緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet161

 理子の誕生日からオレの誕生日に日付が変わって、あまりハードではなかったが戦闘行動の反動で理子の部屋に戻ってからは特に何をするでもなく2人して就寝。

 理子にしてはあっさりと寝たなぁと思いながら、オレもソファーで寝たのだが、朝になったらオレにバレないようになのか下着姿に毛布を被っただけの理子が向かいのソファーでオレの方を見ながら寝ていて苦笑い。

 何かする気配があれば反射的に起きられるが、何もせずに距離を取って寝るとは考えたな。

 とかなんとか理子の成長なのか悪知恵なのか不明な行動を評価しつつ、ガッツリ見えてるハニーゴールドのブラジャーが隠れるように毛布をかけ直して、ぐっすり寝てる理子を起こさないように朝食を作ってやって静かに部屋を出る。

 昨夜に理子からは「京夜の誕生日を一緒に迎えられたから満足」と言われていたので、また何かあればその時に勝手に会いに来るだろうと思ったのと、朝食を作ってる最中に玄関付近に気配を匂わせる存在があったのでそっちにも気を遣った。

 

「何もしていないでしょうね?」

 

「ソファーであれな格好はしてるが、身の潔白は信じて欲しいね」

 

 その気配を匂わせたヒルダは、約束通りに朝に戻ってきたが、まだオレがいるから律儀に外で待ってたようで、玄関からオレが出てくるなり確認を怠らない。

 状況的にリビングを見るとヒルダの心配が的中してそうなのもあるから、信じてもらえないかもと思ったが、意外にも言葉だけで信じてくれたヒルダは、

 

「理子はお前と過ごす誕生日を楽しみにしていたわ。その時間をあの子にくれてありがとう、サルトビ」

 

「オレも1人で迎える誕生日じゃなくて良かったよ」

 

 絶対に言うなと言われていそうな事をオレに事後報告みたいに言ってきて、聞かなかったことにしつつオレも言わなくていいという旨でそう返して女子寮をあとにした。

 男子寮に戻ってからは午前中のうちに幸帆がひっそりと誕生日を祝ってくれる予定が入っていたので、何も食べずに9時頃まで待っていると、小鳥と貴希を引き連れてやって来た幸帆がビターなショコラケーキと共に買ってきたピザやらも用意してくれる。

 人数も良心的であまり騒がない小鳥と貴希の人選もグッジョブだが、プレゼントは謎の不公平がないようにと3人で1つのものを用意したらしく、なんとあの一足早く留学したあややに発注したとかの品。

 あやや製には期待半分、不安半分のギャンブルが付き纏うので開けるのがちょっと怖かったが、いざ開けてみるとメカメカしたものではなく、むしろ分かりやすい代物でちょっと驚く。

 見た目には完全にフードなしの黒の全身タイツ。素材も伸縮性のあるよくありそうなものだが、あやや製ならただの全身タイツってこともないだろう。

 

「京様は身軽にするためにいくらか火力を抑える体作りをされていましたから、その助けになればと私達で考えまして」

 

「平賀先輩に相談しましたら『こっちの面白そうな素材を使って作るのだー!』って意気込んでくれました」

 

「服の下に着込むだけで色々と違うらしいですよ」

 

 何が違うのかと観察しながら、幸帆、小鳥、貴希の言葉を聞いて普段から着込むやつなのかとちょっと不安が増す。

 通気性とか大丈夫なのかと思いつつ、3人がようやくこのタイツの性能についてを説明してくれて、それによると関節の駆動サポートやら圧倒的な通気性やらと都合の良い言葉が出てくる。

 中でも着ていることさえ忘れるフィット感という謎ワードが強調され、ついでにシェイプアップや着痩せ効果もあるらしい。いらん。女子か。

 とにかく今の状態に違和感なく着込んで体のキレが上げられる代物ってことで納得し、その効果は後日に確認するとしてささやかな誕生日パーティーが開始され、昨日に発表されたクラス替えの話などで盛り上がる。

 オレもここで初めて3年のクラスを確認したが、3年は実質的にクラスがあってないような感じになる――出張依頼が多くなる――のを京都武偵高で経験済みなので流し気味。オレもオレで半分以上はクラスにいていない扱いになるし。

 朝食と昼食も兼ねた誕生日パーティーも幸帆達の将来の話で締めに入り、何故かオレのアドバイスで終了という感じになったが、その頃を見計らったように後片付けをしてくれてる幸帆達を他所にジャンヌからメールが届く。

 誕生日祝いのメールかなとちょっと期待したオレがバカだったが、期待を裏切って『第3女子寮に来い』という命令に理由がないので行くのをやめようかなと考えた。

 だが残念なことにすでに苺のお迎えが来てる旨もメールにあったので、仕方なく幸帆達と一緒に部屋を出て、苺の運転する車で第3女子寮に向かった。

 

「中空知が留年したのだ」

 

「そりゃまた」

 

「大変ですのー」

 

「ず……ずびまぜん……」

 

 そこで聞かされたのは、まさかの中空知の留年。

 成績自体は悪くなかったはずの中空知だが、周知の運動音痴が足を引っ張って体育だけ単位が足りずに見事、留年が決定したらしい。

 今もオレがいるからフルフェイスのヘルメットを被って対面してるが、あれはたぶんフェイス部分は完全に視界を遮断してる。

 

「今朝方に留年生ガイダンスに参加してきて、教務科の方から処遇の決定がされたのだが、封建主義の武偵高では留年生は邪魔者扱いを受ける」

 

「そりゃ同じ学年に元先輩がいたら空気があれするしな」

 

「だからこの場合、顔の知られていない別の武偵高に編入し新2年生として過ごすことが決まりらしく、中空知は今月から神奈川武偵高に編入することになった」

 

「お別れですの?」

 

「ずびまぜん……」

 

 話ができなさそうな中空知に代わってその辺のことを説明してくれたジャンヌは、チームメイトの残念な結果に頭を抱えてしまっていて、こうなるとどうやって去年は進級したのか不思議な中空知は今までのような援護が難しくなりそうだ。

 

「それから……遠山だが……」

 

「ん……そういやあいつも今はうちのチームのメンバーってことになってるのか」

 

「うむ……その遠山も留年したようだ……」

 

 ……………………ワタシヨクキコエナカッタヨ。

 色々と癖が強いチームだとは思っていたが、まさか6人中2人も留年生を出すチームに入ろうとは思わなかったな。

 というか通信教育の京極でさえ進級できてるのに、何故に普通に通学してるやつらが留年しとんねん!

 

「はぁぁぁぁぁぁ…………んで、バカキンジも神奈川武偵高?」

 

「ノン。遠山は中空知と違って日本に引き取り先がなかったらしい。なので海外のローマ武偵高に留学するのだそうだ」

 

「ローマ……御愁傷様」

 

「その反応はどうなのだ?」

 

「いや、なんか悪気はないが巡り巡ったのかなと勘繰った。悪意もない」

 

 それで盛大にツッコむと中空知が泣きかねないので長い溜め息で切り替えておバカさんの行き先を尋ねると、なんかどこかで聞いたような名前が挙がって、勝手ながらごめんなさいを言っておく。

 というか日本の武偵高でキンジを引き取ってもいいってところが1つもないってのがある意味で凄すぎる。これがいくつもの国を敵に回した男の末路というわけか。

 自分はそうならないように気を付けようと心に誓って、チームメイトが残念なことになって消沈しまくりのジャンヌを苺が慰めているのを見ていたら、幸姉から電話がかかってきたので部屋を出て通話に応じる。

 

『まずはまぁ、誕生日おめでとうってことで』

 

「まずは?」

 

『そっちの方が先ですかい』

 

「ああはい。ありがとう、幸姉。んで?」

 

『もう少し感傷に浸りなさいよ。まぁいいけど。電話のきっかけに誕生日を利用して悪いんだけど、本題の方はちょっと重いわよ』

 

「じゃあ嫌だ」

 

『ダメよ。今日を逃したら京夜への通話料だってバカにならないんだし』

 

「どこからの情報だよそれ」

 

『そっちに行った時にジャンヌが愚痴ってたもん』

 

 こっちに来たあとに戻って当主様に説教を受けてずいぶんと大人しくなってた幸姉からの電話だったから、お祝いだけってのはないなと思っていたら案の定。

 しかもオレの今後を知ってる口振りに探りを入れたら、ガバガバなジャンヌさんから漏れていたらしいので通話を終えたらさらに落ち込ませておこう。

 

「ジャンヌにはマシンガンチョップを食らわせるとして、本題をどうぞ」

 

『あんまりいじめないであげなさい。京夜といられなくて拗ねてたみたいだし。それで本題なんだけど、京夜は覚えてるかな? 小さい頃に1度だけ会ったことがあるんだけど、勇志(ゆうし)君って子』

 

「勇志…………フルネームは?」

 

『おお、めんご。お家の方は私達とも縁があるところで、今は霧原(きりはら)ってなってるけど』

 

「霧原勇志……ああ、十勇士の」

 

『そっ。霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)の子孫の子』

 

 本題の方が割と重いというからその空気を出してくるかと思えば、なんか軽い口調で調子が狂うが、その前に確認作業として1人の男の名前を出して思い出させてくる。

 霧原勇志とはオレが5歳くらいの時に、絶縁にはなってないかつての十勇士の子孫が集まれるだけ集まって同窓会みたいなことを親がした時に会ったことがある。

 勇志はオレより2つ歳上の、今年で20歳になるはずのお兄さんだが、確か親の英才教育だかで公安入りを目指してアホみたいに優秀だった記憶がある。

 子供の思う優秀だから当てにはならないが、7歳の当時で『霧隠の秘技』を体得してたらしいから幸姉と同類の天才ではある。

 

「その勇志……さんがどうしたんだよ」

 

『勇志君、親の希望通りに警視庁公安部に配属されたらしいんだけど、ほら、去年に首相が代わって、行政刷新会議……事業仕分けの内容の中に0課の解体が含まれてたわけ』

 

「そんなの言われても公安0課なんて表沙汰になってない御庭番みたいなもんだしな。って、0課?」

 

『そっ。勇志君はそこにいたらしいんだけど、解体のあとから連絡が取れなくなっちゃってて、公安の方でも所在を掴んでないってきな臭さみたい』

 

 それでその勇志さんがどうしたのかに話が進むと、解体されたという公安0課にいたその勇志さんが行方不明になっているということ。

 さらに所属先の警視庁公安部でさえその行方を知らないというのは、牙持つ狼を野に放ったに等しい失態。

 

「そんな話、どこから降って湧いたんだよ」

 

『勇志君のご両親からよ。公安でも何か隠している節があったけど、真相に迫るには権限も何もないって話がどん詰まり。でもどうにかして見つけ出したいからって、旧知の仲を頼って秘密裏に真田に話が来たのよ。京夜が武偵をやってるのも耳にしてたみたい』

 

「嫌だよオレ。公安とか検察とかそっちのエリート組織と関わりたくないもん。元0課なんてそれこそ人間やめましたなやつらじゃん。実物見たあとだと尚更」

 

『0課の人と会ったことあるの?』

 

「あ、いや、正確には0課相当の超人にだけど……」

 

 当然、こんな話が噂とかで流れてくるわけもないので、どこから舞い込んできたのか探ると、勇志さんのご両親からと。

 さらに口振りからして幸姉の言わんとしてることがわかってあからさまに嫌がり、頭の中ではサイオンと趙煬の顔が浮かんで青ざめる。

 

「とにかく、勇志さんを探せって依頼ならオレには荷が重い。旧知の仲でも断っておいてくれ」

 

『誰も依頼なんて言ってないわよ。私だって京夜に任せていいかどうか判断くらいできるってば。こんなの眞弓達だって即却下されるし』

 

「……じゃあ何でこんな話を?」

 

『別にこだわらなくてもいいってのを前提にして、何か勇志君に繋がる情報が耳に入ったら報告してほしいってこと。武偵にも武偵の情報網ってのがあるでしょ。こっちで掴めないこともあるかもしれないから、アンテナは多い方がいいなって。もちろんこっちでも危険が及ばない範囲で探りは入れてみるけどね』

 

「そういうことなら肩肘張らずにやるけど、期待はするなよ」

 

『期待してないところで来る京夜の連絡ってドキドキするしね。まぁあとは百地(ももじ)の旦那にも話は行ってるから……っと、蛇足だったわね。そういうことだからよろしくね、京夜』

 

 草の根分けてでも探せと言うかと思ったが、そこまで期待はしてないから小耳に挟んだりしたら教えてねってことでホッとするのと同時に、やはりそれだけでいいのかと考えもする。身内って言えばそうだし、放置もできないからな。

 まぁそれでも率先してやるべき案件ではないと判断して了承しておくと、なんか別ルートでも探りを入れてることを口走った幸姉は、言い過ぎたなと口を塞いで通話を終了。

 すぐにメールで警察学校卒業時の勇志さんの画像――去年のものだ――が送られてきて、その顔を記憶して画像を削除。

 きな臭さは半端ないが、何もなく無事に見つかることを祈るね。

 

「…………っし。行くか」

 

 幸姉との電話のあと、ぐったりしているジャンヌに温情でチョップ1発だけをお見舞いして、なっちまったもんは仕方ないと開き直らせて解散。

 オレもオレでやることがあったから、それからは誕生日ということも忘れて準備に追われる1日となり、翌朝に全てを終えて出発の時間を迎え、2年使ってきた部屋を一瞥してから、割と大きくなった荷物と共に男子寮を出た。

 向かった先は羽田空港。

 新学期も始まるというこの時期に呑気に旅行だぜ。ではなく、以前から決まっていたオレの留学がこれから始まるわけだ。

 いざ空港まで来ると、しばらくは日本に帰ってこないこともあり、初めての長期滞在に色んな思いが出てくる。

 

「寂しくはないだろうがな」

 

 とはいえ行く先には顔見知りもいるし、なんだかんだで忙しい日々はほぼ確定してるから寂しさなどの感情は抱かなくて済むのは助かるような残念なような。

 しかしそれ以上に留学をちょっと楽しみにしてる自分の感情に驚いている。

 海外に対する不安感をこの1年でずいぶん拭えたのもあるだろうが、今の自分が日本以外でどのくらい使えるのかを知れる機会は、意外と貴重な体験。自分を見つけ直すにももってこい。

 あとはキンジのように悪目立ちしないようにだけ注意すれば有意義な留学生活を送れるだろう。

 そう考えてフライト時間までのわずかな時間をのんびりとしていると、まぁ予想はしていたが何人かの見送り組がオレを発見して近寄ってきた。

 

「緊張はしていないようだな」

 

「さすがキョーやん! 理子りんの未来の旦那様はこのくらいで緊張しないよねぇ。くふっ」

 

「あんた達、もうそこまで進展してたの……」

 

「理子が勝手に言ってるだけだ」

 

 オレの留学は周知させてないので、知る人ぞ知るといった情報だから、見送りに来られるやつは情報戦で勝利したやつということになる。

 それで姿を見せたジャンヌ、理子、アリアもオレが周知しなかったことを考慮して余計なことはしないで来てくれたらしく、他に知り合いの姿はない。

「くれぐれもお前だけは問題を起こさないでくれ。頼むからこれ以上チームメンバーに頭を悩ませないでほしい」

 

「切なる願いだな。オレも問題児扱いは嫌だし、適度に大人しくしておくよ」

 

「あと向こうで女を作るなよ。お前の周りは色々と物騒だ。理子もそうだが、劉蘭なども怖い」

 

「色恋沙汰は心配するな……理子も睨むな。そんな余裕はオレにはない」

 

 何か順番決めでもあったのか、主張の強い理子もアリアも黙ってまずはジャンヌがオレとの挨拶をしてくれて、切実な思いを吐いたジャンヌにリーダーの苦労がうかがえて苦笑。

 これで心労が祟ってジャンヌが京極みたいな出不精になったら大事だから、オレくらいはちゃんとしてやろうとポジティブなことは言っておくが、女癖が悪いみたいな物言いにはツッコまざるを得ない。

 女と聞いて反応する理子も怖いが、余計な心配をしたジャンヌには昨日に続いてチョップをくれてやり、頭をさすったジャンヌは小さく笑う。

 

「声が聞きたくなったらいつでも連絡しろ。愚痴くらいなら聞いてやらんこともない」

 

「それはジャンヌが言いたいことがあるんだろ。まぁ聞いてやらんこともないぞ」

 

「真似をするな」

 

 最後に電話はいつでもしていいみたいなことを言ってきたジャンヌだが、これは先に連絡した方が負けだなと思いつつそんな返しで終了。

 入れ替わるようにアリアが寄ってきて、かなえさんの釈放から一切の曇りもなくなって可愛くなった笑顔で見られてちょっとドキッとするが、ポーカーフェイスはお手のものよ。

 

「ワトソンからちょっと聞いたけど、向こうじゃあたしのいない穴を埋める役目になるみたいね。そこは素直に謝っておくわ。ごめんなさい」

 

「他にも選択肢があって選んだわけだし、アリアが気にすることもない。ワトソンにもそう言っておけ」

 

「京夜がそう言うならあたしも気にしないわ。あとはそうね。妹のことを頼めるかしら」

 

「言われなくてもどうせ手足として使われるしな。この機に生活習慣も改善してやろうと思ってる」

 

「それはいいわね。あの子は嫌がると思うけど、京夜のすることなら割と受け入れる傾向があるみたいだし、1人で歩けるくらいになったら嬉しいわ」

 

「オレは魔法使いじゃないんだが……」

 

 留学先でのオレの役割を聞いていたらしいアリアは最初こそ申し訳なさそうにしたが、けしかけたのは妹の方だし気にするなと言えば、本当にコロッと態度を変えたからそれもどうかと思う。

 それからやはり妹のことは気になるのか、数少ない友人であるオレに頼むアリアはちょっとだけお姉さんって感じがして、オレもオレでメヌエットにはしてやりたいことがあったから快く返事して、それを聞いたアリアはまた笑って理子と交代していった。

 

「まぁ死なないようにだけ頑張れや」

 

「やけにあっさりした挨拶だな」

 

 そして最後になった理子だったが、いざ口を開けば1番まともというかなんというかで、もっと抱きつかれたりでもするのかと思って気持ちを作ってた自分が恥ずかしい。

 

「言いたいことも伝えたいことも昨日ので全部だったしね。ああでも、ジャンヌが言ってた女にだけは注意。あっちには日本人にない別の色気ってやつがあるから」

 

「これでも欧州には結構いたんだぞ。それにジャンヌやメーヤさんで美人への耐性は付いてるし……」

 

 そうした内心は隠しつつ大人しい理子の理由を探ると、そういやそうだなと納得したものの、すぐにまた女の話をするので意地悪を言ってやると、言い切るより前にほっぺを引っ張られてしまった。

 

「おかしいなぁ。理子りんの名前は挙がらないのかなぁ?」

 

「お前は日本人の血の方が濃いだろうが。文句を言うなら生粋のフランス人に生まれ変わってこい」

 

「はい差別ぅ。理子りんだってフランス人の血を引いてるしぃ。っていうかそれ言ったらメーヤってシスターも生粋のイタリア人じゃないじゃん!」

 

「そういやそうだな」

 

 言われて気づいたが、メーヤさんは生粋のイタリア人じゃなく日本人の血が混じっていたので、オレの言葉の説得力は崩壊。

 それでも意地悪をしたからには押し通す!

 

「いいですよーだ。帰ってきた時にキョーやんが意地悪できないくらい美人になってればいいわけでしょ。絶対にぎゃふんって言わせてやるから」

 

「ぎゃふんは昨日に散々言ってたろ。お前が」

 

「ぷんぷんがおー!」

 

 やっぱり最後まで理子だった挨拶だが、搭乗の受け付けが始まったアナウンスが流れたので、2人してそれでクールダウンして切り替える。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

「あっ……うん」

 

 何か言いたそうに見えた理子だが、オレの言葉に上手く返せなくて俯いてしまった。

 まだ言えるぞとちょっとだけ待ってみたが、言い直す素振りもなかったので後ろにいたジャンヌとアリアに目配せして行くことを告げ踵を返す。

 

「京夜」

 

 しかしそのタイミングで理子が声をかけたもんだから、反射的に振り返ったら近寄ってきた理子が振り向き様に抱きついてきて、それでもすぐに離れて、オレが1番好きな笑顔で見上げてくる。

 

「行ってらっしゃい」

 

「……おう」

 

 そうしてオレは、新学期の始まりと共に理子達に見送られて遠くロンドンへと旅立った。


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