緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Slash32

 

「大人しく女を差し出してはくれないか」

 

 気づいた時にはすでに包囲されて静かに襲撃してきたNによって、オレ達は場当たり的な迎撃にしか回れずに窮地に立たされる。

 大将格と思われるシャナはメイファンさんが1人で抑えてくれていたが、逃走経路の階下への階段を押さえていた勇志さんによってココ姉妹が安否不明の事態に陥らされ、残ったオレと猴だけでNの手から劉蘭を守らねばならない。

 劉蘭を守るために猴と一緒に移動を指示したオレは、階段の上の角から走り去る2人の足音を聞きながら、足下の床に刺さっていた単分子振動刀を抜いて鞘へと納め、追いかける素振りも見せない勇志さんと距離を取り階段を登りきる。

 

「勇志さん。あなたはこれからあの子が何をしようとして、何を成そうとしてるのか。それがわかっててその命を狙うのか」

 

「そうだ」

 

「それであなたは……蘭がどんな思いで明日の会議に臨もうとしてるのか理解できないんですか。そんなことと切り捨てられるんですか。だとすればあなたの目指した正義はどこに行ったんだ、勇志さん!」

 

「正義か……なんとも漠然とした言葉だな」

 

 劉蘭を追うためにはこの階段を通るしかないため、その前にいるオレが邪魔だろう勇志さんが少しでもその足を止めるように会話へと持ち込む。

 だがそれで削れるオレの心も確かにあり、劉蘭の計画を知っていながら殺そうとする勇志さんの行動に理解が及ばない。

 正義の味方になるために精進していた勇志さんが今していることは、間違いなくその逆を行く蛮行。正義とはほど遠いところにあると思えて仕方ない。

 そうしたオレの魂の叫びが届いたとは思わないが、正義という言葉に反応した勇志さんは小さく笑ってみせ、何がおかしいのかと睨む。

 

「では京夜。その正義とやらのために俺やマキリさんが0課でしてきたことは、万人に対しての正義となり得たのか?」

 

「……少なくとも、大多数のための正義にはなっていた。だからこそ0課に任務として降りてきたんでしょう」

 

「大多数。京夜が指すそれはどのくらいの規模を言っているのか知らんが、俺達0課がしてきたことは『日本』という1つの国のために振りかざす正義なんだよ。その他はどうでもいい。そこに純粋なる正義が存在したのか? 答えは否だ」

 

「じゃあ今の勇志さんは正義を謳えるって言うんですか。オレはそうは思わない。勇志さんには蘭が世を脅かす悪人に見えるんですか」

 

「お前はおそらくあの女の光の部分を強調されて聞かされているんだろうな。いいか京夜。どんな変革にも光と闇が存在する。その闇の部分にまで目を通し手を加えることをしなければ、いずれそれは悪行へと変わる。その事にあの女は気づいていない」

 

 怒りさえ含む勇志さんの言葉には、正義という曖昧な形に対する考え方がよく見えた。

 だがそれは仕方のないことだろう。公安0課とは日本のために汚れ仕事を引き受けるダークヒーローといった面がある。

 日本のためにと作られた組織が日本のために働かされるのはなんら不思議なことではない。

 しかし勇志さんが掲げる正義は、そんな小さな正義を振りかざすものではなかった。そう言いたいんだ。

 そこはなんとなくわかったし理解もできなくはないが、それと今回の劉蘭の暗殺は別だろうと断言するオレに何やら意味深なことを返してくる。

 その闇の部分とやらは今の状況を悪化させるほどの何かを孕んでいて、それは確実に起きうることなのだとほぼ断言してくる勇志さんの目は嘘を言っていない。

 

「……なら、蘭の計画は誰も救うことができないって、そう言いたいんですか」

 

「そうは言わん。救える者もいるだろうが、それ以上に不幸を撒き散らすと、そう言っている」

 

「…………そんなこと」

 

 あってたまるか!

 それを100%の気持ちで反論できなかったオレが明らかに動揺したのを見逃さなかった勇志さんは、思考の隙を突くように滑らかな抜銃から発砲。

 機動力を削ぐために足を狙ってきたそれをギリギリで避けることは出来ても、同時に階段を登ってた勇志さんへの対応が致命的に遅れる。

 すでに放つには遅いタイミングで放ったオレの蹴りを低姿勢で避けて潜り抜けた勇志さんは、階段を登りきって軸足だけで体を支えていたオレを裏拳で殴りつつ劉蘭達の逃げた方へと走り出す。

 当然、殴られた程度で怯めるわけもないオレもすぐに追いかけるべく踏み出そうとした。

 が、その直前に足下で赤く点滅する何かがあることに気づき下を見ると、超小型の爆弾らしきものが床に設置されていて、それを見るや否やバック転を切って距離を取り爆発から身を守りなんとか事なきを得る。

 

「ッ……くそっ!」

 

 爆発の規模は大したことなかったのが幸いしたのはいいが、そのタイムロスで勇志さんとは大きく差が開いてしまい、この差で運動音痴な劉蘭となら簡単に距離を詰められる。

 猴が数秒ほど持ち堪えてくれれば挟撃も出来るかもしれない。そこで無力化できれば……

 3階にはまだシャナもいるので危険が多いとあっては、猴も逃げる先は1つしかないだろうと思っていたが案の定、猴と劉蘭が逃げたのは3階より上の階。つまりは屋上だ。

 外の霧は猴が言うには人為的に作り出されたものということで、それに触れてしまう屋上もまた危険さでは同じくらい。

 それでも屋上と3階で違うことは1つ。視界が開けているかいないか。これが大きい。

 最後の手として猴には瞬間移動の超々能力があるから、それで劉蘭と一緒に離脱してくれれば、シャナと勇志さんからは大きく距離が取れる。

 問題があるとするなら、その瞬間移動の発動までに時間がかかることと、飛んだ先に危険がないとは言い切れないことがあり、出来れば使わずに済む方が守る側としては最良。

 色々な想定をしてイレギュラーを少なくしながら、屋上への階段に差し掛かった勇志さんを追ってオレも階段を登ろうとする。

 だが勇志さんは爆弾を使っての奇襲が上手いので、ここでも追走を邪魔する爆弾があると踏んで階段の1段目を音を立てて踏んで後退。

 手動だろうものなら勇志さんは音で判別するしかないと予測してやってみたら、ドンピシャ。

 角にサッと隠れた直後に爆弾が爆発して、その威力で階段が抉れたりしてしまうが、追走を再開して屋上を目指す。

 階段の爆弾でまた少しロスしたが、 辿り着いた屋上では劉蘭を背にして薙刀を構える猴と、それに構わず歩いて距離を詰める勇志さんが駆け引きをしていた。

 そして想像を越えて霧が濃いぞ。この屋上すらその全容が見えなくなってしまってて、50m離れた建物すらシルエットとしてわずかに見えるレベル。

 とてもじゃないが有視界内での瞬間移動は使えないとわかり、猴がいることも考慮してたってことか。

 

「勇志さん!」

 

 それならここで勇志さんを無力化するしかないと注意を分散させるために存在をアピールし、歩みを止めた勇志さんは半身でオレと猴、劉蘭の3人を見て沈黙。

 屋上の縁付近にまで追い詰められてる2人をどうにかこちら側に引き込んで、今度は下の階に逃がしたいところだが、そうしたいのは勇志さんにも読まれているはずで容易ではない。

 

「斉天大聖。その女をそこから落とせ。それで全て終わる」

 

「出来ない話です。劉蘭は殺されるような悪いことしてないです」

 

「お前も盲目的な信仰にあるか。カリスマとは時に洗脳に近い効果を生むものだが」

 

「違うです! 劉蘭は本当に優しい人です! そんな風に言われる筋合いはないです!」

 

 ……マズい。

 状況としては若干ではあるが勇志さんが挟撃されてるとあって不利。

 でもこっちはまず劉蘭を安全圏に置きたい心理があるから、位置的には五分で手の打ち方1つで傾く危うさ。

 そのバランスを崩そうと勇志さんが猴を焚き付けて前に出そうとして、思惑通りに猴が動いてしまう。

 猴も横を抜かれないようにと考えて前に出はしたのだろうが、勇志さんはわざわざ前に出そうと誘導したからには、潜り抜ける手が打てる。

 だからオレは猴が前に出た瞬間に勇志さんにミズチのアンカーを射出してコートにくっつけて動きを阻害しにいく。

 ミズチは初見のはずの勇志さんは警戒して弾きにくると読んで、直前にワイヤーを巻いて腕を引きアンカーを強引に戻して時間を稼ぎ前へ出る。

 一瞬の隙でしかないとはいえ、その一瞬が勇志さんの思惑をわずかでも狂わせられれば良いし、猴の接近の1歩は稼げたはず。

 その1歩分のリーチで薙刀を振るった一撃が勇志さんを襲い、元々の身体能力の高い猴から放たれたそれは受ければそれなりに重い。

 しかしこれを勇志さんはその場でのムーンサルトで華麗に躱して空振りさせ、反転したところでオレに発砲し牽制。

 さらに反転して着地を決めると、フォロースルーに入っていた猴の懐に入り込んで顎と腹を撃ち抜く掌打で意識を刈り取りにいった。

 猴も野生的な本能で後ろに跳んで直撃を避けるも、薙刀を落とす失態で武器を失い、後ろに下がってバランスの悪い猴をさらに追撃。

 さすがにこれで猴がダウンさせられては勢いで劉蘭が屋上から落とされかねないとあって、オレも本気の本気で床を蹴り猴に意識の半分以上を持っていきオレを見ていない勇志さんをムーンサルトで頭上を飛び越えて、身構えていた猴の前に着地。

 必然的に勇志さんと対峙する形となって猴に向けられた拳をオレが防御して腹を蹴って後退させる。

 しかし階段側に連れてくるはずの予定が狂って、揃って縁の方に来てしまうと退路がなくなっていよいよ不利だぞ。

 

「猴、ここから跳べるところはあるか」

 

「霧が濃くて先が見えないですが……探すです」

 

 となれば未知数なところもある瞬間移動で逃走するしかなく、振り向かずに猴に跳べる場所を探すように指示し、それを受けた猴は瞬間移動に要する準備をしながら屋上からの景色に目を凝らす。

 そしてオレは後退してすぐに距離を詰めに来た勇志さんにナノニードルを刺されないよう注意しながら迎撃の近接格闘戦。

 諜報科であるオレは打撃力といった攻撃力に寄る近接格闘術は筋力などから不向きだったため、関節などを極めにいく柔術寄りの近接格闘術で、対する勇志さんはどちらに寄るといったことが一切ない総合格闘術で隙がない。

 こっちが関節を取りに行けば、そこをフェイントにしてこちらの関節を取りに来たり、力押ししてほしくないところで躊躇なく押してきたりと、元0課の戦闘能力の一端ですら大きな差があるとわかってしまう。

 攻めになど転じている隙がないため防戦一方になるも、それでギリギリのところで踏ん張れている間に猴が瞬間移動の準備を完了させ、跳ぶ先を発見するだけになる。は、早く跳んでくれ!

 

「この濃霧だ。有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)は使えんぞ」

 

「そんなの……やってみなきゃわからない!」

 

 やはり猴の瞬間移動も想定済みだった勇志さんには余裕すら見えて嫌になる。

 だがそれではいそうですかと諦められるわけもないオレが会話に興じた少しの隙で単分子振動刀を抜いて振るうと、その威力を見ていた勇志さんもさすがに距離を取って躱す。

 そこでわずかながらの空白の時間が生じて、次に勇志さんが仕掛けてくる前に仕込みをしようと懐に手を伸ばしたオレの背中を猴が引っ張ってその位置を入れ替わってくる。

 何事かと前に出た猴を見れば、前ではなくこちらに体を向けて勇志さんに対して完全に無防備な姿を晒していた。

 

「跳べるところを見つけたですが、猴では劉蘭を『安全に降ろせない』です。ですから京夜が行ってください」

 

「おい、猴!」

 

 その理由はこれから跳ぶ先が猴の向いている方向だからで、話だけでかなり危険な跳躍になることはわかった。

 だがオレはこの場に猴だけを残して行くことはできないと口にしようとした寸前。

 猴の瞬間移動の光に包まれたタイミングで迫る勇志さんの後方から姿を現したメイファンさんが映り込んできて、メイファンさんが来てくれたならと覚悟を決めて劉蘭を抱き寄せて瞬間移動を完了させた。

 

 パッ、と視界がフラッシュアウトしたかと思えば、次に訪れた謎の浮遊感と不安定どころか足がつかない状況に少し慌てて、自分達が『空中』に投げ出されたことを理解する。

 しかもその高さは地上から50mほどもある位置で、そのままなら落下死は免れられない。

 確かにこんな位置に跳んだら劉蘭を抱えてリカバリーは猴では無理だったかもしれないが、オレでも厳しいのは変わらないっての!

 濃霧のせいで周囲もよく見えないから怖さも割増しではあるが、オレにしがみつく劉蘭の方が遥かに怖い思いをしてることを考えれば冷静になれる。

 それで目を凝らして地面に激突する前にどうにか出来ないかと思考すると、落下地点から少しズレたところに川が見え、街灯の細長いポールを発見。

 生き残るにはこれしかないかとその街灯の上の方にミズチのアンカーをくっつけてワイヤーの長さを調整。

 腕への負荷も最小限にした上でアンカーの位置を支点に大きく川の方へとスイングさせて地面への激突を回避。

 ただし戻ってくる時にアンカーが外れてしまって、5mくらいの高さから川へと落ちてしまい、泳げなさそうな劉蘭を抱えながらどうにか岸へと上がって難を逃れた。危ねぇ……

 

「劉蘭、大丈夫か?」

 

「けほっ、けほっ。大丈夫です。ですが猴やココ達が……」

 

「あっちにはメイファンさんが残ってる。みんな無事だって信じよう。今はどこかに移動しないと。ここは……」

 

「蘭盛街から東に500mのところを流れる黄浦江です。ここからなら少し北上した場所に知人のバーがありますから、そこで身を潜めるのが安全かと」

 

 ずぶ濡れにはなったものの、濃霧と霧雨で似たようなものだったから気にせずにまずは移動しようと土地勘のある劉蘭の意見でそのバーを目指すことにする。

 いくらシャナと勇志さんでも一瞬で500mの距離を詰められるはずもないから、身を潜める時間は十分にある。

 そう思って劉蘭の手を引いて移動を始めた瞬間。オレの死の回避と死の予感が同時に発動し、意思に反してオレは劉蘭を突き飛ばして離れさせ、オレ自身も背中を川の方へと向けて身を丸める防御姿勢となり、直後にその背中へと超高圧の水球がぶつけられて冗談かと言うほど真横に吹き飛んだ。

 まさかシャナがもう追い付いてきたのか……

 背中で受けたことでダメージこそあっても他で食らうよりも遥かに少ないダメージで済み、思考力も失われていなかった中で水の超能力による攻撃でシャナかと思う。

 だが違った。

 オレと劉蘭を攻撃してきた相手は黄浦江の岸側に発生した渦潮の中心に浮いている翡翠色の長髪の女。

 シャナと同じような白い布地を衣服に仕立てたものを着て、しかし下半身は人のものではなく、魚類を思わせる形状と鱗を備えている。

 人魚……いや、セイレーネスか!

 まさかNの側にセイレーネスがいるとは思わなかったオレが、以前に会った3姉妹がハッキリと勧誘を断っていたことを思い出して、そこで矛盾が発生した隙に右手を前にかざしてオレに向けたセイレーネスがグッと握る仕草をすると、オレの周囲の霧が凝縮して水となり、直径3mほどの水球がオレを丸飲みしてきた。

 すぐに抜け出そうともがくも、水球はオレをその中に押し留めるように流れを生み出してその中心から全く動けない。

 水中だからこのままでは窒息して溺死するのも時間の問題とあってオレも焦るが、それ以上にこの場には劉蘭を守る人間はオレ1人しかいないのだ。そのオレがこれでは……

 最悪の展開が頭をよぎった時には、もうセイレーネスは動けずにいた劉蘭を水のつぶてである程度のダメージを与えて逃走を防ぎ、自らも渦潮から伸びた水の腕のようなものに乗って劉蘭のそばに近寄る。

 劉蘭が殺される。それが死の予感の発動で確定したのを全身で感じ取ったオレは、アンカーを地面にくっつけて脱出を試みるが、アンカーすら水の流れに邪魔されて無力化されてしまう。

 その間にセイレーネスは劉蘭の首を片手で掴んで持ち上げ、目線の高さが合うと苦しそうにする劉蘭に顔を近づけて口を開ける仕草をする。

 すると脱出しようと手足をバタつかせていた劉蘭がみるみるうちにその力を失っていく。

 ──おい、猿飛京夜。お前は何のためにここに来たんだ。守ると誓った女が目の前で殺されるのを見に来たのか? 違うだろうが!!

 セイレーネスが何をしてるかはわからない。それでもどんどん生気が失われている劉蘭を前にして何も出来ない自分への怒りが爆発した。

 そしてそんなある種の暴走がオレの全身から気を放出して水球の作り出す水の流れをかき乱し、その状態で泳ぐことで水球を脱出。

 気の大放出の影響か恐ろしいまでの虚脱感に襲われながらも、ついに手足が動かなくなった劉蘭からセイレーネスを引き剥がすために急接近して単分子振動刀を振るう。

 さすがにセイレーネスも劉蘭から手を放してオレから離れるように水の腕を戻して川の方へと戻っていき、地面に倒れた劉蘭を抱くオレとぐったりとした劉蘭の様子を見てから足下の渦へと沈んで撤退していった。

 その後この辺りに発生していた霧が徐々に晴れて、元々降っていたのだろう雨が打ち付け始める。

 どうやらオレは勘違いをしていたらしい。

 シャナも確かに水の超能力を使っていたが、もう1人、あの霧を発生させるだけの超能力を使えるNの構成員がいたんだ。

 そしてそのセイレーネスは始めからこの黄浦江に網を張っていた。猴が瞬間移動を使うようにシャナと勇志さんで追い込み『唯一開けていた活路』としてこの場所に跳ぶように仕向けた。

 そこにまんまと飛び込んできたオレと劉蘭は狙い撃ちされた。されてしまった。

 それに気づいたところで時すでに遅し。いま劉蘭はオレの腕の中で今にもかき消えてしまいそうなほど弱い鼓動で苦しむことすら出来ない衰弱を見せている。

 

「蘭! おい! 聞こえてるか!」

 

「…………」

 

「ら……くそっ! どうすれば……」

 

 どんどん血の気が引いている劉蘭をこのまま処置もせずにいれば確実に死ぬが、どうしてここまでの衰弱をしているのかもわからないオレでは処置のしようがない。

 さらにオレも気の放出のせいで劉蘭を背負っての移動は困難。八方塞がりってやつなのかよ……

 

「これはセイレーネスの『エナジードレイン』だ。受けたやつはその生命力を術者の匙加減で容赦なく奪われる」

 

 まだ辛うじて息がある劉蘭の弱々しい姿に涙まで出てきたオレが絶望に落ちようとしていたところで、不意に隣に姿を現したバンシーが劉蘭の顔に触れて今の症状を説明。

 エナジードレインとやらで生命力を奪われたらしいことはわかったが、じゃあ回復させる方法は……

 というオレの言葉を先読みしたバンシーは、落ち着かせるようにハッキリとした口調で話してくる。

 

「時間も選択の余地もないが、助ける方法はある。お前がそれを受け入れられるかどうかだ」

 

「やる! 何でもやるさ! 蘭を助けられるなら何だって!」

 

「俺にもあるんだよ。エナジードレインとは違うが、生命力を移動させる術。『エナジーコンバート』がな。本来は寿命を残して死んだやつから俺が残りの生命力。寿命を譲り受けるためのもんだ。だがこれに加減は一切ねぇ。やれば生命力を抜かれたやつは死ぬ」

 

「つまりオレが犠牲になれってことか」

 

「そういうことだ。が、そうならないための手段もある。生命力をお前が放出して、そこから俺がこの女に移す」

 

「……放出?」

 

「あー、要はあれだ。生殖行為。それで出す精子から生命力を奪って流し込む。ただし精子ってのはほとんど一瞬で生命力を失うから、コンバートにはこの女の中に出す必要がある。あとはわかんだろ。どうする?」

 

 ……つまりバンシーの言う蘇生術はオレが劉蘭を犯せばいいと、そういうことを言っていた。

 状況は1分1秒を争い、迷っている時間など1秒とないとわかってはいても、意識のほとんどない瀕死の劉蘭を汚す行為には明らかな抵抗がある。

 だがそれでもバンシーはそれしかないと目で訴えてきて、腕の中の劉蘭は冷たくなっていく。

 

「…………わかった。やるよ」

 

 苦渋の決断。

 どんな言い訳を並べたところで、今後オレはオレ自身の弱さが招いたこの現実を一生忘れない。

 オレが弱かったせいで劉蘭が死にかけ、それを救う手立てとしてオレは劉蘭をこれから犯す。

 移動はほとんど出来ないため、近くにあった1隻の船に無断で乗り込んで雨風を凌ぎ、そこでバンシーがエナジーコンバートの準備をしている中でオレは……

 ──劉蘭を犯した。


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