8月1日。
半ば追い出される形で退院したオレは、所々に包帯を巻いたまま装備科の専門棟に来ていた。
理由は単純明快。新しいミズチを製作している平賀文ことあややに頼まれた前金を払うためだ。
装備科棟内はいつも銃器やらなにやらがずらららら! と廊下の左右びっしりに置いてある棚に並んでいて、いかにも装備科らしい風景。
そこを通ってあややの作業部屋まで行ったオレは、相変わらずよくわからないものが乱雑に積まれた物置のような室内を進み、無事にあややに前金を渡し終えて任務完了。
前金を確認したあややはいつもの調子で「毎度ありなのだー!」と言ってオレを見送り再び作業に戻り、オレはそのあと予定も特になかったのでさっさと部屋に戻ることにした。
――ピリリリリ!!
男子寮に戻る道中、携帯に着信があり誰かと確認すると、相手は小鳥。
そういえば入院中は面会謝絶にされた上、ずっと携帯の電源切ってたから退院して初めての着信だな。
などと思いつつ通話に出ると、小鳥は第一声で「やっと繋がった!」と言ってから捲し立てるように話をし出した。
『あのですね! とっても急なお話で悪いのですが実は今日私の……』
小鳥の言葉をそこまでちゃんと聞いて歩いていたオレは、前方に立ち塞がるように立つ1組の男女を視界に捉えて歩みを止める。
学園島にいるにしては少々年齢的に大人なその2人ーー見た目からだいたい父母の年齢ーーは、明らかにオレを見ていて、その視線に気付いたからオレも歩みを止めたわけなのだが、
『……あの、京夜先輩聞いてますか?』
携帯越しにそんな小鳥の声を聞いて少しだけ意識をそちらに持っていくが、どうやらよくない雰囲気だ。
オレのカンがそう言ってる。となると今は小鳥と話してる場合ではない。
「すまん小鳥。話ならあとで聞くから、今は……!!」
小鳥にそう話した瞬間、オレは背後に何かの気配を感じてチラッと視線を後ろに向ける。
ドーベルマン。
番犬などで知られる比較的大きな犬種。
豪邸の庭なんかにいるイメージが強いあの犬が、オレの背後数メートルの位置に立っていた。
見た感じで明らかに軍用犬か何かの訓練を受けている。
退院早々からろくな目に遭わない自分の不幸を呪いながら、オレは小鳥との通話を切って携帯をポケットに入れてから、前にいる人物達に話しかける。
「オレに何か用ですか?」
第一声でそんな質問をしたオレに対して、女性の方が最初からさしていた日傘をくるくると回しながら笑みをこぼす。
女性は身体のラインがわかる肩を露出したドレスを着ていて、その上からストールを羽織っている黒髪長髪の綺麗な人で、対してオレに凄い睨みを効かせてくる男性の方は黒のタキシードにツンツンした茶髪、顎に携えたダンディーな髭が特徴のガッチリした体格。おそらく相当鍛えてる。
「うふっ、猿飛京夜さんで間違いありませんね?」
続けて女性は笑みを崩さないまま確認するようにそんな問いかけをしてきたため、オレは警戒しながらも首を縦に振る。
「そうですか。ありがとうございます。私は『今の』で十分ですけど、あなたはどうですか?」
確認を終えた女性は、隣に立つ男性にそう話して返答を待つ。
「この程度、武偵なら気付いて当然だろう」
おっと、なにやら不穏な香りがしてきた。さらに後ろにいたドーベルマンがオレに近づいてくる。
警戒しながらドーベルマンを横目にいつでも逃げられる態勢をとり、前にいる2人からも目を離さない。
しかしドーベルマンはオレの警戒とは裏腹に、軽快な足取りで横を通り過ぎて、日傘をさす女性の傍らにちょこんとお座りをしてみせた。
この人達、何が目的なんだ?
「というかな、オレは『娘』をたぶらかしたあの小僧を最初から認めるなんてこと、死んでもできないんだよ!!」
……はて、『娘』っていったい誰のことを……
などと考えを巡らすより早く男性はアスリート並みのダッシュでオレに突撃してきて、オレはそれに驚きつつも逃げるように走り出した。
「京夜さん、死なないように逃げてくださいね」
逃げるオレに対して、落ち着いた口調でそう言った女性は、オレを追いかける素振りを見せずに呑気に手を振っていた。
どういうわけかは知らないが、とにかくこの追いかけてくる男性に捕まったら最後、命がないことが理解できたオレは、まだ治りきってない身体に鞭を打って学園島で逃走を開始したのだった。
ったく、何なんだよこの状況は!!
しかし不幸中の幸い。ここは学園島。
冷静に考えればオレにとってはホームも同然であることから、最初は簡単に撒いて男子寮に戻れると思っていた。
だが現実はそんなに甘くはなかった。
曲がり角という角を幾度も使ってあの男の視界から完全に消えているはずなのに、ものの数十秒で捕捉し直して、その無限なのかと疑うスタミナとダッシュ力で追跡してくるのだ。
しかも顔が合う度にこめかみに浮き出る血管が増えていく。軽いホラーである。
「逃げんなやガキぃぃ!!」
どっかのヤクザですかあなたは!?
そんな鬼の形相で追いかけてくる人見て逃げないヤツがいるか!
オレの後ろをピタリとマークする男はそんな威圧的な言葉を飛ばしながらジリジリとその距離を詰めてくる。
第一、オレには追われる理由がよくわかっていない。それなのに捕まったら殺されるとかなんの冗談かと疑いたくなる。
だがしかしだ。この状況も時間が経つと案外慣れてくるもので、一時的に隠れてやり過ごしてる間に色々と考えるだけの余裕ができてきた。
まずは今のオレは退院したばっかりで装備が皆無。あるのは携帯とクナイ1本。
とてもじゃないが肉弾戦であんな人とやり合う気にはなれない。
となると解決策はあの人が言っていた「娘をたぶらかした」という言葉の意味。
いや、言った通りなんだろうが、オレには全く心当たりがない。
第一、女子でまともに話をしてるのは頭に浮かんだだけで指で数えられるくらいだ。
その中でまず幸姉はない。あの人の両親は知ってるし、現真田の当主と妻だ。
次に消えるのはジャンヌ。
あの2人はどこからどう見ても日本人。生粋のフランス人であるジャンヌの親であるはずがない。
そして理子もあり得ない。理子の両親はすでに他界してるからな。
そうなるとあとは後輩連中とアリア、白雪、レキくらいなんだが……
「見つけたぞ小僧!!」
と、もう見つかったか。
というかさっきからどうやって捕捉し直してるんだこの人。
オレなりに工夫して目撃者含めて情報撹乱してるんだが、聞き込みとかではないのか?
などと男の能力を探りながらまた走り出したオレは、このままでは捕まるまで続きそうなのを確信したため、ダメ元でもとりあえず男と話をしてみようと思った。もちろん走りながら。
「すいません、追われる理由がわからないのですが、とりあえず名前だけでも教えていただけませんか?」
「とぼけやがって! てめぇがうちの可愛い1人娘をたぶらかしたおかげで、こちとら数少ない親子の会話でお前の話聞かされるはめになってんだよ!」
それオレが悪いのか?
話なんてその子が勝手にしてるだけで、別にオレが家族に話してくれって頼んだわけでもないし。
「てめえ!! 今『オレは悪くなくねぇ?』とか考えただろ! そもそもてめぇが娘と知り合わなきゃこんなことにならなかったんだよ!!」
エスパーかこの人……というかあんな怒鳴りながら走ってるのに息ひとつ乱さないとか人間離れにもほどがある。
「あのぅ、やっぱりオレには身に覚えがないので、あなたのお名前を聞かせてもらえませんか?」
「
「あの、名字は……」
「教えるかバカが! それに名前って言ったのはてめぇだろ!」
大人に屁理屈言われた。
名字から誰の親かわかると踏んでたが、失敗か。
だがまぁ、1人娘ってことはアリアと白雪は除外だな。確かアリアにはメヌエットとかいう妹がいたはずだし、そもそも母親のかなえさんと面識があり、白雪には下に6人の妹がいるはず……とか考えてる間に距離が詰まってた!
そうしてオレはまたくねくねとあっち行ったりこっち行ったりしながら吉鷹さんの追跡から逃げ続けるのだった。
吉鷹さんと命懸けのおいかけっこを始めて1時間が経過。
さすがのオレもそろそろスタミナが危うくなってきた。
一応あの幸姉のハチャメチャ具合に合わせるために体力は衰えさせないようにしてたんだが、やっぱりあの人化け物だ。
オレより歳上であの無限のスタミナは恐ろしい。
そうして何度目かわからないオレと吉鷹さんのインターバルと言う名の潜伏&捕捉タイム。
今度はアリア達以外の容疑者――言い方はおかしいが――を頭に浮かべる。
レキ。こいつはないな。
まず親がいるかもわからんし、定期的に連絡し合うような子ではないだろう。
それに親と仲睦まじい会話を楽しむレキの姿が想像できない。
となるとあとは後輩。
んーと、貴希……はどうだろうな。保留としておくか。
んで……他に話したことある後輩は……
あれはない。男嫌いだし理子の戦妹だった頃に凄い嫌われてたからな。というか姉が同学年にいたな。
あとは風魔と間宮くらいか。
風魔は知らんが、間宮とはまともに話したのは2、3回だし、アリア一筋みたいだからこれもなし。
「死ねやガキぃぃぃ!!」
そこでため息を吐いた瞬間、オレはそんな声に反応して真上を見ると、そこからは建物の高所から飛び降りてきた吉鷹さんが血眼で迫ってきていた。
わざわざ声出してくれるのはありがたいが、オレが接近に気付かないと言うのも妙な話だ。
ここまでの接近を気付かず敵に許すのはここ何ヵ月かなかったことだ。
何か洗練されたものを感じる。本当に何者だよ。
思いつつも、冷静に吉鷹さんを避けてまた逃走を始め、ちょっとずつでも問題を解決していく。
あっ、そうだ。
吉鷹さんから話が聞けないなら、『もう1人の方』に聞いてみればいいのか。
走りながら思い至ったオレは、迫る吉鷹さんを撒きつつ、おいかけっこを始めた最初の地点目指して走り出した。
目的の人物はすぐに見つかった。
吉鷹さんと一緒にいた女性。その人はスタート地点のすぐそばにあったベンチに腰を下ろして、足下にドーベルマンを座らせて楽しそうに日傘をクルクルと回していた。
オレが警戒しながらも近づいていくと、女性は遊んでいた日傘をピタリと止めオレを笑顔で見てきた。
「だいぶ早かったわね」
「……オレが来るのを予測してた?」
「あの人ではお話にならないとわかれば、好戦的ではなかった私に自然と辿り着くのではないですか?」
にっこり笑顔でそう話す女性からオレは、落ち着いた物腰とは別に最近体験したことのあるものを感じた。
あの人ほどのものじゃないが、実に卓越した『推理力』だ。
「お名前をうかがってもよろしいですか? できればフルネームで」
「それは教えたら面白くないわ。あなたも武偵なら辿り着いてみて。そのための情報はすでにあなたには与えられている。でもそうね。名前くらいは……
……面白くないとか、この人も期待したより頼りにならないらしい。
さて、どうしたもんかね。
「ですけど、あの吉鷹さんからここまで逃げおおせた人はここ最近では京夜さんくらいしかいませんよ。さすがは娘の認めた人と言ったところですね」
頭を悩ますオレの様子を見た英理さんは、クスクスと笑いながらも話がしたいのか、オレにそんなことを言ってきた。
娘が認めた? あれ? なんか今のでなんとなくわかったぞ。
「あら、少し言い過ぎてしまったかしら。それでは私は行きますね。のちほど『また』お会いしましょう」
何かに気付いたオレの表情を見て英理さんは少し慌てた様子で立ち上がり、しかし落ち着いた物腰でそう言ってまた日傘をもてあそびながらドーベルマンと一緒にどこかへと歩いていってしまった。
なんだかあの人にオレを見透かされてるみたいで少々怖いが、悪い人ではなさそうだ。
「ガキぃぃぃ!! ちょこまかしてんじゃねえぞ!!」
おっと、もう見つかったか。
だがまぁ、誰の親かは特定できたから、あとはあの人をどうにかして止めればこの件は終わりだろ。しかしどうしたら止まるんだあの人。
とりあえず考えがまとまるまでは捕まるわけにはいかない。
そうなるとまだこのおいかけっこは続く。それに吉鷹さんの能力がまだ不明だ。
「……いや、不明じゃないな」
走りながらオレは『あの子の能力』を思い出す。
最近は日常的に見ていたあの不可思議な能力を。
そうしてまた吉鷹さんを振り切って身を隠したオレは、そこであの子が話していたことを思い出しながら自分の遥か頭上、青色が広がる空に目を向けた。
今日は雲も少ない快晴。夏も本格的に始まって容赦ない陽射しがオレを照りつける中、オレはその空にあるものを見つけた。
姿こそはっきりとわからないが、少なくともこの辺りを飛んでいるはずがない鳥。
おそらくは鷹の一種がオレの遥か頭上を飛んでいた。
「動物と意志疎通ができる。改めて考えるとスゴい能力だよな」
あの鷹がオレの位置を常に吉鷹さんに教えて、捕捉できたってわけだ。まさにリアル『鷹の目』。
武偵用語ではあるが、要は監視である。オレの位置情報は初めから筒抜けだったってこと。
おまけにあっちは『現役の探偵』だ。尾行術だって当然心得があるし、依頼解決には推理力も求められる。謎はすべて解けた!
と、どこかの少年探偵の台詞が頭に浮かんだところで、オレはまた吉鷹さんに見つかる前に行動を開始。
向かう先は探偵科棟。正直あんなことがあったあとに会うのは気まずいが、なりふり構ってられない。
探偵科は今日、0.2単位分の補講があるとさっき走り回ってる時に教務科の掲示板で確認したから、不真面目なオレの悪友なら確実にいると踏んでいた。
案の定、探偵科棟内には補講が終わって帰ろうとする悪友、理子の姿があった。
「おお、キョーやん! そんな汗だくでどしたの?」
良かった。いつも通りに接してくれた。これならオレも気が楽だ。
「ちょっと面倒なことになってな。理子の力を借りたい」
会って早々にそう言ったオレに対して、理子は首を傾げながらも怪しい笑みを浮かべて話を聞いてくれた。
しまった……理子への協力要請はハイリスクハイリターンだった……こりゃあとでろくでもない要求をされるな。
そうして打ち合わせをしたオレと理子は、2人で探偵科棟を出て、仲良く話をしながら歩いていく。
当然出入り口で待ち伏せていた吉鷹さんが、待ってましたとばかりに近寄ってくる。
「ようやく観念したかこの野郎が!」
「キャー!! ストーカーだよぉぉ!」
そんな吉鷹さんに対して反応したのは理子。
理子は話しかけられた瞬間にそんな大音量の声をあげてオレの後ろに隠れる。
それには帰宅を開始していた周りの武偵も反応する。
「いや、あの、お嬢ちゃん!? オレはこの男に……」
「いやぁぁあ! 拐われるぅぅ! 犯されるぅぅ!!」
「おかっ!?」
さすがにやりすぎだ理子。
だが理子のそんな声に反応した武偵達が一斉に吉鷹さんに銃を向けて制圧にかかる。
数にして十数人。いくら吉鷹さんでも多勢に無勢ではどうしようもないだろう。
予想通り吉鷹さんは大勢の武偵により一瞬で無力化され、そのまま教務科へと運ばれていった。
これで吉鷹さんは止められたかな。だが、
「犯されるは言い過ぎだ。あとで謝れよ」
「あれくらいやんないとみんな危機感を感じないよぉ。それよりあの人ホントに『ことりんのお父さん』なの?」
「間違いないだろ。ほらあれ」
吉鷹さんを見送りながら先ほど話したことの確認をしてきた理子に、オレはその頭上を見るように促す。
そこには吉鷹さんの頭上をピタリとついていく鷹の姿があった。
「おお! 鳥使いだ! ことりんとおんなじぃ!」
「それじゃ吉鷹さんの釈放もしなきゃなんねぇし、オレの部屋行くぞ。ついてくるだろ?」
「いくいくー! ことりんのお母さんにも会いたーい」
そうしてオレと理子はいつもの調子で話しながら男子寮へと向かっていったのだった。
「あら、ずいぶん早い到着だったわね。やっぱりヒントを与えすぎちゃったかしら」
オレの姿を確認した英理さんは、オレの住む男子寮の前にいて、その横には何故か幸姉もいた。
どうやら仲良く話でもしていたらしい。波長が合いそうだもんな、この2人。
「うわー、この人がことりんのお母さん? 若ーい!」
「ふふっ、ありがとう。あなたは……京夜さんのお友達? それとも彼女さんかしら」
「おお! ことりんのお母さんなかなかするどーい。理子りんはキョーやんの彼女で……イタッ!」
笑顔で嘘を吐く理子に対して頭にチョップを降り下ろしつつ、オレは簡単に理子の紹介を『正しく』してから、話を本題に切り替える。
「えっと、吉鷹さんは止まりそうになかったので、ちょっと強引に教務科へ連行させてもらいました。冤罪なんですぐに釈放になると思いますけど、すみません」
「気にしなくていいわ。あの人も少しやりすぎだったし、反省させるために今日は大人しくしててもらいましょ。そんなことより小鳥ったら困った子よね。両親に内緒で男の人と『同棲』してるなんて」
「小鳥のやつ、英理さん達に話してなかったんですか? それは吉鷹さんも怒るのは当たり前ですよ。ああ、それと小鳥には何もしてませんので!!」
「あら、吉鷹さんはまだその事を知りませんよ? あの人が怒ってたのは小鳥に悪い虫がついたことに対してです。あ、私は京夜さんのことは先ほど認めさせていただきましたから、その件は気にしてません。同棲どんとこいですよ。ふふっ」
「ん? じゃあ英理さんは何でここに来られたんですか? 小鳥が話してないなら、あいつが住んでる女子寮の方で待ち合わせとかしてるんじゃ……」
「あ、確かにそだね。ゆきゆきが教えたの?」
「私は何もしてないよ。知り合ったのも今さっきだし。ねっ、英理さん」
「ええ、幸音さんとは今さっき。確かに小鳥には女子寮の方で待ち合わせと言われたんですけど、あの子ダメね。メールに『女子寮の前で待ってる』って書いたのよ? 女子寮に入れたのは私達なんだから、わざわざ『女子寮』なんて書かなくてもわかるわよ。だったら戦兄である京夜さんの住居が怪しくなるじゃない?」
この人やっぱり凄いな。娘の隠し事を正確に見抜いて今ここにいるわけか。
「じゃあ小鳥はいま女子寮の方に?」
英理さんの卓越した推理に感心しながら、小鳥が今頃待ちぼうけを食らってる様を想像しつつ問いかけると、英理さんはニコッと笑ってから男子寮の中へと歩き始めてしまった。
「申し訳ないのですけど、呼び戻していただけるかしら。ちょっとしたサプライズ。立ち話もなんだし、お部屋に案内してもらえるかしら?」
そんなこんなで英理さんに完全に場を掌握されたオレ達は、言われるままに部屋へと足を運んで小鳥の到着を待つのだった。
ここ男子寮なんだけどな……
「お、お母さん!? なんで……」
オレの呼び戻しですぐに帰ってきた小鳥は、部屋に入って早々リビングで美麗と煌牙を触ってくつろいでいた英理さんを発見して驚きの声をあげ、そのあとぺたりと床に座り込む。
「待ち合わせは女子寮の前って言ったのに……」
「小鳥が京夜さんの部屋で同棲してることを隠すから悪いのよ? それにしてもこの子達可愛いわね。京夜さん、一緒に連れていったらダメかしら」
「それはちょっと。美麗達もそんな顔してますし」
「なんでお母さんにバレたのぉ。必死に隠したのにぃ」
「あ、京夜さん、今日はこちらで宿泊させてもらいますけどよろしいですよね?」
「お母さん! 会話が成り立ってないよ!」
なんだか小鳥は英理さんに振り回されてるな。
たぶんいつもこんな感じなんだろうと直感的に理解しながら、オレはガヤガヤと騒がしくなったリビングから離れてダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「まぁベッドは1つ空いてますから問題はないですけど」
「はいはーい! それなら理子りんも泊まるー!」
「今言っただろ。ベッドは1つしか空いてない。却下だ」
「そこは問題ないよ。理子りんはキョーやんのベッドで一緒に寝るから! くふっ」
「ならオレはソファーで寝る」
そう言うと理子は頬を膨らませて抗議してくるがスルーだ。
「大丈夫ですよ。私は小鳥と一緒のベッドで寝ますから安心してください。それより今夜は皆さんでパァーッとやりましょうか。これでも稼いでますから費用は全部持ちますし、小鳥がいつもお世話になってるご恩返しもしたいので」
それを聞いた瞬間、幸姉と理子は一気にテンションMAXに。
これでもかと言うくらい英理さんを持ち上げてワイワイし出すが、オレが小鳥の戦兄なんだけど……
それからみんな揃って買い物へと向かい、アホかというほどの食材を買って帰ってきてから、橘親子がせっせと調理を開始。
オレと幸姉、理子はその間美麗達と戯れたり、英理さんのドーベルマン――ハヤテというらしい――を触ったりして時間を潰していった。
そうして料理が出来上がった頃には丁度時間も午後6時過ぎとなり、リビングテーブルに和洋中色とりどりの料理が並べられて、それをみんなで囲む。
傍らには美麗達の分の料理もちゃんと置いてあって、初めての豪華料理に美麗と煌牙はよだれがだらだら。
さすが世界を飛び回る探偵。料理のバリエーションが半端じゃない。
「それじゃあいただきましょうか」
みんなが席に着いたのを確認した英理さんは、コップに注がれたビールを持ちながらみんなにジュースを持つよう指示して乾杯の音頭をとる。
「それでは……えっと、日頃小鳥がお世話になってますパーティーを始めまーす! カンパーイ!」
「ちょ!? お母さん!!」
そんな小鳥のツッコミは軽く無視して乾杯したみんなは、ジュースをグイッと飲んでから一斉に料理に手をつけていく。
幸姉は一応成人してるからビールを飲んでるけど、大丈夫だろうか。
不安的中。
幸姉はパーティー開始から英理さんに合わせて缶ビール4本とワインを1本飲んで完全にグロッキー状態に。頻繁にトイレへと足を運んでいた。
対して英理さんはインターバルなしに次々にお酒を飲んでいて、全く酔ってる気配がない。酒豪なんだなこの人。
そうして盛り上がる室内。
さすがに夏本番ということもあり熱気がこもるため、換気のためにベランダの窓を開けると、そのベランダの手すりに全長60センチくらいの鷹が留まっていた。
その鷹に驚いていると、中から小鳥が近寄ってきてひょいっと顔を出しその鷹を見て笑顔になる。
「
小鳥はそう言ってから鷹に手を伸ばして腕に飛び移させると、オレに紹介してくる。
「この子はモモアカスリ……ハリスホークの小町です。お父さんの相棒なんですけど……小町、お父さんは?」
ああ、あの吉鷹さんの鷹か。
ってやべぇ。まだ小鳥に吉鷹さんのこと話してない。
「小鳥。お父さんは今日は近くの宿泊施設に泊まるらしいのよ。明日にでも顔くらいは見せるから安心して」
何やら小町と会話しそうになった小鳥を制するように英理さんがそう言うと、小鳥はそうなんだとすぐに納得。
どうやら小鳥と英理さんの居場所を確認しに来ただけらしい小町は、それからすぐに夜の空に消えていった。
楽しいひとときはすぐに過ぎるもので、気付けば時間も午後11時を示していて、現在オレと理子はグロッキー状態の幸姉を介抱しながらリビングのソファーでくつろいでいた。
そして小鳥と英理さんは寝室でおやすみ中。
「キョーやん気を遣ったでしょ?」
「理子もだろ? 家族だけで話したいこともあるさ。仲良さそうだもんな」
「ちょっとだけ、ことりんが羨ましいなぁ。理子はもうお母様とお話もできないし」
「……オレにクサイ台詞を期待するなよ」
「してないよ。でも優しい言葉くらいかけてくれてもいいのにね」
そう言われてオレも寂しそうにする理子に少し思うところもあり、
「……オレが話し相手くらいにはなってやる。だから理子はできるだけ笑ってろ。その方がオレも嬉しいからよ」
うわっ、クサっ! 恥ずかしいぞこれ! 今すぐ理子の前から消えたい!
そう思いながら赤くなってるであろう自分の顔を理子から背けつつチラッと理子を見ると、理子も顔が赤い。
もうやだこの空気!
「……ありがとね、キョーやん」
「……おう」
「なに甘酸っぱい恋愛してんのよ。私がいるんだぞ?」
そんな空気を壊したのはソファーでぐったりしていた幸姉。た、助かった。
「京夜ぁ、水ちょうだい。まだ気分悪い」
「飲めないのに無理するからだろ。ちょっと待ってろ」
オレはそれでキッチンへと移動して水を汲みに行ったのだが、その時チラッと見せた幸姉のなんとも言えない表情が気になった。
まるで何かを決断したような、そんな表情だった。
結局その日はリビングのソファーで一夜を明かしたオレ達は、翌日早くから飛行機で海外に行くという英理さんと吉鷹さんを見送るため、学園島の出入り口に来ていた。
去り際、英理さんはオレの側まで寄ってきて一言。
「娘のこと、これからもよろしくお願いしますね」
親心を感じたオレは、それにしっかり答えてから、まだ睨んでくる吉鷹さん共々笑顔で見送ったのだった。