緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet60

 

 ヒルダとの戦いから一夜明けて、その色々もとりあえずは解決したと思えば、久々に会ったジャンヌにまともに休む暇もなく引っ張り出されて秋葉原に来ていたオレ。

 いま現在、連れてきた洋服店で落ち着きなく動き回るジャンヌを見ながら、こちらを気にするような人達がいないかをそれとなく見ておく。

 一応、ジャンヌは自分が少女趣味を持つことは隠してるので、ここでジャンヌが買い物してるところなどを目撃されるとマズイ。

 いや、オレは別にバレようと構わないのだが、それで恨まれても嫌だしな。

 しかも2人でいたとなるとデートだなんだと騒がれる可能性もある。そっちはジャンヌに悪いから注意しなきゃならない。

 

「さ、猿飛、こっちに来い(フォロー・ミー)

 

 そんなオレのちょっとした警戒も露知らず、落ち着きのないジャンヌは気に入った服なのかそれを手に持ったままオレを呼び寄せるので近寄ってみるが、呼び寄せておいておどおどし始めるジャンヌにオレも困ってしまう。

 

「何がしたいんだ」

 

「あ、いや……こ、こういうのが私に似合わないのはわかっているのだが、客観的意見として一応聞いておこうと思う。これはどうだろうか?」

 

 そうやって保険をかけた上で持っていた白と黒のフリル付のメイド服のような服を体に当ててオレに感想を求めてくる。

 どうせなら試着してほしいものだが、それで店員さんに顔を覚えられたりしても面倒だし仕方ないか。

 考えながらとりあえずジャンヌがそれを着ているイメージを頭に浮かべてみる。

 髪は下ろした方が良い気がするな。だが何もないと質素だから髪飾りでもつけて、足は白のニーハイを履くと素肌を見せるより違和感がなくなる。

 あとは服に合うエプロンでもつければ、メイドの完成だ。いや、メイド作ってどうするんだ……

 

「おい、なんとか言え猿飛」

 

「ん、悪い。似合わないってことはないだろ。理子が着るのとは違う可愛さがあってオレ的にはアリだ」

 

 ジャンヌのメイド姿を想像していたら間が空いてしまって、もう1度問われてから感想を述べてみれば、何やらブツブツと呟き始めたかと思うとその手の服を元の場所に戻して、今度は別のフリフリの服を体に宛がって感想を求めてきた。

 

「買い物に付き合って真面目に感想を述べる身としては、実際に着た姿を見せてもらうくらいの報酬はほしいところ。当然1着くらい買うんだよな?」

 

「なっ!? 私はただ似合うかどうかを聞いただけだ! そ、それに今日は服が目的ではなく、変装食堂の衣装に合う装飾品だ。余計な射幸心を煽るのは止せ。いやダメだ。そんな期待の眼差しで私を見るな。どんな期待をしようと私の決心は揺るがない」

 

 …………ここまで要求ばかりのジャンヌに冗談でそんなことを言ってみたら、なんか1人で勝手に喋り出して止まらなくなってしまう。

 だけどこういう反応をするってことは、本当は買いたいんだろうな、服。

 そうなるとオレが背中を押してや……ろうか考えたが、なんか知らんうちに最初に手に取ってた服を持ってレジに向かってた。

 店員さんに「い、妹のような後輩へのプレゼントなので、包装! 包装を頼む!」という最後の牙城は崩さない言い訳が炸裂していたが、まぁそれが最良の選択だろうな。

 オレを頼らないで買いに行った辺りは褒めてやる。そこまで考えがつかないほど余裕がなかったなら別だけどよ。

 それから別の店で宣言通りアクセサリー系の小物も買ったジャンヌは、せっかく来たのだからとあろうことかメイド喫茶に行きたいと言い出したので、渋々でいつかの大泥棒大作戦をしたメイド喫茶に案内し、そこでついでに昼食を摂る。

 メイド喫茶は出費が霞むため正直嫌いなのだが、何かと通ってる理子から貰った使いもしない割引チケットだかを持ってたのが幸いして普通の飲食店レベルの出費で済んだのは助かった。

 

「ほう、ここの制服は理子がデザインしたのか。だから布面積が少し少ないのだな」

 

 そんなメイド喫茶で定番のオムライスを注文して待っている間、腕と足を組みながら店内を歩くメイドを観察するジャンヌは、オレが補足をしてやると勝手に納得して「これもアリか」みたいな呟きを漏らしていたが、聞かなかったことにしよう。

 一応、理子と仲の良い店員メイドには警護任務の最中だと話して口止めはしておいたが、もう言い訳も面倒になってきたので、これから何が起きてもフォローはやめよう。寄り道したのはジャンヌだし。

 

「そういえば猿飛。お前は変装食堂で女装するのだったな。シフトも遅番の私の入りまではいるはずだから、何か至らないことがあったらよろしく頼む」

 

「…………ああ、そんなことがこれからあるんだったな……ちなみに誰から聞いた?」

 

「1週間くらい前に理子から一緒に撮った写真が送られてきてな。私も言うのは悔しいのだが、なかなか様になっていたじゃないか」

 

 メイド観察を終わらせたジャンヌは、次の話題として変装食堂の話を振ってきて、いきなり現実に戻されたオレがうなだれながらに情報源を聞けば、携帯を取り出したジャンヌがその画像をオレへと見せてきて、そこには女装したてのオレと理子とのツーショット写真が写っていた。

 写真写りを見てもあんまり違和感がないから本当に悲しい。悲しすぎる。

 

「文化祭当日には私も撮りたいから、逃げるなよ」

 

「ジャンヌさんも恥ずかしいからって逃げないでくれよ。公の場で可愛い格好出来る機会なんてこの先あるかわかんないんだから、目一杯注目されて収益を上げてくれ」

 

「それはまぁ、約束できないが善処しよう。それで今日の報酬は何がいい?」

 

「はっ? 別に何もいらないけど……」

 

 ジャンヌ優勢の話に待ったをかけるべく、ちょっといたずらなことを言ってみるが、それを上手い具合にはぐらかしたジャンヌは、今回の買い物に付き合ったお礼は何がいいかと問いかけてきて、オレがそう言ってやると本当に意外だったのか何故という顔をする。

 

「ジャンヌがどう思うかは任せるけど、チームメイトと一緒にどっかに行くなんて交友関係のそれと同じだ。そこに報酬だ何だを持ち出すほどオレもお堅い人間じゃない」

 

「……ふっ。お前は変わってるな」

 

 表情を察して理由を言ってみると、これも何故か変わってると言われて笑われてしまうが、注文したオムライスの到着でその笑いを追求するタイミングを失ってしまったのだった。

 メイド喫茶を堪能したジャンヌと店を出てからは解散となり、買った服を早く着たいのか駅にまっすぐ早足で向かっていったジャンヌの後ろ姿を見送って、そういえば理子が欲しがってたゲームがあったなと思い寄り道してからオレも学園島へと戻る。

 理子には悪いと思うところもあったし、詫びも兼ねてってことでいいだろ。

 そうして男子寮の部屋に戻ってきた頃にちょうど携帯に連絡があり、小鳥から無事に美麗と煌牙を送り届けた旨と、夕方頃には帰ってくることを伝えてきた。

 となると夕飯は考えなくても大丈夫か。いや、たまにはオレが作ってやるのもいいかもな。

 そんなことを考えながらリビングのソファーでくつろいでいると、唐突に洗面所の扉が開いて、そこからズボンだけ履いてタオルを首から提げる羽鳥が出てきて、リビングに入ってオレと目が合うが、こいつが女だと知ってしまったためについ視線を羽鳥から外してしまう。

 

「その反応は気持ち悪いからやめてくれと言ったのだが?」

 

「…………ヒルダはどうなった?」

 

「誤魔化すな。私はそういう反応をする男に吐き気がする。君は少し違うと思ったが、所詮は有象無象の男の1人というわけか」

 

「……やっぱりお前、ムカつくわ」

 

「それでいい。私と君は仲良しこよしで接するような関係ではない。今も『昔も』な」

 

 ……昔も?

 どうあってもオレとの距離感と態度を変えない羽鳥にちょっと凄いと思う反面、やはりイラッとするが、それよりも今の言動に疑問が生じて問いかけようとしたら、携帯が電話の着信を知らせてきて、早く出たら? とジェスチャーで示した羽鳥はそのまま寝室へと引っ込んでいってしまい、タイミングを失ったオレは仕方なく通話に応じると、相手は現在こちらに戻ってきてる最中の貴希。

 今はパーキングで休憩中ということでかけてきたようだが、話の内容は今日戻ってからすぐに買い物に付き合ってほしいというもの。

 なんでも文化祭の前に済ませたい買い物で、今日を逃すと時間を取れなくなってしまうらしく、その買い物をオレに付き合ってほしいのだとか。

 まぁ、約束してたから断るわけにはいかない。

 それで快い返事をしてから待ち合わせの場所と時間を聞いて通話を切ると、そのタイミングで寝室から黒のアンダーウェアを着た羽鳥が、寝室の入り口前で腕組みして壁に肩を寄せオレを見ていた。

 

「デートかい?」

 

「そんなところだ。小鳥は夕方頃に帰ってくるから、気を利かせるなら冷蔵庫の中身を補充しとけ」

 

「君は夜通しでヒルダから107にも及ぶ軟鉄弾を摘出し魔臓の縫合までした私に買い出しに行けと言うのかい? 理解してほしいとも思わないが、手術というのは相当な集中と神経を使う。だから私はこれから寝るんだ。正直いま、君と話すことすら辛いほどに眠いんだ」

 

「あーあーそれは悪かったですよどうぞお眠りくださいこっちもこれ以上話すことなんてありませんのでというかだったら顔見せないで寝てろアホが」

 

 何を言わせてもオレを挑発するようなことを言う羽鳥にイライラしてきたので、同じ空間にいたくないと思って外で時間を潰すことにしてひと息でそう言ってから玄関へと向かう。

 

「羽鳥というのは、私の正式なファミリーネームではない」

 

 リビングを出る直前、後ろで呟くようにして羽鳥が唐突にそんなことを言ってくる。

 少し気にはなったが、ここでまた構えば面倒だし、だからなんだと思うことで振り向かずにそのまま玄関へと行き、貴希との約束まで外で時間を使っていった。

 しかし、あの呟きはたぶん、さっきの話と関係があるな。前にあいつと会ったことでもあったか?

 そんなことを最初は考えていたが、ずっと羽鳥のことを考えてるとまたイライラしてきたのでそれも頭の隅に追いやって、陽の暮れ始めた待ち合わせの時間に貴希の住む女子寮前に行くと、すでに準備万端の貴希が車を待機させてこちらに手を振っていた。

 こっちに戻ってきてそれほど経ってないからか制服を着ていたが、近くに寄るといつもよりちょっと化粧が丁寧な気がして普段はしない香水の香りも仄かにする。

 

「なんか気合い入ってるな」

 

「そんなことないですよ? いつも通りです。それより早く行きましょう。何ヵ所か回るので時間も余裕ないですし」

 

 どことなくいつもと違う気がするが、当の本人はそんなことはないと言うのでそういうことにして、早速貴希の車に乗り込んで学園島を出たオレ達が最初に向かったのは、魚屋。

 ほとんど閉店間際だったため車の運転があれだったが、閉まるシャッターに滑り込んで店主と話し出した貴希は、どうやらタコを仕入れる交渉に来たようだ。

 何故タコかと言えば、車輌科の出店の1つがタコ焼き屋をやるからで、貴希はそこの全体を取り締まる役割にあるらしい。

 そこで関西出身ということもあってやるからには本格的に且つ、低コストでという関西人らしいこだわりが出たようで、直接店に来たのは値切り交渉が目的。

 変装食堂にやる気のないオレとはえらい違いで自分がちょっと小さく思えた。

 オレがそうこう考えていたら、貴希が年不相応な色気と粘りと押しで店主に交渉を仕掛けて、無事に2割引きで仕入れに成功したようで、押し切られた店主は美人の貴希とあってまんざらでもなかったのか笑みがこぼれている。

 

「こんな美人の彼女を持つあんたも隅に置けないねぇ」

 

 それで仕入れの予約をしている時に店主が何を思ったかそんなことをオレに言ってくるので、貴希に申し訳ないと思い否定しようとしたら、貴希の方が「そんな関係じゃないですよぉ!」などと言いながら店主の背中をバシバシ叩いていた。

 その貴希の顔は恥ずかしそうにしていたが、店主の顔は苦痛に歪んでいて苦笑するしかなかった。

 とりあえずそれで第1の買い物を終えて車に戻ると、発進する前に唐突に貴希が口を開く。

 

「私達って、端から見たらその……恋人同士に見えたりするんですかね」

 

「見える人には見えるんだろうな。オレは畏れ多いんだが」

 

「何で京夜先輩が畏れ多いんですか。私は京夜先輩の彼女なんて光え……ああ! 次行きます!」

 

 口を開いたかと思えば、オレの返しに何か言いかけて急に慌てて発進したりとどこか読めない感じの貴希だが、ちょっと面白いので観察してたら運転に集中できないと怒られてしまった。

 次に向かったのは大型のデパート。そこに入っている100均に足を運んで迷うことなく買ったのは、大量のタコ焼きの入れ物――プラスチック製の量産品――と輪ゴムに食べるための串。

 ビックリするのはその量だったが、一人前8個入りと考えても1000セットは売れる量。

 それを2000円くらいに収めて買ってるから、材料費によっては完売でボロ儲けだろうな。

 それらがまとめて入った袋をオレが持って次に向かったのは同じ施設内の食料品売り場。

 目的はトッピング用の調味料のようだが、買い物カゴに入れたのはからしマヨネーズだけ。

 聞けば生地に味付けするからソースとかはいらなく、青海苔も鰹節も必要ないとのこと。

 しかし大量のからしマヨネーズで一杯になった買い物カゴを見たレジの人にギョッとされたのは当然と言えば当然。

 どんだけ好きなんだと思うだろうが、領収書を頼まれてちょっと納得したようだった。

 それら全てを1度車へと運んでデパートに戻り、荷物持ちのオレが次は何だと貴希を見ると、目が合って少し慌てる素振りを見せて腕の時計に視線を移し「お腹、空きませんか?」と言うので、貴希の時計を見ると時間も夜の7時に近かったため、それに「そうだな」と返すと施設内の飲食店で夕飯にしようと提案されて、小鳥に夕飯はいらない旨の連絡をしようとしたら、すでに小鳥には言ってあると言うので、どうやら予定に入っていたことらしい。

 それで入ったお好み焼き屋で夕飯にしたオレ達は、互いに注文したお好み焼きやもんじゃ焼きをシェアして食べるが、さすが本場仕込みの貴希の焼きは上手かったし旨かった。

 これが理子やジャンヌなら先鋭的なものへと変貌しているんだろう。

 実際この前に理子にやらせたら無駄に唐辛子を大量投入したりとやりたい放題だったわけだが……

 その話を貴希にしてやると、あり得ないという感想とともに味に興味があったのか問いかけてくるが、辛すぎると人間、味がわからなくなるんだ。

 

「でもいいですよね。そうやって京夜先輩と気軽に食事が出来たりって。私はこういう機会じゃないと全然」

 

「そんないいもんでもないぞ。オレからは話題振りなんてほとんどしないし、2人とかなら尚更。理子はその点で勝手にベラベラ話すからいいけど」

 

「それでもです。私は京夜先輩と一緒にいられるだけで嬉しいですから」

 

 言った後、貴希は手をうちわのようにして顔を扇いで鉄板の熱で暑いと誤魔化すが、言われたオレも恥ずかしい。

 そうやって一緒にいられて嬉しいと言われるのは、幸姉や愛菜さんで慣れていたつもりだが、貴希のような子に言われるのは何か違ってどうしたものかと考えてしまうが、言葉が出てこなくて2人して沈黙。

 そこからほとんど会話もなく夕飯を食べ終えて店を出たら、1度お手洗いに行ってしまった貴希を待つこと数分。

 その間に気持ちを入れ換えて貴希と接しようとしていたのと、貴希もそうだったのか揃って口を開いて明るくすると、互いに笑い合ってしまった。

 その後は腹ごなしにゲーセンで軽く遊んでから、以前から興味があったらしい有名店のプリンを買って、それを学園島が見える台場の夕陽の塔のそばで並んで座って食べる。

 2人してプリンの味に舌鼓を打って食べ終えその余韻に浸っていたら、やはり10月の夜ともなれば冷え込んでくるため、制服の貴希が小さく体を震わせたのでオレの上着を着せてやると申し訳ないと言われたが、有無を言わせないオレに負けて受け入れるが、その顔を俯けてしまう。

 どうしたのかと顔を覗こうとしたら、ぴょんっと突然立ち上がって軽いステップでオレの前に移動して向き合う形になる。

 

「今日はありがとうございました。とても助かりましたし、楽しかったです」

 

「荷物持ちくらいしかできなかったけど、役に立ったなら良かったよ。でもこんなのが追加報酬でいいのか?」

 

「いいんです。私にとっては贅沢すぎる報酬でしたから。だってこの時間まで、京夜先輩を独り占めしてたんですよ? こんなこと、普通はできません」

 

「そんな大層なことじゃないって。暇ならまた誘ってくれていいしな」

 

「…………それじゃあ、次は『私の彼氏』として京夜先輩を連れ回したいです」

 

 突然だった。

 目の前でそう言った貴希に一瞬、思考が停止したオレは、それがどういう意味かを理解するのに数秒かかってしまう。

 

「私は……京夜先輩が好きです。武偵として尊敬もしてますし、その気持ちと同じくらい、ずっとずっと京夜先輩のことが好きでした。だから……私と付き合ってください」

 

 両手を胸の前で合わせて祈るように告白した貴希は、ずっと秘めていた気持ちを吐き出して軽く呼吸が早くなっていたが、その顔は真剣そのもの。

 その告白を受けてオレは、今朝、理子に言われたことを思い出してしまう。

 気付かないフリ。

 決して意識的にやっていたわけじゃないが、貴希の態度に何か違うところがあることに気付いていて、それを放置していた。

 それをやってしまった自分を、殴りたくなる。

 

「…………ごめん、貴希。オレは卑怯な人間だ。貴希の様子が違うことには、気付いてた。ひょっとしたらオレのことを、って頭によぎってて考えることを放棄してた。貴希の気持ちは凄く嬉しい。でもオレは、そんな貴希の真剣な気持ちと正面から向き合わなかった。オレはそれが許せないし、そんなオレが貴希と付き合う資格なんてない」

 

「……資格って何ですか? そんなのは恋愛に必要ないです。確かに気付かれていたのに知らん顔されてたのはムッてなりますけど、そうやって正直に言ってくれた京夜先輩は今、私と真剣に向き合ってくれました。そんな京夜先輩が私は好きです! 私は、京夜先輩の一番になりたいです!」

 

 ここまで言われて嬉しくないわけがない。

 だがオレは、その嬉しさに反して、幸姉を想っていた時に感じていた気持ちが込み上げてこないことに気付く。

 それはつまり……

 

「ありがとう、貴希。オレも貴希のことは好きだよ。でもオレは、貴希のことを可愛い後輩以上には思えないみたいだ。それにオレはまだ、誰かと付き合ったりとかは考えられない。やっと自分の足で歩き始めて、今はそれで精一杯みたいなんだよ」

 

 それがオレの答えだった。

 それを聞いた貴希は、とても切ない表情を浮かべてから1度俯いてしまうが、次には顔を上げて笑顔を見せて口を開いた。

 

「……ああー! フラれたー! でも言いたかったことが言えてスッキリしました。勝手ですけど、これからも可愛い後輩として京夜先輩とは仲良くしたいので、お兄ちゃん共々よろしくお願いしますね。それから、私をフッたんですから、私以上の女と付き合わなかったら轢いちゃうぞ」

 

 それからオレに上着を返した貴希は「ここからなら1人で帰れますよね」と言って先に帰ってしまい、オレはその後ろ姿を見て、少しだけ胸が苦しくなったのだった。


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