一難去ってまた一難。
大阪武偵高の沖田秀二と千雨さんの関係について色々とわかって、ようやく一段落といきそうだった時にオレと幸姉へ眞弓さんと雅さんから電話があり、それに応じてみれば何やら事件が発生したらしいとのことで、それを聞いてから空気が一変。ピリッとした緊張が体を走った。
『要人の誘拐事件みたいなんどすが、どうにも良くない展開が見えとりましてな。早急に手を打たな手遅れになりそうなんどす』
「とにかく雷門前に行けばいいんですね?」
『今、早紀はんが足を取りに行っとりますさかい、それに間に合わへんようなら置いてきます』
事件の詳細の方はいま雅さんが幸姉にしているようなので、それ以上の話も必要ないと判断し通話を切ろうとしたところで、ふと千雨さんの方を見てみると、事件と聞いても立ち上がる素振りを見せずに未だに体育座りをしていたため、それにらしさがないと感じてしまう。
千雨さんの性格なら、事件と聞けば気合い十分で立ち上がって話に突っ込んできそうなものなのだが……
『ああ京夜はん。そこにぐずぐずしてはる泣き虫おりますやろ? ちょっと替わってもらえまへんか?』
と、オレが考えてることを見透かすように眞弓さんがそう言う――今の言葉で千雨さんと確信したのは言わないでおく――ので、言われた通り千雨さんに携帯を渡して、それを受け取った千雨さんは「なんやねん」と不機嫌そうに応じたあと、一言も発することなく眞弓さんの話を聞き続け、その間に何故かわなわなし始めたかと思えば、突然通話を切って立ち上がりオレへと携帯を返してきたが、その顔には大量の怒りマークが浮かんでいて、思わず後退りしてしまった。
「ぐずぐずしとらんと早よ行くで!」
そんな千雨さんに押されるように移動を開始したオレ達。
その途中で何を言われたのか気になったので、恐る恐る千雨さんの隣を並走して尋ねてみた。
「あの……眞弓さんになんて言われたんですか?」
「『あんさん向きの制圧戦なんどすが、小者臭プンプンの男から逃げて隅っこでメソメソしてまうような人は必要ありまへんから、ずっとメソメソしてなはれ。ああ、そっちがホンマのあんさんなら、ついにボロが出た言うことどすか。愛想振り撒くんも大変どすなぁ。それやったら悲劇のヒロインでもやってなはれ』やて! あの線目、この事件が終わったらシメる!」
「あ……さいですか……」
眞弓さんの真似をしながら一言一句間違いないであろう言葉でそう言った千雨さんは、その拳を強く握って何もない目の前を殴り、そのあと走りつつ懐から髪留め用のゴムを取り出して前髪をひとまとめにして縛り、視界を良好にした。
これは千雨さんが戦闘などに臨む時にする自称『気合い結び』で、これをしてる時に依頼でミスしたところは見たことがない。
それを見た幸姉と愛菜さんも安心したように笑顔を見せて、オレもいつもの……いや、いつも以上に気合いの入った千雨さんにホッとしたのだった。
やり方は強引だが、これも眞弓さんのおかげだろう。
ともあれ、大して離れた距離にいたわけでもなかったので、連絡を受けてから1、2分で雷門を抜けたオレ達は、そこにいた眞弓さんと雅さんと合流。
すぐに眞弓さんに飛び付くかと思われた千雨さんも、今は非常時だからと自らを制して作戦に参加。
しかし先ほどいたはずの秀二達大阪武偵高の生徒の姿が見えなくなっていた。どこに行った?
そう思ったのも一瞬。
次には赤いオープンカーを運転する早紀さんと、それと並走してきた1台のバイクがオレ達の前に停まり、バイクに乗っていた人が被っていたフルフェイスのヘルメットを外すと、意外なことに装備科の空斗さんで、バイクから降りた空斗さんはすぐに眞弓さんのそばへと寄ると、
「報酬は特別料金でいいのかい?」
「そんなわけありまへんやろ。あんなん急がせるための口実に過ぎまへん」
「ええー! そんな殺生な!」
などと実にらしいやり取りをしていた。
どうやら車とバイクを手配してくれたのは空斗さんらしいが、あの人の『特別料金』で報酬を払った人って、今までに1人でもいるのだろうか。
「ほれマユ、急がんと!」
そこに運転席から降りずに早紀さんが急かすように叫びクラクションを鳴らすと、眞弓さんもパチンと扇子を鳴らしてからオープンカーの後部座席に座り、雅さんは助手席へ。
「京夜はんと幸音はんも早よしなはれ。そこの2人はそっちの変態が乗ってきたバイクを使いなはれや」
そうやって眞弓さんに指示されて少しムッとしていた愛菜さんと千雨さんだったが、早紀さんが言ったように時間に猶予がないので、文句も言わずにバイクに乗り千雨さんが運転。
愛菜さんが後ろに乗り、オレと幸姉もオープンカーへと乗り込みそれを確認するかしないかで早紀さんが急発進。
いつもより少々粗っぽい運転とオープンカーだからか肝を冷やす。
その早紀さんに並走して千雨さん達もついてきて、話によれば向かう先は神奈川県と千葉県を結ぶ東京湾アクアライン。
今回の事件は何かの目的で在日していた外国の国防長官が、その移動中に襲撃されて誘拐されたというもの。
情報によれば犯人グループは日本人ではないらしく、どこかから情報を掴んだ計画的犯行の可能性があるとのことで、現在は東京湾アクアラインへ向けて車で暴走しているらしい。
眞弓さんの鋭い読みでは、遅かれ早かれ日本国内で逃げ続けるのに限界が来るため、どこかで国外逃亡を図るか隠れ家のような場所に行くかのほぼ2択で、後者は可能性として低く、前者ならば東京湾アクアラインで何かしらのアクションがあるかもとのこと。
相変わらず眞弓さんの読みはオレの遥か上をいくので、その根拠が全くわからないが、これまでの依頼で多少の誤差はあるものの、失敗がないというのが眞弓さんの読みの良さを証明している。
だからこそ雅さん達も眞弓さんの言うことにほとんど文句を言わない。
これを信頼と呼ぶかは個人によるところだが、少なくともオレは妙な安心感を持つようになってきた。
雷門前を出発してすぐに覆面パトカーなどに備えてあるサイレンを取り付けて盛大に鳴らしながら一般道路を爆進していったオレ達は、十数分かけて羽田空港付近までノンストップでやって来て、雅さんがノートパソコンで追跡してくれていた逃走車をようやく発見。
あちらは逃走車ゆえに進行が若干遅く、そのおかげで追い付いたようだが、逃走車はちょうど東京湾アクアラインへと侵入する道路へと突入。
オレ達も跡を追うようにして侵入し、ほどなくして東京湾アクアラインの長い長い直線トンネルへと差し掛かった。
そこからの加速は逃走車も早紀さんも千雨さんも凄かった。
時速は余裕で120キロオーバー。ハンドル操作を誤ったり、振り落とされれば確実に死ぬだろう。
「車には要救助者がおります! 下手に攻撃して横転なんかさせましたら、どうなるかわかりますやろね?」
「そんなん中に人いる時点で注意せなあかんことやろ!」
加速による風の音に負けない声でそう言った眞弓さんに対して、並走していたバイクに乗る愛菜さんが当たり前だろと言わんばかりに怒鳴り返してくる。
だが追跡したところで車を止める術が現状ではないに等しい。さて、どうするか。
オレが少し先を走る逃走車をどうやって止めるかを考えていると、何か考えでもあるのか、千雨さんがオレ達から離れて少し前に出る。
しかしそのタイミングでオレ達が追走してきていることを嫌った向こう側が、横の窓を開けて3人ほどが体を乗り出してきて、その手にはサブマシンガン。
「あかん! どっか掴まっとき!」
そんな早紀さんの叫びを聞く前に危険を感じたオレは、すぐあとに襲ってきた一斉掃射を回避するために左右にハンドルを切る早紀さんの運転に揺られるが、なんとか振り落とされずに済む。
とはいえ、あちらに牽制手段があっては近付くことすら難しい。いよいよもって策が無くなってきた。
そう思って軽く舌打ちした時、オレは信じられないものを目の当たりにする。
オレ達の少し前を走る千雨さんのバイク。
その後ろに乗っていた愛菜さんが、何の支えもない状態で立ち上がり両手に銃を抜いたのだ。
それを見た向こう側も一瞬ギョッとするのがわかったが、すぐに切り替えて掃射を開始。
千雨さんも左右にハンドルを切って上手く避けるが、それよりも120キロオーバーで左右に揺れ動くバイクの上で『一切のブレなく立ち続ける』愛菜さんが、今この場で最も異彩を放っていた。
掃射を受けながら、愛菜さんは反撃とばかりに銃撃して、サブマシンガンを持つ相手の手を正確に狙って、掃射をしていたやつら全員のサブマシンガンを無力化。
ついでとばかりに逃走車のサイドミラーを両方撃ち落としていた。
愛菜さんの代名詞は、その手に持つ2丁拳銃。と、見る者の大半がそれが最も優れたもののように思うだろう。
しかし、愛菜さんが2丁拳銃だけで今の実力を支えているかと言えば、そうではないのだ。
愛菜さんに備わる最も優れた能力は『超人的なボディバランス』である。
荒波の中の船の上だろうと、激しく揺れる車の上だろうと、決して重心を崩さずに踏み留まれるボディバランス。
たとえ体勢を崩したのだとしても、自分の中の軸だけは崩さない。
そしてそのボディバランスを生かした愛菜さんは『どんな姿勢・状態にあっても正確な銃撃が出来る』。これこそが愛菜さんの一番の長所。
愛菜さんの活躍で向こう側に武器がなくなったかに思えたが、中に引っ込んだ相手が次に持ち出してきたのは、筒状の担ぐタイプの砲台と、それにはみ出すように収まった弾頭……つまりは……
「「「「「「ロケラン!?」」」」」」
まさかそんなものまで持ち出すとは思ってなかった眞弓さん以外の全員が同時にそんな声を上げて、早紀さんと千雨さんは急いで回避行動を開始。
愛菜さんもさすがに座り直して千雨さんにしっかりと掴まると、そのあとすぐに逃走車から弾頭が発射され、左右に分かれたオープンカーとバイクの中間の道路へと突き刺さり、後ろの方で恐ろしい爆発音が響く。
映画などでしか見たことがなかったロケットランチャーだが、まさか人生の中で自分に向けて撃たれる経験をするとは思わなかった。
「あー……これはあきまへんな……」
みんながロケランの回避に安堵している中で、突然眞弓さんがそんなことを言いつつ、その視線の先に何があるかと見れば、雅さんがパソコンに映していたこの東京湾アクアラインの航空映像。
それがこの先にあるパーキングエリア。その先の橋造りになって外に出ている付近にズームされていたのだが、その辺りに1機のヘリが不自然に滞空しているのがうっすら見える。
おそらくは逃走側の用意した国外逃亡用のヘリ。
そうでなければこの先アクアラインを普通に抜けても警察の方で封鎖くらいは完了してしまっているからな。
このままでは国外逃亡を許してしまう。
それを察したのかそうでないのかは定かではないが、目の前で前傾姿勢になり、そこを埋めるように運転席にスライドした愛菜さんがハンドルとアクセルに手と足をかけ、その上を愛菜さんの肩を支点にバック転して後部座席に着きバイクの運転を交代した千雨さんと愛菜さん。
よくまぁ、あんなことが出来るな。
そこから千雨さんはオープンカーの前部に備えてあるワイヤーを引っ張り出して、それからワイヤーを持って逃走車へと近付き、腰の刀を1本抜き跳躍と同時に逃走車の後ろのトランクへと刀を突き刺して乗り移ると、2本目の刀も深々と突き刺して、その2本の刀に持ってきたワイヤーをガッチリと巻き付けて縛ると、それを確認した早紀さんは、全力でブレーキを踏む。
途端、オープンカーのタイヤは道路との摩擦によって焼け始め、ゴムの焼ける嫌な臭いが発生する。
しかしそのおかげで逃走車の速度も一気に減退。
それでもオープンカーを引き摺るようにして進もうとする逃走車は、まだ備えてあった拳銃を持ち出して後ろの千雨さんと車同士を繋ぐ刀を処理しようとする。
だがそれを眞弓さんと幸姉、愛菜さんが銃を抜いて応戦し防ぐと、十分に減速した逃走車のタイヤを撃ってパンクさせ横転させることなく丁度トンネルを抜けて少ししたところで停止させることに成功。
止まってみればオープンカーのタイヤもモウモウと煙を上げて、走行不能なほどにすり減ってしまっていた。
停止した逃走車の少し前にバイクを停めた愛菜さんは、運転席へその銃口を向け、千雨さんも停止の際の反動で愛菜さんと逃走車の間に着地していて、オレ達も逃走車を囲むように四方を押さえて車から出るように促すと、犯人達は車から出てくるも、国防長官を人質にするようにナイフを首に突きつけて、どこかの国の言葉で何か叫んできた。
メジャーな国の言語ではないため、何を言ってるかわからなかったが、
「武器を手放せ。そうしなければこいつを殺す、言うてます」
眞弓さんだけがその言語がわかったらしく、みんなに聞こえるように通訳した内容を話す。
そのあと上空にいたヘリが彼らの頭上で滞空し、ヘリのハッチが開くとそこから縄のはしごが投げ下ろされて、犯人達が1人ずつそれを登っていく。
その間も国防長官にナイフを突きつける男が叫び続けていて、ヘリのプロペラのせいで眞弓さんも聞き取れていなさそうだったが、おそらくは「早く武器を捨てろ」と言っていることは理解できたため、眞弓さん達とアイコンタクトして仕方なく武器を手放すことにし、1人1人武器を足元へと放り捨てる。
その中でオレは愛菜さんと千雨さんの方をチラッと見れば、ちょうど愛菜さんが2丁の銃を捨て地面へと落ちる直前、愛菜さんはグリップの底をすくい上げるように蹴って銃を前へと飛ばし、それをなんと千雨さんはほとんど見ずに見事にキャッチ。
流れるようにハンマーを起こしてそのまま発砲。
弾はナイフを持っていた犯人の腕に命中し、痛みで悶絶した隙を突いて鼻っ面に頭突きをして拘束を抜けた国防長官は転がりながら眞弓さんの前へと辿り着き、人質のいなくなった犯人グループはもう逃げるしかないと悟り、ヘリへと乗り込んで逃亡を開始。
その際に眞弓さんがヘリに発信器を投げて取り付けていたので、あとは警察や防衛省に任せても大丈夫だろう。
しかしこの場面で千雨さんの『空間認識能力』と『動体視力』が活きるとは思わなかった。
千雨さんは少し見回しただけで見える範囲内の空間をおおよそ把握できる空間認識能力がズバ抜けていて、地形を利用した戦術を得意としている。
さらに動体視力もオレよりも優れていて、先ほどの銃のピンポイントキャッチも造作もない。
調子の良い時は発射された銃弾もチラッと見えるとのことだが、それはさすがに嘘だろうと思ってる。
そして愛菜さんと千雨さんがそれぞれ2丁拳銃と2刀流だから『ダブラ・デュオ』と呼ばれているわけではない。
2人ともに『2丁拳銃・2刀流を扱える』からこそ真の意味で『ダブラ・デュオ』と呼ばれているのだ。
だから認めろよ秀二。これが凄くないわけがないだろ。
犯人グループの哀れな逃亡を見届けてから警察の到着を待つ間に、眞弓さんは捕まっていた国防長官の手当ての方をして、オレ達は逃走車の簡単な検分と雑談で時間を潰す。
その時間でオープンカーの助手席に乗ったまま、眞弓さんの付けた発信器の反応をノートパソコンで見ていた雅さんがなんだか楽しそうにオレを呼び寄せるので、何かと思いながらドアに腰掛ける。
「京くん、これからおもろいもん見れんで」
「なんですそれ?」
なんの前置きもなくいきなりそんなことを言った雅さんは、促すように逃走車に刺さっていた刀を抜く千雨さんを指差してニヤニヤし始める。
その千雨さんは負荷によって見事にひびの入った2本の刀を見ながら「新調せなあかんなぁ……」と残念そうに独り言していた。
そこへ国防長官の手当てを終えた眞弓さんが扇子を扇ぎながらに近付いていき、それに気付いた千雨さんがギロッと鋭い視線で睨んで相対した。
いや、これは面白くないんですけど……
「なんや出発前にいなくても問題ないみたいなこと言うてたけど、結局あたしらがおらんかったら解決できんかったんちゃうん?」
「勘違いせんといてください。別にあんさんらがおらへんでもどうにでもできましたけど、『余計なちょっかい』出されて作戦をダメにされましたら大変やさかい、『譲ってあげた』んどす。やから感謝してほしいくらいどすなぁ」
「「なんやとこらぁ!!」」
自慢気に上から物を言ったはずの千雨さんだったが、相変わらずな眞弓さんのさらに上からの物言いに、別のところにいた愛菜さんすら反応してツッコミを入れていた。
「な? おもろいやろ?」
「何も面白くないですよ。それよりいつでも止めに入れるようにしないと」
「まぁまぁ落ち着きや京くん。眞弓があない楽しそうに口喧嘩するんは、ちっちとまっちゃんだけやねんで」
「それとこれとは話は別ですよ」
「わかっとらんなぁ。眞弓が何の理由もなく喧嘩するわけないやろ。あれは言うてみれば『照れ隠し』やねん。素直に『ありがとう』も言えんなんてかわエエやろ?」
雅さんの物言いに首を傾げるしかないオレ。この人は何を言っているのだろうか。
「いや、だって眞弓さん、千雨さんと愛菜さんがいなくても解決できたって言ってるじゃないですか。それで何でありがとうになるんですか」
「ププッ。京くん眞弓のことなんもわかっとらん。眞弓は必要もないのに『挑発して作戦に参加させた』り、絶対にせぇへんて。つまり今言うてることは嘘。ちっちとまっちゃん抜きで解決なんてできへんかったんや」
……へっ?
オレがそんな顔をしたまま、依然千雨さんと愛菜さんと言い争いをしている眞弓さんに視線を向けてみれば……やっぱりいつものニコニコ笑顔の線目で感情など読めない。雅さんはどうやって判断してるんだ?
「どうやって眞弓の変化を判断しとるかって顔しとるな。簡単やて。『普段の眞弓がやらんこと』しとったら、それが確実な変化やから、必ず何か意味があんねん。あとは長年の付き合いでの勘やけどな。にゃはは」
確かに眞弓さんはその言動・行動に何かしらの意味があることは、これまでの付き合いでなんとなくわかる気がする。
しかし、オレはまだ眞弓さんの性格というか、そういった内面的なものを理解できていないところが多いため、雅さんのように過去の情報との違いを参照することが難しい。
そうなると雅さんの言う言動・行動の変化に気付きにくい。
「それにな、京くん達がちっちを追って行ってしもたあと、眞弓は秀二に突っかかってたんよ。そん時に眞弓がなんて言ったか聞きたいやろ?」
「眞弓さんが、秀二に?」
「そうや。おもろいから音声録音しとったんやけど、京くん達と合流する前に気付かれて消されてもうて。やけど無駄に記憶力はエエからな。京くんにだけ聞かせたる」
「あら、面白そうな話ね。私も混ぜて」
そうこう話していたら、面白そうな話を匂いで嗅ぎ付けた幸姉が、運転席に座り込んで話に参加。
雅さんも「まぁエエか」と軽い感じで了承。何故か眞弓さんみたいに目を細めて声真似までしてその時の話を始めた。
「『なんやえらく饒舌に語って悦に浸っとるようどすが、あんさんの話にはなんも賛同するもんがありまへんわ。あの貧乳娘と何があったかは知りまへんし、知りたくもありまへんが、あの娘が武偵であることにいちゃもんつけるっちゅうことは、あんさんはあの娘以上の大層な活躍をしとるんどすやろ? のぅ雅……へっ? そないな実績は過去になんもありまへんの? そらおかしいどすって。こないに欠陥品欠陥品言うて、その欠陥品より優れた数値を出せんなんて可哀想な道化が現実におるわけありまへんやろ』」
「ぷふっ!!」
話の途中だったのだが、眞弓さんの真似が面白かったのか、話の内容が面白かったのか、幸姉が思わず吹き出してしまい、オレはそんな容赦ない眞弓さんの話にちょっと怖くなったと同時に、あの人と口喧嘩しても一生勝てない気がした。
「『とまぁ、こないな口喧嘩やったら雅にでもできますからこのくらいにしときましょ。ウチが言いたいのは、あんさんの言う欠陥品どす。この世の中に欠陥品やない人間がおるんやったら、その人間を見せてください。人間っちゅう生きもんは存在そのものが欠陥品どす。酸素濃度が薄くなっても濃くなっても身体に異常が出ますし、水の中では呼吸もできまへん。それと同じように、いくら同じだけの努力をしても個々人で大小の差が出ますし、生まれ持っての才能の差もありますが、どないな人間も結局は等しく欠陥品どす。せやけど、そないな欠陥品でも足りんもんを補い合うことはできます。ウチも貧乳娘やハーフかぶれが欠陥品や思とりますが、ウチにはないもんを持っとる立派な欠陥品どす。これから先もウチが立派や思とる欠陥品をバカにするようやったら、あんさんの無能さを世に送り出される覚悟を持ってもらいますえ』」
立派な欠陥品か。
言葉としては少し意味がおかしいが、誰にでも誇るべき長所が必ずあると言いたいわけだ。
しかし、今の話が事実なら、眞弓さんはおそらく愛菜さんと千雨さんのことを認めているってことにはならないだろうか。
「今の話を聞いたあとにあれ見ると、なんや印象変わるやろ?」
「確かに……」
「それに眞弓があない頑固に名前呼ばんで、それでもちっちとまっちゃんを使おうとするんやから、きっとずっと前から2人のことを認めてたんとちゃうかなって思うねん。京くんとねっちんはどう思う?」
「「同意(です)」」
いつも貧乳娘やらエセハーフなどと呼んでいた眞弓さんだが、あの人はしっかりと見るべきところは見ている。
そう確信した瞬間、オレ達は自然と笑みがこぼれたのだった。
それから修学旅行Ⅰも終わり、いよいよ武偵のチーム登録が行われる時期に、ダブラ・デュオとして登録しようとしていた愛菜さんと千雨さんを止めて眞弓さんが新たなチーム登録の申請書をオレ達に見せて、
『チーム《月華美迅》
◎薬師寺眞弓
○宮下雅
進藤早紀
沖田千雨
愛菜・マッケンジー』
これで決定だと言い出した。
「なんやの、月華美迅って」
当然のように反対しようとした2人だったが、それよりもチームの名前が気になったのか、愛菜さんがそんなことを聞くと、眞弓さんはいつもの調子で扇子を扇ぎながらに答える。
「『月の満ち欠けのような華やかさと美しさを以て、迅速に依頼を完遂する』。この5人でなら名前に負けへん活躍ができる思います。そうやろ? 『愛菜はん』、『千雨はん』」
そう言われてしまえば、2人も意地と対抗意識だけで2人チームを組むわけにもいかず、初めて呼ばれた名前に少しだけ笑顔を見せてから、すぐに仏頂面に戻って渋々チームに了承をしたのだった。
これが後に関西で呼び声高くなる『月華美迅』誕生の瞬間だった。