緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet30.5

 

 8月21日。

 この日私は朝早くに教務科に呼び出しを受けた戦兄、京夜先輩に同行して教務科の前まで来ていました。

 昨日、池袋の家電店で立てこもり事件があり、その事件解決に秘密裏に関わったとかで京夜先輩がこうして呼び出されたわけですが、特別報酬か何かが出るのでしょうかね。

 私はつい数分前に1人で教務科へと入っていった京夜先輩を正面入り口で武偵犬――登録はそうなってますが、狼――の美麗と煌牙、そして相棒であるインコ、昴と他愛ない意志疎通で時間を潰しながら出てくるのを待っていた。

 武偵高3大危険地帯とまで言われる教務科の前にいるのはなんだか落ち着きませんでしたが、出入り口にただ居るだけなので特にそれを咎める人もいなく、私のソワソワとした気持ちとは裏腹に何事も起きることなく十数分後に建物から出てきた京夜先輩と合流。

 ですがその京夜先輩の表情に明るさがなく、私が良くないことでもあったのかと心配な顔を浮かべると、大きなため息を吐いてから苦笑してポケットから折り畳まれたA4サイズの1枚の紙を取り出し私に渡してきました。

 浮かない表情の原因がこの紙に書かれているのだと断定した私は、受け取って恐る恐るその紙を広げると、そこには『武偵ランクAへの格上げ』という概要が記されていました。

 

「え……ええ!?」

 

「お、ダジャレか?」

 

「違いますよ!! 驚いたんです!! あ、いえ! 別に京夜先輩がAランクの実力を持ってたことにではなくてですね……今さっきまでEランクだった評価が一気に上がったなぁって意味でです」

 

 私が驚いた理由を聞いた京夜先輩は「わかってるよ」とでも言わん笑みで私を見てから、ひょいっと紙を取り上げて、さっさっと紙飛行機を作成。

 出来た紙飛行機を教務科の建物横に生えていた木に向けて飛ばした。

 紙飛行機はシュワッとまっすぐに木の幹上部へ飛んでいき、ぶつかる直前にその木の中から誰かが降りてきて紙飛行機をキャッチし地面に着地。

 

「気付いて申したか。某もまだ修行が足りぬでござるな」

 

 木の中から出てきたのは、夏真っ盛りなのに暑そうなマフラーを首に巻いた私の友人、風魔陽菜ちゃんでした。

 いつからいたんだろう。気付かなかったよ……というか何で隠れてたの?

 

「お前は顔見知りだからそれで許してやるが、『他の奴等』にはこっちを投げるぞ」

 

 京夜先輩は陽菜ちゃんにそう言ってから懐に忍ばせていたクナイを右手で3つ取り出して投げる構えをとる。

 え? 他の奴等って、何?

 そう思った私が周囲に意識を向けると、ホントに希薄な人の気配が隠れられそうな場所にいくつかあって、京夜先輩の言葉を聞いて一斉にこの場から離れていったのがわかった。

 陽菜ちゃん以外の人の気配がなくなったのを確認した京夜先輩は、構えていたクナイを懐に戻しながら「ったく」と一言漏らして、キョトンとする私に話をしてきました。

 

「『教務科からの呼び出し』なんていう滅多にない情報で好奇心から集まったバカ共(武偵高生徒)だ。こういうことに能力を出し惜しみしないのがまたバカを引き立ててる」

 

 武偵高の生徒は無駄に知りたがりですからね。

 情報が半日くらいで当人以外には筒抜けになっていたりもよくありますし、ホントに武偵なのか犯罪予備軍なのかわかりません。

 京夜先輩の言葉につい苦笑してしまった私は、こちらに近付いてきた陽菜ちゃんに視線を移しながら話を再開する。

 

「それで京夜先輩は何で突然Aランクになれたんですか?」

 

「そんなの簡単だ。『本物の目は誤魔化せない』ってだけ。綴……チャン・ウーもらしいが、オレはだいぶ前から教師連中に『武偵ランクに疑い有』ってマークされてたんだよ。昨日まではA以上の評価を下せるような実績を残してこなかったから、教師陣も手を打てなかったんだが……」

 

「えーと、つまり教務科は始めからいつでも京夜先輩のランクアップの準備万端で、そこに京夜先輩が昨日スプリンター並みの全速力で飛び込んだってことですね?」

 

「かなーり不本意だったんだがな。ジャンヌの奴にはいつかフランス料理のフルコースを奢らせる」

 

 京夜先輩はそんな冗談なのか判断が難しいことを言ってから、そばまで来た陽菜ちゃんに話をした。

 

「時間の問題だとは思うが、オレがAランクになったことは言いふらすなよ。少なくとも今日1日くらいは今まで通りでいたいからな」

 

「承知」

 

「んじゃ帰るか。小鳥はどうする?」

 

「あ、じゃあ私も帰ります」

 

「おっと、小鳥殿は待たれよ。実は某、今朝方に高千穂(たかちほ)殿から小鳥殿宛に言伝を預かってござる」

 

 京夜先輩が陽菜ちゃんに釘を刺してから帰ると言うので、私も一緒に行こうとしたら、陽菜ちゃんにそれを止められる。

 それに伝言を預かった人って言うのがあの高千穂さんなのは少し意外。

 陽菜ちゃんに止められてしまった私は、申し訳なく京夜先輩に断りを入れて美麗と先に帰ってもらい、陽菜ちゃんと、すっかり隣にいるのが普通になった煌牙と相棒昴とでその場に残る。

 伝言を預かったって言う高千穂(うらら)さんは、私達と同じ1年C組の人で、進んで組長をやってる強襲科Aランクの実力者。

 上からの物言いがあんまり印象良くないけど、悪い人ではないと思う。

 それに美女しか入れないCVRにも誘いの声がかかる美人さん。羨ましいです。

 

「それで陽菜ちゃん。伝言ってなに?」

 

「実は本日の昼食時に、高千穂殿主催の食事会なるものが催されており申して、某も呼ばれてござるが、友人を招くようにと言われ小鳥殿をお誘いしようと思い、猿飛殿の件のあと伝えようとしていたのでござる」

 

「お昼は京夜先輩も幸音さんもそう麺食べるって言ってたから大丈夫かな。場所はどこ?」

 

「1年C組の教室を拝借するとか。費用は全額高千穂殿負担とのことなので、某も快く参加申した次第」

 

「……陽菜ちゃん。いくらギリギリの生計だからって、食べ物に釣られてってのは不純だよ……」

 

 私がそう言った瞬間、陽菜ちゃんは何か弁明しようとしたけど、あまりに的を射られたからなのかぐぐぅ、と唸ってから「た、確かに伝えたでござるよ!」って言い残して煙玉で退散、逃げました。どうせ行ったらまた会うのに。

 

「まぁ、高千穂さんがご馳走を振る舞ってまで招待してるなら、誘われた側としては行かない理由はないよね。せっかくだからご馳走になろっか。昴、煌牙」

 

 陽菜ちゃんに逃げられてから私が2人――1羽と1匹――にそんな相談をすると、2人も「僕が食べられるものあるかな?」「帰ったら姉ちゃんに自慢してやる!」と乗り気。

 美麗の分は持ち帰ってあげようかな。あの子が暴れると大変だし。

 そうして即決したあと、京夜先輩に昼は外食することをメールで伝えてから、お昼までのわずかな自由時間を適当に潰していったのでした。

 

「わたくしの招きに応じた皆様、今日は存分に食事を堪能してくださいませ」

 

 時間通りに行った1年C組の教室には、バイキング式の料理が4面の壁すべてにズララァァ! と並んでいて、教室中央にいくつかくっつけた机が備えられていた。

 そして私が来たことで今日集まるメンバーは全員来たらしく、主催者である高千穂さんが食事前にそんな挨拶も兼ねた音頭をとった。

 その言葉のあとに「そ、そして友人間での交友を深め……」と小さな声で言いかけてから、取り消すように首をブンブン振って食事会開始を告げた。

 私はさっそく皿を持って料理を取りに行った陽菜ちゃんに苦笑しながら、今回この場に集まった人達を確認する。

 まずは私を誘ってくれた陽菜ちゃん。

 それから一時期あのアリア先輩の戦妹ということで騒がれた間宮あかりさん。

 私より小柄でアリア先輩の真似かはわかりませんが、髪を両側でまとめていて、なんだかいつも小動物のように可愛らしく、パッと見ではとてもあの難攻不落とまで言われたアリア先輩の戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)をクリアした人には見えない……

 っと、そんなことを思いながらあかりさんを見ていたら、私に対して物凄い殺気というかプレッシャーを放ってくる人がいて、その人は黒髪長髪のいかにも日本女子といった可憐さと綺麗さを兼ね備えた人で、名前は確か……佐々木志乃(ささきしの)さん、だったかな。白雪先輩の戦妹とかってどこかで聞いたような。

 私は黒い何かを噴き出しながらこちらを睨む佐々木さんに負けて視線を別の人に逸らすと、その先では先日の熱海プチ旅行で一緒に遊んだ火野ライカさんと島麒麟さんが、仲良さそうに料理をよそっていました。

 あとは高千穂さんの取り巻き、愛沢湯湯(あいざわゆゆ)さんと夜夜(やや)さんがいつものように高千穂さんの脇に控えているだけですね。

 なんだが料理の量に対して人数が少ないように感じますが、高千穂さんって友達少ないのかな。

 さっきもモゴモゴ何か言ってたし。

 

「小鳥殿、そんなところで案山子になっていては料理を食べられぬでござるよ」

 

 この場にいる人達を見終わった私は、それからすぐに陽菜ちゃんに声をかけられてそちらを見ると、すでに陽菜ちゃんは皿に山盛りで料理を盛り付けて席につき、普段は「某はこれで素顔を隠してござる」とか言ってバイトの時以外は頑として取ろうとしない口当てを下にずらして両手を合わせて頂きますの姿勢。

 そんなに急がなくても料理は逃げないと思うけど……

 そう思いつつも口には出さずに、隣にいた煌牙も「早くオレの分!」と急かしてくるので、せっかちな友人と護衛役に合わせて私も料理を盛り付けて席についたのでした。

 人数も数える程度だったこともあり、そのあとすぐに間宮さん達とも打ち解けて一緒に料理を囲んで話をしながら手をつけていく。

 間宮さんはよっぽど好きなのか、話の節々にアリア先輩の名前を出してテンションを上げていて、そのアリア先輩の名前が出る度に佐々木さんから黒い何かが噴き出したりして少し怖いですが、それが日常なのか気にしてる人がいませんでした。

 間宮さんは素で気づいてない感じですが。

 

「そういや橘。ここに来る前にちょろっと小耳に挟んだんだけどさ」

 

 しかし話が間宮さんのアリア先輩自慢オンリーになりかけて、佐々木さんが阿修羅のような顔になったのをさすがにまずいと感じたのか、火野さんが話を区切って私にそんな切り出しをしてきて、私も何だろうと視線を火野さんに向け、他の人達も火野さんを見る。

 

「あんたの戦兄の猿飛先輩、いきなり武偵ランクがEからAに上がったらしいな。経緯はわかんねぇけど、あんまないケースだよな」

 

 は……早い……さすが武偵高……最初に知らされた私ですら今から数時間前に知ったことなのに、もう火野さんの耳に届いてる。

 

「ええー!! そんなのずるいよぉ! 橘さん! 先輩はどんなインチキをしたの!」

 

 火野さんの話に真っ先に反応したのは間宮さん。

 間宮さんはぐいっと顔を私に近づけて言及してきますが、佐々木さんが落ち着かせて鎮めにかかる。

 

「あのクサレ外道。やっと本性を現しましたか」

 

 私がクールダウンした間宮さんに説明しようとしたところで、デザートのケーキを食べていた島さんが口を開いた。

 京夜先輩はクサレ外道ではないですが。

 

「どういうことだ、麒麟?」

 

「どうもこうもありませんわ、ライカお姉様。あのクサレ外道がどうして1年の時から探偵科のエリート、理子お姉様や強襲科の元Sランク、遠山キンジ先輩と普通に……いえ、普通以上の付き合いができているとお思いです?」

 

「……つまり、猿飛先輩は当初からEランクにいるのがおかしかった……ということですか?」

 

「認めたくありませんがそういうことですの。『反面教師』なんて呼ばれても気にもしない性格。特に目立とうともしない秘匿性。必要以上のコミュニケーションを取らない社交性。これらを全てプラスに考えれば『実力を隠している』裏付けになり得ますの。要は『元の鞘に収まった』といったところですの」

 

 島さんのそんな説明に一同はなるほどと相槌を打ち納得。

 えへへ。なんだか京夜先輩のことを認められたようで私はとても嬉しいです。

 

「つーことは、橘はそれを知ってて猿飛先輩に徒友申請したってことか? そうならあたしは橘も十分スゲーと思うぜ」

 

「あ、私は別に確信があって戦妹になったわけじゃないです。それに京夜先輩の実力を見抜いたのは昴ですし」

 

 次いで火野さんは私を高く評価するようなことを言ってきましたが、やっぱりここは相棒に感謝しなければと思いすぐにそう返しながら、机で野菜をつついていた昴に視線を移したのですが、私のそんな言葉に陽菜ちゃん以外はきょとんとしてしまいました。

 あ……最近私の能力を自然に受け入れる人達が増えて、ついいつもの調子で言ってしまいました。

 また電波な子とか思われたんだろうなぁ……

 

「橘さんってホントに動物の言葉がわかるの? だったら今この子はなんて言ってるの?」

 

 私がやっちゃったって顔をする中、微妙な空気を破ってくれたのは間宮さん。

 間宮さんは目を輝かせながら私の隣で骨付き肉をがつがつ食べる煌牙を指差してそう言ってきて、煌牙もそれには「なんだなんだ?」と困惑。

 

「えっと……『何か用なのか?』って」

 

「……な、なんか普通……」

 

 間宮さんのその返答に不満があったのか、煌牙は懐に骨付き肉を乗せた皿を抱えるようにガードしたままガウガウ! と吠えて抗議。

 

「『お子様が偉そうにオレを評価するな』」

 

「な、なによー!! い、犬の分際で!」

 

 ガウガウ!

 

「『オレは気高い狼だ。そこらでキャンキャン吠えてるやつらと一緒にするな、小娘』」

 

「む、むきー!」

 

 ガウガウ!

 

「『そうやってすぐムキになるところが小娘なんだよ。うちのご主人を見習え』」

 

「た、橘。そのくらいにしてやれ。あかりが茹でダコみたいになってる」

 

 煌牙と間宮さんの口喧嘩がエスカレートしてきたのを察してすかさず火野さんが止めに入りその場を収める。

 

「ご、ごめんね間宮さん。煌牙の言葉をそのまま言っちゃって……」

 

「ううん、気にしてないよ。それよりあかりでいいよ、橘さん。私たちもう友達だもん!」

 

「え、あ、はい。あかりさん。じゃあ私のことも小鳥でいいですよ」

 

「よろしくね、小鳥ちゃん! それからそこのインコと生意気なワンちゃん! もね」

 

 そうして改めて挨拶してくれたあかりさんは、煌牙とバチバチ視線で戦い始めましたが、煌牙には手は出すなと指示して、そのあと火野さんや佐々木さん達とも名前で呼び合うようになりました。

 その様子を恨めしそうに高千穂さんが見ていましたが、終始私達の輪に入ろうとせずに食事会が終わってしまいました。

 そんな感じでお食事会を終えた私は、高千穂さんから了承を得て残った料理を少し貰ってお土産として持ち帰り、帰り道で「その肉はオレが食うからな!絶対だぞ!」とか煌牙が言ってましたが、残念ながらこれは美麗の分です。

 煌牙はもう十分すぎるくらい食べてましたしね。

 

「ただいま帰りました」

 

 そうして帰ってきて、玄関からリビングへ入ると、そこでは珍しく京夜先輩が教科書とノートを広げて一般教科(ノルマーレ)の勉強をしてました。

 その傍には暇そうにあくびをしながら丸まって日光浴をする美麗に、ソファーに足を組んで座って黙々と文庫小説を読む幸音さんが。

 

「夏休みの宿題ですか?」

 

「そっ。なんだかんだで少しずつやってたんだが、まだ半分くらいあったから今やっつけてる」

 

「小鳥もまだ終わってないならやっちゃいなさい。夏休み終盤で慌ててやるのは見るに耐えないしね」

 

「幸音さんは何の本を読んでるんです?」

 

「恋愛小説。読み終わったら小鳥に貸してあげるわよ?」

 

 そう言って幸音さんが中身を見せてきた本は全文英語の日本人殺しな内容で、とてもじゃないですが読めないのでやんわりお断りしてから美麗にお土産を渡して部屋から宿題を持ってきて京夜先輩の向かいに腰を下ろして勉強開始です。

 

「んーと、ここはこの公式を使ってで……こうなるから……」

 

「小鳥。お前勉強する時はブツブツ独り言するタイプか」

 

「あ! すみません! 考え込むとつい声に出しちゃうんです」

 

「いや、別に気にしてないんだが、そこの問題、答え間違ってるぞ」

 

「え? どこです?」

 

 勉強を始めて数分。

 いつものように勉強してたら独り言する癖が出た私は、京夜先輩にそう言われて申し訳なく思っていると、本当に気にしてないのか、何気ない感じで私の宿題を見て数学の宿題での間違いを指摘。

 しかもちゃんと丁寧に解き方まで教えてくれました。

 そのあとも違う教科の宿題を何気なく見てくれて、所々で間違いを指摘してくれました。

 

「京夜先輩って、ひょっとして頭イイですか?」

 

「ひょっとしてってなんだ。小鳥から見たらオレは普段はバカに映ってんのか?」

 

「ち、違いますよ! なんか京夜先輩って、授業中とか寝てそうなイメージあるから……」

 

 そこまで言って完全に言葉の選択を間違えたと気づいた私でしたが時すでに遅く、京夜先輩に両頬を引っ張られてお仕置きされました。

 

「小鳥。京夜が勉強できるのは当然なのよ?」

 

「え? どうゆうことれすか?」

 

 両頬を引っ張られて呂律が微妙に回らなかった私が、視線を一時も本から外さない幸音さんにそう聞き返すと、幸音さんは尚も視線を外さずに淡々と言葉を紡ぐ。

 

「京夜は京都武偵高では私と同じ学年にインターンとして在籍して一緒に勉強してたのよ。ほぼ3年間ね。それでこっちでまた高1から同じ内容の勉強してるんだから、京夜からすれば小鳥に勉強を教えるなんて『復習の復習』。いま自分でやってる宿題もそうなのよ」

 

「ほえー。ちなみに学力試験って平均何位なんですか?」

 

「一般教科なんて武偵高では大して取り立たされないからな。オレも普通に10位以内には入ってる。白雪には勝とうとも思わないがな」

 

 白雪先輩……あの人は確か偏差値75とかってアドシアードの時に他の先輩から聞いた気が……

 平均偏差値が40くらいの武偵高では考えられない数値です。

 

「白雪先輩は別格と言いますかなんと言いますか……とにかく、京夜先輩が頭イイっていうのは新たな発見です! ゆ、優等生に敬礼であります!」

 

「バカにしてんのか」

 

 何はともあれ、京夜先輩が優等生なので別段含むところなど一切ない敬礼をしたのに、京夜先輩はそう言ってまた私の両頬を引っ張ってお仕置きしてきました。素直に尊敬してたのにぃ!

 

「そういえば幸音さんが『宿題をやりなさい』なんて言ったの初めてですよね。それにそんな外国の恋愛小説読んでますし。いつもなら漫画とかラノベじゃないですか」

 

 これ以上京夜先輩の機嫌を損ねたら私の両頬がだらしなく垂れてしまうので、多少強引でしたが話題を変えてみることに。

 

「今日の幸姉は『真面目』だからな。基本的に有益なことしかしないし、何より静かな空間を作りたがる癖があるんだよ」

 

「読書は静かにしたいもの。それに英語は万国で通用する最もメジャーな言語なんだからわからないと今の時代困るわ。そしてこの静かな空間で京夜達がやれることなんて勉強くらいなものでしょ? 残り数日の夏休みをのんびり過ごせると考えれば十分なプラスよ」

 

「あれ? でも今までも何回か私『真面目』な幸音さんを見てますけど、私達に何か言ってきたりはしなかったですよね」

 

「京夜も小鳥も別段何も言わなくてもやることはやるし、基本的に騒いだりしないでしょ? 私が前にいた場所なんて、読書してたらお菓子持って部屋に押し入ってきたり、突然武器を売りつけにきたり、漫画のアシ頼まれたり、チェスの相手させられたり、メイド学を説き始めたりでとてもじゃないけど落ち着かなかったわ」

 

 そう話した幸音さんは、その当時を思い出したのか今まで読んでいた本から目を離して頭痛でもするかのように頭を抱えた。

 それはそれで楽しそうなところだなぁ、とか思った私でしたが、思い出すだけで気疲れしてる幸音さんを見ると、きっと度が過ぎたりするんだろうなぁ。

 

「あ、漫画のアシで思い出したわ。京夜、確か夾竹桃も東京武偵高にいるのよね?」

 

「ん? ああ、4月に間宮達が逮捕してどっかにいるって話だけど、詳しいことは知らない。理子とかジャンヌなら知ってんじゃないか?」

 

「まぁ、あの人はペンと原稿さえあれば生きられるから心配してないけど、今度会ってこようかしらね」

 

 どんな人ですかその人……その前に逮捕って、犯罪者? そんな人と知り合いの幸音さんって……

 そんな私の表情を読み取ったのか、幸音さんは心配するなとでも言うように笑みを浮かべてまた視線を本に向けて話す。

 

「大丈夫よ。夾竹桃は犯罪者だけど悪人じゃないわ。ただ時々自身の探求心が暴走するだけ」

 

 それで犯罪者になるって、どんな探求心ですか……

 そんな感じでずっと手が止まっていた私と、話しながらも淡々と宿題をこなしていた京夜先輩。

 総量的には私の方が少なかった宿題もいつの間にか逆転されてました。は、早いよ京夜先輩……

 こうして今日1日をいつもより穏やかに過ごした私は、この日で残りの宿題をやり終えて、翌日からの夏休みをのんびり過ごし始めたのでした。


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