁ、とカグヤの口から溜息がこぼれる。

 

 

《私……一体何をしているのでしょう》

 

 

情けなくて、また涙が溢れる。

勢いに任せて、脱退まで宣言して……本当にどうしたらいいのだろう。

 

後悔、後に絶たずとは、本当によくできた言葉だ、とカグヤは内心で自身を嘲笑う。

それにしても、とカグヤは現実から逃れる様に思考を切り替える。

 

こんなにも、感情を剥き出しにしたのは本当に久しぶりな気がする。

勿論、彼らがコミュニティに来てからは肉体的疲労感よりも、精神的疲労感の方が重症だったとは思う。

元より、破天荒な兄のストッパーとして、あれこれ口出しする癖はあったのだが、ここまで誰かを追いかけては長々と説教し、罰を与える事は今までになかった。

それこそ、セクハラ紛いの行為をする白夜叉程度だっただろう。

 

 

(でも……)

 

 

毎日が辛いか、と言われればそれは違う。

無茶苦茶な問題児ではあるが、彼らは頑張り屋だし、優しい良い人々だ。

カグヤよりも上等で高質なギフトを所持しつつ、威張り散らす事もなく、コミュニティの為に貢献してくれている。

だから……

 

(あ……)

 

 

思考が最初に戻った為、カグヤは顔を顰める。

これ以上は、堂々巡りもいいところだ。

カグヤは考える事を止め、クルリと方向転換。

視線を上げた先に見えるのは、丘の上にある“サウザンドアイズ”支店。

 

悔やんでばかりはいられない。

あんな感情をぶつけただけの言葉で、彼らを傷付けたままではいけない。

帰って、話そう。

 

そう決め、一歩踏み出す。

その時、視界の端に赤いドレスが翻る。

 

 

《……飛鳥、様?》

 

 

キョトン、とカグヤが目を丸くする。

何かを追う様に走る彼女は、自分には気が付いていない様だった。

カグヤは一旦、目的を止めて飛鳥の後は追う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

――――境界壁・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。

円状に作られたゲーム会場では、今当に決勝戦を決める試合の真っ最中だった。

ゲームマスターを除いて、出場枠は4つ。

その内、既に2つはもう決まってしまっている。

 

会場は、熱気に包まれ、残り2枠を巡って凌ぎを削る参加プレイヤーへエールを送っている。

その内の一つに、春日部耀の姿があった。

 

 

『お嬢おおおおお!!そこや!今や!後ろに回って蹴飛ばしたれえええええ!!』

 

 

レティシア達についてきた三毛猫が、ボクシングのセコンド宜しく叫ぶ。

耀はその柔軟性を生かし、舞台で大立ち回り。

相手のコミュニティ―――“ロックイーター”の自動人形、石垣の巨人を翻弄していく。

耀の数千倍はあろう巨体だが、俊敏性で耀にはついていけてない。

それは、帝の眼から見てもよく分かった。

 

そして、そんな風に耀の試合を眺めている帝も、現在試合の真っ最中。

大振りのハンマーを振り回すドワーフを相手に、のらりくらりとやり過ごしていた。

 

 

「これで、終わり………!」

 

 

耀が勝負に出る。

鷲獅子から受け取ったギフトで石垣の巨人の背後へと飛翔し、その後頭部を蹴り崩す。

加えて耀は瞬時に自分の体重を“象”へと変幻させ、落下の力と共に押し倒す。

石垣の巨人が倒れると同時に、割れる様な観衆の声が響く。

 

 

『お嬢おおおおおおお!うおおおおおおお!お嬢おおおおおおお!』

 

 

三毛猫が涙を流しながら、耀の雄姿に雄叫びを上げた。

言語の分からない人から見れば、ただニャーニャーと騒いでいるだけにしか見えないが、耀には聞き分けられたのだろう。

嬉しそうに口元へ笑みを乗せ、三毛猫へ片手を上げて答えてみせる。

 

これで、また1つ枠が埋まった。

 

 

「お、おまえ!!いつまで逃げて―――」

 

「あ、悪い悪い………もう飽きたから」

 

 

耀が勝った事を確認していた帝へ、ドワーフが苛立った様に叫ぶと、当の本人はあっけらかんと答える。

すると、一瞬帝の姿がぶれる。

刹那、ドワーフが持っていたハンマーがバキィッと凄まじい音を立てて砕け墜ちる。

 

 

「“ギフトの破壊”も勝利条件だろ?はい、お疲れさん」

 

 

ニシシと笑い、帝が勝鬨を上げた。

その場で膝を折り、無念だと嘆くドワーフと気の毒そうに眺め、耀が頬をふくらます。

 

 

「ふん。負けちゃえばよかったのに」

 

「はっはっは!まだまだ、ひよっこに負ける訳にゃ、いかんだろ?」

 

 

ニヤリと笑いながら茶化す帝へ、耀が唇を尖らせる。

 

まだ何か言いつのろうとした耀だが、宮殿の上から響いた柏手により、口を閉ざす。

シン...と静まる中、柏手の主――白夜叉が朗らかに笑いかけ、二人と一般参加者に声を掛けた。

 

 

「最後の2枠は“ノーネーム”出身の春日部耀と月影帝に決定した。これにて、最後の決勝枠が用意されたかの。決勝のゲームは明日以降の日取りとなっておる。明日以降のゲームルールは………うむ。ルールはもう一人の“主催者(ホスト)”にして、今回の祭典の主賓から説明願おう」

 

 

白夜叉が振り返り、バルコニーの中心を譲る。

彼女に変わって出てきたのは、真紅の髪を頭上で結い、色彩鮮やかな衣装を幾重にも纏った幼い少女。

帝が目を丸くした。

 

 

「………マジでサンドラだよ」

 

 

龍の純血種――星海龍王の龍角を継承した、新たな“階級支配者”。

炎の龍紋を掲げる“サラマンドラ”の幼き頭首・サンドラ。

緊張した面持ちの彼女へ、白夜叉が優しく何かを話しかけている。

それに対し、一生懸命に頷くと、サンドラは大きく深呼吸し、鈴の音の様な凛とした声音で挨拶する。

 

 

「ご紹介に与りました、北のマスター・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎える事が出来ました。然したる事故もなく、進行に協力して下さった東のコミュニティと北のコミュニティの皆様には、この場を借りて御礼の言葉を申し上げます。以降のゲームにつきましてはお手持ちの招待状をご覧ください」

 

 

耀はポケットから招待状を取り出すと、帝にも見える様にしゃがむ。

書き記されたインクは直線と曲線に分解され、別の文章を紡ぎ始める。

 

 

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”

 

 

・決勝参加コミュニティ

    ・ゲームマスター“サラマンドラ”

    ・プレイヤー“ウィル・オ・ウィスプ”

    ・プレイヤー“ラッテンフィンガー”

    ・プレイヤー“ノーネーム”より二名

 

・決勝ゲームルール

  

  ・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。

  ・ギフトを十全に扱う為、一人まで補佐が許される。

  ・ゲームのクリアは登録されたギフト保持者の手で行う事。

  ・総当たり戦を行い、勝ち星が多いコミュニティが優勝。

  ・優勝者はゲームマスターと対峙。

 

・授与される恩恵に関して

  ・“階級支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームに参加します。

 

          “サウザンドアイズ”印

            “サラマンドラ”印』

 

 

 

 

このルールに、帝は首を傾げた。

多分、本来ならば四チームが全く別のコミュニティになる事を見越してのルールだったのだろう。

だが、決勝枠に同じコミュニティの選手が上がってしまった。

どうするつもりなのだろう、と考えていると、コホンと白夜叉が咳き込む。

 

 

「本来であるならば、総当たり戦を行う予定ではあったのじゃが………皆も分かっている通り、“ノーネーム”より二名の選手が上がってきた。その為、多少ルールの変更を申し上げる」

 

「変更……?」

 

「総当たり戦ではなく、全員が一斉に何ゲームが行い、そのゲームでより多くの勝ち星を上げたチームを優勝者として、ゲームマスターへ挑む権利を与えようと思う。勿論、同じコミュニティとはいえ共闘はルール違反とし、正々堂々競ってもらいたい」

 

 

つまり、仲間すら敵という事だ。

表情を引き締める耀とは違い、帝は楽しげに笑っていた。

つまり、このゲームで耀の力量を自分自身が図る事が出来るという事だ。

 

 

「手加減はしないぜ?ひよっこ」

 

「帝こそ……後で吠え面かかない様にね」

 

 

バチバチ散る火花。

これにて、本日の大祭はお開きとなった。

 

 

ゲーム終了後、何故か帝は白夜叉によって拉致られた。

それこそ、見事な手際で。

脇に居た耀は、帝が麻袋に詰められ、連行されるのは、笑みすら浮かべて見送った。

 

明日は絶対泣かす!!と胸に誓いつつ、現状を見る。

 

この場にいるのは、白夜叉と自分、そして“サラマンドラ”のサンドラ、マンドラ、憲兵が数名と……我らが問題児筆頭を含む“ノーネーム”メンバー。

察するに、十六夜が何かを起こし、そのせいで憲兵に拘束されたのだろう。

 

 

「……おい、一体今度は何をした?」

 

「ちょいと、時計台を一つ破壊した」

 

「胸を張って言わないで下さい、このお馬鹿様!!!」

 

 

スパァーン!と黒ウサギのハリセンが迸る。

その後ろで、ジンが痛い頭を抱えていた。

流石の帝も、これにはどう反応していいのか微妙な感じだった。

てっきり、北側のコミュニティが主催するギフトゲームを片っ端からクリアしていった的な問題かと思っていたのだ。

 

 

「……俺は、そんだけ派手に破壊活動をした同胞を褒めればいいのか?それとも、便乗すればいいのか?」

 

「どちらも違うでしょう!!?この苛めっ子様!!!」

 

 

スパァーン!と再度迸る黒ウサギのハリセン。

その様子に、白夜叉は必死に笑いを噛み殺しつつ、なるべく真面目な姿勢を見せる。

だが、隣に鎮座させられた帝から見て、彼女の肩が笑みを我慢できずに震えている事がよく分かった。

 

サンドラの側近らしき軍服姿の男が鋭い目つきで前に出て、十六夜達を高圧的に見下す。

 

 

「ふん!“ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」

 

「おいおい。なんでお前が決めてんだよマンドラ」

 

 

帝が呆れた様な声を上げると、男―――マンドラがギロリと睨んだ。

 

 

「貴様とて、“ノーネーム”だろうが!!引っ込んでいろ!!」

 

「俺は常識をわきまえろ、と言ってんだ。“サラマンドラ”のトップはお前じゃないだろ?それなのに、マンドラ。お前が決める様な真似をすれば………サンドラ様の沽券に係わる」

 

 

怒るマンドラへ、帝は飄々と告げる。

彼に幾ら怒鳴ろうとも、どこ吹く風、暖簾に腕押し。

白夜叉は、扇子で口元を隠して一言。

 

 

「……簀巻きの狼に言われても、の?」

 

 

ブチッと何かが切れる音。

どうやら、帝の堪忍袋が裂けた様だ

 

 

 

 

「そう思うなら、俺を自由にしやがれ!!!この若作りババア!!」

 

「ば、ババアじゃと!?私はまだピチピチだ!!このシスコン狼め!!」

 

「んだと!!やるのか、セクハラ魔人!!」

 

「上等じゃ!!表に出んか!!」

 

 

麻袋に詰められ、ピョンピョンと跳ねる狼と、扇子を振り回し怒る子供。

一体、何のギャグなのだろうか。

全く空気を読んでいない二人へ、黒ウサギがハリセンを煌めかせて一閃。

事態は、呆気なく終結した。

 

コホン、とサンドラが咳き込む。

 

 

 

「えっと………“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んで頂きありがとうございます。貴方達が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕して下さいました。負傷者は奇跡的に無かった様なので、この件に関して私からは不問とさせて頂きます」

 

 

チッと舌打ちするマンドラ。

意外そうに声を上げる十六夜。

 

 

「へえ?太っ腹な事だな」

 

「その厚意が無きゃ、お前犯罪者だぞ?もしくは、魔王と間違われるぞ?」

 

 

 

このご時世、下界で建造物一件を破壊する様な行動を取るコミュニティ等、魔王以外に聞いた事がない。

 

 

「うむ。おんしらは私が直々に協力を要請したのだからの。何より怪我人が出なかった事が幸いした。……とはいえ、仮に怪我人が出ていたとすれば、カグヤの出番となるがの」

 

 

下層のコミュニティとしては、異例と言ってもいい程の強い治癒のギフトを持つ彼女なら、ある程度の傷等瞬時に治してみせるだろう。

だが、カグヤの名には十六夜も黒ウサギも表情を曇らせるだけ。

その様子に、帝は苦笑する。

多分、妹の事だから感情に任せて怒鳴り、そのまま自分でも取り返しがつかない様な事を叫んだのだろう。

 

今でこそ大人ぶって見せているが、彼女はれっきとした子供なのだから。

 

 

 

「……それで?態々俺はこいつらの失敗談を聞かされる為に、拉致されたのか?」

 

「……いや。いい機会だから、昼の続きを話しておこうと思っての」

 

 

白夜叉が連れの者達に目配せする。

サンドラも同士を下がらせ、側近のマンドラだけが残る。

この場に残ったのは、彼らを除いて十六夜、黒ウサギ、ジン、そして未だ袋詰めの狼・帝の四人だけだ。

流石に、このままシリアスに突入される訳にはいかず、帝は側近達がいなくなった時を見計らい、その爪で袋を切り裂き脱出した。

 

 

「なんだ。もう終わりか?」

 

「俺を縛っておく理由でもあったのか?」

 

「なんだ、帝。お前、女の子に縛られる趣味でもあったのか?」

 

「んな訳ねえだろ、北京原人。テメェの眼は節穴か?」

 

「俺の眼は千里も見渡せる高性能だぜ」

 

 

ヤハハ、と笑う十六夜へ、もういい、と帝が溜息を零す。

今だけ……ほんの少しだけ、黒ウサギとカグヤの疲労感が分かる気がした。

 

サンドラは人が居なくなると、硬い表情と口調を崩し、玉座を飛び出してジンに駆け寄ると、少女っぽく愛らしい笑顔を向けた。

 

 

「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたと聞いて、随分と心配していた!」

 

「ありがとう。サンドラも元気そうでよかった」

 

「帝様も……御姿が変わられた様ですが、お元気そうで安心しました」

 

「この度は……って、固っ苦しいのは飽きたよな?おめでとう、サンドラ。階級支配者とは、凄い出世だな」

 

 

同じく笑顔で接するジンと、口調を砕けさせた帝。

サンドラは一層はにかんで笑う。

 

 

「ふふ。当然。魔王に襲われたと聞いて、本当は直に会いに行きたかったんだ。けど、父様の急病や継承式の事でずっと会いに行けなくて」

 

「それは仕方ないよ」

 

「寧ろ、来ない方がいい。サンドラは階級支配者なんだ。あんなモノを見せられれば、戦う事自体に恐れを成すと思う」

 

「……だけど、あのサンドラがフロアマスターになっていたなんて―――」

 

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧に狗畜生!!!」

 

 

彼らが親しく話していると、マンドラは獰猛な牙を剥き出しにし、帯刀していた剣をジンに向けて抜く。

それが、ジンの首筋に触れる直前、十六夜が足の裏で受け止め、その刃を帝が噛み砕く。

十六夜も帝も軽薄な笑みを浮かべてはいるものの、その瞳は全く笑っていない。

双眸には、鋭利な光が灯っている。

 

 

「……おい、知り合いの挨拶にしちゃ、穏やかじゃねえぜ。止める気なかっただろオマエ」

 

「当たり前だ!サンドラはもう北のマスターになったのだぞ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れ、恩情を掛けた挙句、馴れ馴れしく接されたのでは“サラマンドラ”の威厳に関わるわ!この“名無し”―――」

 

()()

 

 

ガキッと顎が勢いよく閉じる。

帝のギフトが発動したのだ。

 

 

「今の俺程度でも、お前の口を閉ざさせる位なら出来る。仮にも、相手は元盟友。俺も手荒な真似はしたくない。……魔王によって滅ぼされたと言ってもいい俺達に対して、未だに盟友だと言ってくれるサンドラの優しさに免じて、な。だが、それ以上お前が俺達のコミュニティを侮辱すると言うなら………俺は何をするか分からないぞ?」

 

 

殺意すら籠った言葉には、脅迫じみた色がある。

一瞬にして温度の下がった部屋。

その空気を一遍すべく、鋭い柏手が跳ぶ。

 

 

「やめぬか、帝!」

 

「…………」

 

 

白夜叉が諌めると、帝は暫し睨んだまま、ゆっくりと息を吐き出す。

氷解し始めた空気に、ほっと誰かが胸を撫で下ろす。

 

 

「帝様、此度は……」

 

「いい。俺もやり過ぎたと思う。悪かったな、サンドラ」

 

 

申し訳なさそうに縮こまるサンドラへ、帝も苦笑する。

 

 

「だがな、サンドラ。マンドラの言い分も一理ある。親しくしてくれる事は嬉しいが、お前には北を守る使命がある。その筆頭である“サラマンドラ”の頭首が、名も旗印もない俺達と、あまり親しげにする事は、お前自身のマイナスだと周りは捉えるだろう。それは理解出来るな?」

 

「……はい」

 

「礼節を重んじる事も大事だ。だが、階級支配者には、相応の威厳や誇りも大事な事。特にサンドラはそこの駄神とは違い、まだ齢十一。周りの大人は、お前を利用しようとしたり、馬鹿にしたりする可能性だってあるんだ。

 

ジン、お前もだ。絶対に側近が居る前でサンドラに、馴れ馴れしくするな。甘える事と応える事は全く違うんだからな」

 

「…はい、帝様」

 

「……ま、プライベートは俺も知らぬ存ぜぬだからな。その時だけは、普段通り隣人友人として、仲良くすればいいさ」

 

 

叱られた様にシュンとする二人へ、帝は悪戯っぽく最後に付け加えて笑う。

その言葉に、パァと表情を輝かせるあたり、本当にまだ子供なのだろう。

 

話が大幅に脱線した。

軌道修正をすべく、白夜叉は一枚の封書を差し出す。

 

 

「この封書に、おんしらを呼び出した理由が書いてある。………己の目で確かめるがいい」

 

 

怪訝そうな表情のまま、十六夜が手紙を受け取り、開く。

その肩へと前足を乗せ、帝も封筒の中身に眼を通す。

そこに書いてあったのは―――

 

 

『火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』

 

 

絶句した。

十六夜の表情からも、笑みは完全に消え失せている。

帝ですら、息を呑んだ。

引き攣った表情で、白夜叉を見る。

 

 

「……正気か?」

 

 

それがやっとだった。

流れ作業の様に、手紙は黒ウサギとジンの手にも渡り、彼女達も絶句する。

 

そんな中、十六夜は鋭い瞳のまま、無表情に白夜叉へ問い返した。

 

 

「正直意外だったぜ。てっきりマスターの跡目争いとか、そんな話題だと思ったんだがな」

 

「何っ!?」

 

 

帝のギフトから解放されたマンドラが牙を剥く。

 

 

「いや、それは本来サンドラが襲名する前に行う事であって、部外者である俺達が立ち入る必要性はない。それに、そんな内容じゃ“打倒魔王”について覚悟を問われる意味が分からないだろ?だよな、白夜叉」

 

「うむ。謝りはせんぞ。内容を聞かずに引き受けたのは、おんしらだからな」

 

「心得てる。……だよな?十六夜」

 

「ああ。それで、俺達に何をさせたいんだ?魔王の首を取れっていうなら、喜んでやるぜ?つーか、この封書はなんだ?」

 

「うむ。ではまず、そこから説明しようかの」

 

 

白夜叉がサンドラに目配せする。

機密を話す合意が欲しかったのだろう。

サンドラが頷くと、白夜叉は神妙な面持ちで語り始めた。

 

 

「先ず、この封書だが…これは“サウザンドアイズ”の幹部の一人が、未来を予知した代物での」

 

「未来予知?」

 

「……成程。だから、この悪趣味な封書って訳か」

 

 

うげ、とうんざりした様に、帝が鳴く。

その姿に、十六夜が怪訝そうに顔を歪めた。

 

 

「どういう意味だ、シスコン狼」

 

「……お前は、俺に喧嘩を売りたいのか?あ~…“サウザンドアイズ”ってのは、その名の通り、特殊な瞳を持つギフト保有者が多数在籍しているコミュニティだ。その中でも、未来の情報を自由に見れる奴がいてな。そいつは、あんまり親切じゃないんだ」

 

「親切じゃない?」

 

「分かりやすく言えば、『()()起こした』も『()()起こした』も『()()起こした』も分かっているのに、言わない。………ん?」

 

 

そこまで口にして、帝は自分が言っている事への信頼が失せた。

白夜叉が信頼を置く程の予言ならば、十中八九『ラプラスの悪魔』で間違いないだろう。

だが、相手が面白半分でこれだけの情報を寄越した、というのは聊かおかしい。

仮にも、“サウザンドアイズ”の幹部にして東の階級支配者である白夜叉が参加するのだ。

それなのに、この程度の情報しか与えないというのは、どうにも引っかかる。

 

帝が考えを纏めるよりも先に、十六夜が情報を整理し終え、一つの考えを口にする。

 

 

「事件の発端に一石投じた主犯は、既に分かっている。……けど、その人物の名を出す事は出来ないって事か?」

 

「うむ………」

 

 

十六夜の言葉に、歯切れの悪い返事をする白夜叉。

帝のその考えに、口元を引き攣らせる。

 

 

「おいおい、マジかよ………それって、つまりは()()()()()()()()()()()()()()()って事かよ」

 

 

掠れる様な呟きに、ハッとする一同。

北側へ来る前に、白夜叉との会話にこう出てきた。

 

『幼い権力者をよく思わない組織が在る』と。

 

もしも、その人物が『口に出す事も憚られる人物』だというなら、それは――――

 

 

「まさか………他のフロアマスターが、魔王と結託して“火龍誕生祭”を襲撃すると!?」

 

 

ジンの叫び声が謁見の間に響く。

それは想像するのも恐ろしい事だ。

秩序の守護者である“階級支配者”が、その秩序を乱すという。

だが、帝が首を横に振る。

 

 

「それはない」

 

「どうして、そうと言い切れる?相手は、所詮脳みその有る何某なんだろ?秩序を預かる者が謀をしないなんて、幻想なんじゃねえのか?」

 

「確かに。俺もそれには同意する。『秩序の守護者』とか言いつつ、所詮は知恵を持つ者。陰謀、欲望がないだなんて、言わねぇよ。だが………」

 

 

そこまで言って、帝は口を閉ざす。

勿論、ジンが言う事だって一利ある。

まだまだ幼いサンドラが、フロアマスターの地位につくという事は、それだけでも敵が出てくるだろう。

だが、もっと帝が恐れている事がある。

 

もし、ここでその可能性を示唆してしまえば、()()()()()な事になる。

帝は暫し目を閉じると、頭を整理し直し、白夜叉へ問う。

 

 

「白夜叉。ずっと、気になってたんだが何故白夜叉へ共同のホストが回ってきた?」

 

「……北のマスター達が非協力的だったから、だと聞いている。そうでなければ、東のマスターである私に御鉢が回ってくる筈がない」

 

「その事は、“サラマンドラ”も同じか?」

 

「はい。私もそう聞いています」

 

 

しっかりと頷くサンドラに、嘘をついている様子はない。

そうか、と呟き、考える事を止める。

この可能性が否定されるには、全く材料が揃ってはいないが、今はそれを考える事はやめるべきだろう。

それにしても、と今度は十六夜を見る。

 

 

「俺も正直、秩序の守護者ってのには否定的だが……白夜叉やサンドラの前で、それを平然というべきじゃないだろ?」

 

「おいおい。自分で言っておきながら、俺を叱るのか?」

 

「一応、だ。ほら、さっきから黒ウサギが大人しいせいで、俺とお前が問題起こしても対処してくれる苦労人がいないだろ?仕方ないから、大人な俺がきっちり箱庭の常識ってのを教えとかないと、と思ってな!」

 

「お前が胸を張っても、しまらねえって。シスコン狼」

 

「よし、その喧嘩買ってやる!!利子もたっぷりつけてやるから、表に出やがれ北京原人!!」

 

「シリアスをぶち壊すとは、何事ですか!!?このお馬鹿様方ああああああああ!!!!!」

 

 

 

スパパパーーーン、と炸裂する黒ウサギのハリセン。

本当に、こんな時でもマイペースな問題児筆頭と苛めっ子先輩。

白夜叉は淡く苦笑しつつ、扇子で口元を隠す。

 

 

「確かに、おんしらの考えも一理ある。しかし、なればこそ、我々は秩序の守護者として、正しくその何某を裁かねばならん。主犯には、何れ相応の制裁を加えると、我らの双女神の紋に誓おう」

 

「“サラマンドラ”も同じく……けど、目下の敵は予言の魔王。ジン達には魔王ゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 

 

やはり、そういう流れとなるのだろう。

だが、“打倒魔王”を掲げた以上、この程度で二の足を踏んでいてはこの先やっていけない。

そして……これが、新生“ノーネーム”の初仕事である。

ジンは事の重大さを受け止める様に、重々しく承諾した。

 

 

「分かりました。“魔王襲来”に備え、“ノーネーム”は両コミュニティに協力します」

 

「うむ、すまんな。敵の詳細が分からぬままでの戦闘は不本意であろう。……だが、分かって欲しい。今回の一件は、魔王を退ければよいというだけのものではない」

 

「いいって。“打倒魔王”を掲げた時点で、この程度の厄介事は覚悟してる。それに、白夜叉には、返しきれない恩義がある。そうだな、ジン」

 

「はい」

 

 

緊張した面持ちで頷くジン。

白夜叉はその言葉に、柔らかな笑みを浮かべる。

 

 

「そう緊張せんでもよいよい!魔王はこの最強のフロアマスター、白夜叉様が相手をする故な!おんしらはサンドラと露払いをしてくれればそれで良い。大船に乗った気でおれ!」

 

 

哄笑すらあげ、双女神の紋が入った扇を広げる白夜叉。

少しだけ表情を緩めて快諾するジンの一方で、スッと眼を細めて不満そうな双眸を浮かべる十六夜。

それとは別に、何か思い迷う様に見つめる帝。

 

 

「何だ?やはり、露払いは気に食わんか、小僧」

 

「いいや?魔王ってのがどの程度か知るにはいい機会だしな。今回は露払いでいいが――――別に、()()()()()()()()()()魔王を倒しても、問題はないよな?」

 

 

挑戦的な笑みを浮かべる十六夜に、呆れた笑いで返す白夜叉。

 

 

「よかろう。隙あらば魔王の首を狙え。私が許す」

 

 

そう答えると、今度は帝へと視線を向けた。

 

 

「して、おんしはどうした?」

 

「いや………やっぱり、いい」

 

「うむ……おんしらしくない。聞きたい事を不躾に聞くのが、おんしの特権であろう?」

 

「………聞きたくないから、かもしれない」

 

 

呟く様にそれだけ答える。

煮え切らない様子ではあったが、こうして交渉は成立。

その後、一同は謁見の間で、魔王が現れた際の段取りを決めて過ごした。

十六夜の発言を不謹慎だと告げるマンドラは、“ノーネーム”をゲームから追放する様に訴えたが、白夜叉よサンドラに説き伏せられ、十六夜達は渋々協力を受け入れられるのだった。

 

その間………奇妙な程に帝は一切、何も言葉を発する事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





色々考えた結果、更新が遅くなりました(苦笑)

大人しそうに見えて、まだまだ子供な所が書けたらいいなぁ……と思ってのこのお話。
今更なのですが……カグヤのブンタ如き、十六夜なら簡単に交わせそうですよね?

うん、そこはやっぱり事実補正という小説特有のスキルで………あ、ごめんなさい。
い、石はもう勘弁して下さい(涙)


ツッコミ役であるカグヤが不在の為、ピンチヒッターで帝投入!!
だが、黒ウサギの心労が溜まるだけという結果!!残念!!!←
だって、彼も問題児だしね!!

そして、言って見たかった「シスコン狼」をここで投入。
因みに、帝が十六夜を呼ぶ呼び方が少し変化。
「霊長類」から「北京原人」へ。これって、何か変わりあるのだろうか←←


そして、今度は耀の事をひよっこと呼ぶ始末。
………そろそろ、帝にもお灸をすえるべきなのか?(作者とは思えない発言)



では次回!!お兄さんと妹が仲良く会話します



それでは、また

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