緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Reload9

 新学期。

 京都武偵高に入学して早くも1年の月日が経ち、オレや幸姉達も無事に進級。

 今日からまた学校生活がスタートするわけなのだが、その最初のクラス。

 一般授業におけるクラスを確認してみれば、何か作為的なものを感じざるを得ない人達が一同に介していた。

 

「やたぁああ!! また京ちゃんと一緒やでぇええ!!」

 

「日に日に愛菜がキモいテンションになっていくんやけど、早紀、どう思う?」

 

「まぁ、違うクラスになってウジウジされるよりは100倍マシやろ」

 

「まっちゃんの壊れ具合は見てておもろいで。京くんは抱き付かれて窒息死しそうやけどな」

 

「雅、そう思うなら止めてあげたら? 私は止めないけど」

 

「やかましいクラスどす。今からクラス替えの申請は通りますやろか……」

 

 愛菜さん、千雨さん、早紀さん、雅さん、幸姉、眞弓さん。今の2年生筆頭が今年は同じクラスになっていた。

 愛菜さんに殺人レベルの抱擁を受けながらクラスを見てみれば、装備科の空斗さんもいて、早速女子に話しかけて変態扱いを受けながら振り払われていた。哀れなり。

 さらに見回してみれば、オレを見る男子達の視線が怖い。

 その理由についてはもう考えるまでもないが、今年は眞弓さん達も同じクラスとなると、ますます視線が痛くなるだろうな。

 そうこうやっていて、愛菜さん千雨さんが眞弓さんと口喧嘩を始めそうになったところで、担任の古館先生――今年もA組――が、例によって弱々しい足取りで教壇へと着いたので、前学期の後半において古館先生の目覚まし担当となった千雨さんが、眞弓さんとの喧嘩も中断させてやれやれといった感じではあったが、いつものように強烈なデコピンをお見舞いして覚醒を促した。

 

「うらぁ! 千雨こら! そんな強くしなくても大丈夫だって何回言えばわかんだ!」

 

「先生がデコピンしてくださいお願いしますって顔で突っ立っとんのが悪いんやて! デコピンされたなかったら始めからしゃんとせぇ言うこっちゃ!」

 

 ぐぬぬ。

 完全覚醒を果たした古館先生は、正論すぎる千雨さんの意見に拳をわなわなさせながら呑み込むと、今のやり取りはなかったことにでもしたようにいきなり出欠を取り始めて――教室を見回すだけ――早々に終わらせると、黒板に何やら生徒の名前を書いて改めて教壇に手を付いて話をしてきた。

 というか黒板にオレの名前があるんだが……

 

「はいはーい。例によって始業式とか入学式とかどうでもいいんで、新学期突入記念の鬼ごっこやるぞー! 今回は2年生全員参加の『だるころ』だ! 逃走者は黒板に書いてある5人な。2年生全員参加だから100対5になるから、100の方は負けたら1学期の依頼は全て半額で請け負うことになるから覚悟しとけ。逆に5の方は勝ったら今年の進級に必要な単位全部やるよ。にひひっ!」

 

 さ、最悪だぁぁああああ!!

 新学期早々で貧乏くじを引かされたぞこれ! いじめだろ! いじめなんだよな古館先生!

 話を聞いた瞬間、オレは机に額がめり込むレベルで突っ伏して自分の不幸を心の中で叫んでいた。

 そんなオレを見た幸姉や愛菜さん達は当然のように心配してきたが、それよりも今回の古館先生の遊びでオレが5の方に入ってることによって、この教室の空気が一変したのがわかった。主に男子がオレに明確な殺気を放っている。

 今日、オレは死ぬかもしれない。

 『だるころ』とは『だるまさんが転んだ』を略した言い方なのだが、このルールは鬼ごっこシリーズの中でも逃走側の生存率が極めて低いことで知られている。

 大雑把なルールとしては、制限時間内に逃走者の半数以上を捕縛するというもの。今回は5人いる内の3人を捕縛すればいいわけだ。

 このだるころは限られた時間を有効に使うための技術や作戦立案が重要で、そのリミットまでの時間を『だるまさんが転んだ』の遊びにかけているのが名前の由来だが、実際のところだるまさんが転んだの要素などほとんどない。

 

「古館先生、だるころやるのはかまいまへんが、制限時間とセット数を教えてもらえまへんか?」

 

 オレが絶望に浸っていると、早くも順応した眞弓さんが扇子を扇ぎながらに古館先生へとそんな質問をする。

 そういえばまだそれを聞いてなかった。

 

「まぁ、今回は大規模で数の差もあるからな。その辺を考慮して15分を5セット。インターバルは10分ってところだな。うち逃走側は1セットでも取りゃ勝ちってことでよろしく!」

 

 だるころでは制限時間があることから何セットかに分けて行うのだが、15分は長い。

 京都武偵高の敷地内で100人の追跡から15分も逃げろとはなんの拷問だろうか。

 なんの考慮もされてないに等しい。5分逃げられれば勲章ものだ。

 

「それから逃走側。無条件降伏とかしたら、今後どうなるかわかんないから、つまらんことはするなよー。5セットを『無事に生き残ったら』金一封くらいの報酬は出してやるからさ。ひっひっひっ!」

 

 あの笑い方、そんなやつ絶対いやしないってわかりきってる笑い方だ。

 マジでこの学校の教師は性格が悪い。

 

「んじゃ1セット目の開始は20分後の9時ジャストからな。逃走側は今から移動オッケー。捕獲側は2年の教室間だけ移動可にするから、チーム編成とか好きにやれ。発砲も抜刀も許すが、くれぐれも『ミスって殺しちゃった』とかはやめてくれよぉ。以上!」

 

 最後のは言う意味ないだろとツッコむことさえできずににかにかと笑いながら退室した古館先生を見送ったオレは、本当に始まってしまうのかと思いつつ顔を上げれば、オレの左隣の席を陣取っていた眞弓さんがすでに雅さんと早紀さんを召集して何やら作戦会議を始めていて、他の生徒も次々と席を立って他のクラスの生徒との合流などに動いていた。

 ヤバイ……みんな本気だ……

 これはもう本気でやらないと怪我では済まないのは確定。最悪新学期早々で入院生活なんてことも……

 それだけは絶対に避けたかったオレは、怪しい笑いを浮かべた眞弓さんに恐怖しつつも、笑顔で見送ってきた幸姉(フレンドリー)と愛菜さん、千雨さんに軽く会釈してから教室を出て、他の逃走者と合流して移動しながら生き残るための作戦会議をしていった。

 これでも『生き残るための力』はそれなりに高いと自負してる。

 あ、でもサバイバル能力に関してだから、今回は微妙かもしれない。

 とにかく、逃走者は一緒に行動しないことを鉄則として、各々が生き残るための最善を尽くす流れ――よくよく考えたらそのくらいしか話すことがなかった――でまとまり、大雑把な行動範囲の確認だけして散り散りに。

 このあと、オレは地獄を見ることになる。

 

『野郎共ぉおお! 開戦だぁああ!』

 

 ……うるさい。

 今ならちょうど入学式が行なわれてるであろうことなどお構いなしで校内放送を使って声高にだるころ開始の宣言をした古館先生。

 声量を間違えてるため、若干音割れしていたが、そんなことも大して気にならないほどに今のオレは神経を研ぎ澄ませていた。

 今オレがいるのは、装備科・車輌科の専門棟の屋上。

 東西300メートル。南北400メートルの敷地内で北側端っこに位置しながら、本校舎に次ぐ高さを誇る建物なので、観測場所としては悪くなく、ワイヤーなどを用いれば屋上から飛び降りることもできる。

 しかしながら潜伏場所のリストとしてピックアップされやすいこともあって、オレとしてもこの第1セットでのみの使用でやめるつもりだ。

 校内放送のあと、ここに来るまでに調達した双眼鏡で校舎を観察すれば、まぁわらわらと生徒が出てくる。

 見れば3人1組編成が多く、捜索範囲も割と分散しているようだったが、わずか20分であの武偵高生の統率を取れるリーダーシップを持ち得る人物など限られる。

 おそらくは眞弓さん辺りが半分ほどの人員を指揮してるはず。

 そんな予測をしつつ観察を続ければ、3グループほどがまっすぐにオレのいる建物へと向かってくるので、そのグループの動きを中心に観察を始めようとしたが、本校舎の屋上に最も来てほしくない人達が姿を現して思わず舌打ちしてしまった。早紀さんと雅さんである。

 早紀さんは中等部時代は狙撃科の現車輌科所属。

 本人談ではあの本校舎屋上からなら、京都武偵高の見渡せる範囲全てが射程距離に入ってしまうらしい。

 狙撃手は各々、実力に見合った絶対半径と呼ばれる、確実に目標を仕留められる距離を持つのだが、早紀さんは658メートルの絶対半径を持っているため、単純計算で京都武偵高の敷地の対角線上でも端から端まで範囲内に収まるわけだ。

 そんな人に屋上を陣取っていられたら、逃走が相当困難になる。

 眞弓さんのことだから、発見したら開けた場所へと誘導するような事前の指示も出しているはず。

 つまり逃走側がどう潜伏してるかわからず、体力的にも精神的にも余裕があるこの第1セット目でオレ達逃走側が勝利しなければ、後の4セットで勝利することなど不可能に近い。

 とりあえず生存率を上げるために早紀さんの情報を他の逃走者にも伝えようと思ってみたのだが、生憎と携帯は教室。

 携帯にはGPSが搭載されてると幸姉が言っていたので、そこから辿られるのを避けるためだが、これはもう自力で気付いてもらうしかない。

 仮にも武偵。簡単にやられはしないだろう。

 というオレの考えもずいぶん甘かったようで、開始から5分ほど経過してオレのいる建物にもそろそろ屋上へとやって来る生徒がいるだろうことを予測しつつ、早紀さんの狙撃の死角へと逃走する準備を整えたところで、車輌科の開けたサーキットに逃走者の1人が捕獲側に追われながら姿を現して、必死な形相でサーキット上を疾走。

 その様子はオレにも丸見えなのだから、当然早紀さんにも丸見えで、屋上にうつ伏せで寝て狙撃銃を構えていた早紀さんは、下からは見えにくい姿勢から、サーキットにいる逃走者に1発の銃弾を放ち、その横っ腹に強烈な一撃を命中させた。

 撃たれた逃走者は防弾制服の上からとはいえ、備えなしの状態から受けたために威力に押されて吹き飛ぶように転倒。痛みで立てなくなってしまっていた。

 そこを捕獲側が追いついて、あまり誉められることではないが、防弾制服の上から両手足に銃弾を撃ち込んでダメージを加えてから捕獲。

 1人が連行していき、残りはまた捜索へと戻っていった。

 ――ィィィィィ。

 その様子を観察していると、屋上の扉が音を殺すようにして開くのを察知。

 確実に誰かが来たのを確信しつつ、オレも気配を殺して移動を開始。

 屋上から素早く降下して、1階下の事前に鍵だけ開けていた窓から装備科の資材置き場へと侵入。

 窓を閉めて通常の出入り口から誰か来ないかを確認しつつ、2分ほど潜伏。

 制限時間の関係から、捜索もじっくりとやることはないと予測していたので、また窓を開けて外に誰もいないかを確認してから外枠に乗り出して屋上を覗き込んで誰もいないことを確認してから元の場所へと戻ってまた周囲の観察を始めた。

 のだが、オレが双眼鏡を覗いて早紀さんの様子をうかがった時、スコープを覗く早紀さんと明らかに視線が合った。合ってしまった。

 早紀さんはその顔に笑みを浮かべながら、口を動かして隣でノートパソコンをいじる雅さんに何かを伝えていて、それが確実にオレの居場所に関してだと確信。

 あそこからではオレにダメージだけを与える狙撃は不可能――位置関係から顔しか狙えない――だから、こちらに向かわせたのだろうが、非常にヤバイ。

 今ここから動こうとすれば、撃てない状況から一変。確実に早紀さんから1発もらう。

 狙撃手に狙いをつけられた状態から放たれる銃弾を避けるなんて芸当は容易くない。というより不可能に近い。

 ――バァン!!

 早紀さんのせいで1分ほど動けずにいたら、やはり屋上に生徒がやって来て、扉を盛大に蹴り開けたのか、見ずともわかってしまう。

 しかし早紀さんがこちらを狙う限りオレは動けない。

 屋上に来た生徒の気配を感じながらも、オレは双眼鏡で早紀さんを見続けて隙をうかがうが、やはりオレから狙いを外してはくれない。

 ダメか……そう思いかけた瞬間、早紀さんの体がピクッと何かに反応したのを察知。

 どうやら他の逃走者の発見情報でも入ったらしく、狙撃範囲に誘導中なのだろう。

 そしてわずか数秒のうちに早紀さんの視線が一瞬、スコープから外れてどこか別の場所を肉眼で見る挙動を見逃さなかったオレは、もうすぐ後ろに迫っていた生徒達など構うことなく屋上から飛び降りてワイヤーを取り出す。

 その際に頭の少し上の壁に早紀さんの放った銃弾が突き刺さって小さな穴を穿つ。あ、あぶねぇ……

 落下中に備え付けの外灯――上の方が道側に曲がったタイプ――にワイヤーをくくりつけてターザンのように落下を阻止して着地したオレは、すぐさま遮蔽物に隠れてオレのいた屋上からの威嚇射撃と早紀さんの狙撃に備えた。

 さて、ここからどうしたものか。

 目の前に迫ったピンチこそしのいだものの、依然としてピンチなのは変わらないため、頭をフル回転させるが、その時タイミング良く古館先生の校内放送が流れてきた。

 

『おーし! 第1セットは3人捕獲で終了! 次のセットに移るから、バラけてた捕獲側は中庭集合! 逃走側はへばんなよ! ひっひっひっ!』

 

 どうやらオレ以外の逃走者が3人捕まってしまったようで、第1セットは敗北したらしい。

 時間を確認すれば、約10分。やっぱり15分は長い。古館先生も意地悪すぎる。

 とにかくこのセットでは生き残ったオレだったが、インターバル中に装備科・車輌科の専門棟から出てきた捕獲側の生徒の1人から無線を手渡されてそれに応じてみれば、相手は早紀さん。

 

『次は仕留めんで、京』

 

「勘弁してくださいよ。あと1分くらいあったら捕まってましたし」

 

『これこれ京くんや。そんな弱気でどないすんねん! 熱くならんと!』

 

 とは雅さん談だが、この状況で熱くなれるほどオレも開き直れないですって。

 

「じゃあ雅さんが代打でやってください」

 

『それは断固拒否すんで』

 

『なんや、京夜はん死んでへんのかいな。早紀はん減点どす』

 

 そうやって無線に割り込んできたのは眞弓さん。

 この人、この第1セットでオレに致命傷でも負わせる気だったな。絶対そうだ。

 

『スマンてマユ。次は仕留めるさかい、堪忍な』

 

『まぁええどすえ。皆はんも聞きましたやろ。京夜はんまだピンピンしとりますから、次は確実に殺りましょか』

 

 おおー!!

 そんな声が聞こえたのは、校舎の方から。皆さんどんだけ殺る気なんですか……

 そのあと愛菜さんが無線で眞弓さんに対して「京ちゃんはやらせへん!」とかなんとか言っていたが、たぶん眞弓さんは右から左に聞き流しているだろうことを予測しつつ無線を返してから第2セットのための移動を行っていった。

 さて、この第2セットからは地獄だな。

 

『おらぉ! 第2セットいくぞー!』

 

 第2セットの開始を告げる古館先生の放送が盛大に響き渡るのを耳を塞ぎながらに聞き、また集中を高めて生き残るための行動を始めた。

 オレが今回まず行なうのは、狙撃手の無力化。

 つまりは早紀さんを倒すこと。これが出来るのと出来ないのでは、生存率が倍以上変わってくる。

 だからオレはインターバル中に本校舎の屋上へと潜伏。

 狙撃の配置につく早紀さんを確実に仕留める。

 そう意気込んで待ち構えていたのだが、開始から2分が経過しても来る気配がなく、そこでようやく『嵌められた』ことに気付いたオレは、急いでこの屋上から撤退しようとした。

 しかし時すでに遅し。

 まるでオレの心でも読んでいるかのように、屋上の扉が勢い良く開け放たれて、そこから強襲科と探偵科の混成チームが姿を現し、屋上の縁からは強襲科と諜報科の生徒が屋上を取り囲むように乗り上げてきて、扉の後ろから優雅に扇子を扇ぐ眞弓さんも姿を現した。

 

「策を巡らせるんは京夜はんだけやありまへんえ? 裏の裏を読めな、気付いた時にはこの通りどす」

 

 ……つまりオレは眞弓さんにここへ誘導されたのだ。

 第1セットで早紀さんがここに陣取ってくれば、当然次はそれをどうにかしようとする。

 おそらくは先ほどの無線でのやり取りも、第1セットでオレを倒す手はずだったと思い込ませるための布石。

 思えば眞弓さんは減点と言いながら、早紀さんをしっかり名前で呼んでいた。

 これも進級間近での変化だが、眞弓さんが名前で呼ぶ相手は、その実力を認められたということになる。してやられたな。

 

「いくら京夜はんでも、この数相手に無事とはいきまへんやろ。それにここにおるエトセトラは大小あれど、京夜はんに恨み妬みを抱えとる人ばっかりやから、負傷で済めば御の字どすなぁ。ふふっ」

 

 この状況をどうしたものかと考えていれば、眞弓さんがなんとも恐ろしいことを言うので、周りの生徒の顔を見れば、確かに殺気が物凄い。

 というか男子しかいないぞ。ここから察すると、恨み妬みって、やっぱり……

 

「いつもいつも愛菜達とイチャイチャしおって」

 

「それを見せつけられる俺達の気持ちとか考えたこともないやろ」

 

「今日は俺達がお前に天罰を下す。やから……」

 

『死にさらせぇええ!!』

 

 予測通り、愛菜さん達関係のものだったが、オレも別に望んで受け入れてるわけではないんだよ。

 と言ったところで聞く耳など絶対に持たないことはわかりきっていたので、一斉に襲いかかってきたところでなけなしの閃光弾を懐から取り出して炸裂させると、一直線に屋上の縁から飛び降りて包囲を突破する。

 が、それすら折り込み済みとばかりに、飛び降りた下にはまばらながらに6人ほどが配置されていて、オレの存在に気付いた様子も見てとれた。

 とはいえ、軌道修正などできようはずもないので、先ほどと同じようにワイヤーを用いて落下を阻止して着地し、落下中に見えた逃走ルートへと走り出そうとした。

 ――バヂィイイイン!!

 前へ出たはずの体が、仰向けに倒れたと認識したのは、右肩を襲った衝撃と痛みを感じて、遅れて聞こえた銃声を知覚してからだった。

 撃たれたのだ。

 防弾制服の上からだったので貫通してはいないが、威力からして小口径の銃ではない。

 そう思いながら銃弾が飛んできたであろう方角へと視線を向けてみれば、車輌科のサーキットの奥の方に1台の黒いワゴン車が停まっていて、凝視すると助手席の窓が開いている向こうに、狙撃銃を構える早紀さんの姿が見えた。

 くそ……完全に嵌められた……

 第1セットでの早紀さんの狙撃。第2セットでの屋上での包囲。そこを突破したあとに下に待機させていた生徒。

 ここまでで完全に『目の前の危機の処理』に頭がいっていたオレに、その目の前の危機の外から攻撃する。完敗と言わざるを得ない。

 早紀さんの通り名の1つとして『動ける狙撃手(ムービング・スナイパー)』というものがある。

 これは早紀さん自身が運転手兼狙撃手であることで、その助手席に狙撃銃を固定して狙撃を行なうところから来ている。

 オレも一緒に依頼をこなす中で何度も見てきたが、ただの車輌科では出来ない芸当である。

 それが眞弓さんが早紀さんを認める決め手になったのは記憶に新しい。

 とにかく、肩を撃たれたことで脱臼しかねないダメージを受けたオレは、明らかに動きの鈍った体で立ち上がるも、依然として早紀さんの絶対半径にいることもあり、抵抗虚しくすぐに駆けつけた捕獲側に再度包囲されてしまい、その手足に銃弾を1発ずつ撃ち込まれて拘束され、第2セットでの最初の脱落者となってしまった。

 あぁ……もうどう足掻いても後のセットは勝てないな……

 

『おいおい! もう第2セット終了か!? お前らもっと足掻け!』

 

 拘束されてわずか5分。

 合計で8分程度で終了した第2セットに不満があるのか、放送での古館先生が文句を言ってくるが、あなたが逃走者になってやってみろと本気で思ってしまう。

 しかし何を言ったところで聞き流されてしまうだけなので、拘束を解かれたオレは、仕方なくまた逃走に身を投じるが、もうやれることは限られてしまっている。

 だるころにおいて、逃走側の勝率が圧倒的に低いのには、大きな大きな理由がある。

 それが『ダメージの蓄積』。

 捕獲側は捕獲する際に逃走側を無力化する過程で『良識ある程度のダメージを与えてもいい』ことになっている。

 なので、第1セットでサーキットに追い詰めて必要以上のダメージを与えていたのも、戦略。

 第2セットでオレが拘束される前に手足を撃たれたのも、1つの戦略なのだ。

 そうして短時間では抜け切らないダメージを与えられてしまえば、当然次のセットでは機動力を削がれることになり、結果、身を潜めてやり過ごすことしかできなくなってしまうのだ。

 だから第1セットこそ逃走側が最も勝率が高く、それ以降は勝率が右肩下がりで悪くなる。

 故に未だかつてこのだるころで逃走側に回って無傷で生還した生徒は1人もいない。

 古館先生もそれがわかってるから嫌味っぽく笑いながらに金一封などと軽く口にしたわけだ。

 そんなわけでダメージが残る状態で逃走などしたところで簡単に捕まってしまうために、定石通り隠れてやり過ごすことにしてみたわけだが、この第1、2セットで『見つけにくそうな場所』に目星をつけられてしまったのはわかりきっていた。

 かといって裏をかいて隠れるにしても都合良く隠れきれるわけもなく、第3セット開始からわずか3分ほどで見つかってしまったオレは、よくわからないがたくさんの男子生徒に囲まれてしまい、過剰なほどの殺気をぶつけられていた。

 これは……病院送り確定だな。

 何故かもう全員が「停学処分を受けてでもこいつを病院送りにする」みたいな表情をしていたので、ここで1年ほど溜まった男子の恨み妬みを発散させられるならと諦めて目を閉じる。

 が、その男子達がオレに何かする前に3人の女子生徒が乗り込んできて阻止してくれた。

 

「おどれらぁ! 京ちゃんに何しようとしとんねん!!」

 

「ふへへへ……全員血祭りやで……」

 

「ちょっとおいたが過ぎるわね。ご主人様としては見過ごせないかな」

 

 駆けつけた千雨さん、愛菜さん、幸姉は、台風でもやってきたかのように、群がっていた男子達を蹴散らしていき、千雨さんはもう言葉遣いが乱暴を通り越していて、愛菜さんに至っては目が完全に据わっていたし、幸姉も珍しくマジな目で2人を援護していた。

 そのあとオレを病院送りにしようとして、逆に病院送りにされた男子全員と、惨劇を生み出した原因であるオレや幸姉、愛菜さん千雨さんがまとめて停学処分となり、これが後に京都武偵高で密かに語り継がれる黒歴史『血風乱武(けっぷうらんぶ)事件』となったのだった。


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