緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Slash43

「それじゃ京夜。結果報告を楽しみにしてるわ」

 

「おーう。メヌには大袈裟に言わないでおいてくれ」

 

 挫折目的のランク考査試験を無事に終えて、Sランクへの昇格申請の書類にサインした放課後。

 アリアは用事があるからとさっさと校舎を出ていってしまい、それを見送ってオレも今日はもう帰ろうとアリアのあとを追うように校舎を出る。

 あっ、ジーサードのやつに単分子振動刀の修理を頼まないといけないんだった。だが連絡先がわからない。詰んだ。寝よう。

 試験後でなるべく頭を使いたくないからか、単分子振動刀の修理も急ぐ必要があるのに、そのための労力を費やせない。

 後回しにして良いことなんてなかったから、とにかく帰ってからゆっくり考えようと校舎を出たら、進行方向の先に何やら怪しい2人組を発見。

 観光に来た日本人みたいな様子で、見た目の年齢差からして親子というよりは祖母と孫に見えなくもない。

 それだけならオレも特に気にかけることもなく、もしも接近して話しかけられたら優しく対応してあげるか程度のものだったが、生憎とそうはならないと確信していた。

 祖母に見える女性の方は孫を持つにはまだ少し早いくらいには若作りがされているから、見る人によっては母親でも通りそうなほどに綺麗。

 白髪も出始めてるのだろうから染めてるだろうとわかるショートボブの黒髪に右目の下には泣きぼくろがあるその人は、会ったことはないが見たことがあるのだ。

 もう1人の女性の手を引いて孫のようにはしゃいでいる女の子は見覚えがないものの、見た目からは想像できないほどの潜在的な何かを感じる。危ない気配ってやつだな。一般人じゃない。

 

「すみません、少しお時間よろしいですか?」

 

 その孫に偽装してるだろう女を落ち着かせて近寄ってきたオレに日本語で話しかけてきた女性は、同じ日本人だから道を尋ねてきた。というわけでは当然なく……

 

「猿飛京夜さんですね。食事の席を用意してありますから、同行してもらえますか?」

 

「拒否権はないんでしょう? 崇清花参事官」

 

「あえて触れるな猿飛京夜。何のための偽装だと思っている」

 

 調べておくべきだと言われていたから2日前に調べてわかっていたが、目の前にいる女性は百地さんが近くに接触してくるだろうと教えてくれた日本の警視庁公安1課の参事官その人。

 それなりに地位の高い人物がほぼ単独で動くことはそうないから、この接触がお忍びであることはわかりきっていたが、上から何かを言ってくる可能性もあるから強気に出ておく。

 そうすると孫を偽装していた女の方がオレにだけ向ける鋭い眼光で睨み威圧。

 身長は130cm程度しかないし童顔だから小学生くらいにしか見えないが、142cmの同級生とか、同じくらいで成人してる人も知ってるから、見た目だけで何かを判断するのは危険だろうし、百地さんは同伴に旧0課の人間が付くとも言っていた。それがこの人ならこっちが不利。

 試験後の疲労もあるし揉めるのは避けたいので、仕方なく崇さんの案内で東に移動してメアリルボーンにあるイギリス料理店で夕食となった。

 

「では改めて自己紹介を。私は崇清花。警視庁公安1課参事官の地位に立つ者です。そしてこちらが」

 

「旧0課の加納(かのう)ユキだ」

 

「猿飛京夜。コンタクトに関しては百地さんから聞いていましたが、用件は何ですか?」

 

 席に着いて注文してからさっそく話を始めたオレは、表面上でまだ孫を偽装して無邪気にしているのに声は真面目な加納さんのギャップに違和感を覚えながら崇さんの返事を待つ。

 最初の印象が悪かったか加納さんがオレに対して当たりが強いのに気づいて、崇さんは小声で「ユキさん」と咎め、大人げないと思ったか加納さんもそれ以降は冷静さを感じる雰囲気になる。

 

「お話はそこまで複雑なものではありません。かつての同僚である霧原勇志さん。彼とあなたは家族間での交流があるとうかがっています」

 

「それが関係あるんですか?」

 

「霧原勇志は0課所属の時は四式だった伊藤マキリの抑止力として大きく貢献していた。我々は伊藤マキリに関しては0課解体の前からその危険性に気づき、解体後はすぐに抹消するつもりでいた」

 

 勇志さんに関しての情報をシャットアウトしてる節がある警視庁が何を狙っているのか早めに気づくことができれば、色々と情報を聞き出す手も出てくるとはメヌエット談だが、やっぱり試験後でいまいち頭が回らないせいか割と聞きに徹してしまう。

 しかし説明のためか元同僚である加納さんが順を追って話をしてくれる感じでラッキー。そのまま全部話しちゃおうぜ。

 ちなみにいきなり四式とか言われたけど、おそらく0課内での序列か何かだろうな。つまりマキリとやらは0課ではNo.4だったってことか。

 そして危険因子と判断されて解体と共に抹消されるはずだった。まぁNにいるんだから失敗してるんだな。

 

「その逃走に協力したのが霧原勇志だ。彼はマキリの抑止力であったのと同時に、マキリの排外的な国家観と理想主義に賛同もしていた。そのせいでマキリに心酔……まではいかないが、マキリの抹消は国の大きな損失とでも考えたのだろうな。差し向けられた0課メンバーはことごとく行動不能にされ、霧原勇志も姿を眩ませた」

 

「その勇志さんが姿を現して、接触者であるオレから情報をってことですか」

 

「いえ、彼がマキリと行動を共にしていることは以前からこちらでも掴んでいたのです。ただ逃亡後、どこかからバックアップを受けて法で裁けない悪人を裁いていたマキリに対して、彼に関してはその動きが全く見えなかった。だから我々はもしかしたらマキリとは別行動を取っているのでは勘繰り始めていました」

 

「…………勇志さんの今の所在の確認が取れて、やっぱりマキリとは同じ組織にいることが確定した。それはいいとして、やっぱり行き着くのはオレに接触した理由ですけど」

 

 マキリの逃亡の手助けを勇志さんがしたと聞くと、勇志さんがマキリを尊敬しているのは確実で、国家のためなら殺しを躊躇わないマキリのやり方自体は否定的だったものの、思想に関しては共感していたこともわかる。

 勇志さんの場合は国という縛りなく、世界という単位での理想主義者だから規模は桁違いだが、警視庁よりマキリを選んだ。それだけマキリという人物には可能性があるんだろう。

 話だけなら勇志さんは0課解体後は本当に消息不明で困っていたのは事実だったらしいが、それも先日のアストゥリアス州での一件が決め手になったみたいだ。

 ICPOでN担当の百地さんからの情報と、MI6の介入は勇志さんがNの一員であることを強く印象づけただろうが、だからこそ何故オレにという疑問が消えない。

 

「あなたはスペインでだけでなく、すでに上海でも彼とはコンタクトしていますね? いえ、こちらは確証はありませんが、少なくともNと思しき人物と戦闘になっていたはず。上海では極々一部の地域のみに不自然な濃霧が発生していたことがネットニュースにも取り上げられていましたしね。そしてあなたの渡航歴を調べたところ、その時期に上海へ滞在していたこともわかっています」

 

「警視庁が監視とか趣味が悪いんですね」

 

「どうとでも言えばいいさ。だがこの事実から我々は猿飛京夜。君が『独自の捜査網で、今後Nと接触する可能性が極めて高い』と判断し、その過程で霧原勇志とも相対する確率が低くないと見たんだ」

 

「ですからその際に彼を。霧原勇志を捕縛し、回収していただきたいのです」

 

 警視庁も警視庁で勇志さんのことは追ってるのはわかったし、捕捉できていないことも事実としてあるんだろう。

 だからこそその勇志さん。いや、勇志さんとマキリが所属しているNとのコンタクトを自力で成功させているオレに白羽の矢が立ったということ、らしい。

 が、今の崇さんの言い方は個人的に気に障るね。回収、ねぇ……

 

「まるで勇志さんは警視庁の所有物みたいな言い回しですね」

 

「あなたが不快に思ったのでしたら語弊があったかもしれませんが、警視庁としても彼の能力は手放すには惜しいという考えなのです。もちろん罪には問われることになるでしょうが、マキリのような対応をするつもりは毛頭ないことをご理解ください」

 

「……これは依頼という形になるんですよね?」

 

「君が報酬を受け取らないと言うならそれでも構わないが、武偵である以上はそういった質問は無粋に思えるよ。Sランクともなれば尚更ね」

 

 組織では割とありがちな人を人として扱わない部分がチラッと見えて、そういうところが勇志さんをNに下らせたんじゃないのかと思わなくもない。

 確かに勇志さんの能力は警察組織としては手放したくないのもわかるし、敵に回せば脅威でもある以上はNに身を置かせてるわけにはいかない。

 そこにはオレも共感はするから依頼という形で受けることはできる。

 黄金消失事件とクエレブレのシャナの件と依頼を複数受けるのは仕事上よろしくはないが、全てがNと関わりのある話ならやること自体が散らばることもないはずだ。

 しかし依頼を受ける前に加納さんが何やら引っ掛かることを口にしたから、冴えない頭でもフル回転して何故そんな言葉が出てきたのかについて推測が立つ。

 Sランクともなれば尚更だって? まるでオレがSランクになったことを知ってるようじゃないか。

 

「……てっきり東京武偵高かロンドン武偵高の思惑だと思ってたが、そっちが絡んでたか。ならこのタイミングも納得だ」

 

「どうやら少しだけ勘違いがあるようなので補足しますと、別に我々が京夜さんのSランク昇格を進言したわけではなく、事前に調査した際に東京武偵高の方からそうした試験を近々受けさせると聞いたのです。タイミングに関しては今日この日に決めていたのは事実ですがね」

 

 ん、ちょっと推測は外したか。

 だがオレが今日、Sランク昇格のための試験を受けることは知っていた崇さんがなぜ試験終わりにすぐに接触してきたかは今のオレの状況からわかる。

 推測を外したように、ちょっと今のオレは思考に熟慮が足りなくなってる。

 下手に全快なオレを相手にすれば警視庁が知られたくない何かに気づく恐れも上がるから、身の上話で引き受ければ万々歳といったところだろう。

 裏を返せばそうしなきゃオレに勘づかれると踏んだ警視庁は何かを隠してるのがほぼ確定したことになるが、それを引き出すための情報が不足している。

 

「今日のこの対面は崇さん。あなたでなければならなかったのですか?」

 

「参事官。乗る必要はないかと」

 

「いいのよユキさん。下手に隠そうとすれば依頼主としての信頼は失われますからね。今回の対面は必ずしも私である必要はありません。ですが私が会ってみたかったのです。他でもないあなたにね」

 

「……私情ですか」

 

「ええそう。真田のお嬢さんには先月にたまたまお会いしたけど、実は私。あなた達と少なからずの縁があってね。と言ってもずいぶん昔の話にはなってしまいますが」

 

 そこでわざわざロンドンまで出向いてきた参事官殿が接触してきたことの意味についてを尋ねると、そこは特に意味はないと言う。これに嘘はなさそうだ。

 ただしオレと幸姉……いや、言い方からして猿飛と真田に縁があるっぽい崇さんは、しかしどこか他人事のように語りそれ以上のことは話そうとはしなかった。

 昔がいつ頃のことを指すのかで推測もできるかもしれないが、アバウトすぎて特定は無理と悟り表情からも特に何も読み取れそうにない崇さんは手強い。

 事前に調べていた崇さんの経歴も、女性ではかなり珍しい参事官のポストにいながら、特筆すべき事件に携わった記録もなく『不自然なほどクリーン』な当たり障りない経歴が羅列していた。

 塵も積もればなんとやら。そう言えば聞こえは良くなるが、彼女が今の地位にいるのには何かしらのカラクリがある気はする。

 それが対面すればわかるかもと思っていたが、わかりそうにないな。

 崇さんからは無理そうだったから少しでも何かと加納さんの方も見ると、崇さんがわざわざ出向いた理由については知らなかったのか、わずかに目を見開いた加納さんの反応は「そうなのか」と驚く感じ。

 それを見ると崇さんと加納さんとの間に確固たる信頼があるわけでもなさそうなのは明らかで、あくまでも上司と部下のような事務的な関係性と踏む。

 ならもう加納さんからは崇さんの深いところを引き出す情報は出てこないか。

 

「それで、この依頼を受けてはくださいますか?」

 

「……オレは勇志さんがNに下った原因の1つが警視庁にあると踏んでます。勇志さんは日本さえ守れればそれでいいというあなた方の考えに反発していた。もちろん勇志さんがNのメンバーである以上、オレとしても逮捕しない理由はないですから、依頼は受けられます。ですが……」

 

「我々は日本の組織なんだ。その思想がいけないと言うなら我々は何も出来なくなる。霧原勇志はその点において高い思想を持つことはわかったが、マキリに近い理想主義。それを崇拝し我々が夢を見て変わるようなことはない」

 

「ユキさんの言うことも京夜さんが言うことも理解できます。難しいものですね。私達は『守る』という点においては共通の目的がありながら、その規模によって道が分かれてしまった。彼に関しては今後、その身の振り方をよく考えるように上にも掛け合うことを約束しましょう。これは依頼主として信頼を得るための努力と受け取ってください」

 

「……わかりました」

 

 これ以上の思考は睡魔が襲ってきそうになってしまったので、警視庁の思惑に嵌まるのは癪ながらマジで頭は働かない。

 せめて崇さんが捕らえた勇志さんを利用しているのかどうかだけでも探ろうと、依頼を受ける前の最後の確認として元の鞘に納まるつもりはないだろう勇志さんの処遇についてを少しでも具体的にさせる。

 その狙い通りに次の政権交代でまた0課が復活する可能性も十分にある以上、そこで飼い慣らすつもりなら警視庁には引き渡さないくらいのことを言うと、加納さんはともかくとしても崇さんは依頼主としてオレの意図を汲んでくれた。

 その後、依頼の話は終わったことで普通に食事をしてから2人とは別れて、家に帰ってから速攻で寝そうになる。

 

「…………あー、ジーサード……」

 

 ベッドに沈んで完全に気が抜けかける寸前で単分子振動刀のことを思い出し、いよいよ疲労も限界なんだなと自覚しつつキンジにメールだけ送っておく。

 兄弟なら連絡くらい出来るだろうし、最悪かなめにでも聞いてくれれば確実にわかるはず。

 ただ今のキンジに他人に構うだけの余裕があるのかは全くの不明なので、かつては繋がりがあった羽鳥の方にもメールを送っておき、その日はもうダウン。思った以上に神経をすり減らしてたな……

 

 翌日。

 起きてみると羽鳥からは「情報料は1000ポンドで構わないかな?」と足元を見てくるぼったくりの返信が来ていたから無視。朝からイライラゲージ溜めさせやがって。

 頼みの綱のキンジからも返信が来ていたが「会うことがあったら言っておく」と超受け身。何なの?

 結局は単分子振動刀の修理は進展なしでガックリしながらシャワーを浴びて朝食後に登校。

 試験の翌日くらい休みでもいいだろうになぁと思いながら校舎に辿り着くと、教室では昨日の試験の結果が芳しくなかったのか、ヴィッキーが朝から机でぐったりしていたが、明らかに絡んでほしいオーラ全開だったからスルー。他の誰かに任せることにした。ヴィッキーになら絡みたいヤツの方が多いし。

 ランク考査も終わったし校内のピリピリした雰囲気も霧散してとりあえず残りの1ヶ月は平和だろうなと思っていたら、やはり耳の早いヤツらは多くて、オレが3年の試験を受けたことを聞いたらしい面々が、唯一試験を突破したオレに色々と聞いてくる。放っておいてくれぇ……

 話題の中心にいることがすこぶる苦手なオレはとにかく仏頂面でなあなあに済ませようとしていたのだが、試験官にアリアがいたことに触れられたところで携帯に電話が。

 正直いまは誰が相手でもいいやとそそくさとみんなを退けて教室を出たオレは、改めて電話の相手を見ると、ここ最近は連絡が来ても依頼中だったりでガン無視していたロンドン警視庁からで、こっちもこっちでそろそろ何かやらないと苦情が来そうだなと、うるさい連中から逃げる口実をくれたお礼として通話に応じた。

 最後にロンドン警視庁の依頼を受けたのが5月の頭らへんだったこともあってか、1ヶ月ぶりに通話に応じたオレに向こうは安堵が先に来ていた。

 そんなにオレに頼らないといけない案件とかありますかね? と向こうの他力本願具合が気にはなったが、どうせ捜査協力の依頼だろうとさっさと本題に入るように言う。

 緊急性がないのか向こうは直ちに現場に向かってほしいような雰囲気はなくて、出来るならロンドン警視庁に出向いてくれた方が説明がしやすいということなので、1度通話は切って学校側にも例のごとく捜査協力と告げて早々と早退。

 というかまだ出席も取ってないから早退というのも違う気がするが、細かいことは気にせずにロンドン警視庁に出向くと、待ってましたとロビーでレストレード警部が出迎えてくる。

 メヌエット曰く、レストレードの人間は代々、警察関係者として仕事に就く秀才ではあるのだが、昔から肝心なところで他人の力に頼る節があるらしい。

 昔で言えばシャーロックやメヌエットの祖母。他にも色々といったところだ。

 それはさておき。そんなレストレード警部の先導で会議室の1つに通されたオレは、そこに集まっていた捜査員の数に驚く。

 多い。パッと見でも50人以上はいるな。これは刑事事件しかないな。

 ただ電話の時の緊急性のなさと、この捜査本部には明らかに不審な点があってどういうことなのか見える情報から推測を立てる。

 ホワイトボードには犯人と思しき人物の写真が数枚。相関図も色々と書かれているが、なんか変だ。繋がりが極端に少ない。というか被害者の写真がない?

 状況からもよくわからないため、仕方なく口頭での説明で理解しようと席に着くと、オレを待っていた捜査本部は今回の事件の要点をまとめて話し出し、その話にオレは首を大きく傾げることとなってしまった。

 ──何だこれ……意味がわからん。


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