諜報科の専門棟の前で話をしていたオレと橘小鳥。
オレと徒友契約を結びたいという小鳥に対して、実力テストを兼ねてあるゲームを提案していた。
「かくれんぼ、ですか?」
「そう、かくれんぼ。これから1時間、オレが橘に見つからないように隠れ続ける。エリアは……学園島の北側半分。橘はそのエリア内にいるオレを捜索する。ノーヒントはキツいから、オレはある程度の『痕跡』を残しつつ、エリア内を一定時間毎に移動する。捜索は人に聞くなりなんなりしてくれてもいいが、他人に協力を求めたりはなしな」
まぁ、オレは潜入や工作が専門の諜報科だ。
隠れることに関しては少し自信があるし、小鳥は探偵科で、簡易データによれば捜索能力は高いはず。
実力を計るにはこれが手っ取り早いだろ。
まぁ、この実力テストの結果が徒友契約をするしないには結びつかないが、よく知りもしない子を易々と徒友にして、それで才能を潰したりしたら大変だからな。
要は事前調査ってやつだ。
オレの説明を聞いてゲームを理解した小鳥は、より一層張り切った表情をして右肩に乗る黄色いセキセイインコ、昴に「頑張ろうねっ!」なんて話し掛けていて、昴もなんだか「頑張ろう」と言ってるように見えた。
オレも電波になったか……
「じゃあオレは隠れに行くから、橘は10分後にスタート。ちなみに第1ヒントで、隠れるのは建物の角とか木の裏とか。『建物内部』や『密閉空間』には隠れない」
「はい! わかりました!」
意味をちゃんと理解したか?
小鳥ちゃんよ。そこを誤解すると、1時間じゃ絶対に見つけられないぞ。
「オッケー。それじゃあ、お手並み拝見といこうか」
これ以上ヒントを与えるのも甘やかしみたいで嫌だからな。
さっさとスタートさせてしまおうか。
考えたオレはさっそく走ってその場を去って小鳥の視界から消えていき、いくつかの痕跡を残しながら学園島北半分のどこかへと身を隠していった。
~小鳥視点~
猿飛先輩が行動してもうすぐ10分。
いよいよ実力テストスタートだね。
この10分で最初の
学園島は南北2キロ、東西500メートルの浮島。
その半分でも端から端まで走って5、6分かかる。
つまり無闇に動き回っても体力を消耗するだけだし、制限時間も1時間しかない。
少ない情報からなるべく早く、正確に推理しないとダメ。
……3……2……1……よし!
実力テストスタート!
私は時間を確認したあとすぐに行動を開始していった。
「頑張ろうね、昴!」
走りながら私の右肩に乗る親友、昴にそう言った私。
……うん。一緒に頑張ろう!
かくれんぼは大抵の場合、鬼……この場合私を常に視界に入れて行動するパターンと、ひたすら1ヶ所に留まるパターン。あるポイントを押さえて危険を察知しやすくした上で行動するパターンがある。
だけど今回、猿飛先輩は『一定時間毎に移動する』と言ってましたから、おそらく私の行動を監視していないし、1ヶ所にずっと留まってない。
それに『痕跡』を残すとも言っていた。つまりその『痕跡』を正確に辿ることが出来れば、必ず見つけ出せるはず!
それに建物の中とかに隠れないとわかっていれば、捜索も幾分か楽になるしね。
私はなるべく見逃しがないように建物と建物の間や草木の茂みなどを注意して見つつ、見かけた武偵の方々に話し掛けていく。
昴は先行して低空飛行で猿飛先輩を探しに行ってくれてて助かります。
「あの、黒髪ですらっと背の高い男子生徒を見かけませんでしたか?」
「うーん、見てないなぁ」
「そ、そうですか。お時間取らせてすみませんでした」
そうだ。確か猿飛先輩の簡易データに興味深いことが書かれてたっけ。
ミスディレクションと
ミスディレクションは、マジシャンやスポーツ選手が使う相手の『意識』を他に逸らしたりする技法。
無音移動法はその名の通り、音を立てずに移動する技法。
さらに猿飛先輩は諜報科を履修してるから、気配を消すのも得意なはずだから、これらを使われたら目撃者がいる可能性は限りなく低いけど、目撃者を『任意』で選択も出来ることになる。
もちろん、そんなことが出来るなら確実に猿飛先輩はEランクなんかじゃない。
低く見てもBランク。もしかしたらそれより……ど、どうしよう。私すごい人見つけちゃったかも。
って、今は浮かれてる場合じゃないぞ小鳥!
これに合格しないと猿飛先輩の徒友にだってなれないかもしれないんだから!
とにかく、人に聞いていくことは手がかりになりえるし、目撃者がいればそれは有力な情報だから。
そうやって見かける人達に片っ端から話しかけていった私は、5人目の男子の先輩から有力な情報を聞き出すことが出来た。
「そいつならさっきあそこの角を曲がって行ったはずだよ」
先輩は言いながらその方向を指差しつつ教えてくれた。
あの方角は北東かな?
先輩にお礼を言いつつ、私は急いで示された場所へと走り出し、丁度その角から、先行していた昴が戻って来て私に報告をくれた。
……うんうん。猿飛先輩は見つからなかったけど、不自然な痕跡を見つけたって!? 凄いよ昴!!
「それじゃあ、そこまで案内して!」
よし! 手がかりが掴めそう! このまますぐに猿飛先輩を見つけちゃうぞ!
時間は……開始から14分か。
余裕はまだある、かな?
考えながら昴の案内でやってきた場所は、建物の周りに植えられた草木の茂みの隙間だった。
そこには数分前まで誰かが座って身を隠していたであろう不自然な跡があり、移動した足跡もわずかに残されていた。
「昴! この足跡の先を見てきてくれる? 私はまた聞き込みとかでルートを特定するから」
昴は私の言葉を聞いたあと、足跡の先へと飛んでいって、私も同じ方向に進みつつまた聞き込みや周りを注意深く見始めた。
ゲーム開始から23分。
まだ近くに小鳥が来てる感じはしないな。
最初のポイントには辿り着いてそうではあるが、捜索が遅れれば、オレの跡を辿るのも難しくなるぞ。
時間が経てば経つほど、情報は増えて錯綜するからな。
そういえば小鳥は何でオレと徒友になりたいんだろうか?
どんな将来像を描いているのかもちゃんと聞いてやらないといけないな。
というか、オレも本気でパートナー探しに力入れないといけないな。
今の有力候補は理子だが、あいつは実力は認めてるがどうにも知り合った時から本能が距離を置きたがる不思議ちゃんだ。
あっちもあっちでパートナー関連の話題は避けてる感じだしな。
……おっと、考えてるうちに25分か。次のポイントに移動するかな。
そう思ったオレは、小鳥にわずかなヒントを残しつつ隠れる場所を移動していった。
開始から30分。もう半分の時間が過ぎちゃったよ……
次に猿飛先輩がいたであろう建物と建物の間のすっごく細い道を見つけたのが今しがた。
というか半身にならないと通れないよぉ!
猿飛先輩どうやって通ったの!? 不思議すぎる……
私が細い道に悪戦苦闘してる間、私の頭に乗る昴は呑気に休憩していたり。
でもまぁ、昴には頑張ってもらってるから文句は言えないかな。
そんな私のわずかな不満を察知したのか、昴は私の頭をくちばしで軽くつついてきた。
ちょっと痛いし、つつかれた場所ハゲたりしないかな……不安だよぉ。
痕跡を探しつつどうにか細い道を抜けた私は、また昴に先行してもらいつつ、猿飛先輩の跡を追う。
ちなみに細い道からは壁の側面に布を引きずったような跡が残されていた。
身長から察するに猿飛先輩とだいたい一致するので、おそらく制服が壁と擦れて出来た跡なんだと思う。
私もケッコー汚れついちゃったし。
抜けた先は道が2つに別れていて、昴にはそのうち1つの道を行ってもらって、私は昴とは別の道を走る。
私は今、猿飛先輩に迫ってるのか、引き離されているのかもわからない。
ううん、たぶん引き離されてる。
でも、絶対に諦めたくない。
絶対に猿飛先輩と徒友になって、お父さんやお母さんみたいな凄い探偵になるんだ!
お父さんとお母さんは、海外で活躍するケッコー名の通った探偵。
まぁ、かの有名な『シャーロック・ホームズ』には遠く及びませんが。
そしてお父さんは私の親友、昴より大きな鷹『ハリスホーク』を相棒にしてるし、お母さんは犬の『ドーベルマン』をいつも連れてる。
私の家は代々、動物と共に暮らすことを義務付けられている。
私も昴とはずいぶん前から一緒のパートナー。
さらに私の家系では『動物と意志疎通を交わすことが出来る』不思議な能力が脈々と受け継がれている。
この能力は、動物が『何を伝えたいか』を直感的に理解してこちらの意志を伝えたり出来るモノ。
動物の言語がわかるわけではないけど、普通に話し掛けたりするから、他人からは奇怪な目で見られがちになっちゃうけど。
お母さんは家に嫁いできたからその能力はないけど、お父さんにはバッチリ備わっていて、私も受け継いでいる。
ただ、私の場合は『仲良くなった動物』に限られてしまうのが残念なところ。
この能力の所為で武偵高ではいつの間にか『不思議ちゃん』なんて呼ばれるようになっちゃったけど、SSRっていう一風変わった専門科目があるおかげでそこまで目立たないで済んでるかな。
あそこの人達、専門棟で闇の儀式とかやってるとか色々凄い噂を聞くし。
わわっ! 考え事してたら5分も経ってる! 急がないと時間がー!
刻々と迫るタイムリミットに急かされるように動く私は、気付けば冷静な推理が出来なくなっていた。
それでもなんとか昴と協力して、次の隠れ場所まで辿り着けた私だったけど、時間は開始からすでに45分を経過していた。
猿飛先輩がいたと思われる場所は、最初にいた草木の木の上。大胆すぎますね、猿飛先輩……
木の上の枝にはワイヤーを巻き付けて登ったような跡があって、さらに降りた時の着地跡がくっきり残っていた。
残り15分。
移動回数と経過時間から察すると、おそらく次が終着点。
でも、私もずっと走りっぱなしで余裕はほとんどないし、昴だって疲れてる。もう遠回りは出来ないかな。
とにかく、今は行動しないと!
私は体力を消耗した身体に鞭を打って走り出し、その間に昴には出来るだけ休んでもらうことにした。
「昴には頑張ってくれたご褒美に後で美味しいもの食べさせてあげないとね……えっ? ご褒美は猿飛先輩と徒友になれたらで良いの? 昴は頑張り屋さんだね。……ん? 私が弱気になってるって? ……うん、そうだね。少しダメかもって思ってた。そうだよね。まだ諦めるには早いよね? ありがとう、昴! 最後まで一緒に頑張ろう!」
昴に激励された私は、無意識に弱気になってたのを正されて、また力強く走り始めた。
残り8分。おそらく猿飛先輩が最後に目撃されたであろう建物の間の道にやってきた私と昴。
そこから周辺を片っ端から捜索していった私と昴だったけど、手掛かり1つ見つからない。
まるで『突然消えたかのように』。
ここじゃない?
ううん、この辺りにいるのは確か。
でもホントにここで痕跡がプツリと途絶えてる。
落ち着け小鳥。
焦ったら見えるものも見えなくなる。
お父さんとお母さんが教えてくれたじゃない。
『行き詰まったら捜査を見直せ』って。
猿飛先輩は最初に建物内部と閉鎖空間には隠れないって言ってたから、自ずと捜索場所も限定できるから……ん?
待って。私はもしかしてひじょーーに大きな見落としをしていた?
建物『内部』には隠れない。
確かに猿飛先輩はそう言った。
それで私は勝手に『ある場所』を捜索範囲から外してた……
ううん。その可能性を考慮できなかった。
そしてプツリと途絶えた痕跡。なら猿飛先輩は……
私は考え至ると建物のほぼ真下の位置から視線を『上』に向けた。
私の考えを察した昴は、何も言わずに肩から飛び立ち上昇していった。
ゲーム開始から55分か……
少し本気出しすぎたかな?
今隠れている場所はズルって言われれば聞こえは悪いが、一応ルールには従ってるしな。
小鳥がちゃんと推理できれば辿り着けるようにはしてやったし、本当の捜索任務なんかじゃ、オレが残したような痕跡だってほとんどないことが多々ある。
オレとしては易しめなんだよな。
おっと、そういえば理子が調べてくれた小鳥の資料を全部見てなかったな。
どうせ残り時間も移動しないから暇だし、見ておくか。
オレはそう思って制服のポケットから折り畳んだ資料を取り出し、目を通そうとした。
その時、広げた資料に小さな影が浮かび、オレの頭上辺りに何かいると察知し真上を見ると、そこには小鳥の親友、昴が小さな円を描きながらオレの頭上3メートル辺りを飛び続けていた。
あれは……訓練された鳥が目標を見つけた時に操主に知らせるための合図か?
それでオレは自分が小鳥に見つかったことを悟りつつ、携帯が示す時間を見た。
あと3分。はたして間に合うか、小鳥。
小鳥の到着を期待しつつ、オレは広げていた資料に目を通すと、丁度そこにはなんともオカルトな『動物と意志疎通を交わすことが出来る能力』が備わってると書かれていた。
しかしまぁ、あんな昴を見せられたらな。
「電波な子じゃ……なかったか……」
その時、オレが隠れていた場所に扉を開けて『出てきた』小鳥が、息を切らせながらオレに近寄り笑顔を向けてきた。
昴はそんな小鳥を見ていたいのか、オレの右肩に降り羽を休めて小鳥を見ていた。
「さ、猿飛……先輩……み、みつけ……ました……よ……」
時間は残り32秒。ギリギリセーフだな。
「私、大きな……見落としを……していま……した」
「とりあえず落ち着いてから話せよ。オレは逃げたりしないんだからよ」
「は、はい。すみま……せん……」
小鳥はそう断ってから、ペタンと床に座り込み呼吸を整えていった。
オレは最初から柵に寄り掛かる形で腰を下ろしていたので、それで小鳥とは丁度目線の高さが一緒になった。
小鳥は荒くなった呼吸を落ち着かせると、ゆっくりここに辿り着けた理由を話す。
「猿飛先輩が初めに言った建物内部には隠れないってヒント。私はこれで最初『建物全部』を捜索対象から外してしまいました。だから猿飛先輩が『建物の屋上』にいることも推理できませんでした」
そう。オレと小鳥が今いるのは、学園島にある建物の1つの屋上。
「思い込みや見解の違いで見えてくるモノが変わるだろ? 言葉や文字に含まれる意味を吟味することの重要さ。理解できたか?」
「はい! 猿飛先輩はやっぱり凄い人でした! 私、先輩から学びたいこといっぱいできました! それであの……私は……合格……ですか?」
合格? いったい何の話だ?
「ん? ああ、橘の実力が知れて良かったよ。不思議ちゃんじゃないことがわかったのは大きいな」
「えっ? えっ? あの、じゃあ、私は先輩と徒友契約……」
「徒友? それは始めから承諾してただろ?」
「え、ええー!? 聞いてませんよー!?」
ん? 言ってなかったか?
そんなことを思いつつ、何故か脱力した小鳥から昴に顔を向けると、昴も「そうなの?」と言ってるかのように首を傾げた。
「よ、よーし。それじゃあ早速契約の手続き済ませに行くぞ。諜報科への転科もするんだろ? やるならさっさとやっちまうぞ」
これはもう強引に話を進めよう。
細かいことをごちゃごちゃ言われるのも嫌だしな。
オレの強引な切り返しに小鳥はまだポカーンとしていたが、疲れているのもあるんだろうな。
だからオレは床に座り込む小鳥を背中に乗せて建物を出ることにした。
「ひゃあ!? あ、あの猿飛先輩! 私、1人で歩けますから!」
「頑張った後輩への配慮も先輩の務め。それに黙っててくれた方が歩くのは楽なんだが?」
「う……は、はい……ありがとう、ございます……」
顔を真っ赤にして言われると照れ臭いが、なんだか本当にオレの妹みたいで可愛いと思える。
それに小鳥はなんだか小動物みたいで放っておくのが怖いな。
つい守ってあげたくなる。
思いつつ建物から出たオレは、小鳥と頭に乗る昴を背負ったまま、教務科へと向かうがてら話をしてみた。
「ああそうだ。オレの部屋の合鍵渡しとくな。男子寮で、今は1人で使ってる部屋だ。徒友だし、出入りに不自由とかあると面倒だし。橘は今はどこに住んでるんだ?」
「は、はい。私は女子寮の方に。それから私のことは小鳥でいいですよ、猿飛先輩」
「じゃあ、オレも京夜でいいよ、小鳥」
「は、はい! 京夜先輩!」
ホントにまっすぐな子だな。
でも、こういう子は教えたことを鵜呑みにする傾向にあるからな。
指導には細心の注意を払わないとな。
「オレの部屋にはいつでも自由に来てくれてもいいが、あんま騒がれたくないから誰かに見られたりとかはしないように注意しろよ?」
「自由に……わかりました」
仮にも男子寮。
そこに女子を連れ込んだとなると、情報の伝達が神掛かって早い武偵高では命取りになるからな。
小鳥にも注意してもらわないと。
それから教務科で徒友契約と小鳥の転科申請をしたオレと小鳥は、その日はそのまま別れて帰宅していった。
その翌日の夕方。
学校が終わり自分の部屋でくつろいでいたところに早速小鳥がやってきた。
何故か『大きな荷物を持って』。
……待て待て。その荷物の量は明らかにおかしいだろ。
まるで『住み込み』でもするかのような……
「今日からこちらで住まわせていただきます! その方が京夜先輩から学ぶ機会が増えますしね。もちろん家事の方は私が精一杯やらせていただきます。これでも料理なんかは人並みには作れますから。これからよろしくお願いします!」
……オレはどこで言葉を間違えたんだ?
確かに小鳥の言い分は正論だし、こっちとしても家事をやってくれるのは凄く有り難い。が!
やはり住み込みはおかしくないか!?
オレのそんな疑問も、まっすぐな目で見る小鳥を前にしては言えず、オレは流されるように引き入れてしまったのだった。