問題児たちが異世界から来るそうですよ?~月の姫君~   作:水無瀬久遠

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十二章 逃げる問題児、追う兎

リリに手紙を預けた後、十六夜、飛鳥、耀、ジン、帝の五人は“ノーネーム”の居住区を出発し、二一○五三八○外門の前にある噴水広場まで来ていた。

今朝方からにぎわいを見せるペリベット通りの“六本傷”の旗印を掲げるカフェに飛鳥達は陣取り、外門の近隣を見渡していた。

 

 

「噴水広場の近くに来るといつも思うけれど……二一○五三八○外門のあの悪趣味なコーディネートは、一体誰がしているの?」

 

 

飛鳥が二一○五三八○外門に不快そうな視線を向ける。

外門と箱庭の内壁の繋ぎ目である石柱には、巨大な虎の彫像が掘り起こされており、門の丈夫には今は無きコミュニティ“フォレス・ガロ”の虎の旗印が刻まれていた。

ジンは溜息交じりに飛鳥へ説明する。

 

 

「箱庭の外門は、地域の権力者がフロアマスターの提示するギフトゲームをクリアする事で、コーディネートする権利を得ます。一種の、コミュニティの広告塔の役割もあるんですよ」

 

「そう………それで、あの外道の名残が残っているの」

 

 

フンッ、と不機嫌そうに髪を掻き上げる飛鳥。

その様子に、帝が苦笑する。

 

 

「ま、この辺りは彼奴が一番牛耳ってたからな。そのコミュニティが解散して以来、ここ最近は力の強いコミュニティが現れてない。だから、あの外門はそのままって事だ。勿論、俺達にも挑戦権はあるだろうが………旗印が無いコミュニティが外門を飾っても、返ってくるのは批判だけだろうけど」

 

 

旗印も名前もないというのは、本当に不便である。

 

気を取り直し、全員がカフェテラスの席に向き直る。

 

 

「それで、北側まではどうやって行けばいいのかしら?」

 

「………それは普通、出てくる前に調べておくべき事柄だよな?」

 

 

スカートからスラリと伸びた足を組み直し、平然と問う飛鳥へ帝がツッコむ。

久遠飛鳥は聡明な少女ではあるが、時折現実離れした感覚がある。

それは、彼女がずっと囲われながら育った事も原因の一つだろう、と帝は思っている。

その飛鳥の隣で、耀が小首を傾げながら答える。

 

 

「んー………でも、北にあるっていうなら、兎に角北に歩けばいいんじゃないかな?」

 

「理屈としては間違ってないが………着く頃には、祭りは愚か、お前ら全員揃って老人だぞ?」

 

「……そんなに遠いのか?」

 

 

溜息交じりに答える帝に、今度は十六夜が首を傾げる。

どうやら、彼らはこの箱庭の地理をきっちり分かっていないらしい。

しめた、とジンがそこに勝機を見出す。

 

 

「皆さんは、北側の境界壁までの距離を知らないんですね。なら、説明する前に聞いておきますけど。この箱庭の世界が、恒星級の表面積だという話は知ってますか?」

 

「………?え、恒星?」

 

 

飛鳥が素っ頓狂な声を上げる。

耀は表情を変えず、瞳を三度程瞬きする。

十六夜は首肯しながらも、ジンの言葉に眉を顰めた。

 

 

「それなら黒ウサギから聞いた。けど、箱庭の世界は殆どが野ざらしにされてるって聞いたぞ。それに大小は有っても、この都市以外にも町があると」

 

「そりゃ、有るだろ。ま、それを差し引いても、箱庭都市はこの世界最大規模の都市。箱庭の世界の表面積を占める比率は、他の都市とは比べものにならねぇけどな」

 

()()?」

 

 

ここで、飛鳥は不穏な気配を感じ取る。

その様子に、帝が苦笑した。

 

 

「なんだ、知らなかったのか?この箱庭での考え方は、比率が主だ。恒星の表面積と言っても、サイズは様々。そうだな……太陽と同等の大きさだと仮定して考えた方が、いいかもな」

 

 

因みに、太陽と仮定して計算する場合、地球の約一三○○○倍。

実に馬鹿げた数字である。

十六夜は警戒しながらも、怪訝そうな表情で話を伺った。

 

 

「まさか、恒星の一割ぐらいを都市部が占めている……なんて、馬鹿な事言わねぇよな?」

 

「そ、それは流石にありませんよ。比率といっても、その数字は極少数になります」

 

「そ、そうよね。それで、この場所から北側の境界線まではどのくらいの距離があるの?」

 

 

飛鳥が回答を急かせる。

ん~、と帝が唸り、

 

 

「確か……ここは少しだけ北寄りだった筈だしな……大体980000㎞位じゃないか?」

 

「「「うわお」」」

 

 

三人は同時に、様々な声音で。

嬉々とした、唖然とした、平淡な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

黒ウサギとレティシアの行動は迅速だった。

手紙を確認した後、農園跡地から戻った二人は、十六夜達がコミュニティの領地内にいないかを確認。

最後に宝物庫の鍵を持って下りた黒ウサギは、豪奢な扉と結界を解除。

その中にある、なけなしの資金を確認し、全員が待つ玄関前へと移動した。

そこには、既に確認を終えたらしいレティシアと、放心状態と言ってもいいカグヤ、そしてそれを看病するリリ、捜索を終えた年長組の子供達。

 

 

「食堂にはいなかったよ!」

 

「大広間、個室、貴賓室、全部見てきた!」

 

「貯水池の付近もいないっ!」

 

「お腹すいた!」

 

「それはまた後でな。………それで、金庫はどうだ?」

 

「コミュニティのお金に手を付けた形跡はありません。しかし、皆さんの自腹で境界壁まで向かえる筈がございません!」

 

「か、カグヤ様!大丈夫ですか!?」

 

《……えぇ。ごめんなさいね、リリ》

 

 

ふらふらと立ち上がったカグヤへ、リリが気遣わしげに付き添う。

だが、その目は死んだ魚の如き濁った色をしていた。

ふふふ……と彼女から、不気味な笑い声が呟かれる。

 

 

《そうですか……そんなに……》

 

「か、カグヤ様!?気をしっかりして下さい!!」

 

 

流石に、これは異常すぎる。

怖がる子供達に変わり、慌てて黒ウサギがフォローに回る。

そんな黒ウサギの腕を、ガシッと掴み、

 

 

《どうやら……またお説教が必要そうですね》

 

 

ギンッとその瞳にドス黒い怒りの色が浮かぶ。

 

 

《お金がなければ、門の起動は不可でしょう。レティシアは、招待主である白夜王を押さえに行って下さい!私と黒ウサギは、一応境界門に向いましょう!!もし、レティシアが止められなかったとすれば、境界門を起動させる必要性が出てきます!“箱庭の貴族”である貴女なら、境界門の起動にお金はかかりません。私には……これがありますので》

 

 

少しだけ、悲しげにカグヤは袂に入れてあるモノを取り出す。

それは、美しい着物の布を利用して作られた巾着。

それを目に、ギュッと唇を咬む彼女は今にも泣きそうに見えて、レティシアと黒ウサギは互いに顔を顰めた。

だが、それもすぐに消え、黒ウサギの瞳には、嘗て無い程の怒りの火花が散っていた。

 

 

「あの問題児様方……!今度という今度は絶対に!!絶対に許さないのですよーッ!!」

 

 

怒りのオーラで髪を淡い緋色に染め、本拠の外に出るや否や、土埃を巻き上げて黒ウサギは爆走する。

その後ろを芭蕉扇を利用して飛ぶカグヤが、これまた疾風の如き速度で追っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

「いくらなんでも、遠過ぎるでしょう!?」

 

 

お馬鹿な数字を聞かされ、カフェのテーブルを叩いて講義する飛鳥。

負けじと叫び返すジン少年と、よく分からないとでも言いたげな帝狼。

 

 

「ええ、遠いですよ!!箱庭の都市は、忠臣を見上げた時の遠近感を狂わせる様に出来ている為、肉眼で見た縮尺との差異が非常に大きいんです!!」

 

「あのな。ここは一番外側なんだぞ?どう考えたって、一桁台のコミュニティが犇めく中心に、弱小コミュニティが近くある訳ないだろ。そんな事したら、いつだって狩り放題じゃないか」

 

 

だから、止めましょうってあれ程言ったんじゃないですかーッ!!とジンが叫ぶ。

考えてなかったのか?と帝が首を傾げる。

その隣で、十六夜は冷静に箱庭を考察する。

 

 

「………そうか。箱庭に呼び出された時、箱庭の向こうの地平線が見えたのは、縮尺そのものを誤認させるようなトリックがあった訳か」

 

 

彼らが召喚された時、箱庭の都市の縮尺を見間違ったのは、巨大だからという理由だけではなかった。

一見して巨大な外観を持つ箱庭の都市だが、よく見るとより一層巨大な都市なのだ。

具合が悪そうに黙り込む飛鳥だが、仕方なさそうに足を組み直して再提案する。

 

「そう。なら仕方がないわ。“ペルセウス”のコミュニティへ向かった時の様に、外門と外門を繋いでもらいましょう」

 

「馬鹿言うな。“境界門(アストラルゲート)”を使うなんて、コミュニティを破産させる事と同意義だぞ?」

 

 

帝が顔を顰める。

―――“境界門”とは、莫大な土地を有する箱庭を行き来する為に設けられた、外門と外門を繋ぐシステムの事である。

地域の権力者が外門の造形をコーディネートする利権を欲しがるのは、行商や興行、ギフトゲームの開催や出場等、移動の拠点として多く使われるからだ。

コミュニティの名前を広く宣伝するには、これ以上ないアピールだろう。

帝の非難に続き、ジンも言う。

 

 

「外門同士を繋ぐ“境界門”を起動させるには、凄くお金がかかります!“サウザンドアイズ”発行の金貨で一人一枚!五人で五枚!コミュニティの全財産が金貨四枚ですので、もう大赤字ですよ!!」

 

 

流石に、こればかりは帝とて容認できない。

それを全額使えば、コミュニティにいる子供の何人かは確実に餓死するだろう。

二人の反論に、苦々しい顔で再度黙り込む飛鳥達。

 

 

「……980000㎞か。流石にちょっと遠いな」

 

 

軽薄な笑みを浮かべる十六夜だが、流石に打つ手がない様子。

コミュニティを破産させる訳にもいかないし、如何に彼らでも地球の二十五個分も歩く訳にはいかない。

帝がいう様に、着いた頃には祭りは愚か、老人になっていてもおかしくはないだろう。

ジンは必死に気持ちを落ち着かせ、穏やかな口調で三人を諭す。

 

 

「今なら笑い話で済みますから………皆さんも、もう戻りませんか?」

 

「断固拒否」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「だってよ、リーダー」

 

 

ガクリ、と肩を落とすジン。

その背を、帝がポンポンと叩いて慰めた。

だが、彼もどちらかと言えば問題児よりな立場な為、この行為は馬鹿にしている様にも見える。

飛鳥が勢いよく立ち上がり、ジンのローブを掴む。

 

 

「黒ウサギ達にあんな手紙を残して引けるものですか!」

 

「手紙……?おい、どういう事だ?」

 

 

手紙、という言葉に、帝が怪訝そうに首を傾げる。

実は、帝と三人がここへ来る前に、一度だけ別行動をした時間がある。

三人曰く、準備だとの事だった為、帝は大人しく床に山積みとなっていた本を片付けていたのだ。

北側に向かうとなれば、それなりに時間がかかるし、上手く行けたならばそのまま滞在する事になる。

そう思えば、書庫の掃除位はしておくべきだろう、と生真面目に考えたのだ。

 

そういう所は律儀な狼である。

 

と、ジンが慌てて帝へ手紙についてを訴える様に説明する。

すると、帝の表情はみるみる険しいものへと変わる。

 

 

「コミュニティを脱退!!!?馬鹿か!!!!」

 

 

あらん限りの怒鳴り声に、飛鳥と耀が身を固くし、十六夜が軽く肩を竦める。

幾ら問題児寄りだとはいえ、彼は箱庭で生まれ、箱庭で育った者。

コミュニティの脱退等と言われれば、怒る事は必然だ。

だが、自分が怒鳴った所で今の彼らのどれだけの反省の色が出るだろう。

正直、帝はそういった事が上手いとは思っていない。

それは、専らカグヤと黒ウサギの仕事だ。

はぁ、と帝が肩(?)を落とす。

 

 

「……仕方ない。取り敢えず、白夜叉からの招待状だったよな?彼奴がただの親切心で送ってきたとは思えない。多分、それ相応の依頼と見るべきだろう。一旦、“サウザンドアイズ”に行ってみるか」

 

「おう!“サウザンドアイズ”へ交渉に行くぞゴラァ!」

 

「行くぞコラ」

 

 

ここまでくれば、もう自棄なのだろう。

陰鬱に呟く帝。

ヤハハとこちらも自棄気味にハイテンションな十六夜に続き、その場のノリで声を出す耀。

一同は、“サウザンドアイズ”へ向かうという事で針路を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

“サウザンドアイズ”支店。

良く合う割烹着姿の女性店員との一悶着を終え、毎度毎度の熱烈で少し馬鹿過ぎる白夜叉の歓迎を受けながら、一同は白夜叉の座敷に招かれた。

 

和室に着き、世間話もそこそこに、白夜叉は幼い顔に厳しい表情を浮かべ、カン!と煙管で紅塗りの灰吹きを叩いて問う。

 

「本題の前にまず、一つ問いたい。“フォレス・ガロ”の一件以降、おんしらが魔王に関するトラブルを引き受けるという噂があるそうだが……真か?」

 

「ああ、その話?それなら本当よ」

 

 

飛鳥が正座したまま首肯する。

白夜叉が小さく頷くと、視線をジンに移す。

 

 

「ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

 

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 

箱庭の都市は巨大だ。

修羅神仏が群雄割拠するこの異界で、自らの組織の象徴(シンボル)―――即ち、“名”と“旗印”は、コミュニティの命とも言える大事なファクター。

それを補う為に、ジン達のコミュニティは“打倒魔王”という特色を持つコミュニティを造ろうというのだ。

ジンの返答に、白夜叉は鋭い視線を返す。

 

 

「リスクは承知の上なのだな?そのような噂は、同時に魔王を引き付ける事にもなるぞ」

 

「覚悟の上です。それに仇の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層部には行けません。決闘に出向く事が出来ないなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

 

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

 

 

上座から前傾に身を乗り出し、更に切り込む白夜叉。

その問いに、傍で控えていた十六夜が不敵な笑みで答える。

 

 

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑む“打倒魔王”を掲げたコミュニティ―――どうだ?修羅神仏の集う箱庭の世界でも、こんなカッコいいコミュニティは他に無いだろ?」

 

「……ふむ」

 

 

茶化して笑う十六夜だが、その瞳は相も変わらず笑っていない。

この男は一見して何も考えてない様だが、リスクを天秤に掛けて考えられるという程度には、白夜叉は評価していた。

 

 

「して……おんしはどうだ?帝」

 

「………俺が、コミュニティの方針を止めろと言える立場に見えるか?」

 

「いや……だが、おんしは魔王との係わりを嫌っているだろ?」

 

 

その一言で、帝の表情が苦しげに変わる。

白夜叉の言葉の意味が分からない他の同士達は、不思議そうに首を傾げている。

やや間を置いて、帝が佇まいを正した。

 

 

「白夜叉。俺には恩義がある。このコミュニティに拾われて、もう数千年。俺は、今でも妹共々拾ってもらった日の事を忘れた事はない」

 

「だが、“打倒魔王”を掲げた以上、おんしにとっても、カグヤにとっても辛い未来が待っているやもしれん。いや、絶対におんし達の前に現れるだろう。それでも」

 

「くどい!!」

 

 

一喝にも似た声で白夜叉の言葉を遮る。

彼女は暫し瞑想し、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

 

「そこまで考えての事ならば良い。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

 

「……悪いな、白夜叉」

 

 

少しだけ申し訳なさそうに呟く帝へ、白夜叉は優しく笑んで首を横に振る。

そして、真っ直ぐとジンを見た。

 

 

「その“打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたい事がある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、()()殿()?」

 

「は、はい!謹んで承ります!」

 

 

子供を愛でる様な物言いではなく、組織の長として言い改める白夜叉。

ジンは少しでも認められた事にパッと表情を明るくして応えた。

 

 

「さて、では何処から話そうかの……」

 

 

カン。と煙管で紅塗りの灰吹きを軽く叩き、一息つく白夜叉。

何処から話したものかと中庭に眼を向け、遠い目をした後。

ふっと思い出した様に話し始める。

 

 

「ああ、そうだ。北のフロアマスターの一角が世代交代をしたのを知っておるか?」

 

「え?」

 

「……へえ~~。つまり、あの爺さんは引退したって事か」

 

「うむ。急病で引退だとか。まあ亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったと見える。此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな」

 

「「龍?」」

 

 

キラリと光る機体の眼差しを十六夜と耀が見せる。

帝が淡く苦笑した。

 

 

「五桁・五四五四五外門に本拠を構える、“サラマンドラ”のコミュニティだ。あそこは亜龍が治めるコミュニティでな、北のフロアマスターの一角を担ってる」

 

「…ところでおんしら、フロアマスターについてはどの程度知っておる?」

 

「私は全く知らないわ」

 

「私も全く知らない」

 

「俺はそこそこ知ってる。要するに、下層の秩序と成長を見守る連中だろ?」

 

 

十六夜が右手を挙手して、軽く説明する。

それに帝が頷き、詳しく補足する。

 

 

「“階級支配者(フロアマスター)”ってのは、秩序の守護者であり、下位のコミュニティの成長を促す為に設けられた制度だ。基本的な仕事としては、箱庭内の土地の分割や譲渡、コミュニティが上位の階層に移転できるかどうかを試す試練(ゲーム)を行うとかだな。それとは別に、“階級支配者”には下位のコミュニティを守る義務がある。これは、秩序を乱す天災・魔王が現れた場合、彼らが率先して戦うって事だ。その義務と引き換えに、膨大な権力と最上級特権“主催者権限(ホストマスター)”が与えられる」

 

「しかし、北は複数のマスター達が存在しています。精霊に鬼種、それに悪魔と呼ばれる力ある種が混在した土地なので、それだけ治安も良くないですから……」

 

 

ジンはそれだけ説明すると、悲しげに眼を伏せた。

 

 

「けど、そうですか。“サラマンドラ”とは親交があったのですけど……まさか頭首が替わっていたとは知りませんでした」

 

「元盟友とはいえ、俺達が“ノーネーム”に墜ちてからは一方的に手打ちしてきてるからな。それで?頭首になりそうなのは長女のサラ様か……才能はないが、次男のマンドラ辺りとか?」

 

「いや。頭首は末の娘―――おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 

「末娘!?」

 

 

は?とジンが小首を傾げ、帝が目を丸くして叫ぶ。

流石に、予測していなかったのだろう。

少し置いて、ジンは驚きのあまり身を乗り出した。

 

 

「サ、サンドラが!?え、ちょ、ちょっと待って下さい!彼女はまだ十一歳ですよ!?」

 

「あら、ジン君だって十一歳で、私達のリーダーじゃない」

 

「そ、それはそうですけど……いえ、だけど、」

 

「飛鳥、今回の件は俺達と同じ様に見るな。今回ばかりは、俺でも納得できない」

 

「なんだ?まさか御チビの恋人か?」

 

「ち、違っ、違います!失礼な事を言うのは止めて下さい!!」

 

 

ヤハハと茶化す十六夜、怒鳴り返すジン。

普段なら、それに帝が便乗してきそうなものだが、彼は沈黙を保ったまま、何やら考え込んでしまった。

全く関心の無い耀が続きを促す。

 

 

「それで?私達に何をして欲しいの?」

 

 

「そう急かすな。実は今回の誕生祭だが、北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者(ホスト)を依頼してきたのだ」

 

「あら、それは可笑しな話ね。北は他にもマスター達が居るのでしょう?なら、そのコミュニティにお願いして共同主催すればいい話じゃない?」

 

「………うむ。まあ、そうなのだがの」

 

 

急に歯切れが悪くなる白夜叉。

ポリポリと頭を掻いて言いにくそうにしていると、十六夜が隣から助け船を出した。

 

 

「幼い権力者を良く思わない組織が在る。―――とか、在り来りにそんな所だろ?」

 

「んー……ま、そんなところだ」

 

 

途端に、飛鳥の顔が不愉快そうに歪む。

まさか、そんな陳腐な話が絡んでくるとは思わなかったのだろう。

飛鳥の眼に見える程強い怒りと、落胆の色が浮かんだ。

 

 

「……そう。神仏の集う箱庭の長達でも、思考回路は人間並みなのね」

 

「馬鹿いうな。箱庭の長ともなれば、()()()()()()()()()

 

 

飛鳥の言葉へ、帝が吐き捨てる様に言う。

その瞳には、怒りよりも深くドス黒い憎悪が浮かぶ。

ゾクリ...と一同の背筋に、冷たいモノが流れる。

 

 

「帝、よさぬか。飛鳥も手厳しい。だが、全くもってその通りだ。実は東のマスターである私に共同祭典の話を持ちかけてきたのも、様々な事情があってのことなのだ」

 

 

申し訳なさそうな苦々しい顔で項垂れる白夜叉。

重々しく口を開こうとした白夜叉を、耀がハッと気が付いた様な仕草で制す。

 

 

「ちょっと待って。その話、まだ長くなる?」

 

「ん?んん、そうだな。短くとも後一時間程度はかかるかの?」

 

「それ不味いかも。………黒ウサギ達に追いつかれる」

 

 

ハッ、と他の問題児二人とジンも気が付く。

一時間も悠長に留まれば、黒ウサギ達に見つかる事は避けられないだろう。

何より、彼女達とて馬鹿ではない。

“境界門”が使えないと分かっているだろうから、必然的に招待者である白夜叉の所を訪れると、彼女達も予測できるだろう。

ジンが咄嗟に白夜叉へ懇願しようとする――――その前に、十六夜が捲し立てる。

 

 

「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」

 

「む、むぅ?別に構わんが、何か急用か?というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」

 

「構わねえから早く!事情は追々話すし、何より―――――()()()()()()()!俺が保証する!」

 

 

十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵ヵと哄笑を上げて頷いた。

 

 

「そうか。()()()。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな」

 

 

白夜叉は楽しげに笑うと、両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。

 

 

「―――ふむ。これでよし。これで御望み通り、北側に着いたぞ」

 

「「「―――………は?」」」

 

 

その場にいた、全員が素っ頓狂な声を上げる。

それもその筈だろう。

北側までの980000㎞という馬鹿馬鹿しい距離を、こんな僅かな時間で飛び越えられる訳がない。

 

……という疑問は一瞬で過ぎ去り、次の瞬間、嬉々として三人が一目散に店外へ走り出す。

その姿に、帝も苦笑しつつ店外へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――東と北の境界壁。

四○○○○○○外門・三九九九九九九外門、サウザンドアイズ旧支店。

三人が店から出ると、熱い風が頬を撫でた。

場所は平地ではなく高台へと移動した“サウザンドアイズ”の支店から、眼下に広がる街並みを眺め、彼らは瞳を輝かせる。

 

 

「赤壁と炎と………ガラスの街………!?」

 

 

飛鳥が感嘆の声を上げる。

帝も久々に見る北側の街に、胸を躍らせていた。

東と北を区切る、天を衝くかという程巨大な赤壁。

あれは境界壁だ。

そこから掘り出される鉱石で彫像されたモニュメントに、境界壁を削り出す様に建築したゴシック調の尖塔群のアーチと、外壁に聳える二つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

数年前に訪れた時と、何一つ変わらない景色は少しだけ嬉しい気分にしてくれる。

 

 

「へえ……!980000㎞も離れているだけあって、東とは随分と文化様式が違うんだな」

 

「人が住みやすくなってる東とは違い、北側は厳しい環境の中で生き抜く為のギフトが発展したんだ。ここはこんなにも明るく、暖かな印象だが、其処の外門から一歩外にでれば、見渡す限りの銀世界。とてもじゃないが、人が住める場所じゃない」

 

 

喜んで街を見渡す十六夜へ、帝が簡単に補足する。

白夜叉も、自分が褒められているかの様に自慢げに、胸を張っている。

 

 

「ふぅん。厳しい環境があってこその発展か。ハハッ、聞くからに東側より面白そうだ」

 

「……むっ?それは聞き捨てならんぞ小僧。東側だっていいものは沢山あるっ。おんしらの住む外門が特別寂れておるだけだわいっ」

 

 

だが、一転して拗ねた様に口を尖らせてしまった。

“ノーネーム”がよく利用する二一○五三八○外門は“世界の果て”と向かい合っている為、箱庭外で手に入る資源が少ない。

その為、力の無い最下級コミュニティでは発展に限度があるのだ。

 

そうだな、と帝が笑う。

 

 

「いつか、別の東側都市に案内してやるよ。普段見ているペリベットよりもっと楽しいモノが見つかるかもしれないしな」

 

 

それまでの間に、出来るだけ名を売る努力が必要だろう。

商業系コミュニティ相手には、それなりの信頼が絶対条件。

唯でさえ“名無し”扱いされる“ノーネーム”では、ゲームにすら参加させてもらえない危険性があるのだから。

ウキウキと街へ降りる話し合いを始めた時

 

 

 

 

 

 

()()()()()―――――のですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 

ズドォン!!と、ドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃の様な着地。

その声に、跳ね上がる一同。

大声の主は我らが同士・黒ウサギ。

 

 

「ふ、ふふ、フフフフ…………!ようぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方……!」

 

 

淡い緋色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまく黒ウサギ。

その姿に、帝は表情を引き攣らせた。

度々黒ウサギを苛めてきた彼ではあるが、ここまで怒り狂った姿を見た事がない。

どうやら、あの手紙が相当頭にきたのだろう。

 

危機を感じ取った問題児の中で、真っ先に動いたのは十六夜だ。

 

 

「逃げるぞッ!!」

 

「逃がすかッ!」

 

「え、ちょっと、」

 

 

十六夜が隣に居た飛鳥を抱きかかえ、展望台から飛び降りる。

その後ろを鬼の様なスピードで追う黒ウサギ。

耀は旋風を巻き上げて空に逃げようとした。

その瞬間、彼女が巻き上げた旋風よりも激しい疾風が、耀の身体を絡め取る。

 

 

「わ、わわ、………!」

 

 

体のバランスを崩し、耀が落下する。

ズガンズガンズガン、と鋭い音を上げて、何かが耀のジャケットを二か所、そして帝の鼻先に突き刺さる。

 

―――それは、何の変哲もない竹串。

だが、その竹串は第三宇宙速度も真っ青なスピードで飛来し、岩の地面に減り込んでいる。

ギギッと耀と帝が飛んできた方向を見る。

そこにいたのは

 

 

《どちらへ、行かれるのですか?耀様……帝兄さん……》

 

 

静かに小袖をはためかせるカグヤの姿。

彼女からも尋常ではない怒りオーラが漏れ、もう普段の般若を通り越し、閻魔の如き迫力を纏っている。

流石に、これはマズイ、と帝と耀が慌てる。

 

 

「か、カグヤ……?」

 

「わ、悪かったよ!俺も手紙の事知らなかったんだ。だが、止めなかった事は認める!!だから、少し落ち着―――」

 

 

 

 

 

スパンッ、スパンッ、乾いた音が響く。

二人は一瞬、何が起こったのか分からなかった。

やっと、カグヤが頬を打ったのだと気付いた時には、帝と耀の頬は赤くなり、ジンジンと痛みを発していた。

俯き加減のままでいるカグヤ。

そこへ、恐る恐る帝が様子を窺う。

 

 

「か、カグヤ……?」

 

 

次の瞬間、弾ける様にカグヤが顔を上げ……帝と耀は絶句した。

彼女は、空色の瞳に怒りの色を宿しながら――――ボロボロと涙を流していたのだ。

普段の彼女らしくない行動に度肝を抜かれていた時

 

 

《帝兄さんと耀様の馬鹿!!!大嫌い!!!!》

 

 

叫ぶ様にそれだけ言うと、カグヤは芭蕉扇の疾風を利用し、街の方へと飛んで行った。

残された二人は、ただポカン、とその後ろ姿を見送る。

 

どうして、こうなったのだろう。

 

全く状況が読めないまま、固まる帝と耀。

 

 

「………おんしら、一体あの子に何をしたんだ?」

 

 

唯一人、怒った様な呆れた様な調子で、白夜叉が溜息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの展開に、帝と耀共に脱落←

まあ、カグヤが恐ろしく怒った理由は次章にて分かる予定です。
今回、帝と耀に平手打ちした訳なのですが………十六夜と飛鳥にも同じ目にあってもらいたいと思ってます。

うん、二巻初めから波乱の予感


次はマンドラとサンドラも出てくる………まで書けたらいいなぁと思います。

先に予告
耀が二巻で参加したギフトゲームですが………多分、察しのいいお方なら分かると思う伏線があります。
すっごく簡単な伏線なのですよ。
と、いうより、ここで強調していれば、誰でも察しがつきますね。

でも、言わないのです(エッヘン)


それでは次回

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