緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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「そもそも京夜はあの言葉が誰によって叫ばれたのかをご存じの上で引用されたのですか?」

 

「日本人のあれなのは知ってるが、詳しくは知らん。いいんだよそういう細かいことは」

 

「正しい引用をするには正しい理解が為されねばならない。基本ですよ。昨今の日本では言葉の誤用が溢れていると聞きますが、京夜もその中の1人なのでしょうね」

 

「確かによく知りもせずに使っちゃう言葉はあるかもな。例えば『確信犯』とか」

 

「日本語にも精通していますから私は当然わかりますが、何をどうやったらそれが誤用されるのか不思議でなりません」

 

「ぐっ……英国人に日本語を指摘されることになるとは……」

 

 ロンドン滞在2日目。

 話通りに気難しいメヌエットとの対話を果たしたはいいが、色々あって今日はデートのために外出。

 家のエレベーターで降りて外出用に着込んだメヌエットの車椅子を押してそうした直前のことも交えての会話をしながらに出入り口まで歩いていると、サシェとエンドラが心配そうに玄関まで来ていたが、まさかついてこないよな。

 

「サシェ、エンドラ。留守は任せるわ」

 

「「はい。いってらっしゃいませ、お嬢様」」

 

「心配しなくても、京夜はおそらくアリアお姉様と同じ武装探偵。私の身に何かあった時には、その命を賭して守ってくれます。ですよね、京夜」

 

「そんな物騒なことには滅多にならないが、まぁその時にはな」

 

 言葉では見送ってくれる双子メイドだったが、そわそわした感じはメヌエットも感じてオレを武偵と見抜いた上で全責任を押しつけてくる。

 メヌエットの外出に危険が伴うこともないのだが、その時にはちゃんと守ると口約束はしておき、2人の見送りを受けてベーカー街を歩き始める。

 

「それで京夜はどこへ行こうと考えていますか?」

 

「昨日あれからちょっと街を歩いてみたんだが、どうにも行きたいってところは見当たらなくてな。動物園にでも行こうかと思ったんだが、人が多いところはメヌエットは嫌かなぁって」

 

「そうですね。あまり人のいるところは避けたいですから、その選択はなかなかのファインプレーですよ」

 

「やっぱりな。コミュ力がオレより低そうだったから……いった!」

 

「正直なのはいいですがファインプレーは取り消しですね」

 

 とりあえず歩き出したオレに車椅子を預けるメヌエットが行き先についてを尋ねてきて、下見くらいはしていたオレがメヌエットの性格も考慮してメジャーどころを避けたら、その理由で手の甲の皮をつねられて評価もプラマイゼロにされる。

 

「だから人のまばらなところに行ってみようと思う。んで、メヌエットにはそのオツムを披露してもらう」

 

「私を働かせますの?」

 

「嫌ならやらなくてもいいけど、たぶん無理だろうな。否が応でも披露したくなる」

 

「この進路からその発言が出てくる根拠がある場所……ああ、なるほど」

 

「頭が良いって考えものだな。サプライズ感が薄れる」

 

「京夜がわかりやすいんです」

 

 反射的に痛がってしまったが、別にそこまで痛くもなかったつねりはとりあえずスルーして話を戻し、これから行く場所のヒントを与えたら、進行方向と照らし合わせてもう答えに辿り着かれてしまう。地理があるとはいえ、早いんだよな。

 

「ところで京夜はアリアお姉様とはどういったご関係ですか」

 

「ん、んー……職業上の仲間、とか協力関係って感じか。それだけで付き合ってるってこともないが、関係を聞かれるとそんな感じになるな」

 

「あの独奏曲だったお姉様が京夜のような人を頼るようになったのですか。つまり京夜以上に信頼を置かれているパートナーは、さぞかし優遇されているのでしょうね」

 

「そりゃもう羨ましいほどに」

 

 毎日ガバで撃たれていますよ。

 なんて、言っても羨ましくもなんともない現実は言わないでおく。プライバシーに抵触するし。

 それにやはり姉妹。遠い日本に行ってしまった姉のことが気にはなっているようで、可愛気がある……

 

「それはそれは。そうなると遠くない時期にお姉様からその方を奪いたくなりますね。またお姉様から何かを奪う楽しみが増えました」

 

「…………」

 

 可愛気は……なかった。どこかのガキ大将気質だこれ。

 

「他人の愛情表現をとやかく言うのもあれだが、なかなか珍しい表現方法だな」

 

「お姉様が『外の世界で手に入れたもの』は等しく私のものなのです。さて、今度はどのような賭けで奪ってしまおうかしら」

 

「少しくらいアリアに分がある勝負はしてやれ。家にもいくつかアリアのものっぽいのはあったが、ほぼ勝ち越しだろ?」

 

「勝算なしに賭けに応じるのがお姉様ですから」

 

「何でもかんでもカンだけでどうにかなるとでも思ってるのかあれは……」

 

 これでも姉妹仲は良いというのだから不思議なものだが、兄弟の在り方なんて様々で正解なんてない。

 オレと誠夜の微妙な距離感の兄弟もいれば、幸姉と幸帆のぎこちない姉妹もいる。兄貴大好きのジーサードとかなめだってその愛情表現は普通ではない……

 というかオレの周りの兄弟姉妹はどいつもこいつもちょっとおかしかったわ。オレ含めて。

 なのでメヌエットの愛情表現を指摘したオレは無駄なことをしたことに気づいてこの話を「まぁいいや」と切り上げる。

 

「んじゃ今度はオレから質問」

 

「黙秘権はありますが許可しましょう」

 

「メヌエットはこうでもしないと外出しなさそうだけど、友達みたいな親しい仲の人はいるのか?」

 

「……その返答によってどのようなことを言われるかは予測できますが、います」

 

「そっか。ならいい」

 

「…………どうしてですか? その次に続く疑問はあるでしょう?」

 

「なんだ? メヌエットは友達を『数』で判断するのがお望みなのか?」

 

「決してそのようなことは望んでいませんし、論ずるまでもない愚問に答える気もありませんでした。ただ、それでよしとする京夜の考えを推理するには情報が足りません」

 

 そして先に質問に答えたから今度はオレが質問していいだろと言えば、黙秘権込みで了承されたから気になってたことを尋ねるが、少し不機嫌な雰囲気になってしまう。

 まぁ予測はしていたのだが、がっつり平日の今日もこうやってオレといるメヌエットはちょっと交遊関係とかに問題があるんだ。

 

「本当にいいんだ。メヌエットの口から『友人がいる』って聞けただけでな。たぶん周りから気難しいだの怖いだのと言われてりゃ、気の合う友人なんてほとんどいないんだろうし。それになんていうかな。昔の幸姉に似てるんだよな。だから確認だけしたかった」

 

 いつの間にかその歩みを止めて話していたオレは、当然ながら押す手も止まってるために車椅子に乗るメヌエットも止まって振り返ることなくオレの言葉を待つ。

 

「幸姉はさ。生まれ持った力のせいで周りから遠ざかられて、中学卒業まで凄く寂しい思いをしてた。その時の幸姉の目は、今のメヌエットとどことなく似てるんだ。でもさ、オレが近くにいる時はそういう目はしなくなって、凄く安心できた」

 

「つまり私は幸音と同じ人に忌み嫌われる存在だと、そう言いたいわけですね」

 

「もう言いたいことはわかっててそんなひねくれてんのか。都合の悪いオツムですこと」

 

「…………少し京夜が嫌いになりました。今からでも引き返して部屋にこもりたい気分です」

 

「いいよ。メヌエットがそうしたいならそれで。部屋でも出来ることはあるだろうしな」

 

「その切り返しは想定外でした。京夜は私の思考を若干ながらに乱す存在のようです。以後、私が話しかけるまで話すことを禁じます」

 

 ありゃありゃ。心を閉ざされてしまわれた。失敗したかね。

 そう思ったのだが、引き返そうと車椅子を反転させたら「どこへ行くのですか」とお叱りを受けてしまい、どっちなんだよと内心でツッコみつつも本来の進路を再び歩き始めたのだった。

 メヌエットの家を出てほぼまっすぐ東に進路を取って進むこと約2キロ。

 メヌエットには進路とわずかなヒントだけで見当をつけられて辿り着いたのは、ここロンドンでもおそらくは有名な大英博物館。

 地元民よりも観光客の方が年間で来館する割合が多いとかなんとかなそこはまさに歴史という名の知識の宝庫。

 フランスのルーヴル美術館ではモナ・リザくらいしか見れなかったが、今日は不都合もないしうってつけのガイドもいる。

 美術品にはそこまで興味はないが、生のモナ・リザの衝撃は少なからずオレの心にも響いたので、ここにもそんな展示品があるかもしれん。

 

「ここからは京夜から口を開くことを許しましょう。ただし展示品以外のことには答えませんので」

 

 そして一方通行の会話では館内は不都合と考えてメヌエット様も発言許可を下さったので、入館から観光客のスイッチに切り替えたオレは目の前の博士に頼り切って展示品を鑑賞し始めた。

 ルーヴル美術館と同じで1日あっても館内の展示品を全て見ることができないほどの貯蔵量は日本からすればスケールが違うが、今回は深追いせずにサラッと見て回る。

 その中でなかなかにタイムリーなエジプトの展示品があったので、その辺で歩調をゆっくりにして見てみる。

 で、なんかでっかい顔の像があったのでそこで止まる。

 

「ラムセス2世……紀元前1270年頃ねぇ……古代エジプトって漠然としか知らないんだよなぁ」

 

「興味や関心がなければ平民では調べることもしないでしょうからね。京夜も聞いたことのある王の名前を知る程度でしょうし」

 

「否定はしないよ。ツタンカーメンとかクフ王とかクレオパトラとか、名前は知ってても実際にどの年代の人物だったかもわからん」

 

「いいでしょう。いま挙げた人物達も交えて、このラムセス2世について小舞曲のステップの如く、順を追って話して差し上げます」

 

 ラムセス2世とか普通に生きてたら聞かないような名前だが、メヌエットは当然のごとく呆れ声でオレに知らないの? と煽ってくる。

 だがまぁ煽られようと知らないことを恥とも思わないくらいには開き直ってるので、これから始まるメヌエットのうんちくに耳を傾ける。

 

「まず王朝としての古代エジプトは紀元前3000年頃から340年頃までに31の王朝が続いたとされています。その後すぐに征服統治を始めたばかりのアルタクセルクセス3世の基盤の弱さを崩して時の大王、アレクサンドロス3世によって征服されます。これが後のプトレマイオス朝の始まりのきっかけになりますね」

 

「アレクサンドロス3世って……」

 

「様々な文献に名がありますが、有名なものではイスカンダルでしょうか。エジプトはその遠征の途中で征服されたわけです」

 

「通り道にエジプトがあったから征服しちゃったとか怖い話だ」

 

「当時は反ペルシアの声が大きく、アルタクセルクセス3世によるペルシアの再統治から解放したアレクサンドロス3世は王として迎えられ、相当の扱いを受けたようですから、征服=恐怖の公式は成り立たないかと」

 

 何がきっかけで古代エジプトの歴史なんて覚えるんだろうとか思いつつも、しっかりとうんちくを語るメヌエットはバカなオレにもわかりやすく説明をしてくれるが、まだ冒頭だろこれ。長くなりそう……

 

「話を戻しますが、そのエジプトの王朝の歴史はかつて上エジプトと下エジプトに分かれたエジプトを統治したナルメル王から始まったとされています。先ほど京夜が述べたクフ王。述べた中では最古の王となりますが、彼はエジプト古王国時代。紀元前2680年頃から約500年ほど続いた第3から6王朝の王の1人で、この時代に今に残るピラミッドが形成されました」

 

「ん、ピラミッドって王朝の始まりからあったんじゃないのか」

 

「最古のピラミッドはこの時代のジェセル王が造営した階段ピラミッドが祖とされています。クフ王が造営したのは側面が二等辺三角形の真正ピラミッド。現代で確認できる最大のピラミッドですが、ギザにあるこれはカフラー王とメンカウラー王のピラミッドと並んで造営されていて、ギザの3大ピラミッドと呼ばれています。観光地としても有名ですから、このくらいはご存じでしょう」

 

 長くなるのはメヌエットも承知の上でずいぶんと省略してくれてる感がわかり、要所を押さえた説明の仕方は先生っぽくてシャーロックに似ている。これは曾孫まで似るもんなのか。

 

「じゃあ、いつか実物の前でもっと詳しいうんちくを頼みたいね」

 

「嫌ですわ。砂地で車椅子など入りたくありませんし、暑いのは苦手です。家を出るのも億劫ですのにアフリカなんて……」

 

「出不精ここに極まれり。んじゃ今回はその家以外でデートできてる幸運を噛みしめて、お話の続きを聞きましょう」

 

 ここでうっかり禁止されていた展示品以外のことを話してしまったのだが、自分の言ったことを忘れているのか即答に近い返事で指摘もされなかったので、気づかれる前に終わろうと早々に切り上げて続きを促すと、謙虚なオレの態度に機嫌を損ねるまでにはならなかったメヌエットも渋々ではありそうだがその口からうんちくを再開する。

 

「ここでいくらか時代を飛ばしますが、実はこのラムセス2世とツタンカーメンは同じ新王国時代の人物で、紀元前1570年頃から約500年ほど続いた18から20王朝の時代です。ツタンカーメンの方がわずかに先人ということになります」

 

「へぇ。ってことはツタンカーメンとラムセス2世って血の繋がりがあったりもするのか?」

 

「…………あまり頭の悪い発言はしない方が賢明です。ツタンカーメンの代ですら次代の王を直接の血縁が務めてはいませんから、当然ながらラムセス2世との関係性も皆無です。さらに言うならばツタンカーメンは18王朝。ラムセス2世は19王朝の王ですので」

 

 ……ぐっはぁ! やべぇバカ発言したこれ……

 昔って側室やら色々で子供もたくさんいたし、前王の妃が現王と結婚とか、親子で結婚とかも間々あった時代なんだよな……現代の常識に囚われすぎていた。

 開き直ったゆえに浅慮による完全なる自爆で床に沈んだオレを哀れむようなメヌエットの見下ろす視線が痛い! やめて!

 

「…………続けてもいいかしら?」

 

「どうぞ……」

 

「ツタンカーメンは例の黄金のマスクで名前が知られていますが、実質的にはそこまでの功績はありません。即位したのもまだ年端もいかない青年で虚弱だったとされていますから、王であった時代もまた短いのです」

 

 周りからもちょっと何あれみたいな視線が飛んできたので、何事もなかったように元に戻って本題のラムセス2世の話へと移行し始めたメヌエットは、そうやってツタンカーメンの話をさっさと終わらせてラムセス2世の像を見て口を開く。

 

「むしろ知っておくべき人物はこのラムセス2世であると私は声を大にして言いたいのです。彼は長い古代エジプトの歴史で最大の王とも呼ばれ、60年ほどの治世は最も繁栄した時代だと言われています。次代の20王朝。新王国時代最後の王朝にもその統治は手本とされたほどです」

 

「古代エジプトの中で最大の王って、マジでか」

 

「京夜は彼を知らないことを恥ずべきだと理解しましたね。ならば彼に日本流の謝罪をなさい。『存じ上げなかったこの身の無礼をお許しください』と」

 

「おおぅ……これは『DOGEZA』の流れか……」

 

「変なイントネーションはいいので」

 

「ん、土下座をするのはやぶさかではないが、このラムセス2世様は具体的にどのようなことをされたのでしょうか」

 

「聞いたあとに敬意を込めて土下座をすると約束するなら説明いたしましょう」

 

「オレの恥ずかしい姿を見たいだけだな?」

 

「その通りですが何か?」

 

 さっき恥ずかしい姿は見せたでしょうよメヌエットさん。

 きっとさっきので味をしめたメヌエットは、嫌な笑みを見る限りオレがそういうことをするように仕向ける悪巧みを始めたのだろう。言葉巧みにな。

 だがオレも黙って従ったりはしない。せめてもの抵抗としてちゃんと納得のいく土下座を披露してやる。

 さぁラムセス2世よ。オレに土下座をさせてみろ!

 

「ラムセス2世の大きな成果として挙げられるのは、カデシュの戦いでの親征において、ムワタリ2世が率いるヒッタイト帝国と激突。数でも劣勢で、捕らえたヒッタイトのスパイや兵からもたらされた嘘の情報で奇襲を受け、壊滅寸前まで追い詰められたのです。それでも援軍や様々な要素で劣勢を乗り切ってヒッタイト軍を押し戻し戦いを膠着状態にまですると、ムワタリ2世から停戦交渉を引き出させた。ラムセス2世はこれを受諾し、現在で確認できる中で世界において初めて交わされた平和条約とされています」

 

「世界と来たか。それは凄いな。しかも紀元前の話だろ? 今からなら3000年以上前ってことになるな」

 

「それだけではありませんよ。ラムセス2世はヌビアへの遠征を果たし、数々の記念碑や建造物を建て、現在で最大の発見数を誇ります。それだけ多くの記念碑などを造らせたことを物語っていますが、他にも首都をテーベからベル・ラメセスへと遷都し、テーベ、ルクソール、カルナックの神殿の整備をさせ、ヌビアにはアブ・シンベル神殿を建造。これが1970年に完成したアスワン・ハイ・ダムの建設に伴い水没の危機に瀕し、ユネスコによる大掛かりな移転がなされて、これをきっかけに遺跡や自然を保護する世界遺産が創設され、アブ・シンベル神殿も文化遺産に登録されています。つまりは本人の意図とせずに後世へと影響を与えたと言えます」

 

 世界遺産の始まりにまで繋がるのかこの人……やべぇ。本格的に知らなかったことを恥ずかしく思い始めた……

 最後のはラムセス2世本人が関わってないにせよ、そういうきっかけに偶然でも関わったのは偉業が成した幸運なんだろう。

 

「ぐっ……確かに土下座をするに値する人物のようだ……仕方ない」

 

「まぁ。潔いのですね。写真に収めてあげますから携帯をこちらに」

 

「徹底してんなオイ」

 

 ここで頭を下げない程度のものだとドヤッてれば良かったが、感心しちゃったので引き下がれずに土下座をしようとすると、してやったりなメヌエットはオレの携帯でその様を永遠に記録するという嫌がらせをするからツッコんでしまう。

 だが男が約束した以上はやらないとカッコ悪い――土下座がカッコ良いわけもないが――ので携帯のカメラを構えるメヌエットの横で像となったラムセス2世に土下座の体勢を作る。が!

 

「私の無知が招いたこととはいえ、数々の偉業の数々を存じず誠に申し訳ありませんでした! 今後はあなた様の名を胸に刻み、王のような偉大な人間になれるように尽力したいと思います!」

 

 ただではやってやらんぞ。

 それを示すように博物館で出すべきではない声量でラムセス2世へ謝罪をすれば、まぁ目立つ目立つ。

 その中心にいるオレは当然ながら、巻き込まれた形のメヌエットもわたわたとしてから恥ずかしそうにオレを立たせるが、声を聞きつけた警備員が来てしまい、貴族であられるメヌエット様は弁明をしようとする。

 しかしオレはこうなるのをわかった上だったので弁明をしようとしたメヌエットの口を塞ぐように車椅子の持ち手を持って警備員に謝って脱兎のごとく退館。

 

「なぜ私が追い出されねばならないのですか」

 

「そりゃあんだけ騒げばな」

 

「騒いだのは京夜だけです。推理した中で最も低い可能性を行動に移す京夜は恐ろしいほどのバカです。大バカです」

 

「人の恥ずかしいところを写真に収めるような子にバカ呼ばわりはされたくないね」

 

「仕返しのつもりですか。子供のような方法ですね」

 

「男は童心を忘れちゃダメな生き物らしいぞ」

 

「これだから男は嫌いなのです」

 

 退館後にそうした言い合いをしながら来た道を戻っていたのだが、オレの珍行動にはメヌエットもご立腹。

 しかしオレがこうした珍行動をした理由は単なる仕返しが目的ではない。

 

「ところでメヌエット。オレは『展示品以外の話はしちゃダメだ』って言われてたが、ここまでのやり取りは良いのかな?」

 

「…………そうきますか。いえ、人間の心というのが御しがたいことを改めて知る良い機会になったと開き直るべきでしょうか」

 

「ははっ。人間、喜怒哀楽は顔に出るくらいがちょうど良いって話だろ」

 

 オレが今回のデートでしたかったことは、メヌエットの色んな表情を見ること。

 そのためにはメヌエットの推理をなるべくさせずに突拍子もないことをするくらいでないと揺らぎもしなかったのは間違いない。

 それは喜怒哀楽のどれでも良かったのだが、やっぱりムスッとした澄まし顔よりも慌てたり恥ずかしがったり怒ったりな人間味のある表情の方が魅力的だった。

 

「バカな京夜の思惑に嵌まったのが気に食いません。今すぐに消えなさい」

 

「家まで送るのが紳士の務めですから」

 

「2度も同じことを言わせるのですか」

 

「はい耳栓耳栓っ」

 

「…………プッ。本当に変な人ですね、京夜は」

 

「はい、本日の初笑顔いただきました。後ろからだとちゃんと見えないんだけどなぁ」

 

「フフッ。なぜ京夜に見えるように笑わなきゃいけないのですか? そんな決まりはなかったと思いますが」

 

「いやぁ、女性の笑顔は人生の活力になるからな」

 

 アリアもそうだったが、変なところに笑いのツボがあるメヌエットもオレの予想してなかったところで笑って変な空気を払拭する。

 そうやって1度笑うと何か吹っ切れてしまったのか、それからのメヌエットは家に着くまでの道中でオレと他愛ない会話をしてくれて、明るい雰囲気を保ってくれていた。


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