緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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サバイバル編
Slash44


 6月15日。火曜日。

 ランク考査から2日後となる今日この日。ロンドン警視庁からの依頼でロンドンを発つ前に武偵高の方に呼ばれたオレは、朝から校長室の方に通されて、今週2度目のマリアンヌ校長との対面を果たす。

 別に好きで会いたい人でもないわけだが、どうやらオレのSランク昇格の申請が早くも通ったらしくて、その通達のために呼ばれたみたいだ。メールでも良いですけどね。

 

「すみませんね、朝からお呼びして」

 

「いえ。それより承認に当たって何か特別なことでも?」

 

「こういうことは学校側としてきっちりやらねばなりませんので、面倒とは思いますが少しお付き合いください」

 

 そう話した校長はテーブルにノートパソコンを置いて、事前に話は通っていたのか音声のみの通話で誰かとすぐに繋がる。

 相手は……東京武偵高の校長である緑松武尊(みどりまつたける)、と思われる人物。

 相変わらず声を聞いて名乗られても明確な顔が思い浮かばない『特徴がないのが特徴』という校長。

 オレの中でこの人への警戒心は最上位に位置しているにも関わらず、実際に街で顔を合わせてもその人と自覚できない恐怖を想像するだけで夜も眠れない。

 それで緑松校長が何故という疑問にもならない答えは、オレが東京武偵高の生徒だから、校長としての義務でだ。

 武偵高の校長を2人同時に相手にするという心臓に悪い状況はともかく、2人からは無事にSランク昇格の賛辞を述べられて待遇は良いもの。

 緑松校長からは留学終了後、改めて本校にて話をということで通話は終わり、マリアンヌ校長からはロンドン武偵高の暗黙のルールとしてある『私服での登校』を大々的に容認するようなことを言われたが、この学校で私服でいる生徒は良い意味でも悪い意味でも目立つので丁重にお断りして退室したのだった。

 

 Sランク昇格の報せはどうせ言わなくても勝手に知る奴らばっかりだから黙っておくとして、言わなきゃ怒るだろうジャンヌにだけメールで報告してロンドン武偵高を出る。

 次に向かうのは駅。行き先はロンドンから西に約200kmほどの位置にあるウェールズ。

 自然が多く残されるウェールズは、約20%の面積が国立公園になっていたりと色々と凄いところだ。

 こんなロンドンから離れた地に何故ロンドン警視庁の依頼として来ることになったかは、その異様な背景にある。

 事の発端は今から5日前。

 ロンドン警視庁が傷害事件の容疑で張り込んでいた容疑者が、警戒も薄い様子で外出。

 誰が運転しているかもわからない車に乗り込んでそのまま駅へと向かい、1人でここウェールズへと向かったと言うのだ。

 当時、容疑者は任意での事情聴取に応じていて、明確な証拠もないということで駅で確保とはいかず、私服警察を1人つけて尾行。その足跡を追った。

 容疑者はオレが来たウェールズの南に位置する人口第2位の都市、スウォンジーで下車して、駅に近いホテルに宿泊。

 そこからはウェールズ警察の協力も得て張り込みが続いたみたいで、現地に着いたオレはまずその張り込みしていた警官らと合流することになる。

 ここまでならそう異様な感じはないが、問題はこの張り込み中に起こったわけで、容疑者が宿泊するホテルに連日、1人ないし2人ほどの傷害事件以上の刑事事件を起こした犯罪者が宿泊しに来て、確認が取れただけでもロンドン市内で指名手配されていた3人に、エディンバラ、リバプール、レスター、カーディフ、サウサンプトンでそれぞれ指名手配されていた犯罪者ないし容疑者が1つの場所に集結したのだ。

 イギリス中の危険人物が集結したということで事態を重く見たロンドン警視庁は、偶然では絶対にないこの現象を監視を続けながら目的について探りたかったようで、下手に接触して刺激し暴動が起きれば大事だとこういうことに長けたオレに声がかかったというわけ。

 オレも別に得意なわけではないが、静かに事が運んでいたっぽいこの動きに無法者の知性以上のものを感じたため、ほとんど偶然に近いロンドン警視庁の察知を鑑みても何かNの気配を感じたから引き受けてみたんだが、確証はないしな。

 

 無事に警官と合流して、容疑者達が連日入っていったホテルの見える飲食店で現地の最新情報を更新すると、容疑者達はホテルに入って以降は誰1人として外には出てきていないと言う。

 確認が取れている容疑者ですでに5日もホテルに入り浸っていることになるのだが、中は私服警官すら察知される可能性を考慮して侵入には至っていなく、ホテルの人間には余計なことはしなくてもいいという前提でいつも通りに営業するように知らせてはあるらしい。

 暴れたらただじゃ済まない犯罪者が何人も宿泊してるなんて言われてホテル側が正常でいられる時間などそう長くないのは確実なので、とにかくオレはこれからホテル内に立ち入って探るしかない。

 宿泊客を装う都合でウェールズ警察の婦警1人に協力してもらい、新婚夫婦という設定のもとホテルへと入り、監視の目があることも考慮して武偵手帳などの提示は避け、普通にチェックインして部屋まで通してもらってから、案内の人に武偵と警察であることを知らせる。

 そこからはルームサービスを利用して宿泊客のリストを運んでもらったり、該当者の宿泊する部屋などを確認していく。

 部屋は全然固まった位置にはなっていなく、余計な移動を伴う分で容疑者達が結託して何かしようとしている様子もなさそう。

 さらにルームサービスの利用の有無や部屋から出ている目撃証言なども従業員から色々と聞いてみるのだが、チェックイン以降、全員その姿すら見ていないと言い、監視カメラにすらそれらの様子が映されていない。

 つまり彼らは皆、チェックイン以降、部屋から1歩も出ていないことになり、最後にフロントを担当している従業員から重要な証言が出てくる。

 それはリストの客の全てが『部屋の掃除なども必要ないから出入りしないでほしい』という要求があったこと。

 

「…………行くか」

 

 これらのことからオレの行動を監視している線はほぼなくなったため、とにかくまずは1人でも確保に動いてみるかと、バラけてはいても容疑者が1人しかいない最上階に狙いを定めて行動開始。

 他の容疑者達に察知されずに確保はなかなかハードなものになるだろうが、そこから結託しているのかどうかもわかってくると信じたいね。

 婦警には部屋に残ってもらって、オレが30分経っても戻ってこなかった場合は、ウェールズ警察へ報告して突入部隊を向かわせるよう指示──監視の目がないとわかったから可能だ──して、最上階の部屋へと突入。

 カードキー式の施錠だが従業員からカードキーをもらっていたからすんなりと扉は開き、音はどうしたって鳴るからそこからはもう死ぬほど素早く室内に侵入して容疑者が声を上げる暇もなく行動不能にする動きをした。

 ……のだが、いない?

 室内はワンルームのバスとトイレ付きとオーソドックスな部屋で、その3つしかない空間のどこにも容疑者の姿はない。

 

「…………どこに」

 

 荷物すらないし、ベッドには生活に使った形跡すらないため、少なくとも3日前にチェックインをしているはずの部屋としてはあまりにも不自然。

 他にも部屋内のあらゆるものが使われた跡がないことから、容疑者はこの部屋に入って間もなく忽然と消えたとしか言い様がない。

 不気味なまでの現象には超能力的な怪しさが醸し出されてきたことから、専門知識が必要だと思ってロンドン武偵局の方に連絡しようとする。

 しかし携帯は何故かいきなり圏外になって外との連絡手段が絶たれてしまい、とにかく部屋を出ようと扉に手をかけるも、開かない、だと?

 ちっ、なら窓から……と窓を開けてワイヤーで降りる手に移るも、その窓も鍵が開かない。というかこの部屋全体がハリボテのような、偽物のような気配がしてきた。

 まるで異空間にでも入り込んだ気がしてきて気分も悪くなってきたからか、この部屋から一刻も早く出たいという衝動が強くなり、何か手がかりはないかと観察してみると、小さなクローゼットに自然と目がいき、そこをほぼ無警戒で開けてしまう。

 ──ゴワッ!

 クローゼットの中はオレが想像していたよりも恐ろしいことになっていて、本来なら普通に服を入れる収納のはずの空間には漆黒の空間が広がり、しかもブラックホールのような引力が働いているらしく、開けた途端にオレはその力に抗えずに漆黒の空間に吸い込まれてしまった。

 

「ぐえっ!」

 

 漆黒の空間に吸い込まれたと自覚したのとほぼ同時に尻餅をつくことになって、その落ち方も乱暴だったせいで尻が痛い。

 しかしそれよりも驚いたのは、尻餅をついていた場所がどこともわからない森の中だったこと。

 クローゼットの中には異世界が広がってました。なんておとぎ話の中でだけやってほしかったもんで、まさか自分が実体験する日が来ようとはね。

 混乱は精神的な疲労に繋がるのでいち早くこの状況を飲み込んで冷静さを保ちつつ立ち上がり、携帯を確認するが、やはり圏外のままか。時間は正常なようだが、どこかに飛ばされたなら時差があるかもしれない。

 日はまだ高いし気候も穏やかなので、イギリスとは緯度も時差もあまり差がないと考えると、欧州のどこかか、スウォンジーからそう遠くない位置に跳んでるのか?

 森は緑が多いことから季節のズレもなさそうで、とにかくここがどこかを少しでも理解するために背の高い木をよじ登って、その上から森を見てみる。

 さすがに森の全容が見えるほどではないにしても、地形がどんなものかはおおよそでも見ればわかった。島だ。

 一番高い場所で50mあるかどうかな小さな山があって、その先は見えていないが、そこ以外に見える森の終わりには海が広がっている。

 泳いで渡れそうな別の小島もいくつかあるものの、人が住んでいそうな気配もないのでチャレンジ精神で行くにはこの島の散策が済んでからでも遅くはないな。

 とにかくこれでわかったのはオレが今いる場所はスウォンジーでもウェールズでもない、どこかの無人島かもしれないということ。

 

「……瞬間移動? とは違った気もするが……」

 

 自分の置かれた状況はなんとなくわかったから、木の上で座り込んでこうなった考察をしておく。

 考えられるのはスウォンジーのホテルのあのクローゼットが、この無人島かもしれないところに繋がっていたか、誰かの意図で瞬間移動させられたか。

 クローゼットが異空間だったことが偶然じゃないとするなら、オレは嵌められたと見るべきだ。

 そしてもしもスウォンジーのホテルで宿泊していたはずの容疑者達の部屋のクローゼットが全て、ここに繋がっていたとするなら……

 ──パァン!

 そうした可能性を考慮して身を隠す意味でも木の上に留まっていたら、どこかから発砲音が1つ聞こえてきて、反射的に身構える。

 位置はちょっとわからないな。距離は少しあったと思うが、遠すぎるってことはない。おそらく半径500m以内で発砲があった。

 反撃も追撃もなかったことから、ヒット&アウェイな攻撃だったか、野生の動物を一撃を仕留めたか、或いは人を、か。

 とにかく交戦にはならなかったと判断できる状況でも人がいることは確定した。それが友好的な奴ならいいけど、そうじゃない可能性もある。というか拳銃を所持してる時点で友好的と考えるのは危険すぎる。

 不用意な接触は絶対に避けるべきと本能も言っているから、こっちが見つからずに相手の方だけを発見できる状況が望ましいと考えて、しばらくこの木の上から様子を見て、日が暮れたら夜目に慣れてる分で行動を開始しよう。こうなると食料の確保も視野に入れないといけないし。

 この森がちゃんと植生しているなら確実に真水は存在する。根拠があれば探し物も見つけられるのは道理。

 水ならおそらく山の付近にあるだろう。川か湖は年月によって自然と形成されるものだから、まずはそこからだ。

 完全にサバイバルモードな思考に切り替わったオレは、そのサバイバル能力が人並み以上にあることがちょっと残念な気もしてくる。

 無人島でサバイバルとかどこのテレビ番組だよって話だ。出演したら1ヶ月は生き延びちゃうぞ。

 

 結局、日があるうちにオレの近くに人が来ることもなく、銃声などもあれ以降は全くなし。

 ただし暗くなれば新たな発見もあり、街灯などもない無人島は恐ろしいほどに暗く、見惚れるほどに夜空は綺麗。

 まず夜空には北極星が確認できたので、方角と、少なくとも地球上の北半球であることは確定。

 異世界とかだったらどうしようとか思ってたから、それだけでも安心する要素になるのはありがたい。

 さらにここまでの暗さになると無人島の森は夜目だろうと関係なく遠くなんて見えないものが、見える場所がある。光源があるのだ。

 山の麓付近に見えるその光源は焚き火では出ない強さから、電気類かキャンプファイアレベル。拠点のようなものがあるんだろう。

 そこを偵察に行く選択も候補ではあるが、闇夜に紛れる意味を考えれば今夜は水と森の様子を少しでも見ておくのが先決。

 野生動物でも熊とか狼とかいたら動き回るだけでも危険が伴うわけだし、ウサギや鹿なんかがいれば貴重な栄養源になる。

 それら野生動物の痕跡を探しつつ木を降りて散策に出たオレは、暗闇の森で目印もなく歩いていく。

 こういう場所では無闇に動くなって教えられるのが普通だが、島とわかっていれば直進するだけで海には出られるのでそこまで深刻に考える必要はない。

 サバイバルでは海の幸を狙う手もあるが、夜の冷え方がまだ油断できないとなれば服を濡らしたり泳ぐのは余計な体力と体温も奪われる。

 海によっては海岸近くだろうと鮫がいる可能性もあるから、選択肢としては後ろの方。

 これだけ緑が多ければ食べ物もそれなりにあるだろうと思っていたが、野イチゴを発見。

 野イチゴは大体が5、6月には食べられるようになるから、季節もやはりズレはほとんどないっぽいな。

 気休め程度でも腹を満たしつつ水分も補給できたのは幸運で、少し余分に採取してポケットに入れておきつつ散策を続けると、水の流れる音を察知。川だな。

 音がする方向に少し歩いてみるとやはり小さな川が流れていて、深さは膝に届かない程度で、川幅も5mくらい。

 飲み水として使えるかどうかも問題ないようで、その辺の水道水より澄んでるし美味しいくらい。このレベルなら川魚も生息してるはず。

 この川を遡れば確実にあの光源の近くには行けるので、今後はこの川の近くに張って偵察などができれば……

 そうやって今後の見通しを立てながら川を降ろうと川上に背を向けた瞬間、対岸から何かが飛来。

 三日月にわずかに照らされて光って見えたのは、刃物。

 投擲だったそれを屈んで躱して、投擲と同時に前進し川を飛び越えてきた存在に対して迎撃の構えを取る。

 銃を持ってそうなのに使わなかったのには意図があるのかはわからない。

 死の回避があるオレとはいえ、不意打ちも出来たはずでそれを使わなかったなら、昼に撃ったヤツとは別人の可能性がある。

 月明かり程度ではシルエットしかわからないが、ロングコートを着ている存在は驚くほどにしなやかで静かな動作で川を飛び越えてオレを地に伏せようとする近接格闘を繰り出してくる。

 身長はオレより低いが男とも女とも判断がつきにくく、何か情報を得ようとするオレにその余裕すら与えない戦闘力は、プロ。ただの人殺しなんかでは到達できない領域に足を踏み入れてる。

 この近接格闘術がやりにくいというか、オレの、というよりも人が本能的に嫌だと思うところを攻撃して畳みかけてくる感じは、精神的な攻撃も兼ねてる。

 そしてそれもしのいでいけば向こうも通用しないと判断するのが早く、一瞬のうちにその手に刃物を取り出して足の腱を狙ってくる。あっぶな!

 ただこれらの攻撃でわかったのは向こうにオレを殺そうとする意思がないことで、刃物を出しながら腱を狙ってきたのはオレの動きを封じるためだ。

 そんなことをするよりも殺した方が楽なのは状況からしても確実なのに、それをしないのには理由が?

 狙いがハッキリしないがオレもやられるわけにはいかないから反撃に転じて、距離を取るために隙を見て川の水をつぶてにして顔に当ててやり、動きが鈍ったところで強烈な蹴りをお見舞いして川に落としてやろうとする。

 浅いとはいえ水の中ではどうやったって動きは緩慢になるのでこちらが有利なのは間違いなかったが、向こうもガードをしっかりとした上で体勢を崩して川に落ちそうになったものの、細かいステップを踏んで短い助走からジャンプで川を飛び越えて濡れずに着地。何その動き。キモい。良い意味で。

 結果的に狙い通りに距離は取れたから、オレも追撃は避けて向こうが不用意に飛び越えてこないように対岸に立って構え、出方をうかがう。

 

「何が目的だ」

 

 奇襲に対して有効打の1発も入らなかったからか、向こうも攻めあぐねてる雰囲気だったからこっちからストレートに話しかけてみる。

 するとよくわからないが警戒心が異常なレベルになっていたはずの向こうの気配が半分以上も解けて緩み、動揺したのかとさえ思うほどの変化にはこっちが動揺する。何? 怖いんだけど。

 

「……なんだかこの世で一番聞きたくない男の声が聞こえた気がするね。しかもこんな異常な状況で聞こえるとか、幻聴すら疑うよ」

 

「…………その声……」

 

 戸惑いを隠しきれなかったオレがどうするかの判断を迷っていたら、向こうも向こうで初めて声を出してくる。

 その言葉がまたトゲがあるというか喧嘩を売ってるとしか思えない内容でイラッとしたが、オレをイラッとさせることに関してここまで秀でた能力を持つ人物はこの世に1人しかいないのをオレは知ってるし、声も聞き間違えるはずがない。こいつは……

 この時点でお互いに誰が誰かは完全にわかって警戒が解け、警戒の必要がないとわかった向こうは持参していたのだろうペンライトを取り出して点けると、まずはオレを照らしてみせてから、間違いはないかと自分にもペンライトを当ててみせた。

 そのペンライトに照らされて現れたのは、男とも女とも取れる中性的な容姿をした羽鳥・フローレンスその人だった。


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