緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet23

 突然奇妙なジャッカル怪人に取り囲まれたオレと美麗達。

 明らかに人ではないその怪人達は、その手に刃をギラつかせた斧を持ち襲う気満々だ。

 こっちには襲われる覚えが全くないんだがな。

 最近不気味なほど平和だったが、こういった事態でも意外に落ち着いてる自分にため息が出てしまう。

 こんな非日常に慣れたくないんだが。

 そんな感じで面倒臭いなぁと思っていると、ジャッカル怪人達は、ジリジリと囲いを狭くしていき、いつ襲いかかってきてもおかしくない距離にまでなる。

 そして一斉に襲い掛かろうと動いた時に、それは起こった。

 オレと美麗達を囲んでいたジャッカル怪人達が、何かに吹き飛ばされて一瞬で蹴散らされたのだ。

 それを行った人物はやはりこの人、幸姉である。

 幸姉は呆然とするオレ達の前に背を向けて立ち、右手には何かの文字が書かれたお札をいくつも貼り合わせて鞭のような形をしたものを持っていた。

 あれは幸姉の超能力『言霊符(ことだまふ)』だな。

 お札に術的な意味を込めた言霊を乗せて文字に書き形を成す、とか昔に説明されたっけな。

 簡単に言えば、お札に『鉄』と書けば、実際に鉄のような硬度を持たせることができるらしい。

 今はたぶん、『鞭になれ』とか書いてあるのだろう。

 

「確認するわよ京夜。私の指示通り、ここから動いてないわよね?」

 

 幸姉は持っていた鞭の調子を確かめながら、振り向かずにそんな質問をしてきた。

 

「動いてないよ。それで今のやつは?」

 

「これは蟲人形(むしひとがた)。あの船の主の使い魔よ。直接触れれば呪われるから気をつけて。その御守りも強い力は防げないの。それにしてもパトラのやつ……もう許さないわよ……」

 

 呪われるからとかさらっと言わないでくれ幸姉。それにパトラって誰だ?

 などと考えをまとめる時間もなく、吹き飛ばされた蟲人形が立ち上がり再びこちらに狙いを定めてきたため、幸姉と協力して倒そう……と思ったのだが、幸姉はアリア並みの行動力と制圧力ですでに蟲人形を蹴散らし始めて、ものの数十秒で全滅させてしまった。

 あれぇ……オレ何もできなかったぞ。

 倒された蟲人形は、サァァ、と砂や砂鉄になり、出来た砂の山の中から黄金虫が出てきてそのままどこかへと飛んでいってしまった。

 それから少しして海上に浮いていた船も姿を消し、幸姉も危険を感じなくなったのか、臨戦態勢を解いて鞭を空中に放り投げて一瞬で燃やしてしまった。

 言霊符は基本使い捨てになるらしいから、幸姉は使い終わったらいつも燃やして始末している。

 なんて言っても紙だからな。持ち運びに不便さはほとんどないし、応用も利く。超能力って便利だよな。

 

「ジャンヌ、今から『オルクス』を車輌科に運んでもらって、改造できそうな生徒に声をかけて。もしかしたらあなたのも必要になるかもしれないわ」

 

『お、おい真田幸音! 何があった!? ちゃんと説明しろ!』

 

「説明ならあとでするわ。それより指示通りによろしく」

 

 幸姉はまだ繋がっていた無線でジャンヌにそんな指示をすると、さっさと回線を切って移動を開始した。

 

「幸姉、オレにも説明してくれよ。こんなのに襲われて説明もなしじゃ納得できない」

 

「わかってるわ。でも今は武偵高に行くわよ。たぶん、時間があと1日しかない」

 

「時間がないって、なんのだよ」

 

「神崎・H・アリアの命の寿命」

 

 聞いた瞬間、オレはサクサク先を歩いていく幸姉の右腕を掴みその足を止める。

 

「前に言ったよな幸姉。仲間に何かあったら許さないって」

 

「京夜……それに関してはいくらでも私を責めなさい。全部引き受けて、受け止めてあげるわ。でも今は足を止めてる時間も惜しいのよ」

 

「そうなる前にどうにか出来たんじゃないのか?」

 

「その選択は色々と犠牲が増えたのよ。でもこうなった以上、私は介入する。あちらから約束を破ったのだからその報いを受けてもらうわ」

 

 まだ話が全く見えないが、どうやら幸姉はアリアを助けるために動き出したみたいだ。

 話も武偵高に着いたら詳しくしてくれるらしい。

 なら今は文句を言ってる場合じゃない。なにしろアリアが死ぬかもしれない事態みたいだからな。

 そうしてオレは幸姉の腕を離し、一緒に武偵高へと向かっていった。

 移動の最中、互いに何も話さないまま武偵高に着くと、その先には待っていたであろうジャンヌと今しがた到着したのか、若干息が荒く右目に眼帯をした理子がいて、オレと幸姉を車輌科の専門棟に導く。

 

「理子、その目はどうしたんだ?」

 

「眼疾だよ。完治まで1週間はかかる。それよりさっきカナから連絡があった。アリアがさらわれたらしいな」

 

「いや、オレは全然状況を把握してない。アリアにしたって命が危ないとしか聞いてないし」

 

「真田幸音、貴様は自らの元パートナーに何も説明していないのか? 優しさの欠片もないのだな」

 

「説明するならやることやってからと思っただけよ。それにカナから聞いたなら説明はジャンヌと理子の方が適任でしょ。私はこれから『オルクス』を改造しないといけないし。誰か適任者は見つかった?」

 

「理子の推薦で武藤を呼んだ。今構造のチェックをしているから、指示を出せばすぐにでも動いてくれるはずだ」

 

 もうオレ蚊帳の外だな。話の半分もわからん。

 とりあえずジャンヌと理子について行き、車輌科の専門棟、その奥の水上バイクなどを整備するドックに入り第7ブリッジと表記された場所で立ち止まる。

 そこには海から引いた海水の上に浮く横倒しにしたロケットのような乗り物があり、その中から興奮気味の武藤が顔を出す。キモっ!

 

「おお猿飛! 突然呼び出されて何事かと思ったんだがよ、こんな代物を拝めるなんてラッキーだぜ……って! その隣にいるべっぴんさんは誰だ!」

 

「キモいうるさいキモい死ね」

 

「ひでぇ! しかもキモいって2回言ったなこのやろう!」

 

「あなたが武藤くんね。時間もあまりないしさっそく改造するけど、問題ないわね?」

 

「え、あ、はい。問題ないっす!」

 

 幸姉はキモ武藤にそんな確認をとると、さっそく武藤の乗っていたロケットのような乗り物に乗り込み、中で何やら専門用語を言い出し、武藤も真剣な顔になってそれを聞いていた。

 

「猿飛、オルクスの改造は私達にはできん。今のうちに話せることを話すから場所を移すぞ。そろそろ遠山達も運ばれてくるから手間も省ける」

 

 どうやらこのロケット、オルクスって名前らしいが、改造する訳があるらしく、その合間の時間でジャンヌと理子がオレに今回の件の話をしてくれるみたいで、幸姉と武藤を残して休憩室へ移動をしていった。

 車輌科の休憩室へと移動して数分、そこになだれ込むようにやって来たのは、意識のないキンジとそれを担ぐ白雪とレキの3人だった。2人はキンジを休憩室のベッドに寝かせると、オレ達の輪の中に加わり静かに腰を下ろした。

 どうやら事前に話をまとめていたようだ。

 これでとりあえずは全員揃ったようで、ジャンヌは1度咳払いして喉の調子を整えると、ゆっくり話を始めた。

 

「まずは今の状況と私達の立場について話す。現在、イ・ウーでは2つの勢力に二分されている。私や理子のように純粋に己の力を磨くことを主とした研鑽派(ダイオ)。その超常の力を以て世界への侵略行為を本気で目論む主戦派(イグナティス)の2派だ。そしてそれら2派の誰もがいま現在で大それたことをしていないのは、『教授(プロフェシオン)』と呼ばれる絶対的なリーダーがいるからだ」

 

「でも、その教授にも時間がなくなった。寿命という限界がな。もうすぐ教授は死ぬ。そうなればイ・ウーでは次のトップを据えなければならない。しかし主戦派がその主権を握れば、たちまち世界は殺戮と争乱で溢れる。イ・ウーにはそれを可能と思わせるだけの力があるからな」

 

「しかし研鑽派はそれを望まない。だから私達は1つの答えを出した。教授に変わる絶対的な力を持った後継者を探し新たなリーダーとするというな。それで白羽の矢が立ったのが、アリアだ」

 

「イ・ウーを全員逮捕しようとしてるアリアがイ・ウーのリーダーにねぇ……そうなるようなとびっきりの仕掛けがあるんだろうが、今はどうでもいいな」

 

「アリアをさらったのは、イ・ウーの元ナンバー2、パトラだ。名前から察しがつくかもしれないが、パトラはクレオパトラの子孫だ。そして世界でも最強クラスの魔女(マッギ)でもある。パトラはその素行の悪さ、乱暴さでイ・ウーを退学になった。私や理子のこれも今にして思えばパトラの呪いのせいだった。おそらくこの事態で動かれては面倒な人物を先に封じたのだ」

 

呪蟲(スカラベ)だね。猿飛くんにも忍び寄ったっていう黄金虫だよ。あれがパトラの使い魔。直接呪うよりは弱くなるけど、パトラの魔力を運んで接触した敵に不幸を呼ぶの」

 

 今の話から察するなら、やはり幸姉は最初からこうなることを予測していたことになる。

 オレへの被害も考えてこの御守りを渡し、今にして思えば、オレをこの件から遠ざけようとしていたとも考えられる。

 

「それじゃあ幸姉とカナ……さんは何をしようとしてるんだ? 2人が主戦派だとは思えないし、いまいち行動が読めない。それからアリアは今どこにいるんだ?」

 

「カナは私と理子の上役だったのだ。真田幸音は以前話したように、特別誰かと交友を深めようともしていなかったが、私達同様研鑽派だった。カナとはそれ以前から何か繋がりがあったらしいが、詳しいことは本人から聞くといい」

 

「アリアにはあたしが事前にGPSをつけておいた。それが示す場所は、太平洋、ウルップ島沖の公海だよ」

 

「海の上、なのか?」

 

「たぶん、船か何かの上にいるんだと思う。私の占いでも峰さんのGPSと同じ場所を示してるから間違いないよ」

 

「だからさっきのオルクスだったか? あれを持ち出したのか。あれ、潜水艇か何かだろ? だがたとえそこに行けて、世界最強の魔女と戦うにしても勝算はあるのか?」

 

「ないわ。勝率にして1%あるかないかくらいね」

 

 その問いに答えたのは、武藤とオルクスの改造をしていたはずの幸姉だった。

 幸姉は休憩室に入ると皆の顔を一通り見てから話をする。

 

「オルクスの改造は明日の朝までには終わりそう。あの子もう機構のほとんどを把握したから、ジャンヌのオルクスの改造に回したわ。それであれ、元は3人乗りなんだけど、改造の関係で2人しか乗れなくなったの。私は確定として、あと3人。今の状態だとジャンヌと理子は戦力外。そこで寝てるカナの弟くんは確定としてあと2人ね」

 

 ……ん?

 今さらっととんでも発言があった気がするんだが……みんな反応しないしツッコまない方向か。

 

「白雪ちゃんはイロカネアヤメをパトラに盗られてるみたいだけど、取り返せれば十分な戦力にはなるわね。となると残りは1人」

 

「……オレが行かなくてどうするんだよ幸姉。今さらそんな確認作業、意味がないって。幸姉の全力を引き出せるのはオレ以外にあり得ない。それは幸姉が一番わかってるだろ? オレの覚悟はもうできてる。だから心配しなくていいよ」

 

 ここにはレキもいるが、今回に至っては狙撃手はその力を十分に引き出せないだろう。

 そうなれば残りはオレだけ。

 幸姉は最初からわかってる上で……最強の魔女が相手と聞いてなお行くかをオレに問いかけたのだ。

 幸姉はオレの答えを聞くと身を翻して休憩室の出入口に行き、皆に声をかけた。

 

「出発はオルクスの改造が済み次第。乗り込むペアは私と京夜。カナの弟くんと白雪ちゃんでいいわね。今のうちに準備を整えておいて」

 

「幸姉、オレと一緒に戦った時の勝率はどのくらいだ?」

 

 また第7ドックに向かおうとした幸姉にオレは、答えを聞く前の勝率を意識しながら問いかけると、幸姉は笑顔で振り返り即答した。

 

「私と京夜『歴代最強の真田と猿飛』の力を信じなさい。それに星伽と遠山の力もあるし、きっと勝てるわ」

 

 根拠が弱いよ幸姉。歴代最強なんてのも、一体誰が証明出来るんだって話になるし、キンジと白雪が凄いってのもわかるんだがなぁ。

 でもまぁ、幸姉の口からそう聞けたなら、少しくらいは信じるさ。歴代最強の力ってやつをな。

 それからオレは準備を万端にするために1度帰宅して、今回は留守番になる美麗と煌牙を小鳥に任せて、黙々と準備を始めた。

 武偵高には厳重装備としてA装備などの身を固める装備があるのだが、正直動きにくいからオレは使ったことがない。

 第一オレは最前線に立つこと自体が異常だからな。完全に裏方専門だ。

 だが今回はそんなことも言ってられない。こうなった以上、あの頃の……幸姉と組んでた頃の装備で臨むしかない。

 思いながら少し暑いが制服の上着を取り出し、内ポケットにあの頃の装備を仕込んでいき、あの頃にはまだなかったミズチの調子も確かめて、その全てを済ませてから上着を着たのだった。

 さて、これで準備は万端。あとはなるようにするしかない。

 それに、やることは昔と変わらない。

 オレはただ、最短距離を進む幸姉の行く手を阻む障害を、ひとつ残らず排除するだけだ。

 そうして小鳥の作った差し入れも持って車輌科に戻った頃には、時間もすでに夜の11時を回っていて、ジャンヌと理子、レキは仮眠を取っていたのか休憩室で横になっていて――レキは壁を背に座りドラグノフを抱えていたが――白雪は寝ているキンジの横に腰を下ろして看病していた。

 オレが入ってきたのを察知した一同は、1度オレを見てから起きてきて、理子なんかは我先にと差し入れにがっついた。

 意地汚いなオイ。幸姉とキモ武藤の分を抜いといて良かった。

 それから幸姉と不本意だがキモ武藤に差し入れを持っていくと、油まみれになった幸姉とキモ武藤は作業を中断して小鳥の差し入れを食べ始めた。

 

「聞いたぜ猿飛。幸音さん、お前の昔のパートナーなんだってな。しかし幸音さんはすげぇよ! こんな改造、車輌科や装備科にもできるやつは少ないぜ? これで美人とあっちゃあ、非の打ち所もねぇよな」

 

「お前キモい早く作業に戻れついでに死ね」

 

「そうね。武藤くんのペースだとあんまり休んでる暇はないかも。無理させるけどお願い」

 

「こいつぁ手痛い。幸音さんに言われたらやるっきゃねぇな。猿飛、この件が片付いたら幸音さんを少し貸してくれ。色々勉強になりそうなんだ」

 

「幸姉の気分次第だ。本人から許可とれ」

 

「そうね、考えておくわ」

 

 それを聞いた武藤はテンション高いまま、またオルクスの中に入って作業を再開させていった。

 それで2人になったのを確認したオレは、幸姉にさっき聞けなかったことを聞いた。

 

「幸姉は何をしようとしてるんだ? その先の未来に何を見てる?」

 

「それは明日になったら教えるわ。明日の私は絶対に『あの私』だから。パトラと戦うからには、私も全力を出さないとだし」

 

「じゃあカナとはどんな繋がりがあるんだ?」

 

「それも明日教える。さて、私もさっさと改造を終わらせて仮眠取らないとだし、京夜も今のうちに休んでおきなさい。寝不足でしくじられても困るんだからね」

 

 それで幸姉はパチン。オレにウィンクしてからまた作業に戻っていった。全ては明日、か。

 そう思いながらオレは幸姉に言われた通り仮眠をとるため休憩室へ戻りベッドで横になるのだった。

 翌日の朝。

 仮眠のつもりがすっかり熟睡していたオレは、自然と覚めた意識で目を開けると、その目の前には幸姉の寝顔があって驚きのあまりベッドから落ちてしまい、それで目を覚ました幸姉が慌ててオレに手を差し出し起き上がらせてくれた。

 

「ごめん京夜。ちょっと休んで起きるつもりだったんだけど、寝過ぎちゃったみたいね」

 

「……オルクスの改造は?」

 

「私達の乗る分は完成。もうひとつの方はまだかかるかな。それでも待ってられないからすぐに行くわよ、京夜」

 

「移動時間はどのくらいなんだ?」

 

「およそ10時間。あんまり余裕もないのよ。その間に話せなかったことも話すわ」

 

「幸姉が準備できてるならいつでも……って、もう万全みたいだな」

 

 見ると幸姉はすでにシャワーを浴び終えて着替え直し、その綺麗な長い後ろ髪を左右2つでまとめて縛っていた。この髪のまとめ方は『守人(もりびと)』の幸姉だ。

 他のどの幸姉より優しく、気高く、そして何よりも誰かを守る時に一番強くなる七変化の中で最強の幸姉であり、七変化を取り入れる以前の幸姉の『元々の性格』になる。

 そしてこの時の幸姉が何かをしくじるところは、今まで1度も見たことがない。

 だからオレは不安など微塵もなかった。

 この幸姉となら、世界最強の魔女パトラにもきっと勝てる。そう確信していた。

 午前6時半。

 まだ目覚めないキンジとそのパートナー白雪より早く準備を終えたオレと幸姉は、皆に見送られながらオルクスに乗り込み起動させると、オルクスは驚くほど静かに発進し、その後もほぼ無音で海中を魚雷のように突き進んでいった。

 よくわからんがこのオルクス、凄い技術でできてるらしい。

 あの乗り物オタク、武藤が興奮して徹夜で改造作業をするほどだからな。相当なものなのだろう。

 などと思いながら狭いオルクス内のオレの手前、操縦席に座る幸姉を見ると、ほとんど自動操縦らしい装置を時折触って微調整している。

 その合間に幸姉は、決して振り向かずに話を始めた。

 

「カナ……いえ、遠山金一とは、イ・ウーを討つために協力関係にあるの」

 

「……は? 遠山金一って……まさかキンジの兄さん?」

 

「そうよ、カナは男。ある種の自己暗示で自分を女性と思い込んで『HSS』になることができる稀有な存在。その強さは超能力全開の私より少しだけ上よ。京夜も見たことがあるでしょ? 遠山の人間が超人的な能力を引き出すところを。その中でもカナは別格なのよ」

 

 あんな綺麗な人が男……すっごい騙された気分だ。女性不信になりそうなくらい。

 そういや昔、キンジはあの桜吹雪で有名な遠山の金さんの子孫だって話を聞いたことがあったか。

 おそらく遠山の人間は何かのきっかけでその能力を一時的に引き出すことができるのだろう。圧倒的なまでの、な。

 

「カナと私はあの無法集団、イ・ウーを内部から探り倒すためにある可能性を見出だしたの。それは『同士討ち(フォーリング・アウト)』よ」

 

「……同士討ち……そんな危険なこと……」

 

「危険だから、だから私は真田から消えたの。自分をいなかったことにしてね。それで京夜にまで迷惑をかけたのは本当にごめんなさい。まさか京夜まで家を出されるなんて思わなかった」

 

「……それはもういいよ。おかげでこっちでも新しい交友ができたし、濃い経験も積めたよ」

 

「そうだね、京都にいた頃より京夜、ずっとカッコ良くなった。昔からカッコ良かったけど、何て言うか、うん、とにかくカッコ良くなった」

 

 なんだよそれ、恥ずかしいな。

 今絶対顔赤いぞオレ。だから振り向くなよ幸姉。

 

「話が逸れたね。それで同士討ちを狙うためにはまず、リーダー不在の状況を造り出さないといけなかった。それを造り出せる可能性は2つ。『第1の可能性』は教授の死と同時期にアリアを抹殺して、新たなリーダーを見つけるまでの空白期間を作ること。そして『第2の可能性』は、教授の、暗殺」

 

 そうか。カナのやろうとしたことは見えた。

 おそらくカナはアリアを『試した』んだ。教授に立ち向かうだけの力があるかどうかのテスト。

 だから幸姉もあの時オレを邪魔者扱いした。

 それで昨日、決めかねていた2つの可能性の最終選択を決定した。

 

「私は最終判断をカナに委ねて、パトラとの衝突でどうなるかを見ることになった。教授はパトラよりも強い。そのパトラに負けるなら、教授には絶対に勝てないから。結果は残念だった。でもカナの最終選択は『第2の可能性』。昨日、あの船の上で弟くんに自分が敗れたから、その可能性に賭けたいってね」

 

「……ん? 待ってくれ幸姉。今の話だと昨日の幸姉の行動は少し早くないか? カナさんがキンジに負けたのがあの船の上だったなら、幸姉はカナさんから1度連絡をもらうことになる。だが幸姉はそんな素振りを見せなかったし、たぶん連絡を受けたのは武偵高に着いてからだ」

 

「京夜は鋭いなぁ。もうちょっと慎重に動ければよかったんだけど、昨日の私はたまに行動が先行するから仕方ないか。それにもう全部話すって言ったしね。実はパトラともある約束をしていたの。内容は端的に言えば………『互いの行動に干渉しない』こと。パトラから私に、私からパトラに関わらないってね」

 

 なるほどな。パトラがどんな奴かは知らないが、幸姉の実力を知ってるなら邪魔をされたら障害になり得ることもわかる。

 なら互いに干渉しない約束があれば、無駄な力を使わずに済むわけだ。

 だが、パトラはその約束を破った。だから幸姉はパトラに干渉を始めた。こんなところか。しかし……

 

「だけどパトラは幸姉に直接干渉してないはずだ。それなのに約束を破ったっていうのは……」

 

「あの……その……それはね……ちょっと自分で言うのは恥ずかしいって言うかなんと言うか……」

 

 何で恥ずかしいんだよ。意味わからん。

 てかモジモジしないでくれ幸姉。顔見なくても可愛いのがわかるからさ。

 

「まぁいいや。とにかくパトラは幸姉との約束を破った。だから幸姉はカナさんの判断を待たずに行動を開始した。んで、結果的にカナと意見が一致して今に至ると」

 

「そ、そういうこと! さすが京夜!」

 

 幸姉はそれで話すべきことは話したとでも言うように沈黙し、オレも何を話すべきかわからず沈黙してしまった。

 それから10時間後、アリアがいるはずの海域に着き、幸姉が装置を動かして周囲を探ると、何故かクジラの群れがいて、その先を進むとそこには洋上に浮かぶ船があった。

 船は沈みそうなほど船体を海に沈め、その甲板には巨大なピラミッドが増設されていた。

 

「あ、話してなかったわ。パトラは近くにピラミッドがあるかぎり無限に魔力を使える。底無しの魔力を持つ超能力者。それがパトラをイ・ウーのナンバー2までのし上げた力よ」

 

「今になってそれを言う幸姉の神経がおかしいとしか言えないんだけど」

 

「怖くなった?」

 

「行く前から怖かったよ」

 

「実は私も怖いんだよ。でも京夜がいるなら私は怖くない。京夜となら大丈夫だから」

 

「オレも幸姉となら大丈夫だよ。今まで2人で成し遂げられなかったことは」

 

「そうだね。1度もない。じゃあ行くよ、京夜」

 

 覚悟を決めたオレと幸姉は、それからオルクスを船につけて甲板に上がると、ピラミッドの中にいるらしいパトラの元へと歩き始めた。

 ピラミッドの中は入り組んだ造りになっていたが、幸姉の感知でまっすぐ迷うことなく進んでいき、象形文字で『王の間』と書かれた大きな扉の前まで来た。

 ここまでに妨害がなかったのが不気味だったが、パトラという人物はおそらくそんなことをしなくてもオレ達など敵ではないと言いたいのだろう。

 その余裕、打ち砕いてやる。

 扉はオレ達が触れることなく自然と開き、オレと幸姉は招かれるように中へ入り、その豪奢な黄金で出来た部屋に見向きもせずに、その奥にいた玉座に座る女性を見据えた。

 女性は裸に近い古代エジプト王妃のような格好をしたおかっぱ頭の美人で、いかにも「王様です」と言わんばかりの態度をしていた。

 あれがパトラか。

 

「誰が来たかと思えば、サナダユキネ、お主だったか」

 

「あら、じゃあ遠山金一の方が良かったかしら?」

 

「な、何を言うか貴様! 妾はそのようなことは申しておらんわ! しかしそのような小僧を連れただけで、ずいぶんと強気になったのぅ、サナダユキネ。まさかとは思うが、妾に勝てるとでも?」

 

「あなたはまだ知らない。私と京夜の本当の実力を。そしてパトラ、あなたは2度も私との約束を破った。私を本気で怒らせたこと、後悔させてあげる!」

 

 そう言った幸姉にオレはかつてないくらいの恐怖を覚えたのだった。


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