強襲科のSランク武偵であるアリアを取り押さえてしまったオレ、猿飛京夜は、現在オレの部屋の真下のキンジの部屋のリビングに備え付けられたソファーに座りながら落ち着きを取り戻したアリアと状況を整理できていなさそうなキンジを見ていた。
「やっぱり京夜は見込みがあるわ。まさか今日1日で2人も候補を見つけられるなんて思わなかったけどね」
2丁の拳銃をホルスターにしまいながらアリアはオレにそんなことを言ってきた。
いったいオレが何の候補に選ばれたというのか……
オレがそんなことを思っていると、アリアはオレとキンジが一辺に見えるベランダ付近に移動して、夕焼け空を背景にし振り返りオレ達に左手の人差し指を差して言葉を発した。
「あんたたち、あたしのドレイになりなさい!」
……うん、意味わからん。
色々とツッコミたいが、キンジの表情を見るかぎり同じようなことを思ってるんだろうな。
呆然とするオレとキンジを余所にアリアは近くのソファーに腰を下ろして「飲み物くらい出しなさいよ!」と偉そうに言い、キンジは易々と帰ってはくれないと悟ったのか、渋々注文されたコーヒーを淹れにキッチンに引っ込んだ。
「……ドレイって、どういう意味だ?」
オレはその間に先ほどの発言について詳しく聞いてみることにした。
アリアはそんなオレを見て両足をもてあそばせながら答えた。
「あたしのパーティーに入って、一緒に武偵活動をしましょってことよ」
あー、なるほどね。わかりにくい誘い方をありがとう。
「京夜は諜報科だから、基本は後衛でのサポートかしらね。必要に応じて前衛にも出てもらうかも」
そんなオレを放置して、すでにパーティー内の立ち回りなどを説明し始めたアリア。
オレの返事も聞かずにな。
しかしだ。せっかくのSランク武偵様からのお誘いだが、オレの答えは1択しかない。
「悪いなアリア。残念だがオレはパーティーには入らない」
それを聞いた瞬間のアリアはピタリと話をやめて、少しだけ不機嫌そうな顔をしながらも理由を聞いてきた。
断られるのもある程度想定していたか。
だがあの顔は中途半端な理由なら許さないぞと言ってるな。
「理由は2つ。まずオレも将来的にチームを作ろうとしてる。希望は
嘘は一切言ってない。これでもパートナー選びは慎重だし、チームの理想型も頭にはある。
まぁ、人に話すのはアリアで『2人目』だがな。
そんなオレの理由を聞いたアリアは、ふむふむと腕を組みながら何やら考えていて、
「……わかったわ。京夜なりに考えを持って活動してるなら、あたしも身を引く。ただ京夜にはこれから『個人的に』仕事を依頼するかもしれないから、その時は頼むわよ。もちろん仕事した分の報酬は払うから」
なんとも武偵らしい回答が返ってきたもんだ。
要はパーティーに入らなくてもいいけど、『依頼』として頼んだらその時は協力しなさいということらしい。
まぁ実際、それでアリアがパーティーへの勧誘をやめてくれるならオレとしてもありがたいからな。
ここでうだうだと言っても仕方ないし。
「出来る限り最善を尽くす努力はするが、期待しすぎるなよ?」
「京夜はできる人間よ。あたしを撒いて、さっきは動きまで封じた。諜報科ではEランク評価みたいだけど、京夜は多分無闇に実力を面に出さないタイプね。
陽菜?
ああ、諜報科1年の
あいつには確かに「侮りがたし」とか言われたことあったな。
それにしても鋭いなアリア。
オレは確かに必要以上に自分の実力を晒したりしない。
まぁ、必要以前に普段の授業でも実力を見せないからEランク扱いなわけだがな……
知り合って半日でそれを見抜くとは、侮りがたしアリア。
「『能ある鷹は爪を隠す』。オレはまぁ、自分を有能だとは思っちゃいないが、それを見せびらかしたり誇示したりはしないってだけさ」
「それは良い心がけね」
それで互いに笑顔を向け合ったオレとアリア。
これでとりあえず話は終わりだな。
そう思ったオレはソファーから立ち上がって、入ってきたベランダに出て風になびく2本のワイヤーを手に持ち部屋に戻ろうとした。
「でもね、京夜」
そんなオレに諭すような口調で話し掛けてきたアリア。
オレもワイヤーを掴んだままアリアを見る。
「他人より優れた能力を持っていても、それを隠し続けて出し惜しみするようなら、それは宝の持ちぐされよ」
チクリ。と、オレの胸に何かが刺さるのを感じた。
そんなオレにアリアは一変して「なんてねっ」などと言って笑顔を見せつつ「また明日会いましょ」と見送ってきた。
オレはそれに「また明日」などと言って返して上の自分の部屋に戻っていった。
「……宝の持ちぐされ……か」
部屋に戻ったオレは、ソファーに座りながらさっきのアリアの言葉を復唱していた。
思えば今日のキンジが巻き込まれたチャリジャック。
不謹慎にも「面倒臭そうだ」などと考えずに、真っ先に助けに行っていたら。
体育倉庫の近くの草陰などに隠れずに、すぐ加勢していればどうなっただろうか。
結果的にキンジもアリアも無事で済んだわけだが、もしあそこでオレが加勢しなかった所為で2人が命を落としたとしたら……
「……違う。オレは仮定の話をしたいわけじゃない。最善を尽くしたかどうかが問題なんだ」
そうだ。
オレの今日の行動は武偵憲章1条にも反する恥ずべき行動だった。
「『仲間を信じ、仲間を助けよ』。今日の自分はここに置いていく。明日からは……」
自分の行動を恥じないようにしよう。
まぁ、基本的にはあまり変わらない気がするがな。
そんな結論を導き出したオレは、さっさとシャワーを浴びてベッドへと潜り込んで夢の中へとダイブしていった。
翌日。
いつもの時間に起床したオレは、ダラダラとしながらも身体を起こしつつ頭を覚醒させて、朝ご飯を済ませ登校の準備を整えていった。
「……さ……はん……しな……い」
オレが部屋を出る頃、丁度真下の階から誰かの甲高い声が聞こえてきたが、よく聞こえなかったし興味もなかったオレはさっさと部屋を出て武偵高行きの余裕のある時間帯のバスに乗って登校していった。
……なんだアレは……
何事もなく武偵高へと辿り着いたオレだったが、バスを降りて一般校舎へ歩を進めていた前方方向に妙な人物を発見した。
「や、やめてくださいぃ」
「ニャアー」
「
「ニャアーニャアー」
黒猫と戯れる女の子武偵。
わぁ、朝から変な子発見しちゃったよ、ハハッ!
って思うオレではもうない。
そんな自分は昨日に置いてきたわけだからな。
その女子生徒は肩の辺りまで伸ばした茶髪をしていて、背は150センチくらいでパッと見で幼い印象を受ける。
よく見ると少女の頭の上に黄色いインコが羽をばさばさと広げながら乗っていて、黒猫はそのインコを狙って少女目がけて大ジャンプ+猫パンチを繰り返していた。
周りの生徒はその様子をただ見るだけで何かしようとする気配は全くない。
その間にも少女は涙目で頭の上に乗るインコを守ろうと黒猫を追い払うが、効果はなさそうだ。
武偵なら黒猫なんかに負けるな。
と言ってやりたいが、なんか可哀相だから助けてやるか。
オレは考え至るや否や少女と黒猫に近付いていき、大ジャンプ+猫パンチを繰り返す黒猫を空中でキャッチし捕えた。
黒猫は始め、オレの腕の先でふがふがと暴れていたが、オレと目が合うと途端に大人しくなり「ニャアーン」と甘い声を出した。
説明しよう。オレはあらゆる動物に好かれる特殊な体質を持ち、初対面でもすぐに仲良くなることができるのだ!
どうだ、別に自慢することでもないだろう?
大人しくなった黒猫を地面に下ろしてやると、黒猫はオレに擦り寄って甘えてくる。
しかしまあ、懐かれても少し困るので程々に付き合ってあげてからどこか行くように促してやった。
その一連の行動を間近で見ていた少女は、瞳に涙を溜めながらポカーンと口を開けていた。
おっ、目の前で見ると結構可愛いなこの子。
ただ、オレのタイプとは正反対の位置にいるから、恋愛対象としてはアウトだがな。
言うなれば「守ってあげたくなる」タイプって感じだな。小動物みたいなもん。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございますっ!」
オレがそんなことを考えていると、少女はペコペコと頭を下げながらお礼を言ってきた。
インコはいつの間にか少女の右肩に移動し何やらオレを見ているようだった。
「気にするな。黒猫を追い払うくらい朝飯前だ」
本当に大したことはしてないしな。
オレはそう思いつつ少女に言葉を返してさっさと別れようとするが、少女はなにやらわたわたとしながら話をしようとするので、とりあえず待ってみた。
「あ、あのあの、私武偵高1年の
少女、小鳥は自分と肩に乗るインコの紹介をオレにしてきた。
って、高1なのか!? てっきり中等部くらいかと思ってたが……
まぁ、アリアみたいなちっこい高2がいるなら、この子みたいな高1がいても不思議ではないか。
「すみません。お名前をうかがってもよろしいですか?」
自己紹介を終えた小鳥は次に申し訳なさそうにオレの名前を聞いてきた。
「諜報科2年の猿飛京夜だ」
答えない理由もないし簡潔にそう返したオレ。
「それにしてもインコを放し飼いなんて凄いな。どっか行ったりしないのか?」
せっかく話しかけてきてくれたし、少しだけ話してみるかと思って自己紹介のあとにそんな質問をしつつオレはインコに右手の人差し指を差し出してみた。
「昴は家族で親友ですから檻に入れたりは絶対にしません。あっ! 昴は知らない人には懐かな……」
小鳥は言いながらオレの行動を止めようとしたが、そのインコ、昴は躊躇することなくオレが差し出した人差し指にピョンッと乗り移ってきた。
オレは鳥にも好かれるらしいな。初めて知ったよ。
「……昴が懐いてる……。猿飛先輩凄いですね」
「昔から動物に好かれる質なんだよ。何でかはオレも知らないがな」
「へぇ……ん? ふふっ、昴が『助けてくれてありがとう』って言ってます」
オレの言葉に納得しつつ、小鳥は笑いながら突然そんなことを言ってきた。
……おおう……普通っぽい子だと思ったが、どうやら違うらしいな。
昴が『助けてくれてありがとう』だって? まさか小鳥は鳥語? を解するとでも言うのか。
まぁ、ここ武偵高には超能力捜査研究科。通称『SSR』なんてオカルトな科目もあるから、全否定できないところが少し恐ろしいな。
実際そこを履修する白雪なんかは本物の
キョトンとするオレを余所に、小鳥は笑顔から一変。
突然ハッとしたかと思うと、ポケットから携帯を取り出して時間を確認していた。
「あ、あのすみません! 私急がなくてはいけなかったのでこれで失礼します! 助けていただき本当にありがとうございましたっ! 昴、行くよ!」
どうやら急ぐ理由があったらしい小鳥は、もう1度オレにお礼を言って頭を下げてから、くるりと反転し昴に呼び掛けて校舎へと走っていってしまい、昴もそれを追うようにオレの手から飛び立って行ってしまった。
橘小鳥ね……
個人的に少し調べてみるか。
電波な子なのか。はたまた凄い子なのか……気になって仕方ないからな。
オレは小鳥にそんな興味を持ちつつ、午前中の一般教科の授業を受けるためにその足を進めて校舎へと再び歩き出した。
武偵高では1時間目から4時間目まで普通の高校と同じように一般科目の授業を行い、5時間目以降、それぞれの専門科目に分かれて実習を行うことになっている。
オレはその5時間目以降の時間を活かして現在、朝に遭遇した武偵、橘小鳥について調査していた。
まぁ、在籍してる生徒なんだから調べるなら資料室。
ってわけで、今オレは目の前のパソコン画面と格闘していた。
だが、自慢じゃないがオレはコンピュータ関係の操作は苦手分野だ。
携帯だってメールと通話くらいしかまともに扱えない。
そんなわけでオレはあらかじめ助っ人を頼んでいたりする。
「ほいほーい。キョーやん、来たよー」
同級生の峰理子である。
理子は普段からアホなおバカキャラ。
ギャルゲー好きのマニアで知られているが、探偵科では上位ランクAの格付けで、情報収集能力がずば抜けて高いのだ。
ただまぁ、理子に何か頼むといつも条件付きになるからあまり頼りたくないのが本音だが、ただの興味だけで自分の足を使って調べるなんて労力を費やすのも嫌だからな。
理子が資料室に入ってくると、オレはパソコンの席を譲って座らせてその様子を眺めていた。
おお……なんか画面が忙しなく切り替わる。何が起きてるかよくわからん。
「キョーやんや。突然女の子のことを調べるなんて、もしかしてキョーやんにも春が!?」
調べながら理子はオレに顔を向けずにそんなことを言ってくる。
「違う。頼む前にも少し話しただろ」
「ちぇー。キョーやんつまんなーい」
「面白くする気がないからな。それより報酬の方は考え付いたのか?」
「あい! 実はさっきキーくんからも調査依頼をされたので、今回はうっはうはですよ!」
キーくんってのはキンジのことだ
キンジが調査することねぇ……
アリア辺りか? まぁどうでもいいか。
「そんで、報酬は?」
「そだねー……前はアキバでデートしたからー……アキバでデート!」
「もう少し捻ってくれ」
「前はギャルゲー漁りだったから、今回はコスプレデートなのです!」
うわぁ、すっげー嫌だ。
ただのデートの方が100倍マシだ。しかしだ……
「……女装とかはなしな」
調査を頼んだオレに拒否権はないのだ。
だから最悪の状況だけは回避して承諾した。
「キョーやん素材はいいから何でも似合うよー。女装も目付きを柔らかくすれば……」
「しない! それよりキンジの依頼もあるならさっさと済ませてくれ」
「らじゃー!」
理子はそう言ってから数分間沈黙し、黙々と作業をやっていった。
「……高い買い物をした気分だ」
資料室を出て、時間帯的にまだ6時間目くらいだったため、とりあえず理子から貰ったA4サイズの資料に目を通しながらやることはないが諜報科の専門棟を目指して歩いていた。
理子から貰った資料には、橘小鳥の生年月日や経歴などが記されていて……ん? スリーサイズまである……これは見なかったことにしてあげよう。
橘小鳥。
探偵科でCランク。
取り立てて目立つ経歴はないが、
内容は捜索物関係が多く、捜索能力に関しては高水準である。
携帯する銃はアメリカ産ジュニア・コルト、と。
とりあえず簡易データのみをざっと眺めてみたが、オレが知りたいのはこういった部分ではない。
そう思いつつ資料の先を見ようとした矢先に諜報科の専門棟に辿り着いたオレは、その出入口に茶髪の女子生徒を発見。
あれは小鳥だな。諜報科に何の用なんだ?
小鳥がそこにいる理由を考えながら、オレは持っていた資料を制服のポケットに入れて近寄り後ろから話しかけた。
「諜報科の誰かに用なのか?」
「うひゃー!!」
そんなに驚かなくてもいいだろ。
右肩に乗ってた昴も驚いて少し飛んだぞ。
「はっ! さ、猿飛先輩! 探しました!」
「オレを? 何で?」
どうやらオレを探していたらしい小鳥は、1度自分を落ち着けてから、話を始めた。
「あ、あの、猿飛先輩! 先輩は今
徒友?
先輩が後輩をマンツーマンで指導するあの面倒極まりない制度か。
「いや、誰とも契約してない」
そもそも諜報科でEランク評価のオレと徒友契約を結ぼうとするおバカな後輩はまずいないからな。
小鳥はオレの答えを聞いて笑顔になったかと思うと、すぐに真剣な顔になり何やら決意した瞳でオレを見てきた。
「さ、猿飛先輩! わ、私と徒友契約してくださいっ!」
「やだ」
「ふえええー!?」
ヤバイ、この子楽しい。
リアクションが大きいし期待通りの反応をしてくれる。
「まぁ冗談だが、何でオレとなんだ? そもそも専門科目が違うから教えられるようなことも少ないぞ?」
「猿飛先輩のこと調べました! 猿飛先輩はランクこそEですけど、それ以上の実力を持ってるはずなんです! それに昴も『凄い人だ』って!」
……また昴か。
いや、それ以前にわざわざオレのことを調べるとはな。
「猿飛先輩が徒友契約を結んでくださるなら、私はすぐにでも諜報科に転科します! 手続きとかあるので、今日申し込んでも来週にはなりますが、私は本気ですっ!」
真面目だな。というかまっすぐだ。
何でそこまで真剣なのかわからないが、門前払いする気にはなれないな。
「そうだな。橘がそこまで決意して徒友契約したいなら、少しだけ実力テストといこうか」
そう思ったオレは真剣な顔をする小鳥を見ながらそんな提案をしてみる。
「は、はい! 何をすればいいんですか?」
うんうん、期待どおりの反応だ。
それならオレも久しぶりに『本気』出してみるかな。
それにアリアにまた宝の持ちぐされなんて言われたくないしな。
「そうだな……じゃあ、オレとかくれんぼするか」
「……へっ?」
小鳥のそんな意表を突かれたような声は、響くことなく風の通り過ぎる音にかき消されていった。