セーラの巨視報と現場の下見のために朝から弘前市南西部の山林地帯。そこにある星伽神社の周辺で色々と準備をして旅館へと戻ってきたオレ達は、来たる決戦の日に備えて自分に出来ることを黙々とこなしていた。
「とはいえ、オレはコンディションを万全にしておくくらいしかやることねぇんだよなぁ……」
他の4人はまだやることがそれなりにあるようなのだが、オレはといえば手のかかる装備もないし、趙煬のようにストイックなトレーニングは無駄な筋肉が付くから逆効果。
とにかく万全を期すという意味では、オレは学園島を出た段階でほぼ完了していたわけで、今さら普段やらないようなことをやって調子が狂っても仕方ないから、とりあえず温泉に浸かってみたわけだ。
森林地帯を歩かされたから、それなりに神経を使ったのもあるのでやることがないからというわけではないが、やはりせっせと準備するジャンヌ達とは違ってのんびりしてる感は否めない。
「君だけ一足早く休息期間に入るなんて、ずいぶんなご身分じゃないか」
このあとはどうしようかなと考えながら天井を仰ぎ見ていると、すぐ近くまで来て温泉に入ってきたやつがいて、もう言動とかその辺で誰かは一瞬でわかった。
が、昨日の今日でまたやってんのかこいつは……
「また他の客に驚かれて騒がれるぞ」
「問題ないよ。仲居さんに20分ほど誰も入れないでくれと『お願いした』からね」
「女が女を口説く違和感は半端ないな」
もはやバカなのかと思うが、話しながら平然とオレと少し離れた隣で温泉に浸かった羽鳥は、何一つ隠す気もない堂々たる態度で縁に腕を広げて乗せて足も投げ出していた。
状況的には混浴してることに他ならないのだが、本当に色気も何も出さない羽鳥に何の感情も湧かないため、スルーしつつも面倒臭い反応をされそうだから横は向かない。
「んで、オレがいるのを知ってて来たのは何でだよ」
「君が私達のようにやることがあることを羨んでるように見えたからね。からかいに来た」
「のぼせて温泉に沈め」
「すまない。私は長湯が全く問題なくてね。のぼせたという経験がないんだ」
それで仲居を買収してオレだけがいる温泉に入ってきた理由について尋ねると、なんとも羽鳥らしく人を小馬鹿にする理由だったので殴りたくなる。
「ハハッ。まぁそれは半分は冗談として、今の君に伝えておくべきことはあるだろうなと思った。単なる気まぐれだから感謝は不要だよ」
「言われる前から感謝するやつがいるのか。まだ感謝すべきことかもわからないのに」
「君の抵抗も割と論理的になってきたね。理屈や正論で言われると私も次の言葉に少しだけ困ってしまうよ」
「そりゃどうも」
オレも仲居さんを買収してまでからかいに来たのが100%だなんて思ってもいなかった――嫌がらせは如何に労力を割かないかというこだわりを持ってるだけにな――ものの、何を言われるかわかったもんじゃない状況にちょっと気分は良くない。
「……おそらく君は今、自分が何をするでもなく手空きなことに罪悪感のようなものを感じてるのだろう?」
そうしてオレが警戒してると、いきなりスイッチを切り替えた羽鳥がズバリなことを指摘してきて焦る。
こいつのこういう鋭すぎる観察力は心臓に悪すぎるんだよ……
と思ったのも束の間で、話しながら何やら羽鳥が立つ気配を感じたからさらに警戒していると、湯の中を歩いてオレの真正面まで移動してきた羽鳥は、反射的に逃げようとしたオレの肩を押し潰して腹の辺りに馬乗りされ、かなりヤバイ姿勢で湯に浸かる羽目になった。
「……君は……あなたは優しくて自分に厳しいからそういう風に思ってしまうのかもしれない。けどそれは違うよ」
しかもこういう時に限って羽鳥のやつも『女』になってオレの頬に手で優しく触れてささやくように言うもんだから、オレもつい視線が羽鳥のあちらこちらにいってしまう。
「あなたが『土御門陽陰を逮捕する』なんて馬鹿げたことを言わなければ、今のこの状況は作られなかった。あなたからの発端でなければ、ここまでの人が協力してくれることもなかった。それはあなたが頑張ってきた何よりの証であり、他の誰かに出来なかった偉業。だから何も出来ないなんて思わないで。あなたはもう、これからの私達に劣らない凄いことをしたんだから」
それを恥ずかしがるように話しながらもどんどんその体を密着させてきた羽鳥は、ついにオレの首に腕を回して完全に抱きつく形になり、やはり女な羽鳥の感触にちょっと本気でヤバイ感じになってきたが……
「だからあなたは胸を張っていいのよ」
羽鳥なりのオレへの言葉が本心から来るものと理解すると、なんとか理性の方も持ってくれて九死に一生を得る。
「…………なぁ、フローレンス」
「フフッ。名前で呼ばれると照れ臭いね」
「胸、大きくなってないか?」
だがここで感謝の言葉を口にするのはなんか非常に恥ずかしかったので、オレなりにこの妙な雰囲気を壊す言葉を探した結果、アホみたいな言葉が出てきて、これには羽鳥もパッとオレから離れて自分の胸を寄せて揉む。
「そうなんだよね。これも変化なのかな。ライフスタイルは変わってないんだが、栄養がこっちに行き始めてるらしくて困ってる」
「……困るのかよ」
「私もまだ心が追いついてないからね。でもまぁ……」
それを見せつけるようにやるからオレもつい視線を逸らしてしまったが、アホみたいな言葉でいつも通りに戻った羽鳥は見られることに抵抗がない。
それどころかオレが自分に対して劣情を催したと睨んだ羽鳥は、怪しく笑ってから正直に反応していたオレの下半身を掴んで握ってきやがった。
「こんな私でも君をこうすることができることがわかって収穫だったよ」
「オレが本気で怒る前に消えろ」
驚きを通り越して怒りすら湧いてきたので、女が簡単に男のモノに触るなと警告してやったら、逃げるように湯を出た羽鳥は、悪びれる様子もなく立ち去ろうとする。
「まぁそれを鎮めたら君も上がりたまえ。あと、これでもまだ何かしたいなら、彼女らのアシスタントをしてみてもいいのかもね。私は御免被るが」
その去り際に余計なお世話をしつつもアドバイスをくれた羽鳥は、入念に体を洗ってから出ていき、それが済むまでオレも湯の中で鎮まるのを待つ羽目になってしまった。くそぅ……
「まったく酷い目に遭った……」
温泉から上がって部屋に戻る最中に、激しく感情を揺さぶられたことに参っていると、隣の女子部屋にタイミング良くセーラが入っていくのが見える。
その腕には大きなボウルいっぱいに入った茹でたブロッコリーもあったが、超偏食だなあいつも。これも超能力に関係あるのか、単なる好き嫌いなのか、はたまた宗教とかそんなやつなのか。
その謎の解決は本人に聞けば解決するが、こういうことが意外と地雷だったりするし、偏食が原因で発育がうんたらー、とか言わない自信もないので謎のままにしておく。
それはそれとして、さっき羽鳥が言っていたアシスタントとやらが出来ないかと思い、女子部屋をノックして許可をもらった上で入ると、ジャンヌは留守中らしく部屋にはブロッコリーをつまみながらせっせと矢を自作するセーラだけがいた。
「その矢っていつも自作なのか?」
「時と場合による。今回はいくらあっても心配だから」
「それだけ警戒してるってことか」
あまり近づくと嫌がられるので、適度に距離を取りつつ腰を下ろして会話をするも、やはり言葉少なでオレを見ようとはしてくれない。
「ジャンヌは?」
「温泉。浸かりながら考え事するって言ってた」
その間も手を止めずに矢は量産されていくが、その手際を見て覚えたオレは、ちょっと材料を拝借して、ジト目を向けてくるセーラを横目に1本だけ作ってみせる。
「出来のほどは?」
「……矢尻が重心からズレてる」
さすがに商売道具だけあって評価が厳しいセーラだが、指摘されたのはそれだけだったので、そこを修正したら何も言われなかったから、そのまま材料を分けてもらってお手伝い開始。
セーラはたぶん、今日中に終わらせる予定だった量だが、オレが手伝うことでセーラの他のことに費やす時間が作れるなら喜ばしいことだ。
「そういや、今回の作戦で陽陰を捕まえられたら報酬は半分でもいいとか言ってたよな。それって陽陰と何か因縁があったり?」
「……イ・ウーにいた頃に巨視報をあいつに知らずに利用されてた。シャーロックがその存在を明確にしなかったのもあるけど、私の巨視報が知らないやつの耳に届くのはイヤ」
「そりゃもっともなお怒りですな。要は『盗み聞きして趣味に利用しやがってこの野郎!』ってことだろ」
それで2人で作業しながら、今回の依頼に積極的だった理由を聞き出すと、自分の能力を勝手に利用されていたことに腹を立てていたことを知って納得。
土御門陽陰がイ・ウーにいたことは都市伝説みたいなことだったようだし、セーラもそれが事実だったことを知ってシャーロックを問い詰めでもしたんだな。
「それだけじゃない。今までの仕事の中でもあいつの影が見え隠れすることが感覚的にあった。邪魔もされてたと思う。それが不快。だから捕まえる」
「その怒りが空回りしないことを祈りつつ、頼りにしてるよ」
そうしたセーラの事情を知って、ますます作戦は失敗できないと思いつつ、割とすぐに材料がなくなって手空きになると、セーラはそれ以降は黙々とブロッコリーを食べて「まだ何か用?」みたいな目をするので、特に何もなかったのでオレも失礼して部屋を出たのだった。
まぁお礼の1つはあってもとは思ったが、勝手にやったことで感謝を求めるのはあれだしなと男子部屋に戻ろうとしたが、中には化学実験する羽鳥が1人でいたので、さっきのあれもあったから入るのはやめて気分転換に外に出てみる。
すると旅館を出て人の邪魔にならない場所を見極めて拳法の型を一心不乱にやってる趙煬を発見。
「あれは何だろうな……八極拳、ではないか。太極拳かな?」
「…………太極拳には身体の調整に適した健康的な側面もある」
割と後ろから近づいて日本語で呟いたのだが、拳法の単語には反応するのか、英語でそんな説明をしてくれるが、こいつもオレを見ようともしない。コミュ障か。
「太極拳については勉強になったよ。それより気になってたんだが、お前って劉蘭のお付きなんだよな?」
「…………正確には違う。仕事柄、非力な劉蘭によく付かされるが、上海藍幇の重役の護衛や敵対勢力の排除が主だ。上海藍幇は武闘派ばかりだから、歳を食った老害を除いて劉蘭のような人種は特殊なんだ」
「老害……聞くとお前って、今の仕事を好きでやってはいないんだな」
「好きだけでやっていけるほど現実は甘くない」
こいつには何か出来ないかと聞くとサンドバッグにされそうなので、それはやめておいて謎の多い仕事について尋ねたら、意外と話してくれて驚く。
「まぁ言うことはもっともだわな。じゃあもしかしてお前にもやりたかった仕事とかあったりしたのか?」
「……やりたかったではない。今も可能ならやりたいと思う仕事はある。叶わん夢みたいなものだ」
まだ趙煬も21とかそのくらいだとは思うが、護衛対象を老害呼ばわりしたりとあって、もしかしたら他にやりたいことがあるのかと尋ねたらズバリで、その話をすると趙煬も太極拳をやめてオレと向き合ってくれる。
「…………アクション俳優だ」
「へっ? アクション俳優って……」
「昔からカンフー映画などに強い憧れがあったんだ。誰かを傷つける武ではなく、大衆を魅了する武にな」
あの超人、趙煬からまさかのアクション俳優とかいう単語が出てきて、今日一番で驚いたが、趙煬の憧れというのは男ならわからなくないもので共感できる。
オレもアクションとコメディーを織り混ぜたアクション俳優の映画は好きだし、ノースタントだからこその迫力はその人だから出せる特別なものだと思う。
それなのに今の趙煬は大衆を魅了する武とは違い、外敵を排除する武を振るってるわけだ。そりゃ仕事を好きになれるはずもない。
「劉蘭に言えば、取り計らってくれたりするんじゃないか?」
「男の夢を女に叶えてもらって、お前はそれで誇りを持てるのか」
「そう来るか。プライドの高いこと。わからんでもないけど」
そんな話を優しい劉蘭にでもすれば、どうにでもなりそうなものだが、趙煬にとっては裏技みたいなもので嫌なんだな。
なんだかここにきて趙煬に好感を持ってる自分があれだが、話をしないとわからないこともあるってのは本当なんだよな。
「叶うといいな、その夢」
「もし叶っても、知り合い面して自慢するなよ」
「ぐっ……やりそう……」
趙煬にも人並みの夢があり、同時に苦悩もあるのだと知って、オレもこれからそんな板挟みに遭う可能性も考えたら、純粋に趙煬を応援したくなったが、向こうはオレを知り合い認定してないらしくてガックリ。
「……あっ。もしかしてお前が英語を話せるのは、将来的にハリウッド映画とかに出られるようにか?」
「…………もう黙れ。気が散る」
いい加減、オレを迷惑に思ってきた趙煬がどっか行け的な空気を出し始めたので、去り際に唐突な推理ができて口にすると、肯定と取れる反応をして拳でも飛んできそうな雰囲気になったので、逃げるように退散。
武術だけじゃなくて、そっちの方も努力家なんだな、あいつ。
趙煬はもう少し汗を流しそうな雰囲気だったので、部屋に戻るのはもう少し待って売店コーナーでウロウロしてたら、温泉から上がってきたジャンヌとばったり。
風呂上がりの女ってのは無駄に色気が出るものだが、ジャンヌもその例外ではなく、普段は結ってる髪もほどいてて、少し顔が火照ってるのもいただけない。けしからんぞ!
「なんだ京夜。もう土産の方に頭が向いているのか」
「別にそんなことはないんだが……」
「フフッ。では暇なのだな。せっかくだから少し付き合え。散歩がてら話し相手がほしかったところだ」
自分のフェロモンを自覚してる様子もなくいつも通りのジャンヌは、オレが暇なのだとわかると旅館の外に足を向けてついてこいと散歩に誘ってきて、断る理由もないので少し嬉しそうなジャンヌの隣を歩いて散歩を開始。
「なぁ京夜。私は記憶力がいいのだ」
「ん? そりゃ大した自慢だな」
「何だその他人事のような反応は」
あまり長く外にいると湯冷めしてしまうので、そうなる前に旅館に戻れるようなルートをさりげなく取りつつ、ジャンヌの話に応対するのだが、なんか記憶力に関して意図があるらしく、オレの反応に頬を膨らませる。何だ?
「お前は自分でした約束も忘れるやつなのだな」
「約束? 約束……プライベート?」
「当たり前だ。お前が仕事のことで何かを忘れることなどあるわけがない。その辺でお前は私の信用を勝ち取ってる」
唐突な話なのでオレも心当たりがすぐになくて色々とヒントを引き出すが、あんまり長考するとマジで怒りかねないから脳内フル回転。
ジャンヌとしたプライベートの約束なんてほとんどないはずで、ちゃんとした約束ならオレも忘れないので、おそらくは実際に果たすかどうかも曖昧な部類。
「…………オレの実家にいた時のあれか?」
「私はそれなりに楽しみにしていたのだぞ。それなのにお前がこれでは寂しいではないか」
「うーん……その辺はジャンヌから言ってくれれば予定を組んだりしてあげたんだが、今年に入ってからバタバタしっぱなしだからなぁ」
「そんな悠長なことを言ってもいられないだろう。お前は誰にも言ってないのだろうが、私はチームリーダーだ。高天原先生から内密に話は聞いている」
それで思い出したが、ジャンヌとは確かに旅行をしようなんて話を年末にしていた。
このタイミングで切り出したのは、その旅行先がここより北の北海道でもと話していたからと、どうやら高天原先生からオレのことも聞いてだったようだ。
そうなるとこの約束を果たすには、どうやっても今月中には行かないと無理で、先延ばしにした場合は秋以降になるのは間違いない。
「……もしかして怒ってるのは旅行の話が半分だったり?」
「旅行の件は思い出したならばいい。だが報告はお前の義務だ。ましてや私の騎士ともあろうお前が責務を放棄する事案だぞ」
「それはジャンヌが勝手に言ってるだけだろ。報告しなかったのは悪かったが、騎士が云々は勘弁だぞ」
旅行の件はちゃんと果たしてくれるなら怒らないと言ってはくれたが、どのみち今月には果たさないと不貞腐れそうだから、この作戦が終わったら頑張ってみようと決めつつ、おそらくはこっちが本題なのだろうことでジャンヌは珍しくわがままみたいなことを言う。
「私はいてほしい時にいない騎士が嫌いだ。つまりそんな京夜が今は嫌いだ」
「横暴だ」
「うるさい」
……面倒臭い……
そう思わざるを得ない今のジャンヌはオレの視線をプイッ、とそっぽを向いて躱して聞く耳を持たない。
こうなったジャンヌは例にないものの、なんとなくジャンヌがこうやって不機嫌なのはオレの何かを待っているのだと思い至る。
単なる勘だが、そうならきっとジャンヌが聞きたい言葉はオレのくだらないツッコミではなく……
そう思ってジャンヌの前に立ち塞がったオレは、足を止めてオレを見てくれたのを確認してその手を取って話をする。
「黙ってたのは本当に悪かった。だがオレも考えなしにそうしたわけじゃない。今のオレがこれまで以上にジャンヌの側にいるに相応しい武偵になれるように、自分を磨きあげるためだ。だから待っててくれ。その我慢に見合うだけの武偵になって必ず戻ってくる」
たぶん、ジャンヌが欲しかった言葉は、オレの決断においての決意表明。
その決断がどういったことに基づいてなのか、それを明確にしてほしかったんだと思う。
それもなしに報告もせず勝手にどこかへ行こうとしたオレに怒っていたんだろう。
「…………京夜。私はな、人を信用するという行為が苦手なのだ。何故だかわかるか?」
「……ご先祖様がそれに裏切られたから」
「そうだ。かつて私の先祖であるジャンヌ・ダルクは、民衆を導く聖女として祀り上げられた。しかしその聖女も最後には異端の魔女として磔にされ、火炙りに処された。表の歴史でもわかるが、人の心は時と場合で簡単に裏返るのだ。私の一族はそれを理解し本当に信用に足る人間を選んで時代を生き抜いてきた」
「人を信用するってのは、誰でも難しいと思うよ」
「そうだな。だからこそ、私はお前を『信じたい』と思っている。この意味はわかってくれたと信じている」
「こりゃ裏切ったら腹切りだな……」
「その上で人間樹氷だぞ」
ご先祖様のことまで引き出して信頼についてを語るジャンヌの言葉の意味を十二分に理解できたオレは、不安そうに見てくるジャンヌの頭をポンポンと触って再び歩き出し、ジャンヌも子供扱いされたと思ったのか少しムッとしてから隣を歩く。
「……京夜。私はな、お前のことが好きだよ」
「……………………それは、人間としてって意味だよな」
「フフッ。男としての方が嬉しかったか?」
しかし妙に感情豊かなジャンヌは、隣を歩きながら今度は何気なく告白じみたことを言うので、きっと直訳ではないのだろうと長考してから確認の質問をするとどうやら当たりのようで、少し焦ったオレを見てクスクスと笑ってくる。
「そうだな。京夜となら夫婦になるのも悪くないとは思う。だが私はお前に対してそういう感情は持たない。私は今の京夜との関係が好きなのだ。これが崩れてしまう進展を望まない」
「…………なんだろうな。そう言ってくれるのは嬉しい反面、告白してないのにフラれたオレの気持ちは微妙に虚しい」
「フッ。お前にフラれる女は数いれど、お前をフッた女は生涯で私だけだろうな。自慢できる勲章だ」
「変な誤解される言いふらし方するなよ。オレは告白してないからな」
「どうだろうな。噂には尾ヒレが付くと言うだろ……くしゅっ!」
オレへの攻撃がまだ足りなかったらしいジャンヌのからかいは、本人が満足げに笑うので手打ちとしていいのだが、それも途中で出たくしゃみでキャンセルされ、氷の超能力を使うくせに冷え性という変なジャンヌと一緒に旅館にUターンし、2人してまた温泉に浸かりに行ったのだった。