緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet43.5(下)

 

 調査開始2日目の朝。

 私が仮眠を取っていて、少しずつ明るくなってきた外の光で目を覚ますと、横でシートを倒して私をニコニコと見ているフローレンスさんを視界に捉えて少し驚く。

 な、なんで私を見てるんですか……

 

「おはよう小鳥ちゃん」

 

「お、おはよう、ございます……あの、なんで私を見て……」

 

「ん? なんでって、小鳥ちゃんの寝顔が可愛かったからついね。あと起きないようならちょっとイタズラでもって思ったんだけど、どうにも噛みつかれそうで。ははっ」

 

 言ってフローレンスさんは視線を後部座席に寝そべる煌牙に向けるので、私もそちらを見ると、煌牙が鬼の形相で犬歯をむき出しにしていた。

 

「一応、私のボディーガードってことなんで、すみません」

 

 ガウ。

 そうやって私がフローレンスさんに謝ると、煌牙は小さく吠えて私に抗議。

 そいつずっと小鳥を見てたぞ。おちおち眠れやしねぇ。だそうで、なんだか寝不足らしい。って、ずっと私を見てたの!?

 

「フローレンスさん、ちゃんとお仕事してましたか? 煌牙が私ばっかり見てたって……」

 

「ふふっ、小鳥ちゃんは面白いね。この狼君がそう言ったって?」

 

「え……あ! その、私、動物の言いたいことがわかるんです。仲良しの子限定ですけど……」

 

 しまった! ついいつもの調子で言っちゃったよ! また不思議ちゃん扱いかぁ。

 そう思ってフローレンスさんを見てみると、意外にも私の言うことを受け入れているらしく、逆に感心されてしまった。

 

「今の時代、超能力者は少なくないから、小鳥ちゃんのそれも超能力の一種なのかな。じゃあそこの狼君とインコちゃんの目が光ってる限り、小鳥ちゃんにイタズラはできないな。こりゃガードが固い」

 

「昴はオスですよ……あとイタズラとか考える余裕あるんですか?」

 

「適度に緊張をほぐすのも大事なスキルだよ」

 

 そうやってウィンクなんかしてからシートを元に戻したフローレンスさんに合わせて、私も少し倒していたシートを元に戻してお茶をひと口含んで気持ちを切り替えた。

 それから尾行対象の女性の旦那さんが車で通勤を始めて、私達もそれに続いていき、昨日と同じようにその道中での接触に細心の注意を払うが、今朝もコンビニなどにも寄らずにまっすぐ会社へと到着し社内に入っていった。

 それをきちんと確認した私達は、9時を回った辺りでようやくの朝食タイム。

 それから朝の報告とミーティングを同時に進行。無線もさいたま市にいるはずの陽菜ちゃんと志乃さんと繋がっている。

 

『こちら、昨日からの調査の段階では、対象に変化はありませんでした。なりすましが完了していることはなさそうです。風魔さんもいま現在社内に潜入中です』

 

「さすがは『風魔』といったところかな。こちらはまだなりすましかどうかは判断できないから、今日中にはそこだけでもはっきりさせておくよ」

 

「すみません、力足らずで」

 

『気になされるな小鳥殿。失敗はしてないのでござろう? ならば力足らずとは誰も思わないでござるよ』

 

『そうですね。努力に結果が必ず伴うとは限りませんが、精一杯できることをやることに意味はきっとあります。気を落とさずにいきましょう』

 

「……ありがとう、陽菜ちゃん、志乃さん」

 

「微笑ましい女の友情だね。とても美しいよ。さて、それでは志乃ちゃん達は対象に接触する人物に細心の注意を払ってくれたまえ。何かあっても単独、もしくは2人でどうにかしようと考えないように」

 

『『了解(御意)』』

 

 それを最後に無線も一時切断。

 会議に集中したのと、ちょっと慰められていたことで、朝食を食べる手が止まっていた私は、急いでそれを口に含んで胃袋に流し込む。

 

「それで私達はどうするんですか? 対象がなりすましかどうかなんて確かめる手段がパッと思い付きませんが……」

 

「彼の犯行にはもう1つ、金の動きがある。夫婦殺害後、彼は銀行口座から預金をほとんど引き出して逃走しているんだ。おそらくその金を次の軍資金にしてるんだろうけど、彼が潜伏期間中は、その預金からの引き出しが妻含めてほぼない。つまり節約するんだよ」

 

「なるほど。今後の自分の資金を減らさないようにしてるんですね。でもそれでどうするんですか?」

 

「僕が対象を。小鳥ちゃんが奥さんの監視をする。一応念のために対象の住む部屋を監視できる部屋と機器を用意してあったんだよね」

 

 そうしてサラッと笑って言ってみせるフローレンスさん。

 そんな準備があったなら、最初から使えば良かったのに……

 

「なんで最初から使わないんだって顔だね。でも機器の中には集音器とかあるし、非常時にはすぐ駆けつけられるようにしなくちゃいけないから、私がそこを使うわけにもいかないから、必然として小鳥ちゃんにやらせることになっちゃうでしょ?」

 

「何か問題があるんですか?」

 

「うーん、ハッキリ言っちゃうと小鳥ちゃんには『刺激が強い』かなって。要するに『夫婦のSEX』を監視+盗聴する可能性があるわけだからね」

 

 …………ほ、ほええええええ!!  せ、せ、はわああああ!! お、落ち着け小鳥! 呼吸しろ! ひっ、ひっ、ふぅ。ひっ、ひっ、ふぅ……ってこれラマーズ法! 妊婦さんじゃないよ私!

 そうやって顔を真っ赤にしてアワアワしてる私に対して、フローレンスさんは「やっぱりね」と笑ってから、確保している部屋の鍵を私に手渡してきた。

 

「だから昼間。旦那さんといない時間帯の監視を頼むね。対象が帰宅したら合流。もしそのまま続行できるならその時に言って」

 

 必死に落ち着かせた頭でフローレンスさんの言葉に了解した私は、それから昴と一緒に車を降りて自力で教えられた部屋へと向かった。

 フローレンスさんに教えられた部屋は、対象の夫婦のマンションから100メートルほど離れたホテルで、部屋には言っていた通り分解された状態の機器がバッグに詰められていた。

 組み立て・分解の説明文が全部英語だったので、読んで2秒で元に戻した私は、授業で習った記憶を頼りに機器を組み立てた。

 京夜先輩が機械苦手だから、せめて私はって勉強を頑張った甲斐がありましたね。扱い方もなんとなくわかります。

 そうして望遠鏡、集音器、映像カメラを設置。

 カメラと集音器にリンクした映像解析・制御用のパソコンを立ち上げて、集音器の指向性アンテナをマンションの対象の部屋へと向けて望遠鏡のピントを合わせた。

 実際に使いながら微調整を滞りなく終わらせた私は、そこから本格的に行動を開始。

 外出する時に備えての最短ルートも頭に入れて備えはたぶん万全。

 あとはバレないようにしないと。これで何も起きてなくて、裁判になったら勝てないし……

 そんな恐ろしい未来を想像しながら、監視を続けること7時間。

 特にこれといって報告するようなこともないまま、時間だけがイタズラに過ぎていき、18時を回った頃に一緒にいた昴は設置したカメラの上で寝てしまいました。

 さすがに何もなくても報告くらいはしないとと思って、無線を取り出して被っていたヘッドホンを外し無線の方に切り替えてフローレンスさんに繋ぐ。

 

『何かあったかい?』

 

「いえ、今のところこれといったことは特にありません。ただ、そろそろ何かしらの報告でもって思いまして」

 

『確かにそろそろ小鳥ちゃんの可愛い声を聞きたいなとは思ってたから、報告は嬉しいよ。ありがとう』

 

「お礼を言われるようなことは何も。報告は義務ですし」

 

 むしろ今まで音沙汰なしだったのがいけなかったくらいかも。

 

「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

 

『何かな? 私の好みの女性なら、かなり幅広いけど』

 

 これは冗談、だよね。でも笑うのは失礼かな。

 

「えっと、そうではなくて。フローレンスさんがどうして強行してまで日本に来て犯人を逮捕しようとしてるのか、少し気になって。もちろん正義感とかそういうのは理解してますけど、なんていうか、何がなんでも自分がってなった理由がわからないと言いますか……」

 

 これは昨夜送られてきた志乃さんからのフローレンスさんのプロフィール。そこから浮き出てきた疑問だ。

 フローレンスさんは尋問科。つまり逮捕を専門としてはいない。

 もちろん強襲科や他の履修歴はあるけど、それでも祖国を出てきてまで専門外の仕事をするというのは、何かしらの強い意思があるということにはならないか。そう思った。

 

『……小鳥ちゃんにとって、人が人を殺す動機で、最も残酷な解答って何かな?』

 

「えっと……殺しに何かしらの快楽を求めてる、とかではないですかね。そこには罪の意識がないわけですから」

 

『小鳥ちゃんとは気が合いそうだね。私もそう思う。そしていま捕まえようとしてる奴は、そんな快楽主義者の1人だ。自分の欲求を満たし、人を騙し、辱しめ、全てを奪った上で殺す』

 

「そんな人に、10人も犠牲に……」

 

『15人だよ、小鳥ちゃん』

 

 言われて私は今までの事件件数を思い返すけど、5件だよね。夫婦の両方が殺害されたなら10人……

 

『彼は自分と女性との間にできた子供も殺害している。そんなことを5度もね。私は許せないのさ。女性を幸福から絶望へと叩き落とすことに悦を覚えている奴が。そんな奴がのうのうと街を歩いていることが』

 

 今までで一番の怒気を含んだその声に、私は無線越しからでもその表情を想像できた。

 それほどまでに見逃せない犯罪者を追うのに、それ以上の理由がいるか。

 必要ないんだ。フローレンスさんにとっては。

 

「……フローレンスさんは凄いです。そこまでの正義感があるなら、きっと自分を誇れるんでしょうね。私はまだまだです」

 

『いや、私はおそらく一生、この世に生まれた自分のことを呪うよ。私の中に流れるこの「血」を、誰よりも呪う……』

 

 ……どういうことだろう。

 そう思った矢先、外の方から緊急放送が聞こえてきた。

 

『只今、東京着、山陽・東海道新幹線のぞみ246号が、何者かによりコントロールを奪われ暴走しています。新幹線には爆弾が仕掛けられているとのことで、東海道新幹線から3キロ圏内は避難警報が発令されました。住民の皆様は慌てず落ち着いて避難されるようお願い致します』

 

 こんな時にエクスプレスジャック!?

 放送を聞いて慌てて部屋のテレビを点けた私は、車のラジオ放送を点けたであろうフローレンスさんと頭を切り替えて話をする。

 

「フローレンスさん。こっちは避難警報の影響はたぶんなさそうですけど、そっちは避難民が流れる可能性がありますよね」

 

『そうだね。人でごった返す可能性を考慮すると、少々厄介だよ。車では動けなくなるかもね』

 

 横浜市の東京湾寄りにある対象の自宅近辺には影響はなさそうだけど、東海道新幹線寄りの会社はその影響を受けそうで、少々面倒なことに。

 これで会社から対象が外に出た場合は尾行が困難になるのは目に見えていた。

 早く避難警報解除されてよー!

 そんな思いとは裏腹に、19時を回った頃には、フローレンスさんのいる場所は人と車で溢れてしまったようで、混雑を極めていると言う。

 そしてさらに最悪な事態が発生。

 なんと、対象の車につけていた発信器が動き出したのだとか。

 つまりは対象が会社を出て車を運転し出したということ。

 

『マズイね。いつ外に出たのかさっぱりわからない上に、こっちは車を動かせない』

 

「フローレンスさん! 煌牙を車から出してください。無線をつけてあげれば、リアルタイムで私に情報が伝わって指示も出せますので」

 

隠密行動(スニーキング)はできるかい?』

 

「煌牙は優秀です。信じてください」

 

 断言した私に対して、フローレンスさんは少しの沈黙。

 それからガソゴソと無線から音が聞こえてきて、煌牙のガウ、という声から「くすぐってぇ!」と聞き取った私は、それで煌牙に無線をつけているのだと理解。

 次には車のドアが開かれる音が聞こえた。

 

『じゃあ頼むよ小鳥ちゃん。対象を見失わず、見つからないギリギリの距離で追跡してくれ』

 

「任されました!」

 

 状況に臨機応変に対応するのも武偵には必要なこと。

 フローレンスさんに任されたんだから、失敗は許されない。頑張るよ、煌牙!

 フローレンスさんの車から飛び出した煌牙は、混雑する人混みを避けて細い道を選択しながら、フローレンスさんが発信器と煌牙のGPSを見ながら指示を出して、確実に距離を縮めていく。

 それを私が煌牙側からの状況を聞く形でサポートしながら、ようやく対象の車を捕捉すると、暗くなってきた外のおかげで煌牙もいくらか動きやすくなったらしく、結構テンションが高い。ミスだけはしないでよ。

 そんな私の注意に「余裕だ!」と応えた煌牙は、現場のまったく見えない私達のハラハラを知ってか知らずか、対象の車と絶妙の距離でピタリと後方をマークして追跡していた。

 その間にフローレンスさんも移動を試みてはいるようだけど、混雑は解消されていないから厳しい。

 ニュースではそろそろ横浜を通過するような中継がされているから、事後処理とか安全確認が終わって混雑が解消されるのは20時を過ぎると予測してるけど、これがなければこっちも慌てることがなかったのに。

 そうこう考えながらも時間は過ぎていき、ついに対象の車は市内の料亭の駐車場に停まったらしく、煌牙には駐車場の隅に隠れて様子をうかがわせていた。

 

『小鳥ちゃん。対象の奥さんに旦那から連絡のあった様子は? 外食ならおそらく連絡がいくと思うんだけど』

 

 そこでフローレンスさんからそんな問いが来たので、回しっぱなしだったカメラの記録映像を巻き戻して見ているけど、そんな素振りは映されていなかった。

 

「映ってませんね。食事も普通に作っているようですし」

 

『……妙だ』

 

 フローレンスさんはそれを聞いて少し声色を低くして呟く。

 確かに外食なら奥さんに連絡を入れるのは普通。

 事前に言ってあったとしたら、旦那の分まで食事を用意してることに説明がつきにくい。

 ガウ!

 そんな時に無線から煌牙の声が聞こえてきて、そちらに意識を向けて聞き取ると「追ってる男じゃねぇぞ」と恐ろしい事実を言ってきた。

 おそらく駐車が終わって車から出てきた顔を確認したのだろう。

 

「フローレンスさん! 乗っている人が対象じゃないみたいです!」

 

『……しくじった……おそらく会社の社員の誰かに車を貸したんだろう。迂闊だった』

 

 ……マズイ。

 私もフローレンスさんもこの状況で思ったことは同じだ。要するに今、対象を完全に見失った状態に陥ったのだ。

 こうなってしまうと対象が家に帰るまでこちらは動けない。下手に動き回っても仕方がないから。

 まだ会社にいる可能性もあるけど、交通状況は悪く、煌牙を動かすのもいただけない。

 もし車を貸した当人と合流を図ったら、入れ違いになるかもしれない。

 そうして待つこと約1時間。

 対象を見失ってから1時間半ほどの20時35分を回った頃に、対象はマンションにタクシーで帰宅してきた。

 その様子を望遠鏡から覗いていた私は、すぐにフローレンスさんと無線を繋いで報告。

 

「対象捕捉。タクシーから出て……きましたけど、何やら大きめのバッグを……あれはゴルフクラブを入れるバッグ、ですかね。それを持って外の物置小屋に運んでます」

 

『ゴルフクラブ? 対象はゴルフの経験がなかったはずだし、その周りの人もゴルフはやっていない。確認できるかい?』

 

 言われて私はすぐに部屋を出てホテルから外へ。

 マンション近くまで行って、何食わぬ顔で自然と敷地内に入り、対象の物置小屋の扉を発見。

 鍵はかけられていたけど、警報装置のようなものはないことを確認し、解錠(バンプ)キーで鍵を外して扉を静かに開けて中を拝見。

 目的のゴルフバッグはドスンと立てて置かれていた。

 そして意を決してその中を確認。そこには……

 

「そ、そんな……」

 

『……小鳥ちゃん、中には何が?』

 

「…………対象の……遺体を確認……関節部を折られて……コンパクトにされた状態で……異臭防止のためか、透明な袋で密封……」

 

 私はそこで言葉が出なくなってしまい、小さな嗚咽だけが込み上げてきた。

 守れなかった。

 そんな現実を目の当たりにして、私は自分の無力さに絶望した。

 この嗚咽も悲しみから来るものではないことを、自分でわかっていた。

 

『……小鳥ちゃんは一旦待避。私がそちらに着いたら、全てを終わらせる』

 

 私を慰めるように優しくそう命令してきたフローレンスさんに、私は嗚咽混じりに応えてから、物置小屋を静かに閉めてマンションの敷地内から出て、近くの自販機の横で小さくうずくまった。

 そうしてフローレンスさんを待つ間、足下でずっと昴が「小鳥は悪くない」って言ってくれて、合流した煌牙も「悪いのは殺したやつだ」って私を慰めてくれた。

 ありがとう、2人とも。

 それから到着したフローレンスさんは、対象の家に直接電話をかけて女性をマンションの外へと呼び出して、住民にも部屋の鍵をかけるように手回しをしてから、マンションの対象の部屋へと向かっていき、私も絶望ばかりしていられないと同行。

 煌牙と昴にはマンションの外で待機してもらって逃走された際の対応に回ってもらった。

 そうして部屋の前の扉まで来たフローレンスさんは、手に銃口の先にサプレッサーの付いたHK45Tを持ち、女性から借りた鍵でゆっくり解錠すると、そこでジュニア・コルトを持った私を手で制して銃を下げさせた。

 ――あとは私がやる――

 そう目で言ってから、フローレンスさんは扉をガバッ! と開けて中へと侵入し、私はその扉付近で身を隠すが、中からはバシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! と4発の発砲音がして、その音がサプレッサーによる減音機能によるものであるので、撃ったのがフローレンスさんであることを理解。

 次に聞こえてきたフローレンスさん以外のうめき声で私は中へと侵入。

 そこにはリビングで両手と両腿を撃ち抜かれて血まみれの対象になりすました犯人、ウォルター・クロフォードが、動けない状態でフローレンスさんに手錠をかけられていた。

 

「大人しくしていれば死にはしない。さて、貴様のその変装術。どんな仕組みか洗いざらい吐いてもらおうか」

 

「ま、まず止血を……してく……」

 

 ――バシュッ!

 手錠をはめられて弱っていた犯人は、止血を求めたが、その瞬間にはフローレンスさんがまた発砲。

 今度は膝下の左足を撃ち抜く。

 

「私はそんな発言を許していない。もう1度聞く。貴様のその変装術。どんな仕組みか洗いざらい吐け」

 

 犯人にそうやって質問以外の解答を言わせないフローレンスさんは、普段の優しそうな表情など一切なく、綴先生のような据わった目で犯人を見ていた。

 でもこれはもう……拷問……だよ。

 

「フローレンスさん! その、聴取は後でできます。今は搬送と治療を優先しましょう」

 

 少し怯えながらそう言った私に、フローレンスさんは1度犯人を睨んでから、乱暴な感じで止血をして、それから搬送の手筈を整えた。

 

「……嫌なものを見せたね。私も『ここまでやった』のは初めてだった。止めてくれてありがとう、小鳥ちゃん」

 

 そう話すフローレンスさんは、また優しい口調で、さっきまでのあれが嘘のようだった。

 フローレンスさんの2つ名……『闇の住人』って、どんな意味が込められているんだろう?

 そんな疑問が頭に浮かぶが、今は深く考えずに犯人を逮捕できたことを良しとするべきだと思った私は、その疑問をかき消してから、夜遅くに武偵高へと戻って、そこで陽菜ちゃんと志乃さんと合流。

 状況だけは聞いていた2人は、揃って私を慰めてくれて、それがたまらなく嬉しかった反面、己の力の無さを改めて痛感した。

 請け負った依頼で生まれて初めて死者を出してしまった。

 この責任は全てフローレンスさんが自分にあるとは言ってくれたけど、私がもっと優秀ならという考えは消えない。

 そのあと事後処理や何やらに追われて、そのまま武偵高で一夜を過ごした私達は、翌日の昼頃にロンドン武偵局からの迎えのジェット機で犯人と一緒に帰るフローレンスさんを見送りにヘリポートへと赴いていた。

 

「志乃ちゃん、陽菜ちゃん、よくやってくれたね。それと小鳥ちゃん。今回の件はあまり気にしないんだよ? 責任はリーダーが至らなかったせいだ」

 

 ジェット機に乗り込む前に、フローレンスさんは私のことを最後まで気にかけてくれて、私も寝たおかげで気持ちの整理ができてきていたのでそれに「はい」と笑顔で答えて、それを聞いたフローレンスさんは、優しく笑った。

 

「それにしてもこの学校はなかなか興味深いね。陽菜ちゃんしかり、小鳥ちゃんの戦兄しかり……『過去』には興味はなかったけど、『風魔』と『猿飛』……『間宮』までがいるなら……ふふっ」

 

 くるりと身を翻しながら、ジェット機へと乗り込もうとしたフローレンスさんは、そんな呟きを漏らしてからジェット機に乗り込んでいってしまった。

 最後の方は聞き取れなかったけど、何が興味深いんだろう。

 こうして私の気持ちを大きく揺らした依頼は完了となり、私はこれから今まで以上に精進することを自らの心に誓ったのだった。


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