緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet17

 ブラドに捕まった理子の心の底からの助けの声に応えたオレ達は、すぐに動き出す。

 

「――キンジ、京夜、まずは理子を救出(セーブ)するわよ! 側面はあんたたちに任せるわ!」

 

 言ったアリアは一直線に怪物ブラドへと弾丸のように突っ込む。

 しかしそれを阻むように左右から銀狼がアリアに牙を向く。

 

「キンジ、お前は銀狼を頼む」

 

「理子はどうする?」

 

「任せろ」

 

 言うが早いか、オレはクナイを2本取り出してアリアに続いて走り出し、キンジは迫る銀狼に1発ずつ撃って先日のレキの神技、神経の圧迫による麻痺でその動きを止めてみせる。

 そこを2人で抜けてアリアの牽制射撃の横からブラドに接近したオレが、持っていたクナイを投げて理子を掴むブラドの腕。そこの握力に関係する筋肉を一時的に切断。

 それで握力を失ったブラドは理子を手放し、落ちる理子を肩に乗せる形で受け止めちょっと失敬もしつつ通り過ぎる。

 その時ぐふっ、とか小さい呻き声が聞こえたが無視。

 アリアは銃弾の雨でブラドを牽制した。

 

「――ガキどもが。遊び方を教えて欲しいみたいだな」

 

 オレ達を見ながら嘲笑うように言ったブラドは、オレ達が付けた傷を一瞬で治しながら余裕を見せ、キンジとアリアが一旦下がって理子を持つオレのそばへと合流。

 

「さっきの話――結局なんだかよく分かんなかったけどね! 理子! あたしを騙したきゃ騙す、使うなら使うで、こそどろなんかじゃなくって――こういう戦闘の方に使いなさいよ!」

 

「ぷっ、確かにアリアにこそこそする作業は似合わないよな」

 

「京夜、あとで風穴! それとブラド! あんた今、あたしの事を『ガキ』って言ったわね? あたしはもう16歳よ! その言葉、明らかな侮辱と受け止めるわ!」

 

「人間なんざみんなガキだ。800年生きてる俺から見ればな」

 

「……また言ったわね!? もう、ひざまずいて泣いて謝っても許さないわよ! あんたもルーマニアの貴族だったんでしょ? 貴族を侮辱したらどうなるか分かってるわよね!?」

 

「――どうするってんだ? え? これからどうしようってんだ、この俺を」

 

「決まってるでしょ。逮捕するのよ! ママの冤罪、99年分は――アンタの罪! ママの裁判の証言台に、耳引っぱって引きずってでも立たせてやるんだから!」

 

「ゲァバババハハハ! 俺をタイホときたか! ホームズ家の娘!」

 

「『無限罪のブラド』――あんたは、あたしのターゲットの中でもいちばん正体不明で、見つけにくそうな相手だったわ。それが警戒心もなく、あたしの目の前で正体を現したんだからねっ。覚悟なさい!」

 

「吸血鬼と人間は、捕食者と餌の関係だ。狼が、ネズミを警戒すると思うか?」

 

「年寄りのくせに無知ね、ブラド。世の中には、毒を持ったネズミだっているのよ」

 

 言いながらアリアはブラドに見えないように指信号(タッピング)でオレ達に指示を出す。

 えーと、なになに……「リコ ヲ カクセ キンジ ワ エンゴ」ね。了解。

 指示されたオレは理子をヘリポートの陰、段差の下に連れていった。

 そこで下ろして容態の方を軽く診るが見た目ほど酷い怪我ではない。

 それに安堵しつつ心配そうに見てくる理子の顔に手を当て少しだけ笑いながら、ブラドと交錯した時に取り返した十字架をまた理子につけてやる。

 

「大事なものなら今度はしっかり持ってろよ」

 

「あ……で、でもブラドは強いの! あたし達が束になっても絶対に勝てない! だから逃げよう! 逃げたって誰も文句を言わない!」

 

「逃げようって意見には賛成したいが、んー、文句ならオレがあるぞ」

 

 十字架を返してもらって心の底から嬉しそうな顔をしかけながらも、状況が状況なのですぐに険しい顔になった理子がその恐怖から逃げる提案を真っ先にしてきた。

 しかしオレはそうして袖を掴んできた理子の手をほどいて文句を言ってやる。

 

「いま逃げたら『助けて』と言ったお前を本当の意味で助けられない。それは依頼を受けたオレに依頼破棄させるのと同じなんだよ。依頼した以上、お前はオレ達に助けられろ」

 

 なかなかの暴論だ。

 でもそんな言葉でも理子の心には届いてくれたのか、さっきの悔し涙とは違う別の涙が溢れそうになる。

 それを流れる前に指で拭ってやってから立ち上がり、現在進行形でブラドと戦う2人と合流するために動き出す。

 

すばらしい(フィー・ブッコロス)。アリア。生意気な女ほど、串刺しにするといいツラをするんだよなァ。ゲバッ、ゲバッ、ゲバハハッ」

 

 合流した先ではアリアの挑発に乗ってブラドが意識をアリアに向けていた。

 しかし、あの再生力を見たあとだと、無闇に戦っても消耗するだけだな。

 

「アリア。少しブラドを銃弾で牽制してみてくれ。ちょっと観察したい」

 

「なに悠長なこと言ってんのよ! 一緒に戦いなさい!」

 

「生憎オレは戦闘向きの装備が乏しい。援護はそこそこしてやれるが、正面切って戦うのは――!」

 

 と、オレが言い終える前にブラドが突っ込んできたため、アリアとキンジは横っ飛びでブラドの左右に避け、オレは振り回してきたブラドの右腕を軸に跳び箱のように跳び月面宙返りをしてブラドを跳び越えた。

 

「まだ話してる最中だろ。気を遣え」

 

「ネズミに気を遣えだと? ゲバハハッ! 面白ェことを言うな」

 

「ネズミというよりサルだがな、オレの場合」

 

「バカ言ってないで手を動かす!」

 

 アリアはオレにそんなツッコミを入れると同時にブラドへと発砲を開始。

 しかしブラドは全く守る素振りを見せずアリアへと突っ込みその剛腕を振るう。

 アリアもそれをひらりと躱しながら周囲を回りながら発砲を続けた。

 さて、あの再生力。体全体が同じ再生スピードなのか?

 どこか再生が遅かったり、治ってない箇所はないか?

 オレはそうやって撃ち抜かれるブラドを観察しながら、時おり迫る剛腕を先ほど言ったようにサルのように躱していく。

 すると少し気付いた。ブラドの体には左右の肩、右の脇腹に目玉のような模様があるのだが、そこの傷の治りがわずかに遅い。

 弱点と呼べるレベルではないが。痛がってすらいないし。

 そうこうしてると少し離れていたキンジと合流。それを見たブラドはニヤリと笑ったかと思うと、屋上の隅に立つ携帯電話用の基地局アンテナの方へ向かった。

 何か企んでるのは見え見えだが、こっちも企むチャンス。

 

「……あいつ。あたしたちをあの爪で突き刺すチャンスが何度もあったのに、掴もうとしてきたわ」

 

「生け捕りにするつもりだったんだろう。ヤツは名家の血のコレクターだからな」

 

「――血統書付きのイヌネコかオレ達は」

 

「……アリア。猿飛。ブラドには体の4ヵ所に弱点がある。その4ヵ所を全て同時に攻撃すれば、きっと斃せる。イ・ウーのナンバー1は、そうやってアイツを従えたらしい」

 

「ど……どこで聞いたの、そんな話」

 

 情報源は……まぁ、ジャンヌしかいないよな。

 理子はブラドと戦うことを想定してなかったし。

 

「あの目玉模様の所。傷の治りが若干悪かった。あれか?」

 

「そうらしいな」

 

「キンジ。京夜。でも、3つしかないじゃない」

 

「4ヵ所目がどこなのかは……分からないんだ。戦いながら探すしかない。同時攻撃する時は――アリアがあの両肩の目をやってくれ。猿飛は狙いが逸れないように少しでいい、ブラドを拘束してくれ。俺が、脇腹と第4の目をなんとかする」

 

「さすがキンジ。オレにピッタリな役目だ」

 

「……分かったわ。でもあたし、実はもう銃弾が2発しかないの。だから同時攻撃の時は『撃て』って言って。それまで、弾切れしたフリをする」

 

「キンジの弾は使えないのか?」

 

「ムリだ。アリアのガバとは口径が合わない。1発勝負になるな」

 

 ばきん!

 そんな話をしていると、ブラドが5メートルはあろうかという携帯基地局アンテナを屋上からむしり取って自らの武器にしていた。

 その様は鬼に金棒といったところか。

 

「……人間を串刺しにするのは久しぶりだが、串はコイツでいいだろう。ガキ共、作戦は立ったか? 銀でもニンニクでも何でも持ってこい。俺はこの数十年の遺伝子上書きで、何もかも克服済みだ。まァ……いまだに好きではないがな。ホームズ4世。おめぇもリュパン4世と同じような、ホームズ家の欠陥品みてえだな。ウサギみてぇなすばしっこさと射撃の腕はともかく……初代ホームズの推理力が、まるっきり遺伝してないと聞いたぞ。それから猿飛。お前は確か京都武偵高にいた頃は『猿飛佐助の再来』とまで言われてたようだが、まるっきりダメだな。お前も欠陥品だ。だから家を追い出されたんだろう?」

 

 コイツ……余計なことを。人の過去をベラベラしゃべりやがって。

 

「それが何? 遺伝、遺伝って粘着質ね。たまにいるのよ、そういう家系図マニア。あのねぇ。あんたは遺伝子の書き換えと才能だけで強くなったみたいだけど――人間は、遺伝子だけじゃ決まらないのよ! 先天的な遺伝は、確かに人間の能力をある程度決めてしまうわ。でも人間はそれ以上に、努力や鍛練で自分を後天的に高めることができるのよ! ――理子に何も遺伝してないって言うんなら、あの子はその生きた証拠だわ!」

 

 ……ホントに、まっすぐな奴だよな、アリア。

 だが、おかげで怒りも治まった。冷静さを欠いたら危なかったから助かったよ。

 

「――あたしはあの子と2度戦ったけど、本当に強かったんだから!」

 

「――それは、欠陥品同士だからそう感じたんだろう? ただ……今のお前には遠山という、欠陥を補うパートナーが揃っている。それに同じ欠陥品だが猿飛もな。ホームズ家の人間が誰かと組んだ時は警戒しろ、と昔聞いたことがあるんでな。まずはお前にご退場願おうか。遠山キンジ。ワラキアの魔笛に酔え――!」

 

 言ったブラドは、大きく身体を反らすと、ずおおおおおッ、と、不気味な音を立てて空気を吸い込み始めて、その胸はバルーンのように膨らんでいった。

 おいおい、魔笛ってまさか……

 ビャアアアアアアウヴァイイイイイイイイイイイイイイイイ――ッ!!

 咆哮――それはランドマークタワー全体を振動させる大音量だった。

 オレ達はそれを耳を塞ぎ目を閉じて堪えるので精一杯だった。

 下手をすれば意識が飛びかねないほどの大音量。アリアなんかはその威力で尻餅をついてしまっていた。

 そして音の嵐が止む。

 

「ど……ドラキュラが、吼えるなんて……聞いてないわよッ!」

 

 まったくだ。だがこれで何が変わる?

 と思ったオレがキンジを見ると、すぐに分かってしまった。

 キンジの表情、雰囲気に覇気がない。つまりは『使えるキンジ』ではないのだ。それにはキンジ自身が一番驚いていた。

 そして放心に近い状態のキンジにブラドが近付きその巨大な凶器を振るう。

 

「もう殺傷圏内(キリングレンジ)よバカっ! なにボーっと突っ立ってんの!」

 

 立ち尽くすキンジにアリアが叫び足払いをし転ばせると、そのキンジの頭があった位置をブラドの金棒が通り過ぎた。

 そして代わりにアリアが2本の小太刀で受けてヘリポートの隅まで冗談のように吹き飛んだ。

 オレは後退してそれを躱していたが、転んでまだ動かないキンジにブラドが返しの一撃を放つ。

 咄嗟にキンジの襟首を掴んで引き戻そうとしてみたが、1歩遅くキンジは金棒に掠められただけで吹き飛び、最悪なことに屋上から身体を投げ出された。

 

「キ――!」

 

 叫ぼうとしたオレにブラドがすかさず金棒を振るってきたため、慌ててそれを躱し、キンジの落ちていった方向を見つつ、吹き飛んで呻くアリアに狙いを定めたブラドに気付き、いち早くアリアの元に行き、左脇に抱えてブラドから逃げた。

 

「京……夜……」

 

「回復までどの程度かかる?」

 

「1分……ちょうだい」

 

「了解」

 

「キンジ……は?」

 

「理子が追う形で飛び降りたから、自殺願望とかじゃなきゃ無事だとは思うがな」

 

「ゲバハハッ! 小娘を抱えたまま俺から逃げ切れるのか?」

 

 屋上の縁を走りながら逃げるオレにブラドが笑いながらそんなことを言う。

 

「アリアはちっこいし軽いから余裕だな。むしろオレ達を殺る気ならお前が本気を出せ」

 

「ゲバハハッ! 後悔するなよ猿飛」

 

「悪いが、お前は人間を舐めすぎだ。すでにオレの包囲は完了してる」

 

「ん?」

 

 言った後オレは右手に持っていたワイヤーを引っ張り、逃げながらブラドの足元に垂らしていたワイヤーを引き寄せ両足に巻き付かせた。

 ご存知かな? キュウリなどに糸を巻き付けて絞るように引っ張ると、それを輪切りのように切れるということを。

 そいつを頑丈なワイヤーでやったらどうなるだろうな?

 そしてオレは巻き付いたワイヤーを勢い良く引っ張りブラドの足首を切断……まではいかないまでも、腱を切って一時的に動きを止めることに成功した。

 その隙にブラドから距離を取り、動けるようになったアリアを下ろした。

 これで時間稼ぎにはなったかな。

 

「こざかしい真似をしてくれる」

 

 ブラドは腱を切られて膝をついたが、すぐに回復して立ち上がり、再びオレとアリアと対峙した。

 そしてオレはさらに仕掛けていた最終手段を使う。

 タイミングとしてはベストだろ? キンジ!

 

「本気のオレは、少し鬱陶しいぞ、ブラド」

 

「アリア! ――撃て!」

 

 オレが言ったのとほぼ同時、改造制服を広げてできるらしいパラグライダーで下着姿の理子と一緒に上空から返ってきたキンジが、屋上に着地すると同時にアリアに叫び、それを聞いたアリアも瞬時に銃を抜きブラドに向け、見れば理子も胸の間から1丁の銃を抜きパラグライダーを切り離しブラドに向かっていた。

 そんな3人……いや、4人をまとめて倒そうとブラドが金棒を振るおうとした。

 しかしその金棒は6本のワイヤーがピンと張り付き、屋上の縁と繋がれてピクリとも動かなかった。

 つまりは振るう方向に力を入れようとすると、ワイヤーが張って動きを止めるのだ。

 初動さえ十分にさせなければ怪力も発揮できない。これでブラドの攻撃は止めてやったぞ。

 

「さ、猿飛ぃぃぃぃ!」

 

 そしてキンジ達がその隙にブラドの弱点を撃ち抜こうとした時、ビカッ!

 近くで稲光が起き、それにビックリしたアリアが目を閉じながら撃ってしまい、1発だけ狙いが逸れてしまった。

 しかし、それをどうにかするのが、いつの間にかまた使えるようになったキンジだ。

 キンジはアリアが撃った後に軌道が逸れていることに気付き、自分の銃弾をアリアの銃弾に掠めさせて軌道を修正しつつ、自分の銃弾も本来の軌道に乗せたのだ。

 あっ、これは後からキンジに聞いた話だが。オレが銃弾の軌道なんか見えるわけねぇだろ。

 そして3発の銃弾はブラドの両肩と右脇腹の目玉模様を撃ち抜き、最後の1つを理子が撃ち抜き、銃撃を終えた理子は、ブラドの頭を踏み、背後に跳んで可愛らしくターン。

 

「ぶわぁーか」

 

 アカンベーをしてみせた。

 ブラドは隠されていたベロの先の目玉模様を晒しながら崩れ落ち、持っていた金棒の下敷きにされてしまった。

 撃たれた箇所からは血が流れ出ているから、本当に動けないんだろうな。

 そしてオレはブラドとやり合う前に捕えていた銀狼達の元に行き、通じるかはわからないが話をしてみた。

 

「お前達の主人はあの有様で、もう一生、日の目を見ることはないだろう。そうなるとお前達は捕獲されて動物園行きかもなぁ」

 

 オレの言葉がわかったのか、銀狼達の身体がビクッと跳ねた。

 

「それが嫌ならオレの武偵犬になれ。不自由はさせない」

 

 そう言ってから、銀狼達が身体が動くようになったのを確認し、倒れるブラドを少し見てから、膝をつくオレの顔に自らの顔をすり寄せてきた。交渉成立、だな。

 それから2匹の銀狼を従えたオレは、アリア達と合流。

 

「お前もレキみたいにそいつらを?」

 

「狼には目がないって言ったろ?」

 

「好きにしろよ。しかし、初代アルセーヌ・リュパンにも倒せなかったブラドが、ほら。ごらんの有様だよ」

 

「なんか理子、初代を超えるだの超えないだのってこだわってたけど――あんた、いま、初代リュパンを超えたわね」

 

 ああ、そういや初代リュパンとやり合ったとか話してたな。

 確かに初代リュパンが倒せなかったブラドを倒したなら、そうなるか。

 数は4人で1人多かったけどな。

 

「ブラドのこと――感謝はしないよ、オルメス。今回は偶然、利害が一致しただけだ」

 

 強がんなよ、理子。本当は嬉しいくせに。

 

「オルメス家がリュパン家の宿敵であることに変わりはない。永遠にな」

 

「そうね。あたしもあんたなんかと馴れ合うつもりはないわ。で? あんた、これからどうするの。逃げようってんなら捕まえるわよ。ママのこと、尋問科にぶちこんででも証言させてやるんだから。観念しなさい――理子。得意の口先ももう通用しない。得意の双剣双銃をやろうにも、武器が無い。得意技を全部封じられたら、人間、何もできないものよ」

 

 アリアが言ってキンジが屋上の階段を塞ぐ形で立つ。

 でもなぁ、オレはそれでも万全じゃない気がするぞ。諜報科のカン、だがな。

 

「……神崎・ホームズ・アリア。遠山キンジ。猿飛京夜。あたしはもう、お前たちを下に見ない。騙したり利用したりする敵じゃなくて、対等なライバルと見なす。だから――した約束は守る。Au revoir. Mes rivaux.(バイバイ、ライバルたち。)あたし以外の人間に殺られたら、許さないよ」

 

 言った理子は、オレ達の死角で先ほどのパラグライダーをリールでたぐり寄せて屋上から飛び降り、そのまま夜の街に消えていった。

 な? 万全じゃないだろ? さすがオレの悪友だ。

 それからどっと疲れた状態で、2匹の銀狼を連れて帰ってみると、案の定小鳥がビックリして腰を抜かすことになったが、その日はもう全部小鳥に任せて床に就いた。

 その翌日。

 アリア達と一緒に『司法取引』のうんたらかんたらを済ませて、今回の件――理子の大泥棒大作戦の方とブラドの逮捕――は他言無用のお咎めなしとして、飼い馴らした2匹の銀狼を武偵犬登録し、それから理子にもらっていた報酬の内容通り、夕方の時間に指定された人工浮島、その角の端に来ていた。

 そこにはオレがよく知る……本当によく知る人物が沈んでいく夕日を背に立っていた。

 若干青みがかった黒の長髪と白地のワンピースを風になびかせ、そして透き通った藍色の瞳のその女性。

 間違いない。この人は……

 

「幸姉……」

 

 しかしオレはまだ信じていなかった。

 目の前にいる人物が本当にあの『真田幸音』であるのかを。

 

「京夜」

 

 そんな優しそうな声で名前を呼ばれて、声を聞いてやっと本物だと確信したオレは、一瞬涙が出そうになった。

 何せ1年半ぶりに再会したのだ。嬉しくないワケがない。

 幸姉も1年半ぶりに会ったオレを見て、うっすらと涙を浮かべて走り寄ってきた。

 

「幸ね……」

 

「京夜ぁぁ! 会いたかったよぉ!」

 

 幸姉は言いながら走る速度を上げて……というかこれ止まる気ないんじゃという加速でオレに突っ込んできた。

 オレは突撃してきた幸姉を抱き止めるが、勢いは殺せずそのままかばう形で後ろに倒れた。

 

「ああー、久しぶりの京夜は良い抱き心地ねー」

 

「ゆ、幸姉! 苦し……」

 

 幸姉は下敷きになって倒れるオレを上半身だけ起こして、その決して大きくはないが女性らしい胸にオレを抱き寄せる。

 その結果胸に顔が埋まって息ができない。

 

「よーしよーし、京夜は凄いねぇ。自力で私まで……イ・ウーまで辿り着いた」

 

 それを聞いたオレはバッ! 幸姉の胸から強引に顔を離し幸姉の顔を見た。

 

「やっぱり幸姉、イ・ウーにいたのか?」

 

 1年半前に突然家を出て、それ以来行方不明になってしまっていたこの人は、真田の家からは相続権を奪われ、当時『パートナーだったオレ』にも何も言わず今まで音信不通の状態だったのだ。

 その幸姉がイ・ウーにいるかもと思ったのは、理子から話を持ち込まれ、ジャンヌの話を聞いてから。

 

「今まで連絡もあげられなくてごめんね、京夜。でも仕方なかったの。『私も私のやるべきことがあった』。今はこれしか言えないけど……」

 

 話をする幸姉は本当に申し訳なさそうな表情をしていて、何か深い事情があったことをなんとなく理解できた。

 

「それで、理子ちゃんから京夜に報酬の他に『ご褒美もあげる約束』をしてたって聞いたから、無理言って私が引き受けちゃいました」

 

 続けて言った幸姉は、オレの両頬を両手で固定すると、自らの顔を近付けていき、

 ――チュッ。

 その唇を奪ってきたのだった。


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