アビレス滞在3日目。
昨日は何やら不穏な空気も感じ取ったので、あまりのんびりしてると危険な匂いが増しそうな気がする。
そんなオレの変化に長年の付き合いの理子はきっちりと気づいて、昨夜の段階でいざという時の備えをしてくれていた。
それを使わずに済むのが最善で、本当に使わざるを得なくなった場合は理子とヴィッキーだけでも確実に逃がすことを決めて朝からアビレスを出発。
「理子、ヒルダは眠いだろうが起こしておいてくれ。使える手は多い方がいい」
「そこまで警戒されると理子もヴィッキーほどじゃないけどちょっと怖いなぁ。まっ、何かあったらキョーやんが守ってくれると信じておりますよ」
「自分の身は自分で守れ。って言いたいが、チームリーダーとしては最低限のことはしてやる」
「じゃあ私のこともちゃんと守ってよね」
「……前提として2人とも、まずは自分でどうにかする意思は持ってくれます?」
「「善処します」」
その道中に今は寝てそうなヒルダも着くまでに起こしておくようにと理子に指示しつつ、緊急時の対応を軽く話すが、この2人は自衛も放棄しようとしてるんですが。オレはベビーシッターか。
そんな赤ん坊みたいな2人を連れて30分とかからずに到着したカボ・ペーニャス灯台の西にある竜神祭の奉納品を納める祭壇。
祭壇というのはあまりに質素な造りで、潮風や海水による塩害の侵食を受けても影響の少ない石材を削って表面を滑らかにして土台にし、その石材に樹脂のコーティングを施しているだけ。
物としてはそれだけで、屋根があるわけでもドラゴン信仰にまつわる石碑などがあるわけでもない。
「信仰があるのかないのかわからないな」
「そだね。でもこの祭壇、かなり海側に寄ったところにあるよね。長年で岸壁が削れていったのかもしれないけど」
「それよりここからどう調べるの? 見たところ祭壇に何か仕掛けがあるわけでもなさそうだし、見えるのは沖にある小さな島々くらいなものだけど」
「海は荒れてないし、守り神様のおかげで割と安全性は確保されてるしな。行ってみるのも手だろ」
祭壇の周囲にも特に怪しいものはなく、奉納品が消失する現象を究明する材料は見つからなかった。
となれば理子が昨日に表示した海洋学者の調査でわかった人食い魚の寄り付かないエリアの中心点付近となるこの辺一帯に見える小島に当たりをつけるしかない。
まさかドラゴンが魚と同じエラ呼吸して常に海の中にいるとは考えにくいしな。どこかの陸地で身を潜める場所があるはずなんだ。
その最も有力そうな島は、この祭壇がある位置から北西に約1kmほどのところに浮かぶ、この辺では一番の大きさの島。エルボサ島と呼ばれているもの。
大きいといっても縦横200mくらいで広い公園といったほどだから、行けば1時間とかからずに調査は終わるはず。
日中には終わらせたいので、そうと決めたら動きも早くて一旦アビレスまで戻って船を出してくれる人を捕まえにいったが、理子とヴィッキーがニャンニャン猫被りなお願いをしたら簡単にホイホイできた。
これをオレがやったら壮絶な顔で拒否されてただろうから、この辺で2人がいて良かったと思うが、行き先をエルボサ島周辺と言ったら目の色を変えて「行けない」と拒否されてしまう。
他にも2、3人を捕まえてみたものの、揃ってエルボサ島周辺には行けないと言われてしまったので、ドラゴン信仰による弊害はここにもあったらしい。
仕方ないので騙すようで悪いが船を貸してくれる人を探して、行き先を告げないままその船でエルボサ島を目指すことにして、昼頃に上陸することに成功。
島には起伏も乏しくて端からでもほとんど全景が望めるほど見晴らしが良いので、何かあればパッと見でもわかりそうなもの。
なのでヴィッキーを中央突破させて、オレと理子で外周を左右から攻めて反対岸まで効率良く行って、何か見つけたらすぐに合図を送る手筈で動き出す。
理子が見せてくれた航空写真では穴みたいなものは見当たらなかったので、横穴がないかを重点的に調べていく。
レス島のセイレーネスも潮を満ち引きで変化する洞窟を住処にしていたので、出入り口が海に沈んでいる可能性も考慮しながら、ドラゴンが巨体で出入りする前提で見ていると、島の北西の辺りに大穴を発見。
理子とヴィッキーを呼び寄せてその大穴の上に集まり、中までは見えないそこにどう入るかで会議。
「海水が……30cmくらいの深さで穴に入り込んでるか」
「潮の満ち引きからして、今は干潮に近いみたいだよ」
「これより深くなったら船を回せるけど」
「満潮でどのくらいになるかわからない以上、降りるしかないな。降りた先でいきなりドラゴンと遭遇したらほぼアウトだが」
「そんな浅い穴だったらドラゴンなんてとっくに見つかってるって」
手頃な石を放って海から穴に侵入している海水の深さをおおよそ割り出し、今なら人の足でも中に行けるとあって降りることを決める。
ただ、中の様子がわからない以上は慎重にならざるを得ないのでまずはオレが穴の横からミズチも使って先行して降りて、入るまでの安全性を確認。
ほとんど絶壁だったところをスルスルと降りるから理子とヴィッキーに「さすが忍者」とか茶化されたのを無視して、穴の奥が暗がりで見えないほどには深いことを確認し2人にも降りてきてもらう。
ヴィッキーは普通に降りてきたのに、理子はヒルダを呼んでそういえばあったなという落下緩和くらいなら出来る羽で降りてきやがる。それはズルい。
そうした感想は主にヴィッキーが降りてからしていたのを聞いてから、改めて横穴へと進入。
ドラゴンがいたら刺激したくはないので、明かりも最低限にして銃などの武装も抜かずに物音も少なく慎重に進んでいく。
穴の大きさは出入り口から変わらずに徐々に登るように続いていて、形状からして自然に出来た穴ではないことがわかったので、ドラゴンが自分で掘った住み処なのかもしれない。
80mほど進んでも最深部に辿り着かないので少し恐怖が増すが、さすがにエルボサ島の下なので200mを越える深さはないだろうと冷静に考えた瞬間。
オレの感覚器官が危険な匂いを察して鳥肌を立て、次いで穴の奥から猛獣の唸り声のような音が聞こえて、武偵としての本能がそれに反射的に銃へと手を伸ばさせる。
あのヒルダまでが身構えたので相当なヤバさだが、オレは銃を抜こうとした2人の手を押さえて止め、ヒルダにも電気の超能力を使わないようにと小声で指示。
ここで臨戦態勢になったところで元より交戦の意思がないオレ達にはデメリットをもたらす可能性の方が高いという判断からだが、これが功を奏すかはまだわからない。
せめて責任はと思って理子から明かりを借りて1人で奥へと歩み寄って、ようやく穴の奥にいる何かを目視で確認できた。
──コォォォォオオ。
ただの呼吸音のはずだが、低く重厚のあるその声にはこの場の空気が一変する。
穴の奥にいたのは、直径6mはあるこの穴のサイズとほぼ同じ巨大な生物。
トカゲのような爬虫類を思わせる体に刺々しい黒く硬そうな鱗が幾重にも連なり、その背には折り畳まれている2枚の比翼。
穴の中で丸まっているので、立ち上がればもっと大きいだろうそれはまさしくゲームなどで見たドラゴンそのものだ。
そのドラゴンはオレの接近に対して首だけを持ち上げてまっすぐに見てくるが、この時点でヤバいことがわかる。
ドラゴンの口の中。喉の辺りで赤々とした何かが漏れ見えて、それが炎であろうことを理解。
有無を言わさずにそれを吐き出してきそうな緊張感の中でしかし、武器だけは抜かずにいたオレを見てドラゴンは口の中の炎を少し小さくして低く唸ってみせる。
「言葉は通じるのか……英語はわかるか?」
「…………意図せず迷い込んだわけではないな、人間」
それが何かの変化と察知しすかさずコミュニケーションに入ったオレは、まず英語が通じるか試してみると、まさかの英語での答えが返ってきてビックリ。
さすがにドラゴンは喋らないだろうと思っていたからマジでビックリだが、野太く濁ったようなその声は威圧感たっぷりだ。
「ドラゴン。お前を探してここまで来たが、先に言っておきたい。オレ達はお前のことをどうこうしようとして来たわけじゃない。少しだけ話を聞きたいだけなんだ」
「ドラゴンとは人間が付けたただの俗称であろう。俺はクエレブレ。アストゥリアスでは守り神と呼ばれている」
「そうか。ならクエレブレ。お前から少しだけ話を聞けたなら、オレ達はすぐにここから引き上げる。口外もしないと約束する。だから……」
「貴様は俺の存在に気づいても攻撃の意思を見せなかった。それは話がしたいという言葉に偽りがないと判断していいということか」
大きさからしてオレなんてひと口で丸飲みできるだけに、顔が届く距離に詰めるという行為には絶対的な拒絶反応が起こる。
それでも話が通じるならとクエレブレと名乗ったドラゴンに交渉を持ちかけてみると、オレ達を試した節のある言葉を投げ掛けてきたので、恐る恐る後ろから近寄ってきた理子達ともアイコンタクトしてから静かに頷く。
「本来であれば俺の前に人間が現れること自体、アストゥリアスの加護を消すに値する蛮行ではあるが、そこの竜悴公姫をそばに置く貴様らに少し興味はあるな。今の殊勝な態度と合わせて特別に不問としてやる」
「高潔なる竜悴公姫である私に対してなんて上から目せ……んぐっ!?」
「「黙ってろバカ」」
武器を出さなかったことが結果的に良い方向に向かってくれたのは本当に安堵しかないが、オレ達の行いがアストゥリアス州で300年続いた安寧の海をぶち壊すかもしれなかったことには心臓が飛び出そうになる。そんな責任は負えそうにないからな。
それで話をしてくれると言ってくれたクエレブレに早速Nについてを聞こうとしたら、偉そうなクエレブレに格下に見られたヒルダがヒステリーを起こしかけたので、理子と2人で物理的に黙らせる。危ないなこの女は……
「じゃあクエレブレ。まず聞きたいのは、ここ100年くらいの間にNと名乗る組織が接触してこなかったか?」
「N? ああ、40年ほど前に現れた不気味なやつらのことか。ワイバーンに乗ってきたから覚えているぞ」
「うおっ! ワイバーンとか胸熱ぅ!」
理子に口を押さえられて頬を赤らめるという意味不明な反応で黙ったヒルダは大丈夫と判断して改めてクエレブレにNとの接触の過去があるかを尋ねると、やはりバンシーの聞いた通り接触してきたらしい。
ただワイバーンとか名前を出すから今度はゲーマーの理子が目をキラキラさせて話の腰を折りそうになるから、ヴィッキーに口を封じてもらって話を続行。
「オレ達はやつらの目的について知りたいんだ。接触の目的はクエレブレを仲間にしようとしたからだと思うんだが……」
「口が軽いな人間。俺はまだ接触されたことを教えただけで、やつらの仲間ではないと断言したわけではないぞ」
「……ッ!!」
……しくじった。言い方からして過去の出来事という先入観で話を進めてしまったが、クエレブレがあえてそういう言い回しをしただけである可能性を考慮してなかった。
レス島の時はどちらでも立場が対等だったから穏便に済んだだけで、今回はこっちが圧倒的に不利な立場。
クエレブレがNの一員だとしたら、この場で敵となるオレ達を始末するのは当然の流れだ。
頭もキレるらしいクエレブレによって一気に窮地に陥ったオレ達が身構えてしまいそうになるものの、その反射的な動きをまたも抑制して冷静な思考を取り戻したオレは、クエレブレのしていることの矛盾に気づかせる。
「……いや、クエレブレはNの仲間じゃない」
「ほう。何故そう思う?」
「本当にNの仲間だとしたら、オレがNの目的を知りたいと尋ねた瞬間にでも殺していたはずだ。クエレブレがオレ達を殺せない理由はないんだからな。だがそうせずにオレ達を動揺させるようなことをあえて言った。万に一つの逃走の可能性も消すならそんな無駄なことはしない」
「…………俺がやつらの仲間とわかったらどういう反応をするかと見てみたが、なかなかどうして機転も利くようだな。だが単にやつらを殺す目的ではないということは今のでわかったぞ」
「し、心臓に悪いよぉ……」
「死んだと思ったわ……」
「そうなったらサルトビだけ消し炭になってもらって逃げるつもりだったけど」
「そういうことは本人の前で言わないでくれる?」
仮にNの仲間だとしたらと考えた時にクエレブレが取った行動は無駄なことが多いことは事実。
そこを理屈に推理すると、クエレブレもNの仲間ではないことを正直に話し、九死に一生を得た理子達も口々に安堵の声を漏らすが、ヒルダ、お前は人でなしだ。あ、人じゃなかった。
「残念ながらNの目指す世界は俺にとっては然して影響がない。どころか今の環境を変えかねない可能性があった。故に俺はやつらに力を貸すつもりはない。当時もそう言って追い返した」
「クエレブレにとって今の環境に不満はないってことか?」
「不満が一切ない者などこの世のどこにもいなかろう。大事なのは環境に適応すること。俺はアストゥリアスの守り神となることで概ねの不満を解消している。人間からの供物のみでこうして身を潜めながらにして生き永らえることができるのだから、身動きに自由がないことくらい、安いものであろう」
仲間割れが起きそうなヒルダの発言にはとりあえず目をつむり、Nとは協力する関係にはないことを告げたクエレブレもまた、セイレーネスのように今の環境に順応していると取れる言葉を使う。
クエレブレが自由という言葉を使ったことから、やはりNの目的がクエレブレ達のような存在がただの伝説ではなく、現実に存在しそれが認知された世界を作ろうとしている可能性が上がる。
その目的に関してはクエレブレもハッキリとものを言うつもりはなさそうなので、その辺の言及は諦めるしかないだろうな。
「奉納品はちゃんと受け取っていたってことか。じゃあクエレブレがあの祭壇から奉納品を持っていってるのか」
「いや、持ち運びをするのは俺ではない。俺がこの穴から出るのは、力の差がわからん低能な輩が俺の領域内で暴れた時くらいだ。供物は俺の協力者が運んでくれている」
「協力者がいるのか。そいつは人間……ってことはないよな。300年以上も経ってるわけだし」
となれば次に繋がる話。クエレブレの知るNと接触した存在についてを尋ねようとしたが、その前に奉納品の謎が解けそうだったからそちらを思わずつついてしまった。
すると思わぬ協力者の存在が浮かび上がり、自分の存在が浮き彫りになると危ういと自覚のあるクエレブレが奉納品を運ぶのを任せるからには、その協力者は人間の姿である可能性は高い。
「人の姿はしているが、生きる年月はすでに400年を越える。ビオドという町にいるが、姿や名は数十年ごとに変えている。今は確か『モニカ』と名乗っていたか」
「はいはーい。そういうことを教えるってことは、こっちに何かして欲しいってことじゃないですかぁ?」
「察しが良いな。その協力者がここ数年で俺に隠し事をしている節が見えてきている。俺に対しての罪悪感などは感じないことから、後ろめたいことではなさそうだが、何かを思い悩んでいるのなら解決してはやりたい。そこで交換条件というわけだ。その問題を解決してくれたなら、Nの目的に関することを隠さず話してやろう」
予想通り協力者の姿は人間と違わないみたいで、ビオドの町も奉納品を預かる町であることから納得のいく話だ。
ただそんな話をクエレブレ自ら明かすから、口の軽さが目立つと感じた理子がすかさずクエレブレの思惑を察して尋ねると、まさにその通りの展開に。
出された条件は悪くないが、そのモニカを名乗る協力者の抱える問題とやらがオレ達に解決できるかどうかもわからない以上、快く返事はできない。
そこでなんとか問題だけでも聞き出しクエレブレに伝えることが出来れば、内容によってはそれで良しとしてくれるように交渉し、クエレブレとの会話はそれでお開きとなった。
無事に帰されたことで寿命が縮まったとか漏らしそうだったとかアビレスに戻る最中に話す理子とヴィッキーの言葉には概ね賛同してやりつつ、陽もまだあることから今日中にビオドに赴いてモニカと接触してしまおうと決める。
相手はまた人間ではないから油断ならないものの、クエレブレとの繋がりがわかれば交戦的な雰囲気は払拭できるはずだ。
しかし逃げ足に関して光るものを持つ理子からすると常に最悪の想定は欠かせないのか、ビオドへ向かう道中でふざけた様子もなくブツブツと呟きながら思案していたのを見て、オレも武装のチェックだけはしっかりとしておく。
ヴィッキーもこれ以上の厄介な現象は避けたいのか、車に残って逃走の準備に努めるとか臆病風に吹かれていたが、それが普通だしオレもそっちの方が心配事が少なくて済む。
なので有事の際の動きはだいたい固まった段階でビオドに入ることができ、早速モニカを探すために聞き込みをしてみると、丁度そのモニカはカボ・ペーニャス灯台に向かったと聞き、そちらの方に行ってみる。
モニカの容姿の特徴も聞いたので、それに該当する人物を探してみると、目的のモニカは灯台のすぐ下にいて、用事を終えたのか降りてくるところだった。
というよりもそのモニカらしき人物以外の人の姿がないので、間違いようがない。
「あの、モニカさんで間違いないですか?」
車にヴィッキーを残してオレと理子でそのモニカに近寄り話しかけてみる。
クエレブレによると顔も名前も一定周期で変えてビオドに住み続けているらしいので、今の容姿は本来の姿ではないのだろうが、一応の観察をしてみる。
髪は金髪のストレートロングで見ただけでも質は最上級品。理子が面食らうくらい綺麗だ。
顔は化粧っ気がほとんどないにも関わらず素体が良いとしか思えない端麗で、年齢は20代半ばくらいか。
体型は160cm、45kg程度の平均的なもので秀でたところはなく、服装も割と地味めで露出はほとんどなく、整った顔立ちからはアンバランスさがあるように思える。
「確かに私はモニカですが、私に何かご用ですか?」
「ええ。実は……」
さすがに服装は個人の自由なのでオレの感想に意味はないが、オレの質問に対して確認が取れたので早速クエレブレについて話そうとしたその時。
とんっ。とオレの背中に自分の背中を合わせて後ろに振り返った理子が、明らかに警戒を強めた雰囲気になったのを背中越しに察知。
モニカに気を取られて後ろへの警戒を怠ったから後ろでどうなっているのかわからない。が、目の前のモニカが微動だにしていないことの異常さはバカでもわかる。
「あまり軽率な行動は避けるべきだ。でなければそれが罠と気づいた時に後手に回ることになる」
どうにも嵌められた感じはわかったので、オレも身構えつつ理子と確認を取ろうとする。
そこに後ろから若い男の声がして、すでに顔は見ただろう理子と息を合わせてその場で位置を入れ替わり後ろに振り向くと、わずか10m程度の距離に真っ黒なロングコートを着た1人の男が静かに佇んでいて、その少し後ろにはヴィッキーの乗った車があるが、運転席のヴィッキーは意識がないのかぐったりと頭を垂れている。
「……誰だ」
「お前は俺を知っている。そして俺もお前を知っているぞ。猿飛の長兄、京夜」
「……アンタは……ッ」
どうやら目の前の男にすでに無力化されたヴィッキーに気づいて理子とヒルダが反応したみたいだが、反射的に尋ねてしまったオレの問いに恐ろしい返しをしてきた男をよくよく見てみると、オレのことを猿飛の長男などと知っていて、妙に覚えのある顔でハッとする。
見たことがあるのは当たり前だ。それはロンドン留学に行く前に幸姉から見せられた写真にこの顔が写っていたからな。この人は……
「──