緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Reload14

 

 真田幸音という人物にオレは、誰よりも理解があると思っている。

 幼い頃から姉弟のように育ち、実際に実の姉のように慕って毎日あの人の後ろをついて回って――ついてこないと駄々をこね始めるのもあったが――は、日が暮れるまで遊んでいた。

 実の妹である幸帆とオレの弟である誠夜も、その頃は家のしがらみや決まり事などとは関係なく一緒に仲良く遊んでいたものだ。

 事が起こったのは、幸姉が小学3年になった夏。

 オレ達の中で唯一小学校へと上がっていた幸姉は、そこで生まれ持っての正義感を発揮して学校でのヒーローのような存在となっていて、友達からの信頼や人望もあったのだ。

 しかし、その強すぎる正義感が幸姉の中の『化け物』を呼び覚ましてしまう。

 当時の話によると、いじめにあっていたクラスの子を助けて、そのいじめていた子をこらしめたまでは良かったのだとか。

 そのあといじめをしていた子が逆上して暴れ出し、周りにいた子の何人かを傷つけてしまい、それに激怒した幸姉がその子を射殺すような視線で見つめた瞬間、その子は呼吸困難に陥りそのまま失神。

 幸いにも大事には至らずに済んだが、その呼吸困難の原因が幸姉にあることが瞬く間に学校中に広まると、幸姉はそこで学校のヒーローから一変。

 学校の恐怖の象徴として見られ始め、自分の『居場所』を失った。

 それだけならばまだ救いはあった。

 翌年からはオレも同じ学校へ入学して、ほとんど一緒にいることで孤独にさせることは少なくできたし、幸帆と誠夜も協力的でいてくれた。

 しかし現実はさらに幸姉を苦しめる。

 初めてその身に宿る『化け物』を面に出した幸姉は、それ以降その力を振るうことがなかったのだが、小学6年の終わりにずっと抑えてきた『化け物』が暴走。

 再びその猛威を周りへと撒き散らしてしまい、今度は幸姉自身にもどうすることもできなくなってしまっていた。

 当時、超能力というものに対しての知識が不足していた幸姉は、その身に宿る強すぎる力を制御する術を知らず、結果、自滅もあり得るほどの暴走をしたのだが、それを救ってくれたのが天狐の化生である『玉藻』様と『伏見』様。

 2人? 2匹? は、暴走する幸姉を不思議な力――あとから聞いたが超能力の類いらしい――で抑え込み、今の幸姉では中の『化け物』を制御しきれず、いずれまた暴走すると判断して、その『化け物』が面へ出てこれる『深度』を定めてその深度毎に幸姉の性格を7つに分けた。

 これが後の『七変化』になるが、その七変化がまた幸姉の周りの環境を悪くしてしまい、中学時代は学校生活でオレといる時以外は楽しかった思い出がないとまで言っていた。

 七変化による深度は最も強い力を扱える順から『守人』『男勝り』『真面目』『妖艶』『フレンドリー』『世話好き』『乙女』となり、フレンドリーの辺りからは本来の3分の1も力を引き出せないほどに押さえ込めている――乙女に至っては使えないとまで言っている――のだとか。

 こうすることで暴走を防ぐことに成功はしたのだが、そのせいで幸姉本来の性格である『守人』の出現頻度は最も低く設定されてしまったようで、月に2度出てくれば良い方。

 一番バランスが良いのか『フレンドリー』はその出現頻度が圧倒的に多いが、当初はあまりの変化に困惑したし、幸姉を助けてくれたはずの玉藻様や伏見様を恨みもしたが、今は命を救ってくれたことへの純粋な感謝しかない。

 とにかく、真田幸音という人物は、まだ短い人生の中で想像を絶する苦悩と運命を背負ってきた。

 そんな幸姉がただ1つ変わらずにいてくれたのは、オレへの純粋な信頼。

 どんなに孤独になろうと、疑心暗鬼になろうと、オレだけは必ずそばに置いてくれた。

 オレもそれが何よりも誇らしかったし、『人に頼られる』ことの嬉しさを感じさせてくれた。

 だからこの人のためにオレは強くならなければならないと、本気で思った。

 それがなければ、あんな死ぬ思いをした1ヶ月にも渡る猿飛の修行――むしろ苦行だが――を修了させることができなかったのは確かだろう。

 これまでも、そしてこれから先も、オレは幸姉の一番の理解者であり続けたい。

 たとえ幸姉が世界から拒絶されても、オレは幸姉が正しいと思えば、必ずそばにいる。絶対にだ。

 だからこそ幸姉とは余計な言葉を必要としないまでの理解と信頼関係を築けている。

 そう、思っていたのだが……

 

「あぅー、動きたくないー」

 

 12月31日。

 世間でいう大晦日のこの日。

 つい先日、修学旅行Ⅰとは違い純粋な旅行である修学旅行Ⅱで行っていた香港から帰ってきたばかりでようやく落ち着いた休日を過ごしていた真田家の居間で、現在その幸姉は日本が誇る最強の暖房器具、こたつの魔力で骨抜きにされていた。

 そんなのを見てると、最近の幸姉の考えがいまいち理解しきれないことがある。

 いや、考えが『浅すぎて』困惑しているのかもしれないが……

 同じように対面の位置にオレ、左に幸帆。右に誠夜と四方を占拠してこたつに入っているわけだが、幸帆は生真面目な性格から冬休みの宿題を広げて勉強中。誠夜はどこから取り出してきたのか、古びた巻物を広げて草書体――なんかうねうねして繋がってる文字のあれ――で書かれた煙玉の製造方法なんかを真剣な顔で読み漁っていた。

 今年最後の日となるこの日だが、オレと幸姉の両親は仕事の関係でここ何日か家を空けていて、帰ってくるのは年が明けてからになるというので、年越しはオレ達子供勢と使用人さん達で過ごす、はずだった。

 

「おほほぉ! 幸音ん家おっきいなー!」

 

「見てみぃや愛菜!家の真ん中に庭ある家なんて初めてやわ!」

 

「眞弓ん家と似たとこあるんとちゃう?」

 

「古い家ならどこも似たような造りになるもんどす」

 

「一応、夜通し暇潰せるように色々持ってきたさかい、あとでなんかやろうや」

 

 そうやって使用人さんに通されて、夜の8時頃に我が家――幸姉の家だけど――にやって来たのは、今や京都武偵高の期待の星となった『月華美迅』の5人。

 5人は居間へと入ってくると、冬らしくマフラーなどの防寒具と上着を脱ぎながら早速ワイワイといつもの調子で話し出し、来客のことは事前に聞いていた幸帆と誠夜もさすがに驚いて固まってしまい、半分以上魔力によって溶かされていた幸姉は、みんなが来た途端に蘇ってはしゃぎ始めた。

 

「ふぉー! ちっさい幸音と京ちゃんや! 2人とも兄弟おったんやね! かわエエー!」

 

「こら愛菜! 名前も聞かんと抱きつくなや! キモいわ!」

 

「兄弟でもこない似るもんなんやなぁ。あ、せやけどパーツパーツで若干違いがあんな。胸とか肉付きとか」

 

「さっちん、そら歳の差あるんやから当然やろ……」

 

「それより紅白どす。ウチは毎年これ観な年越せませんのや」

 

「私も紅白は欠かせないのよねぇ。眞弓の好きな歌手って誰?」

 

 まさに自由奔放。

 ここがさっきまで自分達の家だったかを疑うほどに空気が一変した室内では、あっちこっちで会話が始まり、いきなりフレンドリーに接してきた愛菜さん達に物凄く困惑する幸帆と誠夜の様は見てると昔の自分を思い出す。

 入学当初はあんな感じだったなぁ、オレ。

 今の有り様が語るように、今年の年越しはみんなで迎えようという幸姉発案の下で集まった面々は、どうせならと毎年オレと幸姉が行く伏見稲荷大社への初詣に合わせて今夜は泊まって朝イチで向かう予定となっていた。

 しかしまぁ、泊まるのはいいが寝る気は毛頭ないらしいのは今のテンションでわかってしまう。

 せめて幸帆と誠夜は寝かせてやってほしいな。頼みます。

 

「幸帆ちゃんかわエエわー! 幸音とは大違いや」

 

「あう……あう……」

 

「ちょっと愛菜? それは本人を目の前にして失礼極まりないんじゃない?」

 

「誠ちゃんは京ちゃんと一緒で大人しいなぁ。もしかして女ばっかで緊張しとんの?」

 

「千雨さん、そいつは元からあんまり喋んないです」

 

「従者たる者寡黙であれとの教えに従ってるだけであって、決して話をするのが苦手なわけでは……」

 

「さっちんさっちん、今年は宝くじにいくら貢いだん?」

 

「宝くじはロマンやし、これでも当たったことあんねんから貢ぐ言うのやめや。収支はマイナスやけど……」

 

「あんさんら、やかましくするんやったら別の部屋行きなはれ。紅白の歌が聴こえまへん」

 

 居間にて、すでに我が家のようにくつろぎ始めた眞弓さん達に、オレや幸帆は振り回されてしまうが、こういった騒がしいことが家ではほとんどない――記憶では数えるほどしかない――ため、幸帆も誠夜も困惑しながらも迷惑そうにはしていなく、愛菜さん達に影響されたのか、年末年始なのにここに残ってくれていた3人の使用人さんもまかないをちょいちょい出してはオレや幸姉の昔の恥ずかしい話などを愛菜さん達に聞かせたりしていたので、それを幸姉と一緒に土下座で止めつつなんだかんだで騒いでいると、眞弓さんが観ていた紅白も終わり、年越しまであと少しとなった。

 台所では使用人さん達がすでに年越しそばをこしらえていて、さんざんつまみやらなにやらを食べ続けていた愛菜さん達だが、年越しそばはしっかり食べるらしく、その異次元の胃袋に苦笑。

 そして使用人さん含めてみんなでテーブルに着いて新年へのカウントダウンのあと、和気あいあいと年越しそばを食べたオレ達はそのまま就寝……

 とはいかず、全く衰えることのない愛菜さん達のテンションに付き合わされて一睡もできなかった。

 せめて幸帆と誠夜は助けるべく、夜中の3時を回った辺りで質問攻めでヘトヘトになっていた2人を居間から脱出させて部屋に戻らせたが、代償としてオレが愛菜さん達のおもちゃにされたのは言うまでもない。

 ともあれ、その地獄のナイトフィーバーを乗り切ったあとは、みんなで伏見稲荷大社へと初詣。

 朝の6時前に早紀さんの車で移動。幸帆と誠夜も起きてきたので一緒に連れていくことになると、結構な大所帯に。

 仕方なく使用人さんに車を追加で運転してもらって向かった伏見稲荷大社。

 伏見稲荷大社は毎年初詣で人がごった返す。それはもう死にたいと思うほどの人達が押し寄せる年越し前後やさんが日の昼頃は行きたいと思えないくらいのもの。

 だからオレ達はわざわざ朝方の時間帯に足を運んできたわけなのだが、それでもやはりそれなりの人達が初詣に足を運んでいた。

 オレ達も人の流れに沿って正面の桜門を潜って境内へと侵入し、割とスムーズに本殿へと辿り着くと、みんなして『ご縁』にかけた『5円玉』を賽銭箱に投げ入れて今年の祈願のために鈴と手を鳴らして合掌。

 みんなが何を願ったかは気になるところではあるが、祈願が終わってからの愛菜さんの「聞いてほしい」という顔を見るだけでなんだか恐ろしくなって結局聞けなかった。

 そのあと幸姉は毎年の恒例となっている伏見稲荷大社の有名どころ『千本鳥居』を抜けて、稲荷山の山頂に位置する『一ノ峰』……『上之社神蹟』を目指して1人で登っていった。

 これに関しては絶対に1人で行くと利かないため、オレも渋々千本鳥居の近くで待ちぼうけを食らうことになるのだが、どうやら幸姉は伏見様に直接会いに行っているらしく、普段人前に出てこない天狐の化生だか知らないが、片道40分くらいの道のりの先で待つとか性格を疑う。もう少し気を遣ってほしい。

 補足ではあるが、元旦だけは幸姉は必ず『守人』の性格になる。

 どういう理由でそうなるのかはわからないが、それもこの稲荷山を1人で登って伏見様に会いに行くことと関係がありそうだ。

 それで1時間以上の待ちぼうけを食らっている間、眞弓さん達月華美迅と幸帆は待ち時間中に朝食を摂りに定食屋に行って、オレと誠夜も誘われたがこの場を離れたくないと言えば仕方なくと別行動になったのだが、やはり毎年この時間が暇すぎる。

 だから途中から誠夜とキャッチボールもとい『キャッチクナイ』という少々危険なクナイの投げ合いをしていたのだが、家ではたまに会話混じりでやっているので慣れたもの。

 こうやって投擲技術を高めるのも後々で役に立つものだ。日常では全く必要ないんだけど……

 時間にして朝の8時を少し回った頃に、ようやく稲荷山を下りてきた幸姉が千本鳥居から姿を現してこちらへ手を振って何事もなかったと暗に伝えてきて、一足先に戻ってきた眞弓さん達もようやくかと重い腰を上げて撤収の雰囲気を漂わせ始めた。

 というかどうやらまた家で元日を過ごす気らしい。

 このままみんな家に帰って寝たらどうだろうか。オレは眠いんだが……

 それで本殿の方へと足を運んでいた時、何やら人の慌てふためく声と乱雑で統率のない足音が耳に届き、すぐに異変だとわかって本殿へと出てみれば、何を思ったのか拳銃を持った1人の男が大声を上げて辺りにその銃口を向けていたのだ。

 当然そんなやつがいれば混乱が起きる。見れば皆が皆我先にと逃げようとして大変なことに。

 すでに怪我人も出ていそうなその事態に素早い判断をしたのが眞弓さん。

 客の中には武偵が何人かいたようで、逃げる一般人の波に飲まれて対応できていないのが見て取れたので、眞弓さんは幸姉と何か一言二言交わした後、早紀さんと愛菜さん、千雨さんを連れて避難誘導へと向かい、雅さんと幸帆はこの場で待機。

 誠夜には雅さんと幸帆についてもらい、オレと幸姉は暴動の原因を鎮圧することに。

 

「京夜、あなたは物陰から援護。幸い今日は調子が良いから『使う』わ。だから頼むわね」

 

「幸姉、武器は?」

 

「気を抜いてたかな。眞弓達も車に置いてきてたみたい。私も元旦にこんなことする人がいるなんて思わなかったし。だからお願い」

 

 本殿へ出ていく前に打ち合わせをしてみれば、幸姉は武器を持っていないとわかって止めようかと思ったが、守人の幸姉は守ろうとする行動に迷いがない。

 それでいてやると決めたら頑固。オレが言っても仕方ないのはわかってたし、そんな幸姉を守るのがオレの役目だ。

 それでオレが物陰へと潜んだのを確認した幸姉は、何の構えも警戒もなく銃を持った男の前に姿を現して、男の意識を『自分だけへ』と向けさせる。

 守人の時の本領発揮した幸姉は、ヒーローだ。ヒーローというのはそこにいるだけで圧倒的な『存在感』を持つ。

 男もそれを肌で感じたのか、最初全くの背後から現れた幸姉に視線を向ける動作などなく、迷いなく振り向いてその銃口を向けた。

 男自身、銃口を向けた後に幸姉に気付いたような不思議な挙動が見られ、それが幸姉の圧倒的な存在感を証明していた。

 さぁ、ここからの幸姉は常軌を逸するぞ。

 

「あなたが何を思ってそんな物を振り回してるのかは知らないけど、やめておきなさい。それはあまりにも簡単に人の命を奪ってしまう」

 

「うるさい! 俺はもうこの世界に絶望したんだ! 生きていても何の希望もない! だから何のために生きてるのかもわかんねーんだよ!」

 

「世界なんてそんなものよ。絶望なんていくらでも転がってる。でも、希望がない世界では決してない。何のために生きるかじゃない。生きるために希望を探し続けるのよ。それが人間」

 

「綺麗事を! ガキがわかったような口利くな!」

 

 銃口を向けられたまま何の怖れも見せずに真正面から男と言葉を交わす幸姉は、まず説得に乗り出していく。

 しかし相手はどうやら自暴自棄になった自殺志願者? のようで、わざわざ人の賑わうこの伏見稲荷大社の本殿まで来て騒ぎを起こしたのは、死ぬ前に誰でもいいから殺してみたかったということらしい。

 今のところ1発も撃ってないところから、そんな度胸があったかは定かではないが、現状で男の手に拳銃が握られているのはいただけない。

 

「確かに私はあなたから見れば社会のシャの字も知らないガキでしょうね。でも、生きることを放棄してこんなことをするような人間に説教できるくらいには、世の中の絶望を見てきたわ。この身で味わった絶望はあなたにはわからないでしょうけど、それでも私は生きることを放棄なんてしなかった。そしてこれから先も、絶対に」

 

「うるさいんだよ!」

 

「あなたはまだ止まれる! その銃が誰かを殺めてしまえば、あなたはもう止まれない。でもまだ踏みとどまれる。踏みとどまれたらまた、頑張って生きてください。生きる希望を探してください」

 

 幸姉は、守人だ。

 その守る対象はなにも自分や周りだけではない。

 時に対峙する相手さえも、その優しさで守る。それが出来るから、オレはあの人を誇りに思う。

 あの人だからオレは、一生を捧げて守りたいのだ。

 しかし無情にも幸姉の言葉は相手の感情を刺激し揺さぶり過ぎてしまい、感極まってしまった男は勢いで発砲。

 幸姉に向けられたままだった銃口からは、まっすぐ幸姉めがけて銃弾が発射されてしまった。

 だが、そこで起こったのは悲劇ではなかった。

 男が放った銃弾は、銃口から飛び出した瞬間からその速度を音速などとは到底呼べない速度で飛び出す。

 それこそ遠目に見ていたオレでも銃弾が視認できてしまうほどの速度――だいたい時速50キロほど――で、最初から撃たれることを想定して『こうなることを知っていた』オレは、近くにあった小石を飛来していた銃弾へと正確に投げ当てて撃ち落としてみせる。

 銃弾の威力は速度に比例する。音速を越える速度なら十分な威力となるが、小学生の投げる野球ボール程度の速度では投げた小石で相殺すらできてしまうのだ。

 男は勢いで撃ったとはいえ、いま起きた現象に一層の混乱を見せて、また発砲。

 今度は3発放たれた銃弾だったが、またも銃口から飛び出した瞬間からその速度を減退させて、それをオレが全て小石で撃ち落とした。

 何度やっても無駄だ。お前がいま対峙してるのは『真田幸音』だぞ。

 ――魔眼――

 超能力の広義ではそうやって分類される、幸姉の持つ最強の武器であり、幸姉を何度も絶望へと追いやった『化け物』そのもの。

 その眼に秘められた能力は『あらゆるものの動きを止める』という絶大な力、らしい。

 らしいとは玉藻様と伏見様がそう言っていたことから来るのだが、幸姉の魔眼は潜在的にはそれが最大の効果を持つが、今の幸姉ではその能力の半分ほどの効力でしかコントロールが不可能。

 それでも音速を越える銃弾を視認できてしまうほどの速度まで減速させることができるのは驚異である。

 信じがたい現象に男はもう自棄と連射。その全てをことごとく減速させた幸姉に応えるようにオレも放たれた銃弾を小石を使って撃ち落とす。

 おそらく男からはどうやって銃弾が撃ち落とされているのかも理解できていないだろう。

 そのために物的証拠として目立つクナイや手裏剣ではなくそこら辺の小石を使っている。

 それに加えて男は今、幸姉の放つ圧倒的な存在感のせいで周りに意識が向けられない。

 故に『見えざる手』をオレは打てる。この見えざる手を以てオレは幸姉を守る。幸姉の『影』として。

 オレ達の起こす現象によって錯乱気味になった男は、それで銃弾を全て撃ち切ってしまい、拳銃のスライドが開いたのを確認したオレは、すかさず飛び出して男の身柄を拘束。

 そのあとに懐を物色してみれば、果物ナイフもあったので取り上げておいた。

 それからすぐに避難誘導を終えた愛菜さん達が置いてきた武器類を持ってやって来たが、すでに事態が収束していたのを見て肩の力を抜いて、事態を見守っていた雅さんや幸帆も近寄ってきたので、あとを愛菜さん達に任せて男と対峙していた場所で完全に体から力が抜けて膝を折っていた幸姉に走り寄り安否の確認をする。

 

「ああ……大丈夫大丈夫。ちょっと使用回数が多かったから消耗しただけ。京夜のおかげで怪我とかはないから。ありがとう京夜」

 

「……万能な力でもないんだから、過信だけはしないでくれよ。それにいつだってオレは幸姉の心配してるんだから」

 

 超能力というのは、その分類や力の大小によって精神力の消耗が大きく違うらしく、幸姉の魔眼はたった1度の使用でも相当な消耗になるとか。

 それを今回は8回。過去には守人の状態で12回使用してぶっ倒れたこともあるため、心配するのは当然なのだが、オレの言葉を聞いた幸姉は、少しだけ恥ずかしそうに俯いた後、1人で立てないからおんぶしてとお願いしてきたので、言う通りにおんぶしてあげるとこれでもかと言うほどガッチリ抱きついてきた。

 

「……京夜がいるから私は頑張れるんだよ。だからありがとう」

 

「……オレだってそうだよ。幸姉がいるから頑張れる」

 

 抱きつきながら耳元でそんなことをささやいてきた幸姉は、オレの言葉を聞いた後に鼻唄混じりにくつろぎだしたので、ひょっとして1人で歩けるんじゃないかと思いながらも、しかし幸姉をおぶっていて悪い気はしなかったので、そのまましばらく何も言わないことにした。

 回復した後の幸姉は、避難の際に怪我をした人達の手当てをしていた眞弓さんと一緒に、修学旅行Ⅰのあとに同時履修を始めた衛生科の知識と技術で手伝いに加わり、警察と救急車の到着までオレ達もその手伝いに加わって、そうしてオレ達の今年最初の事件は解決したのだった。

 真田幸音という人物は、何をさせても大抵のことは過程に差はあれどほとんどできるようになる。

 強襲科、探偵科、情報科、衛生科。どの学科でもその才覚は人を驚かせ脚光も浴びた。

 最近では本来の専門学科であるSSRでもようやくA評価をもらって、京都武偵高でも『月華美迅と同格レベル』とまで称されるほどにその格を上げた。

 弱点など到底見つからない。万能と言っても差し支えないほどの才能と知性を持つオレのご主人様は、しかし将来を武偵として歩みはしない。

 眞弓さんはそれを惜しんでいたが、幸姉のそれだけの才能を見せられるオレはとても誇らしかった。

 オレはこんな人のそばにいられる。それが何よりの自慢になっていた。

 そんなオレ達の武偵としての活動も、新学期で3年となった4月から、あと1年となっていたのだった。


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