Bullet27
夜中、武藤の運転する水上飛行機から武偵病院に移されたオレ達は、そのまま診察と治療を受けて入院。
オレは思いのほか傷は大したことないらしく、1週間くらいで退院とのこと。
幸姉に至っては明後日にも退院とか馬鹿げた診察結果を受けていた。ホントに死にかけたんですか?
一番ひどいのはキンジだな。
あいつは骨折やらその他色々で1ヶ月は入院らしい。南無三。
だがよく死ななかった。それだけは敬服に値するよ。
アリアは今回のことで母かなえさんの冤罪を晴らせると帰ってきてからどこかへと行ってしまって、白雪は「これから毎日キンちゃんの看病できるよ!」などと言って張り切っていたし、金一さんとパトラはいつの間にか消えてしまっていた。
新婚旅行とかなら微笑ましいんだけどな。
そうして幸姉と同じ病室で夜を過ごしたオレは、朝方に届いた小鳥からの「お見舞いにいきます」メールで起きる。
目が覚めて最初に視界に入ったのは、ベッドの横で鼻歌混じりにリンゴを剥く幸姉の姿だった。
幸姉はオレが起きたのを確認すると、ニコッと笑顔を向けてきた。
「おはよう、京夜。頭は覚醒してる?」
「バッチリだな。寝過ぎたくらいだし」
「そっ。じゃあ小鳥ちゃんが来る前にパパッと話しちゃうから、聞き逃さないでね」
話、というのは、おそらくイ・ウーについてだろう。
それがすぐにわかったオレは、真剣な顔で幸姉を見た。
「そ、そんな顔で見られたら、興奮しちゃうよ京夜」
しかしオレを見た幸姉は急にもじもじしながらそんな爆弾を投下してきた。
ああ……今日の幸姉は『妖艶』だったのか。面倒臭い。
妖艶の幸姉は……一言で言ってしまえば『エロい幸姉』だ。それ以上の表現が見つからないな、うん。
「そういうのいいから話をしてくれ」
「はいはい。じゃあ夜にでもいけないことしようね」
「しない」
「ええー、京夜の意地悪ー。ま、夜這いするからいいや」
いや、良くないし。今夜は寝たら取られるな。
何をって、色々だ。
「イ・ウーは組織としては壊滅。ただ、残党は散り散りになって逃亡したわ」
いきなり話をするな!
とは言えなかったオレは、気まぐれな幸姉に渋々合わせて話を聞く。
「イ・ウーの壊滅は一見すると良いことのように思えるけど、実際はそんなに甘くないわ。金一も私もそれはわかってたけど、主戦派が主権を握る方が大惨事になることを理解していた。さてさて、ここで問題です。今の世の中に『裏の組織』と呼べる団体はいくつあるでしょうか?」
「……そんなの大小含めたら数えきれないだろ」
「はい正解。イ・ウーもその裏の組織の1つであることは言うまでもないわね。でも、イ・ウーは圧倒的な力を持つ組織。なにせ国すら滅ぼせる戦力を有してたんだからね。そんな組織があれば、当然裏の組織だって組み入ろうとする。何故なら敵対すれば確実に滅ぶからね。でも教授はどこの組織とも組まず完全中立を保ち続けた。その結果どうなると思う?」
「……どの組織もイ・ウーを恐れて面立って動けなくなる?」
「そう。だから今まで裏の組織はイ・ウーという抑止力によって他の敵対勢力と『休戦』せざるを得なかった。でも、その抑止力が先日なくなった。これが意味するところは……もうわかるわね」
つまり、イ・ウーが壊滅したことによって、また裏の組織がしのぎを削って争いを始めるってことか。
ははっ、一難去ってまた一難とはよく言ったものだな。
これから武偵や警察その他法に準ずる組織は大変な目に遭うわけだ。
「序曲の終止線か……。確かに始まるのはこれから、だな」
「それ、教授が言ってたのね? ホントに困った人よ、あの老人は」
皮肉にも似た言葉を漏らした幸姉は、それで丁度リンゴを剥き終わって、ひと切れ口にくわえると、考え事をして意識を逸らしていたオレの上に四つん這いで乗っかってきて顔を近づけてきた。
「ちょっ!? 幸姉!?」
「
ふざけるな! 普通に食うっての!
と言おうとした矢先、この病室の扉をノックする音が響き、そのまま終わるかと安堵したオレだったが、
「
幸姉がそのままの状態で中に通す。
アホか!? アホなのかこの人は!? アホだったなそういえば!!
そして扉を開けて入ってきたのは、見舞いに来た小鳥。
小鳥は今のオレと幸姉の状態を見た瞬間固まり、動かなくなってしまう。
マズイ。何か言わなきゃ大変なことになる。
「あ……あのな、小鳥……これは……」
「あ、えと、その、あの、お、お邪魔しましたぁ!」
オレがなんとか弁明を図ろうとしたら、小鳥は噛み噛みの台詞を言い残して扉を閉めて逃走。ちょっと待てぇぇぇい!!
当然オレは上でクスクスと笑う幸姉を押し退けてダッシュ。
病院にも関わらず全力疾走する小鳥を追いかける羽目になった。
それから2人して看護師さんにこっぴどく怒られてから病室に戻り、なんとか誤解を解いてしばらく雑談みたいなことをしていると、突然ノックもなしに綴のやつが押し入ってきて、なんだか見るからに怪しい黒服男を連れてきたかと思うと、お邪魔虫のように小鳥を追い出してしまった。
「こっちの黒服は政府関係者。んで、私達が来た理由は大方わかってるはずだし、サクッと終わらせるぞぉ。先生休みなのに駆り出されてイライラしてっから」
そういう私情は言わないでほしい。
まぁ、理由はイ・ウー関係だろう。今頃キンジのところにも行ってるだろうな。
それから2日酔いなのかダルそうにする綴を横目に、黒服男はオレと幸姉からイ・ウーに関しての話を根掘り葉掘り聞いてきて、あとの事後処理を自分達がやる旨と、この件に関して他言無用と言い残して本当にサクッと終わらせて帰ってしまったのだった。
翌日。
幸姉が無事に退院して部屋に戻っていき、少し寂しくなった病室でくつろいでいたオレは、あまりにも暇だったので、『ある人』を呼んでいた。
その間オレはノートにある物の設計図を簡単に描いていく。どうせ説明するなら図もあった方がいいしな。
そう思いながら待ち人を待つこと2時間。
長いと文句は言わない。あの子は1日中忙しいくらいの人だからな。オッケーしてくれたのが奇跡なほどに。
「さるとびくん! おまたせなのだ!!」
そんな声と共に扉を開けて入ってきたのは、我が東京武偵高が誇る装備科の天才にしてアリア並みの幼い体格をした平賀文その人。待ってたぞ、あやや。
「悪いな、あやや。忙しいのに呼び出しちまって」
「だいじょーぶなのだ! ちょーどとーやまくんからも装備のしんちょーを頼まれたから、いっせきにちょーなのだ!」
言ってあややはオレのそばまで来て備えた椅子に座ると、背中に背負っていたリュックを下ろして中から見覚えのある剣を取り出してみせた。
これはシャーロックが使ってた剣じゃないか。あいつ持ってきたのかよ。
それにあややに預けたってことは、自分の使いやすいようにするんだろう。泥棒だな。
と、キンジの盗人行為はさておいて、あややが来てくれたことに感謝しつつ早速話を本題にして今までノートに描いていたものを見せながら説明を始めた。
「連絡した時にも話したけど、新しいミズチの製作を頼みたい。それでこの際だからちょっと改良してほしいんだよな。一応これが付け加えてほしい機構の案」
そう言ってさっきまで描いていたものをあややは目を輝かせながら食い入るように見始めた。
「さるとびくんは仕事が早いから助かるのだ! それにミズチは去年さるとびくんの注文通りに作ったらすごい単純な構造になったから、前々から手を加えてみたかったのだ!」
まぁ、オレでも整備できるようにってことで単純な構造を注文したからな。
常に新しいものを作り出すこの子としては、少々物足りないものだったのかもしれない。
「さるとびくん画が上手いのだ! とっても分かりやすいのだ!」
「そうか、ありがと。んで、作れそうかな? それ」
「問題ないのだ! 既存の製品を盛り込んで作れるくらいなのだ! でもあややはこの画よりもっとすごくてかっこいいのを作れそうなのだ!」
「さすが平賀源内の子孫。頼もしいね。報酬は後払いでいいのか?」
「足りない部品がいくつか出そうだから、前払いで少し欲しいのだ。さるとびくんは前回奮発して払ってくれたいい人なのだ! だから今回きっちり作るから安心してほしいのだ!」
前回とはミズチの製作の時だが、あの時は仕事分の報酬を払ったつもりだけど、どうやら多かったらしいな。
それにあややは違法改造などを平気で請け負ってくれる代わりに時々雑な仕事をするので有名だ。
そのあややの口からきっちり作るからと言われたら喜ぶしかないだろう。
「じゃあ前金は退院したらすぐに払うよ。できれば夏休み中に完成させてほしいんだけど、無理かな?」
「よゆーですのだ! 他のことやりながらだけど、さるとびくんのは面白そうだから優先しちゃうのだ!」
この子ええ子や……ホンマええ子やで。
今のあややはオレには天使のように見える。聖母にはどうやっても見えないがな。
そうしてしばらくオレの描いた新しいミズチの設計図とにらめっこしていたあややは、微調整のためなのか、突然ベッドに上がってオレの足のある位置に崩れた正座で座りテーブルにノートを置きオレに質問しながら描き加えをしていく。
本当に手抜きなしで作ってくれるんだなぁと思いながら、黙々と無邪気な笑顔で設計図を描いていくあややを見ていると、なんだか和む。
こう、子供がお絵描きに一生懸命になってるみたいで可愛い。
まぁ実際はオレと同い年の女子が専門用語や使う材料をどんどん描き加えていってるわけだが。
しかしあれだ。ずっとあややを観賞してるのも変なので、とりあえず沈黙だけは避けようと話題を探してみる。
「そういえばあややってさ、誰かと付き合ったこととかあるのか?」
「ないのだ! あややのこいびとは昔からこれなのだ!」
オレの普通なら答えにくい質問にも即答したあややは、自慢気に描いていた設計図をオレに見せてくる。
昔からこんな感じなんだな、あややは。
「じゃあ、その恋人以外と付き合おうと思ったことは?」
「あんまりそーゆーことは考えたことないのだ。頭はいつも新しいアイデアでいっぱいなのだ!」
つまり恋愛に現を抜かしてる余裕はないってか。可愛い見た目でバリバリのキャリアウーマンとはね。
「でもあややは彼氏には割安で仕事とか請け負ってくれたりしそうだな」
「それはなってみないとわからないのだ!」
ほほう。そいつは面白そうだ。ちょっと揺さぶってみるか。
あとでちゃんと土下座するのを神に誓って。
「じゃあ、それを確かめるためにオレと付き合ってみないか?」
ぴろりろりーん!
オレがそう言った瞬間、病室の扉付近からそんな電子音が聞こえてきて、固まるあややを横目に恐る恐るそちらに視線を向けると、そこには携帯のカメラを向ける我が悪友、理子の姿が。
「キョーやん……理子というコイビトがいながら、理子よりロリなあややに手を出すなんて……酷いよぉぉぉぉおお!! キョーやんのロリコーン!!」
そうして理子は泣きながら逃走。あれ絶対に嘘泣きだけど……いかーん!! あいつ確実に言いふらす! しかも察すると、間違いなく動画。写メなんて撮っても仕方ないし、そう考えないと納得がいかない。
そう思ったオレはベッドから飛び出て理子の捕獲を開始。
情報が漏洩する前に証拠を隠滅する!
「ぬおぉぉぉぉぉおおお!!」
病院にも関わらず2日連続で廊下を全力疾走する羽目になったオレは、なんとか病院を出る前に理子を捕獲。
また看護師さんにこっぴどく怒られてから病室に戻り理子の携帯を没収。
そして未だに固まっているあややには深いふかーい土下座をして告白が冗談だったと説明しながら、理子にもついでに説明。
もう悪いことはしません絶対。
「やっぱりねー。キョーやんは理子にゾッコンラブだから心配してなかったよ」
「誰がゾッコンラブか。ホントごめんな、あやや。お詫びと言っちゃなんだけど、報酬は上乗せしとくからさ」
「気にしないで欲しいのだ。ちょっとビックリしただけで怒ってはいないのだ。でも貰えるものはしっかり貰うのだ!」
「お金で解決とかキョーやん汚いね」
「あややが良いって言ってんだから横から口出すなよ。あ、ついでとかじゃないけど一応言っとくな。あややは可愛いぞ。これはホントだ」
未だ土下座をしたままだったオレは、最後にそれだけ言って頭を上げて笑顔を向けると、あややもいつもの笑顔でオレを見てくれた。
「ありがとうなのだ! 嬉しいのだ! でもあややはお邪魔虫みたいだから退散するのだ! 帰ったら早速作るから、楽しみにしててほしいのだ!」
そう言ってあややはベッドから下りて置いていたリュックを背負うと、軽快な足取りで病室を出ていったのだった。
「あややに何の注文したの? キョーやん基本的にあややと無縁な装備だよね」
2人になってから理子はオレにあややが来ていた理由について聞いてきたので、素直にミズチのことを話すと、理子もそれには納得。
新たな改良を施すことにも疑問はないみたいだ。
「とりあえずさっきの誤解が解けたなら、撮った動画を消して欲しいんだが?」
「あいっ! キョーやんはもう少し携帯を使いこなす努力をしよーよ」
理子のいい返事を聞いたオレは、取り上げていた携帯を理子に返して証拠隠滅を完了させる。
自分ではどうやって動画を消すのかもわからんからな。だが余計なお世話だ。
携帯を使いこなせないからといって世の中生きていけないわけじゃないし。
「教授を殴ったらしいな」
パチンと携帯を閉じてポケットに入れた理子は、それでスイッチを入れ換えたように口調を変えてオレにそんな確認をしてきた。
「1発だけな。そのあとは反撃受けてやられたし」
「いや、あの教授に一撃入れただけでも勲章ものだぞ。キンジと協力したとしてもできることじゃなかったはずだ。つまりお前は教授の条理予知を上回る『何か』をしたはず」
理子のそんな問いかけにオレも思うところがあったため、その時の状況を冷静に分析してみた。
「……身体が勝手に動いた、な。たぶんそれがシャーロックの条理予知を狂わせた」
「……京夜、それは自分を守る時に動いたのか? それとも相手を倒す時に動いたのか?」
「守る時だな。たぶん防衛本能の一種だろう。脊髄反射だからコントロールもくそもないし」
「お前は何を言ってるかわかってるのか? 脊髄反射なんてせいぜい熱いものを触ってすぐに放してしまうくらいのものだぞ。自衛にしても両手で顔を覆うくらいが限界。とてもじゃないが、迫る脅威に対してピンポイントな防衛なんて出来ない。不可能なんだよ」
「……何が言いたい?」
「京夜のそれは『条件反射』だ。脊髄反射は先天的な反射だが、条件反射は訓練などで身に付く後天的な反射だ。あたし達武偵が何かあると自然と銃に手が伸びるのと同じもの。お前、いったいどんな生活してきたんだ? 自己防衛の反射なんて命の危機でもない限り身に付かないぞ」
言われて昔のことを思い出したオレは、少年期のトラウマが蘇ってきて途端に顔から血の気が引く。
その様に理子も思わずいつもの理子になって心配してきた。
「そんなに嫌な思いをしたんだね。思い出させちゃってごめんね、キョーやん」
「……大丈夫、気にするな。それに嫌な思い出ってわけでもないし」
まぁ、実際あれのせいで何度も死にかけたから、良い思い出でもないが。
「それで、何が目的だったんだ? ただの興味本意だけでこんなことは聞かないだろ」
持ち直したオレは、話を本筋に戻しつつ理子の目的を単刀直入に聞く。
「キョーやんがこれからも理子やジャンヌ、キーくんやアリアと一緒にいるなら、確実に危険な目に遭うよ。だから教授に一撃入れた力は確実にキョーやんの武器になるって思ったから、そのための確認」
「心配してくれたのか?」
「心配くらいするよ。キョーやん理子より弱いし」
うわっ、傷つくなぁ。
だがまぁ、直接の戦闘能力なら確かに理子より下かもしれない。
「優しいんだな、理子は。いや、最初から知ってたけど、ありがとな」
「……キョーやんは理子がリュパンの子孫だってわかってからも変わらずに『理子』として見てくれたから、お礼を言うのは理子の方だよ。ありがとね、キョーやん」
理子はそう言って顔を少し赤くしながらお礼を言ってきた。
オレもなんだか照れ臭くて少し俯いてしまう。
「……眼帯、いつ取れるんだっけ?」
なんだか会話しにくい空気になってしまったため、この空気をどうにかしようと話題を探したオレは、先日パトラの呪いで眼疾を患って今もその目に眼帯をしてる理子の顔を見ながらそんな質問をした。
「来週には取れると思う。キョーやんも来週には退院なんだよね。お揃いだね! やふー!」
「そっか、来週にはまた理子の可愛い顔が拝めるわけか。そりゃ楽しみだ」
「むふふ、キョーやんってば正直なんだからっ! そんなに理子のこと好きならいっそのこと付き合おうよ。理子はいつでもオッケーだよ」
「いや、それはお断りだ。理子とは今まで通り付かず離れずな関係でいないとお互いにらしくなくなると思うんだ。というか理子と付き合ってるオレの姿が想像できない」
理子との関係は今のままが一番良い。お互いにバカ言い合ってイタズラして……そんな関係が……
「……キョーやんはさ……そろそろ前に踏み出した方がいいよ? キョーやんの気持ちってさ、ずっと同じとこで立ち止まってる」
ん? 何の話を……
オレの返答を聞いた理子は、突然何を思ったのかそんなことを言い出して少し暗い表情でオレを見る。
「ゆきゆきは、きっとキョーやんのこと好きだよ。たぶん世界一大切な人なんだと思う。キョーやんだってゆきゆきが好きで、でもその気持ちをずっと胸の内に秘めてる。イ・ウーでゆきゆき言ってた。『京夜は私の傍にずっといてくれた。でもそれは同時にあの子の自由を私が奪ってしまってる』って。正直に言うとね。理子はキョーやんのこと東京武偵高に来る前からゆきゆきに聞いて知ってたの。だからキョーやんに近付いたのは意図的。もっと言えば、理子の将来の手駒として使えるかどうかを品定めしてた。あのゆきゆきがずっと手元に置いていた駒なら、ハズレではないって確信してたから」
そうやって淡々と話す理子は、今まで溜め込んでいたものを一気に吐き出してるようで、オレはただ聞くことしかできない。
「結果は当然アタリ。あとは飼い慣らせばいいだけ。そう思ってた。ほら、理子ってかわゆいから、キョーやんもすぐオトせるって踏んでたの。でもキョーやん、最初から理子と……ううん、キーくんや他のみんなとも壁を作ってた。根っこの部分を必死に守ってる感じがして、それは今も変わらないかも。でも、ゆきゆきといる時のキョーやんは、すっごく自然で、それと同時に自分を抑えてるのもわかった」
「……理子?」
「理子ね、ゆきゆきが羨ましかった。キョーやんにこんなに想われてて、誰よりもキョーやんの近くにいるゆきゆきが羨ましかった。でもキョーやんとゆきゆきは絶対に結ばれない。そんな恋愛しても意味ないよ! 叶わない恋をいつまでもするより、理子と新しい恋、しよ?」
理子はオレに聞きたくなかった事実を突きつけながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「理子ね、本気の恋愛ってしたことないんだ。だから京夜が初めてなんだよ?」
ささやきながら確実に顔を近づけてくる理子に、オレは返す言葉も見つからず動くこともできない。
そうしてオレと理子の唇が重なりそうになった時、病室の扉が静かに開き、そこには小さな見舞い用の花束を持ったジャンヌが。
「あ、いや、すまない。これは私の落ち度だ。ノックもせずに部屋に入った私が悪い。みなまで言わなくていい。私は見なかったことにしてここから立ち去る。だから続きをしてくれて構わない。邪魔したな」
ジャンヌはオレ達を見て少し顔を赤くしながらそう言って花束だけ床に置いてパタン。
すぐに扉を閉めて退場していった。
「ちょおおぉぉぉぉおっと待てぇぇぇぇえい!!」
そうしてオレは通算3度目となる廊下全力疾走をする羽目になったのだった。
それから3日間、オレは廊下を走る元気があるならと言う名目で、病院で問題児としての扱いを受け、面会謝絶の下、少し早くに退院することになったのだった。
そして、退院までの暇な時間、理子に言われたことがずっと胸の中でモヤモヤしていて、オレはその事しか考えられなくなっていた。
オレと幸姉は絶対に結ばれない、か……