緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

36 / 288
Bullet31

 8月22日。の、もう夜9時を過ぎているのだが、この日は確かキンジが長い入院生活から脱出する日だったはずだ。

 だからオレはキンジの奴が部屋に戻ってくるのを待っていたのだが、この時間になってようやく下の部屋のリビングの灯りが点いたのだ。

 退院初日から何を道草食ってんだと思いながら、ベランダで涼みながらやっていた幸姉とのガチの罰ゲーム付き将棋をオレの王手で終わらせて、幸姉に美麗と煌牙のシャンプーを頼んでから、いつぞやの件でアリアが勝手に貫通させた寝室の上下扉を通ってキンジの部屋の寝室へと降りてリビングへと足を踏み入れた。

 

「おいキンジぃ。退院祝いに小鳥の手料理を恵んでやるから、上に来な……いか……」

 

 当然オレはリビングにいるのはキンジだと思って話しかけたのだが、そこにいたのはキンジではなく、白雪と同じ緋袴の巫女装束を着たこれまた白雪をそのまま幼くしたような少女だったのだ。

 

「……お……おと……」

 

「…………ずいぶんと小さくなったな、白雪。ついに星伽は若返りの薬でも作ったのか?」

 

 突然寝室から出てきたオレを見て、少女は何か言葉を発しようとしていたが、オレもオレでミスが恥ずかしかったので、冗談混じりにそう言って少女の頭に触れる。

 

「猿飛くん!? どうしたの!?」

 

 そこに事態を察知した本物の白雪が登場。お風呂にでも入ろうとしていたのか、武偵高のセーラー服のリボン――夏服ではリボン――を外して、靴下も脱いでいた。

 

「白雪……お前はいつから分身の術を使えるように……オレでもそれはできないぞ」

 

「そんな術使えないよ! それにその子は私の妹の粉雪(こなゆき)

 

 あ、やっぱ妹なんだ。

 そうだろうなとは思ってたけど、なんでまたキンジの部屋にいるんだよ。

 と、オレが思いながら隣にいる粉雪ちゃんを見ると、何故かワナワナと体を震わせて顔を伏せていて、

 

「お、おとこぉぉぉお!! 不潔です! 不潔不潔不潔!! き、清めを! 一刻も早く清めの儀式を!」

 

 突然爆発したようにそう叫んでオレの手を振り払って白雪の後ろに隠れてしまった。

 あ、なんか島麒麟と同じ匂いがする。

 

「どこから沸いたんですかあなたは! さっさと出ていきなさい! ここはいま男子禁制です!」

 

 いや、ここ男子寮……などと言わせる時間すら与えない粉雪の剣幕に押されるようにオレはリビングから寝室へと後退して、申し訳なさそうに両手を合わせる白雪と1度視線を交わらせてから、今夜はもう来ない方がいいことを悟り、大人しく退散したのだった。

 そのあとキンジにはメールで退院のお祝いをして用件を済ませこの日はそのまま就寝。

 翌日。

 オレは先日の武偵ランク引き上げの件で夏休み明けに話題にされてああだこうだと騒がれるのを予想していたため、そうなる前に『仕方なく』諜報科の専門棟に足を運んで先に事態を収拾しに行った。

 こんなことに美麗達を巻き込むのも嫌だったから、今回は彼女達には留守番してもらい、ものすっごい嫌な顔をしてるであろう自分の顔を自覚しながら、諜報科の専門棟に足を踏み入れた。

 

「お? 猿飛じゃないか!」

 

 入り口に入って数秒。

 早速どこからともなく諜報科の生徒が姿を現してオレに寄ってくる。

 

「何か用なのか?」

 

「用がなきゃ話しちゃいけない決まりでもあんのかよ」

 

 用があってもあんまり聞く気はないんだがな。

 そんなことを思いながら入り口で止まるのも迷惑なので取り敢えず廊下を歩いていったのだが、何でついてくるんだよ。

 いや、理由はわかってるんだけどさ。

 

「おい、猿飛が来たぞ!」

 

 廊下を少し歩くと、今度は別の生徒が突然天井から顔を出してそのままするりと降りて近付いてきて、その声を聞き付けた他の生徒も隠れられそうな場所から虫のように湧いて出てくる。お前らそんなに暇なのか。

 そんな感じでいつの間にか十数人の生徒に取り囲まれたオレは、廊下のど真ん中でとおせんぼ状態にされてしまった。

 

「猿飛、お前は前から何か隠してるような感じはしてたんだよ!」

 

 嘘つけ。ついこの間まで諜報科の恥だとか思ってる視線を向けてたくせに。

 

「猿飛君ってよく考えたらクールでできるオーラ出てる!」

 

 そんなオーラは微塵も出したことないし、ここではいつも死んだ魚の目をしてたっての。

 

「猿飛先輩! かっこいいです!」

 

 おお、凄い手の平返しだな後輩よ。その変わり身の早さはさすがと褒めてあげよう。

 それにしても武偵ランクが上がっただけでこうも周りの態度が変わるというのは笑えるな。

 諜報科の『反面教師』が一変。ちょっとした英雄のようになってしまった。

 

「……人に酔いそうだ……」

 

 こんな状態が数分間も続き、オレが人払いをするようにそう呟くと、いち早く反応した後輩女子が「大丈夫ですか?」と言い寄ってきて、他の女子が「猿飛君が嫌がってるから解散解散!」と人を散らせてくれた。

 ありがたいけど、君達も解散してください。

 そうして女子2人だけとなって、その子達にも大丈夫だと言ってお礼を述べたあと、医務室に連れていこうとするのをやんわり断ってそのまま別れ、何とか今回の目的を達成。

 これで諜報科棟内では他の場所より安全な場所になったはずだ。

 それで帰ろうとも思ったが、何もしないで帰るというのも無駄足に近いので、遊び感覚で『タイ〇ショック』のあの縦横無尽にぐるんぐるん回転する装置をやることにした。

 この装置で酔う人は数多いるが、オレのように延々と回されても酔わない奴等もこの諜報科には少なくない。

 いつも回ってる最中は基本的に無心になるのだが、この時は周りの声に意識を向けて目を閉じ、同時に聴音弁別も行っていた。

 この装置のある部屋には他に数人の生徒がいて、その生徒達の声を集中して聞き取ると、もうすぐ15分くらい回ってることになるオレの話をしているようだった。

 そんな注目するようなもんでもないんだから、自分の訓練に勤しんでください。

 と本気で思いつつ、もうすぐやめようかなと考え出した矢先、オレの耳によく知る人物の声が入ってきた。

 オレはその声を聞いた途端に装置の回転を止めて降り、すぐその人物を探す。

 

「何でお前がいるんだ? キンジ」

 

 探していた人物、遠山キンジは、オレがいた部屋を覗く形で入り口付近に姿を見せていて、オレの存在に気付いてすかさず言葉を返してきた。

 

「学園案内だよ」

 

 は? この時期に学園案内やってたか?

 なんて思ったオレだが、そのキンジの隣にもう1人いたことに近付いて気付く。粉雪ちゃんだ。

 

「猿飛様ですか」

 

「会いたくなかったって感じがプンプンするな」

 

 心底機嫌の悪そうな粉雪ちゃんは、武偵高のセーラー服とは違うサマーセーターの制服を着ていて、この場所ではちょっと目立つ格好だった。

 しかし学園案内とか言ってるが、この感じからして粉雪ちゃんが『付き合ってあげてる』感がハンパないな。

 

「その学園案内で単位が貰えたりとかなのか?」

 

「鋭いな。その通りだ」

 

「お前まだ単位足りてないのか? バカなのか? バカなんだな。粉雪ちゃんもお疲れ様」

 

「遠山様がバカなのは周知の事実です。あと私を気安くちゃん付けで呼ばないでください!」

 

「これは失敬を、お嬢さん。これ以上引き留めては機嫌をますます損ねてしまいそうなので、そこのバカは速やかにお嬢さんを案内してあげなさい」

 

 粉雪ちゃんは学園案内を受けているからたぶん中3なんだろう。

 そんな子にオレがムキになっても言い争いにしかならないのは目に見えているので、この場は大人な対応をしてキンジにあとを任せる。

 言われたキンジは何かオレに言いたそうにしていたが、粉雪ちゃんがそそくさと先を行ってしまったので、見逃してやるとでも言うように睨んでから諜報科棟の出入り口へと歩いていった。

 それから少し休憩して諜報科棟から部屋に戻ったのだが、その間にまた例の件でチョロチョロと近付いてくる生徒が何人かいて、正直鬱陶しかったが、なんとか捌いて難を逃れた。

 まだ昼を少し過ぎたくらいの時間帯なのに、何故か疲れてしまったオレは、部屋に戻るなり寝室へと移動してベッドで横になり昼寝を始め、ものの数十秒で眠りに就いた。

 長らく人に注目されることを避けてきたから、おそらくその反動だろう。

 しかしイ・ウーの連中との戦いと同じくらいの疲労感とかあり得ない。オレは自分が思ってる以上に注目されるのが嫌いなようだ。

 そうして昼寝から目を覚ましたのはまさかの夜8時。

 さすがに寝過ぎだろと自分にツッコんでからベッドから起きてリビングに入ると、幸姉と小鳥が美麗と煌牙を枕にしてうつ伏せに寝ながらダラっとテレビを観ていて、オレが起きたのを確認した小鳥がそそくさとキッチンへと向かい夕飯を温め直してくれた。気を遣って起こさなかったのか。

 おっと、そうだそうだ。昼に聞き忘れてた件を片付けよう。

 バカキンジ君が単位不足なのはわかったが、あといくつ足りないのか聞いてなかった。

 オレとしてはキンジが留年しても何の問題もないんだが、切羽詰まってオレにまで何かないかと詰め寄られるのは避けたいからな。

 そう思いつつ、昨夜の粉雪ちゃんの珍事件を踏まえて、今回は寝室の上下扉を通ってからすぐにリビングに入らずに様子見をする。はずだったんだが、

 

「ついに老化まで進んだか、バカキンジ。まだ寝るには早いぞ」

 

「俺だってまだあんまり眠くない。だが粉雪に逆らうと色々面倒なんだよ」

 

 まさかのキンジ君がベッドで就寝中だった。

 しかし何はともあれ手間は省けたのはラッキーだ。

 

「バカキンジ。お前今日の学園案内で進級の単位は揃ったのか?」

 

「……いや、あと0.7足りない」

 

「…………これだけは言っとくぞ。オレを頼るなよ」

 

「それは約束できん。すでに緊急任務も受けられないし、今だって何かないか目下捜索中だ」

 

「まぁ、依頼を探せとか言わないで依頼解決に協力しろって話ならやらんことはない。内容にもよるがな」

 

「助かる」

 

「よし、用件終了だ。また粉雪ちゃんに見つかると面倒だから退散する。じゃあな」

 

 これでキンジが泣きついてくることはないだろう。

 しかし0.7不足とは豪快だな。夏休みもあと1週間しかないし、これは本当に留年かもな。

 そう考えつつ、粉雪と鉢合わせる前に上階へと戻ったオレは、そのあと小鳥の料理を食べてから、少々寝すぎて冴えてしまっている体を少しでも寝やすい状態にするために夜の散歩に出かけた。

 武偵高の夏服では少々肌寒くなってきた晩夏の夜。

 オレは色々目立つ武偵高制服は着ずに、紺色のジーンズに無地のTシャツで黒のジャケットと、街を歩けば似たような格好がいそうな服装で男子寮を出て、のんびり散歩を始めた。

 散歩に出かける際に、ついでだからと幸姉に『旅行用スーツケース』と『犬用シャンプー』を買ってくるように言われてしまい、散歩だからと学園島から出てるモノレールには乗らずに歩いて台場まで足を運んだオレは、まずそちらを片付けにかかった。

 というか美麗達用のシャンプーは昨日まで余裕あったはずなんだが、幸姉に罰ゲームでシャンプー任せたのは間違いだったか。昨日は『男勝り』だったし。

 そんなこんなでパパっとお使いを終わらせて――どちらにせよ、閉店時間があったため優先しなければならなかった――から、すぐに戻ろうと思ったのだが、ちょうど台場のモノレール駅前を通ったところで見知った顔を発見した。

 

「キンジ? 何やってんだあいつ……」

 

 モノレール駅から出てきたキンジは武偵高の夏服姿で、見た感じですぐに遊びに出てきたのではないとわかった。

 一般人から見たら何気なく歩いているキンジだが、武偵目線で見ると誰かを尾行している。

 ならばその尾行している人物は誰なのかと確認すると、キンジの歩く方向の先。

 尾行するには最適な距離と位置にいたのは、今時の女子! といった明るい服装をした粉雪ちゃんだった。

 時間を見れば夜9時を回ってしまっているため、おそらくお忍びで台場まで足を運んだ粉雪を心配してキンジが跡をつけた、といったところか。

 確か白雪も最近まで星伽の決まりとかで外に出ることが許されなかった筋金入りの箱入り娘だったから、粉雪ちゃんも本来なら台場なんて来てはいけなかったはずだ。

 そういやオレ、粉雪ちゃんが何で東京武偵高に来たのか知らないんだ。

 武偵になりたいわけではないのは昼の様子でわかったし、白雪に会いに来たってだけで青森の星伽神社からわざわざ来るだろうか。

 などと推測を立てたところで答えがわかるわけもないので、考えるのをやめてから今度は散歩だけよりも神経も使っていいかもと思い、オレも粉雪ちゃんの護衛に参加。

 さらにキンジにもバレないようにとちゃっかり難易度も上げてみる。

 だが、この作戦を成功させるには少々目立つアイテムを装備しているのがイタい。

 このローラー付きのスーツケース。中身が空だから担ぐこともできるが、どうやっても目につくよな。

 仕方ない。格好自体は目立たないから、2人を見失わないギリギリのラインで尾行するか。

 そうして粉雪ちゃんとキンジを見失わないように尾行を開始したオレは、楽しそうに夜のショッピングモールで買い物をする粉雪ちゃんと、それを護衛するキンジを見守っていた。

 しかしまぁ、店から店へ入る度に買い物袋を増やしていく粉雪ちゃん。

 星伽が金持ちなのはわかるが、中学生が溜め込む貯金ではない気がするぞ。いくつか敷居の高そうな店があったし。

 と、そこまでの様子を見ていたオレは、そんな粉雪ちゃんの行動からある仮説が頭の中に浮かんだ。

 ――粉雪ちゃんは何かこちらに来るだけの理由があった。だが、それを好機として、巡ってきた少ないチャンスで今この場所にいるのではないか――

 星伽の巫女は一生のほとんどを神社の中で過ごすらしい。

 京都にある分社ですら、外周から浮き世離れした空気を醸し出しているのだから、こんな街でショッピングなんて一生縁がないと言っても過言ではないのだろう。

 そう考えると、今ああして楽しそうに買い物をする粉雪ちゃんは『夢を叶えた少女』と言えるのか……って、粉雪ちゃん見失った!!

 オレが数秒くらい思考している隙に移動したらしい粉雪ちゃんを慌てて探すが、ギリギリまだキンジが視界内にいてくれた。あ、危なかった。

 それから粉雪ちゃんは、両手にいっぱい提げた買い物袋が重かったのか、休憩しようとオープンカフェへと入っていき、キンジもそれに続く。

 オレはそこまで接近するわけにはいかなかったので外で出てくるのを待つ。

 少しして自販機で買った缶コーヒーを飲みながらオープンカフェとその周囲を何気なく見ていると、またもや見知ったシルエットを発見。お姉さんまで心配して来たのか、白雪。

 そんなわけで粉雪ちゃんの護衛がまた1人増えたところで、オープンカフェから出てきたお嬢様は満足したような顔で歩き始めて、ようやく帰るような素振りを見せた。

 が、そのルートは台場駅までの遠回りの道で、おそらく景色でも眺めながら先程までの夢のような時間の余韻に浸りたかったんだろうな。

 しかし迂回ルートとなるとひとけがなくなるから、何事もなければいいが……

 まぁ、何か起こってもキンジも白雪もいるしな。それから頼りないがオレも。

 そんな悪い予感というものを都合よく的中させてしまう不幸スキルを発動させたオレは、公園から出てきた大学生くらいのチャラチャラした男達4人が粉雪ちゃんを囲むように近寄ったのを見て頭痛がしてきた。

 

「こんばんはー、いっぱいお買い物したねー」

 

「あっれぇー? もしかして1人ぃ? 可愛いーのにもったいなーい」

 

 今時の大学生ってのは女子中学生にもあんなナンパみたいなことするんだな。

 などと一部の大学生の生態調査を始めるのも全国の大学生に失礼なのでやめて、彼らに対して気丈に振る舞う粉雪ちゃんを観察する。

 さて、1人でどうにかできるかな?

 

「の、退きなさい。星伽の巫女は、悪徒の威迫には応じません!」

 

 あー、その対応はダメだな。相手を挑発するだけだ。

 やるなら悲鳴を上げるとかそんなのじゃないとな。

 

「ハァ?」

 

「日本語喋れやガキ!」

 

「剥くぞオラ!」

 

 粉雪の反発にヘラヘラしていた大学生達は態度を変えてそんなことを言い、その内の1人が尻のポケットから拳銃を取り出した。

 おいおい、中学生に銃抜くとかアホなのか。というか日本も規制が緩くなったな。あんな大学生に銃なんかが出回っちまって。

 さすがに銃なんかが出てこられては見守るだけなんて出来ない。

 さらに残りの3人もナイフやスタンガンを取り出したからなおさらだ。

 それには気丈に振る舞っていた粉雪ちゃんも抵抗できなかったのか、その場にしゃがみこんで泣き出してしまう。

 そのタイミングでようやくキンジも動き、男達に分かりやすい挑発をしながら姿を現したので、オレは持っていたスーツケースなどをその場に置いて、キンジに視線を向けた大学生達に回り込むように後ろをとって近付き、

 

「ンだテメーは! 消えろ! って、あれ?」

 

 拳銃を持っていた男が姿を見せたキンジに銃を向けようとしたので、盗られたことにも気付かないレベルで銃と捨てずに持っていた空の缶コーヒーをすり替えてやった。

 当然男はその手に持つのが拳銃じゃないことに気付き驚く。

 そのあと流れるように他の男達から持っていた武器を盗んで無力化し、キンジとは真逆方向に離れて盗んだ拳銃などを見ながら一言。

 

「物騒な世の中になったもんだ」

 

 その言葉で初めてオレの存在に気付いたらしい男達は、一斉に後ろを向き、オレの手に自分達の武器が持たれていることに驚き、目を丸くする。

 

「ホントに、俺もそう思うよ」

 

 オレの言葉に返事を返してきたのはキンジ。

 キンジはオレがこの場に出てきたことに一切驚いた感じがなく、その反応で初めて尾行がバレていたことに気付いてしまった。

 あの野郎、またHSSとかいうのになってやがったな。

 

「な、何なんだよテメーらは……」

 

「「武偵高(あそこ)の生徒だよ」」

 

 戸惑う男が苦笑するオレ達を見ながらそんなことを聞いてきたので、キンジと一緒に顎で学園島の方を示してやる。

 それで伝わったのか、男達は武器を失ったのもあり一斉にその場から逃げ出していき、この場にはオレとキンジと粉雪ちゃんだけとなった。

 突然のオレ達の登場に泣くのも忘れていた粉雪ちゃんは、3人になってやっと状況を呑み込めたのか、ささっと正座をしてオレ達に深々と頭を下げてきた。

 

「……ほ、星伽にはこの事、な、何とぞ内密にしてください……!」

 

 白雪まで護衛に出てきた辺りから確信してたが、やっぱり内緒で来てたか。

 しかしお礼じゃなくてそっちの件で頭を下げるとは思わなかった。

 それを聞いたオレはそもそも粉雪ちゃんが何をしようと口外する気など毛ほどもなかったので、その返答をキンジに任せると、キンジは頭を下げる粉雪ちゃんに近付いてその頭をそっと撫でる。

 

「言わないよ。今夜のことは3人だけの秘密だ」

 

「そんなことよりよ、キンジ。まだそちらのお嬢さんは『夢の中』にいるんだから、出てきた以上はちゃんと最後までエスコートしてやれ。よく言うだろ。帰るまでが遠足だって」

 

「そ、そんなこと……」

 

「それもそうだな。ではお嬢様を安全無事に家までお送りいたします。猿飛も出てきたからにはちゃんとエスコートするんだろ?」

 

 まぁ、せっかく知り合いがいるのに今から別れて1人で帰るより、その方が自然ではあるか。帰る場所も同じだしな。

 それでこのあとの行動が決定したオレとキンジは、頭まで下げて秘密にしてもらったことを「そんなこと」の一言で片付けられてしまって呆然としていた粉雪ちゃんから、持っていた買い物袋を全て取り上げて代わりに持ち、パッと見で2人のお世話役をはべらせたお嬢様状態にしてあげると、凄く恥ずかしそうにしていた。

 そのあと放置していたスーツケースなどを回収して、大学生から盗んだ拳銃などを空のスーツケースにしまい、歩いて台場駅目指して歩く。

 拳銃とかは後日あややにでもプレゼントすれば喜んで分解して備品にしてしまうだろう。

 それから男子寮に戻る――オレもモノレールに乗った――まで粉雪ちゃんはオレとキンジの少し後ろを恥ずかしそうにしながら黙ってついてきて、バレないように様子見に来ていた白雪が先に帰れるようになるべくゆっくりと歩いたのだった。

 翌朝、粉雪ちゃんが早々に帰ることを昨夜ちゃっかり聞いていたオレは、男子寮の前に冗談みたいに長いリムジンが止まってるのを見て、改めて星伽の凄さを実感しつつ、寮から出てきた巫女装束姿の粉雪ちゃんとキンジにひと声かける。

 するとキンジに軽くお辞儀をしてから粉雪ちゃんはオレに近寄ってきて目の前で止まる。

 

「昨夜はありがとうございました」

 

「いえいえ、お気になさらずにお嬢さん」

 

「……私は此度、お姉様を連れ戻すためにこちらへ参りました。武偵高、武偵というものを認められず、そのようなところにお姉様がいてはならないと、そう思ったからです。ですが、それは些か軽薄な考えであったことが理解できました。今の世に武偵は必要なのかもしれません。猿飛様にも無礼を働いたことを謝ります」

 

 まぁ、武偵は社会的にもまだ立場が全肯定された存在じゃないから、そんな考え方だったとしても仕方ない。

 

「それであの、突然ですみませんが、猿飛様に『(たく)』が降りましたのでお伝えしますね」

 

 と、先程の謝罪に対して気にしてない風を醸し出していたら、それを察してか突然粉雪ちゃんはオレにそう言って話を変える。

 託って、占いの一種って考え方でいいのか?

 

「猿飛様は近々、大変……大変大きな『選択』を迫られます。今後の人生を決めてしまうほどの大きな『選択』です」

 

 それを聞いた瞬間、オレの頭にはいつかジャンヌに言われたことがフラッシュバックしたが、あれは『選択』ではない。

 と思い意識を粉雪ちゃんに戻すと、まだ何か言いたそうにしていた。

 

「それから、私のことは粉雪、とお呼びください。そ、それでは『また』!」

 

 割と早口でそう言った粉雪ちゃんは、バッ! バッ! と頭を上下に振ってお辞儀をしてから脱兎のごとくリムジンに乗り込んで行ってしまった。

 『また』か。今度会う時はたくさん話ができればいいな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。