緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet55

 

「どうしたんです? その頬」

 

「いや、当然の罰を受けただけ……」

 

 事件解決からそれほど時間も経っていなかった頃。

 燐歌の母親が癌細胞の切除に成功したことにより余命宣告が取り消され、それに伴って後継者問題も解決したことで本格的に撤収をすることにしたオレは、迎えに来た貴希に開口一番でそんなことを聞かれてしまい、ついさっき燐歌に手加減なしの超絶ビンタを貰ってまだ赤い手形の出来た頬を擦ってそう返す。

 幸か不幸か、燐歌の母親の癌摘出をした外科医が眞弓さんの父親だったことで、オレが男だとバレる会話を聞かれてしまったことが原因のビンタだが、そんなことも知らない貴希はただ首を傾げてくるのだった。

 燐歌はオレにビンタを浴びせた後から、明らかにオレから距離を取るようになり、オレと目が合う度に顔を真っ赤にして「変態……変態……」連呼するので、もうこちらからも距離を取って視界に入らないようにしていた。

 燐歌の母親の話では男性との接触が極端に少なかった環境で育ったせいで、どう接していいのかわからなくなってるだけということだが、あれはそれだけじゃない。

 まだ母親には言ってないが、オレは家での燐歌のあれやこれな姿をガッツリ見てしまっているので、オレが男だとわかった今、それを死ぬほど恥ずかしく思っているのだろう。

 そんな燐歌の護衛ももう必要がなくなったので、今日は病院から出ないと言う燐歌はまた後で迎えに来るとして、撤収作業を手伝うために有澤邸へと戻ったオレと羽鳥と貴希。

 その道中で、珍しくトゲもなく貴希に聞こえない声でオレに話しかけてきた羽鳥。

 

「事件の協力者についての情報だが、君は知る覚悟はあるかい?」

 

「沙月さんから名前だけ聞いてたんだっけ? それだけで何かわかったのかよ。どうにも危ない奴ってのはヒシヒシと伝わってるが」

 

「危ない? そんなレベルじゃないよ。下手をすれば国1つの命運が左右されるほどの危険人物だ。最近まで『とある組織』に所属していたという噂はあったが、私も正直詳しくは知らない」

 

「……お前はもしかして、アリアが追ってた組織の名前を知ってるのか?」

 

「イエス。 伊達に『闇の住人』などと呼ばれてはいないよ」

 

 やはり協力者はイ・ウーの元メンバーだったか。

 しかも話を聞く限りではパトラやヒルダと同じ主戦派の残党。

 幸姉も名前すら教えるのは危ないと判断したのか。幸帆の感じた違和感は正解だったな。

 

「で、そいつの名前は?」

 

「先に問うたはずだ。君はそれを知って死ぬ覚悟はあるかと」

 

「死ぬ気はないが、それを聞いて殺されるまでには至らないとも思ってるが?」

 

「私がその存在を曖昧にしか認識できていないなら、名前を知った程度では追えるわけもない。向こうがそう思っていると? 参ったね。その通りだ。君も私の思考が読めるようになってきたじゃないか。立派な成長だ」

 

 こいつに褒められても全然嬉しくない。上からの物言いだしな。

 

「では教えるが、あまり口外してくれるなよ。本来は知るだけでも国家機密レベルなんだからね。協力者の名は『土御門陽陰(つちみかどよういん)』。その存在はかの超偵誘拐犯『魔剣』など霞むほどの伝説級の人物だ。性別、年齢、容姿はさることながら、空想上の人物とまで言われているほど正体が謎で、奴が関わった事件は小さなものでは今回のような事件。大きなものでは国1つを滅ぼしたとまで言われている。特筆すべきはその手口だが、奴は犯行を行う人物を自分の望むように動かしてみせて『絶対に主犯にならない』ことが大きい。これが魔剣とは決定的に違う点とも言えるが、その狡猾で悪魔のような手口の恐ろしさから、ある国では大きな事件には全て『裏に土御門陽陰がいる』と言わせしめている。だが、その存在を証明できる者は誰1人としていない」

 

 また化け物かよ……

 しかも聞いてるとあのパトラやブラドと同等かそれ以上の奴だぞこれ。

 超能力者であることは明白だし、こちらからは攻撃すらできないとあっては、敵としては最低最悪だ。

 こちらが一方的に銃口を向けられてるに等しい。追うリスクは高すぎて話にならないな。

 

「先月、私がこの国で逮捕したとある事件の犯人がいたのだが、そいつも裏で土御門陽陰と接触していたようでね。先ほどの沙月さん同様、尋問中に口を割ろうとしたところで窒息死させられた。これは警告だが、決して奴を追おうとするな。追えば死ぬ。たとえ見つけて捕まえられたとしても、奴が関わった事件など証拠の1つも残っていないし、罪にすら問えない。奴は究極的に『完璧な犯罪者』なんだよ」

 

 ――完璧な犯罪者。

 言い得て妙とはこの事か。

 誰が見ても犯罪者であるのではなく、誰が見ても犯罪者になり得ないということ。そんな奴をどうやって捕まえる?

 

「国の機関が追えないような奴をどうやっていち武偵が追えるってんだよ。美麗と煌牙の敵討ちはしてやりたいが、それはオレが未熟だったから起きたことだ。それで躍起になるほどオレもバカじゃない」

「賢明な判断だ。巨悪を討つにはそれだけの覚悟と力が必要ということさ。今の私達では、奴の気分1つで消し飛ぶ小さな存在。こうして息をしていられるのも、奴に余裕があるからこそ。『生かされている』ということ、肝に命じておきたまえ」

 

「…………悔しいな、そういうの」

 

 羽鳥の話を聞いて、素直な気持ちを吐露してみると、羽鳥も同じなのだろう。

 1度座り直して背もたれに寄り掛かると、長い息を吐いて体の力を抜いていた。

 

「まぁ何はともあれ、依頼自体は無事完遂した。たとえ君と私だけが報酬をもらえなくても、君が教務科からお叱りを受けようと、ね」

 

 あ、やべぇ。

 燐歌に男だってバレちまったってことは、依頼の契約違反と教務科からの命令を守れなかったってことだよな……帰りたくねぇ……

 嫌な笑顔で言われた現実にガックリと肩を落としたオレを見て、羽鳥の奴はまたクスクスと笑ってくるが、そんなことにイラつくこともバカらしくなったオレは、到着した有澤邸で撤収作業をしていた小鳥、幸帆、桜ちゃんと合流してさっさと終わらせていったのだった。

 持ち込んだ機材の回収は割とすぐに終わらせたオレ達は、本来の任務日程の上では余裕が出来たこともあり、折角だから数日とはいえ住居として住まわせてもらった有澤邸の大掃除を開始。

 半日ほどかけて全員でくまなく掃除をしていったのだが、夕方頃に帰ってきた燐歌に完全に距離を置かれたオレは、燐歌の部屋へ入ることを許されなくて、桜ちゃん達が頼られていたのはもう何も言うまい。

 小鳥だけは夜になってから美麗と煌牙のいる動物病院に向かわせていたが、その夜は燐歌の許可も出たので有澤邸で一夜を過ごしたオレ達は、翌朝に有澤邸を出る。

 一応、新しい家の使用人を雇って、今日の昼前には来てくれるようなことは聞いていたが、それまでの少しの時間で1人になるから寂しいのか、オレ達の見送りに出てきた燐歌。

 あとは車に乗り込むだけとなったオレ達を引き留めた燐歌は、物凄いモジモジとした態度で何か言いたそうにしていたが、それもすぐにやめていつもの気丈な態度で偉そうに口を開いた。

 

「……ありがとう。あなた達のおかげで色々と助かったわ。そのお礼ってわけじゃないけど、依頼条件を破った件は多目に見てあげるけど、あんたとあんたには報酬なしよ。文句は言わせないわ」

 

 それは助かる。正直死ぬ思いをして報酬なしは辛いが、悪いのはこっちだから文句は言わない。

 そうやって最後まで燐歌らしい態度にみんなで笑顔を作りつつ、それぞれ一言二言燐歌と話してから車へと乗り込み、最後にオレもそっぽを向かれて挨拶もまともにさせてくれなかった燐歌に苦笑いしつつ車に乗り込もうとしたところで、まさかの制止を呼び掛けられ、燐歌に向き直る。

 

「……名前、教えなさい。私を辱しめた男の名前を知らないなんて、それこそ一生後悔するから、忘れないでいてあげるわ」

 

 恨まれてる……思春期女子怖い……

 しかしこれで教えないと訴えられるかもしれない。

 そうなるとオレは勝てん。ここは素直に名乗っておくか。

 

「猿飛京夜だ。できればお互いに家でのことは忘れよう」

 

「京夜……京夜。覚えたわ。家でのことは守ってくれたのとでチャラにする。それで……その……また機会があったら、あなたの力を見込んで雇ってあげてもいいわよ」

 

「……そういう機会がないのが一番なんだけど、そうだな。頼ってくださるなら、またいつでも力になりますよ、燐歌様」

 

 恨まれてるかと思えば、そっぽを向きながらにそんなことを言う燐歌に、思わず笑いが込み上げてきたオレは、それを堪えて丁寧に言葉を返すと、強引にその背を押されて車へと押し込まれドアを閉められてしまった。

 男に頼るのが恥ずかしかったんだよな、燐歌。

 もしも次会う時には、もう少し男に耐性をつけていてくれよな。

 それからまっすぐに学園島ではなく、小鳥達のいる動物病院に向かったオレ達は、そこで無事に意識を取り戻して安静にしていた美麗と煌牙と対面。

 しかし、昨夜からそばにいた小鳥の表情は浮かない。その理由はもう、知っている。

 美麗はあの爆発を直前で離れたとはいえほぼ至近距離で受けたため、視力を失い、煌牙は聴力を失っていた。

 これはもう、武偵犬としては致命的な負傷で、学園島に戻ったら2匹の武偵犬登録を抹消しなきゃならない。辛いな。

 そんな2匹に感謝を込めるように桜ちゃんや小鳥が撫でたり抱き締めたりとして、オレも言葉をかけながらに同じようにしてやると、2匹は自分からオレに顔を擦り寄せてくれた。

 それで2匹の今後をどうするか小鳥と話したのだが、目と耳が不自由とあってはうちの実家に、幸姉に任せるという選択肢も難しいと思っていた。

 それで出た結論は……小鳥の実家で世話をしてもらうというもの。

 すでに実家には連絡をしてくれていて、もうすぐ小鳥の祖父――吉鷹さんの方だ――が来てくれるらしい。

 それを待つことしばらく。

 学園島に帰って色々とやることをやって戻ってくるには中途半端な時間だったため、昼食などを近くの定食屋で済ませつつ、午後の3時を回ろうとする頃に到着した小鳥の祖父――泉鷲(せんじゅ)というらしい――は、小鳥の姿を見るなり抱き寄せて溺愛ぶりを披露。

 さすが吉鷹さんのお父さん。

 

「して、引き取ってほしいというのはこの2匹か?」

 

 小鳥とのやり取りも割とすぐに切り上げた泉鷲さんは、早速美麗と煌牙を見ると、言葉を交わすこともなく、軽く触れただけで何かを終えたようで、次にオレへと視線を移してきた。

 

「お前さんが小鳥の婿か。どうやらこの2匹から相当の信頼を得ているようだし、孫娘の頼みだからな、責任を持ってうちで世話をしよう」

 

 今ので美麗と煌牙と意思疏通をしたのか?

 だとしたらこの人、小鳥より全然凄いよな……だが2匹を引き取ってくれるようなのでひと安心……じゃないわ! 婿ってなんだ!?

 そう思ったのはオレだけではないようで、聞いていた桜ちゃんや貴希も驚きを隠せない表情を浮かべ、小鳥に至っては顔を真っ赤にして泉鷲さんに噛みついていた。

 

「お、おじいちゃん! 京夜先輩はそういうのじゃないってちゃんと説明したでしょ!」

 

「はっはっはっ、そうだったか。まだそういう関係ではなかったか」

 

「まだとかでもないってばぁ! おじいちゃんのバカ!!」

 

 その言葉にガチで落ち込んだりと賑やかな泉鷲さんだったが、すぐに立ち直ってから改めてオレを見て何か気になったのかまじまじ見られる。

 な、なんでしょうか……

 

「……ふむ。あれか。お前さん、山とか森とかその辺で1度死にかけて……いや、死んでおるな。そうじゃなければこうはならん」

 

 そうやっていきなり言われた言葉にオレは心底驚く。

 確かにオレは11歳になる年の春に比叡山に山籠りのトラウマ修行で死にかけている。いや、実際に少しの間死んでいたのかもしれない。

 その辺の記憶は曖昧なのだが、記憶の途切れた時間があって、意識を取り戻した時に森の動物が寄り添っていたのは鮮明に記憶している。

 

「自然と半分くらいかの、同化しておる。人間としての変化は全くないが、動物には匂いのレベルで本能的に好かれるようになっておる。匂いに敏感な動物にはマタタビのような作用も出るかもしれん。実に面白いな、お前さん」

 

 はっはっはっ。

 それでまた笑う泉鷲さんだったが、どうやらオレは自分の知らないうちにその体質を変化させていたらしい。

 それを見ただけで理解した泉鷲さんには驚かされるが、ちょっとしたオレ自身の謎も解けてスッキリ。

 思えば玉藻様も「良い匂いがするの」とか言っていたので納得だ。

 泉鷲さんには驚かされたが、これも小鳥の家系の能力に関係しているのだろうと勝手に解釈して、美麗と煌牙を運ぶ話へと移ったのだが、なんでも小鳥が説明不足で『目と耳が不自由な子を引き取りたい』とだけ泉鷲さんに言って来てもらっていたため、こんな大型の狼だとは夢にまで見てなかった泉鷲さんは、JRでここまで来たらしい。

 武偵犬登録を抹消する都合、公共の乗り物に堂々乗せられるわけもなかったので、この場で頼める人材、貴希に2匹の運搬を依頼。

 昨日の今日でまた依頼というのも気が引けたが、

 

「じゃあ報酬は道中でかかった交通費込みで、1つお願いを聞いてください」

 

 きっちり貰えるものは貰い、申し訳ないと思うオレの心に入り込んできた。さすが武偵高生徒。

 しかしまぁ、そのお願いというのも『買い物に付き合ってほしい』となんとも楽なものだったので快く契約を成立させると、折角の実家とあって小鳥も同行を志願。

 なんか2人で勝手に盛り上がって1泊してのんびりしてくるみたいだ。

 場所は長野県諏訪市の端っこという話だし、道中ものんびり行けるだろうな。

 それらが決まってから、泉鷲さんにはとりあえず動物病院で待ってもらって、1度学園島へと戻ったオレ達は、借り出していた機材をそれぞれの学科に返却したり依頼の報告書を教務科に提出したり、美麗と煌牙の武偵犬登録を消したりとあちこち動き回って、貴希と小鳥は手空きになった頃にさっさと次の依頼へと送り出しておいた。

 送り出す際に貴希に「約束守らなかったら轢いちゃうぞ」などと言われたが、ちゃんと守るって。

 羽鳥は爆破された車の保険やら何やらの処理があるとかで学園島に着いて早々に姿を眩ませて、幸帆と桜ちゃんはその生真面目な性格からか、最後に回した依頼完了の処理のため教務科へ行くところまで同行してくれた。

 

「うーい、ご苦労さん。おーおー、報告書に正直に女装がバレたことを書くのはいいが、罰を受けたいマゾだったのか、猿飛ぃ」

 

 んで、その報告書を提出した相手の綴は、報告書を流し読んでからそんな冗談を言ってくるので疲れる。

 罰を受ける必要ないことは書いてんだろクソが。

 

「顔に出てるぞぉ。しかしまぁ、依頼主が不問ってんなら私らがどうこうすることもないわな。その依頼主から直接連絡もあったし、ずいぶん気に入られたみたいな。『怪我をした武偵と動物にかかった治療費をこちらで負担した上で、報酬も契約通りに払う』ってさ。猿飛と羽鳥には報酬を与えるなってすっごい念を押されたけどさぁ。別に『貰った報酬をお前らがどう扱おうと勝手』なわけだよなぁ。ツンデレお嬢様もキャラを守るのが大変だねぇ」

 

 オレの表情を読まれて嫌な汗が出たが、次に言った綴の言葉に、オレ達は揃って顔を合わせて笑みがこぼれてしまう。

 ありがとな、燐歌。お前は最高に優しくて良い子だ。

 そうして報告も済ませて無事に依頼完遂となってみれば、時間もすっかり更けて夜の8時を過ぎていた。

 武偵高の巡行バスで帰れるという桜ちゃんを見送るため、バス停に3人で立っていると、丁度バスが来たのが見えたところで桜ちゃんは急にオレの正面に回って深々とお辞儀をしてお礼を言ってきたので、ちょっとビックリ。

 

「この度の依頼。先輩のおそばで色々と学ばせていただきました。自分の未熟な部分もわかりましたし、先輩方の優秀なところは良い刺激となりました。今よりも精進して頑張りますので、またお声をかけていただく機会があれば、今回以上の活躍を約束したいと思います」

 

「ああ、期待してるよ」

 

 最後まで真面目だった桜ちゃんは、それでもう1度オレに深いお辞儀をしてから、到着したバスに乗り込んで手を振りながら帰って行った。

 そういえば桜ちゃんって、間宮の戦妹なんだよな。色々と話題性がある間宮――良い意味でも悪い意味でも――があの子を悪い方に導かなければいいな。

 そんな心配をしつつも、幸帆と2人だけになったら急に腹の虫が鳴ったので、幸帆を寮に送る前にファミレスで遅い夕食を食べることにして、そこで幸帆とゆっくり話をする。

 

「どうだった? 武偵の仕事は」

 

「本格的に依頼に参加させてもらうのは初めてでしたが、至らないところが多くて全然ダメでした。羽鳥先輩の推理は聞けばそういえばと思うところが多かったのですが、それらを情報科である私が本来なら気付くべきことでしたし、自分の分析能力の低さを痛感しました」

 

「そう悲観することもないさ。できないことがあったのはオレも同じだし、できたこともちゃんとあったろ? そうやってちゃんと反省できるのは伸び代ありだ。また明日から頑張れ」

 

「はい。1日でも早く京様に認めて貰えるような武偵を目指して頑張ります。戦姉のジャンヌ先輩にも申し訳ないですし」

 

 実に幸帆らしい言葉にオレも安心して笑顔を見せると、幸帆も照れたような笑顔でそう言って料理に手をつけていく。

 が、待て。戦姉だと? 聞いてないんだが……

 

「お前、いつからジャンヌの戦妹になったんだ?」

 

「あれ? 言ってませんでしたか? こちらに転校して、情報科に所属してから割とすぐですけど。ジャンヌ先輩凄い人気だったので、私でいいのかと確認しちゃったくらいです」

 

「……まぁジャンヌは綺麗で格好いいからな。実力も折り紙付きだし、吸収できるものは吸収しろ。天然なところがあるからそこは吸収しないように」

 

 ぷっ。と、オレの注意に対して笑いを漏らす幸帆だったが、すぐに「わかりました」と返してきて、それから下らない話をしながら夕食を終えて女子寮まで送った。

 その別れ際に幸帆は急に何かを思い出したようにオレを引き留めて、預かっていたらしい伝言をオレへと伝えてきた。

 

「依頼の時に京様の指示で理子先輩と連絡を取ったのですが、その時に伝えてほしいと言われていたことを。『時間ができたら連絡してほしい』だそうです。ちょっと伝えるのが遅れたので、緊急のことでないといいのですが……」

 

 それを聞いた瞬間、オレはどんな顔をしただろうか。

 おそらくは顔から血の気が引いて、自分の愚かさを悔いた表情を浮かべたはず。

 オレはそれで幸帆と別れてから、電源が落ちっぱなしだった携帯を取り出して電源を入れて、依頼の間に溜まっていたメールや着信履歴を見る。

 そこには理子だけで1日3件ほどのメールに、1件の着信。

 それらを順を追って確認すると、始めは「暇な時にでも返事をちょうだいね」などと顔文字なども加えて理子らしいメールだったが、日付が今日に近付くにつれそれも単調になり、一番新しいメールには一言「会いたいよ……」とだけあった。

 ――バカかオレは! あいつがどういう状況にあったのか、わかってたはずだろうが!――

 そんな怒りを表現するように、オレは22時を回った時間を確認してから、とにかく走り出したのだった。


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