緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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修学旅行Ⅰ編
Bullet34


 幸姉からの究極の選択を迫られた翌日。

 9月1日は武偵高の新学期開始の日で、同時に日本では世界初の武偵高・ローマ武偵高の制服を模した『防弾制服・黒(ディヴィーザ・ネロ)』と呼ばれる黒の制服を着る慣例があり、オレも京都にいた頃に着たことがあるが、あまりにも風景に溶け込まないから嫌いだ。

 幸姉とかには好評貰ったけど、やっぱり嫌いだ。

 そんな理由で始業式をサボったオレは、出欠を取られないことも相まって現在、同じくサボりの理子と一緒にファミレスでお茶中だった。

 

「そっかそっか。ゆきゆきはとうとうキョーやんを手放したか」

 

「そういうことじゃないだろ」

 

 そこでオレは少し口が軽いと思いながらも、昨日幸姉に話された内容をざっくり理子に話していた。

 

「いやいやキョーやん。理子にはゆきゆきの女心がわかっちゃうんですよ! きっと生半可な気持ちでその話をしたわけじゃないよ」

 

「それはわかってるよ。幸姉もオレが決めたことなら文句はないからって言ってくれた。それがどれだけの意味を持つのかは、オレが一番よくわかってる」

 

「そんで理子りんに相談というわけですな?」

 

「あくまでオレの立場になった意見を聞きたいだけだよ。最終的に決めるのはオレでなくちゃいけない」

 

「キョーやん言ってることとやってることが支離滅裂ー。それなら理子りんの意見とか必要ないもん」

 

 ……そうなんだよなぁ。オレは何やってんだか。

 昨日からちょっとずつ冷静さがなくなってきてるのを実感する。

 

「……京夜」

 

 そこで頭を掻いたオレに、口調を変えた理子が真剣な眼差しを向ける。

 

「あたしと京夜は立場が似てる。状況こそ違うけど、あたしは長い間ブラドに監禁されて自由がなかった。京夜も家のしがらみに囚われて自由を失っていた。そこに今、一筋の光が差し込んだんだ。あたしはその光に手を伸ばした。その手を掴んでくれたのは、京夜とキンジ。認めたくないがアリアだ。いいか京夜。チャンスというのは待ってはくれない。あたしは自身の自由を掴み取るために手を伸ばし掴んだ。お前はその選択で真田幸音を取るか、自身の自由を取るかなんだよ」

 

 核心を突いていた。色々と飾ってはみても、結局のところオレの選択はそういうことなのだ。

 真田幸音の従者としての未来。そこに不満など一切ないし、オレとしては先のことを難しく考えることがない未来。

 しかしもう一方の自由の未来には、明確な自分の意思が存在する。

 自分で考え自分で行動する。先など当然見えないし、常に頭を悩ませることだろう。

 

「それでこっからは理子りんの独り言」

 

 話がシンプルになったところで、理子がまたいつもの調子に戻って話を続けるが、どうやら独り言らしい。

 

「理子りんはキョーやんと会えなくなるのはすっごく寂しい。会えない寂しさで毎晩泣いちゃうかもしれない。だから行ってほしくないよ……」

 

 理子……それがお前の本音なのか?

 たとえ嘘でも、そんな切ない表情をされたらオレは……

 

「今の聞こえた? 聞こえてないよね? よし、この話終了! ジュース代はキョーやんの奢りねー!」

 

 そこで理子はさっきまでの寂しそうな表情から一変、笑顔全開になって席を立つと、そう言い残してファミレスから出ていったのだった。

 本当に本心を読むのが難しい相手だよ、お前は。

 ファミレスを出たオレは、人目を気にしながら表通りを歩いていく。

 武偵高にはもう1つ厄介な悪習『水投げ』がこの日に行われていて、元々は校長である緑松の母校で行われていた「始業式の日には誰が誰に水をかけてもいい」というケンカ祭りみたいなものなのだが、それがどう変化したのか武偵高では「徒手でなら誰が誰にケンカをふっかけてもいい」というルールの真のケンカ祭りになってしまったのだ。

 そしてこれを教務科でも容認しているから質が悪い。

 そんなわけで今日はどの生徒も一段と警戒心が強くなり、血の気の多いやつなんかは相当暴れているわけだ。

 強襲科の生徒なんかは表通りを歩くだけで標的にされかねないから、自然とひとけの少ない道を歩くことになり、オレも例に漏れずにそれを実行する。

 裏をかいて表通りを歩くと、その裏を読んだ奴等がふっかけてくるから、深読みするとダメなんだよな。

 去年は諜報科の奴等にストレス発散のはけ口にされかけたしな。逃げ切ってやったが。

 それでファミレスを出てから何気なく歩いていたように見えるオレだが、実はその時から異常なくらいの視線を感じてそれから逃れようと動いてみたのだが、完全にマークされている。一体誰だよ。

 いつまでもこんな視線を感じてるのも落ち着かないので、オレは路地裏の行き止まりへと移動して壁を背に振り向き立ち止まる。

 はぁ、こんなことなら水投げを警戒して小鳥に美麗と煌牙をつけるんじゃなかった。

 

「おい、オレに用があるなら姿を見せろ。話くらいなら聞いてやる」

 

 不意打ちを警戒してこの位置取りをしたオレは、いざとなったら新作ミズチで上から逃げられるように軽く構えて声を出す。

 そんなオレの声に応えるかのように、正面前方の曲がり角から姿を現した人物がいた。

 その人物は中学生くらいの黒髪ツインテールの女の子で、中国の民族衣装のような格好をしていた。

 その容姿を理子風に表現するなら、あのピンクツインテールの双剣双銃様の2Pキャラといったところか。

 そしてこの少女にオレはおぼろげに『見覚えがあった』。

 

「久しぶりネ、キョーヤ」

 

 少女は姿を現してから距離を開けたまま、訛りのある日本語でオレにそう言った。

 そうだ。この少女とは以前1度だけ会ったことがある。まだオレと幸姉が京都で武偵をやっていた頃に、1度。

 そして当時の活動で唯一『取り逃がした相手』だ。

 あの時は依頼自体は完遂したから問題はないが、あの人達も悔しがってたのを思い出す。

 

「何でお前がここに……『ココ』」

 

(ウォ)日本(リーベン)に来る理由、『ビジネス』以外にあると思うカ?」

 

「……だとしたら大胆だな。お前の言うビジネスをこんな『敵地のど真ん中』に乗り込んでやろうとしてるんだからな」

 

 この少女、ココは過去に武器の密輸取引に関わってオレ達と出くわしている。

 そこから考えるとココのビジネスとは法に引っ掛かるものなのは明白だ。

 そしてこの場所は武偵の卵がウジャウジャいる学園島。武偵のホームグラウンドということ。

 

「きひっ! 私、無能違うネ。キョーヤでも今のココ捕まえる、無理ネ」

 

 それに対してココは怪しい笑いで余裕の態度。それにはオレも少し思考する。

 

「……証拠がないのか」

 

「キョーヤさすがネ。私、ビジネスで尻尾出さない。だから捕まえる無理ネ」

 

 そうだった。こいつは以前も自身の痕跡を全く残すことなくオレ達から逃げおおせた。

 たとえいま警察に突き出しても証拠不十分ですぐに釈放されてしまうだろう。

 

「なら早く尻尾を出せ。今度こそその尻尾を掴んでやる。お前は幸姉にとっての『最大の敵』だ。絶対に逃がさない」

 

「キョーヤのその顔、素敵ネ」

 

 厄介な敵に対して真剣な表情で挑発したオレを見てココは、怯むどころか真っ赤になった頬に両手を当てて体をクネクネさせて悶えた。

 何その反応……

 

「キョーヤ、ココの婿にするネ。それでココと子を成すヨ」

 

「………………へっ?」

 

「私、中華の姫。不自由させないヨ。『夜の方』も頑張るネ……」

 

 あまりに突然だったため、最初なにを言ってるのか理解できなかったオレだが、冷静に考えてそれがプロポーズであることに気付いた。

 

「……冗談にしては笑えないな」

 

「私、冗談嫌いネ。答え聞かせるヨ」

 

「答えも何も、ココはオレの『敵』だ。そんな子の告白に応えるわけにはいかない」

 

「きひっ、キョーヤはそう言うオモたヨ。だから貰いに来たネ。私、気に入ったモノ必ず手に入れるヨ。ついでに使えそうな駒も貰ってくネ」

 

 オレはモノじゃないんだが、使えそうな駒だと?

 それはオレ以外に標的がいることを指す。

 

「まさか幸姉を……」

 

「サナダユキネ、使えないネ。これから超能力者はみんな使えなくなるヨ。だから『藍幇(ランパン)』ただの人間の中で強い人間集めるネ」

 

「超能力者が使えなくなる? どういうことだ」

 

「今日は挨拶だけネ。次は絶対キョーヤ連れてくヨ。再見(ツァイチェン)

 

 そう言い残してココは最後に投げキッスなんてして姿を消す。

 すぐに跡を追おうとしたが、角を曲がってもそこにはもうココの姿はなかった。

 くそっ、美麗がいれば追跡できたかもしれないのに。

 過ぎたことをいつまでも悔やんでも仕方ないから、すぐに頭を切り替えたオレは、携帯を取り出して幸姉に連絡する。

 

『……んあ?』

 

 すると電話に出た幸姉は死ぬほど眠たそうな声で対応してきて、いま起きたのだとわかった。

 この時間まで寝るのは『男勝り』の幸姉しかいない。

 

「幸姉、今しがた学園島でココに会った。どうやら何か企んでるらしい」

 

『………………そのココって、京夜のことを「知ってた」?』

 

 はっ? 何を意味のわからないことを……

 

「当たり前だろ。じゃなきゃわざわざ挨拶なんて来ない」

 

『そっか、「藍幇」はもう「動き始めた」か。泳がせなさい。どうせ仕掛けようにも尻尾を出さないし後手に回るのは気に食わないけど、今はそれが最良よ』

 

「……わかった」

 

『そうそう。あと京夜の周りで何か「変化」はなかった? 具体的に言うと、金一の弟の周り。交友関係とかその辺』

 

 ココについての話は速攻で終わり、次に幸姉が聞いてきたのはキンジの近況。

 確か無事に進級の単位を揃えたのは聞いたが、他に何か……あった。

 

「確か今朝方にレキの奴と一緒に女子寮から出てきて登校してたみたいだ。詳しく話を聞いてくるか?」

 

『いいわ、それで十分。一応確認。レキって、あの口数少ない狙撃科の子よね?』

 

「そうだよ。でもなんでキンジのことを気にかけるんだよ。ココと関係あるのか?」

 

『そんなのわかんないわよ。私は超能力者じゃないんだから』

 

「いや、超能力者だろ」

 

『ああ、そうだったかな。うーん……どのみちこれからしばらくは超能力も使えそうにないし、私は支援(バック)に回るわ。それじゃもうひと眠りするから切るわよ』

 

 それで幸姉は返事を待たずに通話を切ってしまう。

 これだから男勝りの幸姉は話にならない。肝心な話を中抜けで話して終わる。

 だが、超能力が使えないとはどういうことだ?

 ココもそんなことを言っていたし、ちょっと調べるか。

 ということでまずはSSRの秘蔵っ子である白雪に話を聞くことにして、忙しい中少しだけ時間を取って話をしてくれることになった。

 そういえば白雪は生徒会長だったな。始業式ともなれば忙しいに決まってる。

 だからオレは急いで白雪のいる始業式開場だった講堂へと移動して、教務科との打ち合わせの合間休憩中に話を切り出した。

 

「えっ!? 超能力が使えない現象? ……私でも気付いたのは今朝方なのに猿飛くんがどうして……まさか幸音さん?」

 

「今朝方? じゃあ幸姉は起きてすぐ気付いたのか。それにしても白雪まで使えなくなってるのか」

 

「あ、ちょっと違うんだよ猿飛くん。使えないんじゃなくて、力が安定しないの。原因はよくわからないけど、日本……ううん。世界規模で起こってる現象かもしれなくて、星伽でもさっき調査を開始したところなの」

 

 おいおい、世界規模ってずいぶん大事だな。いよいよもってココの言葉が意味深になってきた。

 

「ってことは、その現象が戻るかも、戻らないかも現状ではわからないんだな? だとすると超能力者はかなり弱体化するんだよな」

 

「そうだね。特に私や幸音さんみたいな強い力は制御にそれだけ集中力を使うから。何かわかったら知らせた方がいい?」

 

「いやいいよ。どうせオレは超能力を使えないから問題ないし、幸姉もなんか心当たりあるみたいだからさ。時間取らせて悪かったな。ありがと」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 それで話を済ませたオレは、集まった情報を元に今度はゆっくり話せそうな人物に連絡を取ってみた。

 情報は多いに越したことはないし、この際とことんだ。

 連絡をした人物は、ちょうど近くのオープンカフェでお茶の最中ということですぐに向かうと、その店のテラスの端の席で知的に眼鏡をかけて足を組みながらコーヒー片手に何かの雑誌を広げて読んでいる目的の人物、ジャンヌがいた。

 あの空間を切り取って画に描けそうだな。

 とか思いながら近付くと、寸前まで来てようやく気付いたのか、慌てて雑誌を閉じて後ろに隠してしまった。何の雑誌を読んでたんだ?

 

「け、気配を殺して近付くとは趣味が悪いな、猿飛」

 

「消してない。単にジャンヌが雑誌に没頭してただけだろ」

 

「そうだとしても、近付く前にひと声かけるのは常識だ」

 

「悪かったよ」

 

 何故か挙動不審のジャンヌ様がいつになく怒るので、機嫌を損ねられても困るからすぐに謝って向かいの席に座りコーヒーを注文する。

 さっき理子とお茶したばっかりだが、細かいことは気にしないでおくか。

 

「んで、今なんの雑誌読んでたんだ?」

 

 と、開口一番にそう尋ねると、ジャンヌは予想もしてなかったのか椅子からずり落ちそうになる。大丈夫かよ。

 

「き、貴様はそんなことを聞くために私のところへ来たのか!」

 

「いや、用件とは別に気になったからさ。そんな怒るなよ」

 

「怒ってなどいない。くだらんジョークに呆れただけだ」

 

 嘘つけ。明らかに動揺した顔だったぞ。

 あ、いま後ろの雑誌を尻に敷きやがった。絶対見せない気だな。

 

「まぁいいや。それで本題な。ジャンヌは今朝から調子悪かったりしないか? こう、超能力が上手く使えなかったりとか」

 

「急になんだ? 私の心配なら無用だぞ。お前に心配されるほど私は落ちぶれていな……」

 

 言いながらちゃっかり手に持っていたコーヒーを凍らせでもしようとしたのか、カップの表面に霜が降りるが、何やら様子が変だ。

 

「……うむ、今日は暑いな、猿飛。こう暑いと集中もままならん」

 

 どうやらジャンヌさんはいま異変に気付いたらしい。

 普段それほど超能力を使ってないからなのかは知らないが、その事実に動揺してるようだ。

 

「うーん。ジャンヌもとなると、こりゃやっぱり白雪の見解が正しいか」

 

「私もとはなんだ……いや待て。私以外の超能力者もということはこれは『璃璃』……いや……」

 

「なんだよ、心当たりがあるのか?」

 

「確証がないことは言わん。それに超能力者でないお前には関係のないことだ。もし真田幸音に探りを入れるよう言われて来たなら直接聞きに来いと言っておけ」

 

 なら直接言ってください。

 などと言うわけにもいかなく、何か知ってそうなジャンヌさんも話す気はないようなので結果進展なし。これ以上は手詰まりかな。

 

「時に猿飛。お前は京都出身だったな」

 

「唐突だな。それがどうしたんだよ」

 

「再来週に修学旅行Ⅰがあるだろう。その時に京都市内の案内(ガイド)を頼みたいのだ。土地勘のある者がいた方が無駄なく歩けるだろう?」

 

 ああ、確か前に熱海に行った時も温泉に興味持ってたし、日本文化を色濃く残す京都は魅力的なのか。

 だけどオレも京都に行ったら行ったで大変なんだよな。

 正直案内どころではないかもしれない。幸姉への返事もまだ出せてないし。

 

「できることならしてやりたいが、オレもオレでやることがあるからな……」

 

「真田幸音と実家の件か? それならばすんなり終わるはずだ。真田幸音本人がそう話していたからな」

 

「いつの間に……」

 

 とは思ったが、最近だとあのサッカーの時以外ないだろうな。

 何故オレに話さない、幸姉よ。

 

「なら大丈夫かもな。んで、当然報酬は貰えるんだよな?」

 

「当然だ。何を要求する?」

 

「その尻に敷いた雑誌の正体を教えろ」

 

 それを聞いた瞬間ジャンヌはぐぬぬ、と抵抗を見せたが、よほど京都観光が重要らしく、渋々テーブルに雑誌を置き、それには様々なコスチューム衣装や可愛らしい服が載せられていて、所々に赤丸がついて「買」の文字が。

 当然ジャンヌの顔は真っ赤っか。

 意外な趣味だ。だが笑ったりは決してしない。

 好きなものを外野がとやかく言うものではないからな。今度着てみたところを見せてもらおう。

 そうしてジャンヌの意外な少女趣味を発見したのも束の間。

 修学旅行Ⅰの始まりは着実に近付いていった。


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