た、大変です! 緊急事態です! 大事件です!
先日、私に美麗と煌牙を預けてどこかへ行ってしまった京夜先輩が昨晩帰ってきたみたいで、私にこんなメールを送ってきました。
『幸姉と一緒に入院する。引き続き美麗と煌牙の世話は頼んだ』
こんなメールを送られて慌てない人がいるのでしょうか!?
さすがの私もこれは詳しく聞かないといけない気がして、すぐにそうなった経緯について聞きましたが、何時間待っても返信が来なく、電話にも出ないので、翌朝にお見舞いに行った時に問いただそうと今こうして救護科に隣接するここ、武偵病院に来たのです。
受付に病室の場所を聞いて、面会も問題なくできるとのことだったので、すぐに教えられた病室に行き、入る前にちゃんと名札も確認し……あ、幸音さんの名前もある。同じ病室だったんですね。手間が省けました。
そう思って扉を1度ノックして入室確認を取ってみると、「ふぁい、ふぉふふぉ」という発音が全くできていない女の人の声が聞こえてきました。
声質からそれが幸音さんであるのと、入っていいよと言ったのはなんとなくわかった私は、何かを口に含んだ状態で喋っていたであろう幸音さんに疑問も持たずに扉を開けて中を見た。
瞬間、私の時間は止まった。
ベッドが手前と奥で2基備えられた少し狭めの病室。
その奥のベッドに、押さえつけられるようにして寝る京夜先輩と、その上に4つん這いで乗っかりながら切り分けたリンゴをくわえた幸音さんが、ポッキーゲームでもやるかのように京夜先輩に顔を近づけていた。
扉が開いたことで2人は誰が来たのか確認するように同時にこちらを向いて、沈黙。私も何がなんだかなんですが。
えっと、これはあれですね。
つまり京夜先輩と幸音さんは現在進行形でイチャイチャしてたわけで、私は完全にお邪魔虫ということですね。
だったら入れないでくださいよ幸音さん!!
「あ……あのな、小鳥……これは……」
京夜先輩が何か説明をしようとしてますが、大丈夫です。全部わかってますから。
今私がやることはひとつしかありません。1秒でも早くこの扉を閉めてここから離れることです!
「あ、えと、その、あの、お、お邪魔しましたぁ!」
何故かテンパった私は噛み噛みでそう言ってからそのまま扉を閉めて全速力で走り出して病院を出るため出入り口へ向かったのですが、何故か必死の形相で私を追いかけてきた京夜先輩が「ち、違う!! 小鳥の考えてるような事態では断じてないから! だから止まれ!」と走りながらに弁明。
えっ、違うんですか?
その後、廊下を走っていた私と京夜先輩は、看護師さんに捕まってがっつり怒られてから病室に戻り、改めてお話を始めました。
ベッドへと戻った京夜先輩をよく見ると、身体の所々に包帯を巻いていて、結構な怪我なのがわかったのですが、今さっき普通に走ってたのでたぶん見た目ほど悪い状態ではないのだと勝手に判断。
幸音さんなんてケロっとしてて、本当に怪我をしてるのかも疑うのですが。
「えっとだな……さっきのはあれだ。幸姉の悪ふざけというか、そんな感じのやつだ。双方の合意でやってたわけじゃない」
「そんなこと言ってぇ、まんざらでもなかったくせに。京夜の恥ずかしがり屋さん」
「えっと……ちなみに今日の幸音さんはどの幸音さんですか?」
話から察すると、幸音さんが強引にリンゴを食べさせようとしていたことはわかったのですが、こんなことする幸音さんは、私の知る限りだと……
「妖艶だよ。男を手玉にとる、色気を武器にした一番面倒臭い幸姉。小鳥が赤面レベルの話を平然としたから、苦手だろ?」
やっぱりですか……今日の幸音さんは私も苦手かもです。
前に1日中Yシャツ1枚で部屋をウロウロしてて、京夜先輩も注意してましたけど全く取り合わなくて、逆に京夜先輩を言葉巧みに誘惑しててかなり無防備でしたし。
たぶん
あんな……色々と凄い言葉。私の口からは一生言えません!
「今日の幸音さんがそうなら、京夜先輩を信じます。ですけど、京夜先輩も少し幸音さんに強く言ってもいい気がするんですよね……」
「長年主従関係やってると、なかなかそうもいかなくてな。どうあっても真田と猿飛の上下関係は崩れない。オレと幸姉も例に漏れないってことだな」
「そーんなこと言ってー。ホントは私に色々してもらいたいとか思ってるんでしょ? 京夜だって雄なんだから、雌に迫られたら期待しちゃうわよね。フフッ」
「雄と雌とか生々しいからやめてくれ幸姉。あと期待とかそういうのもない。幸姉はちょっと積極的すぎるから、オレとの温度差が凄いし」
「そっかそっか、京夜はあの私が一番好きだもんねぇ。七夕祭りの日なんて見とれてたでしょ」
「否定はしないけど、オレの好みというよりは、男としてあの幸姉はヤバイって思う」
あ、これは話が逸れていくパターンだ。早々に切り上げないと長話になっちゃう。
思った私は盛り上がり始めたお2人に割って入る形で言葉を挟んだ。
「そ、そういえば! お2人の容態はどうなんですか? メールでは入院するとだけ聞かされたので、気になって仕方なかったんですよ?」
「ん、ああ、オレは打撲やらなにやらたくさんあるけど、見た目ほど酷くなくて1週間くらいで退院できるってよ。んで、幸姉は……」
「今日の検査が終わったら、明日にでも退院になります!」
ズコッ。
何故か敬礼をしながら元気よくそう言った幸音さんに私はギャグ漫画みたいなコケ方で椅子から落ちてしまいました。
「ゆ、幸音さんも一応、怪我をされたんですよね? まさかかすり傷で入院したとか言わないです?」
「いやね小鳥ちゃん、冗談キツいわ。ちゃんと胸に穴開きかけたんだからね。その証拠にほらっ」
私の問いに対して幸音さんは笑いながらそう答えて、着ていた上着を捲り上げて上半身裸に。
京夜先輩は察したのか直前にそっぽを向きましたけど、いきなり脱ぐとか非常識ですよ!
とは思いつつも、どうせ聞く耳持たないだろうことはわかってたので軽くスルーして幸音さんの胸を見ると、やっぱり私よりおっきい……じゃなくて! 確かに胸の中心辺りに弾痕のようなものがあり、傷自体はすでに完全に塞がっていた。
「えっと、怪我したのは……いつ頃ですか?」
「えーと、2日前? だよね、京夜」
確認を終えて再び上着を着ながらさらっとそんなことを言った幸音さんに対して、京夜先輩もそうだよなどと返してこちらに向き直る。
「……冗談ですよね? こんな痕が残る傷が2日で治るはずがありませんし……」
「割り切れ小鳥。オレも信じたくない。だが世の中には説明できない事象がたくさんある。これから武偵としてやってくつもりなら、この程度で驚いてたら身が持たない」
「お、重い言葉ですね。心なしか京夜先輩のこれまでの経験を垣間見た気がします」
「いい観察力だな」
えへへ、褒められちゃった。私も成長してきたってことかな。
それからまた他愛ない話に切り替わっていったのですが、少しして病室に武偵高の先生と、なんだか偉そうな人が入ってきて、私は居ちゃマズイらしく結構強引に病室を追い出されて帰るように言われてしまいました。
結局私は今日はそのまま帰ることになり、お2人がいない少し寂しい夜を美麗達と過ごしたのでした。
「ただいまー」
翌日のお昼前。
夏休みの宿題などを片付けつつ、昼食に何を食べようか考えていたところに、そんな声と共に部屋に入ってきたのは幸音さん。
リビングのテーブルで作業をしていた私と昼寝をしていた昴と美麗達も幸音さんを同時に見ると、その幸音さんは両手に買い物袋を持ってそれをテーブルに置くと、その中から魚肉ソーセージと鳥用の餌を取り出して昴達にご馳走していった。
丁度お昼にしようとしてましたから、助かりますね。
「小鳥ちゃん、お昼はまだかな?」
「あ、はい。これから作ろうかなと思ってまして」
あれ?
こんなこと聞く幸音さんはちょっと珍しくはないかな。
それに普段の幸音さんならこんな気の利いたお買い物も……あっ。
「じゃあパパっと作っちゃうから、少し待っててね。小鳥ちゃんには心配かけちゃったし、その償いってわけじゃないんだけど、ちょっとくらいは何かやらせてね」
「あ、幸音さん! 私作りますよ! 幸音さん病み上がりですし、何より京夜先輩のお客様ですから!」
ヤバイ! 世話好きな幸音さんだ!
ここで退いたら今日1日なにもさせてもらえないよ!
前回で思い知らされたパーフェクト幸音さんの実力を脳裏に浮かばせつつ、そうはさせまいと必死になる私に対して、幸音さんは笑顔全開で私をたしなめつつしっかりキッチンへと向かおうとする。だ、ダメー!!
「お、お願いです幸音さん……私のお仕事とらないでください……」
「え!? 小鳥ちゃん!? なんでそんな涙目で訴えてくるの!?」
だって……家事は私のお仕事なんです……それをとられたら私はどうすればいいんですか。
そんな私の必死の訴えに怯んだ幸音さんは1度足を止めて何かを考え始め、ポンッ。と両手を合わせると再び笑顔になる。
「じゃあ2人で作ろっか。それなら分担もできるし、早く作れるでしょ?」
「あ、はい! それなら賛成です!」
やったー! 幸音さんが折れた!
京夜先輩、私は今日、1つ成長できた気がします!
そうして無事に自分の立場を守り抜いた私は、幸音さんと一緒に昼食をパパっと作って仲良く食べ始めた。
ーーぴろりろりんっ。
食べ終えて仲良く片付けをしていると、私の携帯にメールが届いて、誰からだろうと確認すると、陽菜ちゃんですね。
えっと、なになに……
『まこと急な頼みごと故、忙しい身であらば断ってもいいでござる。実は拙者の修行場「新都城」にて夏風邪が流行り少々人手が足りず、多忙にござる。報酬はしっかりとお支払いする故、助太刀を頼み申す!』
相変わらず古風な文脈だな陽菜ちゃんは。
えっと、確か陽菜ちゃんのバイトしてる新都城は、アクアシティお台場にあるラーメン・レストランだったかな。
なんだか大変みたいだし、助けてあげよう。友達だもんね。
「あの、幸音さん。私これから友達のバイトのお手伝いに行くので、美麗達とお留守番してもらってもいいですか?」
「あら、なんのお手伝いかしら?」
「飲食店のお手伝いです。たぶん閉店まで手伝うことになるので、帰るのは夜中になるかと」
「それなら私も手伝うわ。人手不足で小鳥ちゃんにお呼びがかかったのなら、邪魔にはならないはずだしね」
おお! 最強の助っ人ゲットだよ陽菜ちゃん!!
「幸音さんが良いなら喜んで! あっ、そうなると昴達をどうしましょうか。飲食店なんで動物はダメですし」
「この子達も留守番くらいできるわよ。ご飯だけ置いていけば飢え死にはしないしね」
確かにそうでしょうけど、なんだか可哀想なんですよね。
そんな眼差しで昴達を見た私でしたが、その当人? 達は自信満々に「留守は任された!」「泥棒なんて追い返してやるよ!」「ちゃんと留守番するからお土産買ってきてね」と豪語。
大丈夫そうだね……
「昴達も大丈夫だって言ってるので、行きましょうか幸音さん」
「ホントに動物の言葉を理解できるんだねぇ。お姉さんちょっと羨ましいかも」
そんな羨ましがられるような能力ではないんですがね。周りからはちょっと変わった子に見えますし。
そうして陽菜ちゃんに助太刀了解と追加の援軍の返答を返してから、私と幸音さんは急いで台場へと足を運んでいったのでした。
「貴殿が真田幸音殿でござるか。小鳥殿から話は常々聞いていたでござる。某は風魔陽菜と申す」
新都城に辿り着いて早々、出迎えてくれた陽菜ちゃんは私の隣にいた幸音さんに挨拶をする。
「よろしくね。それじゃあ早速働きましょうか。厨房とウェイトレス、どっちもできると思うけど、どっちに回ればいいかしら?」
「今は丁度お昼時ゆえ、小鳥殿はウェイトレスを。幸音殿は厨房を頼み申す」
「じゃあ私はどっちにも対応できるようにウェイトレスの服を着ようかな。フフっ、可愛い服よね」
幸音さんは笑いながら陽菜ちゃんのウェイトレス姿をまじまじと見ていた。
確かに可愛いですね。私に似合うかなぁ。
などと思いつつ、陽菜ちゃんに通された店内の店員スペースでお着替えを済ませた私と幸音さんは、店長さんから仕事の仕方を聞いて早速作業を開始。
幸音さんはウェイトレス姿に厨房用のエプロンをして手際よく調理を始めて……って、幸音さんラーメンもお手のものなんですね。本職の方と遜色ないくらいです。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
私も助太刀として幸音さんに負けてられませんから、精一杯やらせてもらいます!
時間は午後1時を少し回った辺り。混雑を避ける客が押し寄せてくる頃ですかね。
店内は満席とまではいかないまでも、まだ客は多く、確かに陽菜ちゃんが救援を求めるくらいの忙しさ。
私も幸音さんも働き出してから休みなしで足と手が止まらない。
「醤油2! 塩1! 豚骨1です!」
「これ3番のお客様に。帰りにボックス席の器回収してきて!」
厨房ではオーダーとラーメンが行ったり来たり。
幸音さんは働き出して30分ですでに厨房を半分くらい仕切ってしまって、さらに手が少しでも空けば厨房を出て接客。
息切れも汗も見せずに動き回る幸音さんに陽菜ちゃん達新都城スタッフは開いた口が塞がらない様子です。
私もここまで凄いとは思ってなかったよ。正に最強の助っ人。
しかも幸音さんは美人なので客受けも非常に良いみたいで、幸音さんを目で追う客が男女問わずに大勢いて、中には携帯を取り出して何かをしている人も。
ブログか何かに書き込んでいるんでしょうかね。
そんなこんなで時間もあっという間に2時を回ったのですが、少々おかしな現象が発生。
明らかにお昼を食べるには遅い時間にも関わらず、客の足が途絶えずあとからあとから来客。ど、どういうことですか!?
「どうやら幸音殿の評判が『ねっと』なるものでたちまち広がって、一目見ようとこぞって来店してるようでござるよ」
料理待ちの合間、陽菜ちゃんがしっかりとお客さんから情報を仕入れてきたようで、聞いたままを私に話してきた。
陽菜ちゃん、ネットくらいは知っておこうよ。
「凄いね。幸音さん1人で客寄せしちゃったってことでしょ? でもわかるなぁ。幸音さんって、女性から見ても綺麗だもん」
「いやいや、これがなかなかに小鳥殿の評判も良いらしいでござる。可愛いウェイトレスということで幸音殿の影でひっそりと人気が……」
え!? そうなの!? やだ、私そんなに見られてたの? 仕事に集中してたから気づかなかったよぉ。
陽菜ちゃんに言われて自然と嬉しくなっていた私は、その場で身体をくねくねと動かして恥ずかしがっていると、料理を持ってきた幸音さんが私を見て苦笑い。イヤー!
「もうとっくにお昼の時間は過ぎてるのに、繁盛してるわねぇ。この分だと閉店時間前に食材切れで閉店よ」
「ですねぇ。なんでも幸音さんを見たいがために来店してる客もいるみたいですよ?」
「私を? 酔狂な人もいるのね」
それはどうでしょうか幸音さん。
1度鏡で自分の顔を見直してみてくださいよ。
「ああ、小鳥ちゃん、陽菜ちゃん。ちょっとあの人注意して見ていてくれないかしら。さっきから挙動が気になるのよね」
そんなことも別段気にしてないような素振りを見せる幸音さんは、お盆にラーメンを乗っけてから私達にそう言って出入り口に一番近い席に座る客を見て注意を促してきた。
幸音さんに言われてその客を見ると、すでに料理を食べ終えて店を出てもよさそうな状態なのに、時折出入り口や私達従業員をチラチラ見ながら携帯を弄っていた。
えっと、あれは探偵科の授業で習ったことあったな。
確か食い逃げとかやる人の典型的パターンだったっけ。もしそうなら確かに注意してないとかも。
「めざといですね、幸音さん。こんなに忙しかったら普通見逃してますよ?」
「忙しいからこそ、不審な人の挙動は目立つのよ。明らかに不自然だからね」
そういうものでしょうかね。勉強になります。
そうして私と陽菜ちゃんがその客をマークしようとした矢先、その客は突然席を立ち出入り口へ。
どうやらレジ係がいない隙をついての犯行に及んだようです。
そして客はそのままお金を払わずに店の外へ。
「陽菜ちゃん! 食い逃げ犯の確保に行こう!」
「承知!」
私と陽菜ちゃんは幸音さんのおかげでいち早く反応して食い逃げ犯を追いかけに動く。
幸音さんは、どうやら普通に働くみたいで、私達に任せたといった感じで、中の騒動を収めていた。
店を出た私と陽菜ちゃんは、食い逃げ犯の背中を捉えてすぐに確保に移るが、接近に気付いた食い逃げ犯はなりふり構わずダッシュ。
意外なほど速くて私では見失わないようにするのが精一杯なくらいだった。というかウェイトレス姿だから走ると色々大変なんだよー!
「陽菜ちゃん! 挟み撃ちにしよう。陽菜ちゃんならアクアシティお台場の出入り口に先回りできるでしょ? この方向なら出入り口は1つしかないし!」
「御意にござる。食い逃げなど不届き千万。必ず捕まえるでござるよ!」
陽菜ちゃんはそう言って私とは違う道から先回りするために別れて、私はスピードで振り切ろうとする食い逃げ犯にこれ以上引き離されまいと必死に食らいついていった。
多分、あの人常習犯だ。店内に足の速そうな人がいないことを確認した上で犯行に移ってる。
でも残念だったね食い逃げ犯さん。あそこには武偵が3人……幸音さんは今は違うんだっけ?
とにかく! 武偵がいたんだから……ってああ! み、見失うー!
とにもかくにも、予想通りアクアシティお台場を出ようとする食い逃げ犯は、私の追跡を振り切る1歩手前の段階で出入り口に到達。
しかしその前にどこからともなく煙と一緒に陽菜ちゃんが両手で印を結びながら登場。さすが忍の末裔です。
周りにいた人達もビックリしてますね。
「さぁ、覚悟なされよ」
「ちぃ!」
陽菜ちゃんの登場で食い逃げ犯は足を止め舌打ちすると、手強そうな気配がわかったのか、途端にその身体を翻して逆走を開始。必然的に私と鉢合わせになる。
走りながら食い逃げ犯は懐からナイフを取り出し私に向けて振りかざしてきた。
どうしよう! 今は銃も携帯してない!
私は咄嗟にいつも携帯してる銃に手を伸ばすが、そこには銃はおろか、ホルスターすらない。バイトー!
そんな時、私の脳裏に京夜先輩の言葉が蘇ってきた。
『諜報科が正面切って敵と衝突することになった場合は、まず死ね。そんなことになるやつは向いてない』
「……って、まともなこと言ってないー!」
そんな京夜先輩にツッコミを入れた私は、迫る食い逃げ犯に履いてる靴を片方蹴り投げてやる。
それをナイフを持つ逆の手で弾いてなおも迫りナイフを刺しに来た食い逃げ犯でしたが、その一瞬で私は相手の懐にスルッと入り込み、突き出してきた腕を掴んで一本背負い。
華麗に相手を地面に叩きつけて倒すと、持っていたナイフを取り上げてしまい、すぐに駆け付けた陽菜ちゃんが、あっという間に縄で縛ってしまった。どこから出したの?
「見事でござる! あのような華麗な体さばきは某も久方ぶりに見たでござるよ」
「あはは、無我夢中で何が何やら……」
食い逃げ犯を縛りながら陽菜ちゃんが私にそんなことを言ってきたけど、ホントに身体が勝手に動いた感じだったなぁ。
あ、そういえば京夜先輩こんなことも言ってたっけ。
『死ぬのが嫌ならミスディレクションを一瞬でも自由に使えるようになれ。それができれば最悪不意打ちくらいはできる。そのために毎日こうやって教えてやってるんだから、ちゃんと覚えろよ?』
やっぱり京夜先輩は私の自慢の戦兄ですね。
いざとなったらちゃんと身体が動くように教えてくれてるんですから。
それから通報してやってきた警察に食い逃げ犯の身柄を渡して事後報告などを済ませてから、忙しい新都城へと戻った私と陽菜ちゃん。
その店の前では幸音さんがにこにこ笑顔で出迎えてくれてました。
「ご苦労様。さすが現役の武偵ね」
「陽菜ちゃんがいなかったら取り逃がしてたかもですけど……」
「いやいや、小鳥殿は見事な活躍ぶりでござった。謙遜なされるな」
「そうよ。それに京夜の戦妹なんだから、戦兄の顔に泥を塗ったりしたら大変なんだから」
うへぇ、幸音さん怖いこと言うなぁ。
でも確かに私がミスったら京夜先輩の評判にも少なからず響いちゃうんだよね。
「そうですよね。私は京夜先輩の戦妹ですから!」
「ふふっ、小鳥ちゃんはホントにまっすぐな子ね。さぁ! お店はまだ忙しいから、頑張って働くわよ!」
「「はいっ(御意)!」」
そうして食材切れによる閉店まで働いた私達は、何故か涙目の店長さんから謝礼として割に合わないほど多いバイト代を直々に手渡されて帰路についていた。
陽菜ちゃんが言うには、開店以来最高の売り上げになったらしいのですが、それってほとんど幸音さんのおかげだよね。私までこんなにもらってよかったのかな?
などと考えながら幸音さんと並んで歩いていると、私の携帯が振動してメールの着信を知らせてきたので、誰かなと思いながらメールを見ると、
「…………い、いやぁぁぁぁぁぁああ!!」
突然立ち止まって奇声を上げた私に、隣を歩いていた幸音さんは目を真ん丸にして私を見る。
「ど、どうしたの!?」
携帯を見ながらカタカタ震える私に幸音さんは恐る恐る声をかけてから、申し訳なさそうにしながらも携帯の画面を覗いて文面を確認した。
『件名 お母さん
題名 おひさー
本文 はーい小鳥ちゃんお元気かしら? 私達は元気ハツラツでーす!
実は急なんだけど、8月の頭に一時帰国しまーす! その時に小鳥ちゃんに会いに行くから、よろしくね~
P.S.ついでに小鳥ちゃんの戦兄さんにも会いたいなぁ(照)』
このメールを読んだ瞬間、私は確信してしまいました。
京夜先輩に確実に『迷惑をかけてしまう』と。