緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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「うあー、暇ぁー」

 

 オレ達が3年になってから早2ヶ月。

 武偵高の最上級生、3年にもなると、その扱いが単なる生徒としてではなくなってくる。

 来年の今頃にはオレや幸姉のような例外を除き、ほとんどの生徒がプロの武偵として活動を始めることになるため、受ける依頼もそれに応じて2年生までとは質が違ってくるのだ。

 中には教務科から直々に依頼が下りてきて、その解決に動くこともある。

 特に2年時からその高い実力を見せつけてきた眞弓さん達のチーム『月華美迅』は、当然のごとく教務科からの評価も高く、3年になってから誰よりも早く教務科からの依頼を引き受けて、もう何度か活動している。

 そのため、オレや幸姉とは日々の活動で徐々に食い違いが出てくるようになってきて、今日も今日で数日前から依頼で外へと出張ってしまって登校していなかった眞弓さん達。

 そのせいと言うと聞こえが悪いし押し付けになるが、少なくともここ最近は眞弓さん達と一緒にいる時間が2年時までより明らかに減ってしまった影響でダレにダレてしまってる幸姉。

 今日も1時間目の国語の授業を終えてから、ポツポツとある空席――眞弓さん達もだが、他にも依頼で欠席者がいる――を見てから自らの机に突っ伏して、もう数えるのも億劫なほどの呟きを漏らしていた。

 

「だから依頼でも受けようって言ってるだろ」

 

「依頼は一昨日に受けたばっかりで充電タイム入ってるの。超能力者は愛菜達みたいにいつでもどこでも動けるわけじゃないって京夜もわかってるでしょ」

 

「じゃあ早退でもして街に出てみるか?」

 

「あー、それ良いかもねー。京夜とデートだー」

 

 依然としてダレたままの幸姉は、顔だけオレに向けて応対してきたが、頭が回ってないのか早退の件が冗談だと気付かない様子で、言葉では楽しそうに言うものの、動こうとはしていなかった。

 これはあと1ヶ月もすれば干からびてそうだ。

 そうやって何の実りもない会話をしていたら、まだ教室を出ていってなかった担任の古館先生が、いつもの赤ジャージと、色気の欠片もない服装で後ろ手に両手を組みスキップしながらオレと幸姉の間に入ってきて、ヒョイッとダレた幸姉の顔を覗き込み話をする。

 何が楽しいんだこの人。この人が楽しんでると、大抵は生徒にとって楽しくないことが待ってるが……

 

「早退して街に出たいほど暇ならぁー、先生から特別依頼でも出しちゃっても良いんだけどなぁ。ニヒッ」

 

「……どうせ教務科の掃除とか言うんですよね……」

 

「おっ! いい線いってるねぇ。毎年、やる気のなさそうなやつと面倒臭がりそうなやつを集めてやらせてるんだが、今年はどうも捕まりが悪くてな」

 

「トイレ掃除」

 

「もっとソフトだな」

 

「車輌科の車洗い」

 

「それいいな。次に採用するかね」

 

「先生の掃除」

 

「どういう意味だこら」

 

 ダレていながらもしっかりボケる幸姉に、貼り付けた笑顔でほっぺをグリグリしてツッコんだ古館先生は、それが思いの外癇に障ったのか、オレと幸姉に強制参加を命じて教室を出ていってしまい、余計なことをしてくれた幸姉をキロッと少し睨んでみると、悪びれもなく舌を出して誤魔化してきた。最悪だ……

 参加しなきゃしないでもっと最悪な未来が待ってるので、仕方なく古館先生から届いた依頼のメールの内容通り、翌日の土曜休日の暑くなってきた昼時にわざわざ登校してきたオレと幸姉は、指示された濡れてもいいジャージ姿で学校のプールへと足を運んで、そこにいた同じように召集された他の生徒数人と合流。

 あっ、空斗さんもいるのか。面倒臭い。

 

「よしよし、全員揃ったな。んじゃパパっと終わらせて私を遊ばせろ。終わったら教務科に報告よろー」

 

 オレ達が来たことで全員揃ったらしく、呑気に椅子に座ってファッション雑誌を読んでいた古館先生は、それだけ言ってさっさと教務科に戻っていってしまい、残されたオレ達は文句を言えないまま今回の依頼を完遂するために渋々動き始めたのだった。

 今回の依頼は場所が示すように学校のプールの掃除。

 もうすぐプール開きということで、授業でやればいいことをわざわざ休日出勤でオレ達暇人にやらせる辺りは悪意しか感じないし、終わったら終わったで報酬が水を張ったプールで1時間だけ自由に遊べるだけ。

 それでいて古館先生は労せず遊べるのだから役得だろう。掃除の間もクーラーの効いた教務科で待機できるし。

 武偵高のプールは毎年その扱いが酷いため、放置期間で汚れた浴槽はまだマシ。

 酷いのは発砲によってプールサイドが破壊されたり、水上戦によって放たれたとりもち弾の取り残しなど。

 その他全ての不具合をオレ達で掃除・修復しなければならないのだ。

 とりあえず今回は最上級生である幸姉と空斗さんがみんなをまとめて作業を開始。

 春からは装備科を履修している幸姉は、空斗さんの扱いもお手の物で付きまとってくるのを軽くいなして作業を分担。

 浴槽の掃除は空斗さんチーム。破損箇所の修復をオレ含む幸姉チームが担当して作業に取りかかった。

 ただの掃除ではないため、デッキブラシなどの一般器具はあんまり役に立たないので、早々みんなで装備科から良さげな道具類を持ち込んで改めて作業を開始すると、ペタペタ地道にコンクリを塗って外側から破損箇所を修復していると、浴槽では何やら早速空斗さんがおっ始めていた。

 

「出撃ぃ!」

 

 空斗さんのそんな掛け声で、水の抜かれた浴槽に置かれていた6台の扇形の平ったい機械――部屋を自動で掃除するアレに非常に似てる――が一斉に動き出した。

 

「あんた……それって吸引掃除専門の機械じゃなかったっけ?」

 

「ちっちっちっ、甘いね幸音ちゃん。これは雑巾がけの機能も搭載した改良型! こいつにかかればどんなに汚れた浴槽もあっという間にぴっかぴかに……」

 

「なってないですけどね」

 

 と、豪語していた空斗さんの言葉を否定するように、オレは機械が行った掃除作業のあとを見てそう言うと、まさかといった顔で浴槽を見た空斗さんは、ほとんど綺麗になってない浴槽を見てガックリと肩を落としていた。なんか色々と残念な人だな。

 空斗さんが自信満々で起動した掃除マシンが盛大にコケたのをゲラゲラと腹を抱えて笑っていた今日フレンドリーの幸姉。

 空斗さんが不憫に思えてきた時にようやく笑うのをやめた幸姉は、何か勿体つけるような挙動で自分の作業を中断して持ってきていた道具の中から、ゴソゴソと何かを取り出してバーン! とみんなに見えるように前に掲げた。

 幸姉が見せてきたのは、もうひと目でわかるくらい極々平凡な固形石鹸。

 角の取れた丸みを帯びた形のその石鹸を、幸姉は他にもいくつか取り出してそのまま浴槽へと落としてしまう。

 自信満々でまさかそんな誰もが予想しそうな展開になるとはとりあえず思わないことにしたオレは、石鹸を落とした後に嬉々として浴槽へと入ってヌメリで滑ってコケた幸姉を影で笑いながらその成り行きを見守る。

 

「これはただの石鹸じゃないわ! この前『油汚れとか鬱陶しいのよね臭いも嫌だし』って思って強力な界面活性剤等々を投入した結果できた、汚れはむちゃくちゃ落ちるけど非常に体に悪い石鹸なのよ!」

 

「じゃあ皮膚で直接そんなのの泡に触れたら大変だなぁ」

 

「そりゃ痛いなんてもんじゃないわね。というわけでゴム手袋と長靴を装備して浴槽で転がす!」

 

「じゃあいま装備なしで浴槽に飛び込んだ幸姉は何なんだろうな」

 

「勢いって大事よね」

 

 アホだ。

 そう思うしかなかったが、どうにも装備科で開発した失敗作をここで投入したかっただけらしい幸姉は、そのあとヨイショとプールサイドに上がってから、自分の作業など完全に頭から抜けてしまったようで、他の後輩達と長靴とゴム手袋を装備して浴槽に再び飛び込んでいた。

 

「きょーうーちゃーんー!」

 

 その様子を呆れながらに見ていたら、日向にいたはずのオレに急に影が射したのと同時に、聞き覚えのある女性の声が上から降ってきて、咄嗟にゴロッと後転してその場を離れると、オレのいた場所に外周の柵を強引に登ってきたらしい愛菜さんが、ギャグ漫画のように顔面から落ちていた。あ、ヤベ……

 

「なんやなんや? 京ちゃんがおると思たら、案の定幸音もおるやん。ついでに変態も」

 

「プール掃除かいな。3年がやらされとるのは初めて見んで」

 

「どうせユウたんの気に障ることでもしたんやろ。ねっちんも変態もアホやし」

 

 愛菜さんを回避してから、柵越しに千雨さん、早紀さん、雅さんも姿を現してこちらの様子を覗いてきてそんな感想を漏らすと、3人から少し離れた位置には眞弓さんの姿もあり、数日ぶりに会った5人の元気そうな姿にちょっとだけホッとしたオレは、そのあと何事もなかったように復活した愛菜さんに抱き締められてしまった。

 

「皆さん、依頼はもう?」

 

「昨日の夜の段階で片付いとったんやけど、帰ってくるのに時間かかってもうて、さっき報告が終わったところやねん。んー、久しぶりの京ちゃん成分補充やー」

 

「そんで帰って寝ようとしたら、愛菜が京ちゃんの匂いがする言うていきなり走り出してな。今に至るってわけや」

 

 と、尋ねたことへの回答を愛菜さんと千雨さんからもらってから、幸姉も愛菜さん達に気付いて大きく手を振ってはしゃぎ出し、どうせ帰っても暇だしと千雨さん達もプールサイドへと入ってきてオレ達の作業の見学に入ったわけなのだが、何やら浴槽にあった幸姉作の石鹸を見た愛菜さん達は、それがどういうものなのかを聞いたあと、速効でジャージに着替えて長靴とゴム手袋を装備すると、激しい運動ができない雅さん以外が浴槽へと突入。

 その手にはデッキブラシがそれぞれ持たれていた。あー、なんかおっ始めるなこれ。

 そう思ったのとほぼ同時に、適度に泡立てた石鹸の1つを千雨さんが落として、それをデッキブラシでホッケーのように弾いて滑らせると、石鹸は浴槽を勢いよく滑って、そのついでに強力な洗浄力で綺麗にしていった。

 

「おー! 1回滑らすだけで結構効果あるな。幸音にしてはエエもん作るやん」

 

「ちょっと千雨、それは私に対して失礼じゃないかな? この!」

 

 石鹸の驚くべき効果に感心していた千雨さんに対して、若干失礼なことを言われた幸姉は、壁をバウンドして近くに来た石鹸を千雨さんめがけて同じようにデッキブラシで打ち込む。

 しかし千雨さんはそれをほとんど見ないでヒラリと躱してみせると、その後ろにいた眞弓さんに石鹸が強襲。

 なかなかのスピードがあったのだが、眞弓さんはそれをデッキブラシで押し潰すようにして止めて、いつもの笑顔で幸姉を見る。

 

「ウチを狙うやなんてエエ度胸どすな。こら幸音はんは早死にするかもしれまへんな」

 

「あ、あはは……平にご容赦を……」

 

「はてはて、聞こえまへんなぁ」

 

 そこからたじろぐ幸姉に眞弓さんは1度に3つの石鹸を同時に発射。

 それを跳んで躱した幸姉だったが、後ろでバウンドして戻ってきた石鹸の1つの上に着地して尻餅をつくと、そこを戻ってきた2つを再度発射した眞弓さんによって追撃されていた。

 そのあとはルールなど特にない後輩達も交えてのホッケー合戦になって、浴槽は泡だらけの状態になってしまうが、それでも汚れはしっかり落ちるので、オレは騒ぐ幸姉達を他所に爪弾きにされた空斗さんと雅さんと協力して破損した箇所の修復をしていったのだった。

 数時間後、ようやく全ての修復を終えてみれば、幸姉達も飽きたらしいホッケーをやめて落とした汚れを水で流しているところだったので、遊んでいたとはいえ泡を取り除いてみれば何だかんだでピカピカになった浴槽が見えてひと安心。

 これでまだ汚れてたらさすがのオレも怒りを覚えていただろう。

 最後に綺麗な水を浴槽に張って、その間に古館先生への報告を済ませたオレ達は、報酬である1時間の自由利用を無駄にしないために水着に着替えて水が張り終わるのを待つことにした。

 ちなみにオレは着替えるのが面倒なので水の管理をしていたが、何故か眞弓さん達もプールを利用するとか言っていなくなっていた。

 まぁ、半分以上遊んでたとはいえ手伝ってくれたことには変わりないし、そのくらいはいいのかな。

 

「おおっ! 今年は修復の方が段違いで出来映えがいいな」

 

 無事に水を張り終わったタイミングで、赤ビキニを着用し大きめの浮き輪を持って登場した古館先生は、ザッと全体を見回して感想を述べつつオッケーサインを出すと、誰よりも早くプールに浮き輪を浮かべてその上に座るようにして乗り遊泳を開始。

 普段はジャージ常備でさっぱり色気を出さない古館先生だが、こうして肌を晒す格好をすると結構スタイルが良いのがわかる。

 全体的に大人しめなのだが、女性的でないわけでもなく、全女性を平均するとこんなスタイルなのかといったちょうど良い感じのものだった。

 どげしっ!

 そうして相手の体の特徴を観察してしまう癖で古館先生を注意して見ていたら、隣にいた学校水着――無地紺色のフィットネス水着――を着た幸姉が何故かオレを蹴ってきてジト目で見られてしまう。

 

「そうだよねぇ。京夜は歳上が好みなんだもんねぇ」

 

「別に先生をそんな目で見てないんだけど……」

 

「エロい目で見てましたよー」

 

 よくわからないが、オレが古館先生を見ていたのが気に入らなかったらしいので、本格的にご機嫌斜めになる前に謝ってみれば土下座を要求され、それで気が済むならとプールサイドで土下座するというわけのわからない光景を作り出して、それでお許しをいただいたら、幸姉は同じように学校水着を着た千雨さんや早紀さん達とさっさとプールに飛び込んで泳ぎに行ってしまい、そんな幸姉に何があってもすぐ動けるようにしつつプールサイドに座り込んだオレは、 何気なく空を仰ぎ眺めていた。

 

「京ちゃんは大変やなぁ。あない『幼稚』なご主人様の言うことを素直に聞いて」

 

 そこに隣へ腰を下ろして話しかけてきたのは愛菜さん。

 愛菜さんはプールではしゃぐ幸姉を見ながらそんなことを言うので、どういう意味かと尋ねてみる。

 

「んー、京ちゃんって案外ニブちんさんなんやな。外から見たら微笑ましいくらいにわかりやすいんやけどなぁ」

 

「愛菜さんもちょっと意地悪ですね。その感じだと教えてくれないっぽいです」

 

「教えへんよ。教えてもうたらオモロナイし、京ちゃんと幸音は『今のまま』が一番やと思うからなぁ」

 

 ますます意味のわからないことを言った愛菜さんは、結局謎を残したまま幸姉達の誘いに乗ってプールへと飛び込んでしまい、何かモヤモヤとしたものを内に残したオレは、入れ替わるように隣に座った雅さんと続けて話をした。

 

「雅さんって泳げないんでしたっけ」

 

「泳がせてもらえへんかったが正解やで。泳げへんわけやない」

 

「でも泳げないんですよね?」

 

「……そうやって歳上のお姉さんいじめて楽しいんか? 京くんはSやったんやね。アカン子やわ」

 

 オレがちょっとしつこくやったら、プクーッと頬を膨らませてそんなことを言ってポカポカと叩いてきた雅さん。

 年不相応に未発達な雅さんだからだが、全然怖くないし痛くないしなんとなく可愛い。

 ドシュッ!

 雅さんとそうやってちょっとじゃれていたら、いきなりオレの顔面めがけてビーチボールが飛んできて、驚きつつも片手で受け止めて飛んできたプールの方を見るが、誰が投げたかわからないほど、みんな何食わぬ顔で遊び続けていた。

 おそらくは幸姉だろうが、イタズラでもしたかったんだなきっと。

 

「なんどすか? 京夜はんは歳上をいじめる趣味がありましたのえ?」

 

 飛んできたビーチボールをプールに投げ返してひと呼吸したら、今度は眞弓さんが後ろからヌルッと抱きついて密着し耳元でささやいてくる。

 普段はこういうことをしない眞弓さんだからか、少しドキリとしてしまったが、今の質問に対しては誤解がないようにしっかりと否定すると、何故か残念そうな声を出した眞弓さん。何で残念がるのか。

 

「ウチはどっちかというといじめる側どすから、歳下にいじめられる経験でもしてみよう思たんどすが、あきまへんわ。今、京夜はんの心臓が大きく跳ねたのわかって、もっといじめたなってしまいました」

 

 ふー。

 言い終わってからオレの耳に息を吹き込んできた眞弓さんは、それで一瞬怯んだ隙に今度は前に回していた右手でジャージのチャックを下ろして左手で胸の辺りを撫でるように触ってきた。

 や、やばい。なんか眞弓さんのスイッチが入ってしまった。

 と思って眞弓さんを引き剥がそうとしたのだが、それよりも先に薄く笑ってから眞弓さん自ら離れてくれて、こっちとしては助かったのだが、何でと思ったのと同時に逆のプールサイドからこちらに銃を向ける幸姉と愛菜さんが鬼のような物凄い形相で今にも引き金を引きそうになっているのを見つけてギョッとする。

 当然狙いは眞弓さんなのだが、その眞弓さんはオレの後ろで「般若がおりますわ」とか言いながらオレを盾に完全に隠れてしまっていて、隣にいたはずの雅さんなんかいち早く危険察知したのかすでに離脱していた。

 これはどっちについても敵を作るので、どうするべきかを迷っていると、後ろに隠れていた眞弓さんがまたオレにささやいてきたので、つい耳を傾けてしまう。

 

「これから先、ウチらは京夜はんと幸音はんとは仲良しこよしだけで付き合ってはいけまへん。やからまだ『学生気分』の幸音はんにも、よう言うといてください。ウチらは大人になるために武偵になるんやありまへん。武偵として大人になりますのや」

 

 それを聞いた瞬間、たぶんだがこれを言うためにわざわざおふざけを交えて接触してきたのだと感じたオレは、相変わらずの鋭い指摘に脱帽。

 ここ最近のオレや幸姉の心の動きを察して忠告してくれたのだ。

 眞弓さん達は今……いや、これまでずっと一人前の武偵になるために頑張っていたのだ。

 それなのにオレと幸姉はたかだか数日会わないだけで「寂しい」だの「暇」だのと、子供みたいなことを感じてしまっていた。

 指摘されて初めて気付かされた自分の心の幼さを、どうしようもなく情けなく思ってしまったオレだったが、それすら察した眞弓さんは、また口を開いてくれた。

 

「それでも、ウチらも『仲間』としていられる残りの時間を大切にしたい気持ちは一緒どすが、このさき永遠の別れが待っとるわけでもなし、別に寂しく思うこともありまへんっちゅうことどす」

 

「……大人になるって、難しいですね」

 

「京夜はんはまだまだ子供どすえ。お姉さん達の背中を見習って、これから頼もしい背中にしていきなはれ」

 

 本当に、オレなんて背中を追うのがやっとのほど先を行く眞弓さんからの言葉には、なんとも言えない力があり、俯きそうになる顔を優しく上げて前を向かせてくれるのだ。

 でも、それと同時にとある不安も覚えてしまう。

 こんな眞弓さんを、本当の意味で『支えられる存在』がいるのかどうか。

 そんなことを考えてしまうほどに頼りになる眞弓さんだからこそ、心配になってくるのだ。

 そういった自身の心の内をこれまで全く見せてこなかった眞弓さんが、ほんの少しだけ頼りなく見えてしまう出来事が近い未来に待っていようとは、この時のオレは知る由もなかった。


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