緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Reload6

 

 6月31日。

 明日から夏休みというこの日にオレこと猿飛京夜は、なんだかよくわからない思惑やら何やらで半ば強制的に同じ武偵でクラスメートの愛菜さんの家に泊まりでお邪魔していた。

 現在時刻は午後6時を少し回った頃。

 愛菜さん手作りの夕食をご馳走になるところで、準備でも手伝おうとしたのだが、何もしなくていいと言われてしまい呆然と待つこと数分。

 やっと全ての盛り付けを終えた愛菜さんに呼ばれてダイニングテーブルに行くと、そこには主食、ミートスパゲッティ。おかずにグラタン。主菜でポテトサラダとレタス、トマトの盛り合わせ。スープにはコーンポタージュとあまりにも豪勢な食べ物が置かれていた。

 これ、2人で食べるには多い気がするんだが。

 思いつつウキウキしながらエプロンを新たに身に付けた愛菜さんが向かいの椅子に座るのを見ると、その張り切り様が目に見えるようでそんなことを言えなく、早く座ってと目で訴える愛菜さんに押されて椅子へと座ると、2人揃って両手を合わせていただきますの号令。

 それから頼んでもいないのに小皿にグラタンをよそって渡してくれた愛菜さんにお礼を言いつつまずはミートスパゲッティに口をつける。

 味のほどは普通に美味しかった。

 それでまだ口をつけずにこちらの様子をニコニコとうかがう愛菜さんが視界に入ったので、なんとなく感想を求められてることはわかったので、1度口の中を空けてからその要望に応えた。

 

「美味しいですよ。とっても」

 

「ホンマに? 手料理を他人に食べてもらうなんて家族と千雨以外には経験なくて心配やってん。千雨は食えれば何でも腹に入れてまう子やから参考にならへんくて」

 

「千雨さんって豪快な性格ですからね。でもこの腕ならいつでもお嫁に行けると思います」

 

「イヤやわ京ちゃん、お嫁さんやなんて恥ずかしいわ。褒めてもキスくらいしかできへんよ?」

 

 いやいや、キスできるのも困りものですけど。

 そんな言葉に苦笑しつつ、本気の照れを見せる愛菜さんを見てると、誤魔化すように他の料理にも手をつけるように言ってきて、オレが再び料理に手をつけたのを見て、愛菜さんもようやく料理に手をつけ始めた。

 

「そういえば愛菜さんのご両親ってどうしてるんです? 今は気配からして家にはいませんよね?」

 

 食事も少し進んでから、話題をと思いそんな切り出しをしてみたオレは、食べた先から小皿に補充してくる愛菜さんの気遣いなのかわからない優しさをやんわり制止するが、愛菜さんは動きを一切止めずに会話に応じてきた。おうふ……

 

「お母さんは現役の芸妓さんやねんで。帰ってくる時間はまばらやけど、今日はもうすぐ帰ってくるはずや。お父さんの仕事はシークレットやね。教えられるんは日本で働いてへんっちゅうことくらいや。帰ってくるんは半年に1度あるかどうかっちゅうくらい珍しいから、顔忘れてまうくらいレアキャラ扱いやねんで」

 

 それであはは、と笑っているあたり、家族の仲は悪くないらしい。

 ちなみに芸妓とは一人前となった舞妓さんの呼び方であり、東京などではまた違う呼び方をするが、要は舞妓の中の舞妓ということ。

 そんな人が母親というのは誇らしいことだろう。

 父親の仕事も気になるところであるが、教えない辺りは愛菜さんと同じような道の人なのかもしれない。

 

「京ちゃんはあれやねんな。幸音の先祖の真田幸村。その従者の子孫」

 

「ええ、まぁ。今じゃ真田も海外貿易なんてやってますけど、猿飛は昔から何1つ変わらず、常に真田の側にいました。今の家も真田に与えられてるみたいなところがありますから、真田がないと猿飛も生きられないでしょうね」

 

「問題あらへんよ。もし真田が潰れても、私が京ちゃん養ったるさかい、いつでも私の義弟になってや」

 

 流れのように愛菜さんがオレの家のことについて尋ねてきたので、立場の弱い猿飛の現状を吐露してみれば、冗談でも笑えない話が返ってきて困ってしまう。

 真田が潰れたらって、幸姉が聞いたら泣くぞ。

 

「義弟とか……オレが愛菜さんに気を遣いそうですね」

 

「そんなんいらへんて。むしろ毎日甘えてほしいくらいやし、私が甘えたいわ」

 

「それもそれで困るというか……」

 

 この人ホントに隠すことなく本音を言うな。

 恥ずかしすぎてこっちが穴にでも入りたくなる。たぶん今オレの顔は少し赤くなってる。

 

「あーん! 恥ずかしそうにしとる京ちゃんかわエエ! お姉ちゃんテンション上がってまうやんか! これはもうひと押しせな!」

 

 そのオレを見た愛菜さんは激しく萌えたような表情となると、何かずっと我慢していたらしい行動を実行に移すために、その椅子から立ち上がって身を乗り出してオレの小皿からグラタンをすくい取ると、それをオレの口へと運んできた。いわゆるこれは「はい、あーん」というやつだろう。無理無理無理無理!!

 

「ちょっと愛菜さん! それは無理ですから!」

 

「ひと口だけ! ひと口だけでエエから! ねっ? ねっ?」

 

「さすがにこればっかりは愛菜さんの涙目も通用しませんよ!」

 

「おーねーがーいーやー!」

 

 まったくもって諦めないぞこの人。

 だがこっちも負けるつもりはない!

 ここで退いたら男としてなんかダメな気がする! そう! 男として!

 などとよくわからない意地を張り通して愛菜さんと終わらないやり取りをしていると、それを止めるように家の玄関が開く音がして、次にはただいまの声と共に凄く綺麗な黒い長髪をした女性がリビングに入ってきて、愛菜さんがあーんの状態、オレがそれを拒んでる状態で動きを止めてる姿を見てピタリとその動きを止めてしまった。

 おそらくは頭を整理してる最中だろうか。

 

「……あー、あれや! 愛菜が言うとりました猿飛京夜君! おいでやす」

 

「……お邪魔してます……」

 

「まぁなんやようわかりまへんけど、食事は行儀よく食べなあきまへんえ? そやないとお母さん、余計な説教せなあきまへんからな」

 

「ちゃ、ちゃうんよお母さん。これは京ちゃんとのスキンシップの一環であって、決してはい、あーんを恥ずかしがる京ちゃんを楽しんでたわけやなくて……」

 

「愛菜は正直やな。とりあえず愛菜はあとでお尻ペンペンです」

 

 うひぃ!

 どこか寒気を感じさせる女性の笑顔に愛菜さんが恐怖しつつシュバッ! と俊敏な動きで席を立ち、女性の分の料理を盛りにキッチンへと動き、それを見た女性は普通の笑顔になってから愛菜さんの隣の席に腰を下ろしてこちらにニッコリ笑顔を向けてきて、オレも軽く頭を下げて応答。なんか不思議な迫力がある。

 それが愛菜さんのお母さんとの最初のやり取りだった。

 

「京夜君すんまへんなぁ。家の愛菜がわがまま言うとったみたいで」

 

 愛菜さんのお母さんの分の料理を揃えて全員が席に着いたところで、改めて話を始めたお母さんの愛沙(あいさ)さんは、開口一番で愛菜さんの頭を手で強引に下げさせながら謝罪をし、愛菜さんはなされるがままだった。

 

「いえ、オレも厄介になってる身として反発しすぎたところがありましたし……」

 

「京ちゃんもああ言うとんのやからエエやろ? お互い様いうことやねん……て!?」

 

「愛菜は京夜君の気遣いにも気付けへんアホな子やったんか。お母さんそないな子に育てた覚えはあらへんのやけど、その辺は父親に似てしもたんかなぁ」

 

 オレの返しに対して頭を上げようとした愛菜さんだったが、お母さんの手にさらに力が入ってテーブルにおでこがぶつかって再び沈む。痛そうだなぁ。

 

「京夜君もホンマに嫌なら強く言わなあきまへんえ。愛菜は調子に乗ったら暴走する癖ありますさかい、誰かが止めたげな1人でブレーキかけれまへんのや」

 

「……善処します」

 

「ほな、改めてお夕飯にしましょ。愛菜も寝とらんと頭上げ。行儀悪いで」

 

「お母さんが沈めたんやないか!」

 

 愛沙さんってマイペースだなぁ。

 今も愛菜さんの言い分にとぼけて返したりと相手のペースなどお構いなしだ。

 でもこんな親でもないと愛菜さんは大変なことになるのだろう。

 想像するに容易いというのも考えものだが、それでも仲の悪い親子には全然見えない辺りは素直に凄いことだと思った。

 それから3人で改めて夕飯を食べたあと、後片付けも3人でやったのだが、こういった作業を家族ともほとんどしたことのなかったオレにとってはとても新鮮なものだった。

 幸姉の家なら全部使用人がやってしまうし、猿飛家でも『家事は女の仕事』と男尊女卑の古めかしいしきたりのせいで台所にすら立つことがない。

 だからなのか、こんな些細なことでオレは『家族』というものの温かさを感じてしまった。

 オレの家も決して家族の仲が悪いわけではない。

 だがそれでもこの温かさは一生味わえないだろうことがわかって……わからされてしまった。

 オレがそんなことを考えていると、いつの間にか後片付けが終わっていて、手が空いた直後に愛菜さんが後ろから抱き付いてきて前に倒れそうになるが、なんとか踏ん張って留まる。

 

「京ちゃーん! 一緒にお風呂入ろや! 背中の流しっこしてみたいねん!」

 

「無理ですから! 絶対に無理です! それにお風呂となればその……愛菜さんだって裸、になるわけでしょ……」

 

「そらお風呂やからね。大丈夫やて。私は別に京ちゃんに裸見られてもかまへんし、京ちゃんの裸も問題あらへんから」

 

「愛菜さんに問題なくてもオレに問題があるんですって! 何で愛菜さんはオレを男として扱ってくれないんですか!」

 

「そら弟みたいに思とるし、京ちゃん言うてもまだ中1やんか。中1男子ならセーフや!」

 

「何がセーフなんですか! アウトですよアウト! 思春期男子舐めないでください!」

 

 密着されながらのこのやり取り。

 愛菜さんはどうにもオレのことを男として見ないところがあって本当に困る。

 今だってその豊満な胸を背中に押し付けての会話をしているだけで結構おかしな話。

 あまりにもオレに対しての警戒心がない。さすがにここまで来ると異常とも取れてしまうから考えものだ。

 これだけ拒否しても一緒にお風呂に入りたがる愛菜さんだったが、次に飛来した身も凍るような視線を感じて、反射的にオレから離れて直立不動になる。

 その視線を浴びせた愛沙さんは、オレの真正面で腕組みしながら愛菜さんに目で何かを訴えていた。

 それは親子じゃないとわからないアイコンタクトのようなもので、オレにはさっぱりわからなかったが、愛菜さんにはしっかり伝わったようで、脱兎のごとくキッチンを去った愛菜さんは、そのままお風呂へと直行したようだった。た、助かった。

 

「京夜君、ちょっとお話したいんですが、よろしおすか?」

 

 愛菜さんがいなくなって少し。

 おそらく洗面所の辺りのドアが閉まった音を聞いた愛沙さんは、唐突にオレに話しかけてきて、またダイニングテーブルの方に座るように促してきたので、オレも促されるまま愛沙さんと対面の位置に座って話を聞く態勢に入った。なんだろうか。

 

「……ホンマは京夜君に話すようなことでもあらへんことはわかっとりますが、今日の愛菜見とったら、話さな思いました」

 

 そんな前置きをした愛沙さんの表情は、先程までの明るい感じを完全に失って、若干俯き気味であった。

 

「…………愛菜には、弟がおりました。ちょうど今やと京夜君と同い年になります」

 

 ……ん?

 確か初めて会った時に千雨さんが愛菜さんには弟なんかいないって言ってたような……

 愛菜さんもそれを否定しなかった気がする。それに愛沙さんの今の言い回しと暗い表情。良くない流れか。

 察したオレがより真剣な顔になったのを確認した愛沙さんは、それを汲み取ったように話を進める。

 

「その弟は……産まれる前に私のお腹の中で死んでしまいました。ちょうど安定期に入って、性別の判別がつくくらい成長した時期のことでした」

 

 その時、オレはどんな表情をすればいいのかわからず、少し俯いてしまったが、愛沙さんはそれでも頑張って話してくれているのだと痛いほどわかるので、黙って続きを聞く。

 

「丁度その日は愛菜と一緒にお出かけしとりました。その出先で不幸にも強盗の人質にされてしまいましてな、私は幼い愛菜とお腹の中の子を守ることで頭が一杯になっとりました。それで強盗を刺激せんようにじっと黙ってましたが、交渉が上手くいかへんかったのでしょうな。苛立った強盗があろうことに愛菜を見せしめに殺そうとしましてな。私はそれを必死に止めました。その時に強盗にお腹を撃たれまして……私は一命をとり留めることができましたが、その代償は……お腹の中の子の命と、2度と子供のできへん体です……」

 

「もういいですよ。そんな辛い話、これ以上口にしなくて……」

 

「おおきに。でも最後まで聞いてほしいんです。その時の愛菜はまだ3歳。物心もつかへん頃の出来事やったはずやのに、愛菜はこの日のことを今も鮮明に憶えとります。何より弟が産まれることを一番楽しみにしとりましたのは、『お姉ちゃんになるはず』やった愛菜で……」

 

 そこで愛沙さんは言葉を詰まらせて1度俯いてしまい、少しではあるが泣いているようだった。

 お姉ちゃんになるはずだった、か。

 

「……愛菜が武偵になる言うたのもそれが根っこのところにあります。『あの時私がしっかり守れていれば』って。そないなもん背負わせとうなかったのに、あの子は聞く耳持ちまへんでした。武偵として活動し始めた頃までの愛菜は、そらもう笑わん子で見てて痛々しかったんですえ。それを変えてくれた千雨ちゃんには頭が上がりまへん」

 

 愛菜さんにそんな笑いもしない時期があったなんて想像もつかないが、今の愛菜さんの笑顔があるのは千雨さんが関わっているらしい。

 その辺の過去は愛沙さんからは語られることはなかったが、それで1度話は区切りとなり、愛沙さんはお茶を用意してから改めて話を再開する。

 

「愛菜はたぶん、その時……産まれてくるはずの弟へ注ぐはずやった愛情を、京夜君に向けているんですわ。愛菜はずっと、そのどこへ吐き出してエエかわからん愛情を吐き出す対象を探してたのかもしれまへん」

 

「それが産まれてくるはずだった弟さんとたまたま歳が同じオレだった。そういうことですか」

 

 その問いに対して、愛沙さんは少し笑ってから、黙って淹れたお茶を飲み、それからしばらく沈黙してしまった。

 愛沙さんが沈黙したことで何を言えばいいかわからなくなってしまったオレがどうにかこの間を乗り切ろうとした時、本当に突然リビングにバスタオルを体に巻いただけの風呂上がり愛菜さんが現れて、瞬時に頭をテーブルにぶつけて伏せ、見ないようにしたが、この人は!

 

「愛菜! 京夜君の前ではしたない。ちゃんと服着なあきまへんえ!」

 

「お母さんが直行させるから着る服なかったんやて。それにお風呂上がりは喉乾くし」

 

 そんな会話をしながら愛菜さんはどうやら水分補給にキッチンへと行ったらしく、気配だけ探ってその動向をうかがい、完全にリビングからいなくなったのを察したところで頭を上げて大きな息を1つ吐く。

 額ぶつけて痛いが、すぐに治まるだろう。

 

「あの子はホンマに……すんまへんなぁ。お見苦しいもん見せてしまいまして」

 

「いえ……気にしないでください」

 

「……あないな子でも、私にとってはたった1人の娘です。やからあの子の好きにさせてあげたい気持ちもあります。さっきの話はまぁ、あそこまで京夜君に心を開く愛菜の理由の1つを話したに過ぎまへん。それにきっかけでしかあらへんと思いました。京夜君に弟の影を見とるのもどこかにありますやろ。それでも愛菜が京夜君に心を開くんは、きっと京夜君が好きやから。そう思います。今日話したことはあまり意識せんで、どうかこれからも愛菜と仲ようしてあげてください」

 

 きっともう子供を産めなくなってしまった愛沙さんも辛いであろうに、それでもそんな自分の辛さなど微塵も感じさせずに笑ってみせた愛沙さんに、オレはハッキリとはいとは言えなかった。

 それから勧められるままにお風呂へと入って、その間ずっと先ほどの話について、愛菜さんと愛沙さんの心境を考えてしまっていた。

 愛沙さんはおそらく、愛菜さんがどうしてこうもオレに対して優しくするのか。その納得できる理由の1つを話してくれた。

 オレがどうしてという疑問を感じているのを察したから。

 そして愛菜さんがオレをどう見ていたのか改めて考えてしまう。それこそ『亡き弟の代わり』なのではと脳裏に浮かぶほどに。

 でも、それで愛菜さんが明るくいてくれるなら、それでもいいのかもしれない。

 だがそれは同情ではないだろうか。憐れみでは、ないだろうか。

 そんなことばかり考えていたら、どうやらのぼせてしまったらしく、少しふらつきながら風呂から上がり無地のTシャツに短パンを着て洗面所を出ると、何故か同じようなラフな格好の愛菜さんが、その手に牛乳入りのコップを持って待ち構えていて、オレにそのコップを差し出して飲んでと催促。

 正直ありがたいので促されるままにそれを飲み干すと、愛菜さんはそのコップを回収しつつ、キッチンの方へ引っ込む際に自分の部屋へ行くように言ってきたので、その案内の通りに2階へと上がってその部屋へと入った。

 中は女の子らしい明るい色――ピンクや白が中心――が散りばめられていて、ベッドなどには可愛らしいぬいぐるみや抱き枕もあり、実に年頃の女子高生といった感じ、なのだろうか。

 女の人の部屋など入る機会がないから、その辺はわからないな。

 しかし部屋にあった机だけは異彩を放つ。

 何故ならその上には細かく分解された愛菜さんの愛銃、ブローニング・ハイパワーが置かれていて、脇には箱詰めにされた銃弾が何段かセットで積み重ねられていたりと、普通とはかけ離れてしまっていた。

 やっぱり愛菜さんも武偵なんだよな……

 そんな異彩を放つ机に苦笑しつつ、中央に置かれたテーブルの近くに腰を下ろすと、すぐに愛菜さんもやって来て、オレに楽にするように言ってから机の椅子に座って、途中だったらしい愛銃の整備を再開しつつオレとの会話を始めた。

 話の内容は本当に他愛ないもので、普段この時間に何をしてるだとか、棚にズラリと並ぶガンアクションの海外映画の話や、ベッドにあるぬいぐるみの入手の経緯だとか。

 それらの話を聞く中でオレは、やはり先ほどの愛沙さんの話が引っ掛かってしまって、本人に聞くかどうかを迷ってしまう。

 聞いたところでどうしようもないことではあるが、それでもこのまま聞かずにいることもできそうにない。

 そうこうしてるうちに愛菜さんは愛銃の整備を終えて椅子から立ち上がりベッドへとダイブすると、大きな伸びをしながらあくびをした。

 

「今日は京ちゃん来るからって張り切りすぎて疲れてもうたね。いつもより早いけど、もう寝ようかな」

 

「それじゃあオレは客間の方で……」

 

「移動せんでエエよぉ。京ちゃん一緒に寝よ?」

 

「……なんとなく言うだろうなとは思ってましたよ。拒否します」

 

「ほなら私は拒否することを拒否すんで」

 

「じゃあ拒否することを拒否することを拒否します」

 

「私は拒否することを拒否することを拒否する……って! わけわからんくなるわ!」

 

 このままどこまで重ねていくかと考えたところでツッコミを入れる辺りはさすが。

 それには思わず笑みがこぼれるが、次に愛菜さんが見せた顔には、ほんの少しだけ真剣な色がうかがえたため、ため息を1つ吐いて了承。

 しかし愛菜さんは床に布団を敷いてくれるわけでもなく、自分のベッドにもう1人入るくらいのスペースを作ってポンポンと叩いて招いてきた。そこで寝ろと?

 しかしここでまたうだうだ言ったところで愛菜さんが退かないのは目に見えてるので、可能な限り愛菜さんから離れる形でその空いたスペースに入って寝てはみた。

 体は当然愛菜さんに背中を向けている。

 そんなオレに対してクスリと声を出して笑った愛菜さんは、部屋の電気を消して布団へと再度潜ると、やはりというかなんというか、布団の中でオレに寄ってきて、抱き枕代わりにされてしまった。

 あー、良い匂いがする……この匂いで現実逃避しよう。

 

「……お母さんから、聞いたんやて?」

 

 今の状況を意識しないようにした矢先で、いつもの明るい調子ではない声色でそう問いかけてきた愛菜さん。

 後ろから抱き締められてる形ではあるが、その表情はなんとなくわかってしまう。

 だが、愛菜さんからその話を振られるとは思わなかった。

 その問いに対して、一言はいと答えたオレに、愛菜さんは少しだけ抱き締める力を強くして1拍置き、ささやくような小さな声で話を続けた。

 

「私な、弟がおったらしてあげたいことっていっぱいあってん。こんなことしたら喜ぶかなぁとか、こんなことしたら笑ってくれるんかなぁとか。ホンマ、考え出したら止まらんくてな。日に日にその思いが強なって……そんな時にや。あの事件が起こって……」

 

 そこで1度言葉を切ってしまう愛菜さん。

 耳を澄ませば、微かにだが泣いているかのような声が聞こえ、オレを抱き締める手も震えてしまっていた。

 オレはそんな愛菜さんの手に自分の手を重ねて触れて、せめてもと慰めに入る。

 それを察した愛菜さんは、震える手を止めてまた話を始める。

 

「……そん時にな、私、お母さんにちょっと酷いこと言ってんねん。『どうして私やなくて弟を守ってくれへんかったんや!』って。ホンマは助かったお母さんにありがとうって言おう思てたのに、弟がお腹の中で死んでしもたこと聞いたら、なんやわけわからんくなってもうて……お母さんは全力で私と弟を守ろうとしてくれてたのにや……最低やろ……」

 

「……最低ではない、と思います。その時に愛菜さんがちゃんとありがとうって言えたとしても、弟さんが亡くなってしまった事実はあります。それに愛菜さんは、そのあとちゃんと愛沙さんにありがとうって、伝えたんでしょ?」

 

「……高校に上がるちょっと前にまでなってしもたけどな」

 

「なら愛菜さんは最低なんかじゃないです。最低なのはその言葉を悔いずにそのままにすることだと、オレは思います。大丈夫ですよ。愛菜さんはちゃんと愛沙さんに愛されてます。今日一緒にいただけで、オレにもそれがわかったんですから、愛菜さんはもう、その事を引き摺らないでください」

 

 らしくないことを言っているのを自覚し、しかも自分より年上の人に対してこんなことを言ってることに物凄い違和感を感じはしたが、背中に感じる愛菜さんが本当に霞むような声で「ありがとう」と言ってくれたのは、なんだかとてもホッとした。

 

「……こんな話のあとに聞くのはなんですけど、愛菜さんはオレのことをどう思って接してくれてたんですか? やっぱり、弟さんの代わり、ですか?」

 

「……ちゃうよ。でも……うん、半分正解やろな。初めて京ちゃん見て、歳を聞いた時は、私も弟が産まれてきてたら、きっとこんくらいなんやろなって思たんよ。そしたらなんや、ずっと圧し殺しとったもんが溢れてきてしもて、気付いたら京ちゃんにあれやこれやしたなっててん」

 

 やっぱりそうなのか。

 このまま終われば良い雰囲気をあえて壊してまでオレが突っ込んだ質問に対して、愛菜さんは当然のように語ってくれて、それにまた申し訳なさを感じつつも、今を逃すと聞く機会はおそらくもうないと決心して聞いたのだが、半分正解らしい。

 もう半分は、愛沙さんが言った通りなのかもな。

 

「京ちゃん優しいから、私もつい調子に乗って色々してもうてるけど、考えてみたら私のしてることって、弟にしてあげたいことそのままやねんな。自覚とかそんなんしてへんかったけど、やっぱり弟の代わりに使てたのは、事実や。でもこれだけは言うとく。私は京ちゃんのこと、ホンマに好きやから。弟の代わりとか、そんなん関係あらへんよ。そこは勘違いせんといて。今は弟の代わりなんてこれっぽっちも思うとらんから」

 

 きっかけに過ぎない。やっぱり愛沙さんは愛菜さんの母親なんだな。娘のことをよくわかってる。

 もう半分の理由を聞いた時に、素直に感心してしまったオレだが、同時に本当に照れ臭くなってしまった。

 幸姉は昔から『守らなきゃ』と思うお姉さんで、オレにとって『守ってくれる』お姉さんというのは、凄く新鮮なものだった。

 自分の身は自分で守ると教えられてきたオレには、愛菜さんのその優しさが痒くなるほどに耐性がない。

 でも、その優しさはとても安心できるもので、不思議と心が落ち着いた。

 

「……オレなんかに優しくしてくれてありがとう、『愛菜お姉ちゃん』」

 

 その心の隙から出てきたのかは知らないが、無意識のうちにそう口にしてしまったオレは、次には体温が一気に上がるのを自覚して、フリーズしてしまった。

 ああ! 恥ずかしい!

 

「……京ちゃんズルいわ……」

 

 それに対して愛菜さんが返してきた言葉は、たったそれだけ。

 何がズルいのかは知らないが、ありがとうとかそういう言葉が返ってこなくて、それ以上フリーズすることもなかった。が、

 

「ほなら今夜はお姉ちゃんの温もりを一生忘れられんようにしたるからね」

 

 次にはその抱き締める手にこれまで以上の力が入って、これ以上ないくらいに密着してきた愛菜さん。もう足まで絡めてきて完全に抱き枕にされてしまった。

 それから愛菜さんは寝ても絶対に離れてくれなかったため、オレも諦めてそのまま寝たのだが、今日のことで、少しだけ愛菜さんのことを知れたような、そんな気がしたのだった。


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