緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

204 / 288
Aiming2~Yukine~

 ──真田十勇士。

 かつて真田に仕えた10人の忠臣。

 戦国の世の真田信繁に仕えた10人が広く世の中に知られるところだけど、その後の彼、彼女らの子孫がどうなったかを公の歴史は語っていない。

 

「猿飛……霧隠……根津に……由利。時代ってのは残酷よね。離れてしまえば否が応でも疎遠になっていく」

 

 語られない歴史は多く、むしろ公に語られている歴史こそが全体で見れば極一部でしかないのは言うまでもないし、そうした語られない歴史を生きてきたのが私達ってこと。

 

 2010年4月末。

 霧原の家からの極秘の要請に応じて動き出して、ひと月ほどが経った今日この頃。

 極秘ながらも可能な限りの人脈を使って動いている霧原勇志君の捜索は、今のところ何も掴めていない。

 まぁそもそも動けるような人員っていうのが片手の指で数える程度なこともあるし、公安が伏せてるような案件を比較的一般人の私とかがどうこうしようって方が無理な話なわけで。

 一般人というには人間的にちょっと普通じゃないけど、私にも今の仕事があるし、果報は寝て待て。焦っても仕方がない。

 

 そんなこんなで久々にちゃんとお休みをもらって朝からのんびり過ごしていた私は、この間に使ったばかりの連絡手帳を見ながら、500年という月日の経過を実感していた。

 江戸時代の終わりと共に散り散りとなった真田十勇士は、猿飛は今もそばにいてくれているけど、霧隠は霧原と名を変えていたり、穴山の血は100年ほど前に絶えてしまったと聞いていたりと、その繋がりはずいぶんと希薄で細いものとなってしまった。

 現在で真田と親交がある家は猿飛と霧原、根津と由利のみとなってしまっていて、連絡をしてみたところによると、根津の家も由利の家も当代では武偵や警察などといった武力や権力とは縁遠い仕事をしていた。

 

「まぁ家も迷走してた過去があるし、厳格だけじゃ食っていけないのよね……」

 

 でもそうして生業が変化するのも時代の流れ。

 真田でさえ明治の初めまでは料亭をやっていたり、今では対外貿易なんてことをやっているのだから、京夜や勇志君のように代々の技を活かす職業に就けるのは幸運とも言える。

 そんな今の普通に生きている根津や由利の家に厄介事は持ち込みたくないので、結局は霧原の家の旧知である百地の旦那や京夜といった少数しか動けていないのは残念ではあるけど、心強さなら少ない人数を補えるくらいかな。

 1つだけ問題があるとするなら、その心強い2人ともが現在進行形で日本にいないということ。

 

「…………通話料がかかるのよ……バカぁ……」

 

 京夜はこの春からロンドンに留学しに行っちゃって、今はたぶん、メヌエットちゃんと仲良くお茶でもしてるんじゃないでしょうかね。時差的にあっちはいま深夜だけど。

 百地の旦那も今の居住はフランスのリヨンだって言うし、霧原の家から教えてもらった連絡先を使うこともできるけど、初回の連絡以降、こっちから連絡するのは正直なところ嫌だ。

 世界で活躍する人脈っていうのは貴重で頼りになるものだけど、こういう小さなところから不便さは拭えないもので、世界の広さが憎い時もある。

 

 そういえば先月には土御門陽陰の天地式神についてを武偵庁が根掘り葉掘り尋ねに押し掛けてきて、そのまま日本で敷いてた迎撃体制を引き継がれちゃって、私の武偵としての最後の仕事を奪われたけど、まぁそれは京夜達が頑張ったおかげだし、私より大きな力が動いたんだから、感謝すべきところなんだろうなぁ。少し寂しくもあるけど。

 実際問題、私の武偵免許も金一の働きかけでまだ有効にはなってたけど、いつまでもってわけにはいかなかったし、ちょうど良かったのかな。

 

「…………休みのうちに行っておくか……」

 

 そんなことを思い出したせいで、もう所持してるには無駄になりそうな武偵免許を失効してもらうために武偵庁へ足を伸ばす案が浮かび、面倒なことは後回しが基本な私としては足が重かったけど、金一から「いい加減にしろ」とか連絡されるのも嫌だから行きますよ、ええ。

 そうそう。金一と言えばパトラと婚約したのよねぇ。

 式とか披露宴とかやるのか知らないけど、お呼ばれしても行けない可能性の方が高いし、結婚祝いくらいは準備しておこうかな。

 武偵庁への道中では眞弓達のおかげで治安が物凄く良くなった実感を感じ……るなんてこともなかなかわからないものだけど、見ている限りでは何事もない市内で金一とパトラのことを考えて思わず笑ってしまう。

 あの2人はイ・ウーにいた頃から仲良かったり喧嘩したりと色々あったから、ようやく落ち着いてくれたなって感じ。

 カナの時は何故か恋バナしてたりで謎めいた関係だったわけだけど、今もまさか夜な夜なカナと何かしてたりするんじゃ……

 元々が男嫌いの気があるパトラだから冗談とも言い切れない話なのがまた生々しいけど、本人達が幸せなら、まぁ、いいのか、な?

 

 なんだかんだで良い夫婦としてやっていけそうな2人の幸せくらいは願いつつ、私もそろそろ彼氏の1人くらいできないもんかねぇと真面目な悩みを抱いてしまったが運の尽き。

 別に行き遅れたなんてことはない、まだまだ大人のひよっこな、21歳になる私だけど、知人の婚約と聞くとなんとなく焦りのようなものを覚えてしまうもの。

 そんな中で披露宴とかに行って知人と話す中で言われちゃうわけですよ。

 

『えー、幸音さんは彼氏いないんだぁ。だったらこの披露宴で相手を探してみたら? 案外食いついてくるかもよ?』

 

 まるで私がモテない女のようなそんな扱いは……イヤだぁ!!

 これでも仕事先で「なんて綺麗な女性なんだ。是非とも食事の席で話をしたい」とか言われちゃうくらいにはフェロモンはムンムンなんじゃい!

 ……そうですよはいはい! 社交辞令ですよクソヤロウ!!

 なーんてことを考えて人目を気にせずに1人で地団駄を踏んだりしたもんだから、すれ違った人から危ない人みたいな目で見られて、それに気づいて途端に恥ずかしさで冷静になるけど、マジで恋愛を漫画とか小説でしかしてないのは問題だよねぇ……女としても、超能力者としても……何で私の消費エネルギーはエストロゲンなのか……

 

 なんだか考えてたら嫌になってきたから、思考をポジティブ方向に切り替えて武偵庁に行った後をどうするか迷いながら、もうすぐお昼時なこともあって、以前から食べたかったものがある飲食店を頭の中にいくつも浮かべて周辺マップでの移動ルートと時間効率も同時に考える。

 そうした効率も考えてしまうのは眞弓の影響だと思うけど、あの超人武偵がいてくれたから、私も武偵高時代にイ・ウーへの潜入を決意できたから、本人には口が裂けても言わないけど、感謝はしてる。

 眞弓がいなかったらたぶん、私は一時的にでも京夜との縁を切ることができなかったし、私がいなくなった後に混乱してしまっただろう京夜を任せられると思えなかった。

 その辺は愛菜にも期待してたけど、眞弓と愛菜を含めて月華美迅にはこれからも贔屓にしてあげないとか。

 

 そうこう考えていたらお腹の虫が鳴っちゃって、結構ガッツリ食べていこうかなと思い立った矢先。

 武偵庁のある道とは反対方向の道の視界の端に不穏な気配を感じて、分岐する道で足を止めてそちらに目を凝らして見てみる。

 遠くからではよくわからなかったけど、周囲の人の様子が慌てていたり、怯えていたりとあり、緊急性があると踏んで近寄ってみると、本当に緊急事態。

 何がどうなってそうなったのかはわからないけど、真っ昼間の道端で携帯式の折り畳みナイフを持った中年の男が、まだ小学校に上がってるかどうかも怪しい──時間帯的に小学生ではないか──小さな女の子を拘束してその首筋にナイフを突きつけていた。

 

「せ……っと」

 

 周囲の緊張した様子とは裏腹に、こうした状況で冷静になれる訓練を受けてきた私は、瞬時に人質の解放に動こうと誠夜に声をかけようとしてやめる。

 今日は世間一般では平日。誠夜も学業はおろそかにできないので今は普通に学校に行っていていない。

 そうした反射的な呼びかけが浸透するほどには誠夜との関係も良くなったのはいいけど、肝心な時にいないのはどうなのよ。

 

「……さて、どうするかな」

 

 そんな社会へのツッコミはやめておいて、現実的に事件の解決に乗り出すために思考を巡らせると、犯人側が何やら勝手に主張を始めてくれたので、穏便に解決できるならとそれに耳を傾ける。

 それによると男は今朝方、15年勤めてきた会社からリストラされて、明日からの仕事もなくなって自暴自棄になって事件を起こし、ニュースになれば社名を公言して公共の電波で会社を貶し、復讐をしようとしてるらしい。

 なんとも身勝手な話だとは思うけど、事はそう悠長に構えていられないのもわかってくる。

 男はどうあれ今、かなりの興奮状態で、人質なんてまだ本当に小さな女の子。

 その顔を見れば泣くなとでも言われたからか我慢はしているけど、もう心的外傷後ストレス障害(PTSD)になってもおかしくないほどに恐怖でひきつってしまっている。

 武偵や警察の到着はすぐだろうけど、それまでに犯人が少女を傷つけないとも限らないし、素人が下手に飛び出して事態を悪化させる可能性だってある、いわゆる「どうにかなりそうな緊張感」が漂っている。

 それは犯人がナイフの扱いに素人臭さがあったり、出で立ちに隙があったりで漂う空気なので、素人同士の衝突ほど怖いことはない。

 

 そうした事態が連鎖的に起きる前に事を収めようと前に出かけた私は、その前に犯人の前へと出ようとする、少女とほとんど歳の変わらなさそうな少年が目に入り、それを止める母親と思われる女性が、どことなく人質の少女に似ていることから、3人の関係がおおよそわかる。

 親子。少女と少年のどちらが上かはわからないけど、人質にされた少女を助けようと少年は勇気を振り絞って飛び出そうとした。

 それを見た私は、犯人の方ではなく、その親子の方向へと歩み寄っていき、制止を振りほどこうとする少年の前にしゃがんでその顔をまっすぐに見て、少年もまたピタリと動きを止めて割り込んできた私をまっすぐに見てくる。

 

「あの子はあなたの妹?」

 

「……お姉ちゃん。でもお姉ちゃん泣き虫だから、俺が助けないと」

 

「そっか。君はとっても大事なものを持ってるね。誰もが持てるわけじゃない『勇気』って大事なものを」

 

 事は刻一刻と悪化している空気はあるけど、この少年を無視できなかった私がそうやって語りかけると、少年はまだ何を言ってるかを完全には理解できていなかったようだけど、落ち着いてはくれた。

 

「でもその勇気はちゃんと自分も大事にできる人が振り絞らないと、何も助けられないことになるかもしれない。だから君の勇気、お姉さんに貸してくれない?」

 

「勇気を、貸す?」

 

 母親はそうやって少年を褒める状況ではないと険しい顔をしたけど、私だって奮い立たせるために話したわけではないので、すぐに私に任せろといった意味の言葉を繋げ、どうすればいいかわからないといった少年の手を取って、その小さな手を両手で包んでギュッと握る。

 

「ん、これでよし。君の勇気はお姉さんが借りました。だから君はお姉さんを信じてここで待ってて。君はお母さんを守ってあげなきゃだから」

 

 形なんてどうでもよかったけど、少年にもわかりやすく勇気をもらった私は、少年をこの場に留める理由も加えて、それに「わかった」と返事したのを確認してから立ち上がり、大きくなってきた騒ぎの中心へと歩みを進めた。

 

「人質はもっとちゃんと選ぶべきよ」

 

 周囲を威嚇し続ける犯人の意識の隙間を縫うように最前線へと躍り出た私は、突然現れたように見えただろう慌てた犯人に優しく語りかける。

 何か変な挙動があったらすぐに魔眼を使う準備はしていたので、少女の安全は確実なものだったけど、この最前線へと出るタイミングは緊張したなぁ。

 

「その子、もうほとんどあなたの腕力だけで支えられてるくらいには虚脱気味でしょ。これだから突発的な犯行に及ぶ輩は困るのよ。後先をよく考えない」

 

 私の登場で他の人達が飛び出すタイミングを作ってもいけないから、続けざまに周囲にも聞こえるように犯人を煽って逆上させたように見せて緊張感を高め、タイミングを逸することには成功したものの、言葉をその通りに受け取って感情を昂らせた犯人も何をしでかすかわからない状態にまで引き上げてしまう。

 

 あまりに思慮のない私の発言で周囲からふざけんな的な空気がビシビシ伝わって痛いんだけど、私だってちゃんと考えてますぅ。

 煽られて犯人が奇行に及んだとしても、私が最前線へと出た時点でもう解決しているに等しいんだから。

 私の言葉で逆上した犯人がほとんど足手まといになっていた少女に手をかけようとナイフを動かしかけた瞬間。

 私は魔眼で犯人を睨み付けて、その運動エネルギーを1度だけ奪って物理的に止めると、不可思議な停止攻撃を受けた犯人は混乱する1歩手前でそれを行なったと思われる私を見てきた。

 

「ふざけるな!!」

 

 その時には犯人が私に少なからず恐怖を抱いていたのが表情からわかったので、とどめの一喝と一緒に魔眼でその命令伝達神経を麻痺させて一時的に動けなくしてしまう。

 まるでその場で石のようになってしまった自分の体に怯えるばかりの犯人を余所に近寄っていき、その手からナイフを取り上げて、腕から少女を解放して抱き上げると、私に強く抱きついて泣き出してしまった少女を連れて、ちゃんと言う通りに待っててくれた少年と母親の元へと行き下ろしてあげる。

 解放されたことで少女も母親も少年さえもが抱き合って泣くのを見ながら、私が視線を外したことで拘束が解けていた犯人を改めて睨み付けてビクつかせるけど、私は誰も傷つけない。人質も、犯人もね。

 

「リストラさせられたのは同情します。でもその腹いせに他の誰かを巻き込んでも、あなたへの憎しみを抱く人間が現れてしまいます。復讐からは何も前向きなものは生まれない。生まれるのは憎しみの連鎖だけ。その火種をあなたは蒔いてしまった。でも今ならまだ摘める可能性があります。自分がしでかしたことを悔い改めて、あの少女と母親と少年に、精一杯の謝罪を。それが贖罪の第1歩です」

 

 憎しみの連鎖は誰かが止めなければ終わらないもの。

 その連鎖が今回は彼から始まったものだからこそ、私の言葉は心に届いたはずなのだけど、やっぱりリストラされたショックやぶつけようのない怒りは行き場を失って、その矛先が目の前の私へと向けられてしまう。

 喧嘩などしたこともなさそうな、どう見ても素人の拳なんて受けるわけもないけど、あの人が私に向けた憎しみが私で止められるならとそれを受け入れる覚悟でいた。

 

 ──タァン。

 

 しかし私にその拳は届くことなく、目の前で足を抱えて転がった男は、その右足から出血していて、後から聞こえたその銃声で私の遥か後方から放たれたことと、正確無比な狙撃で誰が撃ったかはすぐにわかる。

 

「はいはい、お説教なら別のところでやってもらえますか?」

 

 そして人をかき分けて姿を現したコッテコテの京都弁の眞弓は、倒れていた男に手錠をはめてから足の応急手当をし、やって来た警官に引き渡すと、涼しい顔で私を見てくる。

 

「到着前にほぼ終わらせてもろておおきに」

 

「美味しいところを持っていくのね。でも撃つ必要はなかったんじゃない?」

 

「早紀はんには何かされる前に無力化するよう言っておきましたさかい、賢明な判断やと思いますけど。それとも自分があの男の憎しみを受け止める、とかなんとかかっこエエこと言わはるつもりやぁ、あらへんよねぇ?」

 

「ぬぐっ……」

 

 話しながら私が奪ったナイフを回収する眞弓は、周囲に溶け込んで様子をうかがっていたのか、私の内心を的確に読んで笑みを浮かべてくるけど、こういうところが苦手なのよねぇ……

 

「まぁそこが幸音はんらしいといえばそうやし、人間そう易々と根っこのところは変えられまへんからなぁ。武偵向きな性格かはさておいて、ウチはそういう在り方、嫌いやありまへんえ」

 

 たぶん手柄は月華美迅にいってしまうけど、別に報酬欲しさに動いたわけでもないから私も面倒な事後処理をしてくれるならと眞弓にあとは任せて立ち去ろうとした。

 でも眞弓はそんな私に珍しく褒めるようなそうでないような言葉をかけてから、去り際に後ろを向くように促してきたので、促されるままに振り向くと、そこにはさっきの少年が立っていた。

 

「……ありがと、お姉さん」

 

「……うん。あ、そうだ。君から借りてた勇気を返さなきゃね」

 

 まだ言葉足らずになりがちな少年からの感謝にちょっと照れてしまった私は、誤魔化すようにしてしゃがんでまた少年の手を取って借りていた勇気を返すような素振りをしてみせると、その勇気を返してもらった少年は何か言いたげに私を見るので、その言葉を待ってみる。

 

「お姉さん、ぶていってやつなの?」

 

「……そうよ」

 

「俺もお姉さんみたいにぶていになったら、お姉ちゃんを守れるようになる?」

 

 返してもらった勇気で踏み出すようにして尋ねてきた少年のまっすぐな想いは、とても健気で、しかし強い意思を感じて、同時に目の前の少年とかつての京夜が重なって見えた私は、その純粋な想いに真剣に答える。

 

「その気持ちがあれば、武偵にだって、警察にだってなれるわ。大事なのは、その気持ちを忘れないこと。それさえ忘れなければ、武偵や警察にならなくても、きっとお姉ちゃんを守れるわ。だからそのために強くなりなさい。お姉さんみたいにね」

 

 きっと京夜も、ずっとそんな想いで私を守ってくれていたんだ。

 そう思うと自分がどれほど京夜に助けられてきたのかを実感し、その守られる側にいたからこそ見えていた大きな背中を少年に伝えてあげる。

 その全てが伝わったかはわからないけど、何か決意をしたような表情をした少年は、警察の保護を受けていた母親と少女の元へと走っていってしまい、その先にいた母親には軽く会釈して立ち去ろうとした。

 が、その母親のそばには血縁なのか私と同じくらいの妹か誰かが近寄ってきて、その時に私と目が合う。

 私はピンとは来なかったけど、向こうはそうでもなかったのか、私を見たその女性はハッとした表情で固まってしまい、何かしたかと動揺したところで、その恐怖にも似た表情が記憶の奥底から掘り起こされる。

 彼女は、私の小学生時代の同級生だ。

 それがわかった時、私はかつて魔眼を暴走させてしまったあの頃がフラッシュバックし、私を見るみんなの恐怖の顔を次々と鮮明に思い出させる。

 その中の1つが、今の女性の表情と同じもので、まだあの頃の恐怖を覚えていたのだろうと悟り、反射的にその場を走り去ろうとしたけど、姉であろう少年の母親が言葉をかけて冷静になった女性は、かつての恐怖を拭い去るようにして強い意思を持って私に近づいてきて、

 

「幸音ちゃん、だよね。お姉ちゃんが幸音ちゃんが助けてくれたって……」

 

「……そう、なるけど」

 

「……ありがとう。幸音ちゃんはあの時から変わってないんだね。みんなが困ってたら助けてくれる、みんなのヒーロー」

 

「…………あっ」

 

 昔を思い出すようにして話しかけてくれた女性は、あまりのショックで名前すら思い出せない私とは違ってちゃんと名前を覚えていて、かつての恐怖もあるだろうに、姉とその子供を救ってくれた私に対してそんなことを言ってくれる。

 あまりに予想外な言葉に何も返せなかった私が黙っていたら、あの日以来、口すらきかなかった過去が後ろめたかったからか、逃げるようにしてお辞儀してから立ち去ってしまった女性に、自然と涙が出てしまった私は、それを隠すようにしてお辞儀を返してから、本来の目的地であった武偵庁へと足を伸ばしかけて、やめる。

 

 ──もう少しだけ、正義の味方でいても、いいよね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。