緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet62

 

 まさかの眞弓さん達のサプライズ来訪を無事に乗り切ってから数時間。

 あと1時間でオレもシフトが終わるとあって、ようやくかと思いながら午後の5時を回って客足も落ち着いてきたのでバックヤードでやれることをやって控え室にちょっと物を取りに戻る。

 

「猿飛」

 

 そこで不意に、閉じられた扉の向こう。第4控え室からジャンヌさんのお声がして、そういえばそろそろシフトで入りなのかと思い出す。

 

「もう着替えは終わったのか?」

 

「終わっている。終わっているが……その……いざ人前に出ると思うと……」

 

 扉越しに声をかけてみれば、すでに準備は終えているようだったが、案の定人前に出ることをためらっていたので、心に一生ものの傷を残しかねないオレが女装したのに、好きな衣装を着て人前に出るのが恥ずかしいなどと言ってるこいつを許さん。

 なのでジャンヌの許可なしでいきなり第4控え室の扉を開けて中へと入ったオレは、そこでフリフリのヒラヒラなウェイトレスの服を着て髪を下ろしカチューシャをつけるジャンヌを見て不覚にも可愛いと思ってしまう。

 普段が普段なだけにこういう服を着られると凄い。理子風に言えばギャップ萌えってやつか。

 しかし見とれてる場合でもないので、椅子に座ってモジモジしていたジャンヌの腕を引いて強引に立たせて第4控え室から出ると、当然それに抗ってくるジャンヌ。

 

「いつだったか。当日はちゃんと人前に出るみたいな約束をしたチームリーダーは何処に?」

 

「待て! 待て猿飛! わかった! 行く! ちゃんと行くから私のタイミングで行かせてくれ!」

 

 すると観念したように第4控え室を出たところで行くと言うのでとりあえず解放するが、フリフリのスカートの丈を掴んでモジモジし出してまたイラッとする。可愛いがイラッとした。

 

「ど、どうやら言葉による後押しが必要なようだ。その、お前の口からこの格好に対しての感想をだな……」

 

「あーうん可愛い可愛い。これじゃオレの女装も霞んじゃうなぁさぁ行くぞ」

 

「待て! 今の言葉に全く感情がこもってなかったぞ! いい加減なことを……ッ!」

 

 後押しが必要などと言うので、正直な感想を矢継ぎ早に言ってさっさと行こうとするが、今のが不服らしくワンモアとうるさいので笑顔で黙らせる。

 

「オレはこういうことで嘘つかないって前に言ったよな? だったら腹括ってさっさと行ってくれませんかね?」

 

 ここまで言って嬉しそうな顔はすれど足は床に打ち付けてるんじゃないかと思うほど動かない。もうやだこの人……

 こうなったら担いででもフロアに出してやろうとしたところで、テニス部所属のジャンヌさんの後輩達が待ちきれなくて控え室までやって来て、オレとジャンヌを見るや「可愛いー!」「凄いカップリング!」「お似合いですー!」などなど言葉を連ねてくるが、オレも見て言うな。

 いきなりの後輩の登場と称賛の声。さらに出入り口を固められて気が動転したジャンヌは、控え室の窓を開けてそこから逃走しようとしたが、その肩をがっしり掴んで阻止。

 

「どこに行くんですかジャンヌさん? ふふっ、どうやらどこに行けばいいかわからないようですから、後輩の皆さんでお連れしてあげてくれる?」

 

 絶対に逃がすもんかと肩を掴んだまま、後輩の前とあって再び言葉遣いを改めたオレがそうやって言ってやると、後輩達はキャッキャウフフとその腕と背中を押さえて顔を真っ赤にしたジャンヌを連行。

 それを自分でもわかってしまうほど嫌な笑みで見送ってから、当初の目的の物を持ってバックヤードへと戻り、その際にフロアでぎこちないながらも観念したように後輩達の接客をするジャンヌを見て再び嫌な笑み。

 一応残りのメンバーにもジャンヌが逃走しないように監視してほしいと言って、午後の6時を回ったところでようやくオレのシフトが終了した。長い1日だった……

 事前に慣らしておいたとはいえ、長時間の女装はやはり相当な疲労を伴ったようで、化粧を落としてエクステも外し、男子制服へと着替えを終えてみればもうクタクタ。

 今日はもう何もする気になれないのでまっすぐに帰宅しようと建物を出て少し。

 オレよりも少し早くシフトを終えた巫女服姿の白雪と、武偵高のセーラー服を着た小さな少女が眼前に見えて、少女が誰かと目を凝らせば、その頭にフリルつきのベビーキャップのような帽子を被ってはいたが、狐の耳みたいな突起が見えて、腰の辺りには不自然な膨らみもあったので特定。玉藻様か。

 

「おお、おお、猿飛の。ヒルダを討ったこと、大義であったぞ」

 

「いえ、私……オレは何もしてませんよ」

 

 それでオレの存在に気付いた玉藻様は、白雪と一緒に近付いてきて第一声で誉めてきたのについ変装食堂の時の口調と丁寧語が混ざって出てしまい何事もなかったように言い直したが、白雪にはクスクスと笑われて玉藻様には首を傾げられる。恥ずかしい……

 

「謙遜せんでもよい。それからあとで白雪伝いでと思うておうたが手間が省けた。儂の鬼払結界を都の湾岸、ほぼ全域に張ったでの。守りは固めたぞ」

 

「それはご苦労様です。となると今後は攻勢に出ることも視野に入れてもいいと?」

 

「うむ。やはりいつの世も猿飛のは理解が早くて助かる。どうじゃ白雪。こやつの子供を産むのも良い選択じゃと思わんか」

 

「た、玉藻様!? 私にはキンちゃん様という心に決めた旦那様が……」

 

 それで真面目な話をしたかと思えば、急に子供の話が出てきて、話を振られた白雪は驚きつつも両頬に手を当て顔を赤くしながらそんなことを言う。

 しかし告白してないのにフラれた。その気はないのになんかちょっと悲しかったのは男としてなのかね。

 

「ふむ。今宵は白雪のところに厄介になろうと思うたが、猿飛の。お前さんのところで一晩過ごさせてもらうぞ。やはりお前さんからは心地よい香りがするでの。非常に落ち着く」

 

 体をクネクネし出した白雪をとりあえず放置した玉藻様は、次にこちらの意思など関係ないといった感じで今夜家に泊まる旨を伝えてきたが、マジっすか……

 それから文化祭の夜祭の雰囲気を堪能してから訪ねると言って白雪と一緒に体育館の方へと行ってしまい、それまで起きてなきゃいけないこと確定で大きな大きなため息が漏れてしまった。

 夜祭終わるの10時過ぎ、だよな……

 その後は何事もなく帰宅できたオレは、待ってましたといった感じの小鳥と羽鳥と一緒に夕食を食べてから、客人――人じゃないがな――が夜遅くに来ることを伝えておいてからサクッとシャワーを浴びて、横になると寝てしまいそうだから久しぶりに小鳥の徹底指導をして玉藻様が来るまでの時間を潰す。

 途中から羽鳥のやつまで加わって無音移動法やらミスディレクションやらをやるのだが、さすがSランク。

 現状の小鳥より段違いで上手いので当人が軽くヘコんでしまった。

 一応、前回のランク考査でCランクは取れた小鳥だが、元がどちらかというと探偵科向きなため、技術も徒友解消後に戻るであろう探偵科で活きるものを優先で指導してることもありランク的にはこれが限界だとは思う。

 探偵科に戻ったらBランクは頑張って取ってもらいたいところ。じゃないと戦兄として無能みたいになるし。

 そんな遠くない未来のことをちょっとだけ見据えつつ、日々成長する小鳥の姿を目に焼き付けていると、いつの間にか時間も夜の10時を回っていたのでお開きとすると、今日1日文化祭でも1年ゆえに色々動いていたらしい小鳥はヘトヘトになってシャワーを浴びてから寝室へと直行。

 羽鳥はいつもこの時間は自室で怪しい薬品実験をしてるのですでに姿は見えない。玉藻様が来られたらオレもすぐ寝よう。

 そう思っていたら大きなあくびがつい出てしまい、完全に眠気が飛んでしまわない程度に気を引き締めて待つこと20分ほど。

 ようやく到着した玉藻様はリビングに入ってくるなり着ていた武偵高のセーラー服と帽子を脱ぎ捨てて「寝間着じゃ猿飛の」とすっぽんぽんで言ってきて、見た目幼女の玉藻様に別段どうという感情もなかったが、すっぽんぽんでうろつかれても困るのでオレのTシャツを寝間着代わりに渡すと、ぶっかぶかのTシャツがほぼ全身を覆ってそれでなんか満足したらしい玉藻様はそのまま寝室へと侵入してまっすぐにオレのベッドへと入ると、オレが入れるスペースを作ってポンポンそこを叩く。マジですか……

 

「ほれ、何のためにお前さんのところで1泊すると思っとる」

 

 拒否権は、ないだろう。ここで機嫌を損ねられたら面倒だ。

 幸い玉藻様は見た目幼女。一緒に寝ていても端からはちょっと微笑ましい光景で済む。小鳥も変に言及はしてこないだろう。

 などなど色々と後のことを考えていたら、玉藻様のポンポン叩く手が速くなるので仕方なくベッドへと入り布団を被ると、すぐにオレの懐へ入りクンカクンカと匂いを嗅いだ玉藻様は、それ以降すっかりリラックスしたようで穏やかな寝息が聞こえ始めたので、オレももう本当に疲れていたので程なくして意識が遠退いていった。

 翌朝、寝相が悪いのか玉藻様に首に抱きつかれて軽く窒息しかけるところで起きれば、ちょうど小鳥も起きたタイミングで玉藻様を見られたので気まずい雰囲気になるが、幸姉の知り合いと説明したら何故かすんなり納得していつものように朝の準備を始めていき、オレも玉藻様を寝かせたままでたまには小鳥の手伝いをしようと一緒に朝食の支度をしたりし、自室でそのまま寝てたらしい羽鳥も朝食の匂いに釣られて起きてきて、玉藻様も子供のように寝ぼけながら起きてきて、4人で食卓を囲んでから各々支度を済ませていった。

 その後は今日もこき使われる小鳥がまず先に登校していき、クラスの女子と文化祭を回る予定だと言う羽鳥が出ていき、昼まで暇だと言う玉藻様が文化祭を見て回ると言い出したのでそれに同行することになったオレは、昨日と同じ格好の玉藻様を肩車しながら文化祭を回っていったが、その途中で何やらオレを探していたらしい風魔と遭遇し、有無を言わせぬままにどこかへ連行しようとするので逃げようとしたが、幸帆まで合流されてはよからぬことではないと思わされてしまい、仕方なく連行されてみれば『美男子コンテスト』なる会場の裏に通されて、そこには不知火や羽鳥までいて嫌な汗が吹き出る。

 玉藻様がどんな催しかを幸帆に聞いて「外の面で位を争うとは面妖な催しじゃの」と漏らしていたが、全く以てその通りだと思う。

 その通りだと思うので何故か勝手にエントリーしてくれやがった運営にはささやかな抵抗としてバックレさせてもらうことでチャラにしてやるが、加担した幸帆にはあとでお仕置きだ。

 それで玉藻様と一緒に会場をあとにしようとしたら、玉藻様はどうやら美男子コンテストに興味があるらしく残ると言い出したので、子供じゃない――確か800歳くらいだったはず――からいいかと玉藻様を1人残してオレ1人でその辺をブラブラして時間を潰すことになってしまった。いざ1人になると暇なんだよな……

 まぁ暇なら暇で適当な場所で寝るのもいいかと、不知火達男衆で回る昼過ぎまで一般教科の校舎の屋上へと赴いて近くで流される音楽をBGMに寝ようとするが、そこにはすでに先約がいて、誰かとよく見れば3年の時任ジュリア先輩。

 ロシア人とのハーフである彼女はSSRの首席候補で『脳波計』と呼ばれる超能力を持ち、大雑把に言って触れた相手の思考を読み取れるらしく、オレも過去に不用意に近づき触れることを拒否されたことがある。

 

「お1人ですか」

 

「……なんだ少年か。相変わらず悪趣味な接近だな」

 

 それでフェンス越しに文化祭の様子を見ていた時任先輩に声をかけてみると、それで気付いた時任先輩は薄く笑いつついつもの感じで返してきた。

 まだ名前で呼んでもらったことないんだよな。

 

「やっぱり人混みはダメなんですね」

 

「人で賑わう場所は私にとって苦痛でしかない。少年は何故ここに?」

 

「ちょっと昼まで寝ようかと思いまして」

 

「そうか。では私は退散するとしよう。少し気分を変えて来てはみたが、やはりSSRの自室の方が落ち着く」

 

 そんな会話の後に時任先輩はゆったりとした足取りでオレとすれ違い、オレが来た道を引き返すようにして屋上を去ろうとする。

 

「ああ少年。ついこの前なんだが、ようやく少年とどこで会ったか思い出した。あの時は訳も言わずに拒絶して済まなかったな」

 

 その去り際に急に思い出したのか階段の前で立ち止まって振り返りそう謝罪してきた時任先輩。

 正直初めて会ったのは今から3年も前なので、気にもしてなかったことを謝罪されてちょっと戸惑うが、気にしてないと答えるとまた薄く笑う。

 

「少年との距離感は不思議とストレスを感じないな。君は世渡りが上手いのかな」

 

 そして最後によくわからないことを言って去ってしまった時任先輩に、世渡りは決して上手くないと内心でツッコんでおいた。

 時任先輩との会話後、少しだけ寝るつもりが不知火からの電話で起きたオレは、予定通りキンジ、不知火、武藤と一緒に文化祭を回っていき、美男子コンテストの結果だけ聞くと羽鳥が優勝で不知火が準優勝。

 オレは不参加ってことで処理されたらしいので、ざまぁみろと思いつつ、CVRのダンスショーを見たり、各学科の出し物を見たりで久々に何の気兼ねもなくのんびりと時間を使うことができた。

 まぁそこまでは良かった。しかし文化祭の打ち上げはそうもいかない。

 午後の7時。体育館へと赴き、そこで行われる武偵高の悪習『武偵鍋』のためにチーム毎で1つの鍋を囲む。

 この武偵鍋はチームで食材を持ち寄るが、その食材に必ず『アタリ』と『ハズレ』を用意しないといけない。

 奇数人数のチームの場合は1人が『調味料』担当になるが、オレの所属するコンステラシオンは癖がありすぎるためにアタリをハズレにするようなやつが混ざってて、そんな悲劇を少しでも減らすためにオレと中空知がアタリ担当になり、普段から通信講座で授業を受けて今日も案の定登校してこない京極の代わりにオレ達の鍋に参加させられた羽鳥と鍋文化のないチームリーダーのジャンヌがハズレ担当となり、あと1人。島が調味料担当となっていた。

 武偵鍋用の鍋は普通の土鍋にシルクハット状の蓋を被せることで中を見えないようにでき、蓋の天井部が開閉されることで中を見ずに取り出せる闇鍋仕様。

 すでに持ち寄った食材は鍋に投入済みだが、幹事であるオレはその中身を知ってるだけに戦々恐々。

 必ずひとすくい分は食べなきゃいけないルールによってジャンヌや羽鳥も普段の余裕が若干ないようだ。だがお前らが持ってきた食材がハズレなんだからな。

 そして中の具を煮ている最中に、調味料担当の島が到着。

 どうやって車を運転してるのかわからないほどの体格――135センチ程度――にモカブラウンのふんわりした髪。理子以上のフリフリヒラヒラを盛りまくって原型すら留めていない魔改造セーラー服と頭に特大サイズのピンクのリボンを載せた見た目小学生にすら思える島は「お待たせしましたですの!」と一言オレ達に謝罪してから、何故かあぐらをかいたオレの足の上にちょこんと座ってきた。

 

「……島、ちゃんとゴザに座れ」

 

「苺の特等席ですの!」

 

「頼むから退いてくれ……お前の『妹』にも目をつけられてるし」

 

「猿飛さんは苺がお嫌いですの?」

 

 それで退いてもらおうと言葉を連ねれば、オレを見上げてうるうるその瞳を潤ませる島。

 本当にこういうタイプは苦手だ。だからといってこのままもダメだと思うので左隣に座っていたジャンヌにアイコンタクトで助けを求め、ため息を吐いてから島を抱え上げたジャンヌは、そのまま自分の左隣に着地させて「スキンシップは程度がある」とかなんとか諭して収めてくれた。

 そして島が来たことで調味料が追加されることになったが、嬉々として島が取り出し躊躇なく鍋へと投入した調味料は、恐ろしいことにパルスイート。

 その量たるや250グラムは入ったが、砂糖の約4倍の甘さを誇る人工甘味料だぞ……どうしてくれる……

 

「島……それはどこから仕入れてきたんだ?」

 

「理子さんからおすそわけしてもらいましたの!」

 

 ダッ! ドッ! ゴッ!

 何の悪気もなく満面の笑みでオレの質問に答えた島に責はない。

 ないわけじゃないが怒りの矛先は島には向かず、オレとジャンヌは聞いた瞬間にバスカービルの鍋に突撃して、そこで呑気に鍋を箸で叩いていた理子にゲンコツを1発ずつお見舞いして打ち倒し、キンジ以外揃っていたバスカービルメンバーにドン引きされるが、それを無視して自分達の鍋へと戻りもはや鍋の中が予測不能になった現状に打ちのめされる。

 それでもルールはルール。食べないわけにはいかないので、せめてもと思ってお玉ですくう時の感触で中身を選別しようと先手必勝で動こうとしたら、横から羽鳥にお玉をかっさらわれて「君の分は私がすくってあげよう」などと余計なことをしてくれやがる。

 そして羽鳥がすくい上げた物は、ジャンヌさんが持ってきた苺大福。

 さらに余計なチョコまで渡してくれやがったせいで食べなくてもその甘さに悶絶しそうになる。これを食べるというのか……

 ジャンヌ達が沈黙する中で覚悟を決めたオレがそれを口に含んで、丸飲みできない物なせいで口の中で何度か吟味する羽目になるが、死にそうだ。

 これ以降はおそらく甘い物を口にできないほどの地獄を見ながら飲み込んだオレに対して、ジャンヌ達は拍手。

 さぁ、次はお前らの番だこら……

 オレに続いてジャンヌががっつり甘い煮汁を吸い込んだ煮卵を食べてダウン。

 アタリがハズレになってたので、もう中身は全部ハズレだな。

 続けて仕返しにオレのすくい上げた魚のフライを羽鳥に渡して、自分が「フィッシュ&チップスは英国が誇る料理さ」などと豪語していた物を前にして珍しくためらったが、平静を装って食べ切ると速攻でどこかへ立ち去ってしまった。

 その後はチョコがほんのりコーティングされたポテトを中空知が食べて泡を吹き、ジャンヌと同じで煮汁をたっぷり吸い込んだ大根を食べた島は、天に召された。

 想像を絶する惨劇。オレ以外が息をしていないうちの鍋は周囲からもどよめきが起こり、そんな中でも無事? に全員ノルマは達成したため、捨てるように鍋の中を入れ換えたオレは、出汁からまた鍋を作り始めて、眞弓さん達が気を利かせて持ってきてくれた肉や野菜を入れて完全復活。

 ジャンヌ達も三途の川を渡る手前で戻ってきて、ようやく平和な鍋が開始された。

 ここで初めて中空知と対面で会話ができたが、ジャンヌの忠告通りまともな会話にならなかった――どうやら面と向かってだと緊張するらしく、男は特にダメらしい――のは少々驚いた。オペレートは完璧なんだけどな。

 そしてクドクドとジャンヌを口説き出した羽鳥に、それを振り払いながらも鍋をつつくジャンヌを横目に、子供のようにじゃれてくる島に戸惑っていたら、近くでバスカービルの鍋をつついていた理子が乱入してきてオレと島の間に割り込んで途端にうるさくなったりと平和な鍋が遠ざかってしまうが、それはそれで楽しいと思えてしまったのだから文句は言えないな。

 楽しい思い出半分。辛い思い出半分くらいになった文化祭が終わった翌日。

 後片付けは1年の仕事なので暇をもて余していたオレは運悪く綴に捕まって臨時のランク考査の手伝いをさせられる羽目となり、1日を無駄にしてしまった。

 すっかり暗くなった学園島を歩いて帰宅しながら、一応は貰った報酬に感謝しつつも綴への恨みはややプラスにしておく。

 ――ガウゥゥン!

 そんな銃声がオレの背後から聞こえるより早く、首が勢いよく左に傾いたためにかなり驚くが、そうなったということはオレはいま確実に殺されかけた。

 

「――ハッ! 本当に殺せねェじゃねェか」

 

 途端に警戒して振り向いてすぐにそんな声が聞こえてきたのだが、どこを見ても声の主の姿はなく戸惑うが、不気味な笑い声はいつか聞いたことがあることに気付く。

 

「……ジーサード、だったか」


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