「それじゃ、これから『マッケンジー班』対『薬師寺班』の『救出&脱出』、4対4戦を始めるぞ」
夏目先生のそんな言葉で始まった特別授業、カルテット。
今は校舎裏の車輌科のために作られたサーキット上でオレ達マッケンジー班と薬師寺班とが対面している状態。
これからオレは人質として眞弓さん達の拠点へと移動して拘束されることになり、愛菜さん達も眞弓さん側の人質と一緒に別の拠点へと移動して作戦開始となる。
今回、眞弓さん側の拠点は校舎端にある体育館で、オレ達の拠点が今いる校舎裏の校舎から一番遠くに建てられた車輌科・装備科の専門棟。
強襲科や諜報科・探偵科といった学科は校舎の1階と地下1階に専門の区画が存在し、特別広いスペースが必要になる車輌科や装備科は別個で棟を建てられている。
他にSSRの専門棟も存在するが、そちらは秘匿性が高くて基本的にSSRの生徒以外は自由な出入りすらできない。
この対戦は普通に別の生徒が授業中に行われるため、今でも車輌科の生徒がサーキットで車やトラックを運転していたり、校舎からは絶え間なく銃声が聞こえていたりする。
そんな中で行われる実践。一応想定では周りへの被害は出さないこととされているが、どうなるかはわからないな。
「雅の幼馴染みかなんか知らんけど、潰す! それで京ちゃんも助ける!」
「まっちゃん、この前のは根に持たんといてや。眞弓は人の名前覚えるんが苦手なだけやから……」
「かまいまへん。そんくらいの気迫で挑んでもらわな、こっちもやりがいがありまへんから」
「愛菜、アイツ絶対泣かすで! そんであたしらの名前を意地でも覚えてもらう!」
それで顔を合わせればすでにヒートアップする愛菜さん達。
それをよそ目にオレや早紀さんはヒソヒソと小声で会話。
その早紀さんの肩には狙撃銃が担がれていた。やっぱり狙撃か。
「あっちは熱くなっとるけど、マユもあれで悪気はない言うから怖いで」
「名前を覚えるのが苦手っていうのは本当なんですか?」
「さぁ? ミヤの話やとホンマみたいやけど、なんや私は名前を覚えるに値する人を選別しとるようにも思えんねん。現に私の名前もまだ聞いてもらえてへんし」
チームメイトですらそうなのか。
ここに来て物凄いことを聞いてしまったが、うるさくなってきた愛菜さん達が煩わしかったのか、夏目先生がギロッ! と人でも殺せそうな視線をオレ達に向けて黙らせてきたので、それにはみんな沈黙。
しかし約1名。空気の読めない輩が。
「君がSSR期待の新星、真田幸音ちゃんか。いやはや、美人すぎて眩しいよ」
「そ、それはどうも、です」
今日に限って無自覚で周囲の男を惹き付ける行動や言動をする『乙女』の幸姉にそんな口説き文句を言っていたのは、眞弓さん側の人質要員の男子。
名前は
装備科の1年で、ランクはB。装備の調達から整備、改造に売買。
装備に関してなら何でもござれと優秀ではあるようだが、その依頼人は絶対に『女』でなくてはいけないのと、報酬に『特別料金』なる支払い方法が存在する人でもある。
要は女性限定の装備科生徒というのがこの人。
その空斗さんは幸姉にグイグイと迫っていたが、オレが手を出す前に眞弓さんから容赦ない扇子による一撃を受けて気絶。その首根っこを掴まれてオレ達の方に投げられた。
「さっさとそれ連れてってください。どうせ逃げ出せるような実力もありまへんし、期待もしとりまへん。それでそっちの人質はそこのおもろい子でよろしおすか?」
眞弓さんはもうさっさと始めよう的な雰囲気で空斗さんをこちらに引き渡すと、今度はオレを見て薄く笑う。
それに促されるようにオレが眞弓さんの側へと足を運ぶと、それで夏目先生が息を1つ吐いてから「散れ。開始は20分後」とだけ言って校舎の方へと行ってしまい、オレ達もそれに続くように移動を開始したのだった。
眞弓さん達の拠点である体育館。
そこのステージで背もたれつきのパイプ椅子に座らされたオレは、まず防弾制服の上着を剥ぎ取られ、次に口の中に指を入れられて何も含んでないかを確認され、靴も脱がされて何か仕込めそうな部分を徹底的に調べられた上で体に縄を巻かれ、後ろ手に縄で縛られ、足もパイプ椅子の足に繋がれた。
これでオレはこのパイプ椅子と一心同体だな。拘束が半端じゃない。
「相手が諜報科やと、これでも安心できまへんな。それでも抜け出せるようなら、それはそれでウチとしては嬉しい誤算どすけど」
「嬉しい誤算、ですか?」
「今は話すつもりはありまへんから、聞き流してもらうと嬉しおすな」
まぁ、なんにせよこの人はこのカルテットをただの授業として受けてはいない。
その辺も探る必要が出てくるのか?
そうこう考えていたらあっという間に開始の時間となり、もうすでに姿のない早紀さんと雅さんは、おそらく迎撃に出ている。
ここに今いるのは眞弓さん1人。
しかしこの人、柔らかい物腰でありながら、案外隙がない。
こちらが不穏な動きをすれば即座に反応しかねないほどに洗礼された集中力だ。
こんな人が今まで武偵じゃなかったのなら、いったい何をしていたのか疑問に思うほど。
しかしそんな眞弓さんに躊躇っている場合でもない。
ここで愛菜さん達が助けに来るのを待つのも選択肢ではあるが、もしかしたら迎撃されて辿り着けない可能性だってあるし、ここにいる眞弓さんが愛菜さん達より強ければ、倒されてしまうことも考えられる。
今回の勝利条件は『人質を解放して拠点へと帰還させる』か『人質以外の敵を全滅させる』。それから『拘束を解かれた人質が倒されてしまった』場合。
人質は拘束を解くまでは倒すことを許可されないが、1度でも解いてしまえばその限りではなくなる。
だから今回の人質の拘束をあえて抜けられる手を残して、逃げたところを仕留めるなんて手も考えていたが、眞弓さんはそれでは危ないとでも踏んだのか、ガチガチに拘束をしてきた。
それはもう強襲科や探偵科では抜け出せないと悟れるくらいに。
オレもかなりの綱渡りをしたが、なんとかこの拘束を脱出する手を残せた。
身ぐるみ剥がされなきゃ相当楽だったんだけど、そんな優しい人でもなかったな。口の中まで調べられたのは予想外だったし。
諜報科に限らないが、諜報などを専門にする武偵の中には、暗器と呼ばれるものを体に仕込む人もいる。
その中で有名なのが口内に隠せるカッターやワイヤー。それすら眞弓さんは警戒して調べてきた。
生憎とオレは体内にまで何かを常時隠したりはしないので、警戒のしすぎなのだが、それでも眞弓さんの逃がす気はないという意思はヒシヒシと伝わってきた。
とにかく、この残せた手を眞弓さんにバレないように使い、隙を見て逃げる算段までしなくてはならない。
しかしそれには眞弓さんの実力が未知数。やはりいくらか情報を引き出さないとダメか。
そんな結論に至ったオレは、拘束状態にある自分の現在の稼働域を確かめながら、扇子を扇ぐ眞弓さんをまっすぐに捉えて話を振ってみる。反応してくれよ……
「眞弓さんって、雅さんと幼馴染みなんですよね? 雅さんはいつから武偵をやってるんですか?」
「少年、雅に興味あらはるんどすか? エエ趣味しとりますのやな。もっと身近にナイスバディがおりますやろ?」
「いえ、そういう趣味の話ではなくて……」
どう切り出そうかと考えた結果、雅さんを話の種にしてみれば、意外にも眞弓さんは普通に話をしてくれた。
いや、返しは普通ではなかったけど。
「その、雅さんが少なくとも中学は大阪武偵中に通っていたらしいことはわかってるので、その時に眞弓さんはどこにいたのかなって。眞弓さんの身のこなしは素人のそれとは違いますし」
「中学には、行っとりませんのや」
オレが言い終わるかどうかというタイミングで即答した眞弓さん。
その時にはオレと目を合わせずにどこか遠くを見ていたように感じた。
「別に不登校やったとかそんなんと違いますえ。家が代々医者の血筋やさかい、ウチも中学に上がった時には親の手伝いをしとりましたって話どす」
「……ですけど、それで何でそんな身のこなしとかを……」
「おりました場所が場所やさかい、必要を迫られてしもうた、といったところどす」
必要を迫られた?
そんな場所が日本に存在するのだろうか。
というか医者がいる場所と言うと、やっぱり病院、だよな。それで必要を迫られるって、やっぱり変だ。
「納得できまへん。みたいな顔しとりますな。そら常識的に考えればそうどす。けど、医者の全てが『安全な場所で治療をしてる』いう認識は、日本人らしいとしか言えまへんえ」
日本人らしい?
それってもしかして、眞弓さんはずっと『日本にいなかった』ってことなんじゃ……
そうオレが口に出そうとした時、この体育館の屋根から、2発の発砲音が届き、オレも眞弓さんも1度頭上を見上げて頭を切り替える。
「もう来はりましたか」
「今のは、早紀さんが撃ったんですか?」
「体育館の屋上を陣取って撃つ人なんて普通いまへんえ。生憎と昏倒程度で撃退には至ってへんみたいどすが」
あの愛菜さんと千雨さんに被弾させたのか。それでも十分凄い。
あの2人の実力は身近で見ていたからこそ、その凄さがわかる。
となるとやはり、愛菜さん達を信頼して黙ってるというのは安牌ではなさそうだ。オレもオレでできることをしよう。
そうしてたった1つの策、左耳の少し上の髪に紛れさせて仕込んだTNKワイヤーを、汗を拭くような動作で肩で擦って落とし、後ろ手に縛られた手でキャッチ。
そのあと怪しまれないように逆でも同じ動作をしておく。
一瞬何かと反応されたが、そこまでの反応でもなかったので、なんとかここはクリアした。
気を緩めたら簡単に勘づかれてアウト。本当にこの人、医者家系か?
「それよりもウチがこれだけ自分のことを話したんやし、そっちも質問に答えんなんて水くさいこと言わへんどすな?」
オレが慎重に事を進める中、先程の愛菜さん達の攻防を頭の隅に置いた眞弓さんは、オレに向き直ってニヤッとその口角を上げて笑みを浮かべる。
これは話に応じる義理はない。あっちが勝手に話したのだから。
と一蹴するのは容易いが、話に意識を持っていってくれるなら、こちらとしても作業が幾分やり易くなるため、適当に付き合うことにする。
「答えられる範囲でなら」
「エエ子どす。とはいえ、こっちもおんなじような質問になりますけど、あんさん、その歳であれだけの動きをどこで身に付けたんどすか? 雅に聞きましたえ。あんさん、まだ12の子供やて」
「……そういうのを身に付けなきゃいけない家系だったからですよ。眞弓さんと変わりません」
「履き違えてもらわんでください。ウチの医療の技術は別に身に付けなあかんわけやありまへんでした。ただ生まれた時から身近にそれがあったから、自然と身に付けるもんやと思っとっただけどす」
少しだけ声のトーンが落ちた眞弓さんは、そうやってオレの言葉を否定して、1度視線をオレから外す。
確かにそれならオレとは違う。
オレは家の言いつけで身に付けろと半ば強要されたようなものだが、眞弓さんは誰に言われたわけでもなく、自分でそれを身に付けた。
そこには明確な違いがある。
「でも、オレは後悔はしてないです。この力で守れるものがあるなら、それはとても喜ばしいことですから」
「守れるもの……あんさんといつも一緒におる長い黒髪の女どすか? 確か主従関係や言う話を聞きましたな」
「家が決めたことですけど、それでもオレはあの人を守れることを誇りに思ってます。それはこれから先もずっと変わりません」
「……寂しい生き方どすな……そこに己の意思がない……」
ボソッと、全てを聞き取れない声量で何かを呟いた眞弓さんは、それから少しの間沈黙。持っていた扇子を広げて軽く扇いだりし始めた。
何を言ったのか気になるところではあるが、眞弓さんの意識が他所へいっているならチャンス。
先ほど手にしたワイヤーを指先だけで器用に動かして手首に巻かれた縄に引っ掻けて左右に動かし切りにかかる。
早くやるとワイヤーの切れ味で指がボロッと取れてしまうので、ゆっくり確実に作業を進める。
それで手首の縄を解き、切った縄を尻のポケットに入れて落ちないようにしたあと、今度は胴体に巻かれた縄の切断。
しかしこれは巻かれる段階で少し手を加えている。
人間は大量の空気を体内に取り入れた状態とそれを吐き出した後の身体の膨張具合がだいぶ変わる。
それを利用すると、がっちり巻かれたはずの縄も息を吐き出せばいくらか余裕ができて緩む。そのわずかな緩みは結構重要。
始めは胴体に巻かれた縄も切ろうと考えたが、切った拍子に全体が緩み、眞弓さんに気付かれる可能性があったため、そのわずかな緩みを利用して結び目を解く作業に変更。
ここはすぐに解ける1歩手前でやめて、最後の難関、足の拘束をどうするか考える。
パイプ椅子は前足、後ろ足がそれぞれ左右で繋がってるオーソドックスなタイプで、縄を巻かれたまま足を抜くといった具合にはできない。
かといって今の姿勢からでは足など触れることすらできないし、変に足を意識すれば眞弓さんが反応してしまう。
やれるとすれば、胴体の拘束を解いた瞬間に手に持つワイヤーで素早く足の縄を切ることだが、それには最低でも4秒はかかる。
それだけあれば眞弓さんなら容易に無力化できるだろう。どうしたものか。
「そういえば、あんさんのご主人様、SSRや言う話やけど、代々そういう家系なんどすか?」
オレがもう1つくらい案がないかと模索し始めた瞬間、もう狙っているのではないかというタイミングで眞弓さんが急に口を開いたので、内心少しびっくりしながらも、あたかもただ黙っていたかのように振る舞い眞弓さんを見る。
「いえ、幸姉の家はそういうのとは無縁だったんですけど、幸姉だけが持って生まれてしまったんです」
「……京都武偵高になんでSSRがあるか知ってはりますか?」
オレの返答を聞いた眞弓さんは、何か意図があるのか、唐突にそんな質問をしてきた。
だが、考えてみれば少しおかしな話だ。
SSRは正式名を『超能力捜査研究科』と言い、文字通りに超能力を扱う武偵、超偵を育成する学科ではあるが、狙撃科や救護科といった学科がないこの京都武偵高にSSRはあるというのは不思議だ。
SSRというのはそれだけ生徒数も少なく、限られた人間しか入れないから。
「伏見稲荷の天孤の化生が言うには、ここが古都であるがゆえに数年に1人か2人、『ホンモノ』が生まれるらしいのどす」
「ホンモノ?」
「人の枠に当てはまらん力を持った『バケモノ』のことどすえ。そんなホンモノを引き取る場所がここのSSRや言う話で、あんさんのご主人様がもしかしたらそれやないかと思たんどす」
バケモノ? 幸姉を……そんな風に言うな……
――ガバッ!
眞弓さんの言葉を聞いてほとんど反射的に身体が動いたオレは、ほとんど解けていた胴体の縄を振りほどき、想定より早いスピードで足の縄を両方とも合わせて2秒で切り解く。
ワイヤーを雑に扱ったため、それを持っていた指に食い込み血が出るが、それにも構わず身体から離れたパイプ椅子を眞弓さんめがけて思い切り投げつける。
しかし2秒もあれば眞弓さんも迎撃の体勢が整う。
投げつけたパイプ椅子はヒラリと最小限の軸移動で躱され、それと同時に右腿に携えていた拳銃に手が伸びるのが見えた。
眞弓さんがホルスターから銃を抜きその銃口をオレへと向け構えたのと同時に、懐へと入り込み構えた右腕を掴み両足を払って床へと仰向けに押し倒すと、銃を持っていた右手を床に数回叩き付けて手放させると、マウントポジションを取って両の手首を掴んだ。
「訂正してください。幸姉はバケモノなんかじゃない!」
「超偵言うんは結局、自分が他人と違うことを認めな前に進めまへん。そういう星の下に生まれてしもうてるんどす」
オレに押し倒されたというのに、眞弓さんは表情1つ変えずにそう言って笑みを崩さない。
――ゴヅンッ!
眞弓さんの笑みに違和感を覚えたのとほぼ同時。
突如オレの後頭部に重くて固い何かが直撃し、一瞬ではあるが眞弓さんの拘束を緩めてしまうと、その一瞬で眞弓さんはオレの腕を振り払って手首を掴み、ぐるん! 右手を左へ、左手を右へと引っ張りオレを上から退けて素早く立ち上がり、落ちていた銃と扇子を拾い上げて、オレに再び銃口を向けた。
「これ、銃弾も弾き飛ばす強度やさかい、殴打に使ても威力があるんどすえ」
言いながら眞弓さんは左手に持つ扇子を広げて優雅に扇いでみせる。
おそらく眞弓さんは交錯の時にあの扇子を上に投げておき、丁度オレの頭に落ちるように倒れた。そういうことなのだろう。
完全に銃の処理に気を取られた結果だ。
「拘束を抜けた事は嬉しい誤算どす。やけど、そない頭に血が上りやすいのはマイナスを付けなあきまへんえ。武偵は冷静さが友や言いますからな」
強い。若干冷静さを欠いたとはいえ、オレが1対1で地に伏せられた。
しかも強襲科や諜報科といった前線の学科ではなく、あくまで自らの生存率を上げるために戦闘技術を身に付ける衛生科にだ。
マジでこの人、衛生科とか疑いたくなる。
だが、この状況でもまだ詰みではない。
幸い、眞弓さんはこの形勢になった瞬間にオレを撃って無力化しなかった。そこは大きい。
「……避けますよ、オレ。たとえいま撃たれても、確実に避けて眞弓さんから銃を奪えます」
「あー……んー……そらぁ、そうどすなぁ……これはウチも詰めが甘かったことを認めなあきまへんな」
片膝をついた状態のオレが不敵にそう言ってみれば、意外にも眞弓さんはそれを素直に受け入れて、扇子を閉じて頭を軽く叩く。
普通はそんな戯れ言と一笑に伏すところだと思うんだが……
そう思ってオレがほんのわずかに気を緩めた瞬間、眞弓さんの銃を持つ手に、その引き金にかける人差し指に力が入ったのを見て、全力で身体を左へずらした。
眞弓さんの放った銃弾は、オレの右肩を弾き飛ばすように命中し、オレも反動でのけ反るが、今はそれどころではないと身体に鞭を打ち前へ。
眞弓さんの持つ銃を下から蹴り上げて、今度は左手の扇子も視野に入れつつ眞弓さんの腹へ蹴りを入れるが、それを扇子によって阻まれてしまう。
だがいい。オレの蹴りで動きが少し止まった眞弓さんよりも早く、打ち上げられた銃をキャッチ。そのまま体育館の出入り口へと向かう。
それを眞弓さんは追おうともしなかったが、オレが体育館を出る直前に言葉をかけてきた。
「名前、覚えておきます。名乗ってから行きなはれ」
「……猿飛京夜。諜報科のインターン、です」
それに対して眞弓さんは何も言わずにただオレのことをまっすぐに見つめて笑みを浮かべた。
そのあと体育館を出たオレは、早紀さんからの狙撃を抜けてきた愛菜さんと千雨さんに合流し、すぐに拠点へと帰還。
それでこちらの勝ちとなったわけだが、その拠点では意識の戻った空斗さんが拘束された状態で幸姉にナンパしていて、幸姉も決着するまで人質に手が出せないルールのせいで精神的に参っていた。
そんな様子にイラッとしたオレは、空斗さんに1発だけ蹴りを入れて床に転がして幸姉の側に寄り保護。
そのあと愛菜さんと千雨さんは容赦なく殴る蹴るの雨あられ。夏目先生や眞弓さん達と合流した頃にはボロ雑巾のようにされていた。
さすが『変態』と言われるだけあって、そんな姿にされても誰も心配する人がいなかった。可哀想を通り越して哀れだ。
「まぁ、4対4はマッケンジー班の勝ちだ。負けた薬師寺班は後日教務科の出す課題をやって提出すること」
全員集まった中で夏目先生は淡々とそれだけ述べてさっさと校舎の方へと行ってしまい、残されたオレ達もすぐに解散かと思われたが、そうもいかなかった。
「なんや、えらい上からの物言いやったのに、京ちゃんに逃げられてもうてるやんか」
「やめや愛菜。今こいつ、めっちゃ恥ずかしくてしゃーないんやって」
「ウチは別に逃げられたことに関しては恥じることもありまへんえ。京夜はんはウチより優秀やった。それだけの話どす。それより、ダブラ・デュオ言うけったいな名前で売り出しとる2人組は、最後まで姿が見えまへんでしたけど、昼寝でもしてたんどすか?」
「「なんやと!!」」
どうやら愛菜さん千雨さんの2人と眞弓さんは水と油の関係らしく、そこからまた言い合いが始まってしまう。
そんな言い合いを横目にオレに近寄ってきた雅さんと早紀さん。
ちょいちょいとしゃがむように促されたので、3人で小さな輪を作ってヒソヒソ話を始めた。
「京くん凄いなぁ。あの眞弓がこんな早くに他の人の名前覚えるやなんて思わへんかった」
「そういえばこの中では雅さんだけですね。名前で呼ばれてたの」
「私は今回はマユのお眼鏡に叶わなかったらしい。お疲れさんどすで話も終わってもうたからな」
「不思議な人ですよね、眞弓さんって。あ、この銃、眞弓さんに返しておいてください」
そうして話の中で雅さんに眞弓さんの銃を手渡したところで、不意に後ろの襟を引っ張られて立ち上がらせられたオレは、そのまま眞弓さんに抱き寄せられてしまっていた。な、なんだ?
「あんさんら2人より、京夜はんの方が優秀や言うことがわかりまへんか? それでウチ、京夜はんのこと気に入ってしまいました。これからよろしゅうな、京夜はん」
――チュッ。
そう言った直後、眞弓さんは何を思ったかオレの頬にキスをしてきて、にっこり笑顔を向けてきた。
それには目の前の愛菜さんが鬼の形相。両手に銃を持って鬼神が如く眞弓さんを睨んだ。こ、恐い。
「何してくれとんねん。私もまだしたことなかったいうのに……」
そこなの!?
意外すぎる愛菜さんの言葉に内心ツッコミつつ、オレを盾に笑顔で後退を始めた眞弓さん。
しかもご丁寧に腕の関節を極められて逃げれない。
「なんどすか。京夜はんは別にあんさんのもんでもないどすえ。怒られるのは筋違い思いますけど?」
この人こんなこと言ってるけど、絶対こうなるってわかっててやった。
その後眞弓さんと愛菜さんはしばらくおいかけっこをしたようだったが、眞弓さんの方が1枚上手で、結局逃げられた愛菜さんがその怒りをオレを強烈なハグをすることで治めて事なきを得たのだった。