…………変です。
遠山かなめさんが転校してきて早1週間とちょっとが経過。
京夜先輩にあまり気を許しすぎるなと注意されて以降、他の女子達に比べて1歩も2歩も下がった距離感で接してきていた私ですが、そうしていた中で見えたかなめさんの周りが少々異常なのではないかと疑問を持ちました。
なんというか、みんながかなめさんを心酔しているというか、妙に一緒にいたがってるように見えていた。
もちろんそれだけなら私のただの所感で自己完結できますが、かなめさんの転校から私のクラスの良い意味でも悪い意味でも目立っていた高千穂さんが、自分よりも注目されているかなめさんに立場的なのを奪われたにも関わらず、比較的突っかかっていくタイプなはずなのに何もアクションもなく、むしろあえて目に止まらないように存在を希薄にしている節が見られて、それがどうしてかと考えた時に京夜先輩の注意とが合わさって納得。
あの高千穂さんがかなめさんを警戒しているということに気付きました。
さらに私の親友である陽菜ちゃんも、かなめさんが転校してきた日から戦兄である遠山キンジ先輩にかなめさんの様子をうかがうように言われていて、今も継続中らしく、それだけなら心配性なお兄さんみたいに思えるけど、きっとそうではないだろうことは察してしまう。
そしてその週の土曜日の昼頃から、たまたま幸帆さんのお部屋に遊びに行っていたところ、異様なほどあたふたした後に必死に自分を落ち着けて通話に応じた幸帆さんがその相手である京夜先輩から妙な質問をされていて、通話を終えてからそのことについて一緒に考えてみました。
京夜先輩からの質問は『あかりちゃんとその周りの人間に何か変化はなかったか』という不思議なもので、同じクラスの幸帆さんも別段気になるようなことはなかったと話してましたが、あの京夜先輩が何の意味もなくそんなことを尋ねるわけもないので、やはり武偵らしく調べてみることにして幸帆さんと共同捜査を開始。
ここ最近、京夜先輩がやたらと警戒しているかなめさんが1枚噛んでそうなのはある程度予測できたので、週明けの月曜日から登校中に必ず私か幸帆さんがかなめさんのそばにいることで監視をしつつ、もう片方が動くことを徹底。
メールや電話でのやり取りはできる限り控える形で放課後に口頭で情報を共有。
調査初日の月曜日では、私が気になっていた高千穂さんと接触。
始めは煙たがれて警戒する素振りで追い払われましたが、あかりちゃんの周りを調べていると話すと何故かちょっと慌ててから会話に応じてくれて、これまた何故か話をするのもトイレの個室で2人して入って。
高千穂さんが何をそんなに警戒しているのかいまいちわからずその温度差を感じながらも話を聞くと、どうやらいま現在、志乃さんと桜ちゃんが不仲になってるらしく、幸帆さんも電話の時に京夜先輩に仲が悪くなってるのかもと話していたこともあって確定情報に。
なのでその辺の経緯を詳しく聞いてみると、先日に帰宅途中の志乃さんの乗る車のタイヤが銃撃され、高千穂さんと正式な勝負で勝ち取った品も盗まれて、それをやったのが桜ちゃんだということで喧嘩になってるようで、盗んだ品も高千穂さんへ送るようなメッセージ付きで桜ちゃんの鞄に入っていたとか。
しかし高千穂さんは桜ちゃんがそんなことをする人間ではないと断言して、武装弁護士の娘らしく桜ちゃんの無罪を証明すべく動いていたみたいで、その日は志乃さんの車に撃ち込まれた銃弾の鑑定結果を頼んでいた鑑識科の信用できる人に聞きに行く予定だったとか。
私もあの真面目で勤勉な桜ちゃんがそんなことをするとは思えなかったので、その件については高千穂さんに任せて引き続き調査を進めた。
幸帆さんもその日はあかりちゃん達の様子を注意して見ていてくれて、志乃さんと桜ちゃんは言わずもがな、先週まで仲の良かったライカさんと麒麟ちゃんまでが口も聞かない感じになっていたらしく、互いに避け合うことが重なってあかりちゃんが孤立。
あんなに仲の良さそうだったグループがバラバラにされていることが判明。
それをやったのはおそらく……いえ、ほぼ確実にかなめさん。
でもかなめさんがそんなことをする目的が全くわからなかった私と幸帆さんは、この事態に対してどうすればいいのか迷う。
あの京夜先輩や高千穂さんが警戒していることから、下手なことをしてかなめさんの目に止まれば、あかりちゃん達のように何かしらの標的にされかねないため、いま標的になっているあかりちゃん達とも接触は避けるべきで、でも友達としてこの状況はどうにかしてあげたいという思いもある。
京夜先輩に協力を求めることも考えた……というより真っ先に考えてしまった私と幸帆さんでしたが、京夜先輩は京夜先輩でかなめさんのことを探っているみたいだし、ここ数日はそれ以外でも物凄く忙しそうにしていて、先週に入院していたとは思えないくらいの活動をしていたので迷惑はかけられないと2人で決意しなんとかすることに。
そうなると幸帆さんが授業中にでもあかりちゃん達に接触してみるべきだと思ったけど、もうかなめさんの傘下にある女子がA組にもいる可能性を考慮すると得策ではない。
どこからかなめさんの耳に情報が入るか不明なため、他の人に頼るのも危険で実際問題できることがないと理解できてしまう現状。
それでもせめてあかりちゃん達の仲違いがかなめさんの手によるものであることを伝えるために私が考えた最後の手段は、親友である昴を伝書鳩の役目で飛ばして知らせること。
さすがに私が電波ちゃんなことはクラスの子達によってかなめさんに伝わってしまってるとしても、動物と会話する能力までは見抜かれていないと思うし、昴は小さいから凝視しないと端からはスズメと大差ないのも利点。
あかりちゃん達には私の能力と昴は紹介済みだから、手紙に名無しでも私からだとわかってもらえる。
幸帆さんもそれ以上の策は見つからないということで、それを実行するに当たって仲違いの原因がかなめさんである証拠を揃えるためにそこからまた行動を再開。
問題解決は善は急げなため、かなめさんの監視をしつつのフル稼働で事に当たっていった。
そして今日、金曜日になっての放課後。
幸帆さんの部屋にて会議をしていた私達は、この数日で集められただけの情報で動くためにどうするかを話し合っていた。
まず件の桜ちゃんへの志乃さんの嫌疑は、高千穂さんが信頼する人に鑑識してもらった結果。
志乃さんの乗った車のタイヤを撃った銃弾は確かに桜ちゃんが使う拳銃から発射された銃弾ではあったけど、タイヤに当たったのは銃弾の先端ではなく、タイヤに当たってする変形具合でもなかったことから、1度使用済みの銃弾を拾ってそれを別の物で再発射して使われたものと判断され、それに使ったのが威力の高い、アメリカでの使用許可が下りるクロスボウであることも判明。
かなめさんはアメリカからの留学生ということで、そこでなんとかかなめさんには繋がるはずと高千穂さんも言っていたので、あとはそれを志乃さんに伝えられるかどうか。
高千穂さんはかなり警戒して動いていたので、幸帆さんにも高千穂さんのことは伏せているけど、幸帆さんは情報源が気になってはいてもそれを察して尋ねてはきません。
本当に最近武偵になったとは思えないくらいに順応性が高いので、さすがあの幸音さんの妹で京夜先輩の背中を見てきただけはあると感心してしまう。
「では志乃さんの方は証拠は揃えられたということで良さそうですね。それらの証拠を隠して、その場所を記した手紙を昴さんに届けてもらって完了、と」
「はい。志乃さんの方はそれでいいかと思いますけど、問題はライカさんと麒麟ちゃんの方ですが……こちらは調べようにも当人達の問題みたいで原因がさっぱりわかりませんでしたね……」
「下手に聞き込み調査というわけにもいきませんでしたし、昴さんに何度か飛んでもらってライカさんと麒麟ちゃんの身辺を探ってもらっても結局手がかりを掴めなかったとあってはどうしようもないかと」
しかし進展があったのは高千穂さんが動いて得られた情報だけに等しく、私と幸帆さんはここ数日を右往左往しただけと言っても大差ないほど役に立てなくて2人して小さくため息をついてしまう。
「こうなってしまったらもう、志乃さんに上手く伝えたのちにライカさんと麒麟ちゃんの仲違いもかなめさんの仕業だと気付いてもらって伝えてもらうしかないでしょうか」
「それが最良ですかね……何か少しでも目立つ行動をすれば、私達程度の実力では隠蔽もままならないうちにかなめさんの標的にされかねませんし、それでは被害が拡大するだけ。その結果京様にもご迷惑をかけてしまう可能性があります。京様はお優しい方なので、私達が危機とあっては今のままというわけにいかなくなるでしょうし」
それでこれ以上の調査も収穫が出そうにないと判断して、志乃さんに伝えることで連鎖的にかなめさんの策略がライカさん達にも伝わることを祈りつつ、明日にでもそれを実行することを決めてしまう。
その話し合いをしていたら、急に幸帆さんの戦姉であるジャンヌ先輩が、夾竹桃さんを引き連れて部屋に押し入ってきて、調査資料などをバッと鞄に隠して今まで談笑していたように装いそれに応対。
ジャンヌ先輩は時々これをやってくるからちょっとビックリしちゃうんだよね……
「幸帆、少しばかり調べてもらいたいことが……ん、橘もいたのか」
「お邪魔してます……って、変な言い回しな気が……」
「ここは私の部屋ですからね。それでジャンヌ先輩、私に調べてほしいこととはどのような?」
チャイムも鳴らさずにリビングまで入ってきたジャンヌ先輩は、ソファーに座りつつ挨拶もほどほどですぐに幸帆さんの問いに答える形で隣に座ってキセルを吹かし始めた夾竹桃さんを指しつつ話をする。
「実は桃子が今、火野ライカの放課後の動向について探っていてな、どこに行くことが多いかなどを調べてほしいらしい。桃子は訳あって火野ライカや間宮あかり達とは仲が芳しくないから、その辺で不自由していたところへ私を頼ってきたのだが、私もこれで忙しい」
「別に頼ってはいないでしょジャンヌ。私は知っていたら教えてと質問しただけ。戦妹なら調べてくれるだろうと言い出したのはあなた」
「気を利かせてやったのだ。そこは訂正するようなことでもないだろ」
「あら、それだと私があなたにお願いして幸音の妹に頼ったみたいで気分が良くないわ」
……えっと、来て早々で何やらお2人の間で口喧嘩みたいなのが勃発してしまいましたが、今の話で調べてほしいことはわかった私と幸帆さん。
しかし何の偶然か、それは調べるまでもなくこの数日で私と幸帆さんと昴が非接触で調査し判明している。主に昴の功績ですが。
「で、では私が頼まれてもいないのに調べてしまった。そういう体でお話を進めましょう。ですから言い争いはお止めください」
「…………桃子」
「言わないで。それを言ったら私達の完敗よ」
お2人の喧嘩を見かねた幸帆さんは、この場を丸く収めるために自分が勝手にやったこととして話を進めようとする。
その言葉でピタリと喧嘩はやめたお2人でしたが、私から見てもお2人が少々幼稚な争いをしていて、それを幸帆さんに仲裁された形だったので、言葉を飲み込んだ気持ちはなんとなくわかった。
「それでライカさんの行動範囲を予測する情報ですよね。聞いた話ではライカさんはご傷心の時やストレスのある時にはよく秋葉原をフラフラと出歩くようですね。ゲームセンターに行くことが比較的多いという話もあります」
場も落ち着いたことでホッと息を吐いた幸帆さんは、これからまだ話し合いもしないといけないので、早急に帰ってもらえるようにライカさんの情報をこちらで動いて調べたことを上手く隠しつつ夾竹桃さんへ教えた。
私達が独自で動いていることはたとえ先輩といえど悟られるわけにはいかない。幸帆さん、ナイスです。
そんな意味を込めたわずかなアイコンタクトに幸帆さんもチラッと横目で応えてくれたけど、それと同時にゾワッと寒気がする視線が私に注がれたのに気付いてそちらを向くと、キセルを吹かす夾竹桃さんが据わった目で私を見ていて驚く。
ま、まさか今のアイコンタクトに気付いた……?
「…………そう。無駄な時間が省けて助かったわ。どうやら2人で仲良く談笑でもしていたみたいだから、邪魔と思われないうちに退散しましょう」
夾竹桃さんの観察するような視線になんとか平静は装えたと思う。
そのおかげかどうかはわからないけど、ソファーから立ち上がった夾竹桃さんはそのままジャンヌさんを先導させて部屋を出ていってくれるようで、一言挨拶してその場でお2人を見送る。
でもジャンヌさんがリビングから出ていったところで夾竹桃さんは1度立ち止まって私と幸帆さんに振り返ってその口を開く。
「後学のために教えてあげるわ。まず橘小鳥。『嫌でも気になる視線に無反応』は自然な反応ではないから『隠し事を通す』なら意識的な反応と無意識的な反応を上手く使い分けなさい。幸音の妹は『言葉の取捨選択』がまだまだ甘いわね。ここ最近、ライカが『精神的ストレスに晒されている』なんて、意識しないと端からはなかなかわからないものよ」
そうやってズバッと、淡々とした口調で私と幸帆さんの不審だった行動や言動を指摘してきた夾竹桃さん。
幸帆さんも面食らってますが、やっぱり見抜かれてたよぉ……
しかも言ってることが物凄くタメになるし自分の未熟さを露呈しちゃってる……
「あなた達が何を調べているかは問わないであげるけど、遠山かなめに関わることなら悪いことは言わないわ。踏み込まない方が身のためよ。この程度で怪しまれてしまうあなた達なら、なおさらね」
痛いところを突かれて言葉を失ってしまった私と幸帆さんに、最後にそう言い残して部屋を出ていってしまった夾竹桃さん。
静かになったリビングで顔を見合った私と幸帆さんは、夾竹桃さんの鋭い指摘と警告にどうしたものかと思考。
「……あ、あとは昴を飛ばして志乃さんに手紙さえ届けられれば、私達のおせっかいも終わりですし……」
「そう、ですよね。最後まで注意を怠らなければ、きっと大丈夫ですよね」
夾竹桃さんの警告を踏まえた上で、私と幸帆さんのやれることはもう昴に手紙を届けてもらって、資料をちゃんと隠すだけ。
それならば大丈夫だと幸帆さんも賛同してくれて、最後までかなめさんへの警戒は怠らずに明日の作戦決行のために話し合いを再開したのでした。
そして作戦決行の土曜日。
朝早くから私がかなめさんの監視――キンジ先輩の部屋にかなめさんがいるため――をして、幸帆さんが志乃さんに渡す資料を隠して何事もなく登校。
動くチャンスは生徒がバラける放課後。その時までいつも通りに過ごして、いよいよ作戦決行の放課後。
夾竹桃さんに指摘されたこともあって、かなめさんのいる教室からは隠れるようにではなく、自然に近くの人達と一言二言交わしてから出て、入れ替わるようにして幸帆さんがかなめさんを見える位置で監視を開始。
すぐに私も志乃さんが車に乗り込んで帰ってしまう前に人目を避けて校舎裏へと移動。
直前に幸帆さんに渡された隠し場所を示すメモを昴の足に結びつけて準備完了。
「よろしく頼むね、昴」
メモを託された昴は、自信満々に「任せとけ!」と翼を広げながら返してくれて、これで無事に帰ってきてくれれば作戦終了だと思いながら昴を行かせようとした時、突然私の携帯が1回の振動を知らせてから止まり、それは幸帆さんと事前に決めていた『かなめさんが移動した』ことを知らせる合図。
3回なら『移動注意』。
2回なら『周辺警戒』。
そして1度なら『逃げろ』。
これまで1度も使わなかった緊急信号に少し焦ってしまった私は、昴だけでも飛ばしてからこの場を離れようとしてすぐに昴を空へと放って退散しようとした。
でも空へと飛び立った昴が突然現れた白い布のような飛行物体に絡め取られて拘束されてしまい私の足も止まる。な、何あれ……
「コソコソと周りをうろつくネズミは、結構目障りだったりするんだよねぇ」
謎の白い布に驚く私に対して、明確に言葉を放たれたため、反射的に声のした校舎3階の廊下を見上げると、開けられた窓から頬杖を突きながら私を見下ろしてくるかなめさんの姿がそこにはあって、白い布は昴を絡め取ったままかなめさんの近くまで寄っていき、昴の足に結びつけていたメモに気付いたかなめさんはそれを外して内容を確認。
幸い、隠し場所だけしか書かれていないから、どんな意味のメモかまではわからないはず。
「お前が何を企んでこんなことしたかは知らないけどさ、あたしにもあたしの目的があるから、その邪魔をしようってことならぁ……」
メモの内容を覚えたのか、それをビリビリと破ってそのまま捨てたかなめさんは、今まで見たこともなかった冷徹な表情で私を睨んできて、
「ここで死んどけ」
何の躊躇もなくそんな宣告をしてきた。
当然そんな言葉に素直に従うわけにはいかないので、そんな意味の表情をしてはみたけど、怪しく笑ったかなめさんは次に白い布に絡め取られた昴を締め上げ始めて、昴の苦しむ声が私の耳にまで届いてくる。
「や、やめて!!」
「これって結構グレーな感じだからやりたくないんだけど、素直に従わない弱者にはこういう弱みで従わせるのが合理的だから。あ、協力者がいたら、まずはそいつを殺ってきてよ。そのあとお前が自殺したらこいつを解放してやる。わかってると思うけど、いま嘘を言うのは非合理的だよ?」
あまりに非情な命令。大切な友達の命を天秤にかけられてしまった。
この状況で私が取れる選択に、昴を無事に救出して、幸帆さんを殺さないということができる選択は、確実にはない。
最も被害が出ない方法は……たぶん、1つしかない……
――私が今ここで自殺すること。
そうすれば幸帆さんは助かるし、協力者がいなかったと判断したかなめさんが昴を解放してくれるかもしれない。
だから私は覚悟を決めて自らの銃を抜いて、その銃口をこめかみへと当てて目に涙を溜めながらかなめさんを見上げる。
「ちゃんと……昴は解放してあげて……ください……」
「案外潔いな。約束してやるから、さっさと逝け」
ああ……私はどうしてこんなにも上手くできないんだろう。
京夜先輩みたいに上手に動けたら、きっとこんなことにはならなかったはずだし、夾竹桃さんにも昨日、未熟だと指摘されたばかりだったのに……
そんな自分の未熟さが招いた結末に、ただただ悔し涙を流した私は、早くしろと目で訴えてくるかなめさんを怒らせないために、指をかけた引き金に力を加えたのだった。
――ごめんなさい。
そんな誰に対して向けたのかわからない言葉を心に浮かべながら……