全てが黄金で出来た王の間。
その玉座に座るパトラを見ながらオレと幸姉は臨戦態勢を取る。
「サナダユキネ。お前はトオヤマキンイチ、いや、カナ同様美しいでの、妾が次代のイ・ウーの王になった暁には、側近としてやる。ぢゃが妾は男がキライぢゃ。そこにおるサルトビキョウヤには消えてもらおうかの」
「それは叶わないわパトラ。今の私は守ることに関してなら、あのカナよりも優れてる。そして京夜もそんな私だけを守ることに関しては右に出る者はいない。互いに守り合う私達の連携は、あなたでも破れない」
「守り合う連携なぞ攻めには向かぬ。そんなこともわからぬか」
「パトラ、お前の思い描く連携はオレと幸姉には当てはまらない。今からそれを見せてやる」
オレが言い切るより早く、幸姉は懐から言霊符を出し目にも止まらぬ早さで字を書くと、言霊符は一瞬で弓の形を作り出し、さらに1本の矢を作りそのまま引き即座に放った。その間約3秒。
放たれた矢はまっすぐにパトラ目掛けて飛んでいき、それを見たパトラは近くの黄金を砂金に変えて即座に壁を作り出し防ぎにかかるが、矢はそれをものともせずに貫通し、パトラの顔、その少し横を通り過ぎていった。
「な、なんぢゃ今のは……」
「今のは破魔矢。魔を絶ち穿つ超能力では決して防げない矢よ。次は避けなさい、パトラ」
どうやら幸姉がイ・ウーで力を隠していたと言うのは本当らしいな。
だが破魔矢は幸姉の言霊符の中では最上位の威力だ。射ててもあと2発が限界。
今のは本気でパトラの肩を狙ってたはずだが、砂金の壁を貫いて軌道が逸れたか。
幸姉も砂金の壁は突破できるが、当たるとわずかに軌道が逸れてしまうのがわかり、すぐに弓を燃やし次の戦法に切り替えた。
それを見たパトラはゆっくりと玉座から立ち上がり、しかし1度落ち着いてから来いとでも言わんばかりの仁王立ちをした。
「パトラ、私はあなたから持ち出した約束をきちんと守っていた。なのにあなたから破るなんてバカなことをしたわね」
「1度目はアリアを呪いに向かわせた呪蟲がたまたま通っただけと云うたであろう。2度目はお前が悪いのぢゃ。お前が妾の行動範囲に入りおったから、邪魔をしに来たと思ったのぢゃ。第一、そこのサルトビキョウヤに危害を加えぬ代わりに妾の目の届かぬ場所に留まらせておくと云うたのはお前であろうが」
「あなたが何もしなければ京夜をぶん殴ってでも連れて帰る予定だったのよ。こっちも依頼で仕方なくあそこにいたのだから、まず様子を見ることを学びなさい、パトラ」
「
ぶん殴ってでもとか聞きたくない言葉を聞いたが、どうやら幸姉はオレをこの件に巻き込まれたり関わったりしないようにするために行動していたことがわかった。理由など聞く必要はない。
ーー私の目的は昔から何ひとつ変わってないわーー
昔からオレが幸姉を守るのと同様に幸姉もオレを守ってくれていた。
幸姉は誰よりもオレに優しくて、誰よりもオレを信頼してくれた。
そんな幸姉だからオレは……世界で一番大切なこの人を守りたいんだ。
そうしてオレが視線だけ横の幸姉に向けると、幸姉は「言われちゃった」と舌を出してみせてから、すぐに真剣な顔をして前を見た。
「幸姉の道は、オレがこじ開ける! だから幸姉はパトラに『魅せてやれ』!」
「ええ。でも私に見とれちゃダメよ、京夜?」
「問題ない。毎日見とれてる」
それで幸姉は少し驚いていたが、すぐに意識を集中してパトラへと歩み寄っていった。
「さぁパトラ。私から目を逸らしちゃダメよ? 逸らしたら最後、あなたはさっきの矢に射抜かれることになるわ。そして私に少しでも『恐怖』を抱けば、それでも終わり」
幸姉の戦術が始まった。ああして相手にゆっくりでも確実に近付きながら恐怖を抱かせる。
ゆっくりでも確実に距離を詰められるのは、相手にしてみればわかるが、かなりの恐怖を感じる。
どんなに妨害をしてもその歩みが止まらない。そんな現実を突きつけられるのだから当然か。
そうして幸姉に恐怖を抱いた相手はそれでチェックメイト。
幸姉を歴代最強の真田と呼ばせる由縁となった『あれ』で動きを封じられる。
――魔眼。
漫画やゲームにも出てくるあの見たら石になったり幻を見せたりするアレだ。
幸姉の魔眼はそこまで強力なものではないが、生き物に対しては幸姉に恐怖を感じたり勝てないと思った相手の脳の命令伝達神経を一時的に麻痺させて動けなくし、生き物以外ならその運動エネルギーを著しく削ぎ落としてしまう。
以前オレが動けなくなったのはこれのせいだが、イ・ウーでその力を強めた今の幸姉なら、心肺機能すら止められるかもしれないな。
さらに今回は1度破魔矢の威力をパトラに見せつけてる。
あれがパトラの頭に焼き付いた以上、迂闊に視線を逸らせなくなったわけだ。
こうなれば自分で言うのは気が引けるが、間違いなくオレは『最強』だ。
いや、そうでなくとも、オレのフルパフォーマンスはできる。
忘れるな、オレは諜報科。『裏方専門』なんだよ。
「凄んだところでお前など怖くないわ。ぢゃが長引かせるのも面倒ぢゃ。さっさと終わらせてしまうか」
パトラは言うとすぐに右手を前にかざしてみせると、ざぁ、と砂金が集まり固まり翼を鋭利な刃とした鷹を4羽作り出した。
作り出された鷹は幸姉めがけて左右前方上方から襲い掛かる。
オレはそれを見て、いや、鷹を作り出した辺りから動き出し、2本のクナイ、10メートルに切り離した2本のワイヤーを瞬時に取り出し両手に1本ずつワイヤーを巻き、その先にクナイを結びつける。
それが完了してすぐに2本のクナイを投げ放ち、幸姉に迫る左右の黄金の鷹にまっすぐ飛ばす。
クナイが鷹の頭を貫き破壊すると、次に両手を動かしワイヤーを巧みに操りクナイの軌道を変えると、続けて鷹の両翼を破壊し打ち落として、さらに両手を動かし前方と上方から迫る鷹も同様に頭と翼を破壊して打ち落とした。
その間、幸姉は一切の構えもせず何事もなかったようにパトラへと歩み寄っていく。
「な、何事か!? サナダユキネ! お前、何をしたのぢゃ!」
「私は何もしてないわ。でもあなたはこの簡単なカラクリに気付けない。いえ、気付いていたとしても、易々と攻略はできない。さぁ、考えなさいパトラ」
ヒントを与えないでくれ幸姉。
まぁわかったところでどうこうできることじゃないんだけど、相手は世界最強の魔女だ。今までの相手とは格が違う。
「……はっ! サルトビキョウヤか! おのれ小癪な!」
「パトラ、気付いても無駄だ。お前はオレを『見つけられない』」
「何をバカな。お前など少し探せば簡単に見つけられ……」
パトラは言いながら王の間の全体に視線を向けるが、その一瞬で幸姉はすかさず弓を作り出し矢を引く動作まで完了させる。
それに気付いたパトラはすぐに幸姉に意識を集中させた。
「言ったでしょパトラ。私から目を逸らしちゃダメよ? って」
言って幸姉は構えを解き弓と矢を燃やすと、再びゆっくり歩き出して玉座に続く階段に足を乗せた。
苛立ち始めたパトラはまた砂金を操り黄金の鷹を4羽作り出すと、幸姉に攻撃を仕掛けるが、またオレがそれを防ぎ切り幸姉の歩みは止まらない。
これがオレと幸姉の『連携』。
幸姉の圧倒的な存在感で相手の意識のほとんどを幸姉に集中させて、オレは可能な限りの気配を消して幸姉に迫る脅威を排除する。
そのために磨いてきたのが無音移動法とミスディレクション。
相手からしてみればオレは見えないに等しく、たとえ存在を意識していても、幸姉という存在が大きすぎて探せないのである。
オレは幸姉の影だ。相手に見えざる1手を打てる魔手。
この連携を攻略した人間は、今まで1人もいない。
故に幸姉とオレは『歴代最強の真田と猿飛』と呼ばれていたのだ。
1段ずつ、ゆっくりと階段を登り着実にパトラへと近付いていく幸姉。
パトラはまだ恐怖を抱いていないようだな。大したもんだ。さすが自分を覇王とか言うだけはある。
「なるほどの。サナダユキネの威光に隠れ潜むがサルトビキョウヤのやり口というわけぢゃな。なかなかに面白いが、サルトビキョウヤの手に負えぬ1手を打てばなんの問題もないわけぢゃ」
パトラは言い終わると左腕を右に振りかぶり笑ってみせると、幸姉の近くの砂金が生き物のように動き出し、パトラの左腕と連動するように移動した。
「ほれサルトビキョウヤ! 見事サナダユキネを守ってみせぃ!」
言ってパトラは左腕をばっ! と横に振り、砂金は大きな津波となって幸姉を飲み込もうとした。
これは無理だ。パトラはやはり今までの相手とは格が違う!
「京夜!!」
そんなオレに声をかけたのは、今まさに津波に飲まれようとしてる幸姉だった。
それだけでオレには何を言おうとしたかが伝わり、瞬時に行動を始めた。
ここまでの連携ができるのは、生涯で幸姉とだけだろうな。
――ザァァアア!!
それから幸姉は砂金の波に飲み込まれてしまい、オレはその様子を被害のない場所から見つつ、今やるべきことを全うする。
「ホホホ! サルトビキョウヤもさすがにこれは防げなかったようぢゃの!」
ああ、確かに防げなかったよ。だがそんなの幸姉も最初からわかってた。
だからオレは大振りになったお前を狙ってんだよ! パトラ!
オレは高笑いをするパトラめがけて十字手裏剣を4つ、その全てを死角に投げ放ち、両肩、両足の腿を狙った。
オレも武偵だ。パトラを殺すわけにもいかない。
パトラはオレの放った手裏剣に気付く様子がなかったが、さすがに直前で気付きどこから取り出したのか、その右手に1本の刀を持ち全てを弾き落とした。
あれは白雪のイロカネアヤメじゃないか。そういや盗まれたとか言ってたか。
「ほほう、サナダユキネを捨て置いて妾に一矢報いようとは、なかなかに非情。少々驚いたぞ」
「捨て置く? パトラ、あんたは自分で放った技で生死も確認できないのか? 幸姉は無傷だぞ」
「なに!?」
言われてパトラは慌てて幸姉がいた場所を見ると、平らに伸びた砂金の海をざぁ、とかき分けてドーム状に展開された言霊符が姿を現し、次にはボウ! 一瞬で燃え尽きて中からは無傷の幸姉が不敵の笑みを浮かべた。
「さてパトラ。そろそろ怖くなってきたんじゃない?」
「バカを云うでない。どんなに近寄ろうとも、妾はお前などに恐怖は感じぬ!」
確かにもうパトラと幸姉の距離は10メートルほどだ。ここまで近寄って決められなかったのは初めての経験だ。
そう思いながら幸姉を見ると、その顔にはうっすらと汗が滲んでいた。
やはり今の防御はかなりの力を使うみたいだ。これは不味いぞ。幸姉だって無敵じゃない。
あんな力を何度も使えるわけがない。あの様子だと破魔矢も射てて1発。余力はほとんどないはずだ。
対してパトラの魔力は、このピラミッドがあるかぎり無限。疲れ知らずの底なし。
それでも幸姉は威風堂々。疲れの顔も息の乱れすらもパトラに見せずなおも前に歩み続ける。
幸姉がそうすることで『オレがパトラに見つからない』から。
そんな幸姉と一瞬だけ目が合う。すると幸姉は笑顔でウィンク。その考えは……『2人じゃない』?
……ははっ、そうだった。
この状況で冷静なのは、余力を十分に残すオレではなく、いつ倒れてもおかしくない幸姉の方だった。
「パトラ、あなたは強いわ。でも、私達はそれ以上に強い『絆の力』であなたを倒す」
「戯れ言を云うでない、サナダユキネ。お前達では妾に傷ひとつ付けることも出来ぬ!」
しかしこの覇王様、ちょっと挑発するだけで隙が出来るな。
幸姉もわかってて絶えず話をしてるみたいだ。
さて、これであとは『あいつら』に任せられるか。
「とりあえず王様が後ろを取られるなよ」
「な!?」
オレは幸姉が注意を引き付けてくれたおかげでパトラの後ろに回り込むことができ、パトラが声に反応して振り向く前に右手に持つイロカネアヤメをするりと取り上げると、タンッ! 月面宙返りでパトラの頭上を通り着地。
パトラもすぐに向き直りオレに何かをしようとするが、オレは自らの身体をブラインドにして幸姉の最後の一撃を隠し、放たれ自分に当たるギリギリの瞬間に首を振ってそれを避けた。
至近距離でのブラインドアタック。
これはパトラもさすがに避け切れず、その右肩に幸姉の放った言霊符の矢が突き刺さった。
これでやっと一撃、か。しんどいな。
「「そんなわけで、あとはよろしく!!」」
矢が突き刺さり怯んだパトラから離れたオレは、その手に持つイロカネアヤメを力の限り投げてから幸姉と口を揃えてそう叫び、グロッキー状態の幸姉を抱えて前線を離脱した。
「任せてください!」
パシッ!
オレが投げたイロカネアヤメを右手でキャッチした『白雪』が、そんな返事を返して入れ替わるように前へ出る。
その手にはイロカネアヤメともう一振り、西洋の鎧貫剣が持たれていた。デュランダル、か?
そしてそのあとを追うようにキンジも前へ。目的はアリアの奪還。
「おのれ、極東の愚民の分際で妾に血を流させるとは……もう許さぬぞ!」
治療術か何かで傷を治しながら怒りを露にするパトラは、近くにあった黄金柩を守るように鎮座した黄金のスフィンクス像を動かしてオレ達をまとめて倒そうとする。
しかしその前には万全の白雪。
「星伽候天流、奥義ーー
十文字にクロスさせるように、渾身の力を込めて、イロカネアヤメとデュランダルをスフィンクスに振るった白雪。
――ずああああああああっ!
刀剣から放たれた深紅の光がスフィンクスを襲い、それを受けたスフィンクスは大破。
その隙にキンジは黄金柩へと駆けていく。ああ、あの中にアリアがいるのか。
「行かせぬ! 止まれトオヤマキンジ!」
「キンちゃんの邪魔はさせない!」
柩に迫るキンジに手を加えようとするパトラを、まだ力を残す白雪が止めに入り、咄嗟に作り出した砂金の盾と1刀1剣がぶつかる。
そのつば競り合いの最中、このピラミッドの斜面をがががん! 何かが登ってくる音が響き、がしゃん! キンジの近くのガラスが割れ、そこから赤く着色されたオルクスが乱入してきた。
そしてその中から出てきたのは……
「幸音さん、ずいぶんお疲れみたいね」
「……ふふ、あなたと違って私は『か弱い』のよ」
「あら、それだと私がか弱くないみたいじゃない?」
「トオヤマキンイチ……いや、カナ!」
出てきた人物、カナは幸姉とそんな挨拶代わりの会話をして、カナを見たパトラは焦るように白雪とつば競り合いをしながら砂金のナイフをオルクスにメッタ刺しにした。
しかしカナはそれより早くオルクスから脱出し、華麗な月面宙返りをしながら、パパパパパパっ! とその手元を光らせてみせる。
あれはアリアでも避けられなかった『見えない銃弾』。もちろん狙いはパトラ。
パトラは白雪から離れてバック転をしてそれを避けるが、その膝には一筋の血が流れていた。
「出エジプト記34章13ーー汝ら還りて彼等の祭壇を崩し、偶像をこぼち、きり倒すべしーー」
着地したカナはそんな聖書の一文のような言葉を呟き、空中に6発の銃弾をばらまき、ジャキン! 持っていたリボルバー銃をぶつけるように振り、弾倉に全弾装填してみせた。大道芸かよ。
「京夜、ちょっとお願いしていいかな?」
何やらカナとパトラの戦いが始まり出した矢先、オレに支えられてどうにか立っている幸姉が、少し恥ずかしそうにそんなことを言ってきた。
「なんだよ幸姉。キスしてとかそういう死亡フラグならお断りだが?」
「え……ダメ?」
アホかこの人は。この状況でんなことするか!
「まぁそれは冗談として、今から少し強制睡眠で精神力を回復させるから、起きるまでおんぶ……出来ればお姫様だっこしてて?」
「なんかカナが来て形勢有利になったけど、まだ何かするのか?」
「戦局なんてコロコロ変わるわ。その時になって何もできなかったはカッコ悪いでしょ。じゃあしっかり守ってね、私の王子様」
オレの返事も聞かずに幸姉はさっさと眠りにつきその体がずしりと重くなる。
そんな幸姉を仕方なくおんぶしてやる。お姫様だっこなんて恥ずかしいっての。
じゃき、じゃきじゃきじゃきッ!
幸姉が眠りについて数分、パトラの攻撃を防いだカナは、その拍子に3つ編みを結んでいた布を斬られると、その中からいくつもの金属片を出して組み上げ、大きな曲刃となり、さらに襟に隠していた三節棍と繋いで大鎌を作り上げ構えた。
「よくやったわパトラ。私にこれを出させたのは、あなたが2人目よ。通称、
あれは忍の暗器に似てるな。だが髪に隠すとは斬新すぎる。
それに2人目、か。たぶん最初の1人は今オレの背中で寝てるこの人だろうな。カナも言ってから幸姉をちらっと見たし。
「わ、妾はーー覇王ぞ! お前ごときに……お前ごときに!」
それを見たパトラは砂金から鷹、豹、アナコンダと色々作り出しめちゃくちゃにカナへとけしかける。
明らかにカナを恐れてる。あのパトラが。
対してカナは手に持つサソリの尾をひゅんひゅん! バトンを操るかのように縦横無尽に振り回し、その回転をどんどん早めていく。
そして、ばん! ばん! ばん! 速度は音速に達して、空気を裂く音が響き、周囲には桜の花びらのような
「ーーこの桜吹雪、散らせるものなら……散らせてみなさい?」
圧巻。
幸姉が自分よりほんの少し強いと言った人は、圧倒的だった。
幸姉、ちょっと自分の実力を盛ったな? ほんの少しじゃないぞこれ。
などと思いながら幸姉を見たら、寝てるはずなのに両手に力が入りオレの首をホールド。
え、待って幸姉、死ぬかも……
そんなカナに慌てたパトラは、近くにいた白雪を盾にしようとしたが、白雪にはまだ十分な余力が残っている。簡単に捕まりはしない。
そうしてパトラがよそ見をした瞬間、カナは回転する鎌で地面を軽く擦り砂金のつぶてをパトラの頭の金冠に当て向き直させる。
「よそ見はいけないわ、パトラ。今は、私だけを見なさい。まっすぐ、まっすぐにーー」
あれ? これ幸姉の戦術に似てる。というかやり方は多少違うけど同じだ。
自分から目を逸らさせない魔法のような戦術。どっちが先駆者だろうな。
「私が教えたのよ、あれは」
そこで寝ていた幸姉が起床。
オレの心を読んだように話して、何故か首を絞めてくる。
「私、お姫様だっこがいいって言った。なのにどうして京夜の背中にいるんだろうね?」
「始めはしてたけど、疲れたからおぶったんだ、よ!?」
「嘘言う京夜嫌い。ちょっとおしおきね」
幸姉は言いながらオレの首を締め上げていき、マジで落ちる1歩手前まで追い詰めてくる。
てか幸姉、10分くらいしか寝てないけど回復したのかよ。
「何してるんです、幸音さん、猿飛くん」
そこにパトラから離れた白雪が近づき声をかけてきた。
見ればキンジがいない。柩もないぞ? どこいった?
「白雪ちゃん、ちょっとその剣貸してくれる? もう言霊符に余裕なくて」
白雪を確認した幸姉は、それでオレから離れて地面に降りると、白雪が持っていたデュランダルを指差しそんな要求をする。
白雪はジャンヌの剣だから壊さないで下さいねとだけ言って手渡した。
「ねぇ幸音さん、そろそろ手伝ってもらえるかしら?」
「いま詰めをしようとしてたのよ。それとオリジナルの前でそれやらないで。私がパクったみたいじゃない」
「あらごめんなさい。幸音さん寝ていたからいいかなって思ったんだけど」
「な、何を呑気に話をしておるか! 妾を除け者にするとは何様ぢゃ!」
「「黙りなさい、パトラ。あなたはもう、蛇に睨まれた蛙」」
うお! 見事なシンクロ。一字一句違えてないぞ。
この2人、なんか根底の部分で似てるのかもな。そんな感じがする。
そう思いながらすたすたとカナの横に移動した幸姉は、たじろぐパトラとまっすぐに視線を合わせて一言。
「さぁパトラ。恐怖しなさい」
言われた瞬間、パトラはその身体を強張らせて一切動かなくなってしまった。
あれはパトラのカナへの恐怖心を利用して発動させた魔眼だな。効果は若干弱くなるけど、今なら十分な威力になる。
「わ、妾は覇王ぞ……お前達に負けるなどあってはならぬのぢゃ」
強がるなよパトラ。もう指1本動かせないはず……だ?
そう思った矢先、このピラミッド全体が何かの影響で震動した。
耳をすませば微かに爆発の音、しかも下から聞こえてくる。
――ずざああ!
その影響で床も傾き、皆がバランスを取るために1度パトラから目を離してしまい、その隙にパトラは柩があった場所から、いつの間にか出来ていた穴に逃げ込み下の空間に降りてしまいその穴も塞いでしまう。
「まずいわ。下にはキンジとアリアしかいない」
カナはそう呟くとすぐに下へ行ける道を探し出し、オレ達も一緒に動き出した。
移動中、なんだかんだで流していた疑問について幸姉に問いかける。
「幸姉、気になってたんだが、何でアリアがイ・ウーの次期リーダーの候補になったんだ? 予想だと、それを納得させる十分な理由があるはずなんだけど、オレには見当もつかない」
「それはアリアが……」
幸姉は特に隠そうともせずに答えを言おうとしたが、それより早くカナが侵入口を発見し、全員一斉にその侵入口であるガラスを割って侵入した。
入ったその空間には異様な光景があった。
キンジの近く、そこにいたアリアの瞳孔が緋色の光を放っていたのだ。
あれはアリアなのか? と疑うほどの存在に、対峙していたパトラも、オレ達ですら言葉を発することができなかった。
そのアリアは立ち止まったままその右手を前に出し、すぅ。人差し指でパトラを指した。
それだけでパトラはすくみ上がり身体を震わせる。恐怖してる……アリアに。
そしてアリアの人差し指、その先端が緋色に輝き出して、小さな太陽のように大きくなっていく。
あれは、よくわからないが危ない。本能がそう告げている。
「……緋弾……」
白雪がその光景を見ながら、そんな単語を呟く。
『緋弾』……あれがアリアをリーダーにさせうる力、なのか?
ーーぱあっ!
「避けなさいパトラ!!」
緋色の光が飛び出す瞬間、カナは固まるパトラに叫ぶと、パトラもなりふり構わずにそこから転がるようにして離れて、間一髪避けると、アリアが放った光は砲弾のように発射され、バシュウウウウウウウウッ!
閃光となって全てを塗りつぶし、ピラミッドの上部をゴッソリもぎ取って、頭上には空の青色が広がっていた。
あれは破壊したというのではない。消滅させた。しかも説明できない力で。
オレがその光景に唖然としてると、ピラミッドを壊されたことで力を失ったパトラが、その身に飾り付けていた金の装飾を砂金に戻していき、薄い布だけの姿になっていた。
こうなるとパトラもただの人だな。
そんなパトラをカナが転がっていた黄金柩を鎌で弾いて擦るようにぶつけると、パトラは両足を真上に上げてひっくり返り柩に落っこちる。
さらに近くにあった柩の蓋を白雪が跳ね上げてキンジがベレッタでそれを撃ち微調整すると、蓋はピッタリ柩の上に重なって、パトラが開けられないように幸姉と白雪がペタペタとお札を貼ってしまう。
光を放ったアリアは気を失ってしまったが、命に別状はないようで、パトラも逮捕。とりあえず一件落着、かな。
そう、思っていた……