緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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 8月9日。天気は快晴。日中の最高気温は36度を超えるとか。

 そんな日にオレは……いや、オレ『達』は現在、朝早くから武藤の運転するマイクロバスで熱海へと向かっていた。

 理由は簡単。先日の吉鷹さんの件で不覚にも悪友、理子に助力を頼んでしまったその報酬である。

 

『夏といったら海だよねー! どうせだから温泉にも入りたいし、ちょっと遠出して熱海にプチ旅行に行こー! それになんと予約した旅館は10人以上の団体さんの宿泊なら2割引! キョーやんは私の分の費用を払えば報酬はオッケー! 足とメンバーはもう集めたから心配ナッシング! 日程は9日と10日の1泊2日! 朝早くから出発するから準備よろよろー!』

 

 そんな内容のメールが前日の朝に届いた。

 もっと早く連絡しろや! と、強く言えるわけもなく、仕方なしに旅行の準備を整えて今に至る。

 そして今回理子が集めたメンバーは、まずオレ、小鳥、幸姉に運転手武藤。それからジャンヌに不知火、貴希。あとは……

 

「ちょっとそこのクサレ外道! 理子お姉様にそれ以上近付かないでくださいですの!」

 

「京夜先輩はクサレ外道なんかじゃありません! 謝ってください!」

 

「あー、すんません猿飛先輩。ここは戦姉のあたしに免じて許してください」

 

「いやいい、気にしてない。去年は日常的に言われてたし」

 

 と、オレに対して罵声を浴びせたのが頭のてっぺんに大きなリボンを付けたウェーブの長髪少女、島麒麟。

 そしてその麒麟の戦姉で金髪ポニーテールの子が火野(ひの)ライカ。

 麒麟は去年、理子の戦妹だったから個人的に顔見知りではあるが、男嫌いで女好きなため、理子と行動を共にすることが多かったオレはメチャクチャ嫌われている。

 火野に至っては今回が初顔合わせ。

 オレの噂を知ってるからか、言葉遣いが少し砕けている。ナメられてるんだろうが気にしない。

 以上の10人が今回のメンバー。もうすでに危ない気配しかしない。

 

「くそっ、ここに星伽さんがいれば最高だったのに。キンジが来れないからってそりゃねぇぜ!」

 

「神崎さんもなんだかバタバタしてて来れなかったみたいだね。峰さん、他に誰を誘ったんだっけ?」

 

 ワイワイ盛り上がってる後方とは裏腹に、運転席にいる武藤が泣く泣くそんなことを呟き、助手席に座る不知火が反応してあげて、すぐ後ろの席にいた理子に問いかける。

 ちなみにオレは通路を挟んで理子の隣に座ってる。

 

「あとはレキュとあややとあかりん、志乃っち、なっちー他色々だねぇ。さすがにみんなが都合つくわけもないし、話も急だったしねぇ」

 

「オレは昨日の朝知ったしな。しかも決定事項で頭数に入ってた」

 

「キョーやんは毎日暇人じゃん! 部屋でニートしてるのわかってるのに了承とる必要なし!」

 

 こいつ殴ってやろうか。

 本気で1発殴ろうと、やっと眼帯の取れた理子に少し近づくと、またも麒麟が察知してギャアギャア騒ぎ出す。なにこれ帰りたい。

 

「おい猿飛。温泉とは様々な効能があると聞くが本当か?」

 

 話すのも億劫になってきたオレは、到着まで寝ようと思ったが、不意に後ろの席からジャンヌが顔を出して意気揚々とそんなことを聞いてきた。

 

「確かに天然温泉なんかはそうだな。てか理子に聞けよ。これから行く旅館だって理子が予約入れたんだから詳しいだろ」

 

「そだね。泊まる旅館の温泉は美容とか疲労に効果があるみたい。お肌すべすべになるよぉ」

 

「ふむ、なるほどな。温泉とはスゴいな」

 

「ジャンヌはもう十分綺麗だと思うがな」

 

 ジャンヌのそんな返事にオレがボソッとそう言った瞬間、ジャンヌは赤面し顔を引っ込めてしまった。

 

「猿飛君って、サラッとそういうこと言うから凄いよね」

 

「不知火だって言ってるだろ? いや、イメージでだけど」

 

「僕は全然。奥手だしね」

 

「よく言うぜ。月1くらいで告白されてんだろお前。くそー! オレも女の子から告白されてぇよ!」

 

「武藤は一生ムリだよ。ぬいぬいとキョーやんはかっこいいからダイジョブだ! 理子が保証しよう!」

 

「ふ、ふふふ。いいぜ。こうなったらお前らの水着姿をこの目に焼き付けて脳みそに永久保存してやる!」

 

「みんなー! 武藤がみんなを視線で犯すって公言しましたー! 旅館に監禁しますか?」

 

「お兄ちゃん、サイテーだわ……」

 

「だぁぁああ! くそぉぉおお! お前らみんな轢いてやるぅぅううう!!」

 

 そんな武藤の絶叫が木霊してから約1時間半後。

 今日泊まる旅館へと到着して、早速案内された部屋へと入ると、そこはふすまを1枚隔てただけの和室。いわゆる大部屋だった。

 おい待て。男女で部屋分けくらいしろ。

 そんな意味を込めて予約をした理子を睨み付けると、理子はケロッとした顔で笑ってみせる。

 

「ダイジョブだ、モンダイない。こんな大勢いて『間違い』が起きたら奇跡だよキョーやん」

 

「じゃあ寝る時はオレから一番離れた位置に寝ろよ」

 

「それは却下でーす! 夜寝る布団は……夜に争奪戦でもしようかと思っておりますがいかがでしょうゆきゆき隊長!」

 

「許可する! ただし、得物はなしで健全に奪い合いなさい」

 

 奪い合いの時点で健全じゃないがな。それに男女で同じ部屋の段階ですでに不健全だ。

 などと思いながらみんなを見渡すと、何故かみんな目の色がさっきと違う。何かに狙いを定めた獣の目をしている。こえーよ!

 

「それよりまずは海に行こー! 歩いてすぐのところに熱海サンビーチがあるから、レッツバカンス!」

 

 そんな獣達をまとめあげて理子は荷物から水着などが入ったバッグを取り出して高々に掲げてみせると、みんなもそのテンションについていった。ホント騒ぐの好きだよなこいつら。

 そうして旅館に荷物を置いて海へと向かったオレ達は、親水公園の隣にある熱海サンビーチに水着に着替えて集結することに。

 まだ女子グループは来てないが、オレ達男衆はその間に人でごった返すビーチに陣を張り、ビーチパラソルとシートを広げて女子グループを出迎える準備を整えた。

 数分後、迎えに行った不知火と一緒に女子グループが合流。その晴れ姿を披露した。

 

「みてみてキョーやん! 今日のために新作を買ってみましたぁ!」

 

「理子、お前の水着は少々布の面積が小さくはないか? 見てて恥ずかしいのだが」

 

「私、このメンバーで一番胸が小さい……」

 

 いの一番にオレの元に駆けてきた理子は、水色のビキニを見せつけるようにポージングしてきて、ジャンヌは白のビキニを着ているみたいだが、上着を着てしまっていて全容は見えない。

 そしてテンション低めな小鳥はピンクのワンピース水着を着て胸を気にしていた。

 

「あの、京夜先輩。私似合ってますか?」

 

「おお、さすがレースクィーン。バッチリだな」

 

 貴希は恥ずかしそうにしながらもオレにその抜群のプロポーションとオレンジのビキニを見せてきた。けしからんボディーだ。

 

「ライカお姉様も理子お姉様も素敵ですの」

 

「や、やめろ麒麟! くすぐったいっての!」

 

 黄色のビキニを着た麒麟はオレ達男衆に目もくれずに赤と黒のビキニを着たライカに抱きつき、頬擦りしていた。どうぞご勝手にしてください。

 

「あっついわねぇ。死人出るんじゃないかしら?」

 

 そして幸姉は黒のビキニで腰にひまわり柄のパレオを巻いていて、やはり女子グループ最年長の女性らしさを醸し出していた。

 

「むー! キョーやんゆきゆきに見とれすぎ! 理子ももっと見てよぉ!」

 

 そこで突然視界に理子が割り込んできて強引に水着を見せてくるが、近い! 近いから!

 

「いやぁ、男にとっちゃハーレムだなこりゃ。おい猿飛! 不知火! 早速ナンパしに行こうぜ!」

 

「僕は遠慮しとくよ」

 

「武藤、お前1人で成功したら祝杯を上げてやる」

 

「なんだよノリ悪いなお前ら! ならオレは1人でも行くぜ! ヘーイそこのお姉さーん!」

 

 そうして武藤はオレ達を置いて足早に姿を消した。帰ってきたら慰めてやるか。

 こうして1人はぐれた武藤は放って、オレ達は夏の海で遊び始めたのだった。

 

「見て見てジャンヌ! エッフェル塔ぉ!」

 

「こ、これは……素晴らしい!」

 

 遊び始めて30分。

 理子と麒麟が早々から砂遊びを始めたなぁと観察しながら貴希達と遊んでいたら、いつの間にか超精密なパリのエッフェル塔が再現されていた。

 砂だけで。というか4点の足でどうやってあの形を保ってるんだ? 絶対自重で崩れるだろあれ。

 などとは思っていたが、そのエッフェル塔にフランス人のジャンヌは大絶賛。ビーチに来ていた他の客もカメラや携帯で写真を撮っていた。

 

「あいつらは武偵やめても食いぶちに困らなさそうだな」

 

「多才な人はいいよね。少し羨ましいよ」

 

「不知火、お前も色々できるだろ。オレへの嫌味か?」

 

「そんなつもりはないよ。それに猿飛君だって多才じゃないか。もっと自分に自信を持って」

 

 オレの場合は限定的な技術ばっかりなんだよ。

 昔から専門的に訓練されたから仕方ないんだが、普通の社会ではほとんど必要ない。

 つくづく普通とは縁がないよオレは。

 

「それよりさっきからうちの女性陣は凄いね。ちょっと目を離したら男の人から話しかけられてる」

 

 それで不知火は話題を変えるように辺りを見回しながらそんなことを言ってみせる。

 確かにさっきから貴希や理子、ジャンヌは時おり男から話しかけられているのを見かける。

 全員撃沈しているが、ちょっと煩わしいな。こっちは遊びに来てるのに。

 そう思いながら荷物番のために陣取ったシートに座っている幸姉を見ると、ナンパされてる。しかも男4人。

 それを見たオレは考えるより先に幸姉の元に歩き出していた。

 

「幸姉。荷物番代わるから遊んできてくれ」

 

「京夜? じゃあお願いしようかな。それじゃああなた達もナンパ頑張ってね」

 

 ん? もしかして幸姉、ナンパしてきた男で遊んでた?

 そういや今日の幸姉は『フレンドリー』だったな。話しかけてた男達もなんかぐったりしてるし、取り越し苦労だったか。

 幸姉はオレの言葉に甘えてそれからすぐに理子達の元に歩いていき、オレはビーチパラソルの下のシートに腰を下ろすと、ついてきたらしい不知火も隣に座る。

 

「猿飛君ってさ、真田さんのことずいぶん気にかけてるよね。幼馴染みって話で峰さんから聞いてたけど、本当にそれだけなのかなって」

 

 鋭いな。面倒だから話さないが、その好奇心は殺してくれるわ。

 

「幸姉は『情緒不安定』なんだよ。だからナンパとかに対応できなかったりする時もあるんだ。一緒にいる時間が長かったから、自然と気を遣うんだよ」

 

「情緒不安定、ね。そういうことなら仕方ないのかな。でも猿飛君。君も女の子から見たらカッコ良い部類に入るんだから、気を付けなよ? ここは武偵高の外なんだしね」

 

「ハッ、こんな目付き悪い男に話しかけてくる女子がいるわけないだろ。むしろオレは不知火の心配をしてやるよ」

 

 と、不知火の意見を鼻で笑って一蹴した直後、オレと不知火に近づいてきた同い年くらいの女子2人がそわそわしながら話しかけてきた。

 

「あ、あの、今ヒマですか? 良かったら私達と一緒にお昼でも食べませんか?」

 

 ……いま不知火の顔を見たくない。絶対に「ほらね」って顔してる。

 くそっ、不知火と一緒にいるのが悪いんだな。優顔が隣にいるだけでこうも予想を覆されるとは。

 それでオレ達の返答待ちなのか、女子2人は黙っていて、不知火もオレに任せたのか言葉を発しない。

 

「京夜先輩! なに休んでるんですか?」

 

「ちょっとキョーやん! 次は東京より先にスカイツリー建造するんだから手伝って!」

 

 そこで現れたのは何故か怒り気味の貴希と理子。

 2人はそんなことを言ってからオレの腕をそれぞれ掴み有無も言わさずにオレを連行していき、逆ナンしてきた女子2人と不知火はそれをキョトンとした顔で見送っていた。

 

「京夜先輩気を付けてください! ああいう子は清楚そうで遊びまくってますから!」

 

「そうだぞキョーやん! ああいう子は男で遊んでるんだよ! キョーやんは理子だけ見てればいいの!」

 

「お前ら失礼すぎだろ。人を見た目で判断するな。あとなんでそんなに怒ってるんだ?」

 

「「怒って(ません)ないもん!!」」

 

 怒ってるだろ。

 だがおそらくそう言っても2人は意見を変えないだろうと考えてそれ以上は言わずにオレが謝る形で事態を収拾。オレ悪くないけど。

 その様子を遠目から見ていたジャンヌはなんだか呆れたような顔をしていて、幸姉は大笑いしていた。ってこら!

 それから見事ナンパで撃沈してきた武藤を連れてみんなで昼食を食べたあとも、どこから来るのかわからないその元気で遊びまくり、オレは終始理子達に振り回されていった。

 そして日が沈み旅館へと戻ってからは、豪勢な夕食を堪能してみんなで温泉へ。

 なんでもここの旅館の露天風呂は女子風呂と男子風呂が同じ源泉から入れてるらしく、高い壁を隔てただけの空間らしい。

 そうなると張り切るバカが出てくる。

 

「よし、猿飛、不知火。ミッションスタートだ」

 

「ああ、行って死んでこい。そして後日ニュースで報道されろ」

 

「だね。僕達だけならまだしも、一般のお客さんもいるわけだし、武偵3倍刑もあるから」

 

「見つからなきゃいんだよ!」

 

 そう言って武藤はどこから持ち出したのか、簡易の昇降装置を組み立て、勇猛果敢に高い壁を登り始めた。

 ちなみに武偵は罪を犯すと通常の3倍罪が重くなる。それが武偵3倍刑。

 

「キョーやーん! いるかなー?」

 

 そんな時に壁の向こうから理子の呼びかけてくる声が聞こえ、オレは恥ずかしくなりながらもそれに応えた。

 

「おおー! ホントに声届くね! キョーやんは覗きに来ないのかい? みんな全裸だよ? くふっ」

 

 ……キョーやん『は』? なんか知らんがバレてるっぽいぞ武藤。

 

「風呂で全裸じゃないやつがいるのか? あと他の人に迷惑だから大声出すなよ」

 

「もう、ちょい、だ」

 

 だから武藤。もうバレてるっての。

 まぁいいや。武藤が死のうが捕まろうがオレには関係ない。

 

「キョーやんに怒られちゃった。てへっ。そんじゃ、上がったら2人きりでどっか行こっか」

 

「ちょっと峰先輩! 抜け駆……そんなのダメです!」

 

「そうです理子お姉様! あんな野猿と2人きりなんて!」

 

「理子、この露天風呂はどんな効能があるのだ?」

 

「ジャンヌ、あなたいろんな意味で凄いわね」

 

 なんだか色々と聞こえてくるが、もうツッコむのも嫌だ。

 そして不知火。その「大変だねぇ」みたいな顔はなんだ。

 ムカついたオレは不知火の顔に思いっきりお湯をかけてから、壁の向こうに顔を出した武藤が全員からゴム弾を浴びせられて落ちていった様を見送ってから露天風呂を出てさっさと上がった。実は逆上せやすいんだオレ。

 それから1人で大部屋に戻ったオレは、涼むために窓を開けて夜風に当たっていた。

 そこへ戻ってきたのは、浴衣姿のジャンヌ。

 ジャンヌはオレ1人なのを確認すると、モジモジしながらオレに話しかけてきた。

 

「さ、猿飛。今のうちにお前に確認してほしいことがあるのだが、いいか?」

 

「ん? 別にいいが、他のやつらは?」

 

「理子達なら今ごろ温泉卓球で布団の位置決めをしてるはずだ。私は別にどこでもいいから戻ってきたのだが、猿飛が1人でいてくれたのは都合がよかった。では少し待て。すぐに終わる」

 

 そう言ってジャンヌは何やら荷物を持って部屋を区切るふすまを閉めて姿を隠す。準備は見られると困るってことか?

 しかしオレを差し置いて布団の位置決めをするとは何事か。ジャンヌに頼まれ事をされなきゃ今からでも行くんだが。

 そうして10分ほどの時間が過ぎて、少し遅いなぁと思い始めてふすまを開けようとした時に、ジャンヌからふすま越しに声がかかる。

 

「さ、猿飛。まず最初に言っておく。正直な感想を頼むぞ。あと見ても笑わないでくれ」

 

「なんの念押しだよ。大丈夫だから早くしてくれ。このままだとオレの預かり知らぬところで布団の位置が決定する」

 

「わ、わかった。だが、絶対に笑うなよ?」

 

 そうして意を決したようにふすまを開け放ったジャンヌは、その姿をオレの眼前に晒した。

 ふすまの向こうにいたジャンヌは、昼間に着ていたであろう白のビキニを着ていて、なんというか、凄く眩しかった。

 

「ど、どうだ猿飛。何か言ってくれ。でないと恥ずかしくて死にそうだ」

 

「あ、いや、凄く似合ってるよ。理子や幸姉に負けないくらい魅力的だ。でもなんで昼間に見せてくれなかったんだよ。勿体ない」

 

「あ、あんな人の多い場所で肌を晒せる訳がないだろう! 恥ずかしいではないか!」

 

 ああ、そういや武偵高の制服のスカートですら恥ずかしがってたな。

 だがまぁ、なんか得した気分だ。

 つまりジャンヌの水着姿を拝んだ男はオレ1人なわけだし、服の上からではわからなかったジャンヌのプロポーションも見れた。

 

「な、なんだ猿飛。言いたいことがあるならはっきり言え」

 

「いやいや、ジャンヌの水着姿を見られてラッキーって思っただけ」

 

「そ、そうか。それならばいい。だが似合っているか。ふふふ、そうか似合っているか……」

 

 なんかジャンヌさんが怪しい笑い方をして悦に浸っておられる。

 オレはどうすればいいんだ。

 

「うむ、猿飛、率直な感想をありがとう。今回はこれだけで十分な収穫……いや、なんでもない。着た意味もあったというものだ。礼を言う」

 

 そうしてジャンヌは何かを誤魔化しつつオレに言葉をかけてから、またふすまを閉じて着替えに入った。これで終わりかな。

 

「ああそうだ猿飛。ついでに1つ質問に答えろ」

 

 オレが断りを入れて大部屋を出ようとした矢先、ジャンヌがそう言ってオレに問いかけてきたため、オレもすぐ了承する。

 

「お前は以前、私をパートナーにしたいと言っていたな?」

 

「ああ、言ったな」

 

「その真偽については今はどうでもいいのだが、お前、これからどうするのだ?」

 

 どうするとは? と聞き返そうとしたのだが、またすぐにジャンヌは口を開く。

 

「真田幸音の目的であるイ・ウーの壊滅が成された以上、あの女は遠からず真田の家へと戻る。事情諸々すべてを明かせぬ状況ではあるが、おそらく過去の件については不問となる。そうなればお前の責任問題もなくなり、真田幸音同様実家へ戻れる。そうするとだ。お前はまたあの女の従者として戻ることになるのではないか?」

 

 言われてオレはジャンヌの言いたいことが理解できた。

 確かにそうなればオレは東京武偵高を出ていくことに……いや、『武偵をやめる』ことになるわけだ。

 そもそも幸姉が武偵高に通っていたのは、超能力者を育成する術を持たない真田以外の場所で超能力を学ぶため。

 オレはそれに合わせて武偵になったに過ぎないのだ。

 

「言葉が返ってこないところを察するに、予想すらしていなかったか? 或いはその答えをまだ出せていないか。いずれにせよ、お前は遠からず選択することになるわけだ。武偵をやめ、真田幸音についていく道か、このまま武偵を続ける道。或いはまた違った道か。選ぶ権利があるかは知らないが、心しておくのだな」

 

 急に突きつけられた現実問題にオレは途端に考えがまとまらなくなる。

 しかし、オレが悩んで解決する問題でもないわけで、全ての決定権は幸姉に委ねられていることになるのが現状。

 オレには未来を選択する権利はない。

 

「だがまぁ、お前がもし、武偵としての道を選ぶと言うのであれば、考えてやらんこともない。最近のお前は私の評価をグッと引き上げているからな」

 

「……へっ?」

 

「だ、だから、パートナーの件だ! ああもう! 余計なことを言った! 今のは忘れろ猿飛!」

 

 頭を悩ませていたオレにジャンヌはそう言って思考を途切れさせると、世迷い言だったかのように言い放って着替え終わったのか向こうの出入り口が動いた音がした。

 ふすまを開けてみればそこにはジャンヌはもういなく、また1人となったオレは、何をどうすることもできなかった。

 

「……あ、京夜先輩!?」

 

 呆然と立ち尽くしていると、ジャンヌと入れ替わるように大部屋に入ってきた貴希がオレを発見し驚いたような声を出す。

 その声でやっと動けるようになったオレは、心境を悟られないように平静を装いできるだけいつも通りに反応した。

 これでも感情のコントロールくらいはできる。

 

「貴希、お前1人か? 今は温泉卓球やってるとか聞いてたけど、そっちはいいのか?」

 

「え、あ! はひ! そっちは敗北してしまったのでもう。……こ、これはチャンスこれはチャンスこれはチャンス……」

 

 なんか後半から小声でチャンス連呼してるがどうした?

 そう思ってると、貴希は何かを決意したようにオレに近づき顔を真っ赤にして、

 

「あ、あにょう! 京夜先輩! 昼間遊んだビーチ! 今の時期は夜になるとライトアップされるらしいんですが、い、一緒に見に行きませんか!? ふ、2人きりで……できれば……」

 

 噛んだ上に声まで裏返ってるその言葉にオレはつい笑いが込み上げてくるが、何やら必死な様子だったからそれをグッと飲み込んですぐに言葉を返した。

 

「別に構わないよ。ならパパっと浴衣から着替えて見に行くか」

 

 それを聞いた瞬間の貴希の嬉しそうな顔ときたらやたらと可愛かった。

 それからオレと貴希は浴衣からシャツとショートパンツの軽装に着替えて旅館を出て、熱海サンビーチの見える親水公園に向かった。

 ライトアップされた夜のサンビーチはまさに幻想的。綺麗な砂浜は蒼く輝き、波の立つ海は白く光っていた。

 これは凄いな。女性は見たがっても不思議はないと納得できる。

 現に今、オレの隣に立っている貴希もその光景に目を奪われている。

 しかし、やはりこういった場所はカップルが多くて少し居づらい。

 慣れてないんだよな、こういう雰囲気。

 

「京夜先輩、見て良かったですね。とっても綺麗です!」

 

「だな。誘ってくれてありがとな、貴希」

 

「あ! は、はひっ! どういたしまして! それでその、今度は2人きりで……旅行に行きたい、ですね」

 

 貴希はそう言って顔をまたサンビーチへと向けてオレから視線を外すがその頬が真っ赤になっていることに気付いた。

 そしてついでにオレ達をじっと見る視線に気付いてしまった。

 

「旅行は大勢で行った方が楽しいだろ。オレなんかと2人きりじゃ、貴希が疲れちまうよ」

 

 あれ? オレは今、なんて言った?  旅行は大勢で行った方が楽しい? そんなこと、京都にいた頃は考えたこともなかった。

 そうか……オレは自分でも気付かないうちに、この居場所を『楽しい』と思えていたんだ。

 いつも騒がしいうるさい嫌だと思いながらも、それをオレは心の底では気に入ってたんだ。

 ……京都に戻りたくない。

 そんな気持ちがオレの中に微かでも芽生えたのがわかり、だが同時に幸姉の傍から離れたくないという気持ちも膨れ上がる。

 たとえ選択する権利がない未来だとしても、そんな考えが浮かんでしまうほどにオレの心は揺らいでいた。

 突然話さなくなったオレに心配した貴希が話しかけてきたため、慌てて思考を切ったオレは、それでそろそろ貴希にも教えることにした。

 

「なぁ貴希。大事な話があるから、聞いてくれるか?」

 

 聞いた瞬間、貴希は一瞬時が止まったように固まり、次には顔を真っ赤に染め上げた。何故?

 

「実はな、ずっと前からオレ達、理子達に尾行(つけ)られてるんだ」

 

「……え? ええ!?」

 

 言ってから理子達が隠れている場所を指差してみせると、貴希はそれを目で追って理子達の姿を確認すると、

 

「い、いやぁぁぁぁああ!!」

 

「ま、待ってください貴希さーん!!」

 

 全速力で走り去ってしまい、慌てて小鳥がそれを追いかけていった。迷子になるなよー。

 それから改めてみんなでサンビーチのライトアップを見たオレ達は、旅館に戻るついでに夜会用の菓子やジュースを買ってそのままバカ騒ぎをして一夜を明かした。

 結果としてみんなほとんど起きていたため、死に物狂いで勝ち取ったのであろう布団の位置も無駄になっていた。

 翌日は寝不足の武藤に鞭を打ってバスを運転させて、みんなぐったりした状態で学園島へと戻ったのだった。

 その帰りのバスの中で静かに寝息を立てる理子達を見ながら、ホントに、こんなバカなやつらと離れたくないと、オレはそう思えていた。


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