アリアの母親、神崎かなえさんとわずかに話をする時間を作り出したオレは、細かい疑問をすっ飛ばして、シンプルな質問を始めた。
「単刀直入に聞きます。あなたを……かなえさんを冤罪に着せた奴らはイ・ウーって連中なんですね?」
「あなたは、イ・ウーが何なのかを知っているの?」
「知りません。ただ、オレが半年くらい前から追ってる奴が、そのイ・ウーのメンバーだという情報があったんです。だから……」
「……教えられないわ。知ればあなたに危険が及びます」
……何だってんだ!
イ・ウーってのはそんなに危険な奴らなのかよ!?
まさか国家機密とかじゃないよな?
ちくしょう! 時間がもう……これ以上は……
「……わかりました。アリアの友人として今度はちゃんとご挨拶に来ます」
「力になれなくてごめんなさい。こんな危険を冒してまでコンタクトしてくれたのに」
「いえ、本当は違うこと聞こうとしたんですが、さっきの話で解決しちゃったんで」
「気を付けて。あなたが追うイ・ウーの力は強大よ。止めても止まらないのは目を見ればわかりますから、これだけ言っておきます」
「……ご忠告感謝します。では……」
オレはそのあと眠らせていた看守と管理官を起こして、何事もなかったかのようにかなえさんを連れていき、そのままトイレに戻って拘束していた看守さんに口止めと謝罪を述べてから、新宿警察署をあとにしていった。
もちろん身元が割れるような証拠は一切残さずにな。
その後、新宿警察署の警備がより厳重になったとかを風の噂で聞いたが、オレにはもうどうでもいいことだな。
翌日。
オレはアリアの抱える問題を知ったことで、積極的に協力しようという考えを固めながら登校したのだが、そのアリアが学校に来なかった。
何か不安を感じつつも、その日の授業を何事もなく終えたオレは現在、教務科に来ていた。
理由は単純明快。呼び出されたからだ。
しかし、その呼び出しをした教師がまた恐ろしい人なんだよなぁ……
いつも真っ黒なコートをだらしなく着ていて、編み上げブーツを履き、ところかまわずタバコを吸っている。
何よりいつも目が据わっているため、ラリってるんじゃないかと思うほどである。
綴はここ武偵高の教師の中でも、危ない人の筆頭みたいなモノ。
武偵を育成する学校なのだから、それを育成する教師陣がまともなわけがないのだが、この人はその中でも確実に上位にいる危ない人だろうな。
そんな綴がいる教務科の個室に来ていたオレは現在、生徒の目の前で気にもせずに椅子に座ってタバコを吸っている綴の正面に腰を下ろしていた。
「猿飛ぃ。お前を呼び出した理由はだいたい見当が付くな?」
タバコをくわえながら、据わった目でオレにそう言ってきた綴は、呼び出した理由を話さずにすぐに本題に入ろうとした。
てか、その据わった目をどうにかしろ。未だに慣れない。
そう思いつつも、オレは綴の質問に首を縦に振って答えた。
「『アイツ』の仕業と思われる事件が発生した。事後処理にはなるが、いつも通りに頼むぞぉ。場所なんかはこれに書いてあるから読んどけぇ」
綴は言いながら机から薄いファイルを取り出しオレに手渡してきた。
ファイルを受け取ったオレは、さらっと中身を見たあとすぐに綴に向き直り話をする。
「オレも頑張って追ってるんで『アイツ』が存在するのは信じてますが、こうも姿を見せないとなると、疑いたくもなります」
「まぁ確かに『アイツ』……『
魔剣。
超能力を使う武偵、超偵を狙う連続誘拐犯。
オレが半年前から追っている犯罪者である。
魔剣はいるとされてはいるが、その姿を見た人物は未だいなく、その存在自体が空想の人物とさえ言われている犯罪者。
だが実際、魔剣の犯行と思われる超偵の失踪事件は起きていて、今もこうして事後報告という形でオレにも話が来ている。
「猿飛ぃ。私はあんたがこーゆーのを得意なの知ってて、すっごく個人的に頼んでるわけだけどさぁ、くれぐれも他人に言ってくれるなよ。特別依頼ってことで単位もやってるわけだしさ」
……よく言うぜ。
半年前に引き受けなきゃ有無を言わさず武偵ランクを『S』にくり上げるとか言って退路を断ってきたくせに。
オレが注目されるのを嫌うと知っててだ。
性格が歪んでるとしか思えない。さすが尋問のスペシャリスト様だよ。
まぁオレにも『目的』があったから完全に嫌々というわけではないが。
「あー、いま不満そうな顔したなー。先生知ってるんだぞー。お前が
「ブッ!」
なんで知ってんだこの人は!?
「先生、言うこと聞かない生徒の秘密をポロッと言っちゃうかもなー」
……本当にこの人だけは敵に回したくないな。
心底思うよ。この人には逆らえない……逆らいたくない……
「……わかってますよ。それで依頼の方は明日の朝出発で問題ないですね?」
「まぁ、アイツと出くわすことはないだろうが、一応準備だけは怠るなよぉ。移動手段はこっちで整えておくからさ。よし、お話は終わりだ。帰っていいぞー」
綴は言ったあと厄介払いでもするかのようにオレを部屋から追い出してしまった。
自分で呼び出しておいてこの扱いはないと思うが、自分の立場を悪くするだけだから文句は言わないさ。
それに、魔剣を捕まえることができれば、おそらくアリアの母親、かなえさんの罪の減刑もできるはず。魔剣も情報ではイ・ウーのメンバーだって話だしな。
とにかく、オレはオレに出来る最大限のことをしよう。それが結果としてアリアの助けになるのなら、なおさらな。
てなわけで綴に追い払われたオレはまっすぐ帰宅。
今週から晴れて諜報科に転科したオレの戦妹、小鳥のプチ祝いも兼ねて少し豪華な夕食を堪能して休みを入れてから、小鳥に依頼の話を始めた。
もちろん内容は極秘事項だから説明は曖昧になるがな。
「明日から4日くらい
「あ、あの、危ない依頼じゃないですよね? もしそうなら……」
「心配だって? どうやらオレの戦妹は
こう言うと小鳥の性格上、必ず納得する。
純粋な感情を操るみたいで嫌だが、無駄な心配をさせたくないというのもあるし、これで押し通すさ。
「うぅ……わかりました。京夜先輩を信用してますから、余計な心配はしません! 頑張ってきてくださいね!」
健気だな、小鳥。なんで普通のこと言ってるのにこんなに可愛いのか。
依然として恋愛感情は全くないが、理子風に言うなら『妹属性』ってやつか。恐るべし。
しかしロリコンではないぞ! 決してな!
「帰ってきたら美味しいご飯を作りますから、楽しみにしていてくださいね!」
「お、おう、今から楽しみで仕方ないよ」
言いながらオレは小鳥の頭を優しく撫でてあげた。
すると小鳥は緩みきった顔でなんか嬉しそうにしていた。何故だ?
なんかテーブルに乗ってる昴も嬉しそうにしてるし、わからん。
――ピリリリリリリリ!
そんな時にオレの携帯が鳴り響き、こんな時間に誰だよと思いながら小鳥から手を離して携帯を取り着信を見ると、相手は車輌科の武藤だった。
「おう武藤。なんか用か?」
『猿飛! 大変なんだ! とりあえず今から教室に来れるか? いや来い!』
「嫌だ」
言った瞬間、武藤が盛大に頭を打った音がしたが、気にしないでおこう。
「用件は簡潔に。且つ的確に述べろ。今のじゃ何もわからん」
正直いまから教室になんて行きたくない。
雨だって降ってきて外にすら出たくないんだからな。
『アリアが乗ってる羽田発ANA600便・ボーイング737‐350、ロンドン・ヒースロー空港行きの飛行機がハイジャックされた』
「今から行く。詳しい情報を言ってくれ。走りながら頭に入れる」
言うが早いか、オレは小鳥に待機を命じて速攻で部屋を出て、武藤がいる2年A組へと向かっていった。
アリアの乗った飛行機がハイジャック……偶然……じゃないだろうな。
いいかオレ。よく考えろ。今までの情報をすべて整理して、繋ぎ合わせろ。
確かアリアが追っていたのが『武偵殺し』。
そいつは以前、バイクジャック、カージャックと犯行に及んだあと、かなえさんをスケープゴートに姿を消した。
そしてこの前のチャリジャックからバスジャックときて、ハイジャックもそうなら……ん? 待てよ。
今回のが3段階の乗り物ジャックだとする。なら、前回もひょっとして3段階の事件だったんじゃ……
雨の中走りながらそんな推論を立てたオレは、ある人物に連絡を入れた。
『はいはーい。りっこりんでーすッ! どしたのキョーやん?』
「理子。突然すまん。確か前に『武偵殺し』の犯行資料をまとめてたよな? その中に『公表されてない武偵殺しの事件』が1件なかったか?」
――くふっ。
携帯越しに理子のそんな含んだ笑いが聞こえた気がした。
まるでオレを品定めし終えたような笑いだった。
『あるよ。可能性事件ってことで、事故になってるけど、実際は武偵殺しの仕業じゃないかって言われてる事件がね。2008年12月24日。浦賀沖海難事故』
……シージャックか!
そして『武偵殺し』は武偵を狙う犯罪者。なら……
「その事故で武偵は犠牲になってないよな?」
――くふっ。
まただ。今度は確信を持った。
理子は今の状況を楽しんでる。
『事故の犠牲者は1人。遠山金一武偵。19歳』
……そうか。
キンジが武偵をやめるなんて言い出したのもその時期だったな。
だが今はそれはいい。これで全てが繋がった。
『凄いな「京夜」。まさか1人でここまで辿り着けるなんて思わなかった。びっくりしたよ』
理子の口調が、変わった。
いつものバカっぽさが欠けらもない、強い口調。
そしてオレを『京夜』と呼んだ。知り合って初めて。
『でも残念。もう京夜と話してる時間が無くなっちゃった。だけどお前もいずれ……』
オレは声が出なかった。
理子のあまりの変貌ぶりにではない。
この状況で理子が『武偵殺し』であると確信したからだ。
『イ・ウーに迎えてやる』
「理子!」
いつの間にか立ち止まって話をしていたオレは、すでに切られた携帯に思わず叫んでいた。
理子がイ・ウーのメンバー。
その事実がオレに少なからずダメージを与えていた。
理由は単純だ。
武偵高で一番最初に知り合って以来、向こうからしつこいくらい話しかけてきて、いつの間にか親友……いや、悪友かもしれないが、そんな存在になっていたから。
嫌な思いもたくさんしたが、それでも最後には少しは楽しいと思えていた。
それにオレの求めるパートナーにだって最も近かったかもしれない。
「……今は落ち込んでる場合じゃない」
そんな色んな思いを巡らせて、やっと出た言葉で、オレは再びその足を動かして武藤がいる教室へと向かっていった。
……そうだ。今はアリアが危ないんだ。
オレが立ち止まるわけにはいかない。
オレが動いてどうこうなるかはわからないが、何もしない自分は許せないから。
『他人より優れた能力を持っていても、それを隠し続けて出し惜しみするようなら、それは宝の持ちぐされよ』
ああ、そうだよな、アリア。
それに、武偵憲章1条は……
「仲間を信じ、仲間を助けよ。そうだろ?」
そう考え至ったオレの足は、驚くほどに軽く、そして力強く地面を踏みしめて駆け出していた。
しかしハイジャックとかどうやって助ければいいかわからないな。
教室に着く前に良いアイディア浮かべばいいんだが。
そう思ったら走るスピードが少し落ちたのは、反射的なものだと信じたいな。
オレが雨でびしょ濡れなまま武藤のいる教室に辿り着くと、そこには武藤以外にも何人かの武偵がいて、武藤を取り囲む形で集まっていた。
そしてその輪から外れるように教室の隅にレキの姿もあった。
「状況は?」
軽い息切れを起こしながらも落ち着いて武藤に近付きそう質問すると、武藤の手に通話中の携帯が持たれていることに気付いた。
『その声、猿飛か?』
スピーカーホンにしてあったらしい携帯から、オレの聞き知った声が聞こえてきた。
キンジだ。だが、今の感じは……
「ああ。どうやら『使えるキンジ』らしいな」
『そういうことだ。いま燃料漏れした飛行機を着陸させる方法を聞いていた』
「着陸って、まさか今お前が操縦してるなんてことないよな?」
『そのまさかよ。機長も副機長も負傷させられたんだから、そうするしかないでしょ!』
アリアの声だ。良かった、無事だったか。
「とんでもないなお前等……。で? 今から何するんだ?」
『近接する全ての航空機との通信を同時に開いて欲しい』
『い、いや、それは可能だが……どうするつもりだ』
ん? どうやら別のところ、管制塔とも同時に通信が繋がってるらしいな。
『彼らに手分けさせて、着陸の方法を1度に言わせるんだ。武藤も手伝ってくれ』
「1度にってキンジお前、聖徳太子じゃねーんだから……!」
『できるんだよ、今の俺には。すぐにやってくれないか。なにせもう、時間がなくてね』
唖然。
使えるキンジはそんなことまで可能なのかよ。理子風に言うならチートだな……
その後、一気に喋る11人の言葉を全部聞き分けたキンジは、着陸の方法を理解したようだった。マジか……
その上で、現在羽田に引き返している最中、横須賀辺りで、
『ANA600便。こちらは防衛省、航空管理局だ』
別のところから割り込みがかかった。
『羽田空港の使用は許可しない。空港は現在、自衛隊により封鎖中だ』
「なに言ってやがんだ!」
聞いて叫んだのは武藤。
確かに今の命令には納得しかねる。
「600便は燃料漏れをおこしてる! 飛べて、あと10分なんだよ!
『武藤武偵。私に怒鳴ったところでムダだぞ。これは防衛省による命令なのだ』
『おい防衛省。窓の外にあんたのお友達が見えるんだが』
これはキンジの声だ。
防衛省のお友達……空……戦闘機か。
『……それは誘導機だ。誘導に従い、海上に出て千葉方面に向かえ。安全な着陸地まで誘導する』
……言い淀んだな、防衛省。
羽田以外に安全な着陸地なんて本当にあるのかよ。
「おいキンジ」
『わかってるよ』
さすが。話が分かるヤツは楽でいい。
なら余計な話を飛ばすか。
「で? 防衛省の糞みたいな命令を無視して、どこに着陸させる?」
『武藤。滑走路には、どのくらいの長さが必要だ?』
「エンジン2基のB737‐350なら……まぁ、2450メートルは必要だろうな」
『……そこの風速は分かるか?』
「レキ。学園島の風速はどのくらいだ?」
「私の体感では、5分前に南南東の風・風速41.02メートル」
流れのままにレキにそう尋ねてしまったが、何で学園島の風速なんか聞くんだ?
『じゃあ武藤。風速は41メートルに向かって着陸すると、滑走路は何メートルになる?』
「……まぁ……2050ってとこだ」
『――ギリギリだな』
……ああ、そういうことかよキンジ。
まったく、考えることが常軌を逸している。
学園島は南北2キロ、東西500メートルの人工浮島。対角線上に使えばギリギリ足りる。
そして学園島のレインボーブリッジを挟んだ北側には、同じ造りの何もない『空き地島』がある。
理論的には可能だが、
「キンジ。自分でどんな無茶しようとしてるかわかってるか?」
『……わかってるが、やるしかないだろ?』
こいつは……
空き地島には文字通り何もないんだぞ。
飛行機を誘導する誘導灯すらないし、夜ともなれば島の輪郭すら見えるわけがないんだ。
だがまぁそれなら……
「キンジ。武偵憲章1条!」
『……仲間を信じ、仲間を助けよ』
それを聞いたオレは武藤達を連れて教室を出て、まっすぐ空き地島を目指した。
誘導灯がないなら、設置すればいい。
武偵高からありったけの照明器具をパクって、それをモーターボートに積んで空き地島へとやってきたオレ達は、迅速に、かつ規則的に照明器具を島の外周を縁取るように設置し、一斉に点けた。
「キンジ! あとはお前がなんとかしろ! 死んだら承知しない!」
持ってきた携帯でキンジにそう怒鳴ってやった。
オレの他にも割り込みをかけてキンジ達を激励する奴らもいた。
そして飛行機は空き地島に着陸を始め、それでも止まりそうになかったが、最後の最後で唯一の建造物、風力発電の風車の柱にぶつけることで、その動きを完全に止めたのだった。
……なんとかなったな。
こんなぶっ飛んだこと、今回が最初で最後であってもらいたいな。
翌日の朝。
オレは無断でモーターボートや照明器具をパクった武藤達をほったらかして、自分の依頼のために綴が用意したヘリに乗り込んでいた。
あの日、オレは武藤達と一緒に照明器具をパクって行動を共にしていたが、その際についでに監視カメラなどに映り込まないように行動していた。
理由は反省文を書かされたくなかったから。
オレが現場にいた証拠がなければ、罪には問われないからな。
それに友人などの証言だけでは証拠としては扱われない。
つまり武藤達には尊い犠牲になってもらったわけだ。
帰ったらなんか奢るくらいはしてやるか。
しかし才能の使い方を色々と間違ってる気がするが、面倒なことは避けられるなら避けるべきだし、生き方としては間違ってないはずだ。
アリアも言ってただろ? 宝の持ちぐされってよ。
そんな屁理屈を考えつつ、オレは離陸を始めたヘリから見える景色を眺めながら、これから開始する依頼へと意識を集中していった。