緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Slash24

 

 ロンドンに戻ってきて一夜が過ぎ、隣で寝ていたジャンヌが寝ぼけてオレに寄りかかってきたところで起きたら、ジャンヌも寝ぼけながら自分が何をしてるかを把握して反射的にオレをベッドから蹴落とすという理不尽で最悪の目覚めを迎える。

 私に蹴られたのだ光栄に思え。とか言って開き直ったジャンヌにはジト目攻撃で数分間攻めて謝らせてから、朝食を終えて2人ともがマンションから外出。

 ジャンヌには理子達と合流してもらって守りを固めてもらい、理子も白雪と合流するということだったから、Nと言えど簡単には襲撃はできないはず。

 その間にオレは土御門陽陰からもたらされた情報を頼りに動き、そこでNとバンシーの件での問題を解決し、分岐点とやらもNの都合の悪い方向に向けてやりたいところ。

 その前にジャンヌには羽鳥宅に避難しているバンシーに空港へと来るように伝言してもらい、本人には悪いと思うがバンシーに同行を頼むことになる。

 ジャンヌと別れてからまっすぐにヒースロー空港へとやって来て、人でごった返す中で自分が乗る便を待っていると、マンションではシルキーの領域設定のせいで透過などが出来ずにいたバンシーも制限解除され、不可視状態でオレの背中にもたれ掛かって存在アピール。

 会話は警戒して出来ないからジャンヌには伝言ついでに事の成り行きを書いたメモを渡してもらっている。

 その上で来たならバンシーも協力してくれるということだ。悪いね、オレが至らないばかりに。

 そうしたあれこれの話は現地に着いて落ち着いてからするしかないので、今は黙ってオレについてくるようにと態度で示して搭乗便に乗り込み、どこにいるかもわからないバンシーもいることを願ってまたロンドンを発つ。

 ──行き先は……中国、上海だ。

 

 アジア圏に来たのは2ヶ月ぶりだが、降り立った上海浦東(シャンハイ・プードン)国際空港ではまだ外国人の感覚が色濃い。

 何かの調べでわかっていることだが、アジア圏の人間はその顔つきだけで同じアジア圏ならどこの国の人かおおよそでわかる。

 しかしオレ達はヨーロッパの人間をパッと見ただけではどこの国の人か区別すらつかないが、ヨーロッパ圏の人はこちらと同じようにおおよそでわかるのだ。

 これはどこの大別でも起きることで、この上海に来た欧州の人なんかはオレや中国人を見比べても違いはあまりわからないだろう。

 そんな認識の違いをぼんやりと思い出しつつ、あれは日本人かなとか、そんな他愛ないことを考えて空港を出ると、出てすぐに歩きながらのオレに近づいてきた影が。

 それは人ではなく鳥。スズメみたいな見た目の小鳥だが、もちろん野生ではない。

 

『ずいぶんとのんびりした到着だったな』

 

「これでも出せる最速で来たぞ。お前は視点を変えるだけだから感覚が狂ってるんじゃないか?」

 

『最速と言うならローマから直接来ればいいだろう。ロンドンを経由するなど寄り道以外の何物でもない』

 

 到着早々にグチグチとうるせぇなこの男は。

 オレの肩に乗った鳥はここ中国で活動させている陽陰の式神で、それを通して陽陰が話しかけてくるが、開幕から険悪だ。

 ただこの先のことは陽陰なしでは少し手間がかかるので面には出さずにどこへ向かえばいいかを問いかける。

 

『上海市の中心、黄浦区(おうほく)にある「蘭盛街(らんせいがい)」という場所に行け』

 

「うわぁ、如何にもな名前だこと。やっぱ凄いのな」

 

『街として形になったのは1年ほど前だが、まだ成長する余地があるな。なかなかの手腕と認めるしかあるまい』

 

 この空港は陽陰の言った上海の中心からは少し離れているのでタクシーでの移動を余儀なくされ、目的地を運転手に伝えるとちゃんと伝わるんだから、それなりに根付いていることを意味していた。

 上海のタクシーは日本などと比べても格安なので移動手段として最適レベルまであるが、出費があるのは変わらないので多用は禁物だ。

 そのタクシーに揺られて訪れた黄浦区の蘭盛街なる場所は、なんか凄く……物凄く活気がある。

 移動中に運転手が話してくれたところによると、この蘭盛街は300m×300mの広範囲に住居、飯店、雑貨屋などの生活に困らない施設がぎゅっと詰まっていて、この街に住む人達がほぼ全ての施設を回している、ちょっとした独立国家みたいな街らしい。

 もちろん観光地としても栄えていて、観光客の姿も相当なもの。京都の碁盤の目のような道作りも整然としていて、十字路にある看板もごちゃごちゃした印象もなく店の種類で色分けしたりと迷いにくいのは助かる。

 

「それで、この街のどこにいるんだ」

 

『偉い人間は街の中心にいる。最も、作り手からすれば有事に街のどこからでも辿り着ける最短、最長の差が小さい場所がいいといった理由らしいがな』

 

「それもらしい理由だが、そんなことまで調べるとか暇人か」

 

『この街が作られる開発段階で少し興味が湧いて、街を中心に上海を混乱させようと思ったことがあったのだ』

 

「出来てないんだろ」

 

『混乱を起こすにはこの街から火を点けねばならなかったが、あの女は面白くない。偽善の極みで興が削がれた』

 

 その蘭盛街に足を踏み入れて陽陰が事前に調べていたことを問うと、確かに中心を走る道の真ん中には3階建てのビルのような建物があったが、凄く質素で日本の雑居ビルと代わり映えしないので豪華さは皆無。

 入り口も四方にあって非常にオープンな造りで、正面という概念がない不思議さがあれだが、1階はフロントのようなもので受付が数人いる程度。

 こうなるとアポイントメントが必要だろうなと思いながらも、一応は受付に対応してもらうと、意外にもその場で上に掛け合ってくれて、すぐに来てくれると言うので待たせてもらう。

 陽陰がいると言っているのだから、おそらく上の階にいるんだろうなと考えながら待つこと10分。

 1階の造りがオープンなせいか、中央辺りが2階まで中抜きな天井で螺旋階段が対角線上に2つあり、そのうちの1つから目的の女性が姿を現して、フロントにいたオレの姿を捉えると嘘のようにパアッと笑顔を咲かせて階段を駆け降りてくる。

 そして降りてからも一刻も早くオレへと近づきたいと走るのだが、案の定、マジモノの運動音痴は何もないのに突然つまずき前のめりに倒れそうになる。

 それがなんとなくわかってたのでオレもそうなったら助けられるように構えていたのだが、そのオレよりも早く螺旋階段を無視して2階から飛び降りて倒れかけた女性を片腕で首根っこを掴み助けてしまう。

 

真的不够细心(本当にドジだな)

 

 軽業師のような身のこなしとスピードは猿のようだったが、驚くことにその人物は中国の民族衣装を着た女性。

 髪が坊主の2、3歩手前くらいに短くされていて中性的に見えるが、服が体のラインにだいぶ沿ってることから骨格などは誤魔化せないためわかる。

 身長は160cmほど。体重はかなり軽いな。その証拠に胸部装甲が薄く、尻も小さいし、腕も細い。華奢な部類に入るレベルだ。

 

谢谢。得救了(ありがとうございました。助かりました)

 

 その謎の女性に引き上げられてからお礼を言ってお辞儀までしたら、本来の目的とばかりにオレへと振り向き、今度は転けないように小走りで近寄ってくると、いきなりオレの手を取って強く握ってくる。

 

「お久しぶりです京夜様! またお会いできて幸せです!」

 

「幸せって大袈裟な……でも元気そうで良かったよ、劉蘭(りゅうらん)

 

「はい! 京夜様もお変わりなく……では失礼ですね。とても凛々しくなられて」

 

「社交辞令ね。ありがとな。劉蘭も一段と綺麗になったか」

 

 光ってるんじゃないかと思わせる長い黒髪に、楊貴妃もこんな人だったのかなと考えさせられるほどの美貌を併せ持つ目の前の女性、劉蘭は、赤を基調としたチャイナ服を着こなして、かつての許嫁と聞かされていたオレとの再会を心の底から喜んでくれる。

 今は許嫁などという関係ではないものの、それまで以上にオレに好意を寄せてくれている劉蘭の純粋さは恥ずかしいほど。

 日本語も独学ながらに達者で、会話にも全然困らないのはこちらとしても楽だ。

 

趙煬(ちょうよう)はいないのか。てっきりいつもみたいに愚痴を言われるのかと思ってたが」

 

「趙煬は今とても大事なお仕事をしています。来週には合流できるとは思いますが」

 

「あー、ってゆーか、いきなり来て悪かったな。忙しかったりするんだろ?」

 

「京夜様の突然の来訪に対応できないほど忙しくありませんから、お気になさらず。今は1つのことに集中していますので、上海から離れる予定もありません」

 

「そこは情報通りか……」

 

「えっ?」

 

 テンションがめちゃくちゃ高い劉蘭との若干の温度差はありつつも、いつもはそばにいる趙煬の姿が見えないことが気になる。

 劉蘭に付きっきりの男というわけでもないから、別の仕事をしていると言われれば納得するしかないし、その代わりにあの謎の女性が……

 と、話しながら劉蘭の後ろでオレ達を見ていた女性を様子見していると、何故か少し驚いたような表情をしてから、オレを怪しんでいるような表情へと変えて近寄ってくる。

 そこからはオレと劉蘭の間に割って入って物理的に引き離されると、それを疑問に思った劉蘭が女性を見て問いかける。

 

「どうしたのですか。京夜様は先ほど言いましたがとても信用できるお方ですよ」

 

「……なんやこの男、タイミングが良すぎるんとちゃうか、劉蘭」

 

 ……日本語を嗜んでるんだな……ってゆーよりも! 何故に関西弁!?

 と、日本語への理解より先にコッテコテの関西弁に仰天したオレは、何でそんなに驚かれたのかと訝しむ表情で見られるが、ちょっと印象が悪いっぽいのでオレも少し心の距離を取る。近すぎると噛みつかれるかもしれん。

 

「す、すみません京夜様。こちらは美帆(メイファン)。趙煬と同じ藍幇の武人で、『神虎(シェンフー)』と呼ばれています。従兄弟が在日の日本人とのハーフでして、そちらの関係で親日家でもありまして、その従兄弟から言葉を学ばれたのですが、どうにも私とは勝手が違って通じないことも間々あります」

 

「ああなるほど……でも従兄弟って中国は兄弟は……」

 

「ワイのオカンが双子なんや。それよりおどれは何が目的で来たんや。返答によっちゃ追い返すことになるで」

 

 ……なんだろう。この蘭豹(らんぴょう)と会話してる感は……

 仲を取り持とうとしてくれている劉蘭の態度にも厳しい目を緩めないメイファンは、どうにもその口調とかが東京武偵高の暴力教師、蘭豹と被ってやりにくい。

 ただこのメイファンの鋭さは侮れないな。オレがここに現れたことをまず疑ってきた。

 護衛としてその反応は正解だ。たとえ護衛対象の知り合いでもそうすべきところだからな。

 問題はこのメイファンがあの超人、趙煬の代わりに劉蘭付きになってるなら、その実力は趙煬とそう変わらないだろうこと。

 そうならオレでは絶対に勝てない自信がある。100%勝てないね、うん……

 

「……疑われるのも仕方ないから正直に話そう。劉蘭、近々藍幇で大きな会議があるんだろう。そこで何か大きな提案をする気じゃないか?」

 

 現状ではまだオレは敵対しているわけではないので、ここはどうにかして味方につこうと、陽陰が掴んでいた情報を少し提示して質問をぶつけると、仕事の話になればポーカーフェイスが凍りつくほどに恐ろしい劉蘭が表情を歪めた。

 どこでそれを、といった反応に近いと思うが、残念ながら陽陰については伏せたまま進行しなきゃならない都合、どうしても無理が出てくる。

 

「別にその提案の内容を知りたいわけじゃないし、会議自体にも興味はないんだ。ただこれだけは信じてほしい。これから劉蘭が持ち込もうとしている提案は、ある組織にとって非常に都合が悪いらしいんだ。そいつらが会議の前に劉蘭の暗殺をしようと目論んでいるかもしれない。オレはそれをなんとしても阻止したい。だからここに来た」

 

 嘘は言わないが一部の真実は伏せる。

 その無理がメイファンの警戒レベルを上げることになったが、オレを信用してくれている劉蘭は、この話を真面目に受け取って考える素振りを見せる。

 その間にメイファンがオレからさらに情報を引き出しに来る。この辺でも有能ですこと。

 

「劉蘭の敵は今に始まったことやない。藍幇内にもぎょうさん敵はおんねん。やからいつもワイや趙煬、(こう)が必ずついとる。どこから掴んだか知らんが、会議も迫っとる今は特にや。開催の1週間前にもなれば趙煬とワイがどんな敵の接近も許さへんわ。おどれはいらん。必要な情報だけ置いて帰れや」

 

「そういうわけにもいかないんだよ。こっちにもこっちの事情がある。それに敵はメイファンや趙煬みたいな超人でも臆さない行動力と実力と強力な頭脳の支援がある。暗殺だってその方法は多様だ。その全部をはね除けて劉蘭を100%守り切れるなら、オレも文句はないが?」

 

 趙煬やメイファンを信用していないわけでは決してない。メイファンの言い分も十分に理解できる。

 だがそれでも劉蘭が殺される未来を可能性として孕んでいる以上、オレは退けない。

 バンシーのことも、オレや理子達の身の安全の保証もある。しかしそれだけじゃない。

 ロンドンを発つ前夜にジャンヌも言っていたが、劉蘭との繋がりをオレは大切に思っているんだ。それだけは嘘偽りない真実。

 

「……ええよ。そんだけの覚悟を言うんやったら、ワイが試したるわ」

 

「ダメですメイファン! あなたの技は京夜様を『壊します』! それこそ今後、京夜様が武偵として活動できないほどの傷を負わせる可能性だって……」

 

「それもわかっとってワイに意見したんやろ? ワイが趙煬と同等やったら確実に負けるのはわかっとったはずや。それやのに引き下がらんかったんやから、自己責任っちゅうやつやろ」

 

 その覚悟とも取れるオレの言葉を受けて、メイファンが武人らしく拳で語ろうみたいな提案をしてきて、こうなる予感はしていたからメイファンの観察はすでに終えている。

 仕込みの武器はなし。棒手裏剣みたいな細長い武器なんかだとわからないが、体に割とフィットしている服に不自然なところがないから、メイファンはおそらく徒手空拳の拳法家。

 決して鍛えているわけでもなさそうな細腕や足からも趙煬のバカみたいな撃力を生み出すタイプでもない。

 それなのにこのメイファンは神虎なんていう異名を取っている。そこが鍵だ。

 

「…………では決着は私が決めさせてもらいます。京夜様はメイファンに一撃、有効打を与えられれば勝利。メイファンは京夜様に必殺が入ると判断したら勝ちとします。ですがメイファンは『内気勁(ないきけい)』はなしです。『外気勁(がいきけい)』も半分までの出力に限ります」

 

「劉蘭! それはこいつの覚悟を踏みにじるハンデやで! 外気勁は全開で使わせてもらうで!」

 

「オレもそれで構わないよ、劉蘭」

 

「ですが……わかりました。くれぐれもメイファンからは当てられないよう注意してください。メイファン。もしものことがあったなら、私個人としてあなたを許せそうにありませんからね」

 

「そら怖いなぁ。劉蘭にはデッカイ借りがあるさかい、恨まれたくないんやけど、あの目を見たらそうも言ってられへんわな」

 

 中国4000年の武などとよく言われるうちの1つ2つ3つそれ以上がこのメイファンに秘められているとして、あの劉蘭が技の制限をしたほどなら、その威力は殺人級ということだ。

 それが怖くないわけではないが、両者が納得した上で行うべき案件なら、向こうにばかり背負わせるのはフェアではないと、ハンデを少し緩和することを許可。

 その意気やよしとばかりにニヤリとしたメイファンは、サッと右足を引いて半身で腰を落とすと、両腕を緩く下向きで構えて戦闘体勢を整える。

 型から見るに攻めより守りに寄った感じだが、中国拳法はたまに物理法則を無視するからな。油断はできない。

 劉蘭の助言を頼るなら、メイファンに攻撃を当てられるだけでも致命傷のレベルと考えられ、そんな人にどうやって接近すればいいのやらな状況。

 

「来んのやったらワイから行くで」

 

 そうしてオレが攻めあぐねていると、受け身になっていたメイファンがさっさと終わらせようと自ら攻めに回ってきて、摺り足のような体捌きでぬるっと前進。

 素早く動く下半身とは裏腹に異常なまでに動かない上半身。特に両腕がほぼ脱力状態を維持したままのメイファンにこの上ない気持ち悪さを感じて、明らかな隙があるのに手が出るより先に体がバックステップを踏む。

 それにメイファンが小さく「へぇ」と声を漏らすが、依然としてオレとの距離を縮めて踏み込んでくるので、何が狙いかはわからないが、こっちも踏み込まなきゃ進展しないと悟る。

 とはいえ最初から受け身になったメイファンがカウンタータイプの武人なのは明白。そこにこんにちはの攻撃をしたところでさようならされるだけ。

 だからオレも真っ向から打ち込まずに、古典的なフェイントである相手の目の前で手を叩く、いわゆる猫だましでの怯みを狙ってパァン! 結構な勢いで実行に移してみせると、如何な神虎と言えど人間の反射はそう簡単に制御できずに目こそ閉じなかったがその足は一瞬だけ止まってくれた。

 その一瞬の隙を逃さずに素早く姿勢を低くしてメイファンの足を払いに低空回し蹴りをお見舞いし、転倒を狙った。

 

「その警戒は間違いやあらへんよ」

 

 ──バヂィィン!

 実際にオレの回し蹴りはメイファンの足を捉えて命中した。

 命中したし、あの華奢な体なら勢い余って折るかもしれないくらいの威力で放った蹴りだったが、その蹴りはメイファンの足に当たった瞬間、鉄筋コンクリートにぶつけたかのような衝撃によって弾かれて、逆にオレの体が反動で吹き飛ぶ。

 何が起きたかわからないほどの衝撃で思考が半分以上は停止しながらも体勢を立て直して立ち上がったオレだったが、その時にはすでにメイファンが懐へと入り込んで脱力させていた両腕を腹へとあてがう。

 

「これがせめてもの情けや」

 

 ただあてがっただけ。

 それだけだったはずなのに、メイファンに触れられた瞬間、オレの腹に物凄い衝撃が襲い掛かり、前から後ろへと突き抜け、遅れてその衝撃でオレの体が嘘のように建物の壁までノーバウンドで吹き飛んだ。

 腹にもらったはずなのに今や全身にビリビリとした痺れすら残すダメージは確実に行動不能なレベル。内臓にもいくらかダメージがいってるな、これ。

 

「京夜様!」

 

 声もろくに出せないほどのダメージで近寄ってきた劉蘭を見ることしかできなかったオレに対して、突き出していた両腕を戻して戦闘体勢を解除したメイファンは、静かにオレを見ながら自分の下顎を拭う仕草をする。

 

「……イタチの最後っ屁っちゅうやつやな。あと3cm深かったら有効打やったかもしれんで」

 

「えっ? メイファンが攻撃を受けたのですか?」

 

「こんなもん攻撃に入らんで、劉蘭」

 

 ほぼほぼ完璧な敗北に揺るぎはないが、吹き飛ぶ瞬間に本能的に蹴り上げた足がメイファンの無防備な下顎を掠めただけの一撃。

 到底、有効打にはなり得ない悪あがきだったが、それを受けて体を起こしてくれた劉蘭は、その結果をどう判断するか迷う節を見せる。

 

「メイファン、全力で撃ち込みましたよね」

 

「……せやな。これは勝敗関係ないかもしれんな。認めたないけど」

 

「京夜様。この勝負は京夜様の勝利です。メイファンの一撃をまともに受けて未だ意識があるなど、本来ならばあり得ないこと。それを鑑みて、そう判断させていただきます。メイファンもよろしいですね」

 

「しゃーないやろ。外気勁の一撃で飛ばんかったんやし……」

 

 ……何が何やらな状況だが、どうやらオレはメイファンのテストに合格点を出せたらしいことは間違いないようだ。

 ただその合格の仕方がこの上なくカッコ悪いのは……凄く嫌だな。


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